映画とライフデザイン

大好きな映画の感想、おいしい食べ物、本の話、素敵な街で感じたことなどつれづれなるままに歩きます。

映画「暁の脱走」 池部良&山口淑子

2015-08-15 05:03:59 | 映画(日本 黒澤明)
映画「暁の脱走」を名画座で見た。


田村泰次郎の小説「春婦伝」を元に黒澤明と谷口千吉が共同で脚本をつくり、谷口千吉がメガホンをとった1950年(昭和25年)の作品だ。まだ占領下で米軍の検閲をうけていたこともあるが、原作とは登場人物の設定がずいぶんと変わっているようだ。最前線で敵と交戦しているうちに、中国軍の捕虜になってしまった兵士と軍慰問団の女が、再度日本軍に戻るけど重罪をかぶせられ、逃亡するという話。日本軍の内部での暴力をあからさまに描いた映画である。

軍隊の行列の中に1人の兵隊と女性が一緒に引っ張られている。彼らは中国軍に捕虜にされたのだ。
男は取り調べを受けこれまでの話を回顧する。
慰問団の帰りを送るトラックは途中敵襲にあい引返した。そのとき三上上等兵(池部良)は警乗した射手だった。慰問団はそのまま足止めされ、部隊の酒保に宿泊して手伝いをすることになった。副官成田中尉(小沢栄)は慰問団の春美(山口淑子)に目をつけ、その階級と権力にものいわせ、春美をわがものにしようとしていた。春美は副官を毛嫌いし三上に愛情をもつ。そのはげしい恋情に三上も心がうごき、ある夜酒保の裏で、二人ははじめて結ばれる。
それを巡察将校に見とがめられ、営倉送りときまった。ちょうどその夜敵襲があり、射手不足から、三上は軍備につく。春美は、身の危険を考えず、防戦する三上の姿を追う。三上は城外で敵弾にたおれ負傷、戦友は彼をおいて後退した。春美は「三上!」と叫びながら、傍にぴったりとついて、彼と共に死のうとした。三上の帯剣を手に握り春美が自刄しようとしたとき、二人は中国兵に囲まれていた。


三上が意識を取もどしたのは中国軍の陣営であった。
軍医や将校は彼をやさしく扱った。中国将校が理解ある対応をしてくれたので、中国語が話せる春美は再び日本軍陣地へは帰りたくないと思う。しかし、三上の軍に戻ろうとする気持は変らず傷の全快を待たず、三上は帰される。三上は「自分は投降したのではない、傷ついて意識不明だったのだ。」と主張することで、中隊長も副官も判ってくれるだろうと思ったがそうではなかった。。。。

理不尽な話だ。
忠実に勤務していたのに、ケガをしていったん敵軍陣地にいったばかりに罪人扱いだ。
逆に中国軍の方が捕虜の扱いについてまともだったといえる。

1.池部良
戦前に東宝に入社した時は脚本家希望であったが、俳優になってしまう。それでも徴兵を受けたあと、幹部に登用され中尉まで昇進したという。昭和30年代以降の池部良しか知らない人がこの映画をみると、若干イメージが違うと思うであろう。ともかく線が細い。栄養が行き届いていない時期とはいえ、さすがの男前も10年後に比べると貧弱に見えてくる。


捕虜として中国の八路軍(共産党)に捕えられる。負傷して入った病院では中国人に看護を受けるが、戦前の教育では敵に捕らわれるくらいなら死んだほうがましだと池部上等兵はいう。捕虜の扱いを扱うジュネーブ条約なんてものは知るはずもない。中国人は逆にもしこのまま日本軍に戻るならば罰を受けるはずだというがその話は聞かず、戻ろうとする。

もし戦況を冷静に分析できる地位にいるならば、そのまま中国の捕虜として残る選択もあるだろう。この時の池部上等兵の立場ならば、天皇という「神」がついている皇軍が負けるわけがないと信じているので、日本軍が相手を撃破した後はもっとひどい目にあってしまうと思ってしまう。つらいところだ。

何せ「一億総玉砕」なんて話まであった日本である。今となれば、何をばかなことをと思っても、当時の時代の流れには逆らえないのである。

2.山口淑子
日本人でありながら、戦前は李香蘭として中国人女優であったことはあまりにも有名。戦後まだ5年しかたっていない。戦勝国から中国人のふりをしていたと処罰されてもおかしくないのに、戦後の混乱をうまく避けて日本にこれたのは運がいいとしか言いようにない。途中、中国語で会話をする場面がある。当たり前だが、かなり流暢だ。でも一部の会話以外は字幕が出ない。何でかな?

ここでは兵士の慰問団に所属する女性の一人である。この慰問団は従軍慰安婦とは違うというセリフがある。それでも、いったい私たちは何のためここにいるのと彼女たちが自問する場面もある。


この映画では山口淑子ふんする春美は池部良ふんする上等兵にぞっこんになってしまう。盛りのついた動物のようで、目つきが違う。もちろん演技だと思うが、男前の池部良が相手だと思わず大胆になってしまう気持ちはわかる。むしゃぶりつくような接吻だ。黒澤明監督「醜聞 スキャンダル」ではこんな表情はみせない。このエロっぷりは、なかなか貴重な映像である。
昭和25年「また逢う日まで」では、岡田英次と久我美子のガラス越しのキスで大騒ぎになったといわれる。同じ年だったんだけど、池部良と山口淑子のキスはどう評価されたんだろう。
昭和26年に山口がイサムノグチと結婚する前の年である。

3.小沢栄
池部良の上司の副官という役である。山口淑子演じる春美がお気に入りで、部屋に呼び寄せ自分のものにしようとするが、なかなかいうことをきかない。一方で春美は部下の池部良にはぞっこんである。むかついた副官はサディストのように理不尽ないじめをはじめる。

昭和20年代から30年代までこの人ほど、幅広く映画に出演している人はいないだろう。憎たらしい悪役を演じると天下一品のうまさである。ラストに向けての機関銃を乱射する場面を見て、香川照之「るろうに剣心」で同じように機関銃を撃ちまくるシーンを思わず連想した。

同じような役を今だったらできる俳優って誰かな?竹中直人とか香川照之かな?エロなムードが強いほうが似合うので竹中なんだろうなあ。

4.最後の場面に思うこと(ネタバレ注意)
軍曹の黙認もあり、2人は中国人たちと一緒にその場を逃走できるようになる。


しかし、2人のことを絶対許さないという副官は、機関銃で逃げる2人を撃ちまくる。そして映画が終わりに向かい、最後に2人の病死を記述した証明書が発行される場面が映る。証明書には昭和20年8月9日という日付が書いてある。日付を見てこれは無情だなあと思ってしまう。あと6日そのままにしていれば、生き延びれたのにという意味合いをこめただろう。

結果を知っている我々はあともう少し我慢すれば終戦と思うけど、その場にいる兵士と女は未来のことはわからない。
追い詰められている。むなしいなあ。

原作では2人は手榴弾で一緒に自殺するだけなのが、ここでは将校によって機関銃で銃撃されてしまう。
まさしく日本軍部の悪さを弾劾する面が強調されていると言える。
「暁の脱走」は戦争のなかでは人間がサディストになり、強者は弱者に対して、ほとんど、暴力をふるうことそれ自体を喜ぶようになることを描いている。(黒澤明の世界 佐藤忠男より引用)
ほとんどイジメと一緒だね。

(参考作品)
暁の脱走
山口淑子のよろめき
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映画「デルス・ウザーラ」 黒澤明

2013-05-06 13:40:52 | 映画(日本 黒澤明)
映画「デルスウザーラ」は黒澤明監督が1975年旧ソ連に招かれ製作したソビエト映画だ。
1902年から数回にわたって地誌調査のために沿海州を探検したウラジミール・アルセーニエフの旅行記を基にしている。

上映された1975年、高校生の自分は有楽町の映画館で完全版「七人の侍」を見に行っている。試写には黒澤だけでなく三船敏郎、志村喬、千秋実をはじめその年亡くなった加東大介を除く六人の侍がそろったのだ。これは当時マスコミで話題になった。自分は初めてみて感動した。その時インターミッションで見ず知らずのオジサンに話しかけられた記憶がある。黒澤明論を説かれ、「自分も農家出身だけど農民は汚い」と言っていた。その年映画「デルスウザーラ」も公開されたが、気になりつつも結局行っていない。
その後見に行く機会がなかった。DVDレンタルもない。アマゾン中古価格は高価だ。ときおり記念上映がされることもあるが、スケジュールが合わない。縁がなかった。つい最近アマゾンで復刻版のDVDが発売されることを知った。購入しようとしたら売り切れだ。そんな時ツタヤ復刻版に入っていた。いつもながら本当に助かる。

1965年に1年半かかって「赤ひげ」をつくった後、翌年東宝専属を外れる。金がかかる完全主義の黒澤と縁を切ったのだ。同時に海外からの招聘にこたえる。しかし、それらはことごとくうまくいかなかった。「暴走機関車」「トラトラトラ」いずれも黒澤映画として日の目を見なかった。1970年の「どですかでん」は成功しなかった。自分もその映画はあまり好きじゃない。1971年大映倒産の年には自殺未遂をしている。最悪だ。そんなあとつくった映画である。世はまだ冷戦時代、旧ソ連は共産主義の強国であった。そんな旧ソ連から黒澤明は三顧の礼で迎えられた。

ロシアの広々とした風景をバックに、10年ほど不遇の続いた黒澤明がスケールの大きな映像を映し出していたことに感動した。映像コンテは黒澤らしく計算された美しさをもつ。

1902年アルセーニエフ(Y・サローミン)は地誌調査のために兵士6名を率いてウスリー地方にやってきた。秋のある夜アジア系少数民族ゴリド人のデルス(M・ムンズク)に会った。

隊員たちが熊と見まちがえたくらい、その動作は敏捷だった。デルスは、天然痘で妻子をなくした猟師で、家を持たず密林の中で暮らしている。自分の年齢はわからない。
翌日からデルスは一行の案内人として同行することになった。デルスの指示は的確で、森の中のちょっとした差異を見逃さない。最初はバカにしていた兵士たちも何も言えなくなるようになる。

アルセーニエフとデルスがハンカ湖に出かけた時のことである。

2人で調査にあたっていると気候は突如急変した。デルスは、アルセーニエフに一緒に草を刈り取るように言い、二人は厳寒に耐えながら草を刈り続けた。日が暮れ、猛吹雪が襲ってきた。アルセーニエフはあまりの寒さと疲労のために気を失った。気づくと吹雪がおさまりもとの静けさをとり戻していた。デルスが草で作った急造の野営小屋のおかげで凍死をまぬがれたのだ。2人の友情は徐々に強まっていった。
厳しい冬がやってきた。寒さの他に飢餓が彼らを苦しめた。この時もデルスの鋭い臭覚で焼き魚の匂いをかぎ取り、現地人の小屋で飢えをしのいだ。第一次の地誌調査の目的を達したアルセーニエフの一行はウラジオストックに帰ることになり、デルスは弾丸を少し貰うと、一行に別れを告げて密林に帰っていった。

1907年。再度ウスリー地方に探検したアルセーニエフはデルスと再会した。その頃ウスリーには、フンフーズとばれる匪賊が徘徊し、土着民の生活を破壊していた。フンフーズに襲われた土着民を助けたデルスはジャン・バオ(S・チャクモロフ)という討伐隊長にフンフーズ追跡を依頼した。
ある時自分たちの後を虎が追っていることを足跡を見て気づく。そして遭遇する。デルスは虎を撃った。必ず虎に復讐されるはずだとデルスは撃ったことを悔やんだ。デルスをアンバ(ウスリーの虎)の幻影が苦しめ極度に恐れさせた。その頃から、デルスは視力が急速におとろえ猟ができなくなった。もはや密林に住むことは許されない。デルスはアルセーニエフの誘いに応じ彼の家にすむことになった。しかし、密林以外で生活したことのないデルスにとっては、つらい生活だったが。。。。

この映画を見ながら、世界地図を開く。ウスリー、沿海州というと世界史の世界だ。1858年のアイグン条約でロシアと清の共同管理となり2年後ロシアは北京条約で奪い取る。18世紀くらいからロシアと清がそれぞれの領土拡大のために勢力争いをしていた。ピョートル1世と康熙帝が結んだネルチンスク条約はもっと極寒の地で結ばれたのかと思うと感慨深い。
ハンカ湖の位置を確認した。中国とロシアで分け合っている湖だ。ウラジオストックからも遠くはない。北海道の位置と比較して寒いのは間違いない。第2部で湖を覆っていた氷が溶ける映像が映し出される。豪快な映像だ。

この映画で一番印象的な映像はハンカ湖で嵐に遭遇する場面であろう。
デイヴィッドリーン監督の映画を連想させるロシアの雄大な光景は他の黒澤映画にはないものだ。デルスは足跡をみてこれは中国人があるいた跡だとか若者が歩いていると的確に当てる本能的な優れた才能を持っている。ハンカ湖で嵐に遭った際、自分たちの足跡が見れなくなったことですぐに引き返そうとデルスは忠告する。しかし、2人は道に迷ってしまう。コンパスどおりに行っても戻れない。銃を空に向かっても撃っても誰も反応しない。

すぐさま草を刈れという。小屋をつくるのかと連想したが、すさまじい体力がいる。それでも完成させて2人が助かる場面は爽快な印象を得た。ここでは吹き荒れる吹雪の中、懸命に生きようとする2人の執念のようなものが感じられる。そしてデルスの知恵が浮き彫りになる。実際に2人でクタクタになるまで草を刈ったそうだ。この映像は黒澤映画の長い歴史の中でも際立った名場面と言えそうだ。


「デルスウザーラ」はアカデミー賞外国映画賞に輝いている。
これは黒澤本人も予想していなかったようだ。黒澤明は授賞式には参列していない。でもこれを機に黒澤の運は上向く。「影武者」「乱」と続く。フランシスコッポラとジョージルーカスが応援して黒澤にスポンサーが現れたのである。この映画は彼にとって運を呼んだ映画だった。
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「續 姿三四郎」  黒澤明

2013-04-29 10:53:21 | 映画(日本 黒澤明)
映画「續姿三四郎」は昭和20年終戦直前に公開された黒澤作品だ。
4月29日恒例の全日本柔道選手権の前に見たくなった。

昭和18年公開「姿三四郎」の評判はよく、続編をつくることになった。
とは言え、公開は昭和20年5月というと、東京が空襲でめちゃくちゃになった大変な時期であった。
同じようなスタッフで完成した続編も興味深い。

まずは明治20年の横浜を映す。
米軍の水兵を乗せた人力車が坂を転げるように下って行く。あまりの乱暴なさばきに水兵が怒って、人力車の車夫を殴る。それを見ていた男がいた。二年間の旅を終えた姿三四郎(藤田進)である。暴力をやめろと言っても水兵は言うことを聞かない。仕方なく相手した水兵を海に投げ飛ばしてしまう。

噂を聞きつけ、アメリカ領事館に勤めている役人が姿三四郎の宿を訪れる。アメリカで流行の殴りあうスパークという試合がある。それでアメリカの選手と対決してもらえないだろうかと。姿は見世物試合はしないよと断るが、試合場に行くと、アメリカ人の相手は元柔術の心得があった男であった。以前柔術の達人が柔道の姿三四郎にコテンパンにやられて、柔術の地位が下がり、メシを食うため戦わねばならないのであった。その柔術の男はむちゃくちゃに殴られて、見るも無残だ。悩む三四郎だ。

そのあと修道館に向かい師匠矢野正五郎(大河内伝次郎)のもとを訪れる。そこで修道館四天王が復活となった時であった。世話になった和尚にもあいさつしたが、自分が柔術を懲らしめたばかりに、境遇が悪くなった人たちを思う心の迷いを告白したのであった。

そののち修道館に異様な風貌をした2人の男がくる。以前姿三四郎が対決した檜垣源之介(月形竜之介)の2人の弟鉄心(月形竜之介一人二役)、源三郎(河野秋武)であった。2人は唐手の達人であった。そして三四郎に対決を申し出る。その場はおさまるが、彼らが道場の若い衆に手を出すようになるが。。。


よく見るとアラが目立つ。何でこういう展開になるの?という場面も多い。
でも戦時中につくられた映画だ。天下の黒澤作品にケチをつけても仕方ないだろう。
戦争の相手アメリカ人を屈服させる場面がいくつか出てくるのは、今の北朝鮮が日本人を悪者にした映画をつくるのとは大して変わらない。姿三四郎が次から次へとアメリカ人を屈服させる。さぞかし、戦争末期に初見の日本人にとっては痛快だったろう。戦争末期によくもこれだけの外国人を映画撮影に呼べたなあ?というのは映画を見ていて素朴な疑問だ。ドイツ人かロシア人なのかなあ?

柔術対アメリカの拳闘、同じく対唐手と現在の異種格闘技の前身のような戦いである。柔道の殿堂修道館(講道館をモデル)では他流試合は禁止で破門を前提とした戦いである。「何で破門までして戦うの?」という疑問は残るが、難しいことは考えないでいいだろう。アメリカのボクシング選手のパンチをかわした後、必殺技山嵐で投げたら、相手は一巻の終わり。普通こんなことないだろうとは思うがそこは日本人の強さを見せるためには仕方ない時代だ。


最後に姿三四郎は檜垣兄弟と「武州天狗峠」で戦う。雪の中戦うのだ。最初セットかなと見ていたが、どうやら本当に雪の中で戦っている。完全主義者と言われる黒澤明のことだから、あえて雪が強い日を選んでいるのかもしれない。降り続く雪の粒がちがう。リアリズムだ。双方の武術パフォーマンスには?という部分もあるが、吹雪の中で戦わせるところに凄味を感じる。
ヒクソングレイシーを思わせる藤田進の顔も武道家らしい面構えだし、月形竜之介の目つきもいかにも殺人者の凄味だ。月形は一人二役で、結核で苦しむ以前姿三四郎にやられた兄も演じる。ここでは彼が活躍する。月形竜之介と言えば、映画版水戸黄門である。あの優しいまなざしとのギャップはさすが役者だ。

いずれにせよ、「仁義なき戦い」の作者笠原和夫がいうように、前作とこの作品は今の日本の武闘物、スポーツ根性物のベースになっていることは間違いない。両方とも黒澤明の脚本だ。60年代から70年代のたくさん量産されたスポーツ根性物をみて、黒澤が苦笑いをしている様子が目に浮かぶ。

男を映させれば天下一品の黒澤ならではの初期の作品だ。
コメント (1)
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姿三四郎 黒澤明

2011-04-29 17:58:22 | 映画(日本 黒澤明)
黒澤明監督のデビュー作である。姿三四郎といえば誰でも知っているキャラクターである。
講道館の嘉納治五郎師のもとに学ぶ柔道家西郷四郎がモデルといわれる。昭和18年戦中につくられただけあって、出演者の面構えが違う。明治の柔道家の荒々しさがにじみ出るような気がする。まとまりよい傑作だと思う。



明治15年、柔術家を目指し上京してきた青年、姿三四郎こと藤田進は柔術の神明活殺流に入門。彼らは修道館柔道の矢野正五郎こと大河内伝次郎の闇討ちを計画していた。近年めきめきと頭角を現した修道館柔道をいまいましく思っていたのだ。ところが多人数で襲撃したにも関わらず、矢野たった一人に神明活殺流は川に投げられてしまう。三四郎はすぐさま矢野に弟子入りを志願した。

三四郎は街に出れば小競り合いからケンカを始めてしまう暴れん坊。そんな三四郎を師匠の矢野は「人間の道というものを分かっていない」と一喝した。三四郎は気概を示そうと庭の池に飛び込む。矢野は取り合わない。一夜明けて意地を張っていた三四郎だが、心を入れ替えることを決意する。


修道館の矢野の元に道場破りの刺客が絶えない。警視庁の新しい柔術道場開きの招待状が届く。その場で他流試合を設けたいという誘いであった。ここで神明活殺流の門馬が三四郎にあてた挑戦状であった。謹慎明けで稽古に励む三四郎。しかし柔術の雄も三四郎の敵ではなく投げ飛ばす。その場にいた柔術家の娘の悲痛な目が脳裏から離れず、三四郎は柔道を続ける意義を見失ってしまう。
その後も柔術の師範村井半助こと志村喬は警視庁武術大会での試合を三四郎に申し込む。三四郎が想いを寄せるその娘の小夜こと轟夕起子は老いた父の勝利を願っていたのであった。その事を知った三四郎は自分が試合にどう臨めばいいのか自問自答してしまう。

面構えがちがう。昭和18年といえば、戦争の真っただ中、こんな時には軟派の若者はいない。明治の初めの面構えと同じではないだろうか。そう考えると、今この映画を作っても物足りないものになってしまうであろう。主演の藤田進の顔立ちは「ヒクソングレイシー」にそっくりである。いかにも道を究める顔立ちだ。大河内伝次郎の貫禄もさすがだ。ライバルの柔術使いの月形竜之介のあくの強い顔はくせのある剣豪の匂いがする。クールだ。のちに映画で「水戸黄門」を演じるときの顔立ちと比べてみると思わず苦笑する。でも志村喬は柔術の師範役だけど、いかにも弱そう。「生きる」のときの顔とそん色ない。


幼いころ、姿三四郎の雄姿に憧れた。テレビで倉丘伸太郎主演のドラマを見ていた。曾我廼家明蝶の和尚役の印象が強い。そういえば美空ひばりの空前のヒット曲「柔」はこのあとの嘉納治五郎の生き様を描いたドラマ主題歌だった。東京オリンピックと同時に柔道ブームだったのかもしれない。
桜木健一主演テレビドラマ「柔道一直線」はこの映画の影響を強く受けている気がする。実際の柔道ではこんなに大きく動いたりしない。しかも、同じように派手に遠くまで投げ飛ばす。この影響はこの映画によるものと思う。

必殺技「山嵐」は映画ではセリフとして出てこない。しかし、映画の中で藤田進演じる三四郎が刺客にかける技はまさしく「山嵐」である。背負い投げと体落としのあいの子のような技だ。右手が相手の右袖を持つ。ここがミソだ。志村喬も月形竜之介も遠くにぶん投げる。実戦では力に相当差がないとありえないけど、ビジュアル的にはこうした方が見栄えがいい。


高校で柔道をやっている時、すでに社会人になっていた先輩たちに稽古をつけてもらった。その時医者になった先輩でものすごく強い先輩がいた。当時大学の医局にいた。その先輩が「山嵐」式背負い落としを多用していた。我々がびゅんびゅん投げられた後、同期がこの技を使う様になった。割と決まった。まだ「山嵐」とは知らず、その先輩の名をとって「A式」と我々は言っていた。
その先輩はのちに有名医大の外科の教授になられた。つい先ごろまで大学にいらっしゃった。いまだ民間病院のお偉いさん。今でも「山嵐」でぶん投げていらっしゃるのであろうか。
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羅生門  黒澤明

2011-04-10 05:48:00 | 映画(日本 黒澤明)
「羅生門」はあまりにも有名な黒澤明の出世作である。何度見たかは覚えていない。「天国と地獄」同様見るたびごとに新しい発見がある素晴らしい作品だ。
芥川龍之介に「羅生門」という作品はあるが、ここではそのモチーフを取りいれただけで基本は「藪の中」である。若い盗人に弓も馬も何もかも奪われたあげく、藪の中で木に縛られ妻が手込めにされる様子をただ見ていただけの情けない男の話である。
それを証言者が一人一人語っていく。



激しい雨の中、荒廃した羅生門が映し出される。そこには雨宿りをする男2人がいる。「人が信じられない」とのたまうきこりの志村喬と旅法師千秋実がいる。志村が『藪の中』の出来事を少しづつ語っていく。発見者である2人はある殺人事件の当事者の証言を聞いていた。明らかな事実はすでに武士森雅之がすでに亡くなっているということだけである。

藪の中を女こと京マチ子とともに歩く武士こと森雅之の前に、多襄丸こと三船敏郎という盗人が現れる。京マチ子のあでやかさに魅かれ、三船はちょっとした隙に森雅之をだまして木に縛り付ける。そして女を手ごめにした。そこまでは証言は一致している。後は3人の告白が異なる。
捕らえられた盗人こと三船敏郎、取り調べに泣き崩れる武士の妻こと京マチ子、巫女の口を借りて現れた男の霊こと森雅之のそれぞれの当事者3人の証言は、男の死因について大きく食い違う。どれが真相なのかはわからない。。。。。



これこそ「真相は藪の中」という言葉の語源である。
芥川龍之介はそこでペンを置く。どういう解釈が取れてもいいようにする。
でも黒澤明は独自の考えを映画の中で表現する。
その先はやめておこう。何度見てもお見事というしかない。
人間の深層心理に迫る。

遥か昔、入社してすぐに会社で新人研修があった。夜の討論で芥川の小説「藪の中」が課題に出された。「この文章を読んである事実を想定せよ」という課題である。
当然その時にはこの映画は見ていた。黒澤の解釈を知った上で、議論に参加した。みんなは見ていなかったようだ。恥ずかしながら、黒澤の解釈を借用した。みんな真剣に自説を展開していたが、あまりにもバカらしくて聞いていられなかった。自分はさめた新人だった。「藪の中」の真相解釈は昔から議論されていると聞くが、黒澤の映画の表現に勝るものはないだろう。

ここでは三船敏郎と京マチ子の動きがあまりにも素晴らしい。絶叫系の三船のセリフはここでも冴える。本当の意味での武士でもないのに暴れまわる多襄丸こと三船の心理をうまく表現する。乱暴な動きの中に弱さが同居する。見るたびごとに演技に感心する。また、女の業を見事に表現した京マチ子の演技は狂気に迫る。森雅之との絡みで見せるあの「笑い」は恐ろしい。「雨月物語」とこの映画の彼女はなぜかダブる。いずれも不気味だ。それだけ凄味のある演技ということであろう。同時にあの妖気を映像にくっきり表現した撮影の宮川一夫の力量も冴えわたる。
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どん底  黒澤明

2011-03-29 20:15:11 | 映画(日本 黒澤明)
黒澤明監督がゴーリキーの「どん底」をベースにつくった1957年の時代劇である。
セットが中心で演劇を見ているがごとくの作品だ。江戸の長屋を舞台に、そこに住む個性的な住民と地主との人間関係のもつれを描いていく。セリフは巧妙、でもセット内だけにとどまるのがどこか単調に思えてくる。

江戸の場末の長屋が舞台だ。アバラ屋には、さまざまな連中が住んでいる。年中叱言を云っている鋳掛屋こと東野英治郎。寝たきりのその女房。夢想にふける八文夜鷹こと根岸明美。中年の色気を発散させる飴売り女こと清川虹子。アル中の役者くずれこと藤原鎌足。御家人くずれの“殿様”こと千秋実。そして向う気の強い泥棒捨吉こと三船敏郎。
この長屋にお遍路の嘉平老人こと左卜全が舞い込んできた。この世の荒波にさんざんもまれてきた老人は長屋の連中にいろいろと説いて廻った。病人のあさには来世の安らぎを、役者にはアル中を癒してくれる寺を、そうした左卜全の言動に長屋の雰囲気は変ってきていた。泥棒こと三船は大家の女房こと山田五十鈴と既に出来ていたが、その妹こと香川京子にぞっこん惚れていた。山田は恐ろしい心の女で、主人である因業大家こと中村鴈治郎にもまして誰からも嫌われていた。



黒澤明の映画は、たとえセットであってもその情景の美術が次々と変化するのに一つの楽しみがある。ここではほぼ単一のセットだ。閉塞感すら感じる。そういった意味で、他の作品とは志向が異なる。演劇を映画でやる実験のような作品と自分は感じた。正直自分には物足りない。
ただし、ここでいろんな個性の俳優から発せられるセリフは実におもしろい。ユーモアを感じさせる。それを楽しむべきではないか?個人的には山田五十鈴の存在感に凄味を感じた。前作の「蜘蛛巣城」で三船とものすごい演技を展開させていた。いずれも憎たらしい役柄だ。このころはまだ若く、娘の嵯峨三智子を連想させる美貌だ。いまだ存命と聞くとより凄味を覚える。
よく知った黒澤映画の常連たちが黒澤に徹底的な演技指導をされる姿が目に浮かぶ。ここには明らかな主役はいない。この長屋にたむろう全員が主役と感じさせる。黒澤作品で志村喬の姿が見えないのは極めて珍しい。なぜなのだろうか?
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悪い奴ほどよく眠る  黒澤明

2011-03-03 04:39:46 | 映画(日本 黒澤明)
黒澤明監督の昭和35年公開の現代劇映画である。
最後の壮絶な事故のことが記憶に残っていたが、詳細は忘れていた。ものすごく後味が悪い映画だという印象が強かった。久しぶりに見た。汚職の構造にメスを入れたストーリーで、社会派っぽい作品は水爆を取り上げた「生きものの記録」に続くものだ。森雅之の演技が冴える。ある意味「羅生門」の三船への復讐戦だ。



日本未利用土地開発公団の副総裁(森雅之)の娘(香川京子)と、副総裁秘書(三船敏郎)の結婚式の場面からスタートする。政財界の名士を集めた披露宴が始まろうとする時、公団の課長補佐(藤原釜足)が、警察に連れ去られた。
取材に押しかけた新聞記者たちは公団と建設会社の癒着に注目する。五年前、一人の課長補佐が自殺してうやむやとなった不正入札事件があった。現公団の副総裁と管理部長(志村喬)、契約課長(西村晃)が関係したという噂があった。運ばれたウェディング・ケーキは汚職の舞台となった建物の型をしていた。しかも、自殺者が飛び降りた七階の窓には、真赤なバラが一輪突きささっていた。その頃、検察当局には差出人不明の密告状が連日のように舞いこんでいた。そのため、開発公団と建設会社の多額の贈収賄事件も摘発寸前にあった。だが、証拠不足で逮捕した課長補佐藤原や建設会社の経理担当は釈放された。

しかし、建設会社の経理担当は拘置所の門前で、トラックに身を投げ出して自殺、公団の課長補佐も行方不明となった。課長補佐は開発予定地である火口から身を投げようとしたところを秘書三船が助けた。しかし、遺書が見つかり翌日の新聞は、課長補佐の自殺を報じた。三船は副総裁秘書で娘婿でありながら、課長補佐をかくまい汚職疑惑に対抗しているようだが。。。。



そして、官財の癒着にメスを入れる話が、憎しみと復讐の話に変わっていく。
黒澤の現代劇は、世相の風俗が映像にとりいれられることが多いが、この映画はさほどでもない。
脚本はかなり練られて計算されている印象である。官民の癒着話はむしろ昭和40年代になってから取り上げられることが多くなってきたのではないか?まだこのころは戦後の体制がきっちり整ってきたわけでもなく、現在のような高度な情報社会でもないので裏金もずいぶんと動いていたであろう。同時に人を始末するために、手荒いことを裏の人たちに依頼する風土も残っていた印象である。これは怖い。
ネタばれスレスレになるが、最後の壮絶な事故の場面ばかりが印象に残っていた。こういう残忍なやり口がまだまだ行われていたのかもしれない。そういえば、いわゆる60年安保の年であるが、警察による警備をカバーするために、やくざ系の人もかなり雇われていたと聞く。まさに先日見た韓国映画の「息もできない」の主人公のような話である。

この間高峰秀子主演「女が階段を上る時」を見た。同じ年の映画である。そこにも森雅之が出演していた。銀行の支店長を好演していたが、ここではその10歳以上上の公団の副総裁役を老けたメイクで演じている。実にうまい。もともと有島武郎の子で血統もよく、ちょっとだらしないインテリ系の役をやらせると抜群にうまい。市川昆の代表作「おとうと」などもこの年で彼はのっていたのかもしれない。
三船敏郎はいつも通りどすの利いた声で迫力ある演技、志村喬はここでは普通かな?のちの黄門さま西村晃もこのころは悪役ばかりだが、いい感じだ。山茶花究も実にうまい。青大将やる前の田中邦衛が殺し屋をやっているのが御愛嬌だ。

後味の悪さは残ってしまうのはどうしてもしかたないなあ。
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白痴 黒澤明

2010-01-10 18:55:55 | 映画(日本 黒澤明)
いつもの黒澤組に原節子、久我美子の美人女優を加えた豪華キャストの昭和26年の松竹映画である。主演は三船というよりも森雅之である。ドストエフスキーの原作を舞台を札幌にして描く。もともと4時間を越える作品を2時間46分までカット。それだからかちょっと不自然な感じがする。登場人物の人間像もちょっと?という感じ。凡長で今ひとつ面白くなかった。

青函連絡船で三船敏郎と森雅之が出会うシーンからスタート。森雅之は戦争で戦犯として処刑する寸前に助かったことがあり、それから少し精神状態がおかしい。札幌に戻る。戻った先で出会ったのが、原節子である。元々妾だった彼女に近づいていくが。。。

それぞれの演技が悪いわけではない。カメラワークも効果的にアップを使い、雪景色の中よくまとまっている。でも話がどうも肌に合わない。何がなんだかよくわからない。それぞれの人物の性格が悪いせいか、見ていて気分が悪くなる。そういった映画で、黒澤作品の中ではちょっとあわない作品だった。
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静かなる決闘 黒澤明

2010-01-06 21:46:31 | 映画(日本 黒澤明)
昭和24年の黒澤明作品。いつもどおり三船敏郎が主演で、志村喬が脇を固める。「野良犬」と同時期に作られた映画で、手術のときに梅毒スピロヘータをうつされた医師の苦悩を描く。現代でもエイズで似たような話がある。当時花柳病とも言われた梅毒の恐ろしさとその伝染で悲しむ人が数多くいることを訴える。

時は昭和19年戦地にに軍医として送られた三船の姿が映し出される。ここで外科手術をした時に、うっかり指に傷をつくったところ、患者の大量出血から梅毒スピロヘータ菌が三船にうつされる。戦争終了後、三船は帰還して再び父志村喬の病院で普通の外科医として働くようになる。三船には三条美紀という婚約者がいた。戦地に行く前に二人は結婚を誓い合った仲である。ところが、スピロヘータ菌をもった三船は彼女と触れ合おうとしない。三船に強い愛情を持つ三条は何度もその理由を聞こうとするが。。。。。

黒澤初めての大映映画である。クレジットの俳優の名前の脇に「東宝」と書かれた俳優が多い。三船、志村ばかりでなく、千石規子や中北千枝子も同様である。基本的にはいわゆる黒澤組の俳優が軒を連ねている。しかし、同時期の作品「酔いどれ天使」や「野良犬」と比較すると少しインパクトに欠ける。

その理由としては、セット中心でしかもそのセットが稚拙ということが映画の奥行きを狭めている気がする。同時期の「野良犬」ではロケ撮影をずいぶんと行い、戦後の風景を丹念に描いていた。それ自体がムードを盛り上げる。三船が医師で、診療所のセットが中心である。他の物があまり映されない。予算もきびしかったのだろうか?美術が弱い。そこが残念である。

谷口千吉と組んだ脚本も悪いわけではない。後半にかけて千石規子の場面に脚本の凄みを感じるところもある。でも三船がいつもの絶叫系のセリフの本領を発揮している印象がない。この配役が肌に合わないのかな?と言う印象である。むしろ頑張っているのは女優陣、看護婦役の千石規子は年をとってからの意地悪ばあさん役が目に浮かぶが、ここでは三船を献身的にサポートする看護婦役。「醜聞」「酔いどれ天使」同様存在感がある役柄である。梅毒の亭主と交わりをもち懐妊した中北千枝子もうまい。正月過ぎて毎日のように「家庭教師のトライ」の宣伝で中年以降の中北千枝子の顔をみる。このころはまだ純情可憐だ。
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野良犬  黒澤明

2009-12-30 20:46:59 | 映画(日本 黒澤明)
暑い中、舌を出してハアハアしている犬が映し出される。「野良犬」のイントロだ。黒澤明の現代劇の中でも完成度が非常に高い作品。現代の刑事ドラマの原型になっている素晴らしい作品だ。昭和24年戦後まもない世相の姿が次から次へと映し出されているのもよい。

拳銃の演習の後帰路についた三船敏郎刑事が、混雑したバスの中スリに会う。そして拳銃を奪われる。すぐに気づき、犯人を懸命に追う。しかし、追いつけず捕り逃がす。上司に相談すると、スリの担当に相談したらと言われる。バスの中すぐそばにいた中年の女性が気になり、スリ常習犯のファイルを探すとその女性のファイルがあった。そしてスリ担当刑事とスリ常習犯の女性の元を訪れる。拳銃は彼女の元にもないし、当然口を割らない。諦められない三船はスリ常習犯の女性を懸命に追い続ける。根負けしたその女性がヒントだけと三船に教える。「場末の酒場を歩き続けると、弾きの手配をしてくれる奴がいる。」
そのころ淀橋で殺人事件があったとの情報があった。その犯人はどうやら三船が奪われた拳銃で殺人を犯したようだ。自戒の念にとらわれる三船は上司に辞表を提出するが、辞表を破られる。そして、淀橋署のベテラン刑事と一緒に捜査を担当するように言われ、志村喬刑事と組むことになるが。。。。

手がかりを得ようとひたすら探し回る三船敏郎が、戦後間もない街中を歩き回る。リアルなその映像に昭和24年そのものが映し出される。建物はまさに戦後復興そのものだ。セリフなくひたすら三船を追うが、そのシーンが非常に良い。「わが青春に悔なし」で原節子の農村生活を20分以上セリフなく追いかけるシーンとダブる名シーンだ。

あと超満員の後楽園球場が映し出される。巨人対南海だ。2リーグに分かれたのが昭和25年だから、この年はまだ1リーグ制である。川上哲治、千葉茂、青田昇、藤本英雄の当時の巨人のスターたちが映し出される。この年はまだ三原脩が巨人の監督だったのではないか?皆若い。監督になってからの川上さんしか知らない自分にとっては、選手川上の顔が非常に精悍に見える。しかし、現在のプロ野球のレベルと比較すると、プレー自体は非常に緩慢で稚拙に映ってしまう。
そのプレーしている横で、超満員の後楽園球場の中、拳銃の売人を懸命に三船と志村が探す。そして手配写真を見ていたアイスクリームの売り子が売人を見つける。でも5万を超える観衆がいる中、どうやって彼を捕まえようとするのか?スリリングな瞬間だ。これも歴史的な名シーンといえる。

あとは純情な姿を見せる淡路恵子だ。この映画の10年後に東宝の喜劇等で美しい姿を見せるが、16歳のここでは純朴そのものな表情だ。松竹歌劇団出身という彼女がレビュー姿も見せる。暑い踊り子たちが走りまわる楽屋姿の描写も素晴らしい。最近では飲み屋の老練なやり手ママなどの役で性格の悪そうな女のような印象しか持てない淡路があの純朴な姿を見せるところがいい。これもこの映画の見所だ。

三船も志村の演技も安定している。黒澤明監督は熟達者と初心者の対比を見せるのが得意だ。ここでは三船と志村刑事二人を対比させる。「七人の侍」宮口精二演じる剣の名人と対比させる未熟な侍木村功がこの映画で見事な演技を見せる。いや演出が素晴らしいといったほうが良いのであろうか?
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醜聞(スキャンダル) 黒澤明

2009-12-24 20:09:13 | 映画(日本 黒澤明)
今日はクリスマスイブである。この映画がクリスマス映画というと語弊があるかもしれない。しかし、この映画の重要な場面に戦後間もない昭和24年のクリスマスの世相を描いたシーンがある。黒澤明監督が松竹で作った数少ない作品である。三船敏郎李香蘭から本名に名を変えた山口淑子の共演に志村喬が絡んでいく。

画家の三船敏郎は奥多摩で雲取山の絵を描いていた。そこを通りかかったのが、声楽家である山口淑子だ。山の上まで一人で歩いてきたが、荷物を抱えてどうしようかと思っている時、バイクで来た三船が見かねて送って行く。そして一緒に旅館に入る。美女の山口淑子は極端なマスコミ嫌い。取材で追いかけているカメラマンから逃げ回っている。そんな時たまたまカメラマンが三船と山口が同じ部屋に入るのを見つける。二人が並んだ瞬間に写真を撮る。

雑誌の編集室で現像してみると、山口の相手が著名な画家の三船だと分かる。編集長の小沢栄は話をでっち上げ「恋はオートバイに乗って」と記事を書かせる。雑誌は飛ぶように売れた。それに気がついた三船は単身編集室に乗り込み小沢を殴る。そして訴えようとしているときにうだつの上がらない弁護士志村喬が訴訟代理の売り込みにやってきたが。。。

法廷物というにはちょっと陳腐である。話にも多少の不自然さを感じる。三船と山口が主演であるが、情けない弁護士志村喬の話が中心である。双方代理という弁護士法違反に触れるスレスレの話だ。タイガーウッズのスキャンダルで米国も大騒ぎだ。今も昔も変わらないということか。

弁護士の娘が結核で病んでいて、その娘と三船との心の係わり合いがポイントだ。娘がいたから三船も代理を依頼した。クリスマスイブに声楽家の山口淑子がその娘のために歌を歌ってあげる。三船がオルガンを弾く。異様だけれどもいい感じ!
60年前のクリスマスイブの一光景だ。
その後酒場に三船と志村が向かう。場がクリスマスムードでも、ホステスの顔や髪の毛が戦後というより戦前に近い古さだ。酔客で左ト全がでてくる。来年は絶対にいい年にしたいとのたまう。そこで蛍の光を歌う。そのシーンが微妙に心に響く。

山口淑子はこの映画の後にアメリカに向かい芸術家のイサムノグチと結婚する。その直前であるから美しいのは言うまでもない。エキゾチックで日本人離れしている。この時点だけをとらえてみれば、明らかに三船よりも李香蘭で一世を風靡した山口の方が格上。その山口と仲良くオートバイに乗った三船はさぞかしご満悦だったのでは。。。。
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酔いどれ天使  黒澤明

2009-12-14 21:39:54 | 映画(日本 黒澤明)
黒澤明と三船敏郎のコンビで初めて作られた作品。戦後の焼け跡の中、たたずむ一人の医者志村喬とヤクザ三船敏郎との心のふれあいを描く。まだ若くエネルギッシュな三船が際立つ。脚本もよく、セリフの一つ一つが心に残り、古さを感じさせない傑作だ。 医者である志村喬のところを、手を負傷した三船敏郎が診察に来る。どうも手はピストルで撃たれた跡のようだ。咳き込む三船が調子悪そうなので、問診をすると結核の疑いがある。その話をすると、三船は怒って診療所を出る。焼け跡の町の顔役である三船が昼からダンスホールに入り浸りという話を聞き、結核の治療にあたるよう説得をしにダンスホールに行くが聞く耳を持たない。そんな時、志村喬の医院を手伝っている中北千枝子の元の情夫で三船の元兄貴分がお勤めを終えて刑務所から戻ってきた。三船は病気を自覚して付き合い酒を断ろうとするが、ちょっと一杯のつもりが量が多くなり、そのままダンスホールへ行く。そこには三船の情婦木暮実千代がいた。三船が兄貴分に木暮と踊るように言うが、兄貴分は木暮に一目ぼれ。その後二人は女の取り合いをするようになるが。。。。。




三船敏郎がぎらぎらしている。戦後間もない時代背景もあるだろうが、脂ぎっている。その彼が結核の症状が悪くなり、弱っていく。そこに医者である志村喬がからむ。志村が老練な姿を見せるのは「生きる」の後で、ここではまだ普通の中年飲んだくれ医師を演じる。その志村が痛烈にヤクザの悪口をいう。そのセリフが非常に印象的だ。脚本がうまい。それ自体、ヤミ商売が横行する社会に対する黒澤明監督の痛烈な現代批判である。

もう一つ印象に残るシーンがある。笠置シヅ子の「ジャングルブギ」の場面である。この映画を観るのは多分3回目だと思うが、最初に笠置の歌を観た時にはその迫力に本当にびっくりした。三船が兄貴分を連れてきたナイトクラブで笠置が歌う。歌のワイルドさもすごいが、それをとらえるカメラワークも効果的に彼女をアップで撮っている。昭和40年代から50年代にかけて日曜日の昼間に漫才師てんやわんや司会で「家族そろって歌合戦」という番組をやっていた。人気番組だった。その審査員の中に笠置シズコがいた。当時もいかにもオバサンで、この人何やっている人なのかと子供心にずっと思っていた。それを覆すのがこの映画だった。ジャングルブギの作詞が黒澤明というのも面白い。

その他脇役も中北千枝子、飯田蝶子とまだ初々しい久我美子がでている。最近「家庭教師のトライ」のCMで二谷英明と一緒に出てきて、大声でわめき回るもう少し年をとった中北千枝子が目立つ。「ニッセイのオバサン」のCMで一世を風靡したころの中北だ。黒澤映画だけでなく、小津、成瀬と巨匠にこれだけ愛された女優もめずらしい。飯田蝶子は戦後間もないのにおばあさん役、老け役をこんな早い時期からやっていたのかと思うとすごい気がする。華族出身で学習院女子部出身の久我美子はいかにも気品がある。たしか現天皇の姉上と同窓と聞いた気がする。 そんな俳優を自由に使いきった黒澤にとって、この映画は会心の作品だったに違いない。娯楽性を重要視しながら、少ないながらも世相批判する脚本がいい
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銀嶺の果て  三船敏郎

2009-11-18 21:15:38 | 映画(日本 黒澤明)
三船敏郎のデビュー作である。戦後間もない昭和22年、谷口千吉監督による作品で黒澤明が脚本を書く。黒沢映画常連の三船、志村喬の二人の最初の共演で、雪山に逃げ込んだ銀行強盗の逃亡劇を描く。まだ若い三船敏郎が、このあとの作品での活躍を先取りするような力強い演技を見せる。

東京で銀行強盗した3人組が長野に逃げ込むニュースの話題で持ちきりである。長野の旅館にいる若者二人が、同じ旅館に宿泊する3人組が怪しいとにらむ。3人組の一人志村喬は黒い手袋をいつもしていた。噂では銀行強盗の一人は指がないという。若者は露天の浴場で志村が来るのを待っていた。そして、志村にちょっかいを出したが、自分が怪しまれたのに気づいた志村は仲間の三船敏郎らに声をかけて、宿泊者たちを拳銃で脅して雪山に逃げていった。警察が追うが、銃撃戦の末なだれがおき、3人組の一人が死ぬ。志村と三船の二人はさらに懸命に逃げたところ、山奥に山小屋を見つける。そこには老人と孫娘、そして雪山の登山で来訪している男河野秋武がいたが。。。。。

山小屋はセットだと思うが、あとはロケのウェイトが高い。したがって、時代の古さを感じさせない。雪の中のロケでなだれが起きたり、大胆な登山場面があり、ハラハラさせる場面も多い。撮影はかなりたいへんだったのではないか?

このすぐあと黒澤監督で三船と志村は「酔いどれ天使」を撮る。妙に共通するところがある。デビュー作にして、三船はものすごいパワフルである。逆に志村はのちの叙情的なキャラクターを時おり見せる。いかにもこの二人がらしい演技を見せることでうれしくなってしまう。
あとは「わが青春に悔いなし」で重要な登場人物だった河野秋武もかなりウェイトの高い存在だ。あの映画に引き続き、インテリらしさをかもし出している。
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天国と地獄2 腰越にて

2009-08-17 20:18:30 | 映画(日本 黒澤明)
気分が乗ったので、「天国と地獄」に関して、言い足りなかったこといくつか取り上げる。元々犯人をあてることよりも、ディテールの小技の連発に価値のある作品だしね。

アルフレッド・ヒッチコックを思わせるシーンがある。
身代金を支払って解放された子供に、親が手がかりを得ようと絵を描かせる。どういう場所に潜んでいたのかを絵にしろというのだ。そこには、海と島と富士山が描いてある。どこかと思って親は車を走らせる。方向は鎌倉七里ガ浜から江ノ島に向かっていく方向だ。腰越に近づくと、別荘地がある。その中に入っていく。一方警察も絵を手がかりにして車を走らせていた。お互い近くを走っていることに気づかない。気づかないまま映画は続いていく。すぐ近くなのに交わらない。すれ違いにハラハラさせられる。しかし、両方の車は出会い。その後すぐたいへんな発見をする。
これはいかにもヒッチコックが得意とする手法だ。黒澤はサスペンス的なドキドキな要素をかなり持たせている。犯人が比較的早めにわかり、どうやって捕まえるかというサスペンスのパターンは、こういう小技が勝負である。

横浜だけでなく、江ノ島がよく見える場所が出てくる。江ノ島に向かう海岸沿いに江ノ電と道路が並んで走る場所はロケのメッカである。夏に車で走るとうきうきするエリアである。そこを横浜と同じように重要な場所としている。腰越というとピンと来ない人も多いようだが、要は藤沢市側でなく、鎌倉市側江ノ島海岸である。

昭和40年代前半まで、うちは腰越で別荘を持っていた。休みになると江ノ電に乗ってよく遊びに行った。どちらかというとこの映画に出てくる市場に近い方である。しかし、おじいちゃんが高輪に墓をつくるのに、別荘を売った。若いころは腰越の別荘があればと何度思ったことか。。。しかし、おじいちゃんはいい決断をした。墓を建てた翌年なくなった。その後おばあちゃんが入り、昨年父と母が入った。もし墓がなかったらまた余分にお金が入用だったと思うと助けられたわけである。
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天国と地獄  黒澤明

2009-08-16 12:39:21 | 映画(日本 黒澤明)
黒澤明監督「天国と地獄」は邦画では私の一番好きな作品である。誘拐犯の刑が軽すぎることを訴える主旨とは別に、63年当時の横浜の風俗をからめながら、演技を見せるというよりも画像、トリックの醍醐味を見せるシーンで満載である。何度見ても面白い。見るたびことに背筋がぞくっとする場面がいくつもある。

靴のメーカーの常務である三船敏郎は、社内の権力闘争に巻き込まれている。田崎潤、中村伸郎、伊藤雄之助の3人の重役が三船を取り込もうとするが、三船は取り合わない。関西のある投資家から自社株を購入して、自分が権力を取ることができる見込みが立ったからだ。小切手を用意して、大阪に向かって腹心の三橋達也を行かせようとした時、小学生の息子を誘拐したとの電話が入る。多額の身代金が請求される。ところが、息子は戻ってきた。どうも一緒に遊んでいた運転手の息子が誘拐されたようだ。自分の息子でないのに身代金を支払う必要がないと三船は言うが、妻の香川京子は三船に運転手の息子を助けてくれといってきかない。投資家から自社株を買う資金を身代金に充てることを三船は苦渋の判断で決意する。そんな中三船は犯人の要求にしたがって、身代金受け渡しのため、特急こだま号に乗車するように指示される。どういうことになるのか見当もつかないままに。。。。。

登場人物が多い。三船、仲代、志村以外にも黒澤作品常連の脇役たちはフル出場だ。この前後の黒澤作品に比較すると、山崎努を除き各演技者に際立った印象はない。個々の演技に重点を置いたわけではない映画だ。映画の中からいくつかピックアップをする。今回だけはネタばれなしにならないので注意されたい。

特急こだま号を舞台にした身代金受け渡しの場面。新幹線ができたのが、オリンピックの64年。この映画の公開が63年である。新幹線ができたあと、一部を除いて特急は廃止された。この時期だからこのトリックができたわけである。特急に乗るまで主人公と警察は身代金をどう受け渡すのか見当もつかない。そんな時特急の電話室から呼び出しが来る。小田原手前酒匂川の鉄橋で子供を見たら、川の反対側で金を洗面所の窓から落とせというのだ。特急の窓は開かない。しかし、洗面所だけ7cmだけ開くというのだ。三船は子供を見つけて、身代金を窓から落とす。落とされたお金を取りに行く犯人が見える。興奮した三船は洗面で思い切り顔を洗う。子供と出あった時それまでバックの音楽なしに流れていたのに突如としてファンファーレのような音楽が流れる。思わずはっとする。

横浜の高台にある主人公の豪邸で、三船が犯人についても手がかりを仲代達矢率いる刑事たちと話をしている時、子供たちが外の煙突の煙を見て大きな声で指差す。煙突からピンクの煙が出ているのである。白黒映画だったのに、突如ピンク色の煙が色づけられる。ふたたび高らかに管楽器の響きが流れる。このシーンは筋がわかっているのにもかかわらず、いつも背筋がゾクゾクする場面だ。パートカラーという手法はその後も「シンドラーのリスト」などの白黒映画で使われた手法だ。犯人山崎努が受け取った身代金入りかばんを金を抜いて焼却炉であわてて捨てる結果、犯人がわかっていく場面である。

犯人が山崎努だということが特定できた後、誘拐犯だということでは懲役刑になるだけだということで、捜査を仕切る仲代達矢警部が横浜の街中に犯人を泳がす場面である。このシーンも最初見た時驚いた。伊勢佐木町、福富町から黄金町にかけての横浜の街並みがこんなに怖いところだったとは知らなかったからである。この後からは日本映画史上でも指折りのすごいシーンが続く。まずは麻薬を手に入れようとする山崎努がダンスホールまがいの店に入っていく。これがすごい店だ。居酒屋に加えてバーがある屋台村のような店で若者が踊っている。アメリカの駐留兵たちもたくさんたむろし、日本人はチンピラや若者で店はわんさかしている。メニューは英語日本語だけでなく、韓国語や中国語もある。しびれる風景。犯人山崎努を追って、私服を着た警官たちがこの店に入っていく。そこで山崎は売人と出会う。混血歌手青山みちのような顔をした独特の雰囲気のある若い女性だ。今の日本にいない顔の女性だ。その女性とツイストを踊る。そして踊りながら手をとりお金を渡して、やくを受け取る。
そして麻薬を手に入れたあと、山崎努は黄金町の麻薬患者がたむろうエリアに入り込んでいく。セットだとは聞いたが、黒澤のことなので丹念に取材して、リアルに再現したのに違いない。100円宿が入り乱れる。麻薬の禁断症状にかかった人たちがたくさん出てくる。お化け映画を見るようなおぞましい光景だ。いつ見てもどきどきしてしまう。こんなエリアが存在したのかと思うとぞくっとする。福富町の裏手には何回か行ったことがある。韓国クラブがたくさんあり、いろんな文字があふれていた。夜歩くと気味が悪い。ここで気味が悪いくらいなので、夜の黄金町には怖くていけなかった。その後「横浜開港150年」で黄金町の悪の魔窟も整理されたと聞く。
夜の黄金町にいけなかったのはわが人生の失敗の一つか?
黒澤映画では「生きる」の中で、がんとわかった役所職員志村喬が、やけっぱちになって夜の街を遊び人伊藤雄之助とさまようシーンがある。あの中でも生まれて初めてストリップに行き、奇妙な飲み屋に入り込むシーンがある。猥雑な雰囲気は同じである。こういうディテールが黒澤明の凄みだ。

そして最後の山崎努と三船敏郎のご対面の場面だ。山崎努の「おくりびと」にいたるまでの素晴らしいキャリアはこの作品で始まった。素晴らしい演技である。
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