映画「十九歳の地図」は1979年(昭和54年)の作品
「十九歳の地図」は和歌山出身の奇才中上健次原作の映画化である。平成のヒトケタ年代に和歌山市内で仕事していたことがあり、中上健次作品はいくつか読んでいる。ただ、この映画を知らず何故かご縁がなかった。amazon primeにあるので、何気なく観てみたらこれが面白い。
和歌山出身で、新聞配達をしながら東京の予備校に通う青年が、ちょっと変わった同僚の先輩とともに様々な出来事に出くわす物語だ。柳町光男監督は鹿島を舞台にした根津甚八主演の「さらば愛しき大地」を観ている。
「地図」というのは新聞配達で担当するエリアのお手製地図で、そこにチェックを入れている。ちょっと気に入らないことがあると、お手製の地図に×をつけていくのだ。
映画がはじまって、すぐさまロケ地が東十条から王子にかけてのエリアであることがわかる。ちょっと驚いたが、昭和の時代に短期間住んだこともあり、今でも王子名主の滝周辺をたまに散歩するので馴染みが深い。最近の映画だったら、あえて住所を隠すところであるが、電柱などから露骨に住所が見えるようになっている。
吉岡まさる(本間健二)は和歌山から上京してきて、住み込みで新聞配達をして予備校に通っている十九歳の青年だ。体力勝負でつらい仕事なので、予備校にもあまり行ってはいない。吉岡は配達区域の地図をつくり、それぞれの家に名前を書き込み配達で気に入らないことがあると×印、ムカつく度合いで×印2つなどとランクをつけチェックしている。その×が増えると公衆電話から嫌がらせの電話をかけたりしているのだ。
吉岡の同室には30代の独身男、紺野(蟹江敬三)がいて日ごろは仲良くしている。ホラばかり吹いていてダメ男の紺野は、自殺未遂の末、片足が不自由になった女(沖山秀子)をマリアと呼んで親しくしている。でも、金回りの悪い紺野は、亭主づらをしたいがあまりにひったくりや強盗を繰り返すようになるのであるが。。。
⒈中上健次
和歌山でも新宮出身である。紀伊半島の南側で和歌山市から特急で3時間半もかかる三重県との県境だ。その近くの那智熊野はいわば日本の聖地で歴史がある。歴史が長い処はどこも被差別問題があり、路地といわれるエリアの住民を描いた中上健次の作品にはその色が濃い。若松孝二監督が晩年に撮った「千年の愉楽」は中上健次作品らしいどんよりした雰囲気をもつ。
「十九歳の地図」の作品発表は1973年で、芥川賞候補になった。中上健次は高校を出て上京して浪人生活をしている。その時の心情を書いたものなのであろう。結局は大学へは行っていない。運良く評価されて、その後1976年「岬」で芥川賞を受賞するのだ。映画化は1979年と若干ブランクある。
⒉新聞配達配達員の悲哀
単調な肉体労働でもある。自転車にも乗るであろうが、1人あたりの配達数は多い。ずっと走りっぱなしだから体力も使う。雨の中もあくせく走っていくのだ。
ここでは我々が知ることのない新聞販売店の世界も描かれる。早朝に起きて、早朝のラジオ放送を聴きながら配達のトラックから新聞の束を新聞店の中に運び、配達員が自分が配る新聞にチラシを入れ込む。手際良くやる必要がある。
あと、重要な仕事は集金だ。どんな業種でも回収というのは嫌な仕事である。店の中に各配達員の棒グラフがある。集金業務での回収率によって給与の支払いに滞りが出ることもありうるというのだ。非情だ。毎日配達しているのに、「オレはとっていないよ」と集金時に言われることもある。逆に、「大変ね」と集金に行った時にお茶やケーキが出ることもある。その時に奥さんに「お国はどこ?」なんて言われるのだ。
そんな台詞を聞いて、自分の母を思い出した。見るからに田舎から出てきたばかりの寿司屋やそば屋の出前にそんな風に声かけていたなあ。でも、気に入らないこともあってその家に主人公は×をつける。ちょっとひねくれている。
⒊王子から東十条エリア
中十条とか王子本町とか具体的に地名が出てくる。映画上映時はまだ埼京線ではなく、赤羽線十条駅と京浜東北線東十条駅の間あたりのエリアから以前板橋のガスタンクがあった辺りまででロケ地が散らばっている。今でもごちゃごちゃ入り組んでいるところは多い。京浜東北線の線路沿いから一気に高台になる。ガケに建っている家も多い。
王子駅から坂を上がった飛鳥山公園に展望台があったのも映像に出てくる。ここから西ヶ原、滝野川方面と王子駅前も映し出す。もちろんこの展望台も今はない。今はあの汚い外部をカーテンウォールで隠しているが、駅前に「女の世界」というキャバレーがあった。一瞬だけど、それも映す。貴重な映像だ。
「十九歳の地図」の原作は未読であるが、設定の場所はこのエリアではないようだ。中上健次の履歴を見ても、北区付近に住んだ形跡はない。柳町監督がロケハンで選択したようだ。でもこのエリアをあえて選択したのも「王子スラム」があるからかもしれない。
⒋王子スラム
今だったら、大騒ぎになる表現も多い。主人公も配達エリアを示す地図に「王子スラム」と書く。しかも、そのスラム地帯が映像に出てくるのだ。廃品回収のクズ屋とかがある掘立て小屋が立ち並ぶ。まさに昭和を甦らせるすごい貴重な映像だ。もちろん今は跡地すらない。
昭和40年代前半、母が流産したことがあった。自分にとって妹になり損なった子の霊を祀る寺が王子にあった。母と一緒に品川から京浜東北線に乗って王子駅を降りて、今は公園になっている石神井川の横を歩いた時にショッキングな場面に出くわした。ハン◯ル文字の回覧板のようなものがあって、汚い掘立て小屋が並んでいた。もう50年以上経つが、この光景は鮮明に脳裏に焼き付いている。
今回この映画に出てくる「王子スラム」を見て、まったく同じように見えた。「王子スラム」の場所は王子駅と東十条駅の中間地点にあたり、場所は違う。こんなに色んなところにスラム街があったのかと改めて驚く。映画では在日の人たちの会話も出てくる。柳町監督がその辺りは意識している気がした。
「十九歳の地図」は和歌山出身の奇才中上健次原作の映画化である。平成のヒトケタ年代に和歌山市内で仕事していたことがあり、中上健次作品はいくつか読んでいる。ただ、この映画を知らず何故かご縁がなかった。amazon primeにあるので、何気なく観てみたらこれが面白い。
和歌山出身で、新聞配達をしながら東京の予備校に通う青年が、ちょっと変わった同僚の先輩とともに様々な出来事に出くわす物語だ。柳町光男監督は鹿島を舞台にした根津甚八主演の「さらば愛しき大地」を観ている。
「地図」というのは新聞配達で担当するエリアのお手製地図で、そこにチェックを入れている。ちょっと気に入らないことがあると、お手製の地図に×をつけていくのだ。
映画がはじまって、すぐさまロケ地が東十条から王子にかけてのエリアであることがわかる。ちょっと驚いたが、昭和の時代に短期間住んだこともあり、今でも王子名主の滝周辺をたまに散歩するので馴染みが深い。最近の映画だったら、あえて住所を隠すところであるが、電柱などから露骨に住所が見えるようになっている。
吉岡まさる(本間健二)は和歌山から上京してきて、住み込みで新聞配達をして予備校に通っている十九歳の青年だ。体力勝負でつらい仕事なので、予備校にもあまり行ってはいない。吉岡は配達区域の地図をつくり、それぞれの家に名前を書き込み配達で気に入らないことがあると×印、ムカつく度合いで×印2つなどとランクをつけチェックしている。その×が増えると公衆電話から嫌がらせの電話をかけたりしているのだ。
吉岡の同室には30代の独身男、紺野(蟹江敬三)がいて日ごろは仲良くしている。ホラばかり吹いていてダメ男の紺野は、自殺未遂の末、片足が不自由になった女(沖山秀子)をマリアと呼んで親しくしている。でも、金回りの悪い紺野は、亭主づらをしたいがあまりにひったくりや強盗を繰り返すようになるのであるが。。。
⒈中上健次
和歌山でも新宮出身である。紀伊半島の南側で和歌山市から特急で3時間半もかかる三重県との県境だ。その近くの那智熊野はいわば日本の聖地で歴史がある。歴史が長い処はどこも被差別問題があり、路地といわれるエリアの住民を描いた中上健次の作品にはその色が濃い。若松孝二監督が晩年に撮った「千年の愉楽」は中上健次作品らしいどんよりした雰囲気をもつ。
「十九歳の地図」の作品発表は1973年で、芥川賞候補になった。中上健次は高校を出て上京して浪人生活をしている。その時の心情を書いたものなのであろう。結局は大学へは行っていない。運良く評価されて、その後1976年「岬」で芥川賞を受賞するのだ。映画化は1979年と若干ブランクある。
⒉新聞配達配達員の悲哀
単調な肉体労働でもある。自転車にも乗るであろうが、1人あたりの配達数は多い。ずっと走りっぱなしだから体力も使う。雨の中もあくせく走っていくのだ。
ここでは我々が知ることのない新聞販売店の世界も描かれる。早朝に起きて、早朝のラジオ放送を聴きながら配達のトラックから新聞の束を新聞店の中に運び、配達員が自分が配る新聞にチラシを入れ込む。手際良くやる必要がある。
あと、重要な仕事は集金だ。どんな業種でも回収というのは嫌な仕事である。店の中に各配達員の棒グラフがある。集金業務での回収率によって給与の支払いに滞りが出ることもありうるというのだ。非情だ。毎日配達しているのに、「オレはとっていないよ」と集金時に言われることもある。逆に、「大変ね」と集金に行った時にお茶やケーキが出ることもある。その時に奥さんに「お国はどこ?」なんて言われるのだ。
そんな台詞を聞いて、自分の母を思い出した。見るからに田舎から出てきたばかりの寿司屋やそば屋の出前にそんな風に声かけていたなあ。でも、気に入らないこともあってその家に主人公は×をつける。ちょっとひねくれている。
⒊王子から東十条エリア
中十条とか王子本町とか具体的に地名が出てくる。映画上映時はまだ埼京線ではなく、赤羽線十条駅と京浜東北線東十条駅の間あたりのエリアから以前板橋のガスタンクがあった辺りまででロケ地が散らばっている。今でもごちゃごちゃ入り組んでいるところは多い。京浜東北線の線路沿いから一気に高台になる。ガケに建っている家も多い。
王子駅から坂を上がった飛鳥山公園に展望台があったのも映像に出てくる。ここから西ヶ原、滝野川方面と王子駅前も映し出す。もちろんこの展望台も今はない。今はあの汚い外部をカーテンウォールで隠しているが、駅前に「女の世界」というキャバレーがあった。一瞬だけど、それも映す。貴重な映像だ。
「十九歳の地図」の原作は未読であるが、設定の場所はこのエリアではないようだ。中上健次の履歴を見ても、北区付近に住んだ形跡はない。柳町監督がロケハンで選択したようだ。でもこのエリアをあえて選択したのも「王子スラム」があるからかもしれない。
⒋王子スラム
今だったら、大騒ぎになる表現も多い。主人公も配達エリアを示す地図に「王子スラム」と書く。しかも、そのスラム地帯が映像に出てくるのだ。廃品回収のクズ屋とかがある掘立て小屋が立ち並ぶ。まさに昭和を甦らせるすごい貴重な映像だ。もちろん今は跡地すらない。
昭和40年代前半、母が流産したことがあった。自分にとって妹になり損なった子の霊を祀る寺が王子にあった。母と一緒に品川から京浜東北線に乗って王子駅を降りて、今は公園になっている石神井川の横を歩いた時にショッキングな場面に出くわした。ハン◯ル文字の回覧板のようなものがあって、汚い掘立て小屋が並んでいた。もう50年以上経つが、この光景は鮮明に脳裏に焼き付いている。
今回この映画に出てくる「王子スラム」を見て、まったく同じように見えた。「王子スラム」の場所は王子駅と東十条駅の中間地点にあたり、場所は違う。こんなに色んなところにスラム街があったのかと改めて驚く。映画では在日の人たちの会話も出てくる。柳町監督がその辺りは意識している気がした。