映画とライフデザイン

大好きな映画の感想、おいしい食べ物、本の話、素敵な街で感じたことなどつれづれなるままに歩きます。

映画「PASSION」濱口竜介

2022-07-27 21:21:18 | 映画(日本 2000年以降主演男性)
映画「PASSION」を名画座で観てきました。


映画「PASSION」は今や日本を代表する映画人となった濱口竜介監督東京藝術大学大学院の卒業制作でつくった2008年の作品である。名画座の「濱口竜介特集」での上映で、観たことない作品の一つである。もともと東京藝術大学制作となっている作品だけに、Wikipediaにも取り上げられていない。観たことない人も多いだろう。ほぼ満員である。

昔の仲間の誕生日パーティに29才の男女が集合する中、2人が結婚することを公表する。ところが、その2人のそれぞれに関係や好意をもっている他のメンバーがいて、その後飲み直したときにお互いの気持ちを発散して取り乱す3日間の話である。

見応えがある!映画好きの必見作品だ。
卒業制作となめてかかるとレベルの高さに誰も驚くであろう。近年の偶然と想像渋川清彦と占部房子、河井青葉の3人の主要出演者がダブっている。お!出てきたなと思う。いくら監督がよくても演じる人のレベルが低くてはどうにもならないだろう。演技巧者が「偶然と想像」と同レベルの演技をしているのでいい作品になるのは必然だろう。

景色を見ていて横浜が舞台だとわかる。セリフが多く、室内劇的タッチを持つけど、閉鎖的ではない外人墓地付近や煙突のけむりが大量に噴出する場所のロケなどアウトサイドも多い。バスの使い方もうまい。おいおい、これって大学院とはいえ、学生のレベルを超えているよ。こんなすごい映画つくる濱口竜介が、10年以上ごく普通の映画ファンに知られていなかったというのは映画関係者のミスだな。


⒈感情移入できない登場人物
この映画の登場人物もへんなやつが多い。出演している5人の男女がその昔同級生だったとか関係については語られない。でも、まあ理屈っぽい

結婚することになった2人は男が大学の研究室に残っていて、女が中学の数学教師のようだ。見るからに色男なので、四方八方女に手を出しているようだ。一方で、女性に好意を持っている仲間内の男性がいるが、相手にしない。ところが、仲間内に婚約を告白したと同時にいろんなことがもつれてくる。


河井青葉演じる数学教師が、クラスの中で自殺した生徒がいることで、生徒を集めて暴力についてどう思うか?とヒアリングしたりする。でも、河井の論理がこれがまたハチャメチャだ。その屁理屈を聞いているとだんだんムカついてくる。でも、そんな強い女じゃない。偉そうにしていて依存性の強い女だ。こんなシーンを若い素人の生徒たちの協力で作ってしまうのもすごい。

まあともかく、みんな性格は変。
当時はまだ若いのに、こんな変な奴らに似ている連中に若い頃から濱口竜介会ってきたのかな?人生経験が豊富なのかもしれない。

⒉レベルの高い演技
偶然と想像でも個人的にいちばん演技が冴えているのが占部房子である。河井青葉を昔の同級生だと思っていたけど、実は別人だったという話だった。今から14年前の作品だけど、人物的に性格的変人の中でいちばんマシだな。ひいき目はあるが、今回もよく見える。


渋川清彦はいろんなところに顔を出しているよね。「PASSION 」で14年前の姿を見ると、若干イメージが違う。TVをたまたま見たら、CMで配達員の役やっていたっけ、めずらしい伊藤忠のCMだった。「偶然と想像」では柄にもなく大学教授の役柄だったけど、学生にハニートラップをかけられそうになる。そんな感じで、役柄の幅がますます広くなっている気がする。映画界に欠かせない俳優になっている。


この2人はまったく関係ないはずなんだけど、最終に向けて思わずびっくりさせるシーンを用意する。それだけでなく、ビックリするシーンを要所ごとに点在させる。このあたりは驚かせるのを楽しんでいるような濱口竜介のタッチかなと思う。

岡本竜汰というカッコいい俳優が主役級である。演技もわるくない。最近あまり見ないけど、どうしちゃったんだろう。河井青葉はまだ「私の男」に出演する前、美人なんだけど、役柄のせいもあるのか合わないのかも。それにしても、同窓会感覚で10年以上経って出演者を集めて「偶然と想像」濱口竜介がつくってしまうのもすごいよな。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「あなたと過ごした日に」

2022-07-25 20:28:10 | 映画(洋画:2022年以降主演男性)
映画「あなたと過ごした日に」を映画館で観てきました。


いい映画やっていないなあ。週末はスルーかと思いながら、日経新聞の映画評で「あなたと過ごした日に」が気になったので、公開劇場は少ないけど観に行く。これが大当たりだった。ツイている

映画「あなたと過ごした日に」は、アカデミー賞外国映画賞を受賞したことあるスペインのフェルナンド・トリエバ監督コロンビアを舞台にある医師の家族について描いた作品である。昨年末MONOSというコロンビアのゲリラ部隊を扱った映画を観た。評価は高かったが、自分にはイマイチだった。

コロンビアにはコーヒーの原産地であるイメージやバリーシール」、「ブロウなどの麻薬映画の舞台というイメージしかなかった。「MONOS 」で、コロンビアで反体制のクーデターが長年続いていることを知った。

コロンビアのメデシンで公衆衛生が専門の医師であるエクトル・アバドゴメス博士(ハビエル・カマラ)は、妻と女5人男1人の6人の子供たちと大きな邸宅で幸せに暮らしている。大学で教鞭をとるゴメス衛生状態に問題のある町の改善に取り組んでいる。同時に、既成の組織に反発した反体制の発言で保守派にマークされているという話を息子エクトルの視線を中心に1971年、1983年、1987年の3つの時代から眺める。

フルボディのワインを思わせる重厚な味わいをもつ傑作である。
個人的には本年公開のシリアスドラマ系でいちばんよくみえる映画を観たという実感がもてる。小説化されたとはいえ、実話に基づくノンフィクションである。でも、ドキュメンタリー的なつくり方はされていない。人権擁護の話となると、反体制知識人が出てきて思想的要素が深まり暗いムードになるが、そうはならない。ラテン系の陽気な一面が暗部を打ち消す

コロンビア史の暗部に注目しているとはいえ、改めて歴史背景を予習する必要はない。あくまで人間ドラマとしての見どころをもっているから知らなくても大丈夫だ。物語の肝になる博士役のバビエル・カマラが緩急自在の演技をする。これにはうまいので唸った。


⒈エクトルアバドゴメス博士
公衆衛生が専門の医師である。階級による格差に疑問を提起しているので、周囲にアカだと思われ、自宅に「共産主義者」といたずら書きされる。しかも、カールマルクスが「宗教は民衆のアヘン」と宗教信仰を否定するのと同じように博士もキリスト教嫌いなので、なおのことそう思わせる。神学校に入った息子にも天地創造の絵はウソだと教えている。

でも、共産主義者ではない。博士はマルクスも読んでいないし、関心もない。ただ、自由平等を主張するだけなのだ。早口で自由を訴える博士が誤解されても仕方ない。博士は実際に心の暖かい人だったと想像する。愛情あふれるシーンが数多く用意されている。ハビエル・カマラのハートフルな人柄がにじみ出る。いい感じだ。

⒉モノクロとカラーの組み合わせ
映画は1983年にイタリアのトリノにいる息子のエクトルが帰宅した時に、父親の記念講演があるという留守電を聞くところからスタートする。そしてエクトルが帰国して父親と対面するまでがモノクロだが、時代が1971年に遡るとカラーになる。

歴史を感じる崇高な建物が数多く立ち並ぶメデシンの街で、子どものエクトルを中心にカメラは大家族の生活に密着する。家族が住む邸宅も美しい姉たちが着飾る姿も色鮮やかに映し出す。海辺のシーンなどでは衣装、小物を含めていかにもラテン系の国だとわかる色使いだ。そこでもいくつか事件が起こるが、さほどでもない。カラーの映像の時代は平和に展開する。


1983年エクトルが大きくなった時、モノクロに戻る。反体制運動を含めていろんな事件が起きていく。エクトルと妹以外は同じ配役で年齢の移り変わりを色を落として表現する。父親の行動は政治にも足を突っ込んでエスカレートする。エクトルが父親に反発する場面も出てくる。エレジーの香りも徐々に強くなる。この切り替えはうまい!

⒊時代を感じさせる音楽と劇中映画
基調になる音楽のセンスはいい、緊迫感ある最終局面まで安定している。美しい姉たちはラテンステップのダンスをしたりお嬢様モードたっぷり。1971年の時代背景を示すようにキャロルキングの「きみの友だち」が流れる。アルバム「つづれおり」は全米ヒットチャート1位に長らくあった。シングル「イッツトゥレイト」が5週連続1位で、その後でジェームステイラーがカバーした「きみの友だち」が全米ヒットチャート1位となる。コロンビアでも流行ったのであろう。名曲だ。

エクトルが父親と映画を観にいく。子どもにはまだ意味がわからず、ウトウトしてしまう。グスタフ・マーラーの交響曲5番が流れるので、ヴィスコンティの「ベニスに死す」を観ていることがすぐわかる。エクトルが大人になった時、自宅のTVでもう一度同じ映画が映し出される。マーラーをモデルにしたと言われる主人公が映る。あの時は子どもで意味がわからなかったとエクトルが懐古する。


でも、映画情報を読むと、フランソワ・トリュフォー監督の作品と書いてある。ちょっと待ってよ映画関係者、マーラーの5番が鳴り響いて、海辺に座る主人公を演じるダークボガードが映ったら「ベニスに死す」しかないでしょう。しかも1971年を代表する映画だよ。すごくいい映画なのに事務方はどうしたの?


⒋手洗いのススメ
映画に入場しようとしたら、ノベルティをもらった。それも「キレイキレイ」の試供品だ。何かの間違いかと思いながら、こんなのもらうの初めてとびっくりした。父親は衛生が専門だからというわけではないが、子どもに「手には汚いものがついているから、この歌を歌い終わるまで洗いなさい」と指導する。印象的なシーンだ。感染症を予防するために、予防接種を推奨する。息子にはいの一番で試しうち、街で一般の人に予防接種させる時には娘たちに最初にうたせる。


この映画コロナが蔓延する前にできた映画だけど、なぜか時流にあってしまう。だからか?ライオンが協賛したので試供品をもらえたのだ。でも、コロナ以前自分は今のように手洗いしていたっけかと思う。お陰でこれまで年に一度程度は風邪をひいたが、まったくひかなくなった。手洗いは大事なんだね。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「戦争と女の顔」

2022-07-21 05:33:50 | 映画(欧州映画含むアフリカ除くフランス )
映画「戦争と女の顔」を映画館で観てきました。


映画「戦争と女の顔」第二次世界大戦の戦場に駆り出されたソ連女性兵士の戦後のトラウマに焦点をあてたロシア映画である。反体制派のロシア人若手監督がつくっている。戦闘シーンは一切ない。レズビアン映画の色彩もあるが、2人の愛を強調するわけでない。戦争によって受けた心と身体の傷がこの映画の焦点である。その傷の中で2人が起こす行動は常軌を逸している

1945年、終戦直後のレニングラード。第二次世界大戦の独ソ戦により、街は荒廃し、市民は心身ともにボロボロになっていた。多くの傷病軍人が収容された病院で働く看護師のイーヤ(ヴィクトリア・ミロシニチェンコ)は、PTSDを抱えながら働き、パーシュカという子供を育てていた。


そこに子供の本当の母であり、戦友のマーシャ(ヴァシリサ・ペレリギナ)が戦地から帰還する。後遺症や戦傷を抱えながらも、二人の若き女性イーヤとマーシャは、廃墟の中で自分たちの生活を再建しようとする。(作品情報一部引用)


わかりづらい映画であった。
観ている途中で誰かのいびきの音が鳴り響いたり、途中退席する人もいる。
映画としての質が高いのはよくわかる。主演の若い2人の女性の演技はかなり高いレベルだ。しかも、2人ともきっちり脱ぎ、美しい裸体を見せてくれる。精神不安定の中での性行為にも頑張って挑戦している。レニングラードの風景描写やその時代を反映するインテリアその他の美術も優れている。美しいと思う映像コンテも数多い。


それにも関わらず、説明が省略されすぎで、意味が読み取りにくい。自分の理解度に難があるかもしれないが、アタマがなじまない。映画情報その他を改めて読んで「これってそういうことなのか?」とわかるわけで観ている途中はよくわからない。先日観た「ボイリングポイント」は映画館の観客が固唾を呑んで映画に集中しているのがわかったのと対照的で序盤から中盤にかけては眠気に襲われる人は多そうだ。

上記作品情報にはないが、2人の女性の関係に入り込む1人の若い男性がいる。ひょんなきっかけでマーシャに近づく。ストーリーでは重要な部分をつくり出す。その三角関係の延長に、若い男性の両親が絡んできて、一気に緊迫した場面が生まれる。それまでの説明省略基調から一転する。後半30分は、すごいセリフの連発に圧倒されてしまう。途中退席する人ももう少し我慢すれば良かったのにと思った。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「ボイリング・ポイント / 沸騰」

2022-07-18 17:26:55 | 映画(洋画:2022年以降主演男性)
映画「ボイリング・ポイント」を映画館で観てきました。


映画「ボイリング・ポイント/沸騰」はロンドンの人気レストランのある一晩を描いたグルメ群像劇である。監督のフィリップバランティーンはシェフの経験があるという。90分ワンショットという宣伝文句が気になり映画館に向かう。有名な俳優はでていない。クリスマス前金曜日の人気レストランでのシェフと厨房、フロアスタッフがお客さんと関わる裏話が盛りだくさんで、手持ちカメラがずっと登場人物を追い続ける。

お見事!レストランやシェフに焦点をあてた映画で、こんな作品観たことない。
スピード感あふれる最後まで目が離せない映画だ。必見!

ともかく90分を疾走しつづける。エピソードはこれでもかという感じに盛りだくさんで連続していく。一筆書きタッチのにはバードマン」や「1917 命をかけた伝令といった名作がある。いずれも、ここまで短時間の出来事を描いているわけでない。一定の時間の話を編集でつなげているわけだ。この映画も当然軽い編集はされているはずだが、短時間に起こる出来事を映画の中に充満させる。

個人的には、室内セットのみの映画って閉塞感があって好きでない。この映画はレストラン内がほとんどで、一部レストランの外に出る場面があるだけである。でも、息が詰まらない登場人物のプロフィールをわずかな時間で浮き彫りにした上で、手持ちカメラが厨房側、客席側をひたすら追う。静的でなく動的だ。緊迫感を高める。目が離せない。

ただ、よだれがでるような料理の逸品が映像に映るグルメ映画でない。その期待をもっている人は裏切られるだろう。むしろ自分には食材を雑に扱っているように見えるので悪しからず。


⒈登場人物
ここに出てくる登場人物はお客様だけでなくスタッフも偏屈な奴が多い。ほとんどが共感の気持ちが入りにくいメンバーだ。しかし、ドラマらしくする葛藤を生むためには仕方あるまい。どんな業界でも、営業サイドと技術部門との葛藤ってある。ここでは、厨房内とフロアスタッフの葛藤で大声のケンカも絶えない。

フロアをまとめるマダムは、レストランオーナーの娘だ。一生懸命やっているように見えるけど、周囲から必ずしも好かれていない。シェフ(スティーヴン・グレアム)を助ける女性の副料理長カーリー(ヴィネット・ロビンソン)に、客が無理強いでオーダーしたメニューにないものを頼むけど、当然拒否する。言い合いの中でカーリーの愚痴が叫びになる。給料あげてくれってカーリーはシェフを通じて頼んでいる。ダメなら他にも行けるので、逆らっちゃう。そういうありがちな話もたくさん盛り込まれている。


⒉いくつかのエピソード
いきなり衛生管理局の監察官が来て、手洗いのことや冷蔵庫の温度設定など矢継ぎ早に厨房内でヒアリングをして、気がつくと衛生の評価が5から3に落ちる。シェフのアンディは家のゴタゴタで開店寸前の出勤だ。監察官の嫌味っぽい聞き込みでこの先の面倒な展開が予測できる。

シェフが以前いた有名店のオーナーシェフが突然グルメ評論家を連れてきたり、フォロワーが5万いるという自称インフルエンサーがメニューにないビーフステーキを頼んだり、黒人女性スタッフがワインを注ごうとすると人種差別傾向があると思しき顧客がケチを付け 肉の焼き直しの要求が理不尽で厨房が大騒ぎになったり、小さな逸話が盛りだくさんだ。


⒊グルメ(料理)映画
グルメ映画の最高峰のデンマーク映画バベットの晩餐会だけでなく、映画「シェーン」のグルメ版とも言える伊丹十三タンポポなども含めて、1人のシェフがクローズアップされることが多い。昨年公開のフィンランド映画世界で一番幸せな食堂も中国人シェフが助っ人に来る設定で似たようなテイストを持つ。

ここでもレストランのシェフであるアンディを中心にストーリーは動く。しかし、主役はいれど、厨房内外、来訪する客のそれぞれにプロフィールを持たせたロバートアルトマン的な群像劇である。こんなグルメ映画は過去には観た記憶がない。過去のグルメ映画にも厨房内部のスタッフは当然画面に出ているけど、TVドラマでなく、短時間の映画に各スタッフの動静を凝縮して映す作品は見当たらない。それだけに新鮮な感動を与えてくれる。


どうもコロナ前に撮られたようで、マスク姿は皆無である。でも、裏方とは言え、調理とは関係ないおしゃべりを厨房スタッフがこんなにしていいのかしら?初っ端から衛生局の監察官による実査があるけど、監察官もマスクしていない。え!衛生的に大丈夫と思わず感じる場面は多い。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「blue island 憂鬱の島(香港)」

2022-07-17 05:16:11 | 映画(アジア)
映画「blue island 憂鬱の島(香港)」を映画館で観てきました。


2007年から映画を観るたびに、ノートに作品名を書いている。実は、記録した本数がついに3000本まで達した。大台に近づくにつれ、どの作品にしようかと思っていた。結局、大好きな香港に関する映画が公開されるので、これは好都合と記念の作品にしてしまう。3000に向かう気持ちは別の機会に雑感を書くことにする。

「Blue island 憂鬱之島」香港では公開されない香港在民たちの苦楽を描いたドキュメンタリーだ。途中では、若手俳優たちによる再現フィルム劇が挿入されている。正直、2019年からの民主化デモだけを取り上げるレポート的作品であれば、観にいかなかった。「香港デモ史」的な要素を持ち、文化大革命あたりからの反体制運動を描いているドキュメンタリーフィルムも織り込まれているとのことで関心を持つ。


1967年の六七運動、1989年の天安門事件にかかわる同胞支持のデモの話に加えて、2019年から2020年にかけて日本のTVでも随分と報道された民主化運動にかかわる話が中心だ。予想を超える感動は特にはない。こんなもんだろう。大好きな香港の見慣れた風景が出てきて、慌ただしくせわしない香港在民たちの動静を見ているだけで十分満足できる。

⒈ヴィクトリアハーバーで泳ぐ陳さん
文化大革命の頃に海を泳いで香港に来たという陳克治さんはなんと、毎日のように九龍サイドと香港島の間のヴィクトリアハーバーで泳ぐという。軽い準備運動をした後に、海パン姿で、優雅に泳ぐシーンには驚く。決してきれいな水とはいえないところだ。嵐の日も泳ぐ「007は2度死ぬ」ショーンコネリーが一旦姿を消したあの海だ。


陳さんは当時英国領だった香港に、中国から山を越えて妻と2人で逃げ込んだ。それを再現フィルムで、若手俳優が演じる。ともに香港返還がなされた後に生まれた俳優だ。このシーンを観て、「ラストエンペラー」ジョン・ローン主演で日本映画として香港で撮った「チャイナシャドー」を思い出した。香港のマスコミ界で活躍している黒幕のジョンローンが、中国本土から海を渡って香港に来たという設定だ。中国本土から脱出する似たようなシーンがある。「チャイナシャドー」では毛沢東が死んだ1976年に国境を越えているが、陳さんは1973年に渡っている。


当時の中国では1968年以降高校を卒業したら、産業の根幹である農業をやるために農村に行かねばならなかったそうだ。16日の日本経済新聞に中国の大学生の就職内定率が47%で、24歳までの若者の失業率が19%であるという記事があった。驚いた。大学進学率が58%で、一学年の大学卒業生がなんと1000万人以上だという。

日本は人口減少という問題を抱えている。でも、いまだ就職は売り手市場である。20代の安倍元首相支持率が高いことを不思議がる人がいるが、民主党政権時代の就職氷河期を連想する若者がアベノミクスによる雇用の回復を支持するのは当然だろう。リベラルという名で金儲けしているエセ知識人や駅で共◯党のビラを配っている赤ババアにはわかるまい。

⒉六七運動と天安門事件
六七運動という英国統治に対する反旗をあげた運動が1967年にあったのは知らなかった。文化大革命に影響された左派香港人が、中国のことは中国に任せろとばかりに大騒ぎをしたようだが、本土の中共は手助けをしなかったという。当時活動した人物が登場したけど、2019年のデモに関しては無関心を装っている。

1989年天安門事件の時には、北京での民主化運動を中国共産党が強行に鎮圧したのは歴史上有名な話だ。その時も、同胞として香港の運動家たちが支持したという。結局、2019年からの民主化運動も共産党政府にデモを鎮圧され、騒乱に対しては法令改正で強硬に取り締まるようになった。


映画によれば、文化大革命で20万人が本土から香港に移り住み、今回の民主化運動の顛末で9万人が去ったという。もっとも、中国返還が決まった時に、カナダなどに移住した人も多かったはずだ。個人的には、デモは自己満足と思っているクチで周囲に迷惑をかける騒乱は意味はないと思っている。鎮圧は当然だろう。

ただ、1997年の英国から中国への返還の趣旨からすると、中国共産党による高圧的な一党支配でなく、もっと香港在民に自由をという気持ちはものすごくよくわかる。世界中でもっとも自由経済がうまくいっていると言われる香港である。その自由にメスが入れば、シンガポールあたりに移住してしまう人が増えるだろう。良き時代の香港の自由が失われていくことを個人的には残念に思う。

平成になった後で、大学の同期が転勤で香港に行くことになり、そのあと初めて香港へ行ったのが香港好きになったきっかけだ。猥雑な街の雰囲気なのに、植民地文化の英国テイストが織り混ざる洗練された部分がある。しかも、食事のおいしさにぶったまげた。当時は今よりずっと安かった。こんなにおもしろいところはないと毎年のように通った。民主化運動のデモやコロナの影響で行けないのが残念で仕方ない。あの雑踏に身を任せたい。また行きたい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「こちらあみ子」大沢一菜&井浦新&尾野真千子

2022-07-13 17:05:58 | 映画(日本 2019年以降主演女性)
映画「こちらあみ子」を映画館で観てきました。


「こちらあみ子」は芥川賞作家今村夏子の原作を映画化した作品である。今村夏子作品だということは知らず、映画ポスターに写るあみ子のあどけない表情が気になっていた。小学校当時のわが娘と雰囲気も似ている。主演はオーディションで選ばれた2011年生まれの女の子大沢一菜で、井浦新、尾野真千子という主演級が両親を演じて脇を固める。

広島の海岸沿いの田舎町で暮らすあみ子(大沢一菜)は、やさしい父親(井浦新)と書道教室をしている継母(尾野真千子)とお兄ちゃんとともに暮らしている。周囲と折り合わず奇想天外な行動をとるあみ子には好きな男の子がいるが、なかなか心が通じない。いくつもの逸話を重ねながら、中学になった頃までのあみ子の日常を描く。

不思議な肌合いを持つ映画だ。
映画に映る海岸沿いの町並みと昭和40年代までの頃を思わせるあみ子の自宅の雰囲気がのどかで気分がいい。家でも学校でも宇宙人のように振る舞うあみ子は、周囲の雰囲気がどうあろうと一切無関係に毎日を過ごす。都会の雑踏とは無縁の場所であみ子の暴走と戸惑う家族の日常を観ていると心がなじむ。


⒈世間常識とかみ合わない女の子
あみ子は親に買ってもらったおもちゃのトランシーバーに向かってブツブツ話す。継母のお腹には赤ちゃんがいて、あみ子も楽しみにしていた。ところが、流産してしまう。気を利かせたつもりのあみ子が弟の墓を庭につくるが、それを見て継母は大泣き。この辺りはよくわからないなあ。女性目線だとそうなるんだろうか?気を利かせてくれてありがとうという母親がいてもおかしくない。そんな感じでかみ合わないことだらけだ。


兄貴はグレて、気がつくと暴走族の仲間に入る。中学になって、奇想天外な行動をとっている体の小さいあみ子は不良グループにいじめられる。でも、グレて有名になった兄貴の妹と知り、慌ててイジメを止める。気がつくと子どもを手なずけることもできず、母親も寝たきりになっていく。唯一の理解者である父親も、一日中ずっとあみ子をかまってはいられない。さて、どうする?あみ子。


⒉今村夏子
芦田愛菜主演の映画「星の子」も原作は今村夏子だった。途中の展開を踏まえると、え!これで終わっちゃうの?というエンディングに違和感を感じて感想をアップしていない。安倍元総理の事件でここ数日話題になっている新興宗教に心を奪われる家族の物語だ。奇妙な余韻を残す。


今村夏子は風変わりなあみ子をストーリーに放つ。あどけない素直な子だが、周囲が見えない。でも、自分的にはあみ子に親しみを覚える。それにしても感想がむずかしい映画である。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「ルッツ 海に生きる」

2022-07-08 19:47:56 | 映画(欧州映画含むアフリカ除くフランス )
映画「ルッツ 海に生きる」を映画館で観てきました。


映画「ルッツ」は地中海の島国マルタでつくられた人間ドラマである。もちろんマルタには行ったことはない。シチリア島よりも南で、地中海を隔てたアフリカ側ではチュニジアに向かう位置にある。若き日に自宅でマルチーズを飼っていて、マルタ島が犬のルーツと聞いていた。そんな思いが脳裏にあり、映画館に向かう。マルタ出身のアメリカ人監督アレックス・カミレーリがメガホンをとる。

マルタ島の伝統漁船ルッツで海に出る漁師の青年ジェスマーク(ジェスマーク・スクルーナ)は、妻デニスと男の赤ちゃんと暮らしている。病院で息子の発育不良を指摘され、治療費が高額であることがわかる。その上、船に水漏れが見つかり、修理をするのにお金がかかる。獲った魚が市場で高く売れず金銭的余裕がないことで、大胆なことを思いつく話である。


古典的な題材でストーリーも単純であるが、マルタの海をバックに現役の漁師がドキュメンタリーのように演じる人情話に興味をひく。「コーダあいのうた」のように海で働く人の話って、大画面で船を走らせるシーンを見ているだけで躍動感を感じる。今回の上映館では画面の大きさが普通なのでそこまでの刺激はなかった。

題材には既視感があるが、途中で展開が予想と違ってくる。国民性の違いのようなものを感じる。

⒈窮地に追い込まれる
赤ちゃんが発育不良で、船の水漏れがあってとなれば、金が入り用だ。治療費の精算をするのもきびしい状態。不漁続きで思うように収入が得られていない。それなのに妻が実家に金を出してもらうことが気にくわない。メカジキが釣れて、これは金になると喜んでも、問い合わせた相棒は禁漁時期だからと海に投げろと言いガッカリだ。

しかも、市場でセリをしている仲介人は自分たちの魚を高く売ってくれない。料理店に売りに回るがダメ。妻が働いているレストランまで顔を出して、妻がいやな思いをする。悪いことが続くのだ。


主人公を奈落の底に落とすストーリー展開は既視感がある。でも、これを実際の漁師が演じているのが凄い。船に乗っての網さばきや魚の扱いを素人がやろうと思ってもうまくはいかないだろう。


⒉勧善懲悪についての考え方(軽いネタバレあり)
良いことが続かないジェスマークが、市場で禁漁のはずのメカジキが裏取引されているのを見てしまう。料理店が品薄の魚を高く買ってくれるのだ。取引には自分たちに意地悪している市場の仲介人が絡んでいる。ジェスマークは、わらをもつかむ思いで近づいていき、やがて裏取引に絡んでいくのだ。

ここからが、日本映画とちがう。勧善懲悪のエンドを望む日本人は、この漁師の悪さがバレて窮地に落とし込むストーリーを普通考えるであろう。実際コンプライアンスについて、日本は異常なくらいの社会である。そういった主人公をおとしめる話の展開がないのだ。禁漁時期のメカジキを獲るなというお達しがあっても、官憲に裏金がうごけば何とかなる。


地中海に浮かぶマルタ島は人口50万人の小さな国だ。しかも、淡路島の半分程度の領土だ。映画を観ると、最新の車が道路を埋め尽くしている現代的な部分もある。そんな中で、前近代的な体質が変わらないことが示したかったのか?わからない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「花影」 池内淳子

2022-07-05 18:49:45 | 映画(日本 昭和35年~49年)
映画「花影」を名画座で観てきました。


映画「花影」は1961年(昭和36年)の大岡昇平原作を川島雄三監督がメガホンをとり、池内淳子がヒロインとなった作品だ。名画座の銀座特集の中では、観たことのない作品で思わず足を向ける。自分が子供のころ知っている池内淳子はいかにもTVホームドラマ向きの顔だった。ところが、けものみちという大胆なよろめき系の作品を観て驚いた。イメージが違う。銀座ホステス役の池内淳子主演の作品に同じような匂いを感じとり観に行く。

根強い池内淳子ファンってこんなに多いのかと思うくらい、池内淳子と同世代のおじいさんが多い。確かに、この映画での池内淳子は魅力的だ。子供から思春期の頃にはまったく思わなかった感情だ。

葉子(池内淳子)は長年付き合っていた松崎(池部良)と別れて、銀座のバーのママ潤子(山岡久乃)の元でホステスをやっている。弁護士の畑(有島一郎)に求愛されたり、葉子の古い馴染みの骨董屋高島(佐野周二)のところに出入りするTV局に勤める清水(高島忠夫)と一緒に暮らしたりする。そこにワイン会社の御曹司野方(三橋達也)が久々に銀座の店を訪れ、旧交を暖めて親しくなるのであるが。。。

川島雄三監督は、同じ1961年7月に大映で若尾文子主演女は二度生まれるをつくっている。千代田富士見の芸者が、いろんな男を渡り歩く作品である。大映でつくったから、東宝でもやってよと言われたのかも?自由奔放な玄人の女ということでは若尾文子と池内淳子の役柄に大差ない。それに、2人の主人公の性に対する考え方が今よりもおおらかな感じがする。

成瀬巳喜男監督女が階段を上るときは前年1960年公開だ。高峰秀子が銀座ホステスを演じる。水の都東京の最後の姿が見れる。脚本は菊島隆三で「花影」と一緒だ。あの当時、ものすごい量の映画が作られていたはずなのにもう60年以上経って、他の作品よりも水商売を扱った美人女優の映画の方が後世に残っている気がする。

⒈池内淳子
ここでも、その後年にTVで子どもの自分たちが知っている池内淳子と違うイメージだ。もちろん脱ぐはずはないが、ディープキスのシーンが多い。夜の営みは想像に任せてといったところで次のシーンに移る。こんないい女とキスできるなんて、まあ往年の名男優にとっても役得だったろう。

銀座歴も15年以上だという葉子(池内淳子)のセリフもある。引き立ててくれる大勢の男たちに支えられて生きている、その美貌に言いよる男も多い。しかし、手を握ってもいない骨董商の高島(佐野周二)が常に本線だ。借金のカタに家を処分した噂もあり、葉子に金の無心をすることも多い。それでも、周囲から高島を常にかばう。付き合いをやめろと言われてもやめない。求婚してきた弁護士の畑もカネにだらしない。

ここでの池内淳子はある意味「ダメンズウォーカーの匂い」が強い。川島雄三監督はダメ女を映すのもうまい。どうも、葉子にはモデルだった銀座の女がいるらしい。好きになったと噂される男の名前は錚々たるメンバーだ。さぞかし、池内淳子レベルのいい女だったのであろう。


⒉銀座のバー
長い間閑古鳥だった夜の銀座にも春を過ぎたあとで人が戻っている。高級クラブにも大勢人が来ているし、転職でホステスになる若い子も多いようだ。コロナで客が来ない時期は長かったが、水商売にも融資が出やすくなったとやらで、系列店を出店する豪腕ママもいる。まずは順調と見受けられる。

昭和30年代の夜の銀座のことは想像するしかない。ただ、カード払いが存在しない世界なので、今よりもツケの世界が強かったのかな?自分が入社した時は、あの人はすごいツケがあるという話もあったし、会社の人がよく行く飲み屋のバーテンが会社に回収に来ていたっけ。平成になって大阪に行った時、東京はすでにカード決済が多かったけど、カード決済が嫌だと現金でない時ツケを選ぶバーが目立った。

山岡久乃が経営するバーも女の子がたくさんいるけど、ふところは火の車って感じだ。池内淳子がまたツケを受け入れたと山岡久乃が愚痴を言ったり、バーテンに回収に行ってねと念を押している。それでも、池内淳子が勘定を済ませようとする三橋達也に、「縁がなくなっちゃう」から今日はいいのって言う。三橋達也はまた来るからと懐中時計を渡す。今は、料亭でも芸者衆への花代もあるのでカード不可と言われる場合を除いては請求書扱いにもせずにカードで絶対に精算する。その方が気が楽だと思うんだけどなあ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「モガディッシュ 脱出までの14日間」 キムユンソク

2022-07-04 18:26:36 | 映画(韓国映画)
映画「モガディッシュ 脱出までの14日間」を映画館で観てきました。


映画「モガディッシュ 脱出までの14日間」は韓国クライムサスペンスの名優キムユンソク主演の映画で、韓国では2021年で最もヒットしたようだ。リュ・スンワン監督ハジョンウ主演で南北のスパイ合戦に焦点をあてたベルリンファイルなどで作品を観ている。予告編では、南北の大使館員が睨みあっている時にソマリア紛争が起きるという映像で、アクションが凄そうというイメージを持つ。観てみると、予想を超える激しいアクションが続く。

1990年当時、韓国と北朝鮮はまだ国連に加盟していなかった。加盟のための賛成票を得るためには、アフリカ諸国の影響は大きかった。両国はソマリアに大使館を置いて、大統領府に向けてロビー活動を行なっていた。一方で、それぞれの情報を察知して妨害活動も行われていた。

そんな時、韓国のハン大使(キムユンソク)が自らの大統領へのアポイントをつぶしたことで、北朝鮮のリム大使(ホジュノ)にクレームをつけている最中に、ソマリアの反乱軍が決起して街は騒然とする。大統領の独裁政治に反発したクーデターで、各国の大使館にも被害がでる。


通信機能が遮断して本国にも連絡が取れない。そんな中、北朝鮮大使館にも暴徒が乱入して、館内はぐちゃぐちゃになり食糧も盗まれた。館員とその家族は脱出せざるを得ないが、頼みの中国大使館との連絡はつかず、やむなく韓国大使館に助けを求めに行く。北朝鮮の大使館員に恨みのあるハン大使は当然拒絶するが、結局大使館内に入れるのである。


予想通りおもしろかった。
激しいクライムサスペンスをつくるのがうまい韓国ならではの迫力あるシーンが最後まで続く。最終的には助かるんだろうと予測しても、絶体絶命のこの状態をどう乗り切るのか?ストーリーの先行きが気になってしまう。予告編では、南北対立の映像が出ていたので別の展開を予測していた。意外にも、この時代背景にしてはめずらしい南北が融和する流れになっている。

それにしても、日本の低予算映画ばかり観ていると、韓国映画って金かかっているんだろうなあと感じる。明らかに海外ロケでないとできない映画である。しかも、つぶした車は数えきれない。外国資本が入っているんだろうか?

⒈昨日の敵は今日の友
結局1991年に両国が同時に国連加盟することになるわけだが、この時期はお互い国連で自分たちを支持してもらおうと躍起になるわけだ。韓国から大統領の土産を持ってソマリアに入国した参事官が来たとき、地元の暴漢たちにお土産の入ったバッグを奪われる。結局大統領に会えないわけだが、現地に北朝鮮の大使が来ているではないか。やられたと韓国側が怒る


こんな関係だから、助けを求めて韓国大使館に北朝鮮の大使館員や家族が来ても受け入れるはずがない。でも、ここで貸しをつくればという側近の申し出に、ハン大使はやむなく中に入れるわけだ。でも、すんなり仲良くできるわけでない。ここからも激しい葛藤がある。ソマリアの抗争に巻き込まれた中で、どうやって国を出るか、とんでもない脱出劇があるのだ。

⒉ド派手なアクション
序盤戦から銃声が炸裂する場面だらけである。いかにもイスラム風という建物が立ち並ぶ中、ソマリアの反乱軍が大暴れで市民生活はぐちゃぐちゃにされる。そんなシーンが続いたあとで、大使館員と家族が脱出する場面に向かう。イスラムの礼拝時間に脱出しようと車を走らせたが、政府軍、反乱軍が入り乱れている中で攻撃を受けて、すごいカーチェイスを展開するのだ。


おいおい、これってどこで撮ったのか?まさかソマリアじゃないよね?と思っていたら、どうやらモロッコのようだ。昨年末公開されたモスルもど迫力だったけど、これもモロッコのようた。それにしても、よくこれだけのハチャメチャのアクションシーンが撮れるのかと感心してしまう。モロッコはイスラムが絡んだ映画ロケを一手に引き受けている感じだ。


チェイサー」「哀しい獣といった強烈なクライムサスペンスで存在感を示したキムユンソクも、歳を重ねておとなしくなった。若干コミカルな存在になってしまった。多彩なことができるいい男だ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「リコリス・ピザ」ポール・トーマス・アンダーソン

2022-07-03 17:25:10 | 映画(洋画:2022年以降主演男性)
映画「リコリス・ピザ」を映画館で観てきました。


映画「リコリスピザ」はポール・トーマス・アンダーソン監督の青春映画である。ダニエルデイルイスの引退作ファントムスレッド以来4年ぶりの新作なので,すぐさま映画館に駆けつける。若い主演2人は知らない俳優だ。映画を見終わって初めて,主演の若者がフィリップシーモアホフマンのせがれだと知る。相手側3人姉妹のロックバンド・ハイムのボーカルだ。応援にショーン・ペン,ブラッドリー・クーパーとメジャー俳優が駆けつけている。


1973年15歳の子役俳優ゲイリー(クーパー・ホフマン)が学校に写真撮影に来ていた写真館のアシスタントのアラナ(アラナ・ハイム)を好きになり,いきなり付き合ってくれと告白する。25歳でずっと年上なので冗談でしょうと取り繕わない。ところが、接触をもつ機会が増えていつの間にか2人の関係は進展していく。その恋愛の紆余曲折が語られる。

わかりやすい英語のセリフなので,頭の中に内容が入って来やすい。この時代のゲイリーの年齢は自分に近い。ただ、「ごった煮」といった感じで,様々な題材がごちゃまぜに映画に収まっている印象を受ける。いつもより構成力が弱い気もする。好き嫌いは分かれるのではないだろうか?映画を観ていて、途中で頭が整理つかなくなる時もあった。


⒈ポールトーマスアンダーソン監督
新作が出るとなると見逃せない監督である。「マグノリア」で最終場面に向けて空からカエルが降ってくる場面に仰天した。「ブギーナイツ」「パンチドランクラブ」はどちらかと言うと青春ものでこの映画もそのテイストを持つ。でも、作品群では、人物を描いた「ゼアウィルビーブラッド」や「ファントムスレッドの方が好きなのかもしれない。

ポールトーマスアンダーソン着想が豊かである。頭の中に数え切れないような映画の題材の構想があるのではないだろうか。それをじっくり数年にわたって頭の中で醸成させて、映像表現に置き換えてこの映画を作ったのがよくわかる。リコリス・ピザというのは当時西海岸エリアにあったレコードショップの名前である。西海岸で育った人は1973年当時を思い浮かべて感慨にふけるのかもしれない。音楽のセンスは抜群だし、雰囲気自体は心地よい。



⒉ごった煮のいくつか
ザ・マスターの後でインヒアレントボイスは、映画を観ていて正直訳がわからない状況になった。この映画もどちらかというと似ているかもしれない。結局,友達の延長にすぎない単純な2人の恋物語で、たくさんのネタがあっても、ストーリーに根幹があるわけでない。伏線にこだわらないし,何かがあると思わせる人物を登場させても結局曖昧な存在になることもある。

1973年といえば、世界中を震撼させたオイルショックの年である。映像にあるようにガソリンスタンドに行っても大行列で給油できない車が続出する歴史的背景もキーポイントになる。同性愛が今ほど認められていない時期に、選挙候補が男の恋人に迫られ戸惑っている姿にもまだ保守的な70年代のアメリカを感じさせる。

主人公のゲイリーは、俳優業をやっているとしても15歳の少年である。それなのにウォーターベットの販売をしたり,ピンボール場のオーナーになったりする。この年でこんなことできるの?と思ってしまうが,ポールトーマス・アンダーソンのインタビューを見ると、実際に監督が同じようなプロフィルだった実在の人物に出会っているらしい。さすが自由主義経済の本場アメリカはちがうねえ。日本じゃありえない。

荷台が大きく、サイドミラーでしか後が見えないガス欠のトラックで、ヒロインのアラナが坂道をバックで走らせるシーンなどの見どころもあるけど、小コントを繰り返しているだけにも見える。すげえなあと思うシーンは少ない。


アラナに俳優の卵になるような設定をさせてショーンペンやブラッドリー・クーパーを絡ませる寸芸という感じのワンシーンがあるけど、存在感はある。日本料理屋の経営者の妻役で日本人女性が出てくるシーンが2つ出てきて、毒っ気のある日本語のセリフを話すシーンにはびっくりした。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「エルヴィス」 トムハンクス&オースティン・バトラー

2022-07-02 18:27:36 | 映画(洋画:2022年以降主演男性)
映画「エルヴィス」を映画館で観てきました。


映画「エルヴィス」はエルヴィスプレスリーの生涯を描いた華麗なるギャツビーの監督バズ・ラーマンの新作である。エルヴィスプレスリーと敏腕マネジャーとして有名だったパーカー大佐との関係を中心にして、めずらしくトムハンクスが悪役を演じるところが見どころでもある。

カントリー歌手のマネージャーだったパーカー大佐(トムハンクス)が、メンフィスで人気上昇のエルヴィスプレスリー(オースティン・バトラー)の噂を聞きコンサートに向かうと熱狂の渦だった。早速エルヴィスのマネージャーとして契約を結ぶと、辣腕を振るい、エルヴィスは全米で大人気となる。

しかし、腰を振った歌い方や黒人音楽によりすぎだとクレームがつく。兵役に向かったりした後で、パーカー大佐が映画会社と結んだ契約でコンサートに60年代後半まで出演することはなかった。TVで再度歌った時にエルヴィス復活と評判となり、ラスベガスのステージに長期で出演する。これにはパーカー大佐の強欲とギャンブル好きが絡んでいたという話だ。


凄まじい高揚感で序盤戦から引っ張る。期待以上の興奮をもたらす。
かなりお金がかかった映画だと思う。美術設計では定評のあるバズラーマン監督は、その時代に応じたセットを巧みに作り上げてリアリティを感じさせる。
オースティン・バトラーはエルヴィスになりきり、歌も上手だ。デビュー当時から晩年までその時々のエルヴィスの歌い方を見事にマスターする。歌手の伝記映画は、アップダウンがつきものだ。そこには常にマネージャーであるパーカー大佐の強欲が絡んでいく。悪役になることがあったのかと思うくらいのトムハンクスが結局エルヴィスの儲けの半分を横取りしているパーカー大佐の暗部を見事に演じた。トムハンクスの芸が広がった印象を持った。


⒈デビューまもないころの興奮
ここがもっとも興奮する。「That’s all right」が若者の間で評判になっていた。その噂を聞きつけてパーカー大佐が見に行ったコンサートのシーンが圧巻だ。ピンクのスーツで現れて、腰を振りながら歌い出す。最初はシーンとしていた観客を映し出す。徐々に若い女の子たちがプレスリーを見ながらしびれきって、金切り声を上げる。この高揚感がすごい!

ここのシーンは大画面で観ると実にエキサイティングだ。バズラーマンの手腕を感じる。これを観るだけでも行く価値がある。


⒉黒人音楽からの影響
デビュー曲That’s all right. もHound dogもオリジナルの黒人が歌うネットリとしたブルースの原曲がある。それぞれの黒人歌手が歌うシーンがすごくいい。プレスリーが黒人音楽から強い影響を受けたのがわかるシーンが続く。当時のメンフィスを再現したセットもよくできている。そこでBBキングと語り合うシーンもある。リトルリチャードがプレスリーも歌っているTutti Fruttiを歌うシーンもノリがいい。

しかし、あくまで南部エリアであり、人種差別が激しい中で、プレスリーにも逆風が吹くのだ。


⒊ステージ復活
自分の実家は商売をやっていて、昭和40年代まで住み込みの従業員がいた。その1人が映画雑誌をずっと読んでいて、時おり自分ものぞき見した。そこにはアンマーグレットと一緒に写るエルヴィスプレスリーの写真がずいぶんとあった記憶がある。気がつくと、映画スターになっていたわけだ。そこにパーカー大佐が映画会社と結んだ契約があったことを初めて知った。


それが、TVショーのライブで歌ったことで人気が再燃して、ラスベガスのステージで歌うことになる。この経緯もこの映画で語られる。1969年11月にSuspicious mindが久々の全米1位になる。この年はビートルズのget backやローリングストーンズのhonky tonk Womenなどが1位になっているが、プレスリーがトップになった11月にビートルズのcome together とsomethingのEP両面ヒットが1位となっている。そういう良き時代だ。

⒋1971年の暑い夏とエルヴィスオンステージ
子供の頃に知っていたプレスリーは映画スターとしての存在であった。ラスベガスのステージで復活したのは日本でもかなりの話題になっていた。1971年の夏「小さな恋のメロディー」「ある愛の詩」などが流行っている中で、「エルヴィス オン ステージ」がかなりのロングランヒットであった。自分も有楽町の日劇横の映画館に観に行った。そこにはエルヴィスのTシャツを着た若者たちがかなりいた鮮明な記憶がある。日本では「この胸のときめきを」が大ヒットしていた。この映画でやらなかったのは少し残念。

ステージで興奮した女性とキスするシーンがこの映画の後半で映る。思春期の自分には女性たちが興奮する意味がよくわからなかった。でも年月を経て再度この映画を見ながら,その女性の気持ちもわからなくないような気もしてきた。


この映画を見てプレスリーファンで有名な湯川れい子さんはどう思うんだろうなと考えていた。映画のエンディングロールで最後に字幕監修で湯川れいこさんの名前を見て妙に感動してしまった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする