風薫る五月に なるとシェーネン・モナート・マイという言葉をつぶやくようになります。家内が何か本で読んで覚え、新婚のころ私に教えてくれた言葉です。
この言葉はハイネの詩から出ているようです。後にシューマンが曲を付けて有名な歌曲になりました。
ハイネの詩はこうです。
Im wunderschönen Monat Mai,
風薫る五月に
als alle Knospen sprangen,
蕾たち弾けるころ
da ist in meinem Herzen
僕の心の奥に
die Liebe aufgegangen.
咲いた恋心
・・・以下省略します。
(訳文は、https://sfukuhara.web.fc2.com/lyrics/1/analyze/im_wunderschoenen_monat_mai.html からです)
日本でも皐月はすがすがしい季節で俳句や歌に沢山謳われています。
この季節の季語に「万緑」というものがあります。中国の文学から出た季語です。シェーネ・モナートは洋の東西を問ないのです。
この季節の俳句を幾つかお送りします。緑のみずみずしさとさわやかさが謳われています。花の散った桜の緑も謳われています。
以下の出典は、https://dot.asahi.com/tenkijp/suppl/2018050300009.html?page=1 です。
雲行けば新樹を渡る光あり 池内友次郎
濃き影を抱きて新樹並びをり 高浜虚子
葉桜の中の無数の空さわぐ 篠原梵
この季節で最も有名な季語は「万緑」です。
日本で俳句の季語として「万緑」を初めて使ったのは俳人の中村草田男ですが、もともと中国の宋時代の詩人、王安石の「詠柘榴詩」の中の「万緑叢中紅一点」という言い方から来ています。あたり一面の新緑の中に、ザクロの赤い花が一輪だけ咲いているという意味です。日本では原典のザクロを女性に例えて多くの男性の中に一人だけ女性がいることによく使われています。
しかしもともとは「紅一点」は美しいザクロの赤い花のことなのです。
万緑を用いた俳句です。
万緑や吾子の歯生えそむる 中村草田男
すべてが緑に包まれた中で、小さな子どもの歯が一本生えてきたというのです。「万緑」という大きなスケールの言葉と、赤ん坊の小さな歯のコントラストが美しく、今でも愛誦されます。
新しい季語ですが、近代の俳句らしい、広がりのある句がたくさんあります。
万緑やわが恋川をへめぐれる 角川源義
万緑をしりぞけて滝とどろけり 鷲谷七菜子
さてこの時期の風のさわやかなことにはさまざまな表現があり、「薫風」「青嵐」といった季語がよく知られています。
「薫風」は青葉を通ってくる、香るような風のことで、「青嵐」はそれよりやや強い風のことでしょう。
俳句は、日常の些細な風景を季節とともに瞬間的に捉える詩形です。
濃き墨のかわきやすさよ青嵐 橋本多佳子
なつかしや未生(みしょう)以前の青嵐 寺田寅彦
薫風やいと大きなる岩一つ 久保田万太郎
寺田寅彦は、夏目漱石門の随筆家で物理学者であり、科学的な観察と禅味を感じさせる随筆を数多く残しています。私の好きな随筆家です。
今日は風薫る五月に ちなんでハイネの詩と幾つかの俳句をご紹介しました。皐月は素晴らしい季節というのは洋の東西を問わないのです。南半球ではシェーネ・モナートは11月になるのでしょうか。
今日の挿し絵代わりの写真は多摩丘陵の新緑です。
それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたします。後藤和弘(藤山杜人)