575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

伊吹山         草女

2010年06月11日 | Weblog
 名古屋に住む者にとって伊吹山は馴染み深い山だ。8合目まで、ドライブウェイでいき、お花畑に行ったことがあるよという人は多いと思う。伊吹山は植物の宝庫で、イブキキフウロのようにイブキがつく植物は多いし、ルリトラノオやキバナノレンリソウのように伊吹山にしかないという植物もある。それで、私達は年に何回か伊吹山にでかけている。山頂もいいけれど、3合目もいい。ことに登山口から、林道を歩くと様々な植物を観察できる。しかし、この道のりは長く、16000歩をこす。3年前までは、ロープウェイがあったが、廃止されている。しかたなく往復歩いたこともあるが、ドライブウェイが開通すると、近江長岡のタクシーを呼ぶことができるから、帰りは3合目から、タクシーで近江長岡までいく。林道は私道で一般の車を乗り入れることはできない。そのタクシーの運転手の話では、ロープウェイを始めたのは西武グループだそうだ。目的はスキー客を呼ぶためだったが、奥伊吹スキー場ができると、そちらに客を奪われてしまい、売り払ったという。しかし、新た持ち主になった会社も結局赤字で、設備を残したまま運転を止めてしまった。

  伊吹登山口のほうに行かれた人は、山肌が大きく削られ、長い長いベルトコンベアーのような設備をみたこがあると思う。伊吹山は石灰岩の山だから、その採掘をして、麓の住友コンクリートまで運んでいた名残だ。輸入品に押され、ここも廃業してしまったという。
 今では行きは近江長岡から、湖国バスに乗る。殆ど私達の貸し切りでほかの乗客はいな
い。バスは小型であるが・・・
 近江長岡と伊吹山登山口の間には、水田と同じ位の広さの麦畑があり、黄金色に染まっている。なんとその麦は私達人間用でななく、家畜の飼料用とのこと。減反政策のなせる業だそうだ。
 バスは途中ジョイ伊吹による。薬草湯や薬草園があり、6,7年前までは賑わっていたものが、いまは閑古鳥がないているし、車窓から見る薬草園も荒れている。

 伊吹山にいくと、色々な植物に会えて嬉しいはずが、ひたひたと寄せてくる寂しさを感じる。
 人間が減った分、自然が力を取り戻しているのかもしれないが、ここに暮らす人々の心中を思うとやりきれない気持ちになる。
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さざなみをふんでおどろく水馬  遅足

2010年06月11日 | Weblog
船団の早瀬ドクターの診断です。
擬人法、成功せず、と一刀両断。

同じ早瀬ドクターへの投句に、こんな句があります。

  アメンボも自我ありまして水へこむ   希妙

ドクターの診断は、こうです。
難しく考えると、アメンボには自我はない。犬にもない。
自我は「笑う」という行為ができて初めて生まれる。
すなわち、人間だけが持つものだろう。(笑う猿がいたら別だが)。
でも、アメンボがすいーすいーと滑っているときに、
ある種の爽快さ、自我らしきものを感じていても、楽しい。
「水へこむ」が、マンガのように大げさにポコンと
へこんでいるようで、おかしい。

この句に比べられたら、さざなみの句はダメですね。
擬人法が見事に失敗しています。

アメンボの句も頭でつくっているのですが、
水へこむ、という結句がすばらしい!

ある種の実感があります。文芸としてのリアリティを獲得している。

これから水馬の句を推敲しないと・・・


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自殺する蚯蚓背中を陽に晒す     朱露

2010年06月11日 | Weblog

   コンクリートに這い上がる蚯蚓を見た。
   これは自殺行為としか言いようがない。
   いっとき眼を離して戻ったら蟻の山だ。
   背中は直射日光で黒々と変色し動かず。

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