私が小学校に入った昭和14年(1939)、国語の時間でまず習ったのは「サイタ
サイタサクラガ サイタ」でした。
第4期国定教科書で「さくら読本」と言われ、昭和8年から昭和15年の間に
小学校に入った児童が使用したとあります。(ウイッキベギア 調べ)
この小学国語読本の第5巻に「二つの玉」と題して、海幸山幸の神話が載って
います。
私はこの神話をなぜか今でも覚えていて、どうしても、もう一度見たいと思い、
調べていたところ、やっと、 名古屋の鶴舞図書館で その復刻版を見つけました。
私たちの世代なら誰でも知ってたこの物語、今では忘れ去られているようです。
物語は、山幸彦が兄の海幸彦と猟具をとりかえて魚を釣りに出かけましたが、
魚は釣れず、そればかりか、兄の釣り針を失ってしまいます。困り果てていると
一人の翁が現れて、山幸彦を竜宮に導き、そこで、山幸彦は海神の娘と結婚。
釣り針と二つの玉を得て、兄を降伏させたというものです。
暗い世相の時代、海幸山幸神話には竜宮や魔法の玉など夢のような話が出てきて、
それに私ばかりでなく、多くの当時の児童が引かれたのでしよう。
小学国語読本の「二つの玉」の最初の部分を引用します。
「昔、火照命(ほてりのみこと)と、火遠理命(ほをりのみこと)といふ兄弟の
神様がありました。兄の火照命は、毎日、海へ出て魚を取り、火遠理命は、
山へいって、鳥や獣をとっていらっしゃいました。」
この物語は「日本書紀」、「古事記」にも出てきますが、教科書は「古事記」の
記述をもとにしているように思います。
「古事記」では、兄は火照命(海左知毘古-うみさちびこ)、弟は火遠理命
(山左知毘古-やまさちびこ)となっています。
「日本書紀」の本文では、兄は火酢芹命(ほのすせりのみこと)、弟は彦火火出見尊
(ひこほほでみのみこと)となっています。また「日本書紀」では本文の他に
「一書に曰く」といって異説も載せています。
古筆学者で絵巻物研究家の小松茂美氏によれば、「日本書紀」は 、官撰の国史
として宮廷での講義に用いられるなど、日本初の正史として、貴族の間で広く
読まれていましたが、「古事記」の方は近世まで殆ど日の目を見なかったようです。
「古事記」は 江戸時代、本居宣長らによって研究が盛んになります。
日本の各地に残る民間説話の中から「古事記」の場合はただ一つ、「日本書紀」
ではいくつかの異説も取り入れて編纂されています。
私がこれから取り上げるのは、この「記紀」以前に日本に伝わっていた説話です。
「海幸山幸」の物語は九州の宮崎に伝わる日向(ひゅうが)神話の中に出てくる話と
されていますが、私の故郷、若狭にも古くから独自の同じような伝承が残っています。
次回からは若狭の海幸山幸物語についてお伝えします。
写真は昭和8年から昭和15年の間に小学校で使われた国定教科書
小学国語読本 第5巻「二つの玉」より