575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

あの日も暑かった   鳥野

2011年08月16日 | Weblog
8月15日は季語でした。(勉強不足)

大方の歳時記は終戦記念日、あるいは終戦の日。水原秋桜子編の「新編歳時記」は”敗戦日”になっています。

びーびーがーがーと雑音だらけでワケの分からない放送を、整列して聞いたあの日。

隙間なく耕され、藷畑になっていた校庭に葉っぱばかりが茂っていた暑い日でした。

ひそひそ話で、日本が負けた、戦争は終ったことはすでに知られていました。

あの安堵感。もう敵機の襲来はない、焼夷弾は降らない、兵器補給廠への動員は終了。

その夜の、一番の印象は灯火管制の黒布をはずした小電球の光の眩しさでした。

 ・ 終戦日妻子入れむと風呂洗う  秋元不死男

 ・ 木々の声石ころの声終戦日   鷹羽狩行

 ・ 月に未だ血のごときいろ終戦日 能村登四郎

 ・ 海原は父の墓標や敗戦忌    中村啓輔

 ・ いつまでもいつも八月十五日  綾部仁喜
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

語られぬこと今もなお終戦日     遅足

2011年08月15日 | Weblog
叔父さんの背中で聞いたという玉音放送から66年。
すっかり過去の出来事になったかというと、
どうも、そうではなさそうです。
ここ数年、90歳をこえた元兵士たちが
戦争体験を語るのが気になっています。
これだけは墓場まで持っていくと、
心に決めていた惨い体験・・・
加害者としてのそれを語らなくてはと、
決心させるものが今日の日本にあるということが、
なんだか空恐ろしいものを感じさせるのです。

   あやまちはくりかえします秋の暮

と、詠んだ俳人もいました。

現在の日本に、戦前と同じ空気を、敏感に感じ取ってのことでしょうか?
戦争について、日本人はきちんと考えてこなかった。
その付けが回ってきたのでしょうか?

終戦日は決して過去のことではなく、
現在の問題でもあり続けていると言わざるを得ません。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

8月句会の投句が集まりました。  遅足

2011年08月15日 | Weblog
8月句会、題詠は「レモン」です。
いろいろなレモンが集まりました。

①庭檸檬 長鋏食(は)む ボトンゴロン
②積ん読や檸檬の梶井基次郎
③片すみに夢見るレモンの恋ごころ
④初デートレモンスカッシュつつきおり
⑤檸檬並べ唱歌校歌を口ずさみ
⑥檸檬てふ字よ過ぎにし日若き日々
⑦搾られて搾られてなほ檸檬かな
⑧午前零時レモンが夢を見る時間
⑨白雲(しらくも)に乗ってみたかろレモンの黄
⑩河馬が来て甘納豆とレモン食ふ
⑪レモン一つ「パンセ」の章に挟み置き
⑫葉を分けてグーを突き出す青レモン
⑬談笑や輪切りレモンを踊らせて

自由題
 
①終戦日加害者の声すこしづつ
②少年の背丈かすめて鬼やんま
③身に沁むや三度目の核フクシマに
④みちのくのいのちを踊りあかすかな
⑤秋立つや雲の下ゆく雲のあり
⑥石庭に佇み蝉の声を聴く
⑦残業か想い尽きぬか夜の蝉
⑧ヒロシマの噂が走る真鶴へ
⑨束ね髪 首筋さらり シュシュふわり
⑩啄木鳥や胎動の増す産科の途
⑪キャンパスでカップルで見る流星群
⑫雨戸開け昨日の蝉ののけぞりし
⑬茄子の馬送るころには萎びをり

句会は17日(水)午後1時。東鮨です。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

八月の多米の山並みやや疲れ 朱露

2011年08月15日 | Weblog
     ここ十数年多米から外へ出ていない。
     行きそうな名古屋へも顔を出さない。
     出身地の横須賀・真鶴・東京も無論。
     女房も多米原人になったのは気の毒。

               



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

お墓をどうする?    遅足

2011年08月14日 | Weblog
お盆が近づくと、お墓参り。
お墓のことがちょっと気になります。

自分のお葬式は、どうしよう?
家族だけの葬式で良いかな?
戒名は?
墓は?

昔だったら、迷うことなどなかったコトです。
長男ですが、仏壇の面倒は弟がみてくれることになったので、
自分の死後のことを、一から考えることとなりました。

「より良く死ぬ日のために」井上治代・著
最近、読んだ本です。

著者は、姉とふたりの姉妹。それぞれに結婚、姓が変わっています。
自分は死んでから、夫の家の墓に入ることになるのか?
また、自分たちの両親の墓は、どうなるのか?
こんな身近な問題意識もあって、お墓事情を取材しはじめたそうです。

お墓のあり方も様変わりしているそうです。
これと言った新しいキマリがまだ出来ていないので、
従来の仏式の葬儀から自然葬まで、さまざま。
九州では、両家の墓、をつくって、
子供たちがお墓のお守りをしやすくする方法も登場しているとか。

興味深かったのは、祭祀は慣習に従うが、
ただし喪主は自分で決められる、と書いてあった点です。

自分らしい葬儀をしたいが、遺族はその通りにやってくれるのか?心配。
民法は、そんな時、自分で喪主を決めることができるとしているとのこと。

と、言われても、さて自分は、どんな葬式をやって欲しいのか?
戒名は?
墓は?

なかなか悩ましい問題です。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

秋高し空き缶捨てに百メートル    朱露

2011年08月14日 | Weblog
    二人暮らしだから男が捨て役になる。
    と言うより殆ど缶ビールの空き缶だ。
    プラスチックの大箱にブチマケル音。
    刹那的・無政府的・悪魔的な破壊音。

              



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

締め切りギリギリの苦悩が名句を?   遅足

2011年08月13日 | Weblog
人間の遺伝子は99.5%は同じで、残りの0.5%が違うそうです。
この0.5%の遺伝子がスイッチ・オンすれば天才、オフなら凡才。
どうしたらオンに出来るのか?

方法は2つ。ひとつは飢餓状態に追い込む。
生物は生き延びるためにすべての遺伝子をオンにするそうです。
飢餓状態は大変ですから、ぬるま湯状態をやめて
自分を追いこむような状況をつくること。

もう一つは遺伝子のオンになっている状態の人の
近くにいること。
身近にいなくても、本などを読むことによって
同じような効果が現れるそうです。
   (からだ上手 こころ上手 斉藤孝)より

8月句会の締め切りが迫ってきました。
俳句の締め切りギリギリでガンバルなんていうのも
案外、効果があるかも知れません・・・
と、なかなか出来ない言い訳に。

さて生まれてくるのは、名句か?迷句か?
神のみぞ知る・・・


 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

八月や身辺整理呪文唱え   朱露

2011年08月13日 | Weblog
    八月生まれなので生き直す心意気。
    七十七になるので付合い方を一考。
    何処をどうするか「それが問題」。
    いい歳をしてハムレットの心境だ。

            


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

みちのくの蝉のことばを聞きわける    遅足

2011年08月12日 | Weblog
NHKのクローズアップ現代が
福島の詩人の活動を紹介していました。

震災によって言葉を失った人々。
詩人は「地に足をつけて生きていくためには
ことばを取り戻す必要がある」と、被災地に足を運び、
被災した人々を訪れて詩をつむぎだしていきます。

戦災を体験した歌人の岡野弘彦さんの言葉。
「戦争直後はパンが必要だった。
しかし、その後につづく長い時間、
こころを支えてくれるものは言葉であり、
私にとっては歌であった」と。

震災直後、俳句になにが出来るのか?と、
問う声がありました。

復興への長い時間が始まった今。
俳句や歌、詩になにが出来るのか?が、
問われているのでしょう。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

噛み合ぬ話だらけの残暑かな  朱露

2011年08月12日 | Weblog
    話というのはだいたい噛み合ないもの、
    と思っていればイライラしないで済む。
    「肝胆相照らす」なんてことは無理だ。
    分らないままで生きていても困らない。

               


    
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今朝の秋まだ父母が居た大昔    朱露

2011年08月11日 | Weblog
     産まれたての私の頭に蟻がいっぱい、
     と母が笑いながら時々言ったものだ。
     ワタシコンニチアルハアリノオカゲ。
     踏まれても蹴られても黙々と生きる?

               



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

知足    麗

2011年08月11日 | Weblog
遅足さんも京都におでかけになったようですが
私も先週、龍安寺に行って来ました。

母校がすぐ近くにあり大学時代友人と行って以来の30年ぶりの石庭。
画家東山魁夷は石庭の石の配置を「ただならぬ緊張感」と表現しているようですが、考え抜かれた末の設計なのでしょう。

石庭の前で静かに瞑想とはいかず、そのとき一緒に出かけた友人と思い出話に花が咲きました。

遅足さんの名前の由来の龍安寺のつくばいに彫られている
「吾唯足知」も見て来ました。外人さんが写真を撮っていましたよ。
このつくばいは水戸光圀公からの寄進だそうです。

足を知るとは口でいうのは簡単ですがなかなか難しいものです。
これからの時代には一番必要な考えかも知れません。

      足を知る猛暑の京で考える   麗
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

水の香を添えて川床料理かな    遅足

2011年08月11日 | Weblog
先日、京都の夏を楽しみに川床料理を賞味してきました。
貴船などは川床(かわどこ)、鴨川のほうは納涼床(ゆか)と言うそうです。
酷暑のなかでしたが、きれいな川のうえは、
思った以上に涼しいのでびっくりしました。
さすがに千年の都人の智恵と感心しました。
蝉の声はうるさいくらいでしたが、しばしの間、
ノンビリとした時間を過ごすことができました。
鮎が美味しかったです。

   鮎の香の移りて妻の香りかな

今回の京都のお菓子は「醒ヶ井」
下京区四条堀川東入ルにある亀屋良長の和菓子。
創業は、享和年間と言いますから江戸時代。
この地は、四条醒ヶ井とも呼ばれ、名水の地でした。
ところが地下鉄工事の影響で泉が枯れてしまったそうです。
そこで、平成に入って、井戸を掘りなおしました。
「醒ヶ井」と名づけ、再び、お菓子つくりに
用いるようになったそうです。

醒ヶ井にちなんだお菓子、その名も「醒ヶ井」
切り口が、渦巻き模様になっていて、
井戸から湧き出る水を表現しています。

      

このお店は、烏羽玉(うばたま)というお菓子が有名です。
黒砂糖をつかった漉し餡に、寒天をかけた檜扇(ひおうぎ)の
実のような黒い小粒なお菓子です。
こちらは古典的な美味しさです。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

秋立つや純米吟醸「赤城山」    朱露

2011年08月10日 | Weblog
   昔ラジオでコンビを組んだ相棒が、
   桐生市で生活し息子を連れて来た。
   始め泣いたチビとやがて仲良しだ。
   「多米の山も今日限り」は困るよ。

            



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

真っ青な螺旋階段よりレモン   遅足

2011年08月10日 | Weblog
船団・早瀬ドクターの診断です。

レモンは秋の季語。少し早い感じもしますが。
真っ青なきれいな色のペンキで塗られた
おしゃれな螺旋階段から、
転がり落ちてくるレモン。
青と黄色の鮮やかなコントラスト。
螺旋階段という字の形と音の響き。
そのどれもが、心地いい詩になっています。
あまり語らないのがいいのですね。

          

ありがとうございます。

8月句会が近づいてきました。
今回の題詠は「レモン」です。
秋のさわやかな気分にピッタリのレモン。
残暑が厳しいので、気持ちだけでも・・・

立秋を7日と書いてしまいました。
今年は8日でした。お詫びして訂正します。

                 遅足






コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする