575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

山法師葉を落としつつ語りつつ    朱露

2011年09月12日 | Weblog
  ミズキ科の落葉樹で三十年余の付合い。
  二階の私の部屋から差しで五米の関係。
  もの思わぬだけ彼には頭が上がらない。
  道路の落葉の後始末で悪態を吐きつつ。

             



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美術館に蝶をことりと置いてくる   柿本多映

2011年09月11日 | Weblog
秀句三五〇選「画」のなかの一句です。

不思議な、しかし魅力的な句です。
なにか、そそられるものがあります。

解説では、春の野で見た蝶のイメージが、美術館までもついてくる。
その蝶の残像を美術館に置いてきたのだ、と読まれています。

この句のポイントは「ことりと」という
表現にあるのではないでしょうか。
生きている蝶は飛び回り軽やかです。
しかし、死んでしまった蝶はどうでしょうか?
それでも、ことりとは置けない気がします。

この蝶は、あくまでもイメージとしての蝶。
それが実体として存在するならば、
美術館にあるのがもっともふさわしいのではないか。

イメージの化石としての蝶なら「ことりと」置くことが
出来そうです。

この蝶は秋の蝶のような気がします。   遅足



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秋の夢娘のような母叱る   朱露

2011年09月11日 | Weblog
   五十八才で死んでいるので娘でいい。
   「何故あんな男と一緒になったんだ」
   と怒鳴り飛ばすのでただ泣くだけだ。
   「絶対親孝行はしないぞ」と凄んだ。

              



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鵯に空気銃向け戦負け    朱露

2011年09月10日 | Weblog
    昭和二十年秋鵯を撃ちまくった。
    醤油をからめ焼いて食う美味さ。
    疎開地真鶴へも米兵が現われた。
    我らは彼らを囲み菓子をねだる。

              



             

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刃をいれて怒りのごとしレモンの香   遅足

2011年09月10日 | Weblog
船団・朝倉ドクターの診断です。

レモンの句、とても楽しませていただきました。
バブル前後は、輸入レモン花盛りでしたが、
現在は、もともとの国産生産地である瀬戸内地方が、
独自のレモン栽培で復興しております。
無農薬、有機栽培、非ポストハーベスト、などなど。
私は、必ず、国産を求めます。

かつては、しゃれた果物、薬味の代表であったレモンを、
大胆に詠みかえていらっしゃると拝見いたしました。
日常の香りとなったレモン。
しかしながら、その強い香りは、やはりレモンならでは。
そこのところを、大胆に新しく詠まれた句です。

 〈レモン切るより香ばしりて病よし 柴田色葉女〉

からは、大きくレモンと時代が変化しているのではないでしょうか。


  レモンの香一糸まとわず立ちにけり   

  午前零時レモンが夢をみる時間    

  一代記閉じてレモンの香のなかを   

過分のお褒め、ありがとうございます。

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束ね髪 首筋さらり シュシュふわり   智恵

2011年09月10日 | Weblog
私は、シュシュがなにものなのか?全然分かりませんでした。

結宇さんから、句会のあとにメールが来ました。

 句会の小生がとった句中の「シュシュ」、
 帰宅して多分フランス語かなと思い調べましたら、
 chouchouで、意味は髪をまとめるゴムバンドと
 まさにそのままありました。

シュシュは、ドーナツ状にした薄手の布にゴムを通して縮ませたもの。
髪留めにするほかにブレスレットとしても用いられるものだそうです。

フランス語のシュ (chou) はキャベツの意味ですが、
シュシュ (chouchou, chou‐chou) は「お気に入りのもの」だそうです。

この実感。女性でないとつくれない句ですね。    遅足





 
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山法師の落葉集めて終りけり    朱露

2011年09月09日 | Weblog
   ミズキ科の落葉高木で弟だと思っている。
   右が辛夷(コブシ)でその右がモチノキ。
   独特の存在感を主張しているのが立派だ。
   人間の弟四人妹一人はこっちへ動かない。

                



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談笑や輪切りレモンを踊らせて   値遇

2011年09月09日 | Weblog
この句、子供を送り出した女性たちが、
ファミレスで談笑している景と読みました。
二人じゃないですね。数人・・・。
レモンが踊っているように、会話も弾んでいる。
「踊らせて」という表現が、
談笑の景をありありと見せてくれます。

初恋のレモンは片隅に。
初デートでは、レモン・スカッシュのなかでつつかれ、
そして午後のファミレスでは踊っています。
レモンは、女性のさまざまなライフ・ステージを
彩る果物ですね。
男たちの世界では、レモンは踊らないでしょうね。
本に挟まれて静かです。

たのしいレモン句会でした。

次回の題詠は「コスモス」です。    遅足



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葉を分けてグーを突き出す青レモン   能登

2011年09月08日 | Weblog
圧倒的な票を集めた句。
グーを突き出す、という比喩が面白いですね。

グーといえば、じゃんけん。
ひとつだけ残ったお菓子を誰が食べるのか?
男三人兄弟だった我が家では、じゃんけんで決めたものです。
残念ながら、私はじゃんけんに弱く、
最初に、なにを出すと勝てる確率が高いのか?
などと、考えた記憶も。

グー・チョキ・パーのじゃんけんは、昔からあると
思っていましたが、このカタチは、意外に新しく、
近代になってからのものだそうです。

チョキは、人差し指と中指を使ったハサミのカタチです。
しかし、なかには、人差し指と親指を伸ばす人もいます。
このカタチ、もともとは数字の2を表していたものだそうです。
グーはゼロ。パーは5を表していたそうです。
それが今のじゃんけんになってハサミのカタチが登場したそうです。
たかが、じゃんけん、されどじゃんけん。
いまでは世界のじゃんけん大会も行われているそうです。

この句、レモンたちがじゃんけん遊びをしているのかも。
また「青」が、青二才なども連想させて面白い句になっています。

               

今日は、白露。露の降りる頃。秋の深まりを感ずるこの頃です。

                       遅足




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レモン一つ「パンセ」の章に挟み置き  結宇

2011年09月07日 | Weblog
豪雨による大きな被害を出した台風12号が去って
昨日、今日と東海地方の空は真っ青な秋晴れ。
紀伊半島では、いまも孤立した集落があり、
救助が行われています。
熊野や十津川など、訪れたこともあります。
亡くなられた方々の、ご冥福をお祈りするとともに
被災された方々にお見舞い申し上げます。

この句、読書の秋にふさわしいですね。
人間は考える葦である、という一節で有名な「パンセ」。
クレオパトラの鼻が、もっと低かったなら、
大地の全表面は変わっていただろう。
これもパンセの一節です。

著者はフランス人のパスカル。
パスカルの法則の発見でも知られています。
この法則って何でしたっけね?
そうか、液体や気体は、一部が受けた圧力を
そのまま他の部分にも伝えるというものでしたね。

句の作者は、フランス語で読んでいるのでしょうか?
なかなか難しい内容に、気付け薬のレモン?
そのレモンを本に栞にして・・・一休みかな。

レモンとパンセの取り合わせがオシャレな句です。

                     遅足
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鰯雲やーい  鳥野

2011年09月06日 | Weblog
今年の空はなんだか、変。
酷暑続きというのに、雄大な夏空が、一向に現れなかった。

くつきりと青い空に盛り上がる雲の峰を見ただろうか。

いつまでも梅雨空の層積雲に蓋をされたような、重苦しい日々。
蒸し暑さに、ひたすら耐えた夏だった。

ようやく迎えた立秋。こんどは「想定外」のノロノロ台風。

すっきりしない空、低空を覆うかのような雲の量。これが大気の汚染度の
バロメーター、としたら。怖い話です。

台風はジョギング並みの速度で海上に出て、熱低になり、今度は北海道が
標的です。

ネコも見惚れるような<鰯雲>が早く現れますように。

 ・ 秋立てど未だに見えぬ鰯雲 今年の空は尋常ならず

                      鳥野
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敬老の日若い父母の写真見る    朱露

2011年09月05日 | Weblog
    疫痢・肺結核・腹膜炎で三回死んだ。
    「体の傷は天下御免の通行手形だ!」
    親に丈夫な体を貰っただけだ力むな。
    目の前に二人居たら厳しく説教する。

             



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河馬が来て甘納豆とレモン食ふ   狗子

2011年09月05日 | Weblog
河馬といえば、俳句の世界では坪内稔典さん。
稔典さんと言えば、この句。

  三月の甘納豆のうふふふふ

また、河馬が好きで、日本中の河馬を見てまわり、河馬の本も。
もちろん河馬の句もあります。

  桜散るあなたも河馬になりなさい

この句は、こうしたことを踏まえて詠まれたもの。
甘納豆の好きな河馬は、レモンも好きであろう、という意味でしょうか。
河馬のような人、あるいは、河馬そのもの。
私は、本物の河馬が食べる、というナンセンスを楽しむ句として読みました。


坪内さんは、なぜ甘納豆や河馬に入れ込むのでしょうか?
本のあとがきの中で、こう書いています。

気分が沈滞すると言葉も元気を失う。感性とか思考とかも鈍る。
いつのころからか、そのように考えるようになった私は、
意図して自分の気分を刺激し、わくわく感を醸そうとした。
それが、毎朝必ずあんパンを食べるとか、柿を訪ねるとか、
カバに会うという行動になった。
過剰なまでに何かを愛することが私の気分を刺激した。
その愛する何かは、一般的にはあまり高く評価されていないものがよい。
どちらかといえばバカにされたり見過ごされたりしているもの。
そういうものを過剰に、しかも意識的にこだわって愛するとき、
気分がわくわくする。

私と狗子さんに続いて、河馬になってみようかな。   遅足




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子規の倍生きてひたすら酒を飲む    朱露

2011年09月05日 | Weblog
     子規は明治35年9月19日没35才。
     35才当時私は何にもしていなかった。
     その後40数年何にもして来なかった。
     私嘘と坊さんの頭はゆったことがない。

              



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白雲に乗ってみたかろレモンの黄 立雄

2011年09月04日 | Weblog
作者のふるさとは尾道。
高校時代には、坂道を越えて通学の毎日。
その坂道にレモンの木があり、秋には黄色い実がたわわに。
この記憶から生まれた句だそうです。

白雲に乗って遠くへ行ってみたいという少年の夢。
その思いをレモンの黄色に託したのでしょうか・・・
白と黄、そして空色が目に鮮やかです。

            

今日は、台風の影響で空一面に黒い雲。
雨も強く降っています。
まだまだ用心が肝要です。

ところで、枕草子のなかで清少納言は雲について、こんな風に書いています。

  雲は、白き。むらさき。黒もをかし。風吹くをりの雨雲。
  明けはなるるほどの黒き雲、やうやう消えて、
  白うなり行くも、いとをかし・・・
  月のいとあかきおもてにうすき雲、あわれなり。

雲も興味の対象だったんですね。

こんな日は、「さまざまな雲の美しい写真」を検索して
楽しむことにします。
                    遅足



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