【まくら】
佃島は周知のとおり、大坂の佃島(神崎川の河口)から江戸に出てきた三十四人の漁師によって植民された島である。
この島は幕府から与えられた砂州の周囲を石垣で固めて、自ら作った島だったという。
幕府御用達の白魚漁が彼らの主な仕事だが、日本橋の魚市場にも出荷し、その余りの雑魚を煮て売った。これが佃煮である。
故郷摂津の住吉神社の分霊を祀って六月に祭をおこなう。
その時の佃ばやしは江戸三大ばやしの一つである。
また若い衆が島の周囲の水の中を、御輿をかついで一周し神社まで戻ってくる「水渡御(みずとぎょ)」で知られていた。
その行事は一九六三年に廃止され、次の年の一九六四年には佃大橋が架橋されたため、「佃の渡し」も廃止された。
この演目の雰囲気はつい四〇年前まで残っていたのである。
出典:TBS落語研究会
【あらすじ】
情けは人のためならず めぐりめぐりて己が身のため、というような事を言いますが、なかなか人に情けをかけるのは難しいものでございます。
さて、昔の、橋なんかない時分でございます。ちょっと広い川を渡ろうとすると、渡し船というのがございまして、これに乗らなければいけなかったわけですが、当時の渡し船には、定員なんてのがなかったものですから、しばしば事故があったそうです。
「おかみさん、てぇへんだ。おまえさんところの旦那が乗ってるはずの船が沈んだってしらせが今入った」
それを聞くなり、可哀想に奥さんは気を失ってしまいました。昔の人は、よく気を失ったものです。まぁ、しかし、死んだものは仕方がない。長屋のものが集まって葬式の支度やなんやかやでバタバタしているところへ、死んだはずの男が帰ってまいります。幽霊じゃないかといぶかる人々に、男が言うには、船に乗ろうとすると、女に呼び止められた。なんでも3年前、店の金を失って身投げしようとしたところを助けたらしい。あぁ、そういうこともあったかなと話している内に、船は出てしまう。困っていると、女性が、あの時の恩返しと言って、船頭をしている夫に船を出してもらって帰ってきたと、男は話した。
なにはともあれ、助かって良かった。本当に情けは人のためにならないねぇなどと口々に男の無事を祝う。おかみさんも、嬉しいやら気絶して恥ずかしいやらで、ついつい「女の人だから助けたんでしょ。男の人なら足を持って放り込んでるでしょう」なんて、ヤキモチなことを言ってますが、さて、この話を聞いてすっかり感心した与太郎さん、人を助けておけば、自分が死ぬときに助けてもらえると思い、毎日、身投げをする人はないかと探して歩くようになりました。
ある日のこと、永代橋にかかりますと、西に向かって手を合わせ、目に涙をためた女性が、欄干につかまると、伸び上がって片手合掌をして水面を拝んでいます。
これを見た与太郎さん、いきなり後ろから女性に抱きつき
「お待ちなさい、お待ちなさい。お店の金をなくしたくらいでなんです。なにも死ぬことはありません」
「なにするんです、一体。私は歯が痛いから、戸隠様に願をかけているんです」
「そんなこと言ったって、袂に石が入っていますよ」
「これはお供えの梨です」
出典:古典落語5 金馬・小圓朝集 (ちくま文庫)
【オチ・サゲ】
途端落ち(噺の脈絡がその一言で結びつく落ち。)
【噺の中の川柳・譬(たとえ)】
『情けは人のためならず めぐりめぐりて己が身のため』
『陰徳あれば陽報あり』
【語句豆辞典】
【戸隠様】江戸時代、梨を断って戸隠様に願をかければ虫歯が治るという迷信が広く普及していた。
【この噺を得意とした落語家】
・三代目 柳家権太楼
・五代目 古今亭志ん生
・三代目 三遊亭金馬
・三代目 古今亭志ん朝
【落語豆知識】
【釈台(しゃくだい)】講談で用いる机のこと。
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佃島は周知のとおり、大坂の佃島(神崎川の河口)から江戸に出てきた三十四人の漁師によって植民された島である。
この島は幕府から与えられた砂州の周囲を石垣で固めて、自ら作った島だったという。
幕府御用達の白魚漁が彼らの主な仕事だが、日本橋の魚市場にも出荷し、その余りの雑魚を煮て売った。これが佃煮である。
故郷摂津の住吉神社の分霊を祀って六月に祭をおこなう。
その時の佃ばやしは江戸三大ばやしの一つである。
また若い衆が島の周囲の水の中を、御輿をかついで一周し神社まで戻ってくる「水渡御(みずとぎょ)」で知られていた。
その行事は一九六三年に廃止され、次の年の一九六四年には佃大橋が架橋されたため、「佃の渡し」も廃止された。
この演目の雰囲気はつい四〇年前まで残っていたのである。
出典:TBS落語研究会
【あらすじ】
情けは人のためならず めぐりめぐりて己が身のため、というような事を言いますが、なかなか人に情けをかけるのは難しいものでございます。
さて、昔の、橋なんかない時分でございます。ちょっと広い川を渡ろうとすると、渡し船というのがございまして、これに乗らなければいけなかったわけですが、当時の渡し船には、定員なんてのがなかったものですから、しばしば事故があったそうです。
「おかみさん、てぇへんだ。おまえさんところの旦那が乗ってるはずの船が沈んだってしらせが今入った」
それを聞くなり、可哀想に奥さんは気を失ってしまいました。昔の人は、よく気を失ったものです。まぁ、しかし、死んだものは仕方がない。長屋のものが集まって葬式の支度やなんやかやでバタバタしているところへ、死んだはずの男が帰ってまいります。幽霊じゃないかといぶかる人々に、男が言うには、船に乗ろうとすると、女に呼び止められた。なんでも3年前、店の金を失って身投げしようとしたところを助けたらしい。あぁ、そういうこともあったかなと話している内に、船は出てしまう。困っていると、女性が、あの時の恩返しと言って、船頭をしている夫に船を出してもらって帰ってきたと、男は話した。
なにはともあれ、助かって良かった。本当に情けは人のためにならないねぇなどと口々に男の無事を祝う。おかみさんも、嬉しいやら気絶して恥ずかしいやらで、ついつい「女の人だから助けたんでしょ。男の人なら足を持って放り込んでるでしょう」なんて、ヤキモチなことを言ってますが、さて、この話を聞いてすっかり感心した与太郎さん、人を助けておけば、自分が死ぬときに助けてもらえると思い、毎日、身投げをする人はないかと探して歩くようになりました。
ある日のこと、永代橋にかかりますと、西に向かって手を合わせ、目に涙をためた女性が、欄干につかまると、伸び上がって片手合掌をして水面を拝んでいます。
これを見た与太郎さん、いきなり後ろから女性に抱きつき
「お待ちなさい、お待ちなさい。お店の金をなくしたくらいでなんです。なにも死ぬことはありません」
「なにするんです、一体。私は歯が痛いから、戸隠様に願をかけているんです」
「そんなこと言ったって、袂に石が入っていますよ」
「これはお供えの梨です」
出典:古典落語5 金馬・小圓朝集 (ちくま文庫)
【オチ・サゲ】
途端落ち(噺の脈絡がその一言で結びつく落ち。)
【噺の中の川柳・譬(たとえ)】
『情けは人のためならず めぐりめぐりて己が身のため』
『陰徳あれば陽報あり』
【語句豆辞典】
【戸隠様】江戸時代、梨を断って戸隠様に願をかければ虫歯が治るという迷信が広く普及していた。
【この噺を得意とした落語家】
・三代目 柳家権太楼
・五代目 古今亭志ん生
・三代目 三遊亭金馬
・三代目 古今亭志ん朝
【落語豆知識】
【釈台(しゃくだい)】講談で用いる机のこと。
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