2月号も頂きました。ずっと送って頂いています。こんな人がこんな文章を書くんだという驚き。銀座という街の変遷。伝統。
なによりも銀座を遊弋し、銀座が好きな人、人、人の面白さ。女性6人が編集している日本を代表するタウン誌は毎号読みごたえがあります。


編集室からのごあいさつ
「銀座百点」は1955年(昭和30年)に創刊されました。
銀座のかおりをお届けする雑誌として、情報だけでなく、銀座の文化を表現することにポイントを置いて編集してい ます。
中でも各界の有名人によるエッセイ、座談会は読み応え十分です。
創刊号から久保田万太郎、吉屋信子、源氏鶏太ら著名なメンバーが執筆陣に加わり、その伝統は現在まで受け継がれています。
また、小誌の連載からは向田邦子「父の詫び状」、池波正太郎「銀座日記」、和田誠「銀座ドキドキの日々」などベストセラーがたくさん生まれています。
現在6人の女性スタッフが銀座じゅうを歩き、アンテナを張り、ない知恵を絞って毎月の企画をたてています。
銀座の街で、ぜひお手にとってお読みください。HP。
朝日新聞デジタルから引用。
「銀座百点」700号 豪華エッセー、タウン誌の草分け 2013年3月1日
【山本亮介】東京・銀座の文化の薫りを発信する月刊誌「銀座百点」が1日、創刊700号を迎えた。タウン誌の草分けとして、
全国で創刊が相次ぐきっかけになった。
創刊は新宿や渋谷などの台頭で、銀座の斜陽がいわれたころ。危機感を持った100の専門店が1954年秋に「サービス・信用とも百点満点の街に」と
銀座百店会を結成し、翌年1月に第1号を刊行。巻頭で「より美しい銀座に育てあげることこそ務め」と宣言した。
加盟店が各500部を引き取り、得意先に贈ったり店頭に置いて顧客に持ち帰ってもらったりするのが特徴だ。
今年1月にも2店増え、加盟店は138店に。一方で、結成時の店の半数は銀座を去ったという。
なによりも銀座を遊弋し、銀座が好きな人、人、人の面白さ。女性6人が編集している日本を代表するタウン誌は毎号読みごたえがあります。




編集室からのごあいさつ
「銀座百点」は1955年(昭和30年)に創刊されました。
銀座のかおりをお届けする雑誌として、情報だけでなく、銀座の文化を表現することにポイントを置いて編集してい ます。
中でも各界の有名人によるエッセイ、座談会は読み応え十分です。
創刊号から久保田万太郎、吉屋信子、源氏鶏太ら著名なメンバーが執筆陣に加わり、その伝統は現在まで受け継がれています。
また、小誌の連載からは向田邦子「父の詫び状」、池波正太郎「銀座日記」、和田誠「銀座ドキドキの日々」などベストセラーがたくさん生まれています。
現在6人の女性スタッフが銀座じゅうを歩き、アンテナを張り、ない知恵を絞って毎月の企画をたてています。
銀座の街で、ぜひお手にとってお読みください。HP。
朝日新聞デジタルから引用。
「銀座百点」700号 豪華エッセー、タウン誌の草分け 2013年3月1日
【山本亮介】東京・銀座の文化の薫りを発信する月刊誌「銀座百点」が1日、創刊700号を迎えた。タウン誌の草分けとして、
全国で創刊が相次ぐきっかけになった。
創刊は新宿や渋谷などの台頭で、銀座の斜陽がいわれたころ。危機感を持った100の専門店が1954年秋に「サービス・信用とも百点満点の街に」と
銀座百店会を結成し、翌年1月に第1号を刊行。巻頭で「より美しい銀座に育てあげることこそ務め」と宣言した。
加盟店が各500部を引き取り、得意先に贈ったり店頭に置いて顧客に持ち帰ってもらったりするのが特徴だ。
今年1月にも2店増え、加盟店は138店に。一方で、結成時の店の半数は銀座を去ったという。