阿智胡地亭のShot日乗

日乗は日記。日々の生活と世間の事象記録や写真や書き物などなんでも。
  1942年生まれが東京都江戸川区から。

「高過庵」の紹介記事              

2009年07月15日 | ゲストルーム

かなり前のことですが、木の上にある茶室“高過庵”が英文朝日に紹介された記事です。資料としてデジタル化したので掲載しました。

この茶室は建築家の藤森照信さんが建てました。場所は茅野市の藤森さんの実家の庭先に建っています。 

去年の夏、阿智胡地亭が茶室に近づいてある地点を越えた時、全身にぞくっと震えがきました。そういう人が時々いると藤森さんが言いました。

このあたり一帯は諏訪地方の原住系部族モレヤ族の先祖神みしゃぐじ神が祀られている聖地でもあります。

 ハシゴを登って茶室に上がり、藤森さんにお話を聞きました。上はゆーらりゆーらり揺れて四方の山野が見え、自分も周りの空間に溶け込むような感じがしました。

     みしゃぐじ神:諏訪神社の神官一族である守矢氏により祀られていた神で、一般には「モレヤ神」、或いは「洩矢神」と呼ばれていた。

木の神、石の神であり、典型的な自然神であると同時に、神官に憑依して託宣を下す神であったという。

このとき託宣を伝える神官は一年神官で、年次ごとに守矢一族の中から選ばれ、一年間の任期が終わり、次代の継承者が決定すると同時に殺されていた。

マタギを始めとする山人たちから信仰されていたことから、元々縄文の神だと考えられる。

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四日市市立港中学校の航空写真             

2009年07月14日 | ゲストルーム

通学した四日市市立港中学校の航空写真です。残念ながら校舎はもうこの場所にはありません。小学校は3校、高校は2校と転校したのとは違って、

入学から卒業まで転校なしで在学したのは唯一この学校だけなので、通学した場所を訪ねても学校がないのは寂しい限りです。
 港中学校のHPで沿革を見ると、
1949年(昭和24年) 12月1日 四日市市立三浜中学校より分離し、四日市市立港中学校と称し,
四日市市昌栄町の埋立地2,870,5坪を校地として校舎2棟を新築 。
1959年(昭和34年) 9月26日 伊勢湾台風により大被害を受ける
1960年(昭和35年) 10月 移転新築用地買収(四日市市大字浜田字南浜田2495)
1961年(昭和36年) 10月14日 新校舎起工式
1962年(昭和37年) 10月23日 新校舎落成式 とあります。
通学していた時も、雨が降ると元が埋立地のため周囲の雨水が流れ込み、すぐ池のようになりました。

昭和34年の5000人を越す死者を出した伊勢湾台風で学校も大きな被害を受け、台風の3年後現在の場所に移転したようです

昭和33年の夏に四日市を離れ神戸に引越しましたから、中学校が移転した話は後で風の便りで聞きました。   

 中学校の同期会にはその後どこ住んでいても大体出てきましたが、この写真はある時の集まりのとき、今も永久幹事をしてくれているN子さんから

もらった?と記憶しています。Nちゃん、貴重な写真を見つけてくれてありがとう。


 現港中学校の住所は町名表示変更があり、四日市市十七軒町10-41。

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今朝の朝食

2009年07月14日 | ある日の肴/夕食
少しづつ野菜や材料が冷蔵庫に残ったのでと、ワンプレートになった朝食でした。胡桃は好きなので自分で足しました。イタリアンパセリが彩りを添えました。
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モニュメントバレー  Kさんのアメリカ西海岸国立公園シリーズ⑤

2009年07月13日 | 下総の国の住人Kさんの寄稿アルバム集
27 夕焼けのモニュメント
 モニュメントバレーは映画の舞台やCMで有名です。他と同じく国立公園の価値は十分ありますが、原住民ナバホ族(インディアン)が規制強化を恐れて反対しています。

正式名称は「モニュメントバレー・ナバホ族公園」でナバホ族が入園料を取り、ガイドツアーを運営しています。この公園内に昨年12月ナバホ族の経営による「The VIEW Hotel」がオープンしました。
HOTELのHP http://www.monumentvalleyview.com/

このホテルに宿泊したので、夕焼けや日の出まえの暗闇のモニュメント
をレストラン、部屋のベランダで堪能しました。

バレー内のツアーは朝日鑑賞と絶景ポイントめぐりの2時間です。

なおこのバレー内にはナバホ族が居住していますが、電気、ガス、水道。電話等は無いそうです。また私有地の概念が無いため、どこに住んでも良いようです。
(位置)・・・HOTELの位置です
 N:36°58’57”   W:110°06’45”
(写真)
26,30,31,32 モニュメントバレー
26

30

31

32

28  日の出前のモニュメント

29  日の出
  
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三宮の朝日会館へ「Dear Doctor」を見に行きました           

2009年07月13日 | 音楽・絵画・映画・文芸

前評判のいい映画を三宮へ見に行きました。映画がまさか笑福亭鶴瓶と八千草薫さんが演じる医者?と患者の純愛物語とは思いもよりませんでした。

映画は☆☆☆☆☆の映画でした。映画評は後刻、ブログ「阿智胡地亭の非日乗」でお読みください。
 
 閑話休題、三宮の一つ手前の阪急“春日野道”駅にはホームは一つだけしかありません。この駅名を見るたびなぜか「春日野八千代」という往年の宝塚スターの名前が浮かびます。

 阪急電車の三宮駅はJR三ノ宮駅のホーム位置よりかなり西側にあります。どういう訳か、JRの駅だけが三ノ宮とノの字が入ります。阪急電車の中からJR三ノ宮駅のホームを。

映画館“シネ・リーブル”は「朝日ビル」の地下にあります。ビルは戦前からの「朝日会館」のファサードをそのまま生かし、

高層ビジネスビルに建替えられました。このビルには商談で大阪から年間50回ほど通った“フェリシモ”さんがあるので、今でも懐かしく、

当時のT専務はどうされているかなあとお顔が浮かびます。

帰りはJRで六甲道駅からバスに乗りました。駅前のバスターミナル。





NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」に先週、憧れの八千草薫さんが出演していてびっくりしましたが、

この映画を見てなぜ彼女があの番組に出るようになったのか得心しました。この映画で共演したのがきっかけで鶴瓶が八千草さんに

頼んだに間違いないです(断言)!!。

2009年07月16日(木)   阿智胡地亭の非日乗から        映画「ディア・ドクター」を見ました
 

この映画は老年にさしかかった男と女の結構アブナイ純愛映画でもありました。

 監督の西川美和と言う人は本当に映画が好きなんだと思いました。彼女は映画が好きで好きでたまらない。

前作の映画「ゆれる」にも唸りましたが、何が正しくて何が悪だ、などという人間の割り切れないところを描いていてこの映画も面白かった。

公式HPにあった「人は誰もが何かになりすまして生きている」というのが、確かにこの映画のキモです。

ある地方のある村の診療所。そこにいるお医者さんがある日そこから逃げる。

優れた映画は細部のツクリが念入りだ。このシーンは監督から何度も何度もダメが出て、俳優が相当苦労した結果だろうと思うような秀逸な場面がいくつもあって、

何度も思わず声を出して笑ってしまいました。

出てくる俳優は映画の主演は初めての笑福亭鶴瓶や瑛太、余貴美子、井川遥、松重豊、岩松了、笹野高史、中村勘三郎、香川照之、八千草薫。

どの俳優もみな演技にヒダを持っている人ばかりです。

 鶴瓶と八千草薫さんのやりとりの場面は、凄みとユーモアがないまぜになっていて、面白い。ギリギリのところで踏みとどまる男と女の迫真の演技を

西川監督は二人から引き出しました。おそらく八千草薫はこの映画で、これまで要求されていたきれいな演技から、別境地の役者に変身したと思います。

 この映画造りに参画する中で、鶴瓶と八千草はお互いを認め合い、裂ぱくの気合で切り結びながら、共に高みを目指す関係を、二人は作った、

そんな気がしました。そのような関係を他者と持てるのは人生の幸せの中でも最高の関係の一つではないでしょうか。

 香川照之は西川監督の前作「ゆれる」で、善人の恐ろしさを見事に演じていました。西川映画にはかかせない俳優のような気がします。

好きで達者な笹野高史だけが、この映画ではやりすぎて浮いた演技をしていました。

おおげさかも知れませんが、同時代の日本にこの監督を持っているのは大いなる幸せだと思います。強くおすすめする一本です。

◎家に帰ってテレビを見たらまた「鶴瓶の家族に乾杯」をやっていました。

今回は徳島県の脇町。ゲストは徳島県小松島市出身の大杉漣。 

脇町には行ったことがあるし、大杉漣も北野武の映画から好きになった俳優なので最後まで見てしまいました。

 脇町旅行記 2002年1月

奈良の橿原に今井町という豪商の住んだ街並みがありますが、今もほとんど江戸時代当時

そのまま残っており、人が生活しています。

ここは一種の宗教武装都市で堺と同じ堀をめぐらした自治都市でした。 

 山口県の柳井市にも江戸時代からの豪商の家が並ぶ白壁通りが保存され、その中でも有名な

国森家は10何代目かの当主が学校の先輩で、今柳井市に協力して観光客誘致の中心人物

として頑張っておられます。

前に訪ねた折り、運良く国森さんが在宅で屋敷の隅々まで案内をしてもらいました。

家の構造や防火や防犯の構造も詳しく教えてもらいました。

 元首相の池田勇人が出た広島県の竹原にも小京都といわれる一画が保存され、

(山口県の萩と同じように)武家屋敷がそのまま沢山残り、頼山陽の生家やニッカの

創業者竹鶴さんの生家(今は竹鶴醸造という造り酒屋)がその中にあります。

このエリアには昔は侍階級しか入れなかったのだろうと思いながら、歩いたものです。

いずれも以前に機会をみつけて訪ねましたが、今回年が明けて徳島県の脇町という

江戸時代の「うだつが上がっている町並み」を見に行きました。

1)六甲山トンネルを抜けるとすぐに阪神高速北神戸線の唐戸ICがあり、

ここで高速に乗ると家から30分で明石大橋に入ります。

淡路島を縦走し、鳴門大橋をわたり鳴門ICで一般道に下り、脇町へ行く前に板野郡土成の

「たらいウドン」で昼飯にすることにしました。高速の徳島道に入らず地道を行くので、頼りはいつもの

カカーナビしかありません。このナビは音声指示と手の指示が正反対だったり、音声装置に

気分によりバラツキが出たり、指示に従わないと言って怒ったりして道中結構大変ですが、

いまさら最新の機種に買い替えはしたくても出来ませんので、素直に従うしかありません。

2)途中、泉谷という地名があったり、6番、7番、8番の巡礼のお札所を過ぎ、細い道や裏道を走り、

カカーナビのお陰で土成の「松乃家」というガイドブックに出ている店に何とか辿り着きました。

時期が時期だけに客は近隣の家族連れと見える人達だけですいていました。

シーズンには沢山の観光客が来るようで、広い座敷がある棟がいくつも川に面していました。

残念ながらお目当ての「たらいウドン」は讃岐高松のウドンに完璧にはまっている私には

コシもツユも、もう一つでした。

3)ここで一休みして、途中の阿波町の「土柱」も見ていく事にしました。古い砂礫層が長い間の

雨、風に侵食され何十本の土の柱状になっていました。案内によるとロッキー山脈、

チロル地方とここだけに見られるとありましたが、そう大した規模ではなく「ああそうでっか」

という感想です。

土柱は高速徳島道の阿波PAから歩いて7分のところにありますが、これを見てから

高速には帰りに乗ることにして、脇町までは節約してまた地道を走りました。

4)脇町は今は町の中心から離れていますが、江戸中期は阿波藍の集散地として発展した

城下町の藍商人の町でした。城主は蜂須賀家の第一家老の稲田氏です。

今は吉野川から300mほど離れているが、当時は脇町の豪商の家のすぐ裏が川で、船が

直接つく船着き場が残っています。通りは両側に本瓦葺、漆篭め壁の商家が軒を連ね、隣の家との

境の二階には「うだつ」という火よけ壁をつけている家が多くあります。

この「うだつ/卯建」を設備するには、かなり金がかかるものだったらしく、「うだつ」がない家を

「うだつ」が上がらん家と言ったとか。

知らなかったけれど司馬遼太郎が脇町を訪れ「街道をゆく」シリーズの中に取り上げていることが

案内されていました。

町はおそらく「うだつ」のおかげもあって大きな火事もなく今に残ったのでしょう、思ったより細い

大通りは江戸時代そのままという感じでシンと続いていました。

重要伝統的建造物群保存地区に指定され、大きいが暗くて寒そうな昔のままの家を見ると

今もここに住む人達の日常の生活の大変さを思いましました。

木曽の馬篭宿に行ったときにも同じ事を感じましたが。

ほんま今の若い人でヨメさんの来てがあるんかいなという感じです。勿論家の中は今風に

変えているでしょうが、出来てから250年もたった家に住むのはヨーロッパの都市では

当たり前だけれど、日本の木造建築のイエの概念で言うとエライことやろなと思うしかない。

はじめて訪れた土地の印象はその日の天候、空の色に大きく左右されます。

1月の寒空の下で観光客も数えるほどということで寂しい町やなあと思いましたが

春か秋にくればまた、違うかも知れないと相方と話しながら車をスタートさせました。

帰りは薄暗くなった脇町ICから徳島道に乗り、がら空きの高速を今夜一泊の淡路島

南淡町を目指しました。

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トーストサンドにイタリアンパセリ

2009年07月12日 | ある日の肴/夕食
今日のブランチはトーストサンド。はさんだ材料は玉子焼きとハムとトマトとキュウリ、それに千切ったイタリアンパセリ(写真では見えませんが)。
 イタリアンパセリは5年程前にプランターに植えて、花が咲き実がこぼれて、また生えて、を繰り返していましたが、そのうちに枯れてなくなりました。と思っていたら、今年の春先にチョロっと若葉が一葉出てるのに気がつきました。鉢に植え替えて屋内に入れたら、元気に沢山の葉をつけるようになりました。セリ科だそうでセリの香りがします。ハーブを少し加えると食材のコラボが違ってきますネ。
トーストサンド
隣には山椒もよく茂って和風の付け合せに重宝しています。
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クマゼミそろそろ登場

2009年07月11日 | 花・草・木・生き物
うまく孵化できないまま地面で動いているクマゼミを2匹数日前に見ました。今朝はジジッと言う鳴き声が聞こえたような気がしました。5~6年も地下にいて本当にご苦労さんと思います。今年最初に見かけた抜け殻です。
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木瓜(ぼけ)の実、黄色いランタナ、アボカドの葉若芽

2009年07月11日 | 花・草・木・生き物
そろそろ木瓜酒にするための焼酎を買って来てと言われながら忘れています。
ランタナの花の色は多様で驚きますが、これは黄色いランタナ。

アボカドがまた新しい葉をつける準備をしています。
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アンテロープキャニオン  Kさんのアメリカ西海岸国立公園シリーズ④

2009年07月10日 | 下総の国の住人Kさんの寄稿アルバム集
19 キャニオンの内部
モニュメントバレーに移動の途中で、アンテロープキャニオンとコロラド川のホースシューベントに立ち寄りました。
 アンテロープキャニオンは偶然発見され、観光地化されて10数年しか経っていません。通路幅2~3mほどの渓谷の天井がわずかに開いていて、昼頃は
ここから太陽の日がさす幻想的な世界です。

ホースシューベントでは上昇気流にのってコンドルが優雅に舞っていました。
(位置) 
アンテロープキャニオン  N:36°51’45” 
             W:111°22’30”

ホースシューベント    N:36°53’  
             W:111°30’
20~24 日が差し込んだキャニオンの上部
20

21

22

23

24 
 
25 ホースシューベント

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今日の昼はシーフードカレー

2009年07月10日 | ある日のランチ
レタスの外葉とタマネギもたっぷり入った「シーフードカレー」。
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ブライスキャニオン国立公園  Kさんのアメリカ西海岸国立公園シリーズ③

2009年07月09日 | 下総の国の住人Kさんの寄稿アルバム集
13
「ブライスキャニオン国立公園」では、早起きして朝日を見に行きました。
朝日に映える岩が印象的でしたが、それ以上の説明は難しいです。
とにかく写真をみてください。
(位置)
N:37°37’   W:112°10’
(写真)13~16  ブライスキャニオンの朝焼け
14

15

16

17,18  ブライスキャニオン 
17

18

websiteから:
奇怪な岩、色彩鮮やかな尖塔群で知られるブライスキャニオンは、コロラド台地の中でもっとも新しいと呼ばれる大地、ピンク層を中心に広がっています。もとは湖の底で堆積されたもろい岩が侵食された為、今の形になるまで2百万年もかからなかったとか。この公園はじっくり時間を取ってハイキングに行くのがお勧めです。

websiteから:
2007年、日系の新聞に『米国滞在中に行っておきたい観光地ベスト15』というランキングが発表され、ディズニー・ワールド、ナイアガラ、マチュピチュなどの強敵を押さえ、見事一位に輝いたのが、グランドキャニオン、ザイオン、ブライスキャニオン、アーチーズ、アンテロープキャニオンなどのアメリカを代表する国立公園、国立モンニュメント、州立公園が集中する一帯、グランドサークルでした。

大自然の宝庫と呼ばれるグランドサークル、実際目の当たりにすると、あまりにも不思議で、驚くべく景観に、ただただ目を瞠るばかり。地球が誕生したと推定されるのは45億年前、7億年かけて地殻が形成され、11億年かけて海ができたそうで、グランドキャニオンでは17億年以上前の地層を見ることができます。地殻変動、隆起、侵食――気が遠くなるほどの時間をかけて自然が施した壮大な彫刻を前に、日々の喧騒を忘れ、地球や宇宙に思いを馳せる――そんな時を過ごせる場所。行っておきたい観光地(と呼ぶのは気が引けますが)堂々の1位に納得していただけるはずです!
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とろろ、いわしの開きなど  at 居酒屋“e”

2009年07月09日 | 居酒屋“e”&一日の昼食と夕食
ウイスキーは水割り。お任せは糸コンと牛肉のすき焼き風に、とろろといわしの開き。
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サトイモ、アボカド、アロエ、カンナ、山椒

2009年07月09日 | 花・草・木・生き物
梅雨空の下、葉が良く茂っています。






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ビルに飾られる「ロールスロイス」  その1

2009年07月08日 | 神戸あちこち
JR灘駅からなら歩いて5分、阪神電車岩屋駅なら2分の所に「BBプラザ」というビルがあります。  このビルの一階にあるキッズクリニックに、予防接種に行くときの車のドライバーを頼まれて行くことが時々あります。

今日も運転を頼まれたのでデジカメを持って行き、注射が終るのを待っている間に、一階のフロアーに置いてある2台の「ロールスロイス」の写真を撮ってきました。

どこかの砂漠で例えプロペラシャフトが折れても、即座に取代えシャフトをヘリで運んできて修理する。そういう伝説を伴う「ロールスロイス」。

傍で見るとなんとも言えない重量感で迫ってきます。

こういう車には縁なき衆生である自分からからすると、なんで極東の島のこのビルにこの車が置いてあるの?と不思議な思いがしますが、ビルのオーナーの趣味かどうかを聞く気はありません。


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ビルに飾られる「ロールスロイス」  その2

2009年07月08日 | 神戸あちこち









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