お湯の国 日本

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斗南の猫 (青森県下北半島)

2018年10月17日 |  ♨温泉地の犬・猫

下北半島の拠点むつ市。今日はこの街のビジネスホテル泊。かねてから
田名部神社周辺の飲み屋街で田名部の夜を味わいたかったのだ。今日は
当地宿泊なので、田名部名物を肴にディープな夜を過ごすこととなった。
その田名部神社横丁で遭遇したのがこの猫。『斗南の』と名付けたい。

参考:現在のむつ市は旧田名部町がコアで、その後大湊、川内、脇野沢
   大畑が合併吸収され人口55,554人(平成18年4月)の市である。

歴史:旧田名部は南部藩の代官所、大湊町は帝国海軍軍港(現海上自衛隊)
   脇野沢が漁業(陸奥湾)、川内は林業‣鉱業、大畑も漁業(津軽海峡
   ‣太平洋)とそれぞれ特色ある。そして悲劇の斗南藩が誕生したのだ。
政治:明治政府が日本の曙を告げたともいわれるが、歴史はそんなに単純
   ではない。要は権力闘争。西の勢力が東の勢力を駆逐。その結果当
   時の東勢力会津藩が徹底的にたたかれて下北半島むつ市迄辿り着く。
   残念ながら今の政治も西高東低で推移する、そういう見方も出来る。

斗南斗南藩は当初三戸郡(二戸一部含)、上北郡、下北郡の3万石で構成
   され、会津藩士17千人が移住成立した新藩。会津藩23万石に遠く
   及ばず、八戸市を除く今の南部下北で、当初三戸に藩庁が設置され
   五戸を経て、むつ市(田名部)が最終地となった。諸説あるが、斗南
   とは(薩摩・長州)に斗(闘)意味も込められてるという。筆者
   が三沢市に赴任していた時も多くの有力者は会津出身末裔であった。

参照:①斗南名湯斗南温泉  ②薩摩名湯硫黄谷温泉  ③長州名湯湯本温泉

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