(プラユット陸軍司令官・国家平和秩序評議会議長・暫定首相 軍服姿とスーツ姿 【8月21日 WSJ】)
【軍政の独裁状態が強まる】
タクシン元首相支持勢力と反タクシン派の長年の対立・混乱でマヒ状態になったタイでは、5月22日に軍部クーデターが起き、プラユット陸軍司令官が全権を掌握し、今も戒厳令が敷かれたままです。
プラユット陸軍司令官は、これまでも軍事政権・国家平和秩序評議会の議長として三権を凌駕する権限を有していましたが、このたび国民立法議会(暫定議会)によって暫定首相に選ばれ、日常の国政運営も直接担うことになりました。
そもそも暫定首相を選んだ国民立法議会なるものが、国家平和秩序評議会がその議員を指名したもので、200議員のうち、現役・退役軍人を含む軍関係者が105人を占めるという軍主導のものです。
今回のプラユット陸軍司令官の暫定首相受諾は、民政移管までに軍部によって、軍部が意図する内容の“改革”を断行するとの強い意志の表れに見えます。
****タイ、強まる独裁色 暫定首相にプラユット陸軍司令官 全議員が「同意」*****
タイ軍政トップのプラユット・チャンオーチャー陸軍司令官(60)が21日、クーデター後にできた国民立法議会(暫定議会)によって暫定首相に選ばれた。国王承認をへて正式に就任する。
軍政が示した行程では、民政移管まで1年余。この間に、独裁色をさらに強めた軍政が進める「改革」が、タイの将来を左右する。
午前10時に開会した議会で首相候補として提案されたのは、プラユット氏だけ。
投票は、議員が1人ずつ同意か不同意を表明する形で行われ、投票をしない正副議長計3人を除く191人全員が「同意します」と述べた。
議員は、プラユット氏が議長を務める軍事政権・国家平和秩序評議会が7月末に任命。その半数以上が現役・退役軍人だ。
この間、プラユット氏はバンコク近郊にある陸軍基地で過ごした。報道陣の「首相の責務は重いが、心配はないか」との質問に「心配はない」と答えた。
暫定首相に就いたプラユット氏にはさらに権限が集中し、軍政の独裁状態が強まる。
そもそも、7月にできた暫定憲法は、国家平和秩序評議会議長として、プラユット氏に「国家の安定に必要な場合」、行政、立法、司法の三権すべてに命令できると規定する。加えて、日常の国政運営も直接担うことになるからだ。
軍政は今後、民政移管後にも及ぶ制度改革と新憲法の起草を進める。新憲法は国民投票にかけずに制定できる。
一連のプロセスが示すのは、プラユット氏を頂点とする軍政が誰にも口を挟ませずに「改革」を断行する、との意向だ。それを支える戒厳令も、当面解除される見通しはない。【8月22日 朝日】
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なお、“月内にも発足する暫定内閣は、タナサック国軍最高司令官やプラジン空軍司令官、ナロン海軍司令官ら軍人が内閣の枢要ポストを固める「軍人主導型内閣」となる見込み。”【8月21日 時事】とのことです。
【批判を許さない軍政】
問題は、「改革」を軍部の力で推し進める方法であり、また、軍部・プラユット暫定首相が意図する「改革」の中身です。
いつ果てるとも知れないタクシン派・反タクシン派の抗争に疲れたタイ国民の大半は、軍部の力による統治と改革を支持しています。
8月に行われた世論調査では、軍人ばかりになる暫定議会について48%が「満足」、38%が「非常に満足」と回答しています。【8月6日 産経より】
一部の反政府活動家以外の大半の国民にとって、差し当たりは絶対的権力の非情な側面は自分には無縁のものであり、混乱を鎮めて安定をもたらしてくれる頼もしい存在に見えます。古今東西の多くの独裁者と国民世論の関係のように。
しかし、その絶対的権力がいったん暴走し始めると、もはや誰も止めることができません。
民主主義というのは、時間と手間をかけながらもそうした危険を防止する装置・システムであるはずですが、円滑に機能するためには意見の違いを収束させる政治的技術を必要とします。
少数派は選挙結果や議会における多数決を一定に受容する、多数派は少数派の批判を受け止め、その意思を一定に汲み取る・・・・。
政治混乱の決着を繰り返される軍事クーデターた国王の仲裁に頼ってきたタイ民主主義には、未だその政治技術が育っていないと思われます。
一部には、そうした傾向をタイ民主主義の“独自性”として認める向きもありますが、自らの手で混乱を収束できない未熟さ・限界と見るべきでしょう。
****動けない批判勢力****
クーデターから22日で3カ月。バンコクには兵士の姿はなく、表面上は普段の暮らしが戻っている。
しかし、軍政を批判する自由はなく、タクシン派の政党や団体の幹部、クーデターに批判的な言論人などは監視下に置かれている模様だ。
インラック政権で副首相の一人だった人物は匿名を条件に「党の会議が禁じられ、今後の戦略を議論できない。今は、じっとしているしかない」と語った。
軍政に批判的な人々には「軍政が居座らないか」との心配も芽生える。プラユット氏が「国民の協力がなければ現状は延長される」とも述べているからだ。
クーデターが繰り返されてきたタイで、国民や国際社会が軍に寛容だったのは、政治混乱を収めた後、民政復帰するタイミングが比較的早かったためだ。
タイは、日系企業約4千社が進出する日本の産業界にとって有数の生産拠点。軍政が民政復帰の行程表を越えて続くようなら、日本政府も企業も寛容であり続けるわけにはいかなくなる。【8月22日 朝日】
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音楽やダンスなども使ったソフト路線で「国民和解」を演出している軍部ですが、批判は一切許されていません。
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・・・・クーデター後のタイの大きな変化は、デモ隊による騒乱状態が解消されたことです。
バンコク市内は平穏が保たれています。治安の回復は多くの国民が望んでいたことですが、これは軍政による厳しい締め付けによるものです。
今も戒厳令が出されたままで、5人以上の集会は禁じられています。クーデター批判や王室に対する不敬罪の取り締まりが強化され、数百人の活動家やジャーナリストが拘束されました。Facebookも一時遮断されるなど言論と表現の自由はほとんど認められていないのです。・・・・【8月19日 NHK「時論公論」】
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帰国したインラック前首相に対する軍部・プラユット暫定首相の扱いも注目されます。
****前首相、2週間ぶり帰国=刑事告発に徹底抗戦―タイ****
外遊中だったタイのインラック前首相が10日夜、約2週間ぶりに帰国した。
インラック氏は首相在任時の政策遂行で刑事責任を追及されており、それを逃れるためタイを出国したまま海外逃亡を続けるのではないかとの観測が浮上していた。
地元メディアによると、前首相はシンガポールからチャーター便でバンコク郊外のドンムアン空港に到着。人目を避けるため、同空港の裏口から車に乗り込んだという。
タイ国家汚職追放委員会(NACC)は、インラック前政権が推進した「コメ担保融資制度」の運営をめぐり、前首相が職務怠慢で国家に巨額の損失を与えたとして、5日に前首相を検察に告発。
前首相の代理人は告発がずさんな捜査と不十分な証拠に基づいているとして、徹底抗戦の構えを見せている。【8月11日 時事】
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【タクシン派排除の「改革」】
軍部・プラユット暫定首相が意図する「改革」の中身については、「国民和解」とは言いつつも、実質的にはタクシン派排除を狙ったものになると推測されています。
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今のタイをひと言で言うと、タクシン氏の支持基盤である北部や東北部の農家や都市部の低所得者層、つまりかつて支配階級に抑え込まれていた声なき人々が、富の分配と平等を求めて立ち上がったのに対し、既得権益を守ろうと王室に近いエリート層や知識階級、都市部の中間層などが抵抗、それを軍が支えている。これが今のタイの対立の構図です。【8月19日 NHK「時論公論」】
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反タクシン派からすれば、タクシン派への農民・貧困層の支持は、インラック前政権が推進した「コメ担保融資制度」のようなバラマキ政策などによって“金で買われたもの”であり、そのように金で買われる無教養な農民・貧困者には国政に参画する資格がない・・・という話にもなります。
ただ、特定階層を手厚く遇する施策というのはどこの国でもあります。
(日本でも生産者米価はかつて、非常に“政治的”に決定されていました)
その必要性やコストも考慮しながら、選挙・議会でその妥当性・是非を判断すべきものであり、選挙制度をいじったり、選挙を回避したりする理由にはならないように思います。
****タクシン派排除が狙いか****
軍政が実現しようとする「改革」とは何か。今のところ、軍政は「真の民主主義を実現して国家を前進させる」とうたうだけだ。
今回のクーデターは、インラック政権の打倒を目指した政治混乱が引き金となった。インラック氏は、2006年のクーデターで政権を追われたタクシン元首相の実妹。
懸念されるのは、改革の方向性がタクシン派の封じ込めや排除に偏り、議会制民主主義の原則から逸脱することだ。
タイでは、国王を頂点に軍や官僚、財閥、知識人層が支配層を形づくってきた。
だが、タクシン派は多数派の農民や労働者の支持を集めることに成功し、選挙で勝ち続けてきた。
これを阻止することが「改革」だとすれば、「ゆがんだ制度をつくるしかない」(タクシン派政権の元閣僚)。
地元報道によると、反タクシン色が強いとされる選挙管理委員会が非公式に提出した改革案には(選挙をへない)任命議席の拡大、下院議員の立候補資格を大卒以上に、連続3選の禁止などが含まれている。【8月22日 朝日】
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【欧米からの批判 中国への接近 ミャンマー軍事政権化】
欧米諸国はこうしたタイ軍政に批判的で、すみやかな民政復帰を求めていますが、タイ軍政はこれに反発し、中国との関係を強めています。
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アメリカやEU、それに日本はクーデターを批判し、とくにアメリカは軍事協力や要人の交流を凍結するなど厳しい措置をとってきました。
ところが各国がタイと距離を置いている間に中国が関係を強化しています。
軍政はクーデター直後から中国に接近し、凍結したインラック政権によるプロジェクトのうち中国が関連する高速鉄道計画は復活する見通しです。これでは民主化を促す国際社会の圧力も効果が薄れてしまいます。【8月19日 NHK「時論公論」】
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かつてタン・シュエ議長が軍事独裁政権を率い、今は民主化を進めるミャンマーとは逆コースをたどっているようにも見えます。
****タイとミャンマー 民主化への苦闘に目配りを 柴田直治*****
・・・・キンオーンマーさんとヤンゴンの喫茶店で会った。88年に国を離れ、タイを拠点に民主化活動を続けた。入国禁止が解除された2012年10月に帰国。タイでは92年と06年のクーデターを経験した。
「タイ人は自国の民主主義は他国と違うと主張するが、自信過剰だ。クーデターはクーデター。軍の本質は変わらない」
両軍政に共通点は多い。なかでもタイの軍政がテレビ局を相次いで閉鎖、ネットも含めて検閲を徹底させ、集会を禁止している点は「ビルマモデルを踏襲したのでは」(国境なき記者団)とみられている。
・・・・タイには日系企業4千社が進出し、ミャンマーは「最後のフロンティア」といわれる。
気になるのは、日本の経済界や在留邦人から「政治が安定する軍政は経済にプラス」「クーデターは日本でいえば政治改革」「大統領はやはり軍出身者がいい」といった声が聞こえてくることだ。
民主化への苦闘に無頓着すぎないか。【7月25日 朝日】
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【経済政策は「タクシノミクス」で】
なお、バラマキ政策、ポピュリズム等の批判が強いタクシン派の経済政策ですが、タクシン派を政治排除しようという暫定政権の経済政策も基本的にはタクシン派の政策と同じ路線になりそうです。
****タクシン抜きの「タクシノミクス」****
・・・・3人目として最も注目すべきは、NCPO(国家平和秩序評議会)諮問委員に就任し、外交・国際経済分野(主に対中・対日関係)を担当するソムキット・チャトーシーピタック(曾漢光)だろう。
タクシン政権(2001年-06年)においては経済担当副首相兼商務相などを担当し、(1)農民債務の一時モラトリアム(支払猶予)(2)村落開発基金創設(3)OTOP(1村1品運動)(4)不良債権問題早期解決のための政府主導資産管理会社(TAMC)創設――などを柱とする「タクシノミクス」の立案・推進者として辣腕を揮い、一時は内外から半永久政権とまでいわれたタクシン政治にとっての最大の功労者と評価されたほど。
他の諮問委員の顔ぶれからして、ソムキットがNCPOの経済政策の柱と見て間違いないだろう。
タクシン政治打倒を掲げてクーデターを推進したNCPOが、国軍幹部にとって最大の弱点といわれる経済政策を、タクシン政権の経済・財政部門最大の功労者に委ねるというのだから、なんとも奇妙な話だ。
だが、現在のタイを考えた時、政治家としてのタクシン個人はともかくも、こと経済・財政政策に関するかぎり、「タクシノミクス」が最も現実的な手法ということになりそうだ。
だとするなら、インラック政権打倒(=タクシン政治根絶)を掲げた運動から今次クーデターを経て現在に至る一連の政治過程の持つ意味が、朧気ながら浮かびあがってくる。
先ずはタクシン排除ありきではあるが、その真意はABCM複合体(Aristocrat=王室、Bureaucrat=官僚、Capitalist=財閥、Military=国軍)による“永続的な富の独占”――こう考えるのは、穿った見方に過ぎるであろうか。【8月16日 樋泉克夫氏 フォーサイト】
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