(物品サービス税(GST)の税率引き下げを求める小売業者や労働者ら。インドのニューデリーで撮影【6月30日 ロイター】)
【キャッシュレス社会実現に向けて“剛腕”】
インド・モディ首相については、2001年から2014年までグジャラート州首相を務め、インフラ整備や外資の受け入れなどにより、同州の経済成長を実現したとされることによる経済改革への期待がある一方で、若い頃からヒンドゥー至上主義を掲げる民族義勇団に所属しており、イスラム教に対する憎悪を煽る演説を行っていたとか、イスラム教徒のヒンドゥー教徒への列車焼き討ち事件をきっかけに起きた2002年グジャラート州暴動(両教徒合わせて1000人以上が死亡)を州首相として黙認した、あるいは関与したとされるヒンズー至上主義的傾向への懸念もあるという、二つの側面が首相就任時から常に指摘されています。
経済改革の面における“剛腕ぶり”は、2016年11月に断行された、緊急テレビ演説から約4時間後に高額紙幣(金額ベースで流通紙幣の86%)を無効化するという施策によく表れていました。
現金決済が主流のインドでは、政治家や資産家が課税逃れのために現金を不正にため込むケースが横行、モディ政権は、高額紙幣の無効化により国民総生産の最大3割に上るとされるこうした現金を半ば強制的に銀行に預金させ、闇資金の摘発や汚職・脱税の根絶につなげることが狙いだと説明していました。
当然のごとくこの施策により市民生活の大混乱を招き、不満も噴き出しましたが、政治的には、今年3月に開票された人口2億人の最大州である北部ウッタルプラデシュ州地方議会選挙でモディ首相率いる与党インド人民党(BJP)が圧勝したことで、現金で蓄財し脱税する富裕層の違法行為にメスを入れたとして同施策を一般庶民が支持した・・・と評価されています。(3月12日ブログ“インド モディ首相の中間評価とされる地方議会選挙 最大州で与党が圧勝”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20170312)
インドにおける選挙の実態を考えると、住民にそこまで政策が“評価”されたかどうかは疑問もありますが、少なくとも、失政として逆風にはならなかった・・・とは言えるでしょう。
なお、高額紙幣無効化で銀行口座を強制的に作らせた施策は、キャッシュレス化・デジタル化という大変革実現に向けた施策のひとつだった・・・との指摘もあります。(1月13日ブログ“インド 高額紙幣無効化断行はキャッシュレス化・デジタル化を目指すモディ首相の“英断”か?”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20170113)
****キャッシュレス社会、最初に実現するのはインドか****
インドに関するここ1年で最大のニュースは、ナレンドラ・モディ首相が打ち出した高額紙幣の廃止だ。使用できなくなったのは、同国内で流通していた紙幣全体の86%を占めていたとされる。
だが、実際にはインドでは、これをはるかに上回る多大な影響を社会全体に及ぼし得ることが起きている。それは、「インディア・スタック(India Stack)」と呼ばれるプロジェクトの開始だ。
インドでは2009年まで、身分証明書といえるものを一切持たず、出生証明書さえないという人が国民のおよそ半数を占めていた。身分証明書がなければ、その人は銀行を利用することも、保険に加入することも、運転免許証を取得することさえできない。そのためこうした人たちには、起業などの機会も与えられなかった。
そこで政府が同年に立ち上げたのが、「アドハー(Aadhaar)」プロジェクトだった。
同プロジェクトは指紋認識と網膜スキャン技術を使用する生体認証データベースで、12桁の(全国民に割り当てられた)デジタルIDを使用するもの。これまでに実際に導入されたITプロジェクトの中で最大規模、かつ最も大きな成功を収めた例とされている。デジタルIDを取得したインド国民は2016年末までに、人口の95%に当たる約11億人に上っている。
だが、このプロジェクトはインドにとって、始まりに過ぎなかった。同国は2016年、デジタル化に向けたもう一つのプロジェクト、「インディア・スタック」に着手した。
インディア・スタックは、国民の住所、銀行取引や納税申告に関する情報、雇用記録、医療記録などのデータを保存し、共有するための安全なネットワークシステムだ。アドハーを通じてアクセス・共有が可能になっている。簡単に言えば、インディア・スタックは新たなデジタル社会の基盤になり得るものだ。
可能になった「キャッシュレスの世界」
ここで、昨年行われた高額紙幣の廃止についてもう一度考えてみる。モディ首相によるこの決定は、その他の事柄とは関連のない一つの出来事と見られた。だが、これは全ての国民を新たなデジタル・システムへと移行させるものでもあった。
アドハー・プロジェクトが開始されて以来、インドでは新たに2億7000万近い銀行口座が開設された。マスターカードが2015年に発表した報告書によると、インドは当時、デジタル決済システムへの移行の準備が最も遅れている国の一つだった。
だが、報告書から一年ほどの間に、そのシステムは導入が開始された。数年前には現金以外で行われる取引が全体のわずか2%にすぎなかったインドでデジタル社会への移行が実現されるなら、そうした移行は他のどこでも起こり得る。(中略)
インドでは、金融システムが抱える多額の不良債権が経済成長の大きな足かせとなってきた。不良債権残高は2009年以降、4倍ほどに膨れ上がっていた。そして、モディ首相による高額紙幣の廃止は、この点に関して非常に重要なことを達成したといえる──銀行の資本構成を改めたのだ。
高額紙幣の廃止以降、インドの銀行システムには新たに800億ドル以上が流入。市場はこれを好感した。(後略)【7月2日 Forbes】
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キャッシュレス化に関しては中国のスマホ決済普及がよく取り上げられますが、インド・モディ首相も“剛腕”でキャッシュレス化・デジタル化へ突き進んでいるようです。
ただし、“ジャン・ダン・ヨジャナ(国民金銭計画)で開設した銀行口座も、約25%が残高ゼロという。農村世帯の約3割はいまだに電気のない生活で、銀行ATMやパソコンの利用すらできない状況だ。
クレジットカードも2000年代半ばに第1次のブームが到来したが、無計画な利用による焦げ付きやカード破産が相次ぎ、発行枚数はまだ約2300万枚足らずと伸び悩んでいる。
そしてキャッシュレス化・デジタル化の推進には、金融リテラシー教育も必要となってくる。モバイル詐欺やハッキングにも目を光らせねばならない。(中略)政府が掲げるデジタル経済・キャッシュレス経済への本格的移行には、まだ相応の時間がかかりそうだ。”【1月13日 JB Press】との指摘も。
【「GSTによって、1つのインド、偉大なインドという夢が現実のものになる」】
そして、いまモディ首相が再び経済改革の“剛腕”をふるっているのが、中央政府と29の州が個別に徴収していた十数種類の税金を一本化する「物品サービス税(GST)」導入です。
****インドを単一市場に、新税「物品サービス税」始まる****
インドで1日、独立以来最大の税制改革とされる「物品サービス税(GST)」が導入された。政府は、インド全土を対象とした新税制度はインド経済の強化と汚職の根絶につながるものだとしているが、抜本的な税制改革に不安を感じている企業や事業者も少なくない。
GSTによってインドの中央政府と29の州が個別に徴収していた十数種類の税金が一本化される。インドを人口13億、経済規模2兆ドル(約225兆円)の単一市場にすることを目指している。
GSTは「簡素で優れた税制度」だと言うナレンドラ・モディ首相は、新税の開始に当たって議会で1日午前0時(日本時間同3時30分)に始まった記念式典で「GSTによって、1つのインド、偉大なインドという夢が現実のものになる」と語った。
しかし、北部ジャム・カシミール州は新税を拒否。事業者の間ではGSTに抗議する声も上がっており、最大野党の国民会議派はGST開始の記念式典をボイコットした。
GSTは当初、単一税率を導入する計画だったが結局、5%から28%まで4段階の税率が適用されることとなり、事業者は懸念を募らせている。GSTの規則を説明する手引書は200ページを超え、最終調整は6月30日の夜遅くまで続けられた。
■「しばらくはインド経済に衝撃」──専門家ら
GST導入後も地方政府が課税することは認められている。南部のタミルナド州は1日、映画のチケットに28%のGSTに加え、州独自に30%の税金を課すと発表。
映画館オーナーの団体は、観客が減り映画の違法ダウンロードが増えるとして、3日から30%課税が撤回されるまでの間、州内の全映画館969館の営業を停止するストライキを行うと発表した。
新税導入初日の1日午後、首都ニューデリーの中心部にある照明器具販売店「ケラティ・ラル・サンズ」に客の姿は一人もなかった。AFPの取材に店主は「税率が12.5%から28%に上がった。うちの売り上げには大きな打撃だよ」と不満をもらした。
一方で運送業には駆け込み需要があった。匿名を条件に取材に応じたムンバイの物流会社「リビゴ」の幹部社員によると、GSTが始まる1日午前0時より前に確実に荷物を届けてくれという依頼が殺到したという。
繊維業をはじめ多くの業界が、課税対象が不明確だとしてGST導入を前に抗議のストを行った。
2006年に初めて構想が発表されたGSTは、当初の予定よりかなり遅れて導入された。多くの経済専門家はGSTを評価しているが、事業者が適応するまでの間は、新税制はインド経済に衝撃を与えるだろうと警告している。【7月2日 AFP】
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“インドではこれまで、複数の間接税の一部について、州が独自に税率を決めていた。こうした複雑な税体系が一本化され、品目によって5〜28%の4種類の税率が課された。州を超えて物品を販売する際に課されていた中央販売税が廃止され、企業にとっては、業務の円滑化が見込まれる。”【7月2日 産経】と、納税の効率化による経済成長に期待がかかる一方、準備不足による混乱も起きています。
また、導入に合わせ納税情報が電子化され、脱税や汚職の根絶につなげる狙いもあるとも。
まあ、“準備不足”云々については、現実問題としては準備を待っていたのでは新制度導入はいつまでたってもできない・・・ということもありますので、ある程度の“断行”はやむを得ないところです。(今回措置が、“ある程度”の範囲内化どうかは知りませんが)
“インドでは、中央政府と各州がさまざまな間接税を課し、同じ税でも州ごとに税率が異なっていた。このため、州をまたいだ取引が阻害され、国内市場の分断を招いてきた。複雑な税制のせいで、二重課税の問題もあった。”という現状の改革は、長期的にはインド経済に大きなプラスとなるでしょう。
【頻発する少数派イスラム教徒への暴力 首相は「容認できない」とは言うものの・・・】
一方、ヒンズー至上主義の拡大を黙認するモディ政権下で、ヒンズー至上主義が強まっています。
6月6日ブログ“インド 強まるIS・イスラム過激主義の影響 広まるヒンズー至上主義が対立の温床となる懸念”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20170606
5月11日ブログ“インド・モディ首相 「仮面」を脱いで、最大州首相にヒンズー至上主義「極右扇動者」を起用”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20170511
インドで人口の約8割を占め、牛を神聖視するヒンズー教徒が、食肉用として牛肉を扱う少数派イスラム教徒に対し暴力を加える事件が相次ぎ、根深い宗教対立として社会問題化しています。
この事態に、モディ首相もようやく「聖牛崇拝の名の下に人を殺すことは容認できない」と発言するに至っていますが、いささか責任回避のための形式的コメントのようにも。
****印モディ首相、牛を口実にした殺人「容認できない」****
インドのナレンドラ・モディ首相は29日、多数のヒンズー教徒が神聖視する牛の保護を口実にした少数派の人々を狙った殺人事件が相次いでいることを非難した。少数派への暴力については、政府が見て見ぬふりをしていると批判されていた。
モディ首相が自警主義に関して発言するのは約1年ぶり。数日前には、列車に乗っていた10代のイスラム教徒が牛肉を運んでいたとして刺殺される事件が発生していた。
モディ首相は「聖牛崇拝の名の下に人を殺すことは容認できない。マハトマ・ガンジーも認めないだろう」と述べた。
インドではこの数か月、特に牛を殺したり、牛肉を食べたりしたと疑われたイスラム教徒が標的になる、自警主義的な殺人事件が相次いでいる。
PTI通信によると、29日にはジャルカンド州で、イスラム教徒の男性が牛肉を運んでいたとして群衆に殺害された。
先週には15歳を含む4人兄弟が、首都ニューデリーから列車で帰宅途中に、座席をめぐる口論の末に襲われる事件が発生し、注目を集めた。兄弟の1人は牛肉を運んでいると難癖を付けられて襲われたと話している。
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルのインド支部長を務めるアーカル・パテル氏は今週、声明で「イスラム教徒に対するヘイトクライム(憎悪犯罪)が免責されているように見える状況に強い懸念を抱いている」と述べた。
アムネスティによると、4月以降、少なくともイスラム教徒10人がヘイトクライムとみられる事件に巻き込まれ、公共の場でリンチされたり、殺害されたりしているという。【6月30日 AFP】
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自分が前面にでることは避けながら、自身が関与する勢力が暴力的手段にでる事態を黙認する・・・というのは州首相時代と同じで、危険で陰険な政治手法です。
インド社会最大の問題でもあるヒンズー・イスラムの対立に火が付けば、モディ首相の推し進める経済改革など吹き飛んでしまいます。