(ワルシャワにあった赤軍とポーランド人民軍兵士の記念碑。今は撤去されたそうです。【7月20日 Newsweek】)
【共産主義をたたえる記念碑の撤去決定 ロシアは「甚だしい侮辱」と対抗措置検討も】
かつては東側衛星国として旧ソ連の実質的支配体制下にあったポーランドは、ナイツ・ドイツだけでなくソ連・スターリン政権によっても国土が引き裂かれ蹂躙されたという思いがあり、現ロシアに対して強い警戒感を持っています。
ポーランド側からすれば、ナチス侵攻後のソ連軍のポーランド東部侵攻、「カティンの森事件」や「ワルシャワ蜂起」などは、そうしたソ連・ロシアによってもたらされた悲劇の事例でしょう。
第二次世界大戦中に旧ソ連のグニェズドヴォ近郊の森で約22,000人のポーランド軍将校、国境警備隊員、警官、一般官吏、聖職者がスターリン指示のもとで銃殺された「カティンの森事件」
大戦末期、ナチス・ドイツの支配下にあったワルシャワのポーランド国内軍・レジスタンス活動家・市民らが蜂起した際に、すぐ近くまで進軍していたソ連軍は自由主義的な市民蜂起の成功を嫌って進軍を停止して傍観、あてにしていた支援のないまま絶望的戦いを強いられたワルシャワ市民を見殺しにしたとされる「ワルシャワ蜂起」(蜂起失敗後にソ連軍はワルシャワに侵攻し、共産主義傀儡政権を樹立)
一方、旧ソ連は第2次大戦で2660万人(公式発表数字)という世界最多、桁違いの犠牲者を出しており、ナチス・ドイツからの欧州解放はロシア人の流した血によるものだとの強い自負があります。
(なお、大戦犠牲者数はドイツが700~900万人、日本が262~312万人との数字があるようですが、ポーランドも562~582万人と日本に倍する犠牲者を出しており、そのほとんどが民間人です。
更についでに言えば、中国・重慶国民政府が1000~2000万人、日本統治下朝鮮が38~48万人とも【ウィキペディアより】)
そうした歴史的経緯もあって、ポーランド・ロシアの歴史認識には大きな相違があるようです。
****ソ連支配の記憶を消したいポーランド、「報い」を誓うロシア****
<第2次大戦の歴史認識めぐりロシアとポーランドの対立が再燃>
愛国主義的な右派政党「法と正義」が政権を握るポーランドは7月17日、全体主義的な歴史を一掃する新法を成立させ、ロシアとの間に新たな緊張が生じている。
新法の狙いは、共産主義をはじめ、「その他のあらゆる全体主義」体制を美化する動きを封じること。公共の記念碑などから、全体主義体制の犠牲者を生んだ歴史的事件を美化する記述(日付や人名も含む)を消すよう義務付けている。
これに対し、ロシア政府は自国に対する「甚だしい侮辱」だと反発。議会でも制裁を検討すべきだとの声が上がっている。
「ロシアの人々と旧ソ連邦の共和国の人々を侮辱するものだ」──ロシア外務省は18日に声明を発表した。
「ソ連邦の若者たちは、ポーランドを含むヨーロッパの人々の生命と自由を守るために共通の敵と戦った。にもかかわらず、ポーランド政府は意図的に驚くべき挑発に踏み切った」
こうした暴挙には当然の「報い」があると、声明は警告している。
ロシアにとってとくに許しがたいのは、第2次大戦中にナチス・ドイツと戦って戦死し、ポーランドに埋葬されたソ連軍将兵60万人に捧げる記念碑が消えることだ。「捕虜となってナチスの強制収容所に入れられ、今はポーランドの地に眠るソ連軍兵士も何万人もいる」と声明は述べる。彼らの栄誉ある死を記念碑から消すことは許し難い暴挙だというのだ。
東欧の解放者、それとも略奪者?
第2次大戦中、ヨーロッパの東部戦線では激戦が繰り広げられ、夥しい数の犠牲者が出た。この戦いはロシア人の心を揺さぶる歴史として今でも語り継がれている。ナチス・ドイツに対する赤軍の勝利は、ソ連の不名誉な歴史を帳消しにする輝かしい偉業だ。
世論調査によれば、大多数のロシア人は今も、ソ連軍は連合軍の支援なしでもナチス・ドイツを撃退できたと考えている。
ロシアのワレンチナ・マトビエンコ上院議長は19日、ロシア外務省はポーランドへの「対抗措置」を検討中だと語ったが、詳細は明かさなかった。アントン・ベリャコフ上院議員は新法を支持したポーランドの政治家に制裁を科すことを提案している。
一方、ポーランド政府はロシア外務省のマリア・ザハロワ外務省報道官が新法の中身をきちんと理解せずに、「ポーランドの信用を傷つける」ような反応をしたと非難している。
「マリア・ザハロワが言及した法律は赤軍兵士の埋葬場所にある記念碑の変更を意図したものではない」と、ポーランド外務省は19日の声明で述べた。「ポーランド人、ウクライナ人、ロシア人、その他の人々を犠牲にした全体主義のシンボルを美化することを防ぐための法律だ」
第2次大戦の歴史認識をめぐり、ロシアとポーランドは対立を続けている。ロシアはソ連軍がナチスの支配から東ヨーロッパを解放したと主張しているが、ポーランドにすれば、ナチスの侵攻後に東部に侵攻し、ポーランドをナチスと分割占領したソ連軍への怒りは消えない。
戦後ポーランドは再び独立を果たしたものの、ソ連の後ろ盾を得た社会主義政権が成立し、冷戦期を通じてソ連の衛星国となった。これが、ポーランドが今、記憶からかき消そうとしている歴史だ。【7月20日 Newsweek】
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「赤軍兵士の埋葬場所にある記念碑の変更を意図したものではない」とのことですが、具体的にはどのようにするつもりなのかは知りません。
ポーランドはすでに昨年、共産主義や全体主義にちなんだ名称を通りなどに付けることを禁じた法律を制定しており、今回は記念碑の撤去も盛り込んだ改正を承認したということのようです。
ロシアに対する強い警戒感を持つポーランドは昨年、同じような立場にあるバルト3国とともに、NATO軍の配置を受け入れてロシアを牽制しています。
【「ポーランドは民主主義から専制政治に転換してしまった」】
このようにロシアと激しく対峙するポーランドですが、愛国主義的な右派政党「法と正義」による現政権は西欧的な民主主義から逸脱しているとして、国内野党勢力及びEUから強い批判を浴びています。
EUが求める難民・移民受け入れも拒否しています。
****27年ぶり大規模デモ、抑圧政治に怒れるポーランド国民*****
(中略)
“最後のとりで”を崩しにかかった政権
議席の過半数を占める現政権は法案を議会通過させることが可能だ。拒否権を行使できる大統領も現政権の息がかかる。最後のとりでは憲法だ。
ポーランドには憲法裁判所がある。法律の合憲性チェックと人権を保障する機関なのだが、PISは政権の座に就くと大統領をまきこみ、自党の息のかかった裁判官を同機関にねじこもうとした。
この一幕で国民の怒りは絶頂に達した。昨年10月には1989年の共産党政権崩壊以来初めて、「民主主義」を求めてデモ行進が行われた。この動きは一気に広がり、既に何度も全国規模で行われている。
しかし、「法による民主主義のための欧州委員会」からの勧告も無視され、ねじこみは強行された。現政権は、どの裁判結果が有効か、無効かを国会が決定できるようにしたのだ。
このような恐怖政治を思わせる法案がどんどん可決されている。最近では「反テロ法案」の名の下、国は個人メールなどの閲覧が可能となった。閲覧の合法性をチェックする機関はない。
また、右派の支持者を手中に収めたい現政権は、民族主義色の強い集会や外国人排斥行為に非常に寛容な態度を示している。全欧州で問題となっている中東の難民受け入れ問題からポーランド社会の中でも反多文化共生主義が浸透。それを政治的に利用している状態だ。
対メディアでは、国営放送のリベラル寄りとされるキャスターを次々に降板、もしくは解雇している。その結果、政権に都合のいい報道ばかりが流れることとなり、国営報道番組の視聴率は急降下した。
前選挙でPIS(「法と正義」)に投票したことを悔恨する人々は多い。昨年から断続的に続いている反政府デモもその表れだ。
しかし国民の中には、現政権を熱狂的に支持する層がある。このような一部の国民だけの支持を受け、現政権は国際社会でどこまで迷走を続けるのだろうか。【2016年8月14日 WEDGE】
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こうした政治傾向は一部コアな支持層に熱烈支持されるアメリカ・トランプ政権とも共通するものがあり、先のトランプ大統領のポーランド訪問は現政権からは大歓迎されたようです。
****トランプ氏を大歓迎するポーランド、その思惑とは****
(ワルシャワ市内に貼られたトランプ氏の演説を知らせるポスター)
ポーランドの政権与党「法と正義」のドミニク・タルチニスキ議員は、ドナルド・トランプ米大統領の同国訪問を大歓迎するつもりだ。6日には多くの同僚議員と同様、自身の選挙区の住民を乗せた複数のバスを首都ワルシャワに送り込む。
貸し切りバスは「法と正義」に近い財団が用意する。トランプ氏はワルシャワの広場で演説を行う予定になっているが、タルチニスキ氏は「間違いなく大規模なものになる」と期待に胸を膨らませる。「ポーランド国民は彼が大好きなのだ」
こうしたポーランドの取り組みの背景には、トランプ氏が欧州の勢力図を一変させる可能性があるとの認識が欧州大陸に広がっていることがある。
バラク・オバマ前米大統領は、ドイツのアンゲラ・メルケル首相と緊密な関係を構築し、メルケル氏のリベラルな世界観や、移民受け入れ方針、欧州連合(EU)の統合推進の立場を支持した。
しかし今、ポーランドをはじめ各国で台頭したナショナリスト政権は、トランプ氏が自分たちにイデオロギー的な親近感を持ち、反EUや反ドイツ的な姿勢を後押しすると期待を寄せるようになっている。
「トランプ氏の訪問は新たな成果だ」。「法と秩序」のヤロスワフ・カチンスキ党首は先週末に開かれた党大会でこう語り、トランプ氏の訪問に神経質になっているEU当局者の感情を逆なでするように続けた。「EUはねたんでいるのだ」
保守政党「法と秩序」が2015年に政権を奪取したポーランドは、EUや西欧諸国との対立を深めている。
欧州委員会は、憲法裁判所の判事入れ替えなどのポーランド政府の司法改革について、法の支配を損なうものだと非難。フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、ポーランドは欧州の民主主義の原則を拒んでいる一方で、EUを「スーパーマーケット」のように利用していると語る。
また、ドイツの複数の政治家からは、ポーランドは難民を受け入れず、報道の自由を抑圧していると糾弾する声が聞かれる。
一方、ポーランドの一部政治家や評論家はトランプ氏について、難民受け入れに反対し、EUやドイツの影響力拡大を批判する指導者とみている。(中略)
世論調査機関ピュー・リサーチ・センターが今春実施した調査によると、「トランプ氏は国際問題に対し正しく対応する」と考えている人の割合は、ポーランドでは約23%で、ドイツの11%を大きく上回った。トランプ氏への信頼度でも、ポーランドは欧州諸国で最高水準にある。【7月6日 WSJ】
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EU側はポーランド現政権批判を強めており、EUでの議決権停止も言及されています。
****EU幹部、ポーランドの議決権停止示唆 司法改革問題視****
欧州連合(EU)の行政機能を担う欧州委員会のティマーマンス第一副委員長(基本的権利などの担当)は19日、ポーランドのEUでの議決権を停止する可能性を示唆した。
ポーランドが司法権の独立を損なう施策を相次いで実施しようとしていることを問題視。EUとポーランドの間で緊張が高まっている。
ポーランドは15年、EU加盟による貧富の差の拡大への国民の不満などを背景に、愛国主義的な色彩が強い保守政党「法と正義」が政権の座についた。その後、憲法裁判所が違憲判決を出す際の条件を厳しくするなど、司法制度改革を打ち出した。
ティマーマンス氏は19日、こうした改革が「法の支配に対する脅威を増幅させている」と批判。加盟国のEUでの権利を制限できることを定めたEUの条約7条について「発動に極めて近づいている」と述べた。【7月20日 朝日】
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国内でも司法制度改悪への大規模な抗議デモも行われています。
****ポーランド 司法制度の新法案で大規模な抗議デモ****
ヨーロッパ中部のポーランドで、政府が最高裁判所の判事の人事権を事実上掌握する新たな法案が議会下院で可決され、首都ワルシャワなどでは「司法の独立を脅かすものだ」として、大規模な抗議デモが行われました。
ポーランド議会下院では20日、大統領と法相が最高裁判所の判事の人事権を事実上掌握する法案が賛成多数で可決され、法案は近く議会上院でも可決されて、大統領が署名して法律が成立する見通しです。
ポーランドでは、おととし選挙で勝利した保守政党の「法と正義」が政権を取ってから、憲法裁判所が違憲判決を出す条件を厳しくしたり、公共放送のトップの人事を政府が決めるようにするなど、司法や言論への統制が強まっており、今回の法案も政府による司法への介入につながると懸念されています。
新たな法案が可決されたことを受け、ポーランド各地では「司法の独立を脅かすものだ」として抗議のデモが行われ、このうち、首都ワルシャワの大統領府の周辺には野党や市民グループの呼びかけで数万人が集まり、大統領に対し法案に署名しないよう求めました。
デモに参加した男性は「ポーランドはきょう、民主主義から専制政治に転換してしまった」と不安げな様子で話していました。
ポーランド政府のこうした姿勢について、EU=ヨーロッパ連合は、「法の支配」の原則に違反するとして制裁も辞さない構えを見せていて、EUの新たな火種となっています。【7月21日 NHK】
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ただ、国内外の批判はコアな支持層にはほとんど影響しない・・・というのもアメリカ・トランプ政権と同じで、現政権の方向が変わることはあまり期待できません。