(ロシアがシリアに配備したとする無人のロボット戦闘車両「ウラン-9」 対戦車ミサイル、ロケットランチャー、機関砲などを装備し、離れた場所からリモコンで操作するもので、操縦可能な範囲は車両から約3キロ以内 【5月30日 BUSINESS INSIDER】)各種センサー・カメラを搭載していますが、こうした無人兵器は誰の責任で、どのように攻撃がなされるのかが問題となります。)
【イランへの攻勢を強めるイスラエル ロシアは容認か】
5月8日にトランプ米大統領がイラン核合意からの離脱を表明したことを受け、シリアを舞台にして、離脱を支持するイスラエルと、敵対するイランの緊張が高まっています。
5月8日、イスラエル軍はシリアの首都ダマスカス近郊の武器庫やロケットランチャーをミサイルで攻撃。この兵器庫はヒズボラとイランのものとされ、“このミサイル攻撃によって、イラン革命防衛隊の隊員や親イランのシーア派民兵を含む政府側の戦闘員少なくとも9人が死亡した”【5月9日 AFP】とも。
5月9日から10日かけて、シリア領内からイランがゴラン高原のイスラエル軍前哨基地に向けてロケット弾攻撃があったのを機に、イスラエル軍が大規模な報復攻撃を実施。
イスラエル軍の報道官は、イラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」が約20発のロケット弾を発射したと発表していましたが、その後の発表では32発(うち4発はイスラエル軍が捕捉撃墜、残りはシリア領内に墜落)とされています。【5月22日 中東の窓」より】
一方、イスラエル軍の報復は、“戦闘機28機が出動し、合わせて約70発のミサイルが発射された”(ロシア国防省)【5月10日 AFP】とのことですが、“イラン軍の拠点を攻撃したIDF(イスラエル軍)機に対して100発以上の地対空ミサイルが発射されたので、IDFはこれらのイラン軍拠点を空爆して、多数の地対空ミサイル施設を破壊した”【5月22日 中東の窓」】とも。
また、通常は軍事行動を明らかにしないイスラエル側は、今回、最新鋭戦闘機F35を世界で初めて実戦投入したことを敢えて公表しています。イラン側への威嚇でしょう。
更に、5月24日にも中部ホムス県の軍用空港にもミサイル攻撃があり、イスラエル軍によるイラン軍事施設を狙った攻撃とみられています。
****イスラエル、軍用空港にミサイル? アサド政権軍が迎撃****
シリアのアサド政権軍は24日、中部ホムス県の軍用空港に同日、ミサイル攻撃があり、政権軍が迎撃したと発表した。シリア国営通信が報じた。
攻撃元への言及はないが、最近、シリア領内でイランの関連軍事施設への攻撃を繰り返すイスラエルによるものとの見方が出ている。イスラエル側からの反応は出ていない。
(中略)この空港はレバノンのシーア派武装組織ヒズボラが拠点としていたといい、監視団は敵対するイスラエルによる攻撃の可能性を指摘している。
内戦でアサド政権を支援するイランは、シリア領内での軍事施設の構築を進め、ヒズボラへの支援態勢の強化を目指しているとされる。こうした動きを警戒するイスラエルは関連施設をたびたび空爆している。【5月25日 朝日】
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アサド政権を支援してシリアに展開するロシア軍は地対空ミサイルシステム「S−300」を配備していますが、イスラエルのF35などの攻撃に対し反応しなかったのか?
イスラエル機はロシアの防空システムに探知されなかったという見方も一部にはあるようですが【5月25日 Sputnikより】、5月10日のイスラエル軍の大規模攻撃直前に、ネタニヤフ首相はモスクワを訪問してプーチン大統領と会談していますので、ロシア側の了解を得ての対イラン攻撃だったのでは・・・と思われます。
****<イスラエル首相>露大統領と会談 イラン情勢で意見交換****
ロシアを訪れたイスラエルのネタニヤフ首相は9日、プーチン露大統領と会談し、米国が核合意離脱を表明したイラン情勢で意見を交わした。
イスラエルが合意破棄を唱える一方で、ロシアは合意参加国の一角を担い、立場を異にしている。ただし両国はイランにとどまらず、シリア情勢も極度に悪化させない狙いで協議した模様だ。
会談冒頭でネタニヤフ氏は「ホロコーストから73年がたつが、中東にはイスラエル国家のせん滅を唱えるイランが存在している」と主張した。
ロイター通信によると、会談後、ネタニヤフ氏は記者団に対し、シリア情勢も話し合ったと説明。イスラエルがシリア国内でアサド政権軍やイラン部隊を攻撃してきた事例があるが、プーチン氏はイスラエルの行動に制限を求めてこなかったという。
イランやシリア問題で立場を異にするロシアとイスラエルだが、軍事技術で協力するなど緊密な関係も築いてきた。
9日は第二次大戦で旧ソ連など連合軍がナチス・ドイツを破った戦勝記念日にあたり、ネタニヤフ氏はモスクワで開かれた軍事パレードを閲兵した。【5月10日 毎日】
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“ロシアのラブロフ外相は10日、イランがシリア領内からイスラエルの占領地ゴラン高原を攻撃し、イスラエル軍が報復攻撃するなど緊張が高まっていることを受け、「憂慮すべき傾向だ。あらゆる問題は対話を通じて解決すべきだ」と呼び掛けた。”【5月10日】
こうした流れで見ると、ロシアはこれまで協調してきたイランと距離を置く形で、イスラエルの軍事行動を黙認する姿勢に思われます。
****プーチン氏、シリア大統領と会談 政治プロセスの進展呼び掛け****
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は17日、同国南部ソチでシリアのバッシャール・アサド大統領と異例の会談を行い、シリア情勢が「政治プロセス」の再開に向け好ましいものになっていると述べ、外国軍の撤退につながるとの見方を示した。
会談後のロシア大統領府(クレムリン)の発表によると、プーチン氏は最近のシリア軍の軍事的成功を受け、大規模な政治プロセスの再開に好ましい状況が生まれていると指摘。それにより「外国軍がシリア領内から撤退するだろう」と述べた。ただ、具体的な国名などには言及しなかった。(後略)【5月18日 AFP】
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“外国軍”というと、当のロシアのほか、アメリカ、トルコ、イランが該当します。
ロシア外相も5月27日、“シリアの南部国境でイスラエル、ヨルダンに近接した地域”と地域を限定したうえで、外国軍の撤退を求めています。この対象となるのはイラン兵士のようです。
****イラン・ロシア・イスラエル関係(シリア)*****
このところ、シリアを巡り、ロシアとイスラエル・米との接近、ロシアのイランから距離を置く姿勢等に関するメディア報告が増えているところ、ロシア、イスラエル、米、等のシリア、特に南部シリア(特にイスラエル境界から60㎞からイラン兵等を遠ざける問題)を巡る最近の動きは次の通りで、確かにかなりその動きは急な模様です。
(中略)ロシア外相は27日、シリアの南部国境でイスラエル、ヨルダンに近接した地域に、駐留すべき軍隊はシリア政府軍だけであると語った。(中略)
ロシア外務次官補は29日、近くロシア、米国、ヨルダンの3ヵ国がシリア南部の戦闘緩和地域で会談すると語った。(注:シリア政府もイランも含まれていない)。
イスラエル国防相は30日、短時間、ロシアを訪問し、ロシア国防相と会談することがイスラエル政府から発表された。両者は中東の諸問題、中でもシリア問題、特にシリアを巡るイスラエルとイランの緊張について話し合うことになっている由。【5月29日 「中東の窓」】
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イランとしては、イスラエル軍の厳しい対応、また、アメリカ離脱後のイラン核合意をめぐって欧州・中・ロと協議中で、国際批判を招くような派手な行動はとりにくい状況にあることなどで、しばらくはシリアでも身を潜めて・・・というところでしょうか。
【全土での支配権回復に乗り出すアサド政権】
イランを南部国境から遠ざけてどうするのか・・・と言えば、アサド政権としては、この地域に残る反体制派支配地域を制圧して、政府支配地域を拡大する意向のようです。
****シリア南部に関して****
・(政府軍がダラアからゴラン高地の奪還を目指して増援部隊を送り込んでいることは、先に報告したところですが)現地筋の情報によれば、その後も政府軍の増援は続いており、ダマス―アンマン道路の両側に、多数の戦車を含む部隊が野営していることが認められる由。(中略)
・(この地域では、イスラエルのイラン系戦闘員の国境近くからの撤収問題と政府軍の前進問題は、必然的に絡んでくるが)イスラエルでは、イスラエル国防相がモスクワでこの問題を協議した後、ロシアの理解を確認できたとして、楽観的な見方がある模様。
haaretz netは、ロシアとイスラエルとの了解で、イラン系戦闘員を遠ざける反面、政府軍がシリア南部地域を再占領することを認める可能性が出てきているとコメントしている【6月1日 「中東の窓」】
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首都ダマスカス近郊にあった反政府勢力と過激派組織IS=イスラミックステートの支配地域をすべて奪い返して軍事的優位を確立したアサド政権は、上記の南部国境地域だけでなく、シリア全土への支配権回復に向けて動き出したようです。
****シリア大統領、クルド人勢力への武力行使辞さず 米ロは衝突間際だったとも***
シリアのバッシャール・アサド大統領は、31日に放送されたインタビューで、米国の支援を受けるクルド人勢力が支配する国土の3分の1を奪回するため、武力行使も辞さない意向を示した。
さらには、シリアは過去にロシア軍と米軍による直接衝突の間際にあったと話した。
ロシア国営の国際通信社「今日のロシア」とのインタビューでアサド大統領は、イスラム過激派組織「イスラム国」との戦いで先頭に立つクルド人とアラブ人との合同部隊「シリア民主軍」に言及。「シリアに残る唯一の問題はSDFだ」と述べ、「われわれは2つの選択肢で対処していく」とした。
アサド大統領は、「第1の選択肢として、今われわれは交渉の扉を開き始めた。SDFの大多数はシリア人であるから、自国を好きだと思うし、いかなる外国人の操り人形にもなりたくないだろう」「シリア人として共存するという選択肢がある。そうでなければ、その地域を解放するため力に訴えるつもりだ」と述べた。
さらにアサド大統領は、シリアをめぐるロシアと米国の対決は辛うじて避けられたと述べ、「われわれはロシア軍と米軍の直接衝突の間際にあった」「幸運にも、米国ではなくロシアの指導力の英知によって、衝突は避けられている」と話した。【5月31日 AFP】
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イラン、イスラエルに関しては“イスラエルが、イランはシリアに軍事拠点を築いているとして越境攻撃を繰り返していることについて、「シリアにイランの軍隊はいない」と述べ、イスラエルの主張はうそだと非難しました。そのうえで、イスラエルの攻撃を防ぐために防空能力の向上に努めていると強調しました。”【5月31日 NHK】とも。
シリア民主軍(クルドYPGを主力として、アラブの連合勢力、アメリカ等が支援)が支配する東部地域の戦闘では、クルド人勢力を支援するアメリカと、政府軍を支援するロシアの衝突が懸念されています。
これまでも、アメリカの攻撃でロシアの民間軍事会社傭兵に大量の死者がでる事態も起きています。
最近も、米軍主導の政府軍拠点空爆が報じられています。
****米主導軍、シリア東部の政権軍拠点を空爆****
国営シリア・アラブ通信は24日午前、同国東部の軍事拠点数か所が米主導の有志連合による空爆を受けたと報じた。「物的な被害」が出ただけだったとしている。
SANAが軍事筋の話として伝えたところによると、東部デリゾール県のアブカマルとフメイメの間にある軍拠点の一部が同日朝、有志連合軍機によって爆撃された。
デリゾール県では、ロシア軍の支援を受けるシリア政権軍部隊と米主導の有志連合が、それぞれイスラム過激派組織「イスラム国」の掃討作戦を行っている。【5月24日 AFP】
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アサド大統領は、クルド人勢力に対し、アメリカと手を切って、政府軍支配下に入るように求めたもので、当然ながら、アメリカ・クルド人勢力側は反発しています。
****シリア北東部に関して****
・アサド大統領は、31日放送された「今日のロシア」とのインタビューで、「現在政府軍の支配外にある地域で主要なものは、シリア民主軍(クルドYPGとアラブの連合勢力、米国等支援)の支配地域で、政府としては交渉で取り戻すか、さもなければ実力で取り戻すか、以外の選択肢はない」と語った
・この発言に対して、米国防総省の参謀本部は、同日『如何なる勢力であれ、米軍部隊やその同盟者を軍事攻撃することは間違った選択である」として、これを非難した
・シリア民主軍報道官も、ロイターに対して、民主軍としてはいかなる交渉も行う用意はなく、軍事力の選択がされれば、広範囲な破壊がもたらせることとなろうと警告した由。【6月1日 中東の窓」】
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【北部でのトルコの要求にアメリカ・クルド人勢力は?】
今後、この東部地域がどのように展開するかはわかりませんが、クルド人勢力とアメリカの関係については、北部のマンビジュからのクルド人勢力撤退を求めるトルコとの関係で動きも見られます。
****米トルコ、シリアで治安協力へ=火種のクルド人組織の町めぐり****
米トルコ両国の代表団は25日、トルコの首都アンカラで会談し、両国の火種となっているシリア北部のクルド人組織支配下の町マンビジュをめぐり、治安協力に向けた「ロードマップ」の概要をまとめた。トルコのメディアなどが伝えた。
今回の結果を受け、トルコのチャブシオール外相は6月4日、ワシントンでポンペオ国務長官と会談する予定だという。【5月26日 時事】
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内容の説明がない記事で、“治安協力に向けた「ロードマップ」”とは何だろう?と疑問に思っていたのですが、下記のような内容のようで、トルコの主張を概ね受け入れたもののようです。
****マンビジュに関する米・トルコの了解****
トルコと米国の対シリア政策上、大きな対立点であったmanbij (シリア北西部のトルコとの国境地帯にあり、現在YPGが支配。トルコはこの地域からはYPGが撤退することを米国が約したとしていた)に関しては、先日両国のwgで段階的なクルドの撤退案が合意され、来月4日の両国間外相会議で承認されることとなっていました。
この合意案について、al arabiya net はロイター電を引いて、3段階からなると報じています。
それによると、第1段階は6月4日から30日以内に、YPG兵力の撤退
第2段階は同日から45日以内の米・トルコ両軍によるmanbijの査察、監視
第3段階は同日から60日以内に、地方行政機関の設立
とのことです。
また記事はトルコ外相が、この合意案は正式に合意されれば、夏の終わりまでには実行されるであろうと発言したとも報じています。
他方トルコのhurryiet net は同様の記事で、トルコ外相が、この合意が実施されれば、同様の合意はラッカやkobane 等の他のクルド勢力支配地域にも適用されると語ったと報じています。
取り敢えず以上で、これから見ると米国も、トルコが安全保障上譲れないとしているクルド問題で、基本的にはトルコの言い分を入れたように見えますが、devil is in the detail と言いますから、云々するには、もう少し詳しい情報を待った方が良いかもしれません。【5月31日 「中東の窓」】
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クルド人勢力YPGはこれで了解しているのでしょうか?
マンビジュだけでなく、“同様の合意はラッカやkobane 等の他のクルド勢力支配地域にも適用される”ということになれば、これまで得たものをすべて放棄せよということになります。
併せて、先述のように東部ではアサド政権からの圧力を受けている状況で、マンビジュ等に関しアメリカがトルコの要求を呑むなら、東部におけるアメリカとクルドの連携にも影響が出そうです。
また、北部でトルコとその支援勢力が支配地域を拡大することについて、全土での支配権回復に乗り出した政府軍が黙認するのかという問題もあるでしょう。
以上、シリア全土の支配に向けて動き出したアサド政権、イランへの対応を強めるイスラエル、イランと距離を置き、これを容認しているように見えるロシア、北部からのクルド人勢力一掃を目指すトルコ、北部でトルコ、東部で政府軍の圧力を受けるクルド人勢力、アメリカはどこまでクルド人勢力を支援するのか?・・・というようなシリア情勢です。
なお、各地を追われた反体制派が集まるイドリブ郊外では、政府軍ヘリによって“告知文”がまかれたとか。
“死亡した人間の挿絵があり、その上の「運命を選べ」という一文で始まる告知文には、「頑固に武器を手にし続けるのなら、それは死を選んだという意味だ。もし生きたいなら武器を捨てよ。命を賭けるな。他に解決はない。武器を捨てるか、死ぬかだ。最後のチャンスを使い、武器を捨てて状況を正せ。」という内容が記されていた。”【5月28日 TRT】