(【6月18日 朝日】 シヴァ神の息子で象の頭を持つガネーシャ 「ガネーシャは、形成外科が古代インドで知られていた証拠だ」(モディ首相) 別にモディ首相も本気でガネーシャの存在を信じている訳でもないでしょうが、「神々の話は神話ではなく史実」(文化相)ということで、自分たちに都合のいい“史実”を創り出していこうというような思惑も)
【モディ政権のもとで拡大するヒンズー至上主義・イスラム憎悪】
最近は中国を意識した「自由で開かれたインド太平洋戦略」ということで、日本はインドとの関係も従来に増して重視する流れにあるようです。
ただ、アメリカ・トランプ政権の価値観が“自由で開かれた”ものかどうか怪しいところがありますが、インド・モディ政権の価値観にも懸念されるところがあります。
経済運営手腕を評価されるモディ首相には、これまでも再三取り上げているように、ヒンズー至上主義という危険な側面もあり、多宗教国家・世俗国家であったはずのインド社会全体がヒンズー至上主義的傾向を強める流れがあります。
そうしたヒンズー至上主義の流れを示す事件としては、「(ヒンズーで神聖視される)牛の保護」を唱える集団が牛肉を扱うイスラム教徒を襲撃するといったものも。
****イスラム教徒を殺害したヒンズー教徒を逮捕 殺害場面を撮影 インド****
インド警察は7日、イスラム教徒の労働者を殺害した容疑でヒンズー教徒の男1人を逮捕した。逮捕のきっかけとなったのは殺害場面を撮影した動画だった。
動画には、容疑者の男がつるはしとなたで労働者のアフラズル・カーンさんを襲った後、灯油をかけて火を付ける場面が映っていた。
その後動画では、容疑者が「愛による聖戦(ラブ・ジハード)」に対する警告を発しているのが聞き取れた。愛による聖戦とはインドの原理主義者らが使う言葉で、改宗させるためにヒンズー教徒の女性と結婚するイスラム教徒を非難するもの。
事件が起きたのは西部ラジャスタン州。同州ではここ数か月、イスラム教徒に対する襲撃事件が相次いでいる。
襲撃事件の大半はヒンズー教徒が神聖視する牛肉にかかわるもので、幹線道路をパトロールし、家畜を運搬する車両を調査する「牛の保護」を唱える集団の犯行だ。(後略)【2017年12月9日】
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“改宗させるためにヒンズー教徒の女性と結婚するイスラム教徒”かどうかはともかく、イスラム教徒の男性が結婚したヒンズー教徒の女性を自らの宗教に改宗させることについて、国内での優位を占めようする政治的な試みだとする主張が右派ヒンズー教徒の間で支持を広げてもいます。
この問題については、司法で一定に歯止めがかけられてはいますが・・・。
****インド最高裁、他宗教間の結婚支持する決定****
インドの最高裁はこのほど、イスラム教に改宗したヒンドゥー教徒の女性がイスラム教徒の男性と結婚することを支持する判断を下した。異なる宗教間での結婚を認めないとした下位の裁判所での決定を覆した形だ。
26歳のこの女性の結婚をめぐる裁判は2年にわたって続いていた。女性の家族は、女性がイスラム教徒の夫に洗脳されていると主張。イスラム教への改宗も夫に強要されたものだと訴えていた。
これに対して女性は、自らの自由意志によって改宗したと繰り返し説明してきた。
こうしたなか最高裁は9日、「同意している成人同士の結婚を禁止する権利は裁判所にはない」と言明。たとえ家族の望みであってもそれによって「女性の基本的権利が奪われてはならない」としたうえで、配偶者を選択する自由と他の宗教へ改宗する自由は、ともに憲法で保障された人間としての権利だと付け加えた。
国勢調査によれば、インドの人口13億人のうちヒンドゥー教徒の数は全体の80.5%に相当する8億2800万人に上る。これに対しイスラム教徒とキリスト教徒の割合はそれぞれ13%、2.3%。(後略)【4月12日 BBC】
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最高裁が一定の判断をしたとは言え、“異なる宗教間での結婚を認めないとした下位の裁判所での決定”がなされるぐらいに微妙な問題でもあるようです。
インド社会には“性暴力”というもうひとつの問題が存在していますが、この“性暴力”とイスラム憎悪が結びつくと・・・。
****ヒンズー教徒による8歳女児の集団レイプ殺人、イスラム教徒が離村 印****
インド北部ジャム・カシミール州で今年1月、8歳になるイスラム教徒の少女がヒンズー教徒の男らに集団レイプされた末に殺害された事件以降、少女の家族が住んでいた村ラサナではイスラム教徒が一切いなくなってしまった。
現地警察によると、少女はバカルワルと呼ばれるイスラム教徒の遊牧民出身で、村の多数派を占めるヒンズー教徒たちの一部が、夏季には丘陵地帯で放牧を行うバカルワルの人々を追い出すべく、少女をレイプし殺害したという。
その企ては目論み通りになったようにみえる。事件後、少女の家族は警察の保護の下で村から丘陵地帯へ移動し、また他のイスラム教徒およそ100人全員が村を離れた。(中略)
警察によると少女はヒンズー教の寺院に5日間監禁され、繰り返しレイプされた末に撲殺された。
ジャム・カシミール州はインドで唯一イスラム教徒が多数派を占める州だが、事件が起きた南部ジャム県はヒンズー教徒が多数を占める。
ただ当局の文書によると、ラサナではヒンズー教徒とイスラム教徒はしばしば、お互いについて警察に訴え出ることはあったものの、事件までは比較的平和に共存していたという。
少女の家族にお金を寄付しようとパンジャブ州からやって来たイスラム教徒グループの男性は、事件がナレンドラ・モディ首相率いるヒンズー至上主義の政権があおったイスラム教徒に対する敵意を反映していると非難。
ただ一方で、「インドでは今、この事件を機に考え方が変わりつつある。みんなが病的な考え方に立ち向かっている」と語った。【4月24日 AFP】
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【イスラム王朝遺跡タージ・マハルは歴史の「汚点」であり「裏切り者の遺物」】
インドを代表する観光スポットと言えば、タージ・マハルが思い浮かびますが、イスラム王朝・ムガル帝国の皇帝シャー・ジャハーンが王妃の廟として建設させたものであることから、ヒンズー至上主義者にとっては歴史の「汚点」であり「裏切り者の遺物」ともなるようです。
****政治がタージ・マハルを殺す****
ヒンドゥー至上主義政権の州首相に嫌われ,イスラム王朝による世界有数の史跡が危機に瀕している
(中略)地元ウッタルプラデシュ州の政権を握ったインド人民党(BJP)は、この名だたる世界遺産を嫌悪し、崩壊に追いやろうとしている。
州首相となったヨギ・アディティナートは、外国の賓客にタージ・マハルの模型を贈る慣例を廃し、代わりにヒンドゥー教の聖典バガバッド・ギーターを渡すと発表した。
タージ・マハルは「インドの文化を反映していない」からだという。そしてウッタルプラデシュ州の観光局は、州内の史跡案内ガイドブックからタージ・マハルを削除した。遺産を守るための補助金もゼロになった。
史跡の扱いを宗教で差別
(中略)どうしてそんなにタージ・マハルを嫌うのか。あるBJPの議員は、タージ・マハルは歴史の「汚点」であり「裏切り者の遺物」だから、インドの歴史から抹消すべきだと言った。
イスラムがインドを支配した時代の記憶は全て憎悪の対象だと、彼らは言いたいらしい。
イスラム時代のインドでは肥沃な土地が荒らされ、伝統の寺院や宮殿が破壊され、ヒンドゥー教徒の女たちが暴行され、たくさんの住民が改宗を強いられ、外来の侵略者によって虐げられ奴隷のごとく扱われた。BJPを支えるヒンドゥー至上主義者たちはそう信じている。
何とも極端な、あまりにも単純化された歴史の理解だ。インドの歴史は複雑で、実際には宗派間の争いよりも同化と混交を繰り返してきたのだが、熱狂的なBJP支持者はそんな事実に目を向けない。彼らにとってタージ・マハルが象徴するものは愛ではなく、征服と屈辱なのだ。
イスラム教徒の皇帝が建てた霊廟が、ヒンドゥー教徒の国インドで最も有名な建造物であるといラ事実を屈辱と感じるような人は、もともとヒンドゥー教徒の間でもごく一部だった。
しかし今は、その「ごく一部」の人たちがウッタルプラデシュ州政府を牛耳り、中央政府もBJPが支配している。
BJPに推挙されて州首相となったアディティナートだが、それ以前にはイスラムヘの憎悪をむき出しにした扇動的な演説で知られ、イスラム教徒への襲撃を繰り返す自警団のリーダーでもあった。07年にはヘイトスピーチで宗教的緊張を高めた罪に問われ、10日ほど収監された。
国民的映画スターでイスラム教徒のジャー・ルクーカーンをテロリストと呼んだこともあり、ドナルド・トランプ米大統領に倣ってインドもイスラム教徒の入国を禁止すべきだと主張したこともある。
そんな男も、タージ・マハルをめぐる論争では分か悪い。国民の大多数はあの建物を愛しているからだ。やむなく彼はアグラまで出向き、今後もタージ・マハルを守ると弁明しなければならなかった。
「重要なのは、これがインドの農民と労働者の血と汗によって建てられた事実だ」。彼はそう言った。
しかし、まだまだ油断は禁物だ。タージ・マハルはもともとシバ神を祭るヒンドゥー教の施設だったという根も葉もない説が流布されており、それを信じたヒンドゥー至上主義者がタージ・マハルでシバ神の神事を行おうとして逮捕される事件も起きている。多彩な宗教と伝統を否定
一方ではヒンドゥー系各種団体の総元締めである民族義勇団(RSS) が、タージ・マハルでのイスラム式礼拝を禁止するよう求めている。
タージ・マハルに対する攻撃は、インドの豊かな歴史を書き換えようとする政治的なキャンペーンの一環だ。独立からの70年間、私たちは多元主義の伝統を守ってきた。しかし今や政権党となったBJPは、インドをヒンドゥー教徒だけの国に変えようとしている。
こうしたヒンドゥー至上主義の「文化ナショナリズム」は、単に社会の分断をあおるだけではない。対外的にはわが国の誇るソフトパワーを傷つけ、国内的には政治的・社会的な言説を引き裂くものだ。(後略)【6月19日号 Newsweek日本語版】
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上記記事の筆者シヤシ・タルール氏は、モディ政権与党のBJPと対立する国民会議派の下院議員ですから、BJPとその支持者には辛らつになりますが、モディ政権がいわくつきのヒンズー至上主義者ヨギ・アディティナートを州首相に起用したことは事実です。
そのあたりのことは、1年前の2017年5月11日ブログ“インド・モディ首相 「仮面」を脱いで、最大州首相にヒンズー至上主義「極右扇動者」を起用”でも取り上げました。
タージ・マハル(純粋に観光スポットとして見たとき、私個人はあまり感銘は受けませんでしたが)に関する、ヒンズー至上主義者やヨギ・アディティナート州首相らの考えには、インド北部を観光旅行していると思い当たることもあります。
インド北部の主な観光スポットにはイスラム王朝時代の遺跡・寺院が多く、ヒンズー教徒であるガイド氏はどのように感じているのだろうか・・・と思ったこともあります。
また、次にどこへ行くかのガイド氏との相談の際に、イスラム王朝時代の(ヒンズーに対する)戦勝記念碑である「勝利の塔」を提案したところ、ガイド氏が「あそこはつまらないです」と却下し、最近できた大きなヒンズー教の寺院に連れていかれたときも、ヒンズー教徒のイスラム教遺跡に対する微妙な感情を感じました。
【ガンジー暗殺者は「国のために暗殺したのだ」】
インドを代表する人物と言えばインド独立の父、マハトマ・ガンジーがまず思い浮かびますが、ガンジーはイスラム教徒に友好的だとしてヒンズー至上主義者に暗殺されました。
そのガンジー暗殺者が最近“復権”しているそうです。
****<ガンジー>インド根強い差別 暗殺者「復権」広がる****
インド独立の父、マハトマ・ガンジーが暗殺されてから30日で70年。インドではカーストや宗教間の対立はここ数年、むしろ深まっている。インド社会の融和と平等を目指したガンジーの理想の実現はなお遠い。(中略)
宗教対立も深まっている。2014年にヒンズー至上主義を掲げるモディ首相のインド人民党政権が発足して以来、ヒンズー教で神聖視する牛を食べたなどとしてイスラム教徒らが殺害される事件が相次いだ。
地元メディアによると、牛を巡る犯罪は10〜13年は2件だったが、14〜17年には76件に急増し、29人が死亡、226人が負傷。被害者の多くはイスラム教徒と(カースト制の最下層の)ダリトだ。
イスラム教団体指導者、ジャラルッディン・ウマリ師は「ガンジーの思想に反し、今のインドはイスラム教徒やダリトへの敵意に満ちている」と嘆く。
イスラム教徒に友好的だとしてガンジーを暗殺したナトラム・ゴドセは、人民党の支持母体でモディ首相も所属していた極右団体RSS(民族奉仕団)の元メンバーだ。
モディ政権や人民党が公然とガンジーを批判することはないが、ヒンズー至上主義政権の誕生が極右団体の活動を誘発したとの指摘は多い。
地元紙によると、ゴドセの命日を祝う集会など復権の動きが全国各地で広がっている。ゴドセの共犯者だった実弟の孫アジンキャ氏(49)はモディ政権が発足したころから、西部プネで経営するオフィスの一室でゴドセの遺灰や写真の展示を始めた。アジンキャ氏は「彼は狂信者ではない。国のために暗殺したのだ」と正当化する。
ガンジー記念館(ニューデリー)のサイラジャ・グラパリ研究員は「社会が不寛容になり、ガンジーを理想と考える人が少なくなった」と懸念を示した。【1月28日 毎日】
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【「モディ政権はヒンドゥー教徒こそ『本来のインド人』で、イスラム教徒や少数派を『よそ者』と位置づけている」】
モディ首相が公然とヒンズー至上主義を煽ることはあまりありませんが、支持団体等の行動を黙認することで、また、その存在がヒンズー至上主義を正当化する象徴となることで、社会の「不寛容」を醸成しているとも言えます。
そうしたなかで、先述のヨギ・アディティナート州首相就任などは直接的な政治責任をともなうものですが、下記の教科書における“歴史書き換え”もやはり政治責任を問われるべきものでしょう。
****インドの教科書、消された偉人 モディ政権、強まる排外意識****
インドのモディ首相が就任して4年。この間、自国の歴史の書き換えが進んでいる。
ヒンドゥー教徒以外はインド人ではないとの考えに傾き、神話と史実を混同する。イスラム教徒など少数者に対する排外意識を強めかねない。
インド西部ラジャスタン州で一昨年、公立校の社会科教科書から初代首相ネールの記述が削除された。建国の父、ガンジーの暗殺も触れられていない。(中略)
ガンジーとネールは、モディ氏率いる与党インド人民党のライバル政党、国民会議派のメンバーだった。現在の会議派総裁は、ネールのひ孫ラフル・ガンジー氏が務める。
人民党の支持母体でモディ氏の出身団体でもある「民族義勇団(RSS)」は、ヒンドゥー教の伝統による社会の統合を目指す。モディ氏自身は表立ってガンジーを批判しないものの、RSSは「ガンジーもネールもイスラム教徒に弱腰でヒンドゥー教徒を苦しめた」と非難する。
一方、教科書に書き加えられたのはRSSの思想に影響を与えたサーバルカルだ。「ヒンドゥー教国家」を唱え、ガンジー暗殺への関与が疑われた人物だ。
連邦制のインドでは、教科書の内容は州政府が決める。改訂はラジャスタン州のほか、人民党が政権を握る各州に広がる。
「先進州」は、モディ氏が2014年に連邦首相になるまで州首相を務めたグジャラート州だ。イスラム教徒やキリスト教徒を「外来者」と位置づけたり、RSSの愛唱歌を加えたりしてきた。
14年に国内紙が実施した世論調査では、教科書書き換えへの支持が69%に上った。
モディ氏はこう述べたことがある。「ガネーシャは、形成外科が古代インドで知られていた証拠だ」
ヒンドゥー教の神々が登場する古典には、父シバ神に首を切られ、象の頭に付け替えられたガネーシャ神の話がある。モディ氏はこれを真に受けた。歴史学会からは「歴史と神話の混同だ」と批判された。
それでもモディ政権は16年、古代史を再検討する委員会を設置。マヘシュ・シャルマ文化相は「神々の話は神話ではなく史実。古典の内容と考古学の史資料との差を埋める必要がある」と話す。(中略)
■イスラム教徒・歴史家に危機感
ニューデリーから北に車で2時間ほどのメーラトには、ガンジーを暗殺して処刑された元RSSメンバー、ゴドセをまつった場所がある。
RSSと別のヒンドゥー至上主義団体「ヒンドゥー大会議」の支部が15年にゴドセの胸像をつくり、ガンジー暗殺日やゴドセの命日に甘菓子を配るなど活動してきた。(中略)
ヒンドゥー至上主義の浸透にイスラム教徒は不安を隠せない。
政府系のマイノリティー委員会のザフルル・カーン委員長は「モディ政権はヒンドゥー教徒こそ『本来のインド人』で、イスラム教徒や少数派を『よそ者』と位置づけている」と指摘する。(中略)
デリー大学のサンジャイ・スリバスタバ教授(社会学)は「モディ氏は古代インドの優越性を強調してヒンドゥー教徒の誇りを刺激する。これを世界でのインドの存在感の向上や経済成長などが後押ししている」とみる。
インド憲法はすべての宗教を平等に扱う「世俗国家」を掲げる。しかし人民党にはこれを削除すべきだと公言する閣僚がいる。教科書の書き換えは、その地ならしとも指摘される。
(中略)(歴史教科書の執筆に携わってきた)デブ氏は警告する。「今の動きは、ゲルマン民族の優秀さを歴史から強調し、ユダヤ人を迫害したナチスと重なってみえる」【6月18日 朝日】
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政治的には、モディ首相は好調です。来年の総選挙の前哨戦として注目された5月12日に行われた南部カルナタカ州の州議会選挙で、モディ首相率いる与党が議席を倍増させて躍進し、モディ首相の2期目に向けて大きな弾みとなりました。