
(写真は昨年8月のASEAN会議で握手する王毅中国外相(右)とビショップ豪外相(左)【5月23日 ロイター】
今年5月の両者の会談で、王毅国務委員兼外相は、冷え込んだ両国の関係を正常化するにはオーストラリア側が「色眼鏡」を外す必要があると指摘)
【中国との関係修復に苦心するターンブル首相】
日本などアジアの多くの国々同様、オーストラリアにとっても中国は最大の貿易相手国であり、また、中国人観光客による経済的恩恵を大きく受けている国です。
また、人口2400万人ほどのオーストラリアには中国系住民が100万人以上(120万人とも)暮らしています。
したがって、当然に中国との良好な関係は重要課題になりますが、中国の影響力が強まるにつれてオーストラリア国内に反発や脅威論が強まる傾向もあって、ターンブル政権はそのバランスに苦慮しています。
****豪首相、対中改善で板挟み 国内に中国脅威論、中国からは農産物輸入で「嫌がらせ」****
オーストラリアのターンブル首相が、中国との関係修復に苦心している。
ビジネス界出身で当初は「親中派」とみられたが、中国による内政干渉疑惑が世論の反発を呼び、対中強硬路線に軌道修正。
これに反発した中国側が、豪州産農産物輸入で「嫌がらせ」をするなどの圧力をかけ、豪経済界からは関係改善を求める声があがる。国内で板挟み状態のターンブル氏を見透かした中国は、揺さぶりを強めている。
オーストラリア連邦議会で22日、情報・安全保障合同委員会のハスティー委員長が、中国出身の大富豪、チャウ・チャック・ウィン(中国名・周沢栄)氏を告発した。
元国連総会議長と中国の不動産開発業者らの贈収賄事件に絡み、米連邦捜査局(FBI)がチャウ氏を捜査対象にしており、2007年ごろから「中国共産党や同党中央統一戦線部とつながっている」と指摘。豪メディアは昨年から、中国が同氏を通じ内政干渉してきた疑惑を報道している。
チャウ氏は中国広東省出身で、1980年代に渡豪し、豪州国籍を取得。中国への不動産投資などで巨額の富を得て、2004年以降、主要政党へ400万豪ドル(約3億3千万円)以上、大学など研究機関にも4500万豪ドルを寄付してきた。
ターンブル氏は25日、報道陣に「オーストラリアの民主主義と主権を守る」と述べ、政治献金規制など外国からの内政干渉を防ぐために昨年、提出した法案の意義を強調。名指しを避けながら、中国を牽制した。
一方、中国の王毅外相は21日、訪問先のアルゼンチンで豪州のビショップ外相と会談し、「(豪州は)色眼鏡を外すべきだ」と批判。中国を狙い撃ちした報道や法整備に反発した。
両国関係の悪化はとくに貿易面で顕著で、豪州産ワインの対中輸出で通関手続きに遅れが生じる事態などが発生。ターンブル氏は担当閣僚を訪中させ、最大の貿易相手国、中国の「理解」を求めるのに躍起だ。
ターンブル氏自身も、関係修復に向け年内の訪中を表明。だが、中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報(電子版)は23日、豪州が巨額の対中貿易黒字を享受してきたと指摘。その上で、豪州に「傲慢の代償を支払わせる」とし、同氏の訪中は2年以上据え置き、両国関係を「冷却」すべきだと、脅しをかけた。【5月27日 産経】
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特に問題視されているのが、“内政干渉”ともとれる、チャイナマネーのオーストラリア政界への影響です。
****(チャイナスタンダード)親中政界工作、豪・NZに矛先 与野党に巨額献金、意見誘導****
軍事的に威圧するでも、強硬な外交姿勢をとるでもなく、じわりじわりと外国の政治家に「親中基準」を吹き込んでいく。中国による政界工作の矛先が、民主政治が定着した先進国に向かっている。
■有力政治家と交流の団体、「中国共産党が関係」の指摘
ボートが停泊する入り江を望む高台に、ひときわ目を引く豪邸が立つ。高級住宅街、シドニー北部モスマン。所有者は黄向墨氏という。中国広東省出身、豪州でショッピングセンターなどを手がける開発会社の会長だ。
ここを個人的に訪れるほど黄氏との親密な間柄で知られた政治家がいた。2017年11月、その発言が報じられ、物議を醸した。
「中国の領域の保全は中国の問題だ。友人である豪州の役割は数千年の中国の歴史を知ることだ」
発言の主は最大野党労働党の若手有望株だったサム・ダストヤリ上院議員(当時)。16年6月に在豪中国系メディア向け会見で話したもので、横にいたのは黄氏。その音声データが暴露されたのだった。
各国が領有権を争う南シナ海で「中国人が2千年前から活動してきた」と主張し、岩礁の軍事拠点化を進める中国の言い分を正当化する内容だ。批判が高まり、今年1月、ダストヤリ氏は議員辞職に追い込まれた。
2人の関係を知る鍵は、黄氏が会長を務めていた「豪州中国和平統一促進会」(ACPPRC)にある。豪議会図書館の調査によると、08年から16年の間、10人の同会役員と関係者・団体から計574万8450豪ドル(1豪ドル=約83円)もの献金が二大政治勢力である労働党と与党保守連合(自由党、国民党)にほぼ二分される形で流れていた。
黄氏はその中で2番目の大口献金者だ。自身の会社や関係者を通じて労働党に68万豪ドル、自由党に125万5千豪ドルを献金。さらに黄氏は、労働党の資金調達担当だったダストヤリ氏個人の訴訟費用5千豪ドルを肩代わりしていた。(中略)
00年に設立されたACPPRCについて、在シドニー中国総領事館書記官だった05年に豪州へ亡命した陳用林氏は「(台湾問題や華僑対策などを担当する)中国共産党統一戦線工作部が関係する組織だ」と指摘。
政治献金には、豪州を「米国に依存しない国に変える」という最終的な狙いがあると解説する。中国系が120万人以上もいて開放的な多文化社会でもある豪州は「くみしやすい相手」だという。
ACPPRCの行事にはターンブル首相ら有力政治家が出席してきた。「気前のいい献金者に感謝すれば、自然に『豪州の中国人社会の見解』を吹き込まれる。それは実際には中国共産党の見解なのだ」。豪州での中国の影響力拡大を調べた「サイレント・インベージョン(静かな侵略)」の著者クライブ・ハミルトン氏は警鐘を鳴らす。(中略)
一連の報道を受けてターンブル政権は昨年末、外国からの政治献金禁止やスパイ行為の関与への厳罰化、外国政府・企業のために活動する際の公表義務などを盛り込んだ法案を出した。
だが陳氏は言う。「中国は別のやり方を試してくるはずだ。完全には止められない」
黄氏は朝日新聞の取材に「私が集中しているのは自分のビジネスだ。献金の動機は誤って説明されている。スパイ映画の見過ぎだ。根拠のない非難を信じないでほしい」と答えた。(後略)【5月29日 朝日】
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オーストラリア側の中国警戒論に対し、中国は冒頭記事にもあるように反発を強め、豪州産農産物輸入で「嫌がらせ」というか、揺さぶりをかけています。
生産者からは、中国と軋轢を生む政府のやり方への不満も出ています。
“オーストラリアのワイン業界団体は、中国との外交関係修復を求め、6日に政府と緊急会合を開く。二国間関係の悪化を受けた貿易制限を巡り、政府がこう着状態を打開できないとの不満が広がっている。”【6月6日 ロイター】
事態打開を模索するオーストラリア政府に対し、中国側は突き放すような強硬姿勢も。
****中国が訪中した豪貿易相の打診を一蹴、冷え込む豪中関係****
オーストラリアのチオボー貿易・観光・投資相が今月中国を訪れた際、通商担当閣僚との面会希望を拒否されていたことが分かった。外務貿易省のアダムソン次官が31日、議会で証言した。
オーストラリア政府が外国からの政治献金禁止法案の成立を目指していることや、重要な国内資産に対する中国企業主導の買収計画を承認しなかった影響で、両国関係は緊迫化している。(後略)【5月31日 ロイター】
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(中国側は随分と強硬な姿勢です。同様のことが日中間であれば大問題にもなります。そういう意味では、中国側は日本に対しては“それなりに”抑制的なのか? それとも、下記の内政干渉阻止法案がよほど腹に据えかねるのか)
また、冒頭記事にあるように、中国の共産党機関紙・人民日報系の環球時報は、最近のオーストラリアの反中国的な姿勢に不満を示すため、オーストラリアとの関係を縮小すべきだとの見解を示しています。【5月23日 ロイターより】
このような状況で審議されている(中国を念頭に置いた)外国による内政干渉を阻止する法案は7月末成立予定とのことで、さらなる中豪関係への影響が予想されています。
****豪政権、内政干渉阻止法案の成立目指し内容修正 中豪関係悪化も****
オーストラリアのターンブル政権は8日、外国による内政干渉を阻止する法案の議会通過を目指し、緩和の方向で修正を加えたことを明らかにした。
ターンブル首相は昨年、「中国の影響に関する気掛かりな報道」を法案の根拠に挙げており、中豪関係が一段と悪化する恐れがある。
同法案を巡っては、一部条項への反発から成立のめどが立っていなかった。
修正案では、民間多国籍企業の関係幹部については外国エージェントとしての登録を義務付けないとした。
ポーター司法長官は記者団に対し「外国政府や外国の政治組織による一定のコントロールを受ける企業を中心に対象を絞った」と説明した。
野党・労働党は修正案を支持する方針を示した。法案は近く議会に提出され、7月末までに成立する見通しだ。
中豪関係は中国の干渉を巡るターンブル首相の発言を受けて冷え込んでおり、両国の貿易にも影響が出ている。【6月8日 ロイター】
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【「アジア人はオーストラリアに来るな」「中国人は歓迎しません」】
中豪間の政治的・経済的緊張を反映したのか、社会的にも人種差別的な動きが表面化しています。
****アジア人差別の貼り紙、オーストラリアでまた見つかる****
2018年5月14日、環球時報によると、豪シドニーにあるショッピングセンターで先日、アジア人を差別する貼り紙が見つかった。
ポスターは駐車場の柱とショッピングカートに貼られており、駐車場で見つかったポスターは「アジア人はオーストラリアに来るな」という内容。
ショッピングカートの方は「このカートはアジア人に盗まれてここに捨てられた」だった。
これらはすでにはがされており、撤去を指示したシドニー市長は「このショッピングセンターはさまざまな文化と多様性に満ちたコミュニティー。われわれは全てのコミュニティーのメンバーと多元的な文化を重視する」とコメントしている。
現地でアジア人を差別する貼り紙が見つかるのは今回が初めてではなく、ある中国系の不動産投資業者は昨年2月、工事現場に設置した看板にこのような紙を貼られたという。【5月15日 Record china】
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****「中国人は歓迎しません」入居者募集貼り紙が人種差別と物議―豪州****
2018年6月7日、北京青年網は、オーストラリア・メルボルンで不動産賃貸物件の入居者募集の張り紙に「中国人は歓迎しません(CHINESE NOT WELCOME)」と書かれており、人種差別ではないかとの声が出ていることを伝えた。
現地市民によると、メルボルン南東部のマントンにある物件の入居者募集の張り紙に「中国人は歓迎しません」と書かれているのを6日に発見したという。
物件を扱う賃貸業者のマネージャーは「誰がこんな張り紙を掲示したのか分からないが、嫌悪感を覚える」と不快感を示すとともに、同日中に現場を訪れ、問題の張り紙を撤去したことを明らかにした。(後略)【6月8日 Record china】
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オーストラリア社会全体がアジア人・中国人を蔑視しているという訳ではなく、少なくとも1,2年前の調査では中国に対する好感度は高いものがありました。
****豪州人が考える「アジアで最高の友人」、中国が日本を上回る****
2016年6月22日、環球時報によると、豪州のローウィ国際政策研究所がまとめた報告書で、豪州人の中国に対する複雑な感情が浮き彫りとなった。
同研究所が21日に発表した報告書によると、豪州人の30%が「アジアで最高の友人」に中国を選び、日本(25%)よりも多かった。以下、インドネシア(15%)、シンガポール(12%)、インド(6%)、韓国(4%)が続いている。ただし、好感度では日本が70ポイントなのに対して、中国は58ポイントとなっている。
知り合いの中国人に対してポジティブな印象を抱いている人は85%に上り、中国の文化や歴史が好きだという人は79%、中国の経済成長を楽観視している人は75%となった。
記事は専門家の話を引用しながら、多くの豪州人にとって中国は非常に重要な経済パートナーであると考えていると伝えた。
「米国との関係と中国との関係ではどちらが重要か」という質問では、それぞれ43%で並んだ。14年に同様の調査を行った時は、米国との関係が48%、中国との関係が37%だった。(後略)【2016年6月23日 Record china】
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ただ、周知のように、オーストラリアは昔は“白豪主義”で知られた人種差別国であり、アボリジニ先住民をカンガルー同様に殺戮した歴史もあります。
開放的で明るいイメージの現在のオーストラリア社会の底流に、そうした負の歴史とつながるようなものがなければいいのですが・・・。
数年前、インド人留学生が増えたときも、“カレー・バッシング”と称されるインド人襲撃が相次ぎました。
****豪でまたインド人襲撃 「人種差別だ」感情的対立に****
オーストラリアのメルボルンで9日、インド人男性(29)が4人組の男に襲われ、車ごと火を付けられ顔などに大やけどを負った。メルボルンでは2日にも、インド人男性(21)が公園で何者かに刺され死亡した。
襲撃事件が一向に解決しないことから、インド紙は最近、オーストラリアの地元警察を人種差別主義者だと揶揄(やゆ)する漫画を掲載。これにオーストラリア側が反発するなど、感情的対立へと発展しつつある。(中略)
州警察側は「犯人も分からないのに人種差別につなげるのは、ばかげている」と非難した。
ただ、フランス通信(AFP)によると、同州内のインド人襲撃事件は昨年7月までの約1年間で1447件に上り、その後も毎月数十件発生しているだけに、州警察も焦燥感を強めている。【2010年1月11日 産経】
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【アフガニスタン派遣オーストラリア軍不祥事発覚で「軍の文化に懸念」 軍だけの問題か?】
オーストラリアはアフガニスタンに派兵していますが、最近、オーストラリア軍による不祥事が相次いで発覚しています。
*****豪兵士、無防備な住民を崖から落とし殺害か アフガンで****
アフガニスタンに派遣されていたオーストラリア陸軍特殊空挺(くうてい)連隊の兵士らが、無防備な住民らを殺害するなどの残虐行為をしていた疑いが浮上した。戦争犯罪の可能性もあり、豪国防省が調査している。地元紙シドニーモーニングヘラルドが9日、伝えた。
同紙によると、一例として、アフガン南部ウルズガン州の村で2012年9月、同連隊の兵士が地元の羊飼いの男性を後ろ手に縛った状態で崖の端に連れて行き、蹴り落として殺害したケースがあったという。
同連隊は、豪軍兵士3人を射殺した容疑者を捜索中で、殺害された男性は、連隊が情報収集のために拘束した数十人の地元民の一人だった。
当時、妻と7人の子どもたちと暮らしており、前日に歩いて3時間離れた自宅から小麦粉を入手するために村に来ていたという。男性の兄弟の一人は同紙に「小麦粉を取りに行っただけの人間がどうして死ななければならないのか」と語った。
一帯ではほかにも、残虐行為をしたとされる兵士の部隊が巡回後、非武装の住民らの遺体が見つかるなど不審な事例があるという。
豪州は、同盟国の米国に協力して01年のアフガン戦争から陸海空の部隊を派兵。13年末に戦闘部隊を引き上げたが、現在も300人ほどがアフガンの治安部隊の訓練などをしている。【6月9日 朝日】
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****オーストラリア軍車両に「ナチスのかぎ十字の旗」、首相「到底容認できない」****
オーストラリアの軍用車両がアフガニスタンにおける任務中、ナチス・ドイツを象徴するかぎ十字が描かれた旗を掲げていたことが明らかになった。マルコム・ターンブル首相が事実を認め、「到底容認できない」と述べた。
豪ABCは、2007年に撮影されリークされた問題の写真を公表し、国防省筋が本物のネオナチを示すものではなく「ブラックユーモア」だと説明したことを報じた。
ターンブル首相はナチスの旗の掲揚について「100%間違っている」「到底受け入れられない」と述べた。さらに「この事件は2007年に(当局者に)報告されたが、問題の旗は当然外され、関与した兵は処罰された」「それにしてもこの事件は間違っている……100%間違っている。上官がただちに対処した」と報道陣に語った。
豪国防省はAFPに対し「旗もその使用も国防の価値観にそぐわない」「この旗は2007年、アフガニスタンでオーストラリア軍の車両に短時間掲揚された。司令官がただちに対処し、この不快な旗を下ろさせた」と述べた。旗は後に処分され、事件に関与した兵は訓告処分を受けたという。さらに、問題の旗を目撃した全兵士に教育と訓練を強化する措置が取られたという。【6月14日 AFP】
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“事件に関与した兵”だけでなく、そうした行為を容認・黙認するような雰囲気・環境が軍内にあった・・・ということが問題でしょう。
“ABCは「軍の文化に懸念」と伝えている”【6月14日 朝日】
ただ、“軍の文化”にとどまらず、社会全体にアジア人への蔑視・差別意識といった“文化”があって、ときにそれが「中国人は歓迎しません」といった貼り紙や、“カレー・バッシング”といった行為として噴出する・・・・ということであれば、そこは注視する必要があるでしょう。