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(燃料を求めてガソリンスタンドに並ぶ人(5月、リオデジャネイロ)【6月18日 WSJ】)
【ブラジル:ディーゼル燃料価格高騰による大規模トラック運転手ストライキ】
最近及び今後の原油価格の推移は、トランプ大統領によるイラン制裁再開及びベネズエラの経済混乱によるイラン・ベネズエラからの供給減少という価格押し上げ要因と、サウジアラビア・ロシアの供給増加やアメリカのシェールオイル増産という価格抑制要因のバランスが大きく影響します。
WTI原油先物で見ると、5月後半に1バレル72ドル付近まで上昇した後、現在は65ドル付近まで少し値を下げています。
より長期で見ると、2011年~2014年夏頃まで100ドル前後の高値で推移した後、価格下落が進み、2016年2月頃には30ドル付近にまで下がりました。結果、ロシアやベネズエラといった産油国の財政事情が悪化することにもなりました。
その後は基本的には上昇傾向にあり、先述のような72ドルとか65ドルといったあたりの動きになっています。
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(https://chartpark.com/wti.html)
一方、アメリカの金利上昇によって、新興国では資金流失・通貨安が進んでいることは、6月2日ブログ「トルコ 強権的なエルドアン大統領の再選目論見を脅かす強敵“通貨リラの暴落”」でも取り上げました。
こちらも、トルコの選挙事情のように、各国政治に大きく影響しています。
2016年頃からの原油高傾向と最近の通貨安が重なると、新興国では燃料などの輸入品価格が上昇して市民生活を圧迫することになります。
その事例がブラジルで、5月には燃料価格上昇に抗議する大規模なトラック輸送業者のストライキが行われました。
****ブラジル、労働者スト収束 経済正常化に向かう兆し****
ブラジルで31日、労働者の大規模なストライキがほぼ収束し、経済活動が正常化に向かう兆しが出てきた。
ディーゼル燃料価格高騰を受けてストを行っていたトラック運転手は11日間にわたってさまざま経済セクターの動きを止めていたが、当局者によると、すべての道路封鎖は解除され、ごく一部の運転手が抗議を続けているだけだという。(中略)
ブラジル国家石油庁のディレクター、アウレリオ・アマラル氏はロイターに、道路封鎖によって数週間不足していたガソリンは、70%の地域で日頃の水準に戻ったと述べた。
中南米最大の港であるサントスも機能し始めている。ただ海運会社の話では、通常稼働とはまだ程遠い状態。この会社の幹部は、ブラジルの輸出は数量面で今後数週間、深刻な影響が残ると予想した。
ブラジル最大の都市サンパウロのガソリンスタンドにはなお長蛇の列ができている。スーパーマーケットへの商品配達は元に戻りつつあるとはいえ、一部の地域ではまだ価格が高い。
スト終結は、1980年代の民政復活以降で最低の支持率にあえぐテメル政権にとっては数少ない朗報だ。(後略)【6月1日 ロイター】
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テメル大統領はストライキへの対抗策として、ストライキに参加していないトラックがピケラインを通過するのを護衛するよう軍に命じています。【6月1日 AFP】
収束はしましたが、「世界の食料庫」におけるストライキの影響は大きく、日本の鶏肉価格も上昇したとか。
当然ながら、ブラジル経済も減速し、弱い経済回復をさらに遅らせることにもなっています。
****ブラジルのスト 世界影響 日本で鶏肉高値/車生産は一時停止****
ブラジルで5月下旬から起きたトラック運転手の大規模ストライキは、世界経済に影響を与えた。
物流網のまひで農産品などの輸出が打撃を受け、日本の鶏肉価格が上昇。ストは収束に向かっているが、農畜産品を世界中に輸出する「世界の食料庫」の混乱の余波は大きい。
最大の影響は畜産業界だ。軽油価格の上昇に怒った運転手によるストで飼料の供給が滞り、家畜が餓死したり食肉加工施設での食肉処理が停止したりした。ブラジル動物性タンパク質協会によると、飼育される鶏の7%にあたる7千万羽が殺処分になった。
ブラジルの鶏肉生産量は米国に次ぎ世界2位。日本国内で流通する鶏肉の2~3割が輸入品で、うち7割がブラジル産だ。ブラジル産鶏肉の卸値(冷凍品)は1キロ300円前後で1カ月で3%上昇した。(中略)
工業への打撃も大きい。自動車生産が約1週間全面停止し、通年の生産台数の1.9%分にあたる約5万台の生産が滞った。
トヨタ自動車はブラジル国内の全工場を1日まで停止。ホンダも5月30日まで工場の操業を止めた。鉱業もストップし、5月の鉄鉱石の輸出は前年実績を6%以上、下回った。
ブラジル開発商工省によると、5月末時点で1日の輸出量はスト前から4割弱減少。米利上げペースの加速などでレアル安が続く中、輸出に活路を見いだそうとした企業にとって打撃となった。政府は燃料費補助の代わりに輸出業者への税金の払い戻しを減らすとし、中長期的にも輸出を押し下げる恐れがある。
地元経済紙バロル・エコノミコは1日「(18年の)国内総生産(GDP)増加率は1.5%へ」と予測。ブラジル政府は5月、目標を2.5%増に下方修正したばかりだった。(後略)【6月8日 日経】
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こうした景気回復の遅れは、市民生活の困窮を長引かせ、政治情勢にも影響します。
10月には大統領選挙が予定されていますが、過激で差別的な発言で「ブラジルのトランプ」と呼ばれる右派系候補が国民の不満の受け皿となり支持を拡大していますが、その話は今回はパスします。
【原油高と通貨安への各国対応】
原油高、自国通貨安(ドル高)の影響はブラジルだけではありません。
****原油高とドル高、世界経済への有毒カクテル ****
英国からブラジルまで、消費者や政府を圧迫
米国では、足元の原油価格上昇を受けてガソリン小売価格(全米平均)が1ガロン当たり3ドルに迫り、飛行機チケットの価格が上昇している。他の多くの国や地域では打撃はさらに大きく、抗議活動が起きたり給油を待つ車が列をなしたりし、騒乱を抑えるために政府が臨時補助金の支出を余儀なくされた国もある。
というのも、米国以外の国では現在のように原油価格上昇とドル上昇が重なるとダブルパンチを浴びる消費者が多いからだ。石油は世界中で生産されるが、製油所などに売られる時の価格はほぼ常にドル建てとなっている。
ブラジルのエドゥアルド・グアルディア財務相の言葉を借りれば、それは「厳しい外部シナリオ」だ。
同国では燃料高騰に抗議するトラック運転手の大規模ストが軍の介入で終結。グアルディア氏は原油価格上昇がブラジルに「残忍」だと述べた。
中南米と東南アジアには、多額の費用がかかる燃料補助金に踏み切った石油依存国がほかにも幾つかある。アフリカでは広域にわたり、燃料価格上昇と自国通貨の下落で食品や電力の価格が上昇している。
原油価格の急上昇はそれ自体、何カ月にもわたって世界経済の重荷になっている。 UBS の試算によると、1バレル=75ドル前後の現行の国際原油価格は昨年の50ドルと比べて世界のインフレ率を0.5ポイント超押し上げる。
国際指標のブレント原油は3年半ぶりの高値である80ドル前後をつけていたが、石油輸出国機構(OPEC)が今週の総会で生産量を引き上げるとの観測を受けて弱含んだ。この下落前には、年初来の上昇率が20%を上回っていた。
世界には負け組だけでなく勝ち組がいる。米国は過去数十年にわたり原油上昇時に苦しめられてきたが、今回はかなり順調なようだ。近年、米国は産油を大きく増やしており、輸入依存度がかなり低下した。
UBSによれば、米国やカナダのような大型産油国の経済成長は、現在のような原油価格では0.3ポイント強押し上げられる可能性がある。
これに対し、輸入依存経済の中国やユーロ圏では、0.1ポイント押し下げられるかもしれないという。
大した打撃ではないように聞こえるかもしれないが、どの経済にも燃料価格で特に大きな痛手を受ける分野がある。中国のトラック運転手は今月、輸送を拒否すると共に幾つかの都市で道路を封鎖し、燃料価格の上昇に抗議した。
多くの国で打撃に拍車をかけているのがドルの上昇だ。主要16通貨のバスケットに対するドルの価値を示すウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)ドル指数は2月以来6%上昇している。
欧州では、ドルが対ユーロで上昇したこともあり、原油は2月の安値より約30%高くなっている。
欧州の消費者が受けるガソリン価格ショックは、燃料税で緩和されることが多い。一般的に燃料税が高く、ガソリン価格に占める石油の割合が小さいのだ。
だが今年の価格上昇はあまりに急なため、多くのドライバーが影響を痛感している。ドライバー向けサービスを行う団体RACによると、英国では5月のガソリン価格上昇率が記録にあるどの月よりも高く、「地獄のような月」だった。ポンドの対ドル相場下落と原油価格上昇は「有毒な化合物」だと広報担当者は述べた。
ブレント原油は2011~14年の100ドル超をなお優に下回っており、欧州経済から最近の上昇基調を奪うほど高くはない。
それでも、原油とドルの上昇は税金のように作用し、消費者の裁量支出を抑えている。消費が減退すれば、いずれ経済成長の打撃となりかねない。
インフレにつながり、中央銀行に金利引き上げを迫る圧力になることも考えられる。スペインのインフレ率は、16年の年率マイナス0.2%から17年には2.2%に上昇した。エネルギー価格の上昇が主な要因だった。
ドル上昇がより顕著な国では特に打撃が大きい。ブラジルでは過去1年にガソリン価格が28%、トラック用のディーゼル燃料が27%超、それぞれ上昇した。ブラジルレアルは年初から対ドルで11%下落している。
ブラジルでは2週間に及んだトラック運転手のストを受け、全土に物が滞留し、食料品店や病院、マクドナルドの店舗などで物が不足する恐れが生じた。
スト終結に向け、テメル大統領は軍を出動させ、トラック運転手に30億ドル相当のディーゼル燃料補助金と減税を約束した。政府は燃料供給業者による値上げを月1回に制限している。
ルピアの対ドル相場が2年超ぶりの低水準に下落したインドネシアでは、燃料価格は選挙の争点だ。ジョコ・ウィドド大統領は、補助金を支給している燃料と電力の価格を19年まで引き上げないと約束した。ジョコ氏は同年の大統領選で再選を狙う見通しだ。
4月には、 ロイヤル・ダッチ・シェル やトタルといった外資を含む燃料小売業者に対し、小売価格引き上げ前に政府の承認を得ることを義務付けた。
インドネシア政府はディーゼル燃料補助金を大幅に引き上げる方針も示した。タイとマレーシアは小売価格に対する補助金の支出を強化している(新たにマレーシアの首相に選ばれたマハティール・モハマド氏はこれを公約に掲げていた)。
シンガポールのメイバンク・キムエン証券のエコノミストは「各政府は票を獲得して選挙に勝つために燃料価格の抑制を約束している」と述べた。
アフリカ大陸では大量の石油が生産されるが、多くの国はエネルギーに乏しく輸入に頼っている上、自国通貨への圧力と闘っている政府もある。アフリカ最大の原油輸出国ナイジェリアは、政府がガソリン小売価格に上限を設けたことからガソリン不足に陥った。小売業者による精製燃料の輸入代金支払いがままならないためだ。
アフリカで9番目に大きい経済を擁するスーダンでは、輸送コストと輸入小麦価格の上昇を受けたパン価格上昇に抗議する街頭デモが発生している。燃料価格はここ数カ月で5倍に上昇した。政府が輸入燃料の代金支払いに苦労するなか、首都ハルツームをはじめとする都市では数週間にわたりガソリンスタンドに夜通し長い列ができている。(後略)【6月18日 WSJ】
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中国でもトラック運転手のストライキが報じられています。
“中国でも6月10日にトラック運転手による全国規模のストライキが呼びかけられた。これは燃料価格の高騰、各種各様な通行税、各地の交通警察や運輸管理部門による過酷な搾取に堪え兼ねたトラック運転手が全国の仲間を結集する形で抗議行動に打って出たものだった。”【6月15日 北村豊氏 日経ビジネス】
中国の場合は、燃料価格高騰だけでなく、政府・当局の対応への不満も大きいようです。
【経済悪化で微妙なトルコ大統領選挙】
通貨安の世界波及を受けて、6月2日ブログでも取り上げたトルコの選挙情勢は微妙です。
****<トルコ大統領選>経済問題足かせ 現職、支持固めに躍起****
トルコの大統領選と総選挙が24日に実施される。大統領選には6人が立候補しており、うちイスラム系与党・公正発展党(AKP)の現職、エルドアン氏が優勢に選挙戦を進めている。
トルコでは昨年4月の国民投票で憲法改正が承認され、今回の選挙後に1923年の建国以来続いてきた議院内閣制から、権限が拡大された大統領制に移行するため、トルコ政治の大きな転換点となる。
エルドアン氏は4月、2019年11月予定のダブル選を今年6月に前倒しすると発表した。財政出動による景気対策の限界を見越し、経済が悪化する前に選挙を済ませておきたいという思惑があったとみられる。
ただ、ここにきて経済問題を背景に思わぬ苦戦を強いられている。通貨リラは3月から20%以上も下落し、国民はインフレに直面している。支持が50%を割り込む世論調査もあり、24日の投票で半数以上を確保できなければ、上位2候補による7月8日の決選投票にもつれ込む可能性がある。
このためエルドアン氏は経済成長の継続を強調。また16年7月に失敗したクーデター後から延長され続けている非常事態宣言を、選挙後に解除することを示唆するなど、強権体質のイメージを薄めようとし、支持固めに躍起だ。
大統領選に立候補しているのは、エルドアン氏のほか▽最大野党・共和人民党(CHP)のインジェ氏▽新党・優良党(IYI)の女性候補で元内相のアクシェネル氏▽クルド系政党・国民民主主義党(HDP)の前共同党首で拘束中のデミルタシュ氏ら。
各種世論調査では、エルドアン氏が50%前後、インジェ氏が20〜30%台前半、アクシェネル氏が10〜15%、デミルタシュ氏が10%前後。決選投票となれば、野党共闘が実現するとの見方もある。
一方、総選挙を巡っては国会の定数が550から600に増加。任期も4年から5年に延長される。
中選挙区比例代表制で、得票率が10%に届かない政党は議席を得られない仕組みだが、与党はAKPなど3党が、野党は4党が、それぞれ政党連合を組み、小規模政党でも議席を得られる態勢を整えた。クルド系のHDPが10%以上を確保すれば、与党連合が半数に届かない可能性も指摘されている。【6月19日 毎日】
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【補助金削減・財政再建を断行するエジプト・シシ政権】
原油高・通貨安による燃料価格上昇に対し、補助金の増額などで表面上その影響を相殺する国が多くあるようです。
燃料価格上昇は国民の不満に火をつけることが多く、各国政権にとって鬼門となっていますので、そうした対応はわかりますが、補助金増額は長期的には国家財政を悪化させ、市場における資源配分をゆがめることにもなります。
そうしたなかで、財政再建のために補助金を削減し、燃料価格を大幅に引き上げる国があります。
エジプト・シシ政権です。
****エジプト、燃料価格を最大50%引き上げ 緊縮政策の一環****
エジプトのターレク・モッラ石油・鉱物資源相は16日、緊縮政策の一環として燃料価格を35〜50%引き上げると発表した。国営メディアによると引き上げは直ちに実施されるという。
アラブ世界で最も人口が多いエジプトでは包括的な経済改革が進められており、助成金や公的債務の削減が実施されている。同国では今週、電気料金に対する補助金の削減や平均価格を約25%引き上げることが決まっていた。
また国際通貨基金が3年間で120億ドル(約1兆3000億円)の融資プログラムに合資した2016年11月以来、エジプトは厳しい緊縮政策を実施。
さらに変動相場制への移行や付加価値税の導入、多くの物品やサービスに対する助成金の段階的な削減などにより国内の物価は急騰した。
エジプトは2015年から2016年にかけて財政危機に見舞われ、財政赤字の対国内総生産比率が12.5%にまで膨れ上がった。【6月17日AFP】
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財政的に猶予がない状況にもあるのでしょうが、“痛みを伴う改革”断行で補助金を整理するというのは、教科書的には正しい政策です。
ただし、国民がその痛みに耐えられるなら、あるいは国民が痛みを納得していれば・・・ということですが。
現実的な話をすれば、3月28日の大統領選挙で現職のシシ大統領が約97%(!)の得票率で再選されたことに表れているように、民主主義の形式は装いながらも強権支配を強化しているシシ政権だからできる(あるいは、やろうとする)のでしょう。
電気料金は25%、燃料価格は35〜50%引き上げられ、収入は変わらない・・・・政府への不満が危険なレベルに高まるのは容易に予想できますが、軍も背景に持つシシ大統領は“力”で封じ込めるつもりのようです。