(6月に開催された、ドローンに吊るされたドレスが行きかうファッションショー 男性の入場も許可されていましたが、男性は興味なさそう【https://www.videoman.gr/ja/131055】)
【女性の自動車運転解禁 あくまでも上からの制限付き「改革」ではあるが・・・】
女性の権利が著しく制約されているサウジアラビアで、今月24日から女性の自動車運転が許されるようになった・・・という話題は、昨年の発表時から大きな話題になってきました。
単に自動車運転にとどまらず、サウジアラビアの実験を握るムハンマド皇太子の進める「改革」の象徴でもあり、また、女性にとっても活動機会が増えることで就労機会の拡大にもつながります。
一方で、これまで女性外出時の運転手を務めてきた外国人労働者の失業という問題もあるようです。
また、こうした「改革」に対する批判も根強くあるのは、すべての国における「改革」に共通することでもあります。
****女性の地位向上で経済効果期待も一部で批判の声 サウジアラビアが女性の運転24日解禁****
世界で唯一、女性の車の運転を認めていなかったサウジアラビアで24日、女性の運転が正式に解禁される。
次期国王と目されるムハンマド・ビン・サルマン皇太子が推進する社会改革の一環で、女性の地位向上をアピールする狙いだ。
石油大国の富裕層をターゲットに商戦も激しさを増し、大きな経済効果が期待される。
一方で、イスラムの教えに忠実な層からは批判も出るなど、皇太子の改革はさまざまな波紋を広げている。
悲喜こもごも
「免許を取る手続きを始めた。運転できればいつでも行きたい所に行けるから」。サウジ東部カティーフ近郊に住む大学を卒業したばかりのタリシュさん(21)が、ソーシャルメディアでの取材に答えた。
サウジには外国人を含めて1千万人以上の成人女性が住んでおり、世論調査ではサウジ女性の6割が運転したいと望んでいる。外車メーカーは女性向けのモーターショーを開催。女性専用の教習所がにぎわい、保険業界なども収入増を見込む。
半面、インドやイエメン、エジプトなどからきた80万人ともいわれる外国人の雇われ運転手は、失職の危機におびえる。今後3カ月のうちに数万人が失職するとの観測もあり、あるインド人の運転手の男性は電話取材に「忙しいから」と回答を拒んだ。
サウジが女性の運転解禁を発表したのは昨年9月。家族や雇われ運転手に頼っていた女性が自ら移動する手段を持つことで、就職など女性の社会進出を促す狙いだ。
石油依存型の経済からの脱却を目指し、ムハンマド皇太子が主導する社会・経済改革「ビジョン2030」の一環とされる。
反対意見も
1年前に皇太子が副皇太子から昇格して以来、サウジでは女性のスタジアムでのスポーツ観戦や映画鑑賞が解禁されるなど、娯楽の面でも女性の自由が拡大された。
しかし、イスラムの教義を厳格に解釈するワッハーブ派に統治の基盤を置くサウジでは、女性は男性により守られるべき対象と見る傾向が強く、海外旅行や結婚、就職などの際には夫や親類ら男性の「後見人」の許可が必要だ。
女性は公の場では、黒ずくめの衣装「アバヤ」で全身を覆わなくてはならない。
女性の運転解禁についても、イスラム聖職者からは「シャリーア(イスラム法)に反する」との意見が出た。「車を持った女性は、車とともに燃やしてやることを神に誓う」とネット上の動画で述べた男が、逮捕される事件も起きた。
当局は最近、運転解禁だけでなく、女性のさまざまな権利拡大を求める著名な活動家ら少なくとも17人の身柄を拘束した。厳格なイスラム法の順守を求める聖職者や男性らに配慮したともいわれ、改革の範囲がどこまで拡大されるか注目される。【6月21日 産経】
********************
注目されたのは、上記記事最後に書かれている、解禁直前に実施された女性のさまざまな権利拡大を求める著名な活動家らの一斉拘束です。
改革に反対する保守派への配慮であるとか、改革はあくまでも皇太子主導のもとで進められるものであり、草の根的な市民主導の改革は許さない・・・とのメッセージであるとか説明されています。
****サウジ皇太子、一連の拘束劇が示すメッセージとは****
(中略)サウジの事実上の支配者であるムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、どの前任者よりも踏み込んで、厳格な社会規範を緩めようとする姿勢を示してきた。
だが同時に、反体制分子とみなされた人々に対しては、過去数十年間で最も容赦なく締め付けている。
サウジ当局は昨秋、汚職容疑で反体制派聖職者やビジネスマンを大量に拘束した。先月の一連の拘束劇は、これに続くもので、主に女性による自動車運転の権利獲得を推進していた活動家も標的となった。サウジ政府が女性の運転の権利を今月24日から正式に認める予定であるにもかかわらずだ。
この締め付けは、反政府活動の証拠がほとんどないにもかかわらず行われた。その裏には、サウジにおける変革のペースとその範囲をムハンマド皇太子だけが指示しようとする意図が隠されているとの見方がある。
(中略)サウジ政府と近い人物で、ワシントンに本拠を置くシンクタンク「アラビア財団」の代表を務めるアリ・シハビ氏は、「この国は大きな破壊的変化を遂げている最中で、幅広い政治的意見が存在する。宗教保守派から欧米型のリベラル派に至るまで、さまざまだ」と述べる。
その上で同氏は、「長年の懸案だった変革を成し遂げたいと思うなら、これら全ての層を一つにまとめることはできない。そのために独裁的アプローチが必要になる。それは当面、自由を制限するという意味だ」と付け加えた。
父親のサルマン国王が即位した2015年初め以降、ムハンマド皇太子は同国経済を石油依存から脱却させ、宗教的保守主義による支配に終止符を打つべく努めた。
この結果、サウジは外国人投資家にとって魅力が増し、映画館の開設や音楽コンサートの開催といった国内の社会改革も進んだ。
しかし、一連の拘束劇は、「新しい」サウジが社会的自由と政治的抑圧との間で緊張していることの証左だ。多くのサウジ国民はそれを、政府の許容度については一歩後退だと考えている。(中略)
政府の考えに詳しい関係者によれば、サウジ指導部はメッセージを送りたいと考えているようだ。それは、自分たちの要求を公にすることによって政府をねじ伏せ、しかも罪に問われないといった状況は誰であっても容認しないというメッセージだ。政府の改革目標と概ね足並みをそろえる活動家であっても、それは例外ではないという。(後略)【6月6日 WSJ】
********************
あくまでも皇太子・政府が許容した範囲での「自由拡大」であり、そこからの逸脱は許さないとのことのようです。
ともあれ、女性にとっては大きな前進であることは間違いなく、女性にも大いに歓迎されているようです。
サウジアラビアの女性関連の話題としては、セクハラに対して禁錮や罰金の刑を科す新たな法案が閣議で承認されたとの話題も。
****セクハラに罰則、サウジアラビアが法案成立目指す****
サウジアラビア当局は29日、同国がセクシュアルハラスメント(性的嫌がらせ)に対し、禁錮刑および罰金を科す法案の成立を目指していると明らかにした。同国では来月に女性による自動車運転の解禁も控えている。
シューラと呼ばれる国政助言機関の諮問評議会は28日、セクハラで有罪判決が下された場合、最長5年の禁錮刑と30万サウジ・リヤル(約870万円)の罰金を科す法案を承認した。
情報省は諮問評議会の女性議員の発言を引用し、法案が「わが国の規則の歴史にとって非常に重要な追加措置」であり、「巨大な法律の穴を埋め、抑止力にもなる」との声明を発表した。(中略)
サルマン皇太子は同じく長年禁止されていた映画館の営業を再開させ、男女が一緒にコンサートを鑑賞できるようにしたほか、宗教警察の権限を縮小するなどの改革を進めている。【5月30日 AFP】
*******************
社会全体、国家全体がセクハラのような国なのに・・・とも言えますが、まあ、これも前進には違いないでしょう。
【宗教的保守派からの批判も】
先ほどからしばしば触れているように、こうした改革へ反対する保守勢力も根強く、現実の動きは“一進一退”の模様です。
****女性TV司会者が「みだらな」服装、サウジ当局が捜査****
サウジアラビアの女性テレビ司会者が「みだらな」服装をしていたとして、同国当局が捜査を開始した。
問題となった服装は同国で女性の運転が解禁されたことを伝えるリポート時のもので、ソーシャルメディア上で非難の声が上がっていた。
アラブ首長国連邦のドバイを拠点とするアルアーンテレビのサウジアラビア人司会者、シリーン・リファイエさんがヘッドスカーフをゆるくまとい、ガウンの隙間からズボンやブラウスがあらわになった動画はインターネット上などで広く拡散された。
この動画には「リヤドで裸の女が運転をしている」というアラビア語のハッシュタグが付けられ、ソーシャルメディア上で超保守主義者たちの非難の的となった。
サウジアラビア当局は26日、リファイエさんが「みだらな服」を着用したことは「規則と指示に違反している」と非難し、捜査官に報告したと明らかにした。
リファイエさんは規則違反を否定し、ニュースサイトのアジェルに対して自分は「ちゃんとした服」を着ていたと反論。アジェルの報道によると、議論が巻き起こった後にリファイエさんはサウジアラビアを出国したという。
保守的な国柄で知られるサウジアラビアでは今月、レオタードを着用した女性たちが出演するサーカスに対して保守派から非難が相次ぎ、娯楽当局のトップが解雇された。
また4月に同国で行われた米プロレス団体WWEの興行では、プロモーション映像に登場した露出度の高い衣装の女子レスラーについてスポーツ当局が謝罪する事態も起きた。【6月28日 AFP】
*******************
ガウンの隙間から“肌があらわになった”というならまだわかりますが、“ズボンやブラウスがあらわになった”ことのどこが“みだら”なのか・・・よくわかりません。(画像を見ていませんので、実際どういう服装だったかは知りませんが)
さすがにサウジアラビアで女子プロレスというのはまずいだろう・・・というのはわかりますが。
もっとも、プローモーション映像が問題になったということで、興行自体が問題になった訳ではないようですが、そこが不思議というか偽善的なところでもあります。(エジプトを旅行した際、肌もあらわなベリーダンスにサウジからの観光客も大喜びしていました)
【79年以前の「普通の生活」を目指す皇太子】
批判派とのバランスを取りながらの“一進一退”ですが、(私は下記記事で初めて知りましたが)サウジアラビアにおける女性への制約は昔から厳しかった訳ではなく、1979年の事件が契機になって80年代に厳しくなったそうです。
そして皇太子は、79年以前の社会こそがサウジアラビアが回帰すべき「普通の生活」だとも主張しているそうです。
****ファッション解放 サウジの女子力革命****
ムハンマド皇太子の改革で始まったブランドショーは「男女隔離社会」に風穴を開けるのか
サウジアラビアの首都リヤドで4月10~14日、国内初のファッションショー「アラブ・ファッションウイーク」が催された。
ジヤンポールゴルチエ、ロベルト・カバリなど、サウジ市場で人気の海外ブランドが出展。ドバイやパリで活躍するサウジ人デザイナーのアルワ・アル・バナウィらも最新作を発表した。
会場はくしくも昨年、大規模な汚職摘発の際に拘束に利用された、高級ホテルのリッツ・カールトンだった。
15年にサルマンが国王に就任。17年6月に皇太子に昇格した息子ムハンマド・ビン・サルマンを旗振り役としてさまざまな社会・経済改革を行ってきた。
今年4月に長年禁止されてきた映画館が開設され、男女が同じ会場で映画を観賞できるようになった。6月には女性の自動車運転が解禁。これまで「男女隔離社会」とも呼ばれた社会に、風穴が開こうとしている。
外出時には黒い長衣で肌の露出を抑えているサウジ女性たち。だが女性だけのパーティーではきらびやかな服装を披露し合うことが知られている。
サウジ女性の生活を調査していると、ファッションヘの関心の高さに驚かされる。女性限定のパーティーや結婚披露宴などの華やかな装いは目を見張るほどだ。自宅のクローゼットには数え切れないほどのパーティードレスがつるしてあることも珍しくない。
興味深いのは、彼女たちが女性限定の空間でこそオシヤレを楽しんでいることだ。イスラム教の聖典コーランでは、家族以外の男性に美をさらけ出して欲情させないよラ女性は「幕(ヒジャブ)を垂れなさい」と説かれている。
こうした教えもあって、国内では家族以外の異性間交流が制限されてきた。
一方、同性間では厚みのあるネットワークが構築されている。男性が結婚相手を探す際にも、女性問のネットワークが重要となる。女性だけのパーティーや結婚披露宴で、結婚適齢期の息子を持つ母親がひそかに結婚相手を探すことに躍起になる。だからこそ女性だけの空間でも、彼女らは美を競い合う。
実は、国内外一流のブランドが参加した点では4月のファッションウイークは初の試みだったが、ここ数年、「チャリティーイベント」と銘打ち、富裕な女性を対象にしたファッションショーーが開催される機会も徐々に増えていた。サウジ発のブランドもソーシヤルメディアや国内での店舗展開を通じて知られてきている。
ファイサル改革への回帰
学校や職場の多くが男女別のサウジアラビアは「男女隔離」社会と言われてきた。だが隔離は歴史的にみて、全土で連綿と維持されてきたわけではない。
隔離が強化されたのは80年代だ。70年代、石油ブームに乗じて開明的なファイサル国王が近代化政策を推進。なかにはテレビ導入など、保守的な国民には受け入れ難いものもあった。
ファイサルは75年に甥の王子に暗殺される。79年には「救世主」を名乗る過激な集団が聖地メッカの大モスクを占拠し、政府は事件の鎮圧に2週間以上を要した。事件の背景には王家のイスラム信仰に対する疑問もあった。
そうした反省もあり、80年代にはイスラム教の影響力が高まる。男女隔離や女性のベール着用が強化された。同時期に大規模な人口移動で都市化が進んだことや、近代化推進のために外国人労働者が増加したことなども、国民のアイデンティティーとしてイスラムの価値を高めた。
それまでは、黒い長衣の習慣がなかった地域もあるようだ。文化人類学者の片倉もとこが撮影した60年代末から70年代初めの遊牧民を見ると、当時の女性が屋外でもカラフルな衣装を着用していたことが分かる。
現在の改革の主導者であるムハンマドは今年3月、米CBSの取材に応じて、79年以前の社会こそサウジアラビアが回帰すべき「普通の生活」だと主張した。
男女が同席できる映画館新設やサッカースタジアムヘの女性の入場許可、女性の自動車運転にムハンマドが積極的なのは、そんな社会こそ正常だと見なしているからだろう。
だが過去40年近く男女隔離に慣れ親しんだサウジ人の中には、隔離こそ正常と見なす人もいる。
4月のファッションウイークでキャットウオークを観賞できるのは女性だけだった。(中略)
6月に開催された別のファッションショーでは男性の入場が許可された。だが女性モデルは不在で、ドローンにつるされたドレスが会場内を無機質に飛び回った。
会場の男性たちはショーには上の空で、スマートフォンに夢中のようだった。遠巻きにソファに腰掛けている女性客も、飛び交うドレスに強い関心を抱いていないように見えた。入場チケットの売れ行きはよくなかったそうだ。
消費喚起か税金の痛みか
16年に政府は30年に向けた展望「ビジョン2030」を発表。石油依存から脱却するための社会・経済・政治改革を打ち出した。
社会改革ではこれまで考えられなかったような娯楽・文化活動の促進、スポーツの推進が掲げられた。
イベント開催許可を担う「娯楽庁」が創設され、コンサートやコミコンなどイベントを可能にする制度が整った。
こうした社会改革には、人口の過半数を占める若者の閉塞感を打破する目的もあるが、同時にイベントを通じて国内消費を喚起することへの期待も強い。
しかしこの改革には、これまで無税であった国での付加価値税導入やガソリンの値上げなど、国民の痛みを伴うものも含まれている。
I日500リヤル(約1万5000円)のチケットを購入してファッションショーに参加しても、そこで宣伝される商品はI人当たりGDPが2万ドル程度のサウジ人が手に届くものではない。
4月以降のショーの影響もファッション業界や富裕層にとどまったに違いない。
娯楽庁に聞いたところ、今後は家族向けのイベントを促進すると意気込んでいた。今後の改革過程でも「女性」は重要なアクターで、同時にターゲットであることは明らかだ。
同性だけのパーティーで見られるように、「女子力」が高い彼女たち向けにファッションショーを開催するなど、目の付けどころはよさそうだ。
だが国民に経済的負担を強いながら、同時に消費を喚起しようとすることの限界も見えてくる。
他方で、これまでの方針を大転換して男女混合をやみくもに進めようとすれば、ファッションショーにはドローンが飛び交い、無機質な場になる。
次回のフアツションウイークは10月に予定されている。その盛況ぶりが改革の行方を占うことになるかもしれない。【7月3日号 Newsweek日本語版 辻上奈美江氏(上智大学准教授)】
*********************
ドローンにつるされたドレスが会場内を無機質に飛び回るファッションショーというのはシュールで笑えます。
皇太子の進める「改革」全般、外交路線等については、また別機会に。