孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

メキシコ「麻薬戦争」 麻薬組織と警察・政治家の関係 唯一の解決策は「合法化」?

2018-06-25 22:54:54 | ラテンアメリカ

(【5月30日 ロイター】7月1日の大統領選に向けて、支持率52%とトップを快走する元メキシコ市長で新興政党「国家再生運動(Morena)」を率いる左派候補アンドレス・マヌエル・ロペスオブラドール氏(64) 当然に現政府の汚職や治安悪化を批判していますが、具体的な麻薬組織対策については知りません。)

2017年に2万5339件の殺人事件 シリアに次いで世界第2位の犠牲者数
メキシコに関しては、最近は“壁”を含むアメリカ国境の移民・難民問題や、NAFTA再交渉などのアメリカとの貿易交渉の関連ニュースが多くなっていますが、以前から再三取り上げている“麻薬戦争”絡みの治安の悪さも相変わらずのようです。

****メキシコの殺人事件、1〜3月は7500件超 過去20年で最多****
メキシコで今年1〜3月に発生した殺人事件が7667件に上ったことが、政府統計で明らかになった。前年同期比で20%増となり、過去20年間で最も多くなっている。
 
治安当局によれば、2017年1〜3月の殺人事件の件数は6406件だった。
 
発生件数が最も多かったのは3月の2729件で、犠牲者の大半は射殺されていた。1月が2549件、2月は2389件だった。麻薬密売や誘拐などに関わる犯罪組織が増加しているためとみられる。
 
メキシコでは2017年に2万5339件の殺人事件が発生している。【4月23日 AFP】
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年間で2万5339件ということは、1日あたりは約70件になります。(データ単位の“件”と“人”の関係はよくわかりません。メキシコでは十数名が一度に殺害される事件も珍しくありませんが・・・)

少しデータは古くなりますが、2016年に麻薬組織の抗争などで犠牲になったのは、市民を含む2万3000人。

この数は、内戦や武力抗争による犠牲者の数としては、シリア(5万人)に次いで世界で2番目。イラク(1万7000人)やアフガニスタン(1万6000人)を上回っており、“戦争”という呼称にふさわしい状況です。【2017年7月17日 NHK「メキシコ“麻薬戦争” ジャーナリズムの危機」より】

この“麻薬戦争”の原因については、貧富の差・貧困や麻薬組織と政治・警察の癒着などが指摘されています。
更に根本的な問題は、隣にアメリカという巨大消費市場があることです。

****メキシコ“麻薬戦争” ジャーナリズムの危機****
“麻薬戦争”問題はどこに
(中略)
根本的な問題として、経済成長を続ける中で拡大する貧富の差、そして政府や警察に浸透する腐敗があります。
貧困から抜け出そうと、よりよい収入を求めて麻薬栽培に手を貸す地方の農家は後を絶ちません。
メキシコで最も有名な密売組織のボスなども、貧しい農家の出身だと言われています。

また、麻薬組織は豊富な資金で議員や政府高官などを買収し、組織のネットワークを張り巡らせています。
今年3月にも、州の検事総長が麻薬の製造や密輸に関わったとして逮捕されました。

さらに、隣国アメリカに麻薬を買う人々がいるという現実も麻薬組織をはびこらせる要因になっています。【同上NHK】
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昨年9月の選挙戦開始後、殺害された候補者や政治家は計112人
政府・政治家と麻薬組織が癒着するということは、逆に言えば、麻薬組織に歯向かう政治家は“標的”になり、物理的に排除される危険が極めて高いということであり、それに警察も加担しているということです。

****議員候補が頭撃たれ死亡、犯罪対策訴えた直後 メキシコ****
メキシコ北部コアウイラ州で10日までに、今年7月1日の連邦議会選挙に立候補していた元市長が公共治安に関する討論会への出席を終え外に出たところ、何者かに頭部を銃で撃たれ死亡する事件が起きた。

狙われたのは政党「制度的革命党」に所属するフェルナンド・プロン候補。以前に市長を務めていたピエドラス・ネグラス市の討論会場から外に出て携帯電話を持つ人物に近付き、写真撮影に臨んだ直後、何者かが背後から近付き頭部に発砲したという。犯人は直後に立ち去っていた。

地元のコンサルティング企業「エテレクト」によると、昨年9月の選挙戦開始後、殺害された候補者や政治家はこれで計112人に達した。連邦議会選の立候補者の犠牲者は今回が初めて。

メキシコの地元紙によると、プロン候補は討論会で当選後の治安対策を尋ねられ、「正面から犯罪に立ち向かう。恐れることはない」などと述べていたという。

エテレクトによると、これまでの選挙戦中、同国32州のうち22州で立候補者が殺害され、最多はゲレロ州の23人。

政府統計によると、メキシコ国内で昨年報告された殺人事件は2万5000件以上で、20年前に統計収集が始まった以降では最多となった。

ペニャニエト現大統領は再選禁止のため同じく7月1日に実施される大統領選に出馬していない。ただ、在任中の麻薬犯罪組織対策の不手際で多くの批判を浴びている。【6月10日 BBC】
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“昨年9月の選挙戦開始後、殺害された候補者や政治家はこれで計112人”ということですから、この種の事件はメキシコにあっては“犬が人を噛んだ”ようなもので、珍しくもなんともありません。

麻薬組織と警察の関係
ただ、ちょっと変わった展開を見せている事件も。

****市長候補射殺で警官全員拘束 メキシコ・ミチョアカン州****
メキシコ・ミチョアカン州の都市オカンポで、市長選挙の候補者が先週射殺されたことを受け、同市の警察官全員が内部捜査のため拘束された。治安当局が24日、明らかにした。ただ、拘束された警察官の人数は明らかになっていない。
 
人口2万人ほどの都市オカンポの市長選候補だったフェルナンド・アンヘレス氏は先週21日、選挙イベントの準備中に射殺された。
 
同州アギリヤでは20日、市長選挙の独立系候補者が、14日には同州タレタンの市長選候補者が射殺されている。
 
7月1日まで各種選挙が実施されるメキシコでは、選挙活動が各地で開始されて以来、政治家や候補者100人以上が殺害される事態となっている。
 
メキシコでは組織犯罪に関連した暴力がまん延し、2017年にはここ20年で最悪となる2万5339件の殺人事件が発生していた。【6月25日 AFP】AFPBB News
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警察が麻薬犯罪を黙認したり、犯罪に加担していること自体は“犬が人を噛んだ”類ですが、警察官全員が内部捜査のため拘束されるというのは、さすがにメキシコでも珍しいのかも。

****地元の警察官を全員逮捕、政治家殺人めぐり メキシコ****
・・・・メキシコでは7月1日の総選挙を前に、100人以上の政治家が殺されている。フアレス氏は、ミチョアカン州で過去1週間に殺された3人目の政治家だった。

メキシコの連邦警察はこの殺人事件に絡み、オカンポの警察官27人と地元の公安官を拘束した。

「汚職に耐えられなかった」
アンゲレス氏は実業家で、政界での経験はほとんどなかった。
当初は無所属で立候補するとみられていたが、後に中道左派の民主革命党(PRD)に所属した。

アンゲレス氏の近しい友人、ミゲル・マラゴンさんは現地紙エル・ウニベルサルに「彼は多くの貧困、不平等、そして汚職を見るのに耐えられず、立候補を決意した」と話した。

事件後、検察当局はオカンポのオスカル・ゴンザレス・ガルシア公安部長が関与していたと非難した。
当局が23日にゴンザレス氏を逮捕するためにこの町を訪れたところ、地元の警察官に阻止された。

そのため、翌24日朝に増援部隊と共に帰還し、警察官全員とゴンザレス氏を逮捕した。
警察官らは手錠をはめられ、尋問のため州都モレリアに移送された。

検察側は、ゴンザレス氏と警察官らが、州内の組織犯罪グループとつながりがあると非難している。

メキシコでは7月1日に大統領選と上下両院の議会選が行われるほか、州や市町村レベルの3000以上の公職で選挙が実施される。【6月25日 BBC】
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上記記事から、警察当局内部に麻薬組織との関係・癒着で対立する勢力があるのでは・・・とも推察されます。

下記の麻薬組織間抗争の事情は、そのあたりを反映しているようにも思えます。

****メキシコなどの麻薬カルテルを撲滅する 唯一の「経済学的」解決法は、麻薬を合法化すること****
・・・・・2000年以降のシウダー・フアレスでは、治安を回復させようとするとますます治安が悪化するという理不尽なことが起きた。

その原因は、市警察がフアレス・カルテルと癒着していると考えた大統領側が、州警察や連邦警察を投入したことだ。
 
ここで疑問が生じるだろう。大量の警官がいれば治安は改善するのではないか。だが問題は、メキシコの警察が何層にも分かれた別組織になっていることだった。
 
市警察がフアレス・カルテルと手を結んでいる以上、対抗するシナロア・カルテルに勝ち目はないはずだ。いくら武装しているからといって、警察組織と真っ向から衝突すれば叩きつぶされるのは目に見えている。

だがあろうことか、シウダー・フアレスでは、シナロア・カルテルが対立する組織と癒着した警察官を次々と“処刑”しはじめたのだ。
 
なぜこんなことが可能になったのだろうか。それはシナロア・カルテルにも警察の後ろ盾ができたからだ。
 
メキシコには2000超ある地方自治体それぞれに独自の警察があり、31州すべてに独自の州警察が存在し、さらにその上に連邦警察がある。

連邦警察は高度な訓練を受けた重装備のエリート部隊で、市警察とは指揮系統がまったく別だ。シナロア・カルテルはここに目をつけ、連邦警察を買収したのだ。
 
その結果シウダー・フアレスでは、市警察と連邦警察が互いに相手をマフィアと癒着していると非難しあうばかりか、ときに撃ち合いを繰り広げる異常な事態になった。

治安維持のために利害関係の異なる警察組織を大量に投入したことによって、本来なら終わるはずの抗争が激化してしまったのだ。【2月13日 橘玲氏 ザイ・オンライン「橘玲の世界投資見聞録」】
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政治と麻薬組織の癒着は「pax mafiosa(マフィアによる平和)」の側面もあるものの・・・
なお、政治と麻薬組織の癒着を断ち切ることは必要ですが、そのことが一時的に状況を悪化させることがある・・・という話は、2017年7月12日ブログ“メキシコ 「pax mafiosa(マフィアによる平和)」崩壊で麻薬戦争再燃”でも取り上げました。

カルデロン前大統領は麻薬組織と癒着した警察を信用せず、軍を投入して強硬な“麻薬戦争”を断行しましたが、結果的に犠牲者が増大し、国民の不評を買いました。

代わって政権を握ったペニャニエト大統領の制度的革命党(PRI)は、表向きの話はともかく、組織との癒着体質があります。

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カルデロン前大統領(国民行動党)は、強大な麻薬王たちを制圧するため軍隊を派遣した。彼らが影響力を拡大し、政府の権力に挑み、国の広い範囲を支配するほどになったためだった。

メキシコの殺人件数は今年過去最悪規模になりそうだ
軍は一部の麻薬組織を何とか壊滅できたが、殺人件数は増加し続けた。そして軍は人権蹂躙の非難を浴びた。罪のない市民の殺害や、麻薬組織容疑者の即決処刑への非難だった。
 
6年後の2012年、ペニャニエト氏を大統領候補に擁立したPRIは、自らを「効率の党」と呼んで政権に復帰した。前任のカルデロン大統領は、麻薬撲滅を強調したが、ペニャニエト大統領は教育政策の改革、エネルギー、電気通信産業の再編に集中した。(中略)
 
ペニャニエト氏の大統領就任以降、与党のPRIは麻薬密売などの汚職スキャンダルに見舞われてきた。

メキシコではPRI所属の元知事のうち、汚職で捜査対象になっているか、服役中か、あるいは訴追されているのが12人近くに上っている。また3人が訴追を逃れるため国外に逃亡した。最近数カ月間で、2人がその後拘束された。いずれも容疑を否認している。【2017年7 月 6 日  WSJ】
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ペニャニエト大統領のもとでの「pax mafiosa(マフィアによる平和)」と、その崩壊については以下のようにも。

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麻薬取引問題の専門家によると、常識では考えられないダイナミズムも働いているという。ここ数カ月間、ペニャニエト大統領が率いる与党・制度的革命党(PRI)の州・地方指導者が腐敗していると有権者に烙印を押され、地方選挙で落選していることだ。

この結果、麻薬組織と政治家との間の非公式な「同盟関係」が崩壊し始めている。この関係は「pax mafiosa(マフィアによる平和)」と呼ばれ、殺人を抑制する役割を果たしていた。

「地方と州のPRI主導政府は、非公式なルールを使って暴力と犯罪をコントロールした」と、メキシコ市にある超党派CIDE研究センターのホルヘ・チャバト氏(治安・国際関係)は言う。「彼ら当局者は『君ら(マフィア)は麻薬を密売できる。ただし、余りにも多くの人々を殺さないという条件付きだ』と言ってきたものだ」【同上】
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『君ら(マフィア)は麻薬を密売できる。ただし、余りにも多くの人々を殺さないという条件付きだ』という“非公式なルールを使って暴力と犯罪をコントロール”という「pax mafiosa(マフィアによる平和)」というのは、やはり常識的には認めがたいものがあります。

“昨年9月の選挙戦開始後、殺害された候補者や政治家はこれで計112人”という政治家犠牲は、こうした「pax mafiosa(マフィアによる平和)」を認めない立場の人々なのでしょう。(対立する組織の一方に加担し、他方に殺害された者もいるかもしれませんが)

【「麻薬戦争」を終わらせる唯一の方法は合法化?】
では、どうすれば今の惨状から抜け出せるのか・・・・ひとつの方法が“麻薬合法化”という考えです。

違法として取り締まれば取り締まるほどその希少性が増し、利益も大きくなり、犯罪も多発・狂暴化する・・・それなら合法化してしまえば、組織が関与する“うまみ”が消え、犯罪もなくなる・・・・という訳です。

もちろん、麻薬を合法化した場合には麻薬使用者の健康被害も増大するでしょうが、生産地中南米にしてみれば、それは消費国アメリカの問題であり、第一、アメリカの麻薬による死者より、生産国側の組織による犠牲者の方がずっと多い・・・という主張もあります。

****メキシコなどの麻薬カルテルを撲滅する 唯一の「経済学的」解決法は、麻薬を合法化すること****
・・・・そしてこのグアテマラ大統領は、「今日の中米では、アメリカの麻薬摂取による死亡者よりもずっと多くの人々が、麻薬の密売やそれにともなう暴力で死んでいる」として、すべての麻薬を合法化することを求めたのだ。
 
この動きは2015年にペレス・モリーナが汚職の罪で告発され、大統領を辞職したことで停滞したが、コスタリカがマリファナを非犯罪化し、国際社会に薬物対策の見直しを求めたように、コカインやヘロイン、覚せい剤を含むすべての麻薬を合法化・非犯罪化すべきだとの主張は右派・左派を問わず中南米で支持を広げている。
 
なぜならそれが、「麻薬戦争」を終わらせる唯一の方法だからだ。すくなくとも、麻薬問題を「経済学的に」理解しようと世界中を取材したウェインライトはそう結論している。【2月13日 橘玲氏 ザイ・オンライン「橘玲の世界投資見聞録」】
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いくら壁を建設しても、壁を超える方法はいくらでも考え出されるでしょう。

消費国アメリカのせいで、中南米が生産地となり、“麻薬戦争”の犠牲者が増え続けるのは理不尽だ・・・というのは、わからないでもありません。

合法化された麻薬に手を出して破滅するのは自業自得・自己責任とも言えます。そうした者を減らすために、教育などに力を入れるという方策もあります。

売春などもそうですが、抑えがたい人間欲望にかかわるものを法律で抑えこもうとすれば、そこには違法な水面下の犯罪が拡大します。

いっそ合法化して、“適正にコントロール”するというのも、確かに現実的方策かも。
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