孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

アメリカ  トランプ大統領指示で国民的英雄ソレイマニ司令官を殺害 注目されるイランの対応

2020-01-03 23:08:45 | イラン

(イランの最高指導者ハメネイ師(左)とソレイマニ将軍(2015年3月)【2018 年 2 月 21 日 WSJ】)

 

【「今回の攻撃は、この先のイランによる攻撃を防ぐために行われた」米国防総省】

正月早々、アメリカ・トランプ大統領が非常に思い切った作戦に出たことは報道のとおり。

 

****米軍、イラン有力司令官殺害=トランプ氏指示、イラク空爆―ハメネイ師「厳しい報復」****

米国防総省は2日夜、トランプ大統領による指示で、イラン革命防衛隊コッズ部隊のソレイマニ司令官を殺害したと発表した。ロイター通信によると、米軍はイラクの首都バグダッドで空爆を実施。

 

ソレイマニ司令官とイラクのイスラム教シーア派組織「カタイブ・ヒズボラ(KH)」の指導者アブ・マフディ・アルムハンディス容疑者が死亡した。

 

ソレイマニ司令官が率いるコッズ部隊はイラン革命防衛隊で対外工作を担う。KHもイラン革命防衛隊の支援を受けている。米軍がソレイマニ司令官らを殺害したことで、米イラン間の対立が一層激化する恐れがある。

 

AFP通信によると、イラン革命防衛隊も声明を出し、バグダッドの空港で現地時間の3日午前、米国による攻撃によりソレイマニ司令官が死亡したと発表。イラクのシーア派武装勢力の連合体「人民動員隊」の報道官は、空港で車列を標的にした空爆があったと指摘した。

 

ソレイマニ司令官殺害を受け、イランの最高指導者ハメネイ師は3日、ツイッターに投稿し、米国を念頭に「手を血で汚した犯罪者を待っているのは厳しい報復だ」と宣言。イラン全土が3日間喪に服すと発表した。イランのザリフ外相もツイッターで「極めて危険で愚かな緊張の拡大だ」と非難した。

 

米国防総省は声明で、「米軍は大統領の命令で、海外展開する人員を守るために決定的な自衛行動を取った」と表明。作戦内容の詳細は明かさなかったが、「イランの今後の攻撃計画を抑止することが目的だった」と説明した。

 

米軍は先月末、KHが駐留米軍基地を攻撃したとして、イラクとシリアにある拠点5カ所を空爆した。イラクでは少なくとも戦闘員25人が死亡したとされ、在イラク米大使館前で大規模反米デモが起きるなど緊張が高まっていた。

 

エスパー国防長官は2日、国防総省で記者団に、イランと親イラン派がさらなる攻撃を計画している兆候があると述べ、自衛のためには先制攻撃も辞さないと警告していた。【1月3日 時事】 

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イランに対するトランプ大統領の嫌悪感は今に始まった話ではありませんが、年末からのシーア派民兵らによる在イラク米大使館前での大規模反米デモにはイランに対する強い苛立ちを見せていました。

 

****トランプ氏、イランは「大きな代償」=米軍、中東に750人増派****

トランプ米大統領は31日、イラクの首都バグダッドにある米大使館がデモ隊から投石などを受けたことについて、「米国の施設が損害を受けたり、人命が失われたりした場合、イランが全責任を負う」とツイッターに投稿した。その上で「とても『大きな代償』を払うことになる! これは警告ではなく脅迫だ」と強くけん制した。

 

トランプ氏はこれに先立ち、イランが大使館前のデモを扇動していると非難していた。

 

イランをめぐる情勢が不安定化する中、エスパー米国防長官は31日、中東地域に兵士約750人を増派すると表明した。声明で「米国の人員と施設に対する脅威が増していることを受けた適切な予防的措置だ」と説明。今後、さらに増派する可能性も示唆した。【1月1日 時事】 

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今にして思えば、この段階ではすでに、作戦の準備が進んでいたのでしょうね。

在イラク米大使館前で大規模反米デモの方は、“バグダッドからの報道によれば、デモ隊は同日(1日)、イスラム教シーア派武装勢力の連合体「人民動員隊」の呼び掛けに応じ、米大使館前から撤収した。”【1月2日 時事】ということで、少し落ち着きを取り戻すのかと思っていましたが・・・。

 

アメリカ側はあくまでも「予防的措置」だったと主張しています。

 

****司令官殺害 アメリカとイランはどう主張したか ****

(中略)

米国防総省「この先のイランによる攻撃防ぐため」

声明では「大統領の指示を受けてアメリカ軍は海外に駐留する人員を保護するために断固たる防衛的措置を取り、アメリカがテロ組織に指定しているイランの革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害した」として、攻撃はトランプ大統領の指示によって行われたとしています。

そのうえで声明では「ソレイマニ司令官は、イラクや周辺地域でアメリカの外交官や軍人を攻撃する計画を進めていた。彼は過去、数か月にわたり、イラクの基地をねらった攻撃を画策し、アメリカ人やイラク人を死傷させた。また、今週起きたバグダッドのアメリカ大使館の襲撃を承認していた」と批判しています。

そして「今回の攻撃は、この先のイランによる攻撃を防ぐために行われた。アメリカは、国民と国益を守るために世界のどこにおいても必要なあらゆる措置を取る」と警告しています。(後略)【1月3日 NHK】

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【国民からの信頼のあつい「英雄」の死】

今回のアメリカの攻撃が衝撃なのは、殺害されたイラン革命防衛隊コッズ部隊のソレイマニ司令官が大物中の大物だからです。

 

単に肩書・役職の上で高い地位にあるということではなく、文字どおりイランの「英雄」であり、大統領以上(おそらく最高指導者以上)に国民から信頼を寄せられていた人物でした。

 

「予防的措置」とは言いつつも、そうした「英雄」をいきなり殺害してしまうというところが、「非常に思い切った作戦」と感じた所以です。

 

ソレイマニ司令官については、これまでも折に触れ取り上げてきましたが、2018年2月23日ブログ“シリアでのクルド人勢力と政府軍の共闘 背後にイランの同意 イランの影響力拡大を警戒するイスラエル”で紹介した、下記記事が彼の存在感をよく示しています。

 

****イラン国民に人気高まる将軍、その正体とは ****

米当局者はテロ支援者だとみなすが、イラン国民は英雄視する

米当局者たちは、イラン革命防衛隊(IRGC)の精鋭組織「コッズ部隊」の司令官を務めるカセム・ソレイマニ将軍をテロ支援者とみなしており、数千人に上る米軍兵士や中東同盟国の兵士の戦死の究極的な責任者だと考えている。

 

だが多くのイラン人は、ソレイマニ将軍が中東地域で影響力を増大させつつあるイランの顔であり、外国からの侵略を防御するための最善の人物だとみている。

 

ハッサン・ロウハニ大統領の支持率が低下しているのとは対照的に、ソレイマニ将軍への国民の注目度は急上昇している。

 

米メリーランド大学が最近行った調査によると、イラン人のうち、同将軍を「非常に好意的」に見ているとの回答は64.7%に上った。これに対し、ロウハニ大統領への好意的な見方は23.5%にとどまった。この数字からは、イランの中東での戦争の立役者が、同国で最も人気の権力者であることがうかがえる。

 

これは、イランが中東で自国の影響力保持に取り組んでいることに国民の支持が集まっていることの表れだ。(中略)

 

ソレイマニ将軍は現在60歳。イランが進めるイラクでのシーア派民兵の武装化やアサド政権への支援を代表する顔であり、イランで最も有名な人物の1人だ。

 

前線を訪れる際にはカメラマンたちが随行する。白いひげと白髪が特徴的な同将軍は、イラクやシリアの民兵たちとの自撮りにも応じている。ユーチューブには、同将軍に敬意を示す動画が数多く投稿されている。

 

同将軍が率いるコッズ部隊は国外での作戦を担当し、最高指導者アヤトラ・アリ・ハメネイ師の直属部隊だ。イラン革命防衛隊(IRGC)は国内で政治的弾圧の過去を持っているが、ソレイマニ将軍の人気から若干の恩恵が受けられるとみられる。それは、IRGCの影響力を抑えようとするロウハニ大統領の試みを阻止する一助になるだろう。(中略)

 

米国は2007年、コッズ部隊をテロ支援組織に指定。イランがイラクやシリア、レバノン、イエメンでシーア派民兵集団に資金や装備などを提供する工作の背後にいる重要人物として、ソレイマニ将軍を特定した。

 

イランは数々の拠点を設け、自分たちに忠誠を誓う集団を支援することで、隣国イラクからの軍事的脅威を防ごうとしている。また、テヘランからレバノンの地中海沿岸につながる回廊を作ろうとしており、それによって陸路で武器や人員などを補充する構えだ。

 

イラン国内でソレイマニ将軍は、過激派組織「イスラム国(IS)」を国境に近づけないようにしたとして高く評価されている。メリーランド大の調査によると、シリア内戦勃発から7年がたった今、イランがISと戦う集団への支援を増やすべきだと考えるイラン人は55%に上っている。支援を減らすべきだと答えた人はわずか10%だった。

 

多くのイランの指導者には汚職疑惑がつきまとうが、ソレイマニ将軍は富を避け、イラン・イスラム共和国のためなら進んで殉教者になるというイメージを打ち出してきた。

 

国際問題を専門とするワシントンのシンクタンク「アトランティック・カウンシル」の非常勤フェローであるアリ・アルフォネ氏は、「ソレイマニ氏を公の場に登場させることは、中東におけるイランの戦争に世界中のシーア派教徒を動員しようとする作戦の1つだ。この種の英雄をイラン体制は必要としている」と述べる。

 

IRGCの評判は、2009年の反体制運動弾圧を受けて下がっていたが、財政的には、バラク・オバマ前米大統領時代に科された米国主導の制裁からかえって恩恵を受けた。IRGCはイランの治安組織を牛耳っていたため、外国企業が撤退した空白に入り込むことができたのだ。建設、空港の運営や文化面の投資といった活動により、IRGCは有力な政治勢力になっている。

 

ソレイマニ将軍は政治的争いから一線を画し、大統領選への出馬要請を無視してきた。だが、シリアやイラクで外交的なアプローチを取ろうとするロウハニ大統領らの試みには手厳しく反応している。外交では「国防の殉教者」の仕事をなし得ないと言うのだ。

 

シリアでは、ソレイマニ将軍はアサド体制の生き残りに貢献してきた。例えば2013年、アサド大統領が化学兵器を使用したとしてイラン政府が同盟関係を断ちたがっているように見えた時、将軍はレバノンのシーア派武装組織ヒズボラの戦闘員2000人に動員を要請し、シリア政府軍が要衝クサイルを奪還できるようにした。それがシリア内戦の転換点になった。

 

イラクでは、シーア派民兵を武装化し、PR工作を展開して個人的な信奉者を構築することによって、戦場を支配すると同様に政治も支配するよう努めた。(中略) 

 

ペトレイアス氏はメールで「こうした民兵組織は、イラクなどでの多くの米国人の死亡に責任があり、米同盟国などのはるかに多くの兵士の戦死や市民の犠牲に責任がある」と述べた。 

 

米国の懸念の兆候として、マイク・ポンペオCIA長官は昨年12月、ソレイマニ将軍に送った書簡で「(同将軍の部隊)管理下にある勢力によってイラクにある米国の権益が攻撃を受けたら」、同将軍が説明を負わねばならないだろうと警告した。 

 

ハメネイ師の側近によれば、ソレイマニ将軍は「私は(ポンペオ長官の)書簡を受け取らないし、読まないだろう。こうした人々に何も言うことはない」と語ったという。【2018 年 2 月 21 日 WSJ】

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上記記事は2年ほど前の記事ですが、“マイク・ポンペオCIA長官は昨年12月、ソレイマニ将軍に送った書簡で「(同将軍の部隊)管理下にある勢力によってイラクにある米国の権益が攻撃を受けたら、同将軍が説明を負わねばならないだろうと警告した。”という警告のとおりになったように見えます。

 

それも、“書簡を受け取らないし、読まないだろう”というソレイマニ司令官に、手紙に代えて爆弾を届ける形で。

金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長も真っ青の“プレゼント”です。

 

上記記事が報じられた後の2年間で情勢が変わったところもあります。

 

アメリカの制裁で経済的苦境にあるイランでは昨年11月、ガソリン値上げを機にイラン全土で反政府デモが起き、これを厳しく鎮圧する当局によって、多大な犠牲者を出す混乱がありました。

 

そこではソレイマニ司令官指揮する革命防衛隊がイラン周辺国に資金を注ぎ込んでいることへの強い反発・不満が噴出しました

 

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イスファハーンのデモ隊は、「ガザを拒否する。レバノンを拒否する。自分たちはイランに命を捧げる」と唱えていた。

 

中東におけるイランの活動をめぐり、不満があるのは明らかだ。革命防衛隊は中東各地で、民兵組織の武装や訓練、報酬の支払いに何十億ドルと費やしている。イランの国境を越えて敵と戦わなければ、敵はテヘランの路上にまでやってくるというのが、その大義名分だ。

 

しかし、国内各地で抗議するイラン国民は、その資金は国内と国民の未来に使われるべきだったと主張する。

 

ドナルド・トランプ米大統領は昨年、イランの核兵器開発をめぐる国際合意から離脱し、イランの石油生産と金融業を制裁で狙い撃ちにした。米政府の制裁に加え、国内に横行する汚職とお粗末な経済運営のせいで、イラン経済はいまや破綻寸前だ。それでも政府は、従来の方針を変えようとしていない。【2019年11月29日 BBC】

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また、上記【WSJ】にもあるように、外交を重視する穏健派ロウハニ大統領と強硬派革命防衛隊を率いるソレイマニ司令官は政治的には対立関係にもありました。

 

しかし、“アメリカの汚い攻撃”で殉死したら「英雄」です。

アフガニスタン復興支援で自民党政権とは全く異なる立場にあった中村医師も、「殉死」すれば手のひらを反すように「英雄」「偉人」として旭日小綬章が授与されるぐらいですから。

 

【報復に備えるアメリカ 成り行きを注視する世界】

これからイランがどのような報復措置に出るのかが世界中で注視されています。

イランもアメリカと正面からことを構えるのは得策ではないでしょうが、感情的なものは損得の判断を超えることもあります。

 

****「疑いなく反撃する」 イラン司令官殺害、米に報復示唆****

(中略)ソレイマニ司令官は、イランの最高指導者ハメネイ師に近い要人。イラン側は激しく反発し、米国への報復を示唆している。両国間の緊張は一気に高まり、直接の軍事衝突にも発展しかねない情勢だ。(中略)

 

殺害を受けて、ハメネイ師は3日間の服喪期間を設けると明らかにし、「偉大な司令官の血で染まった手を持つ犯罪者たちは激しい報復を受けることになる」と声明を発表。イランのロハニ大統領も、「恐ろしい犯罪に対して、イランは疑いなく反撃する」とした。(後略)【1月3日 朝日】

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****イラン司令官殺害、首都で追悼式 「米国に死を」敵意あおる****

イラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」を率いるソレイマニ司令官殺害を受け、首都テヘランや司令官の故郷などイラン各地で3日、追悼式典が開かれた。

 

参加者らは「米国に死を」とスローガンを唱え、米国への敵意をあおった。国営テレビは画面の左上に黒い帯を表示して弔意を示した。

 

国営イラン放送は3日早朝から司令官殺害に関連するニュースを流し続けた。号泣する高齢男性や、「ソレイマニ氏はわれわれの心の中で生き続ける。米国に反撃する」と訴える中年女性らのインタビューを伝えた。

 

国際協調に重きを置くロウハニ大統領も「イランは、必ず復讐を行う」とする声明を出した。【1月3日 共同】

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アメリカは報復措置を懸念して、イラク国内のアメリカ国民に直ちに国外に退避するよう求めています。

 

****司令官殺害 イラクの米大使館 米国民に“直ちに国外退避を” ****

アメリカ軍によるイランの革命防衛隊司令官の殺害に対し、イランが報復を強く警告するなか、イラクの首都バグダッドにあるアメリカ大使館は3日「イラクで緊張が高まっている」として、イラク国内のアメリカ国民に対し、直ちに国外に退避するよう求めました。

 

米大使館「航空便が望ましい 無理ならば陸路でも」

このなかでアメリカ大使館は「航空便で退避するのが望ましいが、それが無理ならば陸路でもほかの国に出るべきだ」と呼びかけています。

アメリカは、イラク国内で首都バクダッドに大使館を、また北部アルビルと南部バスラに領事館を置いているほか、アメリカ軍の部隊をイラク軍の基地などに展開させています。【1月3日 NHK】

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混乱を懸念して原油価格は4%ほど上昇しています。

万一の事態になれば、中東に石油を頼る日本も大きな影響を受けることにもなります。

 

英独仏は緊張緩和・自制を呼びかけています。ただ、「英雄」を殺害されたイランとしては「何もしない」という選択肢はないでしょう。

 

トランプ大統領の「決断」で世界は正月早々非常に厄介な状況となっています。どこまで検討・熟慮された「決断」だったのか疑問がありますが。

 

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