(マレーシアのマハティール首相(右)とアンワル元副首相=2019年11月23日【12月27日 時事】)
【マハティール首相 アンワル氏が求める5月ごろの首相禅譲を否定 20年も続投】
マレーシアのマハティール氏は2018年5月の総選挙で、政権側による政治的とも思われる訴追によって拘留され政治活動が出来ない状態にあったかつての政敵アンワル元首相と手を組み、代わりに野党勢力の代表となることで92歳で政権に復帰しました。(現在は94歳)
首相就任当初から、本来の野党勢力指導者であるアンワル元首相に禅譲することして、在任期間を「2年程度」と公言していました。
アンワル氏は総選挙直後の2018年5月に国王恩赦で釈放され、同年10月には補欠選挙に当選して政界に復帰しています。
****マレーシアのマハティール首相、APEC首脳会議後の退任を表明****
マレーシアのマハティール首相(94)は10日、ロイター通信とのインタビューで、2020年11月に自国で開催するアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の終了後に、アンワル元副首相(72)に首相職を引き継ぐ意向を表明した。
マハティール氏は「私は退任してバトンを渡し、約束を果たす」と述べ、アンワル氏に政権を譲ると明言した。
「混乱が起きる」ことを理由に、首脳会議の前の交代は否定した。20年12月に退任するか、重ねて問われると「そのときが来れば検討する」と応じた。(後略)【2019年12月11日 読売】
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表題には“退任を表明”とありますが、内容的には“アンワル氏への早期の禅譲を拒否した”という話でもあります。
アンワル氏は早期の禅譲を求めていますが、久しぶりに政権の座についたマハティール首相としては「やはり自分でなければ・・・」という思いもあるのでしょう、マハティール首相とアンワル氏の関係について不協和音的なものも漏れてきます。
両者は、かつてはアンワル氏が副首相としてマハティール首相の後継者的な立場にありながら、対立し、マハティール氏によってアンワル氏は政界を追われるという、これまで多くの確執があった仲でもありますから・・・いろんな憶測も生まれます。
****マハティール首相、後継者に不満か かつての政敵アンワル氏―マレーシア****
マレーシアのマハティール首相が、94歳と高齢ながら2020年も続投する見通しだ。任期中の退任とかつての政敵アンワル元副首相(72)への禅譲を公言する一方、積極的なアンワル氏支持を表明せず退任時期も示していない。
マハティール氏のこうした態度が「アンワル次期首相」への賛否をめぐる与党内対立に拍車を掛けている。
マハティール氏は11月の記者会見で、マレーシアが議長国のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議が開かれる来年11月までの続投を宣言。アンワル氏が求める来年5月ごろの首相禅譲を一蹴してみせた。
ロイター通信などによると、マハティール氏は今月に入って「誰が後継首相として最適か保証できない」と発言。退任時期も「前政権が積み残した問題を解決した後」と述べ、21年以降にずれ込む可能性も示唆した。
マハティール氏とアンワル氏は長年対立関係にあった。1998年には、当時も首相だったマハティール氏との政策の違いでアンワル氏が副首相職を解任される出来事もあった。職権乱用罪などで服役も経験した。
ところが、昨年5月の総選挙で服役中だったアンワル氏はマハティール氏と共闘。建国以来初の政権交代を成し遂げ、選挙後の恩赦による釈放にもつながった。しかし、過去の経緯から「両者はまだ和解していない」という見方が絶えない。
マハティール氏のアンワル氏に対する複雑な思いを見透かすように、与党・人民正義党(PKR)内ではマハティール氏の首相任期全うを望む派閥とアンワル支持派閥が激しく対立している。
アンワル氏の次期首相就任は与党連合の合意事項で覆すことは難しい。一方、PKR内に生じた亀裂は修復困難で、23年5月の次期総選挙までにアンワル新首相が誕生しても安定した権力基盤を築けない可能性がある。【12月27日 時事】
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日本でもそうですが、政治家の“禅譲”というのはなかなか厄介です。
そのアンワル氏については、年末、また同性への性的暴行疑惑云々が報じられています。
****マレーシア警察、アンワル氏を性的暴行の疑いで聴取へ****
マレーシア警察は11日、アンワル・イブラヒム元副首相を性的暴行の疑いで聴取すると明らかにした。
前週、アンワル氏の元側近が、2018年9月にアンワル氏がこの側近に無理やり性行為をしようとしたと告発した。
警察は9日に元側近から聴取した。日程が調整でき次第、アンワル氏や関係する証人に話を聞く方針という。
アンワル氏は疑惑を否定。メディア向けの声明で、「中傷的な申し立て」への調査を加速する警察に謝意を示し、調査に協力する方針を示した。
アンワル氏は、第1次マハティール政権(1981─2003年)で副首相を務めたが更迭され、同性愛や汚職の罪で1999年からに10年近く服役した。マハティール首相は10日、アンワル氏に首相を禅譲する考えを示した。【12月11日 ロイター】
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アンワル氏については、これまでも同性愛(マレーシアでは違法)疑惑で服役した経緯があり、批判勢力としては“攻めどころ”ともなっているのでしょう・・・それとも、アンワル氏にそういう性癖があるのか(日本的には、別にあってもかまいませんが)・・・
この話がその後どうなったのかは知りません。少なくとも今のところ重大な話にはなっていないようです。
【歯に衣着せぬ発言で、存在感が際立つマハティール首相】
マハティール首相の方は、94歳にして意気軒高。やる気満々です。(マハティール氏と手を組んだ当時のアンワル氏は「2年後の94歳にもなれば・・・」という思いもあったでしょうが、その点ではあてがはずれたかも)
****偽ニュース対策法を廃止=マハティール氏、公約実現―マレーシア****
マレーシアのナジブ前首相が汚職批判を抑えるために制定した偽ニュース対策法を廃止する法案が19日、連邦議会上院で賛成多数で可決、成立した。
自身も同法に基づき捜査対象となったマハティール首相が廃止を公約していた。廃止法案は昨年も下院を通過したものの、野党が多数を占める上院で否決。再提出の末1年越しで廃止が実現した。
偽ニュース対策法は、ナジブ前政権が昨年5月の総選挙直前の同年4月に施行。悪意をもって間違ったニュースなどを作ったり、流布したりした場合に最高50万リンギ(約1300万円)の罰金または6年以下の禁錮、もしくは両方を科す内容だった。
政権交代後に同法による捜査や訴追は行われず、ナジブ氏は汚職事件で起訴された【12月19日 時事】
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対外的にも歯に衣着せぬ発言で、存在感が際立っています。
アメリカ・トランプ政権のソレイマニ司令官殺害についても、「不道徳で、法律にも違反している」と厳しく批判しています。
****マハティール首相「こう言ったら私も“ある人物”に空爆されるかも」****
マレーシアのマハティール首相は7日、米国によるイラン司令官殺害に言及し、「われわれももはや安全ではない」などと発言した。同日付でロイターが報じると、中国メディア・環球時報は「マハティール氏が果敢にも言った」と題して伝えた。
3日未明、米軍はイラクの首都バグダッドの国際空港で、イラン精鋭部隊のソレイマニ司令官を無人機で攻撃、殺害した。記事によると、マハティール首相はこれを受け、「いわゆる“テロリズム”に発展する可能性がある」と指摘。さらに、「こうした行為は不道徳で、法律にも違反している」と非難した。
同首相はまた、「われわれももはや安全ではない。もしも誰かを侮辱したり、気に障ることを言ったりすれば、“ある国の人物”はドローンを送り込み、私を空爆しても問題ないと思うだろう」と警戒感を示した。
記事によると、7日にはマレーシアの首都クアラルンプールの米国大使館周辺で、ブルカ(イスラム教徒の女性が着用するベールの一種)を着た女性らを含む約50人がデモを行い、米国に抗議した。
記事は、「マレーシアは米国がイランに制裁を加える中でもイランと良好な関係を保ってきた。マレーシアには約1万人のイラン人が住んでいると推定されている」などとマレーシアとイランの関係について説明した。
このほか、記事は「国家の指導者として世界最年長のマハティール首相は、この数カ月でイスラム世界の重要な議題について頻繁に発言してきた」とも言及。
同首相が、イランのロウハニ大統領も参加した昨年12月のクアラルンプール・サミット(イスラム諸国首脳会合)でイスラム排斥対策を強調し、「われわれは西側への依存を断ち切る方法を見出すべきだ」との見方を示したことや、インドで反イスラム的とされる市民権法改正が行われた際には、「この法律のせいで人々は死にかけている」などと批判したことを紹介した。【1月8日 レコードチャイナ】
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もともと、物事をはっきり言う性格だったのでしょうが、94歳にもなって“怖いものなし”です。
上記記事の最後にあるように、ヒンズー至上主義・イスラム排斥を強めるインド・モディ政権とも批判の応酬があるようです。
****インド政府、マレーシア産パーム油のボイコットを呼びかけ****
複数の関係筋によると、インドのパーム油輸入業者は、マレーシアからの輸入を事実上すべて中止した。
マレーシアのマハティール首相がインド政府を批判したことを受けて、インド政府が非公式に輸入業者にボイコットを指示したという。
インド政府は、精製パーム油とパーム・オレインの輸入も制限しており、関係筋によると、インドの輸入業者はマレーシア産のパーム原油と精製パーム油の購入を中止している。
インドは世界最大のパーム油輸入国。インドネシアやマレーシアなどから年間900万トン以上のパーム油を輸入している。
今回の措置を受け、マレーシアでパーム油在庫が拡大し、価格<FCPOc3>に下落圧力がかかることも考えられる。インドネシアがパーム油の輸出で優位に立つ可能性もある。
マハティール首相は昨年10月、インドがパキスタンと領有権を争うカシミール地方に「侵略し占拠した」と批判。先月にはインド政府が国籍法改正で社会不安をあおったと発言した。【1月14日 ロイター】
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【国内的には扱いが難しい民族問題】
国内的には、経済状況が好転しないなか、マレーシア特有の民族問題の扱いが現政権および(アンワル氏の)次期政権の重要課題となります。
****「新しいマレーシア」への期待と多数派マレー系住民の警戒感****
・・・・特に、経済状況が改善しないことへの国民不満の高まりは、政権支持率に直結する問題であり、そうした不満にマレーシア固有の民族問題(多数派マレー系の不満)が絡むと、政権の求心力は急速に低下することにもなります。
もともと総選挙に勝利した「希望連盟」は、華人やインド人を中心とした非マレー人の間で支持者が多い民主行動党(DAP)を主要勢力に含んでおり、民族主義や宗教重視、あるいは“何とか”第一主義がもてはやされる昨今にあっては珍しく「共存」を実現した政権でもあります。
前政権の腐敗追及という民族・宗教にかかわらない問題を前面にだしつつ、非マレー系、非イスラム系勢力が政治の中核に立つことへの(特に地方の)多数派マレー系の警戒感を、マレー系政治家としての実績と人気を有するマハティール氏の存在が一定になだめる形で実現した政権です。【2019年5月11日ブログ「マレーシア 政権交代から1年 「新しいマレーシア」に立ちはだかる民族・宗教の壁」】
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多数派マレー系からすれば“警戒感”ですが、逆に華人・インド人からすれば何とか改革を・・・という話にもなります。
華人社会にあっても、従来の親中国的傾向になじめない若い世代の存在など一様ではなく、香港情勢はそんなマレーシアの華人にも影響しているようです。
****華人は「2級市民」じゃない、声上げる****
「光復香港!」「時代革命!」。昨年9月、マレーシアから香港を訪れた大学生リウ・リャンホンさん(26)は、地元の学生にまじって夢中で政府への抗議スローガンを叫んでいた。
リウさんはマレーシアの首都クアラルンプール育ちの華人4世。母語は広東語と北京語だが、英語とマレー語も流暢(りゅうちょう)に話す典型的な「マレーシアン・チャイニーズ」だ。世界各国に住む中国系住民のうち、居住国の国籍を持つ人は「華人」と呼ばれる。(中略)
帰国後、クアラルンプールで、香港のデモを支持する集会を開いた。だが、それがマレーシアの地元紙で取り上げられると、華人社会で波紋を呼んだ。「一気に嫌われ者になった」と、リウさんは振り返る。警察から聴取も受けた。
警察に通報したのは華人団体だった。香港のデモが抗議する対象は、締め付けを強める中国でもある。なぜ「母国」を攻撃するデモを支持するのか――。リウさんは繰り返しそう問われるようになった。
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マレーシアには、多数派のマレー系が教育や就職などで優遇される「土地の子(ブミプトラ)政策」がある。不満を抱える華人社会は親中傾向が強く、華人団体と中国政府との関係も深い。
リウさんの両親も年に1度は中国を訪ね、「中国はマレーシアよりずっと発展している」とうれしそうに語る。実家のテレビではいつも中国の国営放送がかかっている。「中国とのつながりが未来を切り開く鍵になる」。父親のチーワーさん(56)は、リウさんのデモ活動には反対だ。
リウさん自身、「華人は『2級市民』扱いされている」と感じてきた。はるかに成績が低かったマレー系の同級生が入学した学部に自分は入れず、第8希望だった「中国研究」学科に入学した。マレー系しか申請できない奨学金もあった。
「でも」と、リウさんは言う。「中国もたくさんの不平等を抱える。『母国』と幻想を持つには、インターネットに情報があふれすぎていた」
香港では、学生への連帯を感じた。一方で、自分は香港人でも中国人でもないとも痛感した。「香港ではみんな歩くのが速すぎる。それに、ほとんどの住民が『チャイニーズ』であることにもなんだか違和感があって」
問題があっても、さまざまな民族が混沌(こんとん)と暮らすマレーシアが母国。そして自分はどこにいてもマレーシアの華人。「2級市民」の状況を変えるためには、自分が逃げずに声を上げなければいけない。そう思うようになった。
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帰国後に執筆を始めた卒業論文は「マレーシア華人のアイデンティティー」がテーマだ。ナショナリズム研究の古典とされるベネディクト・アンダーソンの「想像の共同体」をひきながら、「マレーシア華人」という独自の共同体意識が生まれていることを描くつもりだ。
「構造的差別を終わらせるべきだという人は増えている。対等な『マレーシア人』として異なる民族が調和していく道は必ずあると信じています」
■「格差是正」マレー系に特権
マレーシアでは1969年、マレー系と中華系との間で衝突が起き、約200人が死亡した。この出来事をきっかけに導入されたのが、「土地の子(ブミプトラ)政策」だ。
裕福な中華系に対する反感を緩和するため、政府は公務員の採用や大学入学でマレー系の優先枠を設け、マレー系企業を公共事業の入札などで優遇するようになった。中華系やインド系の住民は法改正を求めるが、マレー系住民の間には経済格差の是正に必要だとの見方が根強い。
2018年に誕生したマハティール政権が国連の人種差別撤廃条約を批准しようとした際には、マレー系の激しい反発が起きた。人種や民族による差別を禁じるこの条約は、ブミプトラ政策との矛盾が指摘されていたためだ。「マレー特権を無くしてはならない」との声に押され、政府は条約批准の見送りを発表した。【1月9日 朝日】
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