(ミャンマー各地でアウン・サン・スー・チー国家顧問を支持する集会が開かれた(10日、ヤンゴン)【12月22日 日経】)
【「ジェノサイドの認定」までは遠い道のり】
スー・チー国家顧問自ら法廷に立ち注目を集めたロヒンギャに対するジェノサイドに関する国際司法裁判所の判断が今月23日にも示されるようです。
****ロヒンギャ迫害で23日判断か=仮保全措置めぐり国際司法裁****
ミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャに対し、ジェノサイド(集団虐殺)があったとしてミャンマー政府がオランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)に提訴された問題で、仮保全措置を求めるガンビア政府は15日、ICJが23日に措置を認めるかどうか判断を示すとの見通しをツイッターで明らかにした。
イスラム協力機構(OIC)を代表して提訴したガンビアは昨年12月の口頭弁論で、ジェノサイド再発の危機があるとして、迫害の停止や国連調査団の受け入れを柱とする仮保全措置を求めた。
口頭弁論にはミャンマーからアウン・サン・スー・チー国家顧問が自ら出廷。人権侵害があった可能性は認めながらもジェノサイドはなかったと否定し、審理の取りやめを訴えた。【1月15日 時事】
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国際司法裁判所法廷におけるスー・チー氏の弁論等については、昨年12月14日ブログ“ミャンマー ロヒンギャへの「ジェノサイド」で訴えられた国軍を国際法廷で弁護するスー・チー氏”でも取り上げたところですが、その内容、および今後の展開については以下のようにも。
内容についていえば、「過剰な武力行使があった可能性はある」と一部ミャンマー国軍の責任を認める部分もありましたが、スー・チー氏は基本的には「住民殺害は意図したものではない」とジェノサイドを否定し、ミャンマー国軍の正当性を支持する従来からの考えに終始しました。また、ICJの介入は不必要・有害としてミャンマー政府に任せるように主張しました。
****「組織的なレイプや殺人」全否定 スーチー氏の法廷戦略****
ミャンマーの少数派イスラム教徒ロヒンギャに「ジェノサイド(集団殺害)」をしたと、同国政府が国際司法裁判所(ICJ)に提訴された問題で、アウンサンスーチー国家顧問が法廷で全面否定したことに国際社会から批判が出ている。ただ、スーチー氏の強気の発言は、訴えを退けるための入念な準備がうかがえるものでもあった。
オランダ・ハーグのICJ。ミャンマー政府がジェノサイド条約に違反してロヒンギャの人々にジェノサイドをしたと、西アフリカ・ガンビア政府が訴えた裁判で、ミャンマー政府代理人として11日の口頭弁論に出廷したスーチー氏は「不完全で誤解を招くものだ」と全面否定してみせた。
ミャンマーの従来の主張と同様とはいえ、かつて軍事政権にあらがって民主化を進めたノーベル平和賞受賞者のスーチー氏の発言が注目されていただけに、国際社会には失望感も。
国際NGO「セーブ・ザ・チルドレン」は「国連が集めた全ての証拠や我々が耳にした(ロヒンギャ)生存者の証言を全て無視した」と声明を出して批判した。
国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」も、70万人以上のロヒンギャ難民が生まれたことは「間違いなく組織化された殺人やレイプの結果だ」とミャンマー政府の責任を問いただした。
米国も口頭弁論の初日だった10日、ロヒンギャ問題に関して、ミャンマーのミンアウンフライン国軍最高司令官らへの経済制裁を発表。同国財務省は「最高司令官の命令で大量殺人やレイプが行われたという信頼できる主張がある」と、声明で理由を説明した。
これまでもスーチー氏を批判する論調を続けてきた中東の衛星テレビ局アルジャジーラ(電子版)は12日、「盗っ人は自分が盗っ人だと認めない。正義が証拠でそれを証明する。国際社会は我々からその証拠を得ている」とするバングラデシュ・コックスバザールのロヒンギャ難民組織の代表の発言を掲載した。
一方、仏教徒が大多数を占めるミャンマーでは、ロヒンギャは隣国からの招かれざる移民とみられており、スーチー氏の弁明への支持が盛り上がっている。
11日には最大都市ヤンゴンの市公会堂でICJの口頭弁論が中継され、ミャンマーの旗やスーチー氏の写真を手にした数百人が見守った。会社員タエスーモンさん(25)は「(スーチー氏を)心から信頼している。私たちの国を間違った主張から守ってくれるはずだ」と話した。
ミャンマー国内のメディアは多くがトップニュースとしてスーチー氏の発言を報じ、「ICJの介入で事態が悪化しないよう求めた」とするスーチー氏の発言を中心に報じた。(中略)
スーチー氏のメッセージ
(中略)強気だったともとれるが、京都大の中西嘉宏准教授(ミャンマー政治)は、「譲るところは譲っており、裁判の準備をじっくりしてきた」とみている。
譲った点とは何か。
それは、「国際人道法を無視した過剰な武力行使があったことは排除できない」との発言だ。これまでスーチー氏は、掃討作戦はロヒンギャの武装勢力に対する正当な対応だったと主張していた。
中西氏は「すでに(殺害行為などについて)ロヒンギャの証言があり、全て否定するのは難しい。一定の行為を認める姿勢を示した」と説明した。
一方で、スーチー氏は、国軍の軍法会議や政府が設立した独立調査委員会が、違法行為の責任追及を担うと説明した。そう訴えることで、「国際司法は自国の司法が機能しない場合に介入する」という国際的な原則に基づき、ICJの介入が不必要だと訴えた。
中西氏は「ミャンマーは軍政時代も含めてこれまで、外からの介入で態度を硬化させ、事態を悪化させてきた。スーチー氏は『解決には国内の自浄しかない。任せてほしい』とのメッセージを送った」とみる。
スーチー氏はまた、ロヒンギャを殺害したとして軍法会議で有罪になった兵士らの刑期が軍によって短縮されたことを「国民の多くが不満に思っている」とも明言。国軍の問題点を指摘する姿勢を見せた。
そうしたことから、中西氏は「国連やガンビアへの批判は抑え、ジェノサイドではないという主張に絞った。国家のリーダーが出廷するという非常にリスクの高い決断だったが、その中ではできうる限りの対応をしたのではないか」と分析した。
裁判どう進む?
ミャンマーの少数派イスラム教徒ロヒンギャに対する「ジェノサイド」はあったのか、なかったのか。国際司法裁判所(ICJ)はまずは、その判定の前に、ジェノサイドにつながる行為を直ちにやめさせるためにガンビアが求めた「仮保全措置」について、1カ月ほどで判断するとみられる。
東洋大の石塚智佐准教授(国際法)は「緊急にジェノサイド行為を防止するようミャンマー側に(仮保全措置として)求める可能性はある」と説明する。
だが、そうだとしても、ICJは「ジェノサイドかどうかの確定的判断ではない」と強調する可能性が高いという。石塚氏は「最も重要なジェノサイドの認定については、最終的な判決時まで見解を示さないはずだ」と説明する。
また、仮保全措置後、ミャンマー側は、ガンビアが提訴する資格のある「当事国」であるかどうかを改めて争うことも考えられるという。
ICJは、国同士の争いしか扱わない。西アフリカのガンビアはロヒンギャ難民問題に国家として直接関わりがなく、イスラム協力機構(OIC)の代表として原告になったとされている。
そのため、ミャンマー・ガンビア間に紛争が存在しないとされれば、裁判自体が成り立たなくなる。ミャンマーがそう主張すれば、まずはその判断のために通常はさらに2年ほどはかかり、ジェノサイドか否かの審理は、その後で始まる。
また、裁判での焦点はジェノサイド条約で定義されるように、ジェノサイドの意図をもった殺害などの行為があったかどうかだ。
石塚氏は「多数の殺害行為があったとしても、それがロヒンギャという集団を破壊する意図の下での行為と認められなければ、ジェノサイドとはならない」と説明。
「ジェノサイドは国際法でも最も重い罪の一つとされ、慎重に審理される。ミャンマー政府の責任がどこまで及ぶのかなど判決の予見は難しい」と話した。【2019年12月22日 朝日】
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上記記事を読む限り、23日に示される「仮保全措置」の内容如何にかかわらず、「ジェノサイドの認定」について明確な判断がでるのはまだまだ遠い先の話のようです。
70万人を超す難民を出すに至った事態にもかかわらず、国軍の責任を基本的な部分で認めないノーベル平和賞受賞者、かつ、かつての民主化運動の象徴だったスー・チー氏に対する国際世論は厳しいものがあるのは上記のとおり。
“ただ、国軍幹部への制裁を強化している欧米も、一般市民の生活に影響が及ぶ経済制裁には慎重だ。京都大学の中西嘉宏准教授は「かつてのような経済制裁を科せば中国のミャンマーへの影響力が増す。欧米もバランスをもった判断をするはずだ」とみる。”【12月22日 日経】ということで、国際社会のスタンスが大きく変わることもないようです。
【「総選挙対策」としては成功?】
一方、「2020年の総選挙を控え、国際社会の非難に立ち向かう姿勢を示す狙いだった」(スー・チー氏側近)【12月22日 日経】というスー・チー氏側の狙いは、充分に達成されたようです。
****内向くミャンマー、国軍擁護のスー・チー氏に支持 ****
イスラム系少数民族ロヒンギャの迫害問題を巡り、ミャンマーの内向きが鮮明になっている。
同国内では、欧米などが批判するミャンマーの国軍を国際司法の場で擁護したアウン・サン・スー・チー国家顧問への支持が広がる。同氏が国軍を擁護したことに欧米からは批判の声が上がっており、ミャンマーの世論との温度差が浮き彫りになっている。
スー・チー氏が首都ネピドーに戻った14日、空港からの沿道には国会議員や市民が並び「我らが母よ」という垂れ幕を掲げて出迎えた。スー・チー氏は車の窓を開けて手を振り、声援に応えた。
国際司法裁判所(ICJ)の審理初日の10日には、最大都市ヤンゴンの市庁舎前にはスー・チー氏を応援する数千人が集まった。同様の集会は国内各地で開かれた。
同氏側近は「2020年の総選挙を控え、国際社会の非難に立ち向かう姿勢を示す狙いだった」と明かす。(後略)【12月22日 日経】
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こうした流れに、日本に暮らすロヒンギャからは激しい怒りも。
****「スー・チー氏のうそ信じないで」=在日ロヒンギャ、日本政府にも苦言****
ミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャ難民らでつくる「在日ビルマ・ロヒンギャ協会」のゾー・ミン・トゥット副代表が15日、東京都内の日本外国特派員協会で記者会見した。
「ミャンマー国軍やアウン・サン・スー・チー国家顧問のうそを信じないでほしい」と訴え、ロヒンギャ迫害を否定するスー・チー政権を非難した。(中略)
ゾー・ミン・トゥット副代表はミャンマーで今年実施される総選挙を念頭に、「スー・チー氏は訴訟に向き合うためにハーグに行ったのではない。国民の支持を得るための選挙キャンペーンだ」と批判。「ロヒンギャの骨の上に民主主義や平和を築くことはできない」と強調した。【1月15日 時事】
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ただ、下記のようにミャンマーを巡って中国と影響力を競う日本政府は、仮に欧米がミャンマー政府に厳しい対応をとったとしても、独自の宥和的な対応にとどまると推察されます。
****日本と中国がせめぎ合う 英国が残したミャンマー鉄道****
植民地支配していたイギリスが残したミャンマーの鉄道をめぐって、日本と中国のさやあてが続く。
日本は円借款をつぎ込んでJRなどの中古車両が走る在来線の改善に取り組み、中国は車両工場を立ち上げて現地生産し、雲南省からインド洋へ抜ける新線を敷く野心を抱く。
ミャンマーは、日米が主導する「自由で開かれたインド太平洋」構想と中国の巨大経済圏構想「一帯一路」とがぶつかるアジア戦略の「一丁目一番地」でもあるからだ。
中国は関係をてこ入れしようと、習近平国家主席が年明け早々の1月17日から、ミャンマーを10年ぶりに訪問する予定だ。(後略)【1月11日 GLOBE+】
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スー・チー氏側は、農村部での人気低下も指摘されるなかで、上記のロヒンギャ問題への国内世論受けする対応を含め、秋の総選挙勝利に向けて着々と手をうっているようです。
****ミャンマー紙幣にスー・チー氏父 国民的人気、選挙利用の指摘も****
ミャンマー中央銀行はこのほど、「建国の父」と称されるアウン・サン将軍(1915〜47年)の肖像画を使った新紙幣の発行を始めた。
アウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相の父で、今も国民に敬愛されている。秋に総選挙を控える中、スー・チー氏が父の人気にあやかり、支持固めに利用しているとも指摘される。
アウン・サン将軍は第2次大戦中、ビルマ(現ミャンマー)で抗日運動を率いた。終戦後は英国からの独立交渉を主導したが、独立前の47年に暗殺された。アウン・サン将軍の肖像画が描かれた紙幣の発行は約30年ぶりだ。【1月14日 共同】
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建国の英雄、国父アウン・サン将軍に対しては、軍部も反対できない・・・というあたりがミソでしょうか。