孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

トランプ大統領のパレスチナ問題に関する「世紀の取引」 “ウィンウィン”ではなく“勝者と敗者”

2020-01-29 22:05:11 | パレスチナ

(28日、ワシントンで、中東和平案を発表し、握手するトランプ米大統領(左)と、イスラエルのネタニヤフ首相=ロイター【1月29日 読売】)

【イスラエルの希望を全面的に認めた「世紀の取引」】
以前から取り沙汰されてきたアメリカ・トランプ大統領のパレスチナ問題に関する「世紀の取引」が正式に発表されました。

予想されたように、一言で言えば「イスラエル寄り」・・・・というか、イスラエルの希望を全面的に認めた内容となっています。

発表の場にはパレスチナ側の姿はなく、トランプ大統領の傍らにはイスラエルのネタニヤフ首相、両者は発表後握手を交わす・・・という光景に、この「世紀の取引」がどういうものか、如実に示されています。

****米の「イスラエル寄り」中東和平案、パレスチナ側反発「陰謀の取引」****
米国のトランプ大統領は28日、パレスチナ紛争の解決に向けた中東和平案を公表した。

パレスチナ自治政府が将来の独立国家の領土と位置付けるヨルダン川西岸のユダヤ人入植地などをイスラエル領に組み込むなど、イスラエル寄りの内容だ。
 
トランプ氏は、歴代米政権が唯一の解決策としてきたイスラエルとパレスチナの「2国家共存」を表向きは支持した。

しかし、公表された和平案では、イスラエルとパレスチナの国境線を、イスラエルが西岸などを占領した第3次中東戦争(1967年)以前の境界線から変更し、西岸入植地や西岸東部にあるヨルダン渓谷一帯をイスラエル領に組み込むとした。
 
さらに、帰属を争うエルサレムを不可分のイスラエルの首都とした。

パレスチナ側には、テロ防止などの条件で独立国家の建設を容認したが、首都はパレスチナ側が求めてきた東エルサレム全体ではなく、その一部とした。パレスチナ難民がイスラエル領内の故郷に帰還する権利についても認めなかった。
 
一方で、将来のパレスチナ国家となる領域でのイスラエルによる入植活動を今後4年間凍結するよう求め、イスラエル南部にパレスチナ領を設けるなど、イスラエル側にも一定の譲歩を迫った。

パレスチナ側が和平案を受け入れた場合、500億ドル(約5兆4500億円)以上をパレスチナに投資し、経済成長を促すともした。
 
トランプ氏は28日、ホワイトハウスで記者団に「パレスチナにとって国家を樹立する歴史的な機会だ」と和平実現に自信を見せた。同席したイスラエルのネタニヤフ首相は「歴史的な日だ」と歓迎した。
 
一方、パレスチナ自治政府のアッバス議長は「この陰謀の取引は成立しない」と反発し、和平案を拒否する考えを示した。【1月29日 読売】
*********************

「世紀の取引」内容の要点は以下のとおり

***********************
・abu deis (アブ・ディスまたはアブ・デイスは、エルサレムに隣接するパレスチナ自治政府のエルサレム県にあるパレスチナの村【ウィキペディア】)が将来のパレスチナ国家の首都である
・ヨルダン渓谷を含む西岸の30%を即刻イスラエルの領土とする(確か報道によるとイスラエルはこの1日から併合措置を進めるとか)
・ハマスの武装解除とガザの非武装化
・パレスチナはイスラエルをユダヤ人国家として認める
・イスラエル人は入植地から退去させられない
・エルサレムはイスラエルの首都
・エルサレムで分離壁の外側はパレスチナのもの
・パレスチナ難民問題はイスラエルの外で解決する
・パレスチナ難民はパレスチナ国家に帰還できる
・難民への補償の基金設立
・パレスチナはテロと戦い挑発を止めること
・エルサレムの聖地の現状維持
・パレスチナにはネゲブ砂漠(イスラエル南部の砂漠地帯)一部を与える
・パレスチナ国家に、外部からの資金で500億ドルの投資基金を設立する
・4年間の暫定期間中の入植地建設停止【1月29日 「中東の窓」より 一部加筆】
***********************

イスラエルにとっては、ほぼ満額回答です。

“ネゲブ砂漠(イスラエル南部の砂漠地帯)一部を与える”と言っても、イスラエルがベドウィンの強制移住を進める地域で、イスラエルにとっては価値のない荒野です。

ヨルダン川西岸の国際法違反の入植地はそのままイスラエル領に組み込み、代わりに砂漠をやるからと言われても・・・。

結果、ヨルダン川西岸地区はイスラエルに食い荒らされた虫食い状態に。

(トランプの和平案について、イスラエルのhaaretz netが掲載した「将来のパレスチナ国家」と言う地図【1月29日 「中東の窓」】)

加えて、エルサレムはイスラエルの首都(代わりに、エルサレム近郊の村をパレスチナにくれてやる)、イスラエル支配地域への難民帰還は認めない(パレスチナ側で処理する問題)、“テロと戦い挑発を止める”(おそらく、ハマスの武装解除を意味するのでしょう)・・・等々。

【“ウィンウィン”ではなく、パレスチナに「負け」を認めることを求める内容】
トランプ大統領は「ウィンウィン(双方に有益)となる機会を提供する」と語っているようですが、実質的にはパレスチナ側に「全面降伏」を求めるものであり、「勝者と敗者」の関係を強いるものです。

****中東和平案 米「負けを認めよ」とパレスチナに迫る****
トランプ米大統領は28日発表した新中東和平案について、イスラエルとパレスチナ自治政府に「ウィンウィン(双方に有益)となる機会を提供する」と強調した。和平案は、従来の国際合意にとらわれず、実質的に新規まき直しの交渉を提唱するものだ。
 
トランプ氏はホワイトハウスで和平案に関し「パレスチナ国家の樹立がイスラエルに対する安全保障上のリスクとなる問題を解消した、現実的な2国家共存策だ」と強調した。
 
トランプ政権高官も記者団に対し、「パレスチナは当初は和平案に疑心を抱くだろうが、いずれ交渉入りに合意するだろう」と期待を表明した。
 
トランプ氏の娘婿であるジャレド・クシュナー氏らが約3年間かけて作成した和平案は約80ページにわたり、2014年に和平協議が頓挫して以降の米政府の和平提案では最も詳細な内容であるのは間違いない。
 
そして、国連安全保障理事会や国連総会、過去の中東和平合意を必ずしも踏襲せずに思い切った提案をしているのも特徴だ。
 
特に、イスラエルとパレスチナ国家との境界線の線引きを大幅に変更したことは、2国家共存は「1967年の第3次中東戦争以前の境界線」を基準として進められるとした従来の国際合意から完全に逸脱するものだ。
 
また、ガザ地区の南部に新たに一定規模の土地を提供し、開発を支援するとの提案には、不動産開発業者だったトランプ氏らしい発想が透けてみえる。
 
和平案は、ヨルダン川西岸地区のユダヤ人入植地についてイスラエルの主権を認め、エルサレムをイスラエルの首都と位置付けるなど、イスラエルに有利な内容なのは疑いない。
 
しかし、パレスチナは経済および治安維持をイスラエルに大きく依存しており、双方の力関係を考えれば、例えば従来の境界線を基準とした2国家共存を双方が「対等」な立場で実現させるのは、現実問題として不可能に近い。
 
トランプ氏の和平案を突き詰めれば、パレスチナに「負け」を認め、「グッド・ルーザー(良き敗者)」としてイスラエルと共生していくことを勧めたものだといえる。【1月29日 産経】
******************

【トランプ大統領・ネタニヤフ首相の都合に合わせた取引発表】
この「世紀の取引」が出されたタイミングは、トランプ政権・ネタニヤフ首相の都合に合わせたものと指摘されています。

****米が中東和平案公表 イスラエル寄りの内容 パレスチナ側反発 ****
(中略)トランプ大統領には、ことし秋の大統領選挙を見据えて、イスラエルを支持する国内のキリスト教福音派などにアピールし、支持基盤を固めるねらいがあり、和平案はイスラエルによる占領を追認したイスラエル寄りの内容となっています。(中略)

特に国民の4分の1を占めるとされ、アメリカ最大の宗教勢力とも言われる福音派は聖書の言葉を厳格に守ることを教えの柱とし、イスラエルを支援することが重要だと考えています。トランプ大統領の再選には欠かせない支持基盤です。

しかし、ウクライナ疑惑などのスキャンダルが取り沙汰される中、先月、キリスト教福音派の有力誌が「憲法に違反しただけでなく極めて不道徳だ」としてトランプ大統領の罷免を求める社説を掲載しました。

支持基盤の一部が離反する可能性も指摘される中、トランプ大統領としては、改めてイスラエルを重視する姿勢を打ち出し、支持を固めたいという思惑があるとみられます。

また、先週からは議会上院でウクライナ疑惑をめぐる弾劾裁判が始まり、全米で生中継される審理で民主党が追及を強める中、疑惑から国民の目をそらすねらいがあるのでは、という見方も出ています。

一方、イスラエルでは、ことし3月に総選挙が予定されていて、トランプ大統領としては、汚職事件で批判にさらされている盟友のネタニヤフ首相に外交的な成果を与え、援護射撃しようとしているとの見方が出ています。(後略)
【1月29日 朝日】
*********************

【アメリカの「力」に腰が引けたアラブ諸国】
内容的には、一方的にイスラエルに肩入れしたもので、ひと昔前なら「何言ってんだか・・・」といったところですが、なにせ世界最強国アメリカが推進する方針ですから、パレスチナ側が受け入れなくても、国連の補助金などを使った圧力を強めるなどの「力の政治」で、一定に国際社会において影響力を持つものとなるのでしょう。

従来であればパレスチナ側に立って支援したであろうサウジ・エジプト・UAEなどアラブ諸国も、トランプ大統領の意向を汲んで腰が引けた対応です。

****世紀の取引(アラブ、中東諸国の反応)*****
(中略)
・当然予測されたところではあるが、当事者のパレスチナ人の立場は全面否定で、このトランプ案は生まれたときから死産であったとのコメントが見られ、和平案拒否、これに対して抗議活動の激化の立場をとっている

その意味で、ガザは勿論、ヨルダン川西岸とエルサレムでも、当面緊張が激化し、イスラエル当局との衝突が激化する可能性が強い。

たしかIDF(イスラエル軍)も28日頃から西岸の警備を強化している、

・これも当然予測されていたところではあるが、アラブ諸国の反応は2分され、サウディ、UAE, エジプト等はトランプ支持を表明したが、いずれも実体のない?イスラエルとパレスチナとの直接交渉に希望を託した。

その意味で、トランプ案が、建前上は「2国家方式」を維持した事は、これらの国に「イチジクの葉」を提供することとなり、当初トランプが一国方式を支持するとしたのを修正したのは賢明であった。

もっともこの「イチジクの葉」がどれほどの効果を表すかは、甚だ疑問ではあるが・・・(後略)【1月29日 「中東の窓」】
*********************

*********************
アメリカにあるUAEの大使館は声明を出し、「アメリカ主導の国際的な枠組みの中で和平交渉に戻るための重要な出発点になる」として歓迎する姿勢を示しました。

地域大国のサウジアラビアは、公表の場に大使は、出席しませんでしたが、外務省が声明を出し「包括的な和平案を作り上げたトランプ政権の努力に感謝する。アメリカの支援の下でパレスチナとイスラエルが直接和平交渉を始めることを奨励したい」と評価しました。

また、イスラエルと国交があるエジプトの外務省も声明で「アメリカの努力に感謝する」としたうえで、「両者がアメリカの提案を吟味し、包括的な和平に向けた対話の再開を期待する」として和平交渉の再開を呼びかけました。【1月29日 NHK】
**********************

やや意外だったのは、従来から「2国家方式」を支持して、イスラエルの強硬姿勢に批判的だった欧州も、あからさまなトランプ批判は控えているところです。

****中東和平 EU、米新提案に「努力再開の機会」****
トランプ米大統領が発表した新中東和平案について、欧州連合(EU)のボレル外交安全保障上級代表は28日の声明で、紛争解決に向けた「努力再開の機会になる」と評価した。和平交渉を通じた2国家共存、国連決議の尊重を求めるEUの方針は不変だとした。
 
フランス外務省も29日の声明で、トランプ氏の努力を歓迎したうえで、中東和平には「国際法や国際合意に基づく2国家共存」が必要だと訴えた。
 
一方、英国のラーブ外相は28日の声明で、和平に向けた「真剣な提案だ」と歓迎した。イスラエル、パレスチナの双方に、和平交渉再開への一歩になりうるかどうかを「公平に検討」するよう促した。声明は、双方の平和共存の重要性を訴える一方、「2国家」案には言及しなかった。【1月29日 産経】
*******************

【パレスチナ側の反発で、当面は高まる緊張 その後は?】
「世紀の取引」をパレスチナや支援するヒズボラ・イランなどは拒否して反発を強めていますので、当面はパレスチナを舞台にした緊張が高まるものと予想されています。

*****米の中東和平案、パレスチナで抗議活動…アラブ諸国も反発****
米国のトランプ大統領が公表した中東和平案に、パレスチナ側は反発を強めている。ラマッラやガザなどパレスチナ自治区の各地では28日、住民らによる抗議活動が起きた。
 
ガザ地区では、パレスチナの旗を手にした群衆が通りに繰り出し、トランプ氏の写真を焼いて抗議の意思を示した。ヨルダン川西岸ラマッラでも若者らが石や火炎瓶を投げるなどして、イスラエルの治安部隊と衝突した。
 
パレスチナ自治政府のアッバス議長は28日、自治政府幹部を招集して対応を協議した。その後のテレビ演説で、「パレスチナ人の歴史的権利を無視することは受け入れられない」と語り、和平案を拒否する姿勢を打ち出した。さらに和平案が経済支援と引き換えにパレスチナ側に大幅な譲歩を求めていることに対し、「エルサレムは売り物ではない」と述べ、強い反発を示した。
 
ガザ地区を支配し、自治政府と長く対立してきたイスラム主義組織ハマスも、アッバス議長の「和平案拒否」を支持する形で連携を表明。ハマス幹部のハリル・ハヤ氏は「あらゆる手段をもって和平案に対抗する」と話した。
 
サウジアラビア国営通信によると、サウジのサルマン国王は28日、アッバス議長と電話会談し、「パレスチナ人の権利を擁護するサウジの姿勢は揺らがない」と、支持を約束した。

ヨルダンも、東エルサレムを首都とするパレスチナ国家の樹立こそが恒久的な平和を実現するとして、和平案に反対する外務省声明を発表した。【1月29日 読売】
*****************

ISの活動も、活発化すると思われます。
“IS「米の中東和平案の実現阻止」 ユダヤ人を標的と宣言”【1月28日 産経】

また、“アッバス議長は10年以上対立が続いている、イスラム原理主義組織のハニーヤ最高幹部と電話会談を行ったことを明らかにし、「互いの違いを乗り越えて団結するときだ」と述べ、今後の抗議活動では、ライバル関係にあるハマスとも連帯していく姿勢を示しました。”【1月29日 NHK】ということで、パレスチナ内部の統一が加速される可能性もあります。

トランプ大統領の方は、「パレスチナは当初は和平案に疑心を抱くだろうが、いずれ交渉入りに合意するだろう」と
自信を見せています。取引内容云々ではなく、現実世界におけるアメリカの力への自信でしょう。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする