(英首都ロンドンにある下院での採決後のボリス・ジョンソン首相。英議会記録部(PRU)の映像より(2020年1月10日撮影)【1月10日 AFP】)
【1月末離脱へ 年末までのEUとのFTA締結は可能か】
昨年12月12日のイギリス総選挙においてジョソン首相率いる保守党が圧勝したことで、ジョンソン首相の主張するEU離脱が既定方針となったことで、私を含めて世間のブレグジットへの関心は低下したように見えます。
イギリス議会においても、ジョンソン政権のEU離脱の既定方針に従って、大きな波乱もなく事態は粛々と進んでいます。
****英下院、ブレグジット関連法案を可決 月末に念願の離脱へ****
英議会は9日、同国の欧州連合離脱(ブレグジット)関連法案を可決した。これで英国は期限である今月末、EUを離脱する初の国家となり、2度の首相交代をへて同国を分断してきた数年にわたる議論に終止符が打たれた。
英下院はボリス・ジョンソン首相のEU離脱案を賛成330、反対231で可決。議員らの承認を受け下院は歓声に包まれた。
2016年に国民投票が実施されて以来、議員らは約50年密接な貿易関係にあった欧州から離脱する手順や時期、あるいはその是非をめぐり、激しく対立してきたが、激動と混乱が続いた異例の事態に幕が下ろされた。
昨年12月に実施された総選挙でジョンソン氏率いる与党・保守党が圧勝し議会で過半数の議席を確保すると、混乱は一気に収束に向かった。(後略)【1月10日 AFP】
********************
ただ、離脱後のEUとの関係について、1年以内にFTA(自由貿易協定)を締結するとし、新たな貿易関係を構築するまでの移行期間(2020年末まで)については「延長しない」としていることで、2020年末までに「新たな貿易関係を構築」が間に合わず、事実上の「合意なき離脱」の混乱に陥るのではないか・・・との指摘も多くあります。
****実は「延長戦」である 速報・英国総選挙2019(下)****
(中略)保守党は離脱後のEUとの関係について、1年以内にFTA(自由貿易協定)を締結する、と公約しているのだが、同時に、新たな貿易関係を構築するまでの移行期間(2020年末まで)については、現行のEUとの協定では2022年末まで延長することが可能であるにもかかわらず、延長しない、と断言している。
つまり、来年1月末に離脱を実行して、その後11ヶ月でFTAの交渉をまとめ上げねばならないわけだが、EUの関係者は口を揃えて、まず不可能だ、と語っているし、日米を含む各国のエコノミストも、大半が「まず無理だろう」としている。
FTA締結と簡単に言うが、個別具体的な貿易品目について、関税を免除するか減額するか、あるいは残すか、本当に当該国で生産されたものであることを、どのようにして保証するかといった交渉プロセスが必要なのだ。
2018年にEUとシンガポールとの間でFTAが発効したが、交渉開始は2014年であった。しかも、この4年という交渉期間は過去最短であって、メルスコール(南米関税同盟。ブラジル、アルゼンチンなどが加盟)との交渉など、驚くなかれ20年を費やしている。
要するに、来年の今頃は、またしても「合意なき離脱」の危機が再燃するわけで、言わばブレグジット騒動は「延長戦」に入っただけなのである。
もちろん、今や議会で単独過半数を握っているジョンソン政権は、柔軟に法案を修正して行くことも可能である。メイ前首相と同様に「優柔不断」だと非難はされるだろうが。(中略)
ブレグジットが実行されると同時に、スコットランド独立問題や南北アイルランド統一問題が再燃するのも、火を見るよりも明らかだ。
とりわけジョンソン首相によって切り捨てられた形となった、北アイルランドの諸派は、このまま黙ってはいまい(『まさかの北アイルランド切り捨て』を参照)。
「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として。二度目は茶番として」
という言葉があるが、もしかして来年の今頃、ブレグジット騒動について、私も同じ事を言わなければならないのだろうか。【12月19日 林信吾氏 Japan In-depth】
********************
一方で、ジョンソン政権は「必要最小限の合意」をまとめることで、2020年末を現実的に乗り切るだろう・・・との見方も。
****保守党圧勝で見えた英国の「最小限合意」EU離脱****
(中略)ジョンソンが移行期間の延長を求めないのは、英国をEUの「属国」の立場に長く置きたくないからである(移行期間中、英国はEUにおける決定権はない一方、従来のEUとの関係に縛られる)。
しかし、英国の加盟国としてのEUとの関係は、一秒たりとも間隙を置くことなく切れ目のない状態で新たな将来の関係に引き継がれねばならないとの立場を取る必要はない。
移行期間終了後に順次交渉を纏めることで支障のない分野は種々ある筈である。安全保障協力、司法・治安協力、学生交流が一秒も待てない筈はない。移民も待てる。サービス貿易ですら、企業による自衛策を前提とすれば待てるかも知れない。
したがって、ジョンソンは必要最小限の合意を得て移行期間切れに備えることを目指すものと予想される。例えば、モノの貿易に焦点を絞った協定であれば、議会の承認を必要とせず発効できる可能性がある。(中略)
もちろん、それでも、混乱は生ずる。ジョンソンは「野心的なFTA」を目指すと言っているが、それは結局は通例のFTAであるから、いずれにせよ物流には障害が生ずる。サプライチェーンは寸断される危険がある。企業は自衛策を講ずる他ない。
経済界からは異論が出るであろうし、混乱を不安視する声もあって議論は喧しいことになるかも知れない。新たに取り込んだ製造業分野の勤労者層に配慮する必要もあるかも知れない。
しかし、保守党から反旗を翻す可能性のある議員を追放して忠実な議員で固め、その上これだけの多数を有するのであるから、ジョンソンは押し切ることになるであろう。(中略)
確かに混乱は不可避である。しかし、「2020年、Brexitは片付くどころか、期限に間に合わずno-dealの崖っぷちに立つという2019年の経験を繰り返す」(‘”Get Brexit done”? It’s not as simple as Boris Johnson claims’, Economist, December 5 ,2019)、ということにはならないように思われる。【12月23日 WEDGE】
*****************
“潮目が変わった”現在の政治状況からすれば、多少の混乱はあるにしても、2020年末にジョンソン首相が持論で押し切る・・・というのが“ありそうな展開”に思えます。
その結果、イギリス経済・市民生活がどうなるのか・・・・という話は、“未知の領域”です。
【焦点となっていた北アイルランドの問題は? 懸念・可能性、様々な指摘も】
ジョンソン首相の総選挙勝利は、とにもかくにもEUとの間で新離脱合意をまとめ上げたことにあります。
これにより、「決められない政治」にうんざりしていた国民が、ジョンソン首相に任せてみよう・・・という流れになっています。
昨年10月17日に合意された新離脱合意では、北アイルランドはイギリスの関税領域となっています。ただし北アイルランドは、「EUの単一市場には入らないが、単一市場のルールに従う」というレトリックで、主に物品はEU単一市場に「事実上」残ることになっています。
この点に関しては実質的にはメイ前首相の合意とほとんど変わらないと言っていい内容ですが、おそらく、北アイルランドに関して離脱強硬派が嫌う「単一市場残留」という言葉を表向き使いたくなかったジョンソン首相の政治的勝利でしょう。
かつ、アイルランと(EU加盟)と北アイルランドの間で(北アイルランド紛争再燃につながる)「厳格な国境検査があってはいけない」という大原則は変わらず、イギリス・EUの両者は合同委員会を設置して、この問題に取り組むとされていますがが、具体的にどういう方法で対処するかは後回しになって決まっていない様子とも。
具体的にどうするのか???
***************
国境検査が必要になってしまうと言うから、(メイ前首相の)バックストップでは、北アイルランドがEUの関税同盟と、主に物品の単一市場に入るべきとなったのに。
それによる分断を避けるために、メイ前首相はブリテン島も関税同盟に残すことにしたのに。
このせいで、イギリスではあれほど揉めに揉めたのに。
こういう結果になって、一体あの議論は何だったのか。
言い換えれば、それだけ大きな妥協をEU側がしたのだと思う。おそらくアイルランドとフランスが妥協したのではないか。
物の単一市場の方は、内容が主にルール(規制・規則)だから、厳しい国境を避けるならアイルランド島で統一しないわけにはいかない、でも、関税(や税金)チェックのほうは、まだ最新テクノロジーや仕組みを工夫することで何とかなる・・・かもしれない・・・ということか。 【2019年10月18日 今井佐緒里氏 YAHOO!ニュース】
***************
このジョンソン首相の新離脱合意は事実上の北アイルランド切り捨てだとの指摘もあります。
****まさかの北アイルランド切り捨て ブレグジットという迷宮 その1****
(中略)最大の懸案事項であった、アイルランド共和国と英領北アイルランドとの国境問題について、ジョンソン首相は、「北アイルランドは当面EUの関税同盟(統一市場)のルールに従い、アイルランド共和国との間で厳格な国境管理は行わない。この制度は4年後に見直す」という妥協案をEU側に示したのだ。
一方で、もうひとつの大きな懸案事項であった単一市場の問題については、「まずは〈第三国〉となり、あらためて貿易協定の締結を目指す」とした。
メイ前首相が、なんとか単一市場にだけは留まりたい、としていたのに対し、国家の主権を回復するのと引き替えなら、単一市場から抜けても構わない、と開き直ったようなものである。
(中略)この合意に最初に異を唱えたのが、これまで保守党内閣とスクラムを組んでいた(閣外協力していた)北アイルランドの民主統一党で、「アイルランド島とブリテン島とを隔てている海峡に,新たな国境線を設けるに等しい」として、議会での採決では反対票を投じることを早々に表明した。(後略)【2019年10月27日 林信吾氏 Japan In-depth】
******************
一方、北アイルランドでは、結局は紛争再燃につながる「厳格な国境管理」が復活するのでは・・・との懸念があります。
****取り残される北アイルランド、紛争再燃に拭えぬ不安****
1970年代、英国からの分離をめぐる紛争の舞台となった英領北アイルランドの中心都市ベルファスト。レンガ造りの古い建物が並ぶ一角では12日の総選挙を控え、「ノー・ハードボーダー」(厳格な国境管理はいらない)と記した選挙ポスターが至る所で目についた。
ジョンソン首相が欧州連合(EU)と合意した離脱協定案に反対する地元政党が掲げた。陸続きのアイルランドとの国境で、税関や検問所を置かず、自由に往来できる現状が失われかねないとの警鐘だ。
「多くの市民も不安を感じている」。こう語るのはベルファストに住むリー・ラビスさん(48)。国境管理が導入されれば「歴史が繰り返される」と表情を曇らせた。かつて英軍兵として紛争に従事した過酷な経験がよみがえる。
紛争では英国からの分離とアイルランドへの帰属を求めるカトリック系住民、英国統治を望むプロテスタント系住民が対立。カトリック系のアイルランド共和軍(IRA)など双方の武装組織がテロを繰り広げ、98年の和平合意までに約3500人が犠牲になった。(中略)
離脱問題の最大の難問はアイルランドとの国境で、和平により実現した自由往来を維持する方策だった。ジョンソン氏は本土と北アイルランド間で税関検査を行うなど、事実上の国境線を海に引くことで解決を目指すが、検討中の検査法では技術的に密輸を完全に防ぐのは難しいといわれる。
(イングランド生まれで北アイルランドに派遣され、凄惨な戦闘を経験した)ラビスさんはアイルランド国境付近で、いずれ監視などが必要になるとみており、カトリック系過激派が反発して監視の要員やカメラを攻撃することを警戒。守る設備などを置けば国境管理とみなされ、さらに標的になると恐れる。
「ジョンソン氏は国境管理をしないというが、だまされてはならない」。ラビスさんは語気を強めた。(中略)
北アイルランドを本土から事実上置き去りにする協定案には、プロテスタント系からも逆風が吹く。ジョンソン政権に閣外協力し、EU離脱を支持する北アイルランド民主統一党(DUP)は早々と反対を表明した。
プロテスタント系過激組織の元メンバー(62)は「家族はIRAの攻撃にさらされながら、英国に残ることを求めてきた。今、英国から切り離されてはならない」と憤る。(後略)【12月10日 産経】
********************
他方、この新合意によって北アイルランドはイギリスとEUという“二つの顔”を持つ事実上の関税特区となり“漁夫の利”を得ることにもなる・・・との指摘も。
****事実上の経済特区になる英領北アイルランド****
新離脱協定案が可決されると、2020年1月末までに離脱が実現することになります。そうなると注目されるのは、英領北アイルランドがどうなるかですね。
新離脱協定によって同地域は、EUの関税同盟と、物品貿易におけるEU単一市場に実質的に残ることになります。ただし、法的には、英領北アイルランドは英国の関税領域に属します。アイルランド共和国との国境で検問を実施しなくてすむようにする措置です。
これは、英領北アイルランドにおいてプロテスタント系とカトリック系の住民紛争が再燃するのを避けるための措置ですね。1998年にまとめられた「ベルファスト合意(聖金曜日合意)」を維持する。税関手続きなどのために目に見える国境を設ければ、過激派テロの標的となって、紛争が再発しかねません。
ただし、この措置により、関税の手続きが複雑になります。例えば、次のような具合です。英本土から、英領北アイルランドを経由してEU加盟国であるアイルランド共和国に物品を輸出する場合、英領北アイルランドで陸揚げする際に、EU関税を徴収する。この物品がアイルランド共和国に至らず、英領北アイルランドで消費される場合は、徴収した税を業者に払い戻す。
庄司:そうですね。ただし、この措置は一方で、英領北アイルランドを実質的な経済特区にするものです。英領北アイルランドに立地する工場で生産した物品を、アイルランド共和国を経由することで、検問を通ることなく、かつ関税を徴収されることなく、EUに輸出できるわけですから。EUの規制・ルールに従うので非関税障壁もありません。
他方、米国のトランプ政権がEUに対して自動車などを対象に制裁関税をかけることがあっても、「英領北アイルランドは英国の関税領域に属する」と主張し、これを逃れることができる可能性もあります。
こうした利点に気づいた外国の製造業がこの地に拠点を移す可能性があります。英領北アイルランドは十分な電力の供給力があり、人件費も安い。よって投資が増えるかもしれません。
見ようによっては、英領北アイルランドは漁夫の利を得たと言うことができるでしょう。(後略)【2019年12月16日 日経ビジネス】
***************
【自治政府復活も、プロテスタント系勢力とカトリック系勢力の異なる思惑】
いろんな不安・懸念・可能性を抱えた北アイルランドですが、そもそもこれまでカトリック系・プロテスタント系の対立で自治政府が樹立できない状況が続いていました。
ようやく自治政府樹立にはこぎつけたようです。一歩前進ではありますが、同床異夢は相変わらずで、前途は多難です。
****英領北アイルランドで3年崩壊していた自治政府が復活 継続に向けて未だに残る不安****
英領北アイルランドで不在状態が続いていた自治政府が11日、復活した。
北アイルランドでは、英国統治を望むプロテスタント系勢力と、アイルランドへの併合を求めるカトリック系勢力の根強い対立が原因で3年前に自治政府が崩壊。英、アイルランドの両政府の仲介で政府復活にこぎつけたが、両勢力の間には今も対立の火種がくすぶっているとの見方もあり、自治政府が維持されるかどうかは不透明だ。
北アイルランドでは、1960年代以降、プロテスタント系とカトリック系による紛争があり、3千人以上が死亡。1998年に和平合意し、両勢力による自治政府が統治してきた。
しかし、両勢力はエネルギー政策をめぐり2017年1月に再び対立し、和平を支えてきた自治政府が崩壊。紛争再燃を防ぐため、英、アイルランド両政府が昨年5月から自治政府復活に向けた協議を続けてきた。
協議の末、英本土との一体性を主張する北アイルランド民主統一党(DUP)とカトリック系のシン・フェイン党が10日、自治政府の再建で合意。アイルランド議会が11日開かれ、自治政府が3年ぶりに復活を果たした。
自治政府の復活をめぐっては、アイルランド内では実現を懸念する声が多かった。DUP幹部の大半は今でも、反カトリックのプロテスタント組織に所属し、「紛争時の憎しみが今も残る」(住人)。(中略)
DUPがシン・フェイン党との“和解”に応じた背景には、1月末に控える英国の欧州連合(EU)離脱がある。ジョンソン英首相がEUと合意した離脱協定案では、現在の経済関係を維持する今年末までの「移行期間」終了後に、北アイルランドを含む英国全体が関税同盟から離脱。ただ、北アイルランドの関税手続きは当面、EUルールに従い、国境付近の税関検査を省く方針だ。
一方で、北アイルランド議会が、EUルールの適用の是非を移行期間終了後の数年ごとに判断できる仕組みになっている。地元住民によると「北アイルランドが英国から切り離された」と協定案を批判するDUPは将来、EUルールから抜けるためにシン・フェイン党と取りあえず手を組み、自治政府を復活させたとみられている。
だが、アイルランドとともにEUに残留することを望んでいたシン・フェイン党が、EUルールから離脱するDUPの方針に議会で反発するのは必至だ。両党が今後も衝突する可能性は高く、自治政府の継続が不安視されている。【1月12日 産経】
********************