(ロンドンデリー中心部で、スプレーで書かれた「IRA」の落書き。新IRAの若者が人員募集を呼びかけるために書いたとみられる【1月28日 産経】)
【自治政府は復活したものの、プロテスタント・カトリック双方の思惑は異なり、今後の衝突の可能性大】
ジョンソン首相がイギリスのEU離脱を進める一方で、焦点となっていた北アイルランドでは、激しく対立していたカトリック系とプロテスタント系政党の間で合意が成立し、3年ぶりに自治政府が復活しました。
****北アイルランド自治政府が3年ぶり復活、英首相は「4地域」の未来を歓迎****
政党間の対立で自治政府が3年間にわたり機能停止に陥っていた英領北アイルランドで11日、議会が再開された。
英国の欧州連合離脱(ブレグジット)の日が迫る中、英統治の維持を望むプロテスタント系ユニオニスト政党と、アイルランドへの併合を求めるカトリック系ナショナリスト政党が連立案に合意した。
ボリス・ジョンソン英首相は、13日の北アイルランド訪問を前に声明を出し、「北アイルランドの人々にとって歴史的な時だ」と共同自治の再開を歓迎。
「この先の10年間は北アイルランドと英国全体にとって、機会に満ちた信じがたいほど素晴らしい時代になるだろう。われわれは団結して4地域の可能性を解き放つ」と述べた。
復活した自治政府の首相には、プロテスタント系強硬派の民主統一党のアーリーン・フォスター党首が指名された。副首相には、カトリック系の民族主義政党シン・フェイン党のミシェル・オニール副党首が就任する。
ベルファスト郊外ストーモントに設置された北アイルランド議会は2017年1月、再生可能エネルギー政策の費用高騰をめぐるスキャンダルがきっかけで崩壊。
議員90人は臨時本会議を何度か開き、激しい折衝を繰り返してきたが解決策は見いだせず、基本的な行政サービスが滞っていた。
フォスター氏は、「この3年間は分断と非難の応酬に終始してしまった」「だが、決意と共に前進する時が来た」と述べた。
北アイルランドは面積こそ小さいものの英国にとっては戦略的に重要な地域。英政府は、シン・フェイン党とDUPが合意すれば北アイルランドに多額の助成を行うと約束していた。 【1月13日 AFP】AFPBB News
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しかしながら、イギリスとの一体化を主張するプロテスタント系強硬派の民主統一党(DUP)とアイルランドとの統一を志向するカトリック系の民族主義政党シン・フェイン党がここにきて合意した背景には、それぞれの思惑があってのこと・・・という話は、以前のブログでも取り上げました。
****英領北アイルランドで3年崩壊していた自治政府が復活 継続に向けて未だに残る不安****
(中略)DUPがシン・フェイン党との“和解”に応じた背景には、1月末に控える英国の欧州連合(EU)離脱がある。
ジョンソン英首相がEUと合意した離脱協定案では、現在の経済関係を維持する今年末までの「移行期間」終了後に、北アイルランドを含む英国全体が関税同盟から離脱。ただ、北アイルランドの関税手続きは当面、EUルールに従い、国境付近の税関検査を省く方針だ。
一方で、北アイルランド議会が、EUルールの適用の是非を移行期間終了後の数年ごとに判断できる仕組みになっている。
地元住民によると「北アイルランドが英国から切り離された」と協定案を批判するDUPは将来、EUルールから抜けるためにシン・フェイン党と取りあえず手を組み、自治政府を復活させたとみられている。
だが、アイルランドとともにEUに残留することを望んでいたシン・フェイン党が、EUルールから離脱するDUPの方針に議会で反発するのは必至だ。両党が今後も衝突する可能性は高く、自治政府の継続が不安視されている。【1月12日 産経】
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自治政府がないことにはEUルールから抜けることもできないので、DUPとしてはまず自治政府を復活させた・・・とのことですが、アイルランドとの間のハードな国境管理にもつながりかねないEUルール離脱を、アイルランドとの一体化を求めるシン・フェイン党がおいそれと認めるはずもない・・・ということで、今後の衝突は必至の情勢です。
【復活の兆しを見せる過激派組織 EU離脱の混乱は絶好の機会】
一方、かつて爆弾闘争を行ったカトリック系過激派IRAの分派新組織が活動を活発化させるなど、EU離脱の混乱が紛争の再燃につながりかねない不穏な情勢があります。
****EU離脱直前、北アイルランドの国境付近はカトリック過激派の活動続く****
英国の欧州連合(EU)離脱が31日に迫る中、英国からの分離をめぐる紛争の舞台となった英領北アイルランドで、治安情勢の不安定化が懸念されている。EU加盟国の隣国アイルランドとの統一を求める北アイルランド住民の一部に、離脱への強い反発があるからだ。
国境付近の町、ロンドンデリーでは、過去の紛争でテロ行為を繰り返したカトリック系のアイルランド共和軍(IRA)を想起させる過激派「新IRA」が資金調達などを活発化しており、国境付近でテロなどが発生することを住民らが警戒している。
■警戒解けない住民
「IRAに加わろう」「N(新) IRA」
レンガ造りの公共住宅が立ち並ぶロンドンデリー中心部を歩くと、住宅の玄関やフェンスに、白や緑のスプレーで書かれた落書きが目につく。現地の男性(42)は「こんな落書きが増えた。新IRAの若者がメンバー募集を呼びかけているのだろう」と話す。
人口約10万人のロンドンデリーは、その7割近くの住民が英国から分離してアイルランドとの統一を求めるカトリック系だ。
北アイルランドでは、1960年代以降、カトリック系と、英国統治を支持するプロテスタント系勢力の対立が激化し、98年の和平合意までに約3500人が犠牲になった。
和平合意後、プロテスタント系と武力闘争を繰り広げていたIRAの活動は終了した。だが、合意に納得しなかった一部のIRA民兵が10〜20代のメンバーを募り、新IRAを2012年ごろに立ち上げたとされる。
昨年、ロンドンデリーで自動車爆弾によるとみられる爆発を起こしたほか、暴動を取材中の女性記者を流れ弾で死亡させた。
地元住民によると、新IRAは現在、表向きは地元の政党を名乗る一方、40〜50人のメンバーが薬物の売買や強盗などで資金を調達。現地警察はテロ行為を行うことを警戒し、ロンドンデリーの新IRAの拠点周辺を24時間体制で監視しているという。
■国境と貧困
新IRAのテロ活動が懸念される背景には国境問題がある。
英領北アイルランドとアイルランドの境界には現在、検問所や税関がない。紛争時に厳重に管理された英・アイルランド国境は英国統治の象徴で、EU離脱で国境に物理的な分断を示すものができれば、カトリック過激派のテロの標的になる恐れがあった。
ジョンソン英首相は、英本土と北アイルランドの間で税関検査を行う方針で、北アイルランドとアイルランドの境界で厳格な国境管理が復活することはなくなった。
ただ、監視なしで国境付近で密輸を完全に防ぐのは難しいとされる。地元住民のロサ・オダヘティさん(23)は「新IRAは、監視の要員やカメラを『新たな国境管理』として標的にし、周辺でテロを起こす可能性がある」と危機感を抱く。
新IRAの活動には、貧困問題も根底にある。ロンドンデリーでは失業率が上昇しており、紛争の歴史を知らず、暴力行為で貧困の不満を解消するために新IRAに入りたがる若者もいるという。
プロテスタント系の住民との相互理解を目的に和平活動に従事する元IRA民兵のロバート・マッククレナガンさん(62)は「新IRAのメンバーには直接、『紛争を繰り返さないでほしい』と伝えている」と打ち明ける。
■自治政府に亀裂か
一方、和平合意後に沈静化していたプロテスタント系とカトリック系勢力の対立が、再び表面化したとの見方がある。
北アイルランドでは11日、不在状態が続いていた自治政府が3年ぶりに復活。根強い対立が続いていた英本土との一体性を主張する北アイルランド民主統一党(DUP)とカトリック系のシン・フェイン党が自治政府の再建で合意した。
しかし、自治政府の議員は「政府が再開してまだ約2週間だが、両党の議論が微妙にかみ合わず、すでに亀裂が生まれ始めている」と不安を口にした。【1月28日 産経】
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ジョンソン首相による現行合意は実質的に北アイルランドを切り捨て、北アイルランドとイギリス本土の間に境界線を置くものだとの反発、「裏切り行為だ」との批判がプロテスタント系過激派にはあります。
一方で、将来的にアイルランドと北アイルランドの間に壁ができるような事態となれば、逆にカトリック系過激派が絶好の攻撃対象とします。
ブレグジットは北アイルラン紛争という厄介な“寝た子”を起こしたような感があり、どっちに転んでも円満な安定化というのは難しいように見えます。
****北アイルランドが血で染まる日*****
血で血を洗った北アイルランド紛争は、1998年のいわゆる「包括和平合意」で終結を見た・・・・はずだった。
70年代に始まり、3600人以上の命を奪ったあの争いは信仰と民族のアイデンティティーをめぐる戦いで、カトリック系で地続きのアイルランド共和国との統合を求めるリパブリカン(共和国派)と、海峡の向こうのブリテン(イギリス)との「連合」を維持したいプロテスタント系のユニオニスト(連合派)の問には越え難い溝かあった。
両派にはそれぞれの準軍事組織があった。カトリック系にはアイルランド共和軍(IRA)、プロテスタント系にはアルスター防衛連盟(UDA)やアルスター義勇軍。そして互いに爆弾テロや銃撃戦の応酬を繰り返していた。
彼らの大半は、和平合意を受けて武装闘争を放棄した。しかしその後も、少数ながら暴力による解決にこだわる分派集団がいた。(中略)
EU離脱という「好機」到来
そこへ、イギリスのEU離脱という大きな政治的変化が来た。過激派が待ちに待った好機の到来だ。
北アイルランド警察庁(PSNI)によると、準軍事的組織による襲撃事件の犠牲者は、2018年の51人から昨年は67人に増えたという。
中立的な「独立報告委員会」が昨年11月に出した報告書も、「09~10年以降は準軍事組織による襲撃や爆弾テロは減少傾向にあったが、18年10月1日から19年9月30日までの1年間では、準軍事組織の犠牲になった死者数と攻撃事例が増加していた」と指摘している。
イギリスのEU離脱をめぐる16年の国民投票で、北アイルランドは残留派が過半数を占めた。カトリック系住民の投票率が高かった証拠だが、これを受けて北アイルランドのカトリック系政党やアイルランド共和国政府は、アイルランド統一の是非を問う住民投票の実施を提唱するようになった。
一方で、離脱後にアイルランド共和国と北アイルランドの国境に物理的な「壁」ができれば、カトリック系過激派が猛反発し、暴力行為が再燃する恐れがあるとの観測もある。
北アイルランドの人口逆転
最近の一巡の暴力沙汰は、そうした不安に信憑性を与えている。昨年1月には北アイルランドのロンドンデリーにある裁判所の外で自動車爆弾テロがあったが、これは「新IRA」を名乗る集団(旧IRAの複数の分派集団が合流した武装組織)の犯行とされる。
同じ月には、新IRAがロンドンデリーのクレガン地区で15歳の少年を拉致して射殺する事件も発生。新IRAはさらに同年4月、市内で暴動を取村中の記者ライラ・マッキーを射殺。彼らは遺憾の意を表明したが、国内外で激しい非難を浴びた。
EU側もアイルランド共和国政府も、アイルランド島の北部に物理的な国境ができれば治安の維持に重大な懸念が生じると考え、イギリス政府との離脱交渉では物理的な国境復活の回避が最優先事項とされた。
この点は、前首相のテリーザーメイがEU側と合意したフバックストップ(安全策)」案でも、ボリスージョンソン首相がEU側と結んだ離脱協定でも変わっていない。
ジョンソン政権の結んだ協定によれば、北アイルランドは制度上、イギリスの新たな関税同盟に含まれるが、運用面ではEUの現行規制の枠組みを踏襲することになっている。そのとおりになれば、カトリック系住民の不満は解消されるだろう。
しかし北アイルランドとイギリスの「連合」維持にこだわるプロテスタント系のユニオニストは、これをジョンソンの裏切りと捉えている。
北アイルランドとイギリス本島の間を行き来する物品は海上で税関検査を受けなくてはならなくなり、北アイルランドと大ブリテン(イングランドとウェールズ、スコットランド)が明確に切り離されてしまうからだ。そうであれば、プロテスタント系の過激派が再び武力に訴える可能性が高まるだろう。
ユニオニストにとって、これは以前からゆっくりと始まっていた政治的・社会的な後退過程の一部だ。17年の北アイルランド議会選挙で、ユニオニスト諸派の4政党は議会の過半数を失い、英国議会でも10議席のうち2議席を失った。その結果、メイ前政権を閣外から支えた影響力もなくなった。
こうなると、最も得をするのはカトリック系の政治家だ。また、ある調査によれば北アイルランドではカトリック系の人口が増えており、遠からず多数派に転じる可能性がある。
ユニオニストの側から見れば、これらの変化は自分たちの社会的地位の低下を意味する。実際、今の北アイルランドではユニオニストの文化的シンボルや伝統を軽視する動きが表面化している。
12年にはベルファスト市議会が、市庁舎での英国旗の常時掲揚を中止すると発表。このときはユニオニストによる抗議デモや暴動が各地で何力月も続いた。
EU離脱を機に、「連合王国」における北アイルランドの地位を不動のものにしたいと考えていたユニオニストにとって、ジョンソンの協定は究極の裏切りだった。
武装勢力の脅威は高まる一方
そうであれば、プロテスタント系の準軍事組織の残党が勢いを盛り返すのは必至だ。ジョンソン政権の合意発表以来、ユニオニスト諸政党が各地で開いた抗議集会にも、彼ら過激派の姿があった。しかも、このところ増えている襲撃事件の多くにはプロテスタント系過激派の関与が疑われている。
今回の離脱協定は厄介な問題のいくつかを解決したが、まだ北アイルンドの将来像は見えてこない。この協定は物理的な国境の復活を想定していないが、EUとの貿易交渉の行方次第では復活の可能性がある。
共和国派はその可能性が高いとみており、だからこそ南北統合の住民投票実施をアイルランド政府にもイギリス政府にも強く求めている。
EU離脱の経済的影響が顕在化していない今でさえ、こうなのだ。離脱後に北アイルランド経済が苦しくなれば、政治的にもただでは済むまい。
当然のことながら、武装勢力は事態の推移を注意深く見守っている。そして彼らは自分たちの偏狭な信念に従って行動する。EU離脱の国民投票以来、当地では武装勢力の脅威が徐々に高まってきた。離脱後の将来像が描けなければ、彼らの不気味な影は伸びるばかりだ。【2月4日号 Newsweek日本語版】
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