(ロシアと欧州をつなぐパイプラインの一部【9月22日 日経ビジネス】)
【言いがかり的な「ロシア悪玉論」】
中国では石炭不足から停電となり経済活動にも支障が出ていますが、欧州では天然ガス価格の高騰が問題となっています。
両者はともに、基本的には「脱炭素」を目指す過程での混乱と考えられますが、欧州の天然ガス価格高騰については、下記記事のように、主な供給元であるロシアの作為的な供給削減が原因と説明されることも多いようです。
しかし、そういう「ロシア悪玉論」には疑問も。
****脱石炭の欧州で天然ガス価格高騰 ロシア依存のリスク****
欧州で天然ガス価格が高騰している。冬の需要期を控えた上昇は異例。各国が脱炭素の過程として、発電燃料を石炭や石油よりも温暖化ガスの排出が少ない天然ガスに切り替えているためだ。
電力の卸売価格は上昇し、域内の経済や家計に深刻な影響を与えている。ロシアからの供給に依存するリスクも浮き彫りになった。
15日未明には英南東部ケント州の送電施設で火災が起き、フランスとの間で電力を融通するインフラの一部が機能しなくなった。同日のロンドン市場では卸電力の取引価格が大きく上昇した。
発電用の需要が高まるとの思惑で英国の天然ガス先物は一時前日比18%高と急騰した。被害の規模や原因など詳細は明らかになっていない。
英国での火災は欧州各国で目立っていた天然ガスや電力の値上がりに拍車をかけた。ガスは15日の欧州市場で指標価格が1メガワット時あたり70ユーロを上回り、1年前の6倍を超える水準に跳ね上がった。
欧州連合(EU)統計局によると、ユーロ圏の家庭向け電力価格の上昇率は7月、前年同月比で8%だった。電力会社もコスト上昇分を家計に転嫁し始めた。
スペインの家庭向け電力料金は8月、前年同月比で35%上昇した。同国で値上がりが目立つのは、変動型料金の契約が多く、コスト上昇の反映が早いためだ。
スペインのサンチェス首相は13日「エネルギー企業の法外な利益を消費者に還元する」と述べ、家庭向け電力料金の上昇を抑えると表明した。企業にむこう6カ月で26億ユーロ(約3300億円)前後を負担させ、家計に転嫁されている関連の税額を引き下げる。
天然ガス価格上昇の一因は、各国が脱炭素政策を進め、その過程で温暖化ガスの排出が少ない天然ガスの需要が高まっていることだ。
多くの国が発電燃料を天然ガスに切り替えている。天然ガス価格が足元で上昇しても、割安感の出た石炭などを柔軟に使うのは難しい。
再生可能エネルギーの不安定さも天然ガス価格を押し上げる。英国ではここ数週間、風が弱く、風力発電が十分に機能しなかった。これを補う形でガス需要が増えた。
天然ガスの需要は中国やブラジルでも拡大している。こうした国々が新型コロナウイルスの打撃から回復し、脱炭素を進めれば、ガス価格の上昇圧力は一段と高まる。
欧州にとってもう一つの大きな課題は、天然ガスの供給を緊張関係にあるロシアに頼っていることだ。ロシアからの供給は最近、伸び悩んでいる。欧州のガス在庫は昨冬の寒さで大きく減り、次の冬が近づいても例年より低い水準だ。
ロイター通信によると、ロシアのペスコフ大統領報道官は15日「(ロシアからドイツに天然ガスを運ぶパイプライン)ノルドストリーム2の迅速な操業開始が欧州のガス価格の上昇を抑える」と記者団に語った。
ロシア国営のエネルギー企業ガスプロムは10日、敷設工事が完了したと発表した。米国が反対してきたパイプラインの早期稼働の機運を高めるため、ロシアが供給を抑えているとの見方も浮上する。
脱炭素の危うい側面も注目されるようになった。欧州が不安定な再生エネを増やせば、これをカバーするためガス依存が高まる。主な供給元は関係が緊張するロシアだ。米国のトランプ前大統領はかつて「(ガス依存で)ドイツがロシアの捕虜になる」と指摘していた。
ユーロ圏の物価上昇率は8月、欧州中央銀行(ECB)の目標の2%を上回る3%に達した。エネルギー価格の上昇が今後、インフレに拍車をかけることも考えられる。【9月16日 日経】
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脱炭素に伴う需要増加、自然エネルギーの不安定、新型コロナ禍からの回復需要については同意しますが、ロシアが供給を抑えている云々はどうでしょうか?
ロシア犯人説については、以下のようにも。
****天然ガス価格の高騰に苦しむ欧州****
(中略)
何が供給不安をあおっているのか
供給不足に対する懸念が頭をもたげたのは昨冬のこと。厳しい寒さが長びき、天然ガスの在庫を枯渇させた。冬に生じた不足分は通常、暖房用ガスの需要が減る夏の間に補充される。
だが2021年の在庫は、取引業者が望むペースで回復してはいない。ロシアが欧州に供給する天然ガスの量を絞っている。その理由として、業界で激しい論争の的となっている複数の事柄が挙げられる。
一つは、ロシアも自国の不足分を補充する必要があること。また、ロシアが欧州諸国の政府に圧力をかけようとしていることが疑われている。
例えばドイツに対して、ガスパイプライン「ノルドストリーム2」操業の承認を迫るためだと考えられる。このパイプラインは操業を巡って物議をかもしている。(後略)【9月22日 日経ビジネス】
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ロシアとの天然ガス取引の主流は長期の原油価格連動価格による契約で、この価格は非常に低い水準にあります。
そしてロシアは、この契約を着実に履行しています。
これに対し、短期のスポット価格は3倍ほどに高騰していますが、それは需給関係によって決まるものです。
低く抑えられている長期の原油価格連動価格と同じ水準で、もっと供給するようにロシアに求めるというのは経済取引的に無理があります。
供給を意図的に減らして価格を釣り上げている云々は、いささか言いがかりみたいにも思えます。
自分たちの脱炭素の取り組みがうまくいかないのを、ロシアのせいに転嫁しているだけのようにも。
また、欧州市場での天然ガス価格高騰の背景には、アジア市場でより高値で売れるためにアメリカ産LNGがアジア市場に流れているということもあるようです。
*****欧州のガス価格高騰:真の理由を伝えない欧米日の大メディア****
(中略)
欧州天然ガス価格高騰の原因② 客観的分析:露コメルサント紙
9月28日付・露コメルサント紙(電子版)に長文の天然ガス関連記事が掲載されています。
この記事が分析する欧州ガス価格高騰の原因は非常に客観的で、納得できる内容です。(中略)
この調査報道記事の要旨は以下の通りです。
●「油価連動型ガス価格形成式は過去40年間、素晴らしいものであった。しかし現在の天然ガスは石油から独立した生産物であり、もはや油価連動型ガス価格は時代遅れである」と、2013年に当時のギュンター・エッチンガーEC(欧州委員会)エネルギー委員は述べた。
●2013年当時、この意味は明白であった。当時、欧州ガス市場において天然ガスのスポット価格は露ガスプロムの油価連動型ガス価格400ドル/千立米と比較して100ドルも安かったので、欧州需要家側はガスプロムの油価連動型ガス価格を受け入れる余地はなかった。
●ゆえに、エッチンガー委員は欧州ガス輸入業者に対し、油価連動型ガス価格からスポット価格への契約転換を強く主張した。(中略)
●欧州ガス生産会社は、現時点では(露ガスプロム以外)従来の油価連動型ガス価格からほぼ100%スポット価格に移行しており、そのスポット価格高騰を享受している。
●現在ではそのスポット価格が油価連動型ガス価格より3倍も高くなり、例えば、ノルウェーのガス生産会社は今年、数十億ドルの追加収入を得られることになる。ガス会社はエッチンガー委員にボーナスを払うことが正義と言えるだろう。
●EU議会は、露ガスプロムがガス価格高騰に関与しているのではないかと疑い始めている。
●一方、露ガスプロムの長期契約に基づくガス価格は油価連動型ガス価格ゆえ、スポット価格の3分の1になっている。これが、欧州需要家がガスプロムに対し「もっとガスを」と求める背景である。
上記は非常に冷静な分析です。露ガスプロムも欧州市場で一部スポット売りしていますが、まだ主流は長契・油価連動型ガス価格ですから、契約量以上に増量することは同社にとり理に適いません。
このような状況で、反露を旨とする欧米・日系マスコミや学者には今でも「露ガスプロムは欧州向け天然ガス給量をわざと制限して、ガス価格を吊り上げている」と主張する人たちがいます。
しかし、このような主張がいかに間違っているかは既に事実が証明していると言えましょう。(中略)
欧州天然ガス価格高騰の原因③ 主観的分析:日経記事
最後に9月22日付け日経記事(電子版)に対し、数点論評したいと思います。記事タイトルは「IEA、ロシアに天然ガス供給増を要請 価格高騰で声明」です。(出所:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR2205W0S1A920C2000000/)
≪国際エネルギー機関(IEA)は21日、欧州で天然ガス価格が高騰していることを受けて声明を出し、主要な輸出国であるロシアに供給量を増やすよう求めた。欧州への長期契約に基づく提供は履行しているものの「ロシアにはできることがもっとあるはずだ」と述べ、逼迫状況の緩和に向けた協力を促した。≫
(筆者註:これは天に唾する行為と言えましょう。西側はロシアにNS②(ノルドストリーム2)建設阻止という悪意ある行為を実践し、その相手からは善意ある行動を求めています。何と言う二重規範でしょうか)
≪IEAは冬の天候次第では「欧州のガス市場はさらに強いストレスに直面する可能性がある」との見解を示した。声明ではロシアについて、欧州向けの天然ガス輸出量は2019年の水準を下回っていると指摘した。「欧州への頼れる供給者としての信用を示せる機会だ」と訴えた。≫
(筆者註:これは詭弁です。確かに2019年はロシアから欧州向け天然ガス供給量は史上最高値となりましたが、2021年は2020年より前年同期比で上回っています。この点を明記しなければ公平とは言えません)
≪ロシアが欧州に圧力をかけようと、ガスの供給拡大に後ろ向きな姿勢をとっているとの見方も浮上している。≫
(筆者註:欧米がロシアに圧力をかけている以上、ロシアが欧州向けに契約以上の天然ガス供給量増大を交渉材料に使うことは当然の交渉駆け引きです)
≪ロイター通信によると、欧州議会の一部議員は17日までに、ロシア国営ガス大手ガスプロムが意図的に価格の押し上げを図っている疑いがあるとして、欧州連合(EU)の欧州委員会に調査を要請した。≫
(筆者註:これは牽強付会の類。ドイツ経済エネルギー省もドイツの天然ガス輸入大手ユニパーも、露ガスプロムは契約通り天然ガスを供給していると明言しています)
欧州天然ガス高騰の要因 米国産LNGの動向
ではここで、先に「9月17日付・米WSJ紙には一番重要なことが書かれていません」と述べた理由をご説明します。
それは米国産LNGです。米国産LNGは今年4月以降アジア向け輸出が急増し、その反動として欧州向けLNG輸出が急減しています。
6月はほぼゼロになり欧州ガス不足に拍車をかけ、それがまたガス価格高騰を生むという、負の拡大スパイラルが始まっています。(中略)
ではなぜ米国産LNGが欧州向けは急減し、アジア向けが急増しているかと申せば、それはアジア市場のLNG価格水準の方が欧州市場より高いからです。
商品は価格高きに流れます。米国のLNG生産・輸出業者は皆民間企業です。民間企業はより高い価格の市場に商品を販売・輸出します。
アジア市場の方が価格高いので、アジア市場に売る。これは当然の経済行為であり、ここには政治的要素は存在しません。
エピローグ:過猶不及
既報どおり、天然ガスの主要供給者である露ガスプロムに対する批判・非難・中傷記事が出てくるだろうと思っていましたら、やはり出てきました。
反露を旨とするマスコミや学者には今でも「露ガスプロムは欧州向け天然ガス供給量を意図的に制限して、ガス価格を吊り上げている」と主張する人達が居るのは困ったものです。
しかし上記のとおり、欧州ガス価格高騰は需要と供給の経済原則に基づく価格動向にすぎず、ここには政治的要素は存在しません。
ガス価格の高騰に伴い、今度はガス発電から石炭発電への燃料転換を求めたため石炭価格も過去13年間で最高値となりました。
しかし欧州では石炭火力発電所を減らしたため、石炭火力に燃料転換したくても石炭火力発電所が不足しているという実態まで判明しています。
また、一部の陰謀論者が得意とする≪ロシア悪玉論≫も成立しません。露ガスプロムは長期契約に基づき、欧州向け天然ガス供給契約を遵守しています。
筆者は露ガスプロムを擁護する義理も義務もありませんが、日系マスコミを含む欧米マスコミ論調があまりに偏見に基づく色眼鏡コメントが多いので、あえて論評する次第です。
本論を総括します。ではなぜこのようなガス価格高騰が起こったのでしょうか?
筆者は、≪脱化石燃料≫を錦の御旗とするメガ・トレンドと、足元の現実との乖離が現在の欧州ガス価格高騰の背景と考えております。
化石燃料に対する需要は旺盛なのに、化石燃料資源への新規投資を控えた結果が今の姿にて、これこそ理想と現実の乖離と言えましょう。
理想を追い求める「脱化石燃料」の豊穣なるべき未来と、過酷な現実との狭間にて呻吟する欧州の現在の姿を垣間見た想いです。
「子曰過猶不及」(子曰く「過ぎたるは猶及ばざるがごとし」)
最後に、上記はすべて筆者の個人的感想であり、筆者の文責である点を明記しておきます。【10月2日 杉浦 敏広氏 JBpress】
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自分たちの取り組みがうまくいかないとき、わかりやすい犯人を仕立て上げ、そのせいにするというのはよくある話ですが、欧州天然ガス価格高騰をロシアのせいにするのもその類のように思われます。
【石炭・原油価格も上昇】
なお、天然ガス価格高騰に伴い代替品の石炭価格も上昇しています。
そのため、石炭不足で停電が深刻化している中国も、石炭輸入が進まない・・・という形で、欧州と中国のエネルギー危機は連動しています。
ついでに言えば、石炭・天然ガスだけでなく原油価格も上昇して3年ぶりの高値となっています。
****天然ガス高騰が押し上げる原油価格****
(中略)このように世界的に「脱炭素」の動きが加速化する中で、中国では石炭、欧州では天然ガスが原因となってエネルギー危機が生じつつある。
幸いなことに今のところ日本ではエネルギー危機は発生していない。だが今後、「世界の工場」である中国の生産制限でIT・家電製品などの価格が上昇し、欧州の天然ガス価格上昇と連動する形で液化天然ガス(LNG)価格が上がることが懸念される。
最も気になるのは原油価格だろう。
OPECと非OPEC主要産油国で構成されるOPECプラスはこのところ月ごとに日量40万バレルずつ増産している。OPECプラスは昨年5月に日量970万バレルの協調減産を開始し、その後需要の回復に合わせて生産量を拡大してきたが、それでも今年の世界の原油需給はなおタイトな状態が続くという。
国際エネルギー機関(IEA)は14日「10月の世界の原油需要が4カ月ぶりに増加する」との見通しを示した。新型コロナウイルスのワクチン接種の進展に伴い、アジア地域を中心に感染対策で累積していた需要(日量160万バレル)が顕在化するとしている。
欧州で天然ガス価格が高騰していることも原油価格の上昇を後押しする可能性がある。一部のOPEC加盟国は「天然ガス価格の高騰による原油への代替需要は日量100万バレルに上り、原油価格は今後バレル当たり10ドル上昇する」としている(9月23日付ブルームバーグ)。
欧米先進国の主要開発企業が原油や天然ガスなど資源開発への投資を縮小していることも災いしている。米シェブロンのCEOは9月15日、「新規の開発プロジェクトが抑制されていることで世界はしばらくの間、高いエネルギー価格に直面する」との見通しを示した。
原油価格100ドル超えの可能性も
世界第1位と第2位の原油需要国である米中は原油価格高騰への牽制を強めている。(中略)
関係者の間では今年は厳冬になるため、原油価格は大幅に上昇するとの見方が出ている。
バンク・オブ・アメリカは9月に入り、「今年の冬が例年より寒くなれば原油需要が拡大し、供給不足が進む可能性がある」として、「来年半ばに1バレル=100ドルとなる」とする予測は「半年前倒しされる可能性がある」との見方を示した。(中略)
この上、中東地域での地政学リスクが上昇することになれば、原油価格の100ドル超えの可能性は格段に高まる。1リットル当たり150円台で推移している日本国内のガソリン価格が200円を超える事態になるかもしれない。
石炭や天然ガスに続き原油まで高騰するような事態になれば、2度の石油危機が起こった1970年代のように世界経済は、物価圧力が高い中で景気回復が減速する、いわゆるスタグフレーションに陥ってしまうのではないだろうか。【10月1日 藤 和彦氏 JBpress「中国で大停電、「脱炭素」の動きがもたらすエネルギー危機」】
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