孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

EU  メルケル首相引退で、どうやって「27か国」をまとめるか マクロン大統領? ドイツの対応は?

2021-10-08 23:18:06 | 欧州情勢
(EUを代表する形でアメリカ歴代大統領と向き合ってきたメルケル首相【9月29日 WSJ】 改めてその存在感の大きさを感じます。)

【EU内部の東西分断】
イギリスの離脱で揺れたEUですが、ブレグジットだけでなく、ポーランドやハンガリーなど中東欧諸国と独仏など主要国の間の民主主義の価値観の違いともいえる本質的な問題を抱えていることは、これまでも再三取り上げてきました。

****ポーランド憲法裁「自国法、EU法より優先の場合ある」 EUは反発****
ポーランドの憲法裁判所は7日、同国の法律が欧州連合(EU)法よりも優先する場合があるとの判断を示した。同国は司法が政府から独立していないとして、EU側から再三、改善を求められていた。これに対し、同国の司法側から政府を「援護射撃」した形だ。
 
ポーランドは司法やメディアへの政府の介入、性的少数者の権利の侵害などが基本的な価値を侵しているとして、EUとの対立が絶えない。EUは今回も強い反発を示し、一段の関係悪化につながりそうだ。
 
同国メディアなどによると、憲法裁は多数意見として、2004年のEU加盟後もEU司法裁判所に最高の法的権限が与えられたわけではなく、ポーランドの法的な主権はEUには移っていないと結論づけた。
 
EU司法裁は3月、ポーランドの裁判官の任命が政府に左右されて独立が保たれておらず、EU法に違反するおそれがあるとの判断を示した。これを受け、同国のモラビエツキ首相が憲法裁に対して、審議を申し立てていた。
 
EUの行政機関の欧州委員会は同日、ポーランド憲法裁の判断は「EU法の優位性とEU司法裁の権限に関して深刻な懸念を引き起こす」とする声明を発表。「EU法は国内法よりも優先され、EU司法裁による全ての判決は、全加盟国の当局を拘束する」とした。
 
欧州委は今回の判断を分析したうえで「次のステップを決める」としており、ポーランドに厳しい対応を迫るとみられる。【10月8日 朝日】
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ポーランドの保守政党「法と正義(PiS)」による現政権は、LGBTなど性的少数者の権利拡大に公然と反対し、胎児に先天的な異常がある場合でも人工妊娠中絶は違憲とするなど、単に司法の独立性、あるいはEU法と自国法の関係にとどまらず、根底には民主主義のあり方や人権に関するEU主要国との認識の違いが存在しています。

価値観の異なる国を域内に抱えていても統一した行動が難しいので、出ていってもらうのがいいのでは・・・とも思うのですが、地政学的に見ると、ポーランドはロシアとの関係では最前線に位置する国ですから、ことはそう簡単ではないのかも。

【バルカン諸国新規加盟に向けた交渉 EU本音は先送り】
ポーランド・ハンガリーのような国を域内に含むEUは更にバルカン諸国の新たな加盟に向けた交渉を行っています。

****EU首脳、バルカン6カ国の加盟を確約 期限設定は見送り****
欧州連合(EU)加盟27カ国は6日、スロベニアで開いた首脳会議で、セルビアやアルバニアなどバルカン諸国6カ国の将来的なEU加盟を確約した。

18年前の確約を改めて確認した格好だが、移民・難民問題への警戒から2030年の加盟を目指すとする期限は設定しなかった。

EU首脳は、セルビア、モンテネグロ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、北マケドニア、コソボ、アルバニアの6カ国について、司法改革や経済状態を含む基準を満たせばEUに加盟できるとの見解で一致。

声明で「EUは拡大プロセスへのコミットメントを改めて確認する」とし、「西バルカン諸国の欧州的な展望に対する揺るぎない支持」を表明した。ただ、これらの国の「信頼できる改革」や「公正で厳格な条件」などを注視するとも明記した。

欧州委員会のフォンデアライエン委員長は、バルカン諸国を「家族」と表現。フランスのマクロン大統領も、バルカン諸国は「欧州の中心部」であり、EU加盟への道を開くに値すると述べるなど、融和的な姿勢を示した。

ただ、ドイツのメルケル首相とオランダのルッテ首相らは加盟期限の設定に反対。議長国のスロベニアは2030年までの加盟を目指すことで合意するよう呼び掛けていたが、今回の首脳会議では期限の設定は見送られた。

EUのミシェル大統領とマクロン大統領も記者会見で、EU加盟国の数が現在の27カ国から33カ国に増えれば、EUとしての意思決定が一段と複雑になり、EU改革が迫られるとの認識を示した。

EU首脳は首都リュブリャナ近郊のブルド城で行われた5日の夕食会で、中国、アフガニスタン、米国などに対するEU外交政策について討議。

世界銀行によると、バルカン諸国の国際貿易に占める中国の割合は現在は約8%にとどまっているが、インフラ投資計画への大規模な出資を提案。ロシアはバルカン諸国との歴史的なつながりを利用しEUと米国の関与を排除しようとしており、バルカン諸国のEU加盟に反対している。

こうした中、一部EU首脳は、EUはバルカン諸国から外交政策に着手する必要があると主張。ラトビアのカリンス首相は、バルカン諸国は「われわれの裏庭だ」と述べたほか、オーストリアのクルツ首相は「EUがこの地域に注目しなければ、中国、ロシア、トルコなどの大国が大きな役割を果たすことになる。この地域は地理的に欧州に属しており、欧州的な展望が必要になる」と述べた。【10月7日 ロイター】
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ポーランド・ハンガリーなど中東欧諸国にも手を焼いているのに、更に旧ユーゴ解体の混乱を引きずるバルカン諸国まで取り込んで「33か国」となれば、“ミニ国連”であり、迅速な統一行動は更に難しくなります。

上記記事を読んで、これ以上の拡大政策への疑問を感じたのですが、どうやらEUの本音は“期限が設定しなかった”という新規加盟の先送りの方にあるようです。

****しぼむEU拡大機運、バルカン諸国の加盟遠のく****
EU加盟国と候補国との間にある歴史的な問題や地域の緊張の高まりが背景

欧州連合(EU)は長年、多額の資金を投じてバルカン諸国の加盟準備を進めてきた。米国も政情不安や散発的な衝突が続く同地域に安定をもたらすとの期待から、EU加盟を後押ししてきた。
 
だが、EU首脳が6日、これら候補国の首脳らと会談した席で、加盟交渉は合意に近づくどころか、さらに遠ざかってしまったというのが現実だ。
 
欧州では西バルカン諸国のEU加盟交渉がとん挫すれば、同地域と歴史的あるいは経済的に利害関係にあるロシアや中国といったライバルや敵対国が影響力を強めるとの懸念がくすぶっており、バイデン政権関係者も警戒している。
 
ホワイトハウスによると、ジョー・バイデン米大統領は4日、ウルズラ・フォンデアライエン欧州委員長と電話会談し、「同地域の国々との加盟手続きを継続することに強い支持を伝えた」という。
 
欧州にとって、バルカン地域は近年の武力衝突の記憶がなお生々しく残る場所だが、漠然とした脅威はEUの拡大路線に反発を強めている西欧諸国の世論を動かすに至っていない。

現EU加盟国と候補国の一部との間にある歴史的な問題に加え、バルカン地域で緊張が高まっていることで、EU拡大への政治的な機運がしぼんでおり、加盟を目指すバルカン諸国の間では不満が高まっている。
 
「西バルカン諸国におけるEU拡大は死んだも同然か、少なくとも仮死状態にある」。コソボのペトリット・セリミ元外相はこう話す。「北欧および西欧の政治家はEU拡大について調子のいいことばかり言うが、行動が伴っていない」
 
EUの冷遇はとりわけ、北大西洋条約機構(NATO)加盟国のアルバニア、北マケドニアに対して顕著だ。EUの執行機関である欧州委員会は、用意はほぼ調っているとしているが、加盟交渉の開始が繰り返し延期されている。
 
EUはセルビア、モンテネグロと加盟交渉を行っているが、ほとんど進展していない。確約されている北マケドニアとアルバニアの加盟交渉は、まずはフランス、次にブルガリアによって阻止された。コソボとボスニアは加盟交渉の開始に全く近づいていない。トルコの加盟交渉については棚上げされた。
 
欧州当局者の間では、目先の加盟実現が遠のく中で、セルビアがアレクサンダル・ブチッチ大統領の下で権威主義を強めているとして危機感が高まっている。歴史的に対立関係にあるコソボとセルビアとの間ではここにきて再び衝突が発生している一方、中国は巨大経済圏構想「一帯一路」や新型コロナウイルス危機を利用して影響力を拡大している。
 
EUには2004年、新たに10カ国が加盟。07年にルーマニアとブルガリア、13年にクロアチアが加わった。それ以降、EU拡大への政治的な機運は後退している。
 
フランスはかねて、EU加盟国を増やせば、意志決定ができなくなると訴えてきた。EUを創設した西欧諸国と後から加盟した東欧諸国との間で、文化戦争や政治的な対立が絶えないことも拡大路線への支持が落ち込む要因となっている。
 
また英国のEU離脱で分裂のリスクが高まったほか、強力な拡大路線の推進派を失ったこともマイナスに動いた。
 
ブルガリアの欧州外交評議会(ECFR)副所長を務めるベッセラ・チェルニーバ氏は、EUは新たな加盟国の受け入れに熱心な中・東欧諸国と、拡大路線に懐疑的だが、完全に加盟交渉を断念することは望んでいない加盟国との間で膠着(こうちゃく)状態に陥っていると指摘する。
 
同氏によると、「欧州社会がこれ以上、新たな加盟国を吸収できるのかという根本的な疑問があるため」、交渉が暗礁(あんしょう)に乗り上げている。また、一部の西欧政治家は、EU拡大路線は選挙で負ける問題だと認識しているという。
 
加盟交渉に関わっている欧州当局者はモンテネグロとセルビアの交渉は非常に進展が鈍いことを認めている。欧州委は2025年までにどちらかが加盟できることを期待していたが、現時点で実現する見込みは薄いもようだ。
 
ベルリンをはじめ欧州各地にスタッフを擁するシンクタンク、欧州安定イニシアチブのジェラルド・ナウス所長は、EU拡大プロセスはもはや信頼を失っており、そのため加盟候補国を改革する力も失ったと話す。

その上で、EUは正式加盟への中継地点として現実的な改革を実行する見返りとして、単一市場へのアクセスを認める1990年代モデルに戻るべきだとしている。
 
ナウス氏は、加盟プロセスは「地域の安定も含め、いかなる目標の達成にも機能していない」と述べる。【10月7日 WSJ】
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EU加盟に向けて国名まで変更した北マケドニアを棚ざらしにするのは、(ギリシャとの確執があるとは言え)いささか問題もあるようにも。

ただ、セルビアとコソボやボスニアを加盟せたら、紛争の火種を抱え込むようなもの。
拡大に及び腰になるのは十分に理解できます。

個人の男女間の付き合いでもそうであるように、その気がないならはっきり断るのが「誠実」ではありますが、そうもいかないところが国際政治でしょうか。

【メルケルなきEU マクロン大統領が牽引できるのか? ドイツの対応は?】
EUの現実的課題は現在の「27か国」をいかにまとめていくかということでしょう。
特に、これまでEUを牽引してきたドイツ・メルケル首相がいなくなるという大問題があります。フランス・マクロン大統領が自分の出番だと張り切っているようですが。

****「メルケル後」のEU、仏大統領が主導か 独走に不安も*****
ドイツの首相として16年にわたって欧州連合(EU)のかじ取り役を担ってきたアンゲラ・メルケル氏が政界を去って行く。これによってフランスのマクロン大統領がEUで指導力を発揮し、「より独立した欧州」という自ら掲げる戦略を推進するチャンスが巡ってきた。

ただEU内のどの立場の外交官も、それほど急速な変化は起きないと話す。

「欧州の女王」と呼ばれたメルケル氏の下で策定された欧州戦略は、時折、構想の「明快さ」が欠けていた。この点、マクロン氏が明快な物言いをエネルギッシュに続け、EUもマクロン氏特有の言い回しをしばしば取り入れてきたのは事実だ。

それでも外交関係者は、第2次世界大戦後の欧州の政治体制が合意に基づき成立したという歴史を指摘。マクロン氏が直接的で相手をいらつかせるようなスタイルばかりか、欧州戦略の策定で「独走」したがる点から、同氏がメルケル氏の役回りを果たすのはなかなか難しいだろうとの見方が出ている。

EU創設時からのメンバー国の駐フランス外交官は「マクロン氏が1人で欧州を引っ張っていける状況にはない。彼は慎重になる必要があると自覚しなければならず、彼はフランスの政策に早速に応援団が集まると期待してはならない。メルケル氏は特別な立ち位置を持っており、全員の話に耳を傾け、全員の意見を尊重していた」と述べた。

マクロン氏を巡っては、オーストラリアが先頃フランスの潜水艦導入契約を破棄した際、欧州諸国からフランスを支持する声がすぐには出なかったとのエピソードもある。こうした「沈黙」からは、ロシアからの脅威に向けて欧州が独自の防衛力を整備し、米国への依存を減らすべきだとのマクロン氏の構想に対し、EU内部や加盟各国に根深い反対論があることがうかがえる。

マクロン氏自身は過去のフランス大統領に比べれば、東欧諸国により親密に接しようとしている。にもかかわらず、米国が加わる北大西洋条約機構(NATO)を同氏が「脳死状態」にあると切り捨て、ロシアとの対話促進の必要を提唱した際には、ロシアに対抗する信頼に足る防衛力を提供してくれるのは米国だけだと考えるバルト諸国や黒海沿岸諸国は、まさに衝撃に打ちのめされた。

フランス大統領府は、こうした批判についてのコメント要請に応じていない。もっとも複数のフランス政府高官は非公式の場では、ロシアのプーチン大統領との関係も強化するというマクロン氏の戦略がほとんど成果をもたらしていないと認めている。

東欧諸国のある駐仏大使は「彼の対ロシア政策がどういう結果を招くかマクロン氏に言えるなら言いたい。マクロン氏がロシアとの接触を必要としているのは理解する。メルケル氏もそうだった。しかし彼の場合はやり方が問題だ」と一蹴した。

<鍵はイタリアとオランダ>
(中略)そのドイツでは26日に連邦議会(下院)選挙が行われ、メルケル氏が属する保守連合の得票率は過去最低に沈んだ。現在は新政権樹立に向けて各党が連立交渉を進めている段階。

ただ複数の外交官によると、ドイツの連立交渉の行方とは別に、マクロン氏が今後EU運営で成功を収められるかどうかでは、イタリアのドラギ首相とオランダのルッテ首相が鍵を握る。

ドラギ氏は欧州中央銀行(ECB)総裁の任期中にユーロ圏の危機を救った人物として尊敬を集めている。関係者の話では、マクロン氏は既にこのドラギ氏を取り込むべく、この夏に自身のバカンス地に招待していた。実際にはアフガニスタン情勢の混乱により、この話はなくなったという。

マクロン氏は、緊縮財政を推進する「フルーガル・フォー(倹約家の4カ国)」の結成を実現したルッテ氏への働き掛けも始めている。両者の交流を知る外交官の1人は、かつてマクロン氏がルッテ氏に「あなた方は次第に私のようになってきているし、われわれもあなた方に似てきている」と語ったことを明らかにした。

一方、ロイターが取材した5人の外交高官は全員、今になって多くの欧州諸国がマクロン氏の考えに賛成しつつあるとの見方を示した。以前、欧州企業をアジアや米国のライバルから守るという主張をフランスの単なる思いつきだと冷ややかにみていた国も、中国と米国がより踏み込んだ政策を採用したことで、フランス批判の姿勢を弱めている。

あるバルト諸国の外交官は「マクロン氏はやや過激に見えたが、われわれは彼が推進してきた措置の幾つかはかなり妥当性があることが分かった」と評価した。

EUの中で何かと先頭に立ち目立っていた英国が離脱し、フランスがちょうど来年1月からEUの議長国になることも、変化を後押しするとの声も出ている。【10月2日 ロイター】
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イタリアのドラギ首相とオランダのルッテ首相の存在感が大きいとしても、やはりドイツが今後EUに対しどういう姿勢でのぞむのかが、やはり一番のポイント。

ただ、上記記事にもあるように、現在は連立交渉のさなかで、方向性が定まっていません。
社会民主党(SPD)主導になるにせよ、財政支出拡大を容認するシュルツ氏に対し、連立を組むことになることが予想される自由民主党(FDP)は厳しい財政規律を重視しています。

緑の党は中国およびロシアに対して、より強硬な政策を求めていますが、SPDは控えめなドイツの軍事支出を増やすことに一貫して反対しています。

どのような組み合わせになって、その間でどのように意見調整がなされるのかという問題がありますが、新たなドイツ首相にメルケル首相のような手腕を期待できるか・・・という問題も。

“ドイツの次期政権の立ち位置をめぐる不透明さに加え、ショルツ氏、または他の誰が首相になった場合でも、さまざまな意見を持つ27の加盟国からEU全体の合意をたびたびまとめ上げる上でメルケル氏が発揮してきた交渉術、あるいは国内政治力を示すことができるかどうかについて、不安感が存在する。”【9月29日 WSJ「独総選挙のあおり、EUの重要政策が棚上げに」】

メルケルなきEUで、ドイツがどのような役割を果たすのか、マクロン大統領がどういうリーダーシップを発揮できるのか・・・いましばらくは不透明状態が続きそう。
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