(6月22日、米銀シティは、最新の物価統計を受け、英国の食品インフレ率が来年第1・四半期に20%に達するとの見通しを示した。写真は店で食料品をみている人。ロンドンで16日撮影【6月23日 ロイター】)
【求心力を失うジョンソン首相 国民の支持を失う与党】
イギリス・ジョンソン首相は、コロナ禍で国民の行動が規制されていた期間中に官邸などでパーティーが繰り返され、首相自身も参加していた問題を追及され、与党内で信任投票に追い込まれました。結果、何とか不信任は免れたものの、多くの不信任が明らかになったことで党内の求心力を失っています。
****ジョンソン英首相に大打撃 与党の不信任41%「予想以上」****
英与党保守党は6日、党首のジョンソン首相に対する信任投票を行い、信任多数で続投が決まった。
だが、不信任も投票した所属下院議員の41%に上り、タイムズ紙は当初の「予想以上」と報道、パーティー開催問題を巡る反発の深刻さが浮き彫りになった。政権には大きな打撃となり、党内の分裂や、求心力の一層の低下が予想される。
所属の全下院議員359人のうち、59%に当たる211人が信任、148人が不信任を選んだ。
ジョンソン氏は報道陣に、信任という「決定的な結果」を得たと強調したが、新型コロナ対策の規制下にパーティーを繰り返した問題への風当たりはなお強い。【6月7日 共同】
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型にはまらない、モラルとか誠実さとかにはもともとあまり縁がないジョンソン首相らしい大雑把さ、いい加減さで、ある意味、そういうところが人気の理由でもありますが、今回はコロナ禍で行動制限されていた国民の恨み・怒りを買うことになったようです。
与党・保守党はそんなジョンソン首相のもとで絶不調です。
****英下院補選で与党全敗=ジョンソン政権に打撃****
英下院2選挙区での補欠選挙は、24日までの投開票の結果、与党・保守党の候補がいずれも大差で敗北した。求心力低下が指摘されるジョンソン首相にとってさらなる打撃で、政権運営は一段と厳しさを増しそうだ。
2補選はいずれも保守党議員の辞職に伴うもの。新型コロナウイルス対策の規則に違反して首相官邸でパーティーが開かれていた問題や、物価高騰への対応などが争点だった。
中部ウェイクフィールド選挙区では最大野党・労働党の候補が勝利し、3年前の総選挙で保守党に明け渡した議席を奪い返した。南部ティバートン・アンド・ホニトン選挙区では野党・自由民主党の候補が当選した。
労働党のスターマー党首は英メディアで「保守党は国民からの信任を失った」と表明。保守党のダウデン幹事長は、敗北を受けて辞任した。【6月24日 時事】
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もっとも、“両補選とも保守党議員の辞職に伴い行われた。1人は10代の男子に対する性的暴行で有罪判決を受けて辞職し、もう1人は議会でポルノを視聴していたことを認めて辞表を提出。どちらも世論の注目を集めた。”【6月24日 ロイター】ということで、“負けるべくして負けた”とも言えますし、首相だけでなく、保守党議員の上から下までタガが緩んでいるとも言えます。
【EU離脱時の重要合意「北アイルランド紛議定書」を反故に】
そんなジョンソン政権は多くの難題に直面していますが、そのひとつがEU離脱の際の北アイルランドの扱いに関するEUとの合意を一方的に反故にしようとしている案件。
****英、離脱協定の一部ほごへ=法案提出、EUと関係悪化も―北アイルランド通関、一方的に省略****
英政府は13日、欧州連合(EU)離脱の際にEUと合意した英領北アイルランドに関する協定の一部について、一方的にほごにする改正法案を英議会に提出した。相手の同意のないまま国際的な合意を勝手に変更するもので、EUや国境を接するアイルランドとの関係悪化を招く可能性がある。
アイルランドのマーティン首相は「協定の一方的なほごは非常に深刻だ。信頼の核心に関わる問題だ」と非難。EU欧州委員会のシェフチョビッチ副委員長(機関間関係・先見性担当)も「一方的な行動は相互の信頼を損ない、不確実性をもたらす」と批判した。
これに対し、トラス英外相は「この法案は北アイルランドの人々が英国の他の地域と異なる扱いを受けるという、耐え難い状況を終わらせるものだ」と強調した。【6月14日 時事】
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ブレグジットの最後まで揉めた部分であり、イギリス・ジョソン首相が今の内容で同意したので離脱が何とか成立した経緯がある問題ですから、それを今になって反故にするというのはEUからすれば信義則に反する問題でしょう。
「この法案は北アイルランドの人々が英国の他の地域と異なる扱いを受けるという、耐え難い状況を終わらせるものだ」云々は当初からわかっていた話で、北アイルランド紛争を再燃させないためにはそれしか方法がないからそれで英・EU双方が合意した問題です。
今にして想えば、おそらく、ジョソン政権には当初から合意内容を守る意思はなく、離脱が成立したらあとは適当に・・・と考えていたのでしょう。
イギリス国内のハードルは第1段階をクリアしたようです。
****英の北アイルランド議定書法案、議会で最初のハードル越える****
英国議会は27日、欧州連合(EU)離脱後の英領北アイルランドを巡る通商ルールの一部廃止を可能とする「北アイルランド議定書法案」について、手続きを進めることを295対221の賛成多数で承認した。議会手続きの最初のハードルを越えた形で、今後は法案内容の精査に入る。
EUは一方的な行動は国際法に違反すると反発しており、英国内でもメイ前首相が「この法案は国際法上合法ではなく、目的を達成できず、世界から見た英国の地位を低下させるものであり、支持できない」と批判している。
また、この法案が最終的に上院(貴族院)に移ると、より大きな困難に直面する。貴族院では政府が過半数を押さえておらず、多くの議員が法案に懸念を表明しているためだ。【6月28日 ロイター】
EUは一方的な行動は国際法に違反すると反発しており、英国内でもメイ前首相が「この法案は国際法上合法ではなく、目的を達成できず、世界から見た英国の地位を低下させるものであり、支持できない」と批判している。
また、この法案が最終的に上院(貴族院)に移ると、より大きな困難に直面する。貴族院では政府が過半数を押さえておらず、多くの議員が法案に懸念を表明しているためだ。【6月28日 ロイター】
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これもパーティー問題同様に、“ジョンソン首相らしい大雑把さ、いい加減さ”ではありますが、合意破棄は北アイルランドとアイルランド間にハードな国境管理を必要することになり、北アイルランド紛争の再燃に繋がりかねません。
また、EUとの国際合意を一方的に破棄するということで、仮に国内処理がうまくいったとしても、EUとの関係を悪化させるという大きな問題につながります。
【再燃するスコットランド分離独立問題】
スコットランド分離独立の話も再燃しています。
****英北部スコットランド、独立問う住民投票を来年10月に実施****
英北部スコットランド行政府(地方政府)のスタージョン首相は28日、独立の是非を問う住民投票を2023年10月19日に実施すると表明した。
住民投票の実施には英政府の同意が必要になるため、スタージョン氏は英国のジョンソン首相に書簡を送る意向を表明。英政府が住民投票実施を阻んだ場合、法的措置を取るとした。
スタージョン氏は議会で「独立の問題を抑圧することはできない。民主的に解決しなければならない」とし、「スコットランドの民主主義がジョンソン氏や、他のいかなる首相の捕虜になることがあってはならない」と述べた。
スコットランドの人口は約550万人。2014年に実施された1回目の住民投票で独立は否決された。ただスコットランド行政府は、英国の欧州連合(EU)離脱は住民の大多数が反対していたため2回目の投票が必要になるとの見解を示している。【6月29日 ロイター】
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2014年9月に行われた前回の住民投票では、独立反対派が55%と、賛成派の45%を大きく上回りましたが、世論調査では当時よりも差は縮小しているとも。
投票実施には英政府の承認が必要ですが、ジョンソン首相はこれまで反対を唱えており、実現するかどうかは不透明です。
【首相の最大の難敵はインフレ】
ジョソン首相にとって最大の難問は急速に進行するインフレでしょう。
****英鉄道職員4万人超がスト開始、賃上げ求め30年ぶり規模****
英国で21日、過去30年間で最大規模の鉄道ストライキが始まった。賃上げを巡って4万人以上の職員がストに入り、数百万人の利用者に影響が出ることになる。
スト初日は大半の列車が停止し、主要駅は閑散とした状況だった。23日と25日にも予定されている。また、ロンドンでは地下鉄も独自のストに入り、大半が運休となった。
ジョンソン首相は、ストが新型コロナウイルス流行の影響からまだ立ち直れていない企業に打撃を与えると懸念した。
一方で労働組合側は、インフレ率が10%に達する中で、鉄道ストが教師、医療従事者、廃棄物処理業者などにも広がる可能性があると警告している。
鉄道海事運輸労組(RMT)のミック・リンチ事務局長は「RMTの組合員は、大企業の利益と政府の政策によって給与や条件が切り下げられることにうんざりしている全てのの英労働者を先導している」と述べた。
ユーガブの世論調査によると、スト賛成が37%、反対は45%となっている。【6月22日 ロイター】
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****英食品インフレ率、20%に上昇へ シティ予測****
米銀シティは22日、最新の物価統計を受け、英国の食品インフレ率が来年第1・四半期に20%に達するとの見通しを示した。
英国立統計局(ONS)が22日発表した5月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比9.1%上昇し、40年ぶりの高い伸びを記録。特に食品価格が高騰した。
5月の食品・非アルコール飲料価格は前年比8.7%上昇。2009年3月以来の高い伸びとなった。(中略)
シティのエコノミスト、ベンジャミン・ナバロ氏はリポートで「食品インフレはわれわれの予測を上回った。23年第1・四半期に20%をやや上回る水準でピークに達する見通しで、生産者物価の上昇率は加速が続くだろう」と指摘した。
食品価格の上昇は他のインフレよりも賃金要求に大きな上昇圧力をかける可能性が高いとの見方も示した。【6月23日 ロイター】
英国立統計局(ONS)が22日発表した5月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比9.1%上昇し、40年ぶりの高い伸びを記録。特に食品価格が高騰した。
5月の食品・非アルコール飲料価格は前年比8.7%上昇。2009年3月以来の高い伸びとなった。(中略)
シティのエコノミスト、ベンジャミン・ナバロ氏はリポートで「食品インフレはわれわれの予測を上回った。23年第1・四半期に20%をやや上回る水準でピークに達する見通しで、生産者物価の上昇率は加速が続くだろう」と指摘した。
食品価格の上昇は他のインフレよりも賃金要求に大きな上昇圧力をかける可能性が高いとの見方も示した。【6月23日 ロイター】
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首相はウクライナ問題において「主戦論」をリードすることで外交面での存在感をアピールし、国内の諸問題を糊塗しようとしていますが、インフレの進行でそうした「主戦論」を維持することも難しくなるかも。
****4万人デモ、スタグフレーションの恐怖…ジョンソン英首相はウクライナ問題でいつまで主戦派を貫けるか****
物価高が続く英国で大幅な賃上げを求める鉄道のストライキが起きている。6月21日に始まったストライキに4万人以上の職員が参加し、1989年以来33年ぶりの大規模なものになった。地下鉄を中心に多くの路線で運行がストップし、通勤客など数百万人に影響が及んでいる。
インフレを理由に鉄道組合は「最低でも7%の賃上げ」を要求していたが、会社側は3%増の主張を譲らず、交渉が決裂した。両者の主張の隔たりが大きいことから、鉄道のストは断続的ながら数ヶ月続くと言われている。
「鉄道に続け」とばかりに教師、看護師、その他の労働者もストを起こす構えを見せており、130万人の公共部門労働者を代表するユニゾンは「ストを準備中だ」との見解を示している。
ストが多発する背景には、英国の実質賃金がインフレの影響で過去20年で最も大きく落ち込んでいるという事情がある。
今年3月から5月にかけて英国企業が賃金交渉で従業員と合意した賃上げ率は前年比4%と過去30年で最高の水準だった(6月21日付ロイター)が、インフレ率(4月は9%)がこれを大幅に上回ってしまったからだ。
ロシアのウクライナ侵攻後、英国でも物価高に拍車がかかっており、22日に発表された5月の消費者物価指数(CPI)は前年比9.1%増となり、40年ぶりの高い伸びとなった。主要7カ国(G7)の中でも最高の上昇率となっており、今年後半に11%を超えることが予想されている。
タクシー運転手が大量解雇
物価を押し上げた主な要因はエネルギーと食品価格の高騰だ。
英国のガソリン価格は1ガロン当たり約10ドル(米国の2倍)に達している。市民によるガソリンスタンドでの燃料の盗難事件は1日当たり最大3000件に上り、タクシー運転手や配送業従事者が大量に解雇されている事態も発生している。
英国の食品価格の上昇率は夏場に最大15%に達し、「来年半ばまで高止まりする」との予測が出ている(6月16日付ロイター)。
これらに加え、英国でインフレが激化している要因に雇用問題が挙げられる。
ブレグジット(欧州連合(EU)からの離脱)によって英国と欧州大陸間の労働力の自由な移動がなくなったが、英国の雇用主は労働力の代替先を見つけることができないでいる。
英国の労働力不足は主要先進国で最も深刻だ。約100万人分の労働力が不足している状況下で物価の高騰は労働力不足に拍車をかけている。
ジョンソン首相は「新型コロナのパンデミックから回復途上にある企業活動などに大きな打撃を与えることになる」と懸念しているように、ストの多発は今後の経済活動にとって大きな足かせになることは間違いない。
英国の国民がEU離脱を決めてから6年が経とうとしているが、市場関係者の間で「英国経済は危機的状況に陥るのではないか」との疑念が深まっている。
年初来からポンド安が続いており、輸入インフレ圧力が強まっている。今年第2四半期の国内総生産(GDP)はマイナスになる可能性が高まっているが、イングランド銀行(中央銀行)はインフレ抑制のために利上げを続けざるを得ない。
最大の貿易パートナーであるEUとの関係もこのところ悪化しており、労働力不足はさらに悪化するかもしれない。英国経済は主要国の中でスタグフレーション(不景気の下での物価高)に陥るリスクが最も高いとみなされている。
ロシアのウクライナ侵攻とこれに対する西側諸国の制裁により、世界経済は深刻なダメージを受けている。中でも影響が大きいとされる欧州では「交渉を通じて早期に紛争を終結させるべきだ」とする和平派と「ロシアに大きな代償を払わせるために紛争を続けるべきだ」とする主戦派の間で意見の相違が目立つようになってきている。
主戦派の代表格は英国だ。英国はロシアの侵攻以降、米国に次いで多額の支援(41億ポンド(約6800億円))を行っている。
経済を犠牲にしてまで「主戦派」を貫けるのか
ジョンソン首相は17日、ウクライナの首都キーウを訪問した。4月上旬に続き2回目だ。ゼレンスキー大統領との会談で「120日ごとにウクライナ兵を最大1万人訓練する」ことを伝えたとされている。
英国は2014年のロシアのクリミア併合以降、米国とともにウクライナ兵の訓練に取り組んできており、今回も英国陸軍が新たに供与する武器の使用に必要な訓練をウクライナ国外で行うとされている。
だが、ロシアのウクライナ侵攻に伴うインフレの高進で、西側諸国の市民の不満は政権与党に向かっており、徐々に和平派の勢いが増しつつある。
これに対してジョンソン首相は18日「インフレなどでウクライナでの紛争に対する疲労感が高まるリスクがある」と国際社会に警告を発したが、軍事支援を続けることで紛争が長期化すれば、英国を始め世界のインフレは悪化するばかりだ。英国は経済を犠牲にしてまで「正義派」に固執するのは愚策だと言わざるを得ないだろう。
ジョンソン首相は「就任以来3年間、常に場当たり的な政策対応に終始してきた」と揶揄されている(6月8日付ロイター)。国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)の開催国だったにもかかわらず、5月に入ると英国政府はエネルギー価格を抑制するため、温暖化防止よりもエネルギー安全保障に軸足を移しつつある。
最悪期に突入しつつある英国経済を救うためには、ジョンソン首相はウクライナ問題でも和平派に転ずるという「離れ業」を演じる必要があるのではないだろうか。【6月29日 藤和彦氏 デイリー新潮】
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“場当たり的”節操のなさはジョソン首相の得意技でもありますので(その最大のものがEU離脱の旗振り役)、主戦派から和平派への変身ぐらいは造作もないことでしょう。
ただ、それでEUから離脱したイギリス経済が持ち直せるかどうかは別問題ですが。
EU離脱がイギリスに何をもたらすのか・・・それが明らかになるのはこれからです。