(発射訓練を行う「高機動ロケット砲システム(HIMARS)」=米西部ワシントン州の演習場で2011年5月23日【6月1日 毎日】 アメリカのウクライナへの供与でゲームチェンジャーとなるのか?)
【全体像がはっきりしないウクライナ戦争の戦況】
ウクライナでは東部地域を主戦場にした激しい戦いが続いていますが、この地域に集中攻撃をかけるロシア軍の攻勢に対し、欧米からの武器支援を受けるウクライナ軍が一部押し返しているとの情報も。
****東部拠点「5割を奪還」=首都被弾は貨車修理工場か―ウクライナ****
ウクライナ東部ルガンスク州の残る拠点都市セベロドネツクでは、制圧を目指すロシア軍にウクライナ軍が激しく反攻している。ガイダイ州知事は5日、通信アプリに投稿されたインタビューで「市の半分は現在、われわれの軍が支配している」と主張。今月初めにはロシア軍の総攻撃で市の約70%が制圧されたとしていたが、ウクライナ軍が盛り返しつつある。【6月6日 時事】
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戦況は一進一退で素人には(と言うより、“誰にも”と言うべきか)よくわかりませんが、ウクライナ側が欧米からの支援兵器を本格活用するまで持ちこたえられるか・・・それまでにロシア側がどこまで成果をあげられるか・・・という時間との戦いの側面もあります。
ロシアが戦争遂行能力をどこまで維持できるか、逆に欧米側は戦争による自国への経済的打撃をどこまで我慢できるのかという我慢比べの様相も。
それ以上に、そもそも「どこまでやるのか?」というゴールが判然としないろころもあります。
****ウクライナ戦争「どちらが勝利に近いか」を言えない理由****
<開戦から100日が過ぎた。軍事アナリストたちの分析により詳細な戦況は明らかになっているが、戦争の全体像は不透明なままだ>
ウクライナ戦争が始まって既に100日余り。戦争がどこへ向かっているかは、混迷を深めるばかりだ。
2月24日にロシア軍が侵攻を開始した当初は、数日もしくは数週間以内にウクライナの首都キーウ(キエフ)が陥落するという見方が一般的だった。この時点で6月になってもまだ戦闘が続き、ウクライナのゼレンスキー大統領が政権にとどまっていると予想した人はいなかった。
軍事アナリストたちの分析により、現時点でどちらの部隊がどの地域を押さえているかという詳細な戦況は明らかになっている。しかし、アナリストたちも認めているように、戦争の全体像は不透明だ。どちらが勝利に近づいているともはっきり言えない。
その1つの要因は、双方にとっての「勝利」と「敗北」の定義が明確でないことだ。
ゼレンスキーは2月24日より前の境界線が回復されれば、ロシアのプーチン大統領との交渉に応じる用意があると述べている。
ここで言う2月24日より前の境界線の回復とは、ウクライナ領からロシア軍が全て撤退することを意味するのか。その中には、東部のドンバス地方全域も含まれるのか。開戦前に親ロシア派武装勢力が支配していた地域にロシア軍部隊がとどまることは受け入れるのか。また、クリミア半島の扱いはどうなるのか。
一方、プーチンとその周辺は、ゼレンスキー政権を欧米の帝国主義者に操られたネオナチ勢力と非難し、ウクライナが主権国家として存続することに異を唱えている。この姿勢を崩さなければ、プーチンにとってゼレンスキーとの交渉などあり得ない。
プーチンが考える「勝利」とは、ドンバス地方を占領するだけでなく、実質的にウクライナという国を消滅させることを意味するのだ。
いずれにせよ、双方とも差し当たりは戦闘をやめたいと考える理由がない。ロシアもウクライナも、遠くない将来に決定的勝利を収められるかもしれないと期待している可能性があるからだ。
最近、ロシア軍はウクライナ軍の陣地に対してロケット砲による攻撃を強化している。ウクライナ軍のロケット砲はこれより射程が短く、有効な反撃ができていない。
バイデン米大統領は、ロシア軍のものに匹敵する射程を持つロケット砲をウクライナ軍に提供することを表明した。これにより、戦況が大きく変わる可能性がある。
ただし、アメリカからの兵器が到着し、ウクライナ軍がそれを用いるために必要な訓練を終えるまでには、まだしばらく時間がかかる。その間に、ロシア軍の砲撃がウクライナ軍にどの程度の打撃を与えるかが焦点になる。
ロシア側にも不安材料はある。戦争を継続するために不可欠な資源が底を突き始めているのだ。
兵士の数も足りなくなりつつあるし、武器も十分でない(この戦いに投入した戦車の4分の1が既に使用不能になったという)。そして何より士気の低下が深刻だ。
こうした問題点は、プーチン自身よく理解している。最近、軍幹部を少なくとも5人以上解任したことはその表れだ。
しかし、欧米諸国が戦争による経済的打撃に対して我慢の限界に達しつつあることも、プーチンは承知している。
以上の事情を考えると戦争は当分続きそうだ。
この戦争がどこに向かっていて、どちらが勝つのかもまだ見えてきそうにない。【6月6日 Newsweek】
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【ウクライナ「勝利」を支援してきた米・バイデン大統領 「プーチン追放を目指さない」 考えが変わったのか?】
多くの国がウクライナを支援してはいますが、圧倒的影響力を持つのはアメリカの支援です。
アメリカ・バイデン大統領の考え方次第で、この戦争がどのように終わるのかが変わってきます。
一方で、アメリカ・バイデン大統領の考え方はウクライナ現地の戦況によって変わりますし、アメリカ国内事情でも変化します。
基本的には、6月2日ブログ“ウクライナ戦争 議論が出始めた「どのように終わらせるのか?」「落としどころは?」”でも取り上げたように、「勝利」云々よりは早期の停戦を求める独仏に対し、アメリカはウクライナ善戦を背景に、ウクライナの「勝利」(併せて、ロシアの弱体化、あわよくばプーチン失脚)を目指してウクライナ支援を強化している経緯があります。
****米国が新たに見せる「ウクライナ勝利」という目標****
4月25日、キーウ訪問をすませたブリンケン国務長官およびオースティン国防長官はポーランドの国境近くで記者団と会見した。この中で、ブリンケン長官は「ロシアは失敗しつつある、ウクライナは成功しつつある」と述べた。
オースティン長官は「彼等(ウクライナ)は勝ちたいという思いでいる。われわれは彼等が勝つことを助けたいという思いでいる。われわれはそのことをやろうとしている」、「ロシアがウクライナに侵攻してなしたようなことを再び出来ない程度にロシアが弱体化することを我々は望んでいる」などと述べた。
そして、ウクライナを助けるために、翌26日にはドイツのラムシュタイン米空軍基地でオースティン長官主催の同盟国・有志国による会合が行われ、ウクライナに対する榴弾砲、戦車など長距離攻撃が可能な兵器を含めこれまで以上に強力な武器支援が申し合わされることとなった。(中略)
しかし、オースティン長官の発言は、米国の目標は変わりつつあるのかとの印象を与えた兆候がある。ウクライナの「勝利」を定義しないままでは意味がないが、米国はウクライナが生き残るだけでなく、勝利させることを視野に入れつつあるのではないかとの印象をメディアに与えたようだ。(後略)【5月9日 WEDGE】
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こうしたウクライナ「勝利」(それが何を意味するのかは不明瞭ですが)を目指すアメリカはウクライナ支援を強化してきました。
“米国、武器貸与法が成立 大統領権限を強化、ウクライナに迅速な支援”【5月10日 毎日】
“米、ウクライナ支援へ5兆円予算可決 長期戦視野”【5月20日 産経】
しかし、バイデン大統領は5月31日には、ウクライナにロシア攻撃能力を与えないことを明確にし、「プーチン追放をもたらそうとはしていない」とも発言し、ロシアへの配慮を示しています。
****米国、ウクライナに最新ロケットシステム供与へ 直接介入は否定****
バイデン米大統領は5月31日、米紙ニューヨーク・タイムズに寄稿し、ロシアのウクライナ侵攻に関して「米国や同盟国が攻撃されない限り、米軍部隊をウクライナで戦うために派遣したり、ロシア軍を攻撃したりすることはない」と直接的な軍事介入を改めて否定した。
また「戦争はいずれは外交によって終わるが、あらゆる交渉は地上での(戦闘の)状況を反映するものだ。ウクライナが強い立場で交渉の席につけるように支援する」と述べ、ウクライナに対し、最新の「高機動ロケット砲システム(HIMARS)」を新たに供与する方針を示した。
バイデン氏は、ウクライナ情勢を巡る米国の目標について「ウクライナがさらなる侵略を抑止し、自衛することによって、民主的で独立し、主権を保持し、繁栄したウクライナを実現することだ」と強調した。一方で、「北大西洋条約機構(NATO)とロシアとの戦争は望んでいない。プーチン氏(露大統領)とは意見の相違があるが、モスクワからの追放をもたらそうとはしていない」として、プーチン政権の転覆が目的ではないと説明した。
ウクライナ支援に関しても「国境を越えてウクライナが攻撃することは促さないし、ウクライナに能力も与えない」と強調した。HIMARSは最大射程300キロの砲弾を撃てるが、米政府高官によると、ウクライナに供与する砲弾の射程は最大80キロ程度に抑えた。ウクライナ側も「ロシア領への攻撃には使用しない」と米側に確約したという。(後略)【6月1日 毎日】
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こうしたロシア・プーチン大統領へのアメリカ・バイデン大統領の配慮は、単に過剰にロシアを刺激しないためのものなのか、あるいは、ウクライナ戦争に対する見方の変化を示すものなのか・・・下記は後者の“変化”を指摘する記事です。
****バイデン訪日後に急変。米国がウクライナ援助を“様子見モード”に替えた裏事情****
(中略)
移ろいはじめた各国の思惑―ウクライナ紛争と国際情勢
「プーチン大統領がモスクワに留まることを容認する」「アメリカがウクライナに供与する武器がロシア領内に対して用いられることはない」
今週に入ってバイデン米大統領が突如として打ち出した方針に驚かれた方も多いのではないでしょうか?
根っからのロシアおよびプーチン大統領嫌いで有名なバイデン大統領ですが、この変心とも捉えられる発言に込められた意図はどういったものなのでしょうか。
東京から帰国してから、台湾問題を再度クローズアップさせたり、北朝鮮のミサイル・核開発問題に外交的なエネルギーを割くようになったりと、アメリカ外交安全保障政策の視点の拡大傾向がみられるようになったように思われます。例えるならば、【ロシア・ウクライナ問題と、中国・台湾問題の両にらみ体制の発動】でしょうか。
2月24日にロシアがウクライナ全土に侵攻してから最近まで、欧州各国と連帯を強め、NATOという枠組みを軸にロシア対応をし、外交的なリソースも一気にそちらに集中投入したかのように振舞い、アジアシフトやアフリカ諸国へのコミットメント増大傾向が一旦後退したように見えました。
ただ大方の予想に反してウクライナ“戦争”が長期化の様相を見せると、We stand with Ukrainianという姿勢はアピールし、ロシア嫌いが多いと言われる議会上下院も非常に太っ腹な支援を次々と採択し、ウクライナに提供する武器弾薬のレベルもどんどんアップグレードされ、ロシアとの直接戦争というレッドラインを超える手前まで前のめりになっているように見えました。
しかし、このところウクライナ戦争の長期化に言及する高官の言葉が多く、もしかしたら戦略・アプローチをここにきて変更したのではないかと思われます。
ウクライナ・ゼレンスキー大統領などからの要請に対して、これまでは驚くほど気前よく応えてきたように見えましたが、先週号でも触れたとおり、アメリカ政府内でもウクライナ政府からの“くれくれ”攻撃にうんざりし、いくら支援してもゼレンスキー大統領やクレバ外相からは「まだまだ足りない」と本気度を疑うような非難をされることに対して、徐々に政府内での“ウクライナ離れ”が始まっているように思われます。
そこにアメリカ国内の人権擁護団体から、ウクライナに対してアメリカなどが供与している武器弾薬がロシアの一般人の殺害にも用いられているとの疑いが投げかけられ、おまけにロシアへの攻撃用にも用いられているとの指摘が寄せられていることに、人権第一を旗印に掲げるバイデン政権としては、イケイケどんどんな支援傾向に少しブレーキがかかったように見えます。(中略)
今週発表されたハイマース(高機動ロケット砲システム)のウクライナへの供与は一見すると、アメリカの軍事支援のアップグレード、言い換えればエスカレーション傾向の継続とも認識できますが、もともとゼレンスキー大統領が要請していたのは射程300キロメートル超のロケット砲であり(その後、「少なくとも100キロメートル射程のもの」と要求を下げた)、ハイマースが80キロメートル射程であることからも、政権と軍部としてぎりぎりの線を模索している様子が覗えます。
そしてさらにハイマースの供与条件として、「ロシア領内への攻撃に使用することは許容しない」との文言が、わざわざ加えられ、ウクライナ政府に対して突き付けたことからも、少しアメリカ政府がロシア・ウクライナ戦争に対する間接介入の度合いを下げたことが読み取れます。
しかし、ロシアとウクライナの戦闘は一進一退を繰り返している膠着状態であることには変わりがなく、ウクライナをロシアによる侵攻から守るのであれば欧米諸国によるさらなる後押しが必要だと考えますが、その“さらなる後押し”を、どうもアメリカ政府はじわりじわりNATOという枠組みを用いて欧州各国にバランスを移し始めようとしているように見えます。
その表れがスウェーデンとフィンランドのNATOへの加盟への決意をこれでもかというほど持ち上げて、大統領自ら太鼓判を押すというパフォーマンスまで行って、【ロシア対策はやはり元々の設立目的に沿ってNATOに委ねるべきであり、ロシアに対して直接的な安全保障上のリスクに直面する欧州が、それぞれの現実に基づいて対応すべき】というように、【アメリカによる支援】という形式から【NATOを通じた、特に欧州各国による支援】という形態に変えようとしているように思われます。
メインプレーヤーから、様子見モードへの転換とでもいえるでしょうか。
さらに大きな変化の証とも言えるのが、【プーチン大統領がモスクワに留まること(つまり政権と体制の維持)をアメリカは否定しない】という方針転換でしょう。
これは武器供与のエスカレーション傾向が、望まない米ロ直接戦争の引き金になりかねないとの懸念から、態度を軟化させたものと言われていますが、未確認情報ながら伝わってきた内容では、どうも今週、どこかでバイデン大統領とプーチン大統領の間で電話またはオンラインでの会談が行われたらしいとのことです。
真偽のほどは不明ですが、もし正しい情報なら…。いろいろと妄想したくなります。(後略)【6月6日 島田久仁彦氏 MAG2NEWS】
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バイデン大統領の方針には、6月2日ブログでも取り上げたアメリカ国内事情・世論が影響します。
アメリカ世論は、民主主義を守るためのウクライナでの戦争支援よりは、「早くガソリン価格を何とかしろ!」に傾きつつあります。
【早期の停戦を望む独仏伊】
“アメリカからじわりじわりと責任を押し付けられそうな欧州”【同上】は・・・・これも6月2日ブログでも取り上げたように域内で温度差があります。
地理的にも近く、経済的にも深い関係にある欧州は、“ロシアの脅威”を前面に出すにせよ、“ロシアとの関係”を重視するにせよ、アメリカよりは切実です。
“ロシアの脅威”から対ロシア強硬姿勢を貫くポーランドやバルト3国に対し、経済的つながりも強く自国経済への打撃を重視する独仏伊は「停戦」の早期実現を望んでいます。
安全保障の観点からしても、独仏の本音は、ウクライナ戦争後にプーチンという統率者を失った手負いのロシアと対峙するよりは、プーチンにコントロールされたロシアと秩序ある関係を維持したいといったところでしょう。
“すでにショルツ首相(ドイツ)、マクロン大統領(フランス)、ドラギ首相(イタリア)も単独、または共同でプーチン大統領と会談を始めていますし、ゼレンスキー大統領に対しても交渉のテーブルに就く条件の軟化を促しているようです。”【前出 MAG2NEWS】
ウクライナ・ゼレンスキー大統領からすれば、マクロン仏大統領などがウクライナに相談することなく、頭越しでプーチン大統領と「停戦」について語り合うというのは許しがたいところでしょう。
そんなウクライナのフランスへの“怒り”が今日も報じられています。
****ウクライナが反発、仏大統領の「ロシアに屈辱与えてはならない」発言に****
ウクライナのクレバ外相は4日、マクロン仏大統領が「ロシアに屈辱を与えない」ことが重要だと述べたことについて、フランスに屈辱をもたらすだけだと反論した。
マクロン氏は4日付の地元紙とのインタビューで「戦闘が終わった時に外交的手段を通じて出口が築けるよう、われわれはロシアに屈辱を与えてはならない」とし、「仲介者になるのがフランスの役割だと確信している」と述べた。
これに対してクレバ氏はツイッターで「ロシアの屈辱を避けるための呼びかけは、フランスとそれを求める他の全ての国に屈辱をもたらすだけだ」と批判した。【6月6日 ロイター】
マクロン氏は4日付の地元紙とのインタビューで「戦闘が終わった時に外交的手段を通じて出口が築けるよう、われわれはロシアに屈辱を与えてはならない」とし、「仲介者になるのがフランスの役割だと確信している」と述べた。
これに対してクレバ氏はツイッターで「ロシアの屈辱を避けるための呼びかけは、フランスとそれを求める他の全ての国に屈辱をもたらすだけだ」と批判した。【6月6日 ロイター】
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国土を廃墟にしながらもロシアと戦火を交えているウクライナにすれば、「ロシアに屈辱を与えない」云々は後ろから弾を撃たれるようなものでしょう。
とは言え、フランスにはフランスの、アメリカにはアメリカの、日本には日本の立場があるというのも、これまた当然のところです。