孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

小幅増産にとどまった原油生産 ガスパイプライン「ノルドストリーム」をめぐるロシア・ドイツの綱引き

2022-08-04 22:57:09 | 資源・エネルギー
(一時保管されているタービンの前に立つショルツ独首相=ドイツ西部ミュールハイムで2022年8月3日、ロイター【8月4日 毎日】)

【OPECプラス、小幅増産 米にととっては期待外れか】
世界各国を苦しめているインフレーションを牽引しているのが食料品とエネルギーの価格上昇ですが、原油価格はWTI原油先物で見ると、6月に1バレル=120ドルあたりまで高騰した後は下げに転じて、8月4日現在は90ドル台前半にあります。このレベルはロシア軍侵攻以前の水準です。

なお、原油価格は20年4月・5月頃から一貫して上昇しており、現在のガソリン価格高騰などは必ずしもロシア軍侵攻によるものではありません。原油価格が100ドルを超える水準に高騰を加速させた要因ではあるでしょうが。
最近の原油価格低下傾向は、世界経済が景気後退局面に入り、原油需要が落ち込む懸念もあるとの懸念がベースにあると思われます。

いずれにしても依然として高値水準にあり、特にアメリカではガソリン価格高騰が中間選挙の勝敗・バイデン政権の今後を左右する重大な政治問題となっていること、その対応としてバイデン大統領が人権問題を抱えるサウジアラビアをこれまでのいきさつを棚上げする形で訪問し、「油乞い外交」とも評されるように中東最大の産油国サウジアラビアの増産を要望したことはこれまでも再三取り上げてきました。

有力産油国でつくる石油輸出国機構(OPEC)プラスは8月3日、当面の生産計画を協議し、9月は前月より日量10万バレル分増量することで合意しました。

11月の中間選挙を控えてインフレを抑制したい米バイデン政権に最低限の配慮を示したとも言えますが、増産幅はロシアも反対しにくい極めて小幅な水準にとどめたとも言えます。

欧米ではインフレが進み、景気が減速するとの見方が強まり、中国も景気悪化が想定されるなかで、石油需要は今後縮小し、大幅増産は値崩れにつながるとの判断でしょう。

ただ、人権問題を棚上げしてまで行ったバイデン大統領の中東外交・サウジ訪問の成果としては「不十分」「期待外れ」のように思えます。

****OPECプラス増産ペース縮小 景気後退懸念、米国の要請に応じず****
石油輸出国機構(OPEC)とロシアなど非加盟の産油国でつくる「OPECプラス」は3日の閣僚級会合で、9月の原油増産ペースを日量10万バレルとし、現行ペースを大幅に縮小することを決めた。バイデン米大統領は7月にサウジアラビアを訪問して増産を求めていたが、世界的な景気後退の懸念から要請に応じなかった。

OPECプラスは新型コロナウイルス禍からの世界経済の回復に合わせ、2021年8月から生産量を毎月、日量約40万バレルずつ拡大。原油価格の高騰を受けた22年6月の会合では、7、8月の増産幅を日量64万8000バレルに引き上げていた。

原油や天然ガスなどエネルギー価格の高騰は、世界的なインフレを加速させ、バイデン政権の支持率低迷につながっており、バイデン政権はさらなる増産を求めていた。

しかし、OPECプラスは、世界経済が景気後退局面に入り、原油需要が落ち込む懸念もあることから、原油生産量をほぼ現状維持することにした。増産余力に限界があることや、原油価格が一時より落ち着いたことも考慮した。

インフレ抑制に向け、各国中銀は利上げを進めており、金融引き締めは世界経済の減速要因となる。またロシアが冬の需要期に向け、欧州向けの天然ガス供給を停止する懸念も高まり、欧州経済が停滞し、原油の需要が落ち込む可能性も出ている。

国際的な指標となるニューヨーク原油先物相場は6月、一時1バレル=120ドルを超えたが、足元では100ドルを下回る水準で推移している。【8月3日 毎日】
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「侮辱的」との評価もあるようです。

****OPECプラス、9月に小幅増産へ 米に「侮辱的」との見方も****
(中略)OPECプラスの関係者は匿名で、ロシアと協力する必要性を強調。「(今回の合意は)米国を落ち着かせるものだ。またロシアを動揺させるような大幅なものではない」とした。(中略)

バイデン米大統領が先の中東歴訪で、サウジアラビアに対し増産を要請したにもかかわらず、増産幅が10万バレルにとどまったことについて、ユーラシア・グループのマネジング・ディレクター、ラード・アルカディリ氏は「意味がない」ほどの小幅増産で、「政治的ジェスチャーとしてはほぼ侮辱的」な増産だとした。

OPECのデータによると、日量10万バレルの増産は1982年の生産割り当て開始以来で最小の増産幅の一つ。

一方、米国務省でエネルギー安全保障担当シニアアドバイザーを務めるアモス・ホッホシュタイン氏は3日、CNNのインタビューで、OPECプラス閣僚級会合での合意について「正しい方向への一歩」と評価した上で、国内の燃料費には大きな影響を与えないとし、バイデン政権は燃料価格の引き下げを引き続き推進すると述べた。

また、ロシアのノバク副首相は合意後、ロシアのニュース専門チャンネル「ロシア24」に対し、世界の石油需要はパンデミック(世界的大流行)前の水準をほぼ回復していると言及。物流チェーンや新型コロナウイルスの感染再拡大を巡り不確実性が残っているとし、ロシアとサウジアラビアは10月に政府間会合を開催するとした。【8月4日 ロイター】
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【各国はガソリン価格抑制政策】
各国政府はインフレ対策に力を入れており、米バイデン政権はガソリンの税金カットなどを打ち出しています。日本政府もガソリンへの補助金を続けています。

私個人は原付しか利用しないので、ガソリン価格にはほとんど関心はありませんが、もし補助金が無ければ208円にもなる状況とか。さすがに200円超えとなると、経済・社会に深刻な影響も出るでしょう。

補助金は9月末で期限切れとなりますが、10月以降どうするかは決まっていません。すぐにやめると価格が一気に高くなる恐れがあるため、業界からは段階的な縮小を望む意見が出ているようです。

政治的にも補助金廃止は困難な選択。日本のように体力のある国なら継続も財政的に耐えられますが、体力の弱い途上国では補助金継続が財政をむしばんでいきます。そのあたりが補助金政策の罠でもあります。

****ガソリン価格、2カ月ぶり170円割れ 補助金37.7円へ****
資源エネルギー庁が3日に発表したレギュラーガソリンの店頭価格(全国平均、1日時点)は前週に比べて0.5円安い1リットル169.9円だった。5週連続で値下がりし、約2カ月ぶりに170円を割り込んだ。政府は石油元売りなどに補助金を支給してガソリン価格を抑えている。4日から1週間の補助額は37.7円になる。

政府は1月に補助金を導入し、給油所への卸値を抑えて店頭価格の上昇に歯止めをかけてきた。7月28日~8月3日分の補助額は39円、価格の抑制効果は41.1円だった。

8日時点のガソリン価格は、補助がなければ208.4円になると見込む。抑制目標の168円との差は40.4円。補助上限の35円に、それを超えた分の半分の補助2.7円を上乗せし、4日から1週間の補助金支給は37.7円になる。

ガソリン価格は、原料である原油の相場を反映する。アジア市場の指標となる中東産ドバイ原油の2日のスポット価格は一時、1バレル98.6ドル前後と前月比6%下落した。前年同期比では3割強高い。円安の進行もあり、原油の調達コストは高止まりしている。【8月3日 日経】
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【石油メジャーに対する「もうけ過ぎ」批判】
一方で、欧米の石油メジャーは利益をふくらませています。
英シェルの4~6月期の純利益は180億ドル(約2・4兆円)で前年同期比5・3倍。米大手エクソンモービルは178億ドルで3・8倍。米シェブロンも116億ドルで3・8倍でした。

こうした状況に「もうけ過ぎ」の批判も出ています。
バイデン米大統領は6月、エクソンを名指しして自社株買いに熱心な一方で投資を怠っているとし、「石油を増産しないほうが稼げるからだ」などと批判しています。

こうした批判に対し、エクソンのウッズCEOは7月の決算会見で、高い利益は数年前から実施してきた大規模な投資の結果だと反論。「多額の投資を続けているが、供給量はすぐには増えない」などと主張しています。

しかし、「もうけ過ぎ」批判は高まっており、国連グテレス事務総長が世界のすべての政府は最もぜい弱な人々を支援する方法として、石油・天然ガス企業の「超過利潤」に課税すべきだと訴える事態にもなっています。

****石油ガス大手の超過利潤は「グロテスク」,各国は課税を=国連事務総長****
国連のグテレス事務総長は3日、記者団に対し、世界のすべての政府は最もぜい弱な人々を支援する方法として、石油・天然ガス企業の「超過利潤」に課税すべきだと訴えた。こうしたエネルギー企業やその資金支援者らの「グロテスクな強欲」が「最も貧しく弱い人々を苦しめ、地球環境も破壊している」と非難した。

グテレス氏は、大手エネルギー企業が今のエネルギー危機に乗じ、最も弱い人々やコミュニティー、気候変動問題を犠牲にする形で「記録的な利益を上げている」とし、「これは不道徳だ」と断罪した。

米国のエクソンモービルやシェブロン、英シェル、フランスのトタルエナジーズ4社は、4─6月期利益が合わせて前年同期のほぼ2倍の510億ドル近くに上っている。

バイデン米大統領も6月、消費者にとって燃料費が記録的に高騰している時にエクソンなどが途方もない利益を上げていると発言。英国は7月、北海油田の石油・ガス企業への25%の超過利潤課税を可決した。米議員も同様の課税構想を議論しているが、議会での見通しはまだ立っていない。【8月4日 ロイター】
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一昔前なら民間企業を「不道徳」呼ばわりしても資本主義社会では意味がない・・・といったところでしたが、持続可能性、SDGsが重視される社会となった今は、企業も一定に配慮する必要があるでしょう。

【「ノルドストリーム1」をめぐるロシアとドイツ・欧州の綱引き】
一方、欧州で問題となっているのは石油もさることながら、ロシア依存が高い天然ガス。
とりわけ、定期点検から再開したノルドストリームをめぐり、ロシア側が技術的問題による更なる供給削減をちらつかせるなど、ロシアとドイツなど欧州との綱引きが続いています。

****ノルドストリームのタービン受け取り、制裁で「不可能」に ガスプロム****
ロシア国営天然ガス企業ガスプロムは3日、欧州に天然ガスを供給するパイプライン「ノルドストリーム1」用のタービンについて、対ロシア制裁のためドイツからの納入が「不可能となっている」と主張した。

ガスプロムは「カナダと欧州連合、英国による制裁に加え、(タービンを製造した)独シーメンスとの契約義務関連の問題のため、タービンの納入が不可能となっている」と説明した。

欧州諸国は、ロシアはタービンの受け取りを遅らせ、欧州へのガス供給をさらに減らすための口実にしようとしているのではないかと疑っている。

アナレーナ・ベーアボック独外相は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が「駆け引き」を仕掛けてきているが、西側諸国が分断されることは「あり得ない」と述べた。

さらに「ロシアの安価なガスに依存しすぎたのは間違いだった」と認め、ドイツのエネルギー政策を刷新し、ロシア産ガスの利用を段階的に削減する必要があるとの認識を示した。

オラフ・ショルツ独首相も同日、ロシアがタービンの受け取りを阻止し、欧州へのガス供給を絞っていると非難。一方で、原子力発電所の運転を継続する可能性に言及していた。 【8月4日 AFP】
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問題になっている「ノルドストリーム1」用のタービンについては、カナダ政府は制裁を緩和し、修理を終えたタービンの返却を決めましたが、タービンは7月中旬以降、経由地のドイツにとどまっています。

****独首相、ガス供給減でロシア非難 「タービン、妨げるものない」****
ロシアがタービンの返却遅れを理由にドイツへの天然ガス供給を大幅に削減している問題で、ドイツのショルツ首相は3日、タービンが一時保管されている独西部ミュールハイムの工場を視察し、「(ロシアに)タービンを輸送し、設置することを妨げるものは何もない」とロシア側の対応を非難した。(中略)

ショルツ氏はロシア側が供給減の根拠とする技術的な理由は「すべて事実として理解できない」と指摘し、ロシア側が意図的に通関手続きを遅らせている可能性を示唆した。ロイター通信によると、ロシアのペスコフ大統領報道官は3日、輸送を妨げているのは書類の不備だと反論した。

一方、ロシアがウクライナ侵攻を開始した後もロシア企業の幹部にとどまり批判を浴びたドイツのシュレーダー元首相(78)は、先週モスクワでプーチン露大統領と会談したと明らかにし、ロシア政府がウクライナとの戦争について「交渉による解決を望んでいる」と述べた。複数の独メディアが3日、シュレーダー氏のインタビューを公開した。

シュレーダー氏はウクライナからの穀物輸出の再開が交渉によって合意されたことを踏まえ、「徐々に停戦へと発展させられるだろう」と述べた。ロシア産ガスの供給不足については、NSと並行する新パイプライン「ノルド・ストリーム2」を稼働させれば解決するとの持論を展開した。【8月4日 毎日】
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【ドイツにとって悩ましい「ノルドストリーム2」】
“「ノルド・ストリーム2」を稼働させれば解決する”というのはシュレーダー元首相の持論であると同時に、プーチン大統領の「悪魔のささやき」でもあるでしょう。

****プーチン氏「ノルドストリーム2でガス供給可能」、元独首相に説明****
ロシアのプーチン大統領は、シュレーダー元ドイツ首相と先週会談した際、ロシアの天然ガスを欧州に送るドイツに通じる2本目のパイプライン「ノルドストリーム2」が利用できる状態にあると説明した。ペスコフ大統領報道官が3日、明らかにした。

ペスコフ氏によると、プーチン氏は会談で、欧州向けの供給は、ポーランドを経由する「ヤマル・ヨーロッパ」パイプラインがポーランドの制裁下となったことや、ウクライナが経由パイプラインを止めた影響で日量1億6700万立法メートルから3000万立法メートル程度まで減少したと語った。【8月3日 ロイター】
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ドイツにとって、工事が終わり事業計画承認を待つだけの段階にあった「ノルドストリーム2」の利用停止を決定したことは重大な決断でした。アメリカから迫られた、ウクライナ支援・ロシアへの対決姿勢の本気度を示す「踏み絵」でもあったのでしょう。

天然ガス需要が多くない夏場はまだいいでしょうが、需要期の冬場になって供給不足・価格高騰が現実の問題になったとき、プーチン大統領の「いやいや、ノルドストリーム2があるじゃないか。ドイツが認めさえすれば、いつでもガス供給できるよ。」という誘いに抗うことができるのか・・・悩ましい問題です。

日本もロシア産ガスについては、サハリン2で揉めています。

****「サハリン2」新運営会社の設立決定 日本の輸入LNG約1割占め…出資企業は判断迫られることに****
ロシア政府は、日本の商社も出資している石油・天然ガス開発事業「サハリン2」について、新たな運営会社の設立を決めました。日本の商社は今後も事業に参加し続けるか、判断を迫られることになります。

サハリン2にはロシアのガスプロムや三井物産、三菱商事が出資していて、日本が輸入するLNG(=液化天然ガス)のおよそ1割を占めています。

ロシア政府の決定によりますと、新たな運営会社「サハリンエナジー合同会社」はサハリン州の州都ユジノサハリンスクに設立されます。

プーチン大統領はことし6月、非友好国への対応として、サハリン2の株式をすべて新たな運営会社に無償譲渡することを命じる大統領令に署名しています。出資企業には新会社設立から1か月以内に新会社の株式取得に同意するか通知するよう求めていて、三井物産と三菱商事は判断を迫られることになります。

新会社の設立決定を受け、萩生田経済産業大臣は「サハリン2は極めて重要で維持を続けることに基本的に変わりはない」とコメントしています。【8月4日 日テレNEWS】
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日本は輸入するLNG全体の8.8%(2021年)をロシアに依存しており、その大半がサハリン2で、発電用の燃料や都市ガスの原料に使われています。

一方ドイツの場合、“ガス輸入に占めるロシア産の割合がロシアによるウクライナ侵攻前は55%に上っていました。
侵攻を受けてドイツはロシア産の天然資源に依存しない「脱ロシア」を進めています。それでも、ことし4月時点でロシア産のガスが35%を占めるなど、短期間で代替の調達先を確保するのは非常に難しいのが現実です。”【7月15日 NHK】

ドイツにとってロシア産ガスは日本より遥かに大きな問題であり、「ノルドストリーム2」の停止は極めて困難な決断でした。それだけに、冬場になってもウクライナの戦況の「出口」が見えないという場合、どこまで耐えられるか・・・・という話にも。

プーチン大統領の「ノルドストリーム2」の話は、薬物依存症患者の耳元で「いつでも薬、手に入るよ」といった囁きのようにも。

なお、パイプラインを使うガスは石油と異なり簡単に輸出先を変えることが困難で、ロシアにとっても欧州という最大の顧客を失うことになれば宝の持ち腐れになってしまいますので、あまり強引なことも得策ではありません。

コメント (1)
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