(学生の失踪事件で正義を求めて行進する人々=2015年11月、メキシコ市【8月21日 CNN】)
【殺人事件犠牲者 日本の100倍以上】
メキシコで麻薬組織が関係した死者が非常に多く、メキシコ麻薬戦争とも言われる状況にあることは、これまでも再三取り上げてきました。殺人事件死者数は日本の100倍以上に達しています。
****昨年の殺人犠牲者、微減の3万5625人=「良いニュース」とメキシコ大統領****
メキシコ国立統計地理情報庁は26日、2021年の殺人の犠牲者数(速報値)が3万5625人だったと発表した。
最悪だった前年(修正値)からは1148人減で、ロペスオブラドール大統領は「良いニュースだ。わずかだが減少しつつある」と歓迎した。
ただ、人口規模が近く、320人前後(国連発表)で推移している日本の100倍以上に達している。
殺人発生率は人口10万人当たり28人で、前年から1人減少した。凶器の約7割は銃器。州別で最も多かったのは日本企業が集中している中部グアナフアト州で、4年連続ワーストとなった。
メキシコでは06年以来、治安機関を巻き込んだ麻薬カルテルによる「麻薬戦争」が続いており、犠牲者の多くはカルテル絡みとみられる。【7月27日 時事】
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毎日100人以上が殺人事件で死んでいるという数字で、日本的常識では想像もできません。ウクライナの死者数もそれほど多くないかも。まさに「戦争」という表現にふさわしい数字です。
もっとも、殺人事件が多いのは中南米に共通した現象で、人口比で言えばメキシコ以上の国は中米の小国に多く見られます。そうした犯罪・麻薬組織が横行し生命の危険が国民の身近にある状況が、この地域からアメリカへの移民希望者が絶えない背景でもあります。
【「麻薬戦争」状態にあるメキシコでも“異常”な事件だった2014年の学生43人失踪事件】
話をメキシコに戻すと、「麻薬戦争」状態にあるメキシコでも“異常”な事件、学生43人が市長指示で警官に襲われ、麻薬組織に引き渡されて「失踪」(多分殺害)するという事件が2014年に起きました。
****メキシコ学生43人失踪、犯罪組織が殺害して燃やして川に****
メキシコ南部ゲレロ州の都市イグアラ近くでメキシコ人の学生43人が行方不明となっていた事件で、メキシコのカラム検察庁長官は7日、学生らは市長の命令で警察に拘束された後、犯罪組織に引き渡され、殺害された上、遺体は燃やされ、川に遺棄されていたと発表した。
カラム長官は、これは捜査員らが出した結論だとした上で、DNA鑑定で遺体の身元を確認しないと確かなことは分からないとも付け加えた。ただ、遺体は念入りに燃やされており、DNAの抽出は困難としている。
カラム長官によると、学生らの失踪に関連して逮捕された3人の男が、この学生らと見られる人々の殺害を認めたという。学生らを拘束した警官らは、学生たちをこの3人の男に引き渡した。男らは、麻薬密売組織「ゲレロス・ウニドス」の構成員だという。
同国の捜査当局は4日、事件の「首謀者」とされるイグアラ市のホセ・ルイス・アバルカ市長と妻のアンゲレス・ピネダ容疑者を逮捕した。
犠牲となった学生らの大半は20代男性で、教員を目指して大学で学んでいた。学生らは9月26日、抗議デモを行うためバスや車を連ねてイグアラ近郊に向かっていたが、その後行方が分からなくなっていた。
カラム長官によると、アバルカ市長は警察に学生らが乗ったバスの走行を妨害するよう命じたという。警察は学生らを2度に渡って攻撃。最初の攻撃で3人を殺害し、2度目の攻撃で学生らを強制的に警察署に連行した。その後、学生らはゲレロス・ウニドスの構成員らに引き渡されたという。【2014年11月8日 CNN】
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上記説明は当時のものですが、当時から発表内容は事実とは異なるのではないかという疑惑がありました。“遺体は燃やされ”云々についても疑惑が。
【麻薬組織と政治家・警察の癒着】
市長が学生襲撃を指示した背景は、以下のようにも。
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この日の夕方から、イグアラ市では、市長夫人マリア・デ・ロス・アンヘレス・ピネダの主催する慈善団体の集会とパーティーが行われることになっていた。学生らはこの集会の妨害も企図していたとされている。
当局は、イグアラ市長だったホセ・ルイス・アバルカが、妻のスピーチを妨害されることを恐れて、警察に学生たちの襲撃を命じたとしている。
事件当日深夜、学生43人は警察車両に載せられ、いったん隣町のコクラ警察署に勾留された。これはイグアラ市警の公安部幹部のフランシスコ・サルガド・バジャダレスによる指示とされる。さらに、コクラ警察署の副署長は犯罪組織「ゲレーロス・ウニドス」に「後始末」を依頼したとされる。
この事件でアバルカ夫妻、警察官36人、ゲレーロス・ウニドスのメンバー数人など74人が逮捕された。【ウィキペディア】
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これだけの話でも、地方政治家と現地治安当局、麻薬組織が緊密につながっている状況がわかります。
メキシコ・中南米諸国など犯罪が横行する地域の特徴は、政治と犯罪組織の癒着、政治家・警察が犯罪組織が一体となっている状況があります。
だからこそ、犯罪組織がわが物顔に犯罪を実行できる訳ですが、政治家・警察も犯罪組織に加担するか、さもなくば邪魔者として“消される”という状況もあります。
麻薬組織との癒着(と言うか、一体化)は、地方政治家だけでなく中央政界にも、ときに最高権力者にも及びます。
****ホンジュラス前大統領を逮捕=麻薬密輸容疑、米が引き渡し要求****
中米ホンジュラスの国家警察は15日、任期満了で1月27日に退任したばかりのエルナンデス前大統領を、米国への麻薬密輸容疑で逮捕した。米司法当局が身柄引き渡しを要求しており、今後、最高裁で可否を協議する。
ホンジュラスは南米から米国への麻薬密輸の中継地。国家警察によると、エルナンデス容疑者は2004年以降、南米産コカイン約500トンの米国への密輸に関与していた疑いがある。任期中には麻薬組織に便宜を図る見返りに、巨額の賄賂を受け取っていたとも報じられている。【2月16日 時事】
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【事件隠蔽への疑惑】
こうした政治風土にありますので、事件の真相についても政権・治安当局によって“隠蔽”されているとの疑惑が遺族側には当初からあり、そうした声を背景に米州機構(OAS)米州人権委員会(IACHR)は2014年11月、事件を解明する目的で、第三者委員会(GIEI)を招集しました。
****第三者委員会報告****
(中略)検察の報告を信頼できないとする学生たちの家族会の期待のもと、第三者委員会の調査結果は2015年9月6日に発表され、予測された通りその結果はメキシコ検察の発表を全面的に否定するものだった。
「学生の遺体はゴミ集積所で焼かれていない」という指摘。該当ゴミ集積所で雨天日に、43人もの死体を完全に焼却することは不可能であると断定された。
メキシコ検察の調査報告書で(意図的にか?)無視された「5台目の長距離バス」の存在があった。
第三者委員会の調査によると、恒常的に麻薬マフィアが長距離バスを使って密かに米国にヘロインを運んでいるという事実がすでに判明しており、且つそのルートは、米国シカゴ市とメキシコのイグアラ市を結ぶものであった。
したがって、検察の調査報告書にわずかに触れられている5台目の長距離バスに麻薬が積まれていた可能性があったとすると、警察とマフィアの学生に対する異様な攻撃が説明できるとする。
すなわち、学生がそれと知らずに麻薬を積んだ長距離バスに乗り込んだ可能性が高く、そのためマフィアおよびマフィアと結託した警察は、このバスがイグアラ市から出ることを阻止しようとした可能性があるという。
(中略)今回の事件は当初考えられたようなアヨツィナパ師範学校の学生達に対する政治的弾圧事件ではなく、麻薬密輸のトラブルと関連があるのではないかと専門家が指摘したことになる。【ウィキペディア】
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この第三者委員会の調査結果にもいくつかの疑問は残るものの、調査に非協力的な当時のメキシコ政権(ペニャニエト前大統領)のもとではこれ以上の進展は困難でした。
メキシコではカルデロン前政権時代、麻薬消費国アメリカとも協力して(麻薬組織に癒着した警察が当てにできないので)軍隊を動員して麻薬組織に力で対抗、麻薬組織と軍の衝突、および麻薬組織間の間の抗争による治安悪化で、推計7万〜11万人とも言われる死者を出す「麻薬戦争」が激化しました。
こうした「戦争状態」に嫌気がさした国民の支持を集める形で2012年に当選したのがペニャニエト前大統領で、麻薬組織との全面戦争による治安悪化を避け、武力中心の麻薬犯罪組織掃討から一般犯罪の取り締まりに治安対策の主軸を移すという対策を掲げました。
ただ、ある意味でペニャニエト政権は麻薬組織と宥和的で、また与党は腐敗・汚職(当然そこには麻薬組織との癒着も含まれます)が横行する体質もありました。
【政権交代で真相解明への動き】
2014年メキシコ・イグアラ市学生集団失踪事件の真相究明に動きが見られたのは、2018年のロペスオブラドール大統領への政権交代後になります。
****メキシコ、学生43人失踪から5年 「国家」の犯罪として再捜査へ*****
メキシコで学生43人が失踪した事件の発生から丸5年を迎え、政府は26日、前政権時代の「メキシコ国家の工作員ら」による犯罪事件として再捜査の実施を表明するとともに、新たな情報に懸賞金を出すことを発表した。
事件は2014年9月26日夜に発生。抗議行動に参加しようとしていたゲレロ州の学生グループが汚職警官に拘束された後、麻薬カルテルに引き渡され、うち43人が姿を消した。この事件は国際社会からの非難を呼び、エンリケ・ペニャニエト前政権の汚点となっただけでなく、5年後の今もメキシコに影を落としている。(中略)
失踪事件をめぐっては、当局による不手際と汚職があったとされ、捜査は難航。今月に入り、拷問による自白の強要をはじめとする不正行為が認められた結果、主犯格とみられる容疑者を含む77人が釈放された。
昨年12月に就任したアンドレス・マヌエル・ロペスオブラドール大統領は、真相究明を担う委員会を設置。さらに、新政権の検察長官は再捜査を「ほぼゼロから」行う計画を発表した。
ペニャニエト前大統領は過去、「メキシコ国家の工作員ら」の犯行であることを強く否定したが、現政権のアレハンドロ・エンシナス内務次官(人権担当)は同じ言葉を使い、事件を「メキシコ国家の工作員ら」による犯罪として捜査すると表明した。
政府は新たな手掛かりに約7万5000ドル(約810万円)の懸賞金を出すと発表。さらに、事件当時の地元警察幹部で主犯格とみられるアレハンドロ・テネスカルコ容疑者の居場所に関する情報には、50万ドル(約5400万円)を支払うとしている。 【2019年9月28日 AFP】
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ロペスオブラドール大統領の上記のような方針があって、ここにきて、ようやく事態が動きました。
当時の捜査責任者が逮捕されることに。
****メキシコ学生43人失踪、元検事総長を逮捕****
メキシコ南部ゲレロ州で2014年に学生43人が失踪した事件で、当局は19日、物議を醸した捜査を主導していたヘスス・ムリジョ・カラム元検事総長を逮捕した。
学生たちはデモに参加するためバスで首都メキシコ市に向かっていたが、汚職警官に拘束された後、対立組織の構成員と間違えられて麻薬組織「ゲレロス・ウニドス」に引き渡されたとされるが、実際に何が起きたのかは議論の的となっている。事件は国民に衝撃を与え、国際社会からの非難を浴びた。
元検事総長は、本件絡みで逮捕された人物の中で最も高位。かつて与党だった制度的革命党の有力者でもあった。
検察によれば、元検事総長の逮捕容疑は強制失踪、拷問、司法妨害。他に軍人20人、行政・司法官5人、警察官44人、ゲレロス・ウニドスの構成員14人にも逮捕状が出されており、いずれも組織犯罪、強制失踪、拷問、殺人、司法妨害の容疑がかけられている。
元検事総長は、2015年に当時のエンリケ・ペニャニエト大統領が発表した調査報告書の考案者とされる。
この報告書によると、麻薬組織は学生らを殺害し、遺体をごみ処理場で焼却したとされる。だが、この調査結果については、遺族だけでなく独立専門家や国連人権高等弁務官事務所も疑問を呈していた。 【8月20日 AFP】
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“事件をめぐっては、政府の真相解明委員会が18日、失踪はゲレロス・ウニドスと複数の政府機関による「国家犯罪」だったと結論付ける報告書を出していた。
ロペスオブラドール大統領は19日、関係者の逮捕と真相解明に向けてさらに調べを進めると表明した。”【8月21日 CNN】
逮捕されたムリジョ・カラム元検事総長は事件の隠蔽工作を主導していたとみられています。