(【2021年5月3日 東洋経済ONLINE】)
【抗議活動への封じ込めには、最先端技術を使って弾圧】
中国・習近平政権の「ゼロコロナ政策」への不満が、単にコロナ対策だけでなく、「白紙運動」のような自由を抑圧する現行支配体制への批判にも拡大したことは周知のところです。
この事態に政権側は、公安を大量動員して人々を威圧し、人が集まれるようなスペースを物理的に封鎖する、あるいはSNSへの規制を強化するといったデモ・集会が行えないようにする封じ込めの一方で、「ゼロコロナ」の看板は降ろさないまま、実質的に規制を緩めて住民不満のガス抜きをはかるという「硬軟両様の構え」で対応していることは、12月1日ブログ“中国 SNS規制強化と実質的コロナ規制緩和で硬軟両様の構え 死去した江沢民氏追悼にも神経使う”でも取り上げたところです。
中国共産党は、途上国の独裁国家のように、あるいはかつての天安門事件当時の中国のように、デモ隊に実弾を撃ち込んだり、戦車で踏みつぶしたりするような粗野なむき出しの暴力をつかうことなく、静かに、かつ、的確に不満分子を抑制できるほどに“洗練”されています。
****中国、「敵対勢力取り締まり」指示=ゼロコロナ抗議デモ、参加者調査か****
中国各地で厳格な行動制限を伴う「ゼロコロナ」政策への抗議活動が広がる中、中国国営新華社通信は29日、警察・司法を統括する共産党中央政法委員会トップの陳文清氏が28日に会議を開き、「敵対勢力の取り締まり」を指示したと報じた。陳氏は会議で「断固として法に基づき社会秩序を乱す違法犯罪行為を取り締まり、社会の大局的安定を確実に守らなければならない」と強調した。
中国ではこの週末、ゼロコロナへの抗議デモが各地で発生。北京市中心部でも27日夜から翌日未明にかけて若者らが集まり、「自由をよこせ」などと訴えた。ゼロコロナは習近平指導部の看板政策で、当局は抗議の動きに神経をとがらせている。当局はデモ現場に警官を配置するなど、再発防止に向け警備態勢を強化している。
ロイター通信によれば、警察当局はデモ参加者に関する調査を始めている。北京デモへの複数の参加者はロイターに対し、警察から27日夜の行動記録の報告を要求されたと証言。デモの情報をどこで仕入れたかや、集まった動機についても聞かれているという。【11月30日 時事】
*******************
前回ブログでも触れたように、地下鉄車内で乗客のスマホを公安がチェックするようなアトランダムな方法も行っていますが、世界最先端を行く「監視社会」の技術を使ってデモ参加者をピンポイントで威圧する取締りが展開されています。
****デモ参加の翌日、警察が自宅に。完璧に構築された中国監視システム****
2億台ものカメラが街のあらゆる場所に設置され、完璧に近い監視システムが構築されている中国。そんな社会の「刃」が、ここに来て一般市民に向けられる事態となっています。
今回のメルマガ『在米14年&起業家兼大学教授・大澤裕の『なぜか日本で報道されない海外の怖い報道』ポイント解説』では著者の大澤先生が、北京での抗議デモ参加者の身に起きた恐怖体験を、米有力紙オンライン版記事を引く形で紹介。
さらにこの問題は中国に限ったこととは言い切れないとし、テクノロジーの進化を享受するすべての人間に対して警鐘を鳴らしています。
中国政府の国民統制はジョージ・オーウェル『1984年』の世界そのもの
「ゼロコロナ」政策を推進してきた中国。行動制限やロックダウン(都市封鎖)などへの抗議活動が各地に広がっています。
政府は不満を沈静化させようとして、規制を徐々に解除しています。広州市は複数の地区で封鎖を解き、外食禁止を解除しました。
北京市当局もこれまで全市民に事実上義務づけてきた数日ごとのPCR検査について、長期間外出しない高齢者や幼児などは免除すると通知しています。
民衆の不満を考えて妥協しているようにみえる中国政府ですが、その一方で抗議活動への封じ込めには、最先端技術を使って弾圧しています。
以下、ニューヨークタイムズのオンライン版12月3日の記事抜粋です。
「中国の警察が電話機と顔写真を使って抗議者を追跡した方法」
中国当局は、週末に行われた抗議デモの後、全方位を見渡せる監視装置を使って、抗議する大胆な人々を見つけようとしています。
日曜日、北京で中国の厳しい共産主義政策に抗議に行ったとき、張さんは発見されないように準備して来たつもりだった。顔には目出し帽をかぶり、ゴーグルをつけていた。私服警官に尾行されそうになると、藪の中に潜り込み、新しい上着に着替えた。
その夜、20代の張さんは逮捕されずに帰宅し、事なきを得たと思った。しかし、翌日、警察から電話があった。
彼の携帯電話がデモのあった場所にあったことが探知されたので、彼が外出していたことがわかった、という。
その20分後、彼は住所を伝えていなかったにもかかわらず、3人の警官が彼のドアをノックした。
今週、中国全土の抗議者たちから同様の話が聞かれた。
警察は、顔認識や携帯電話、情報提供者を使って、デモに参加した人々を特定してきた。通常、彼らは追跡した人に二度と抗議しないことを誓わせる。
デモ参加者は、追跡されることに慣れていないことが多く、どのようにして自分たちが見つかったのか、困惑の表情を浮かべている。
さらなる反響を恐れて、多くの人が、抗議活動の調整や海外への画像拡散に使われていたテレグラムのような外国のアプリを削除している。
中国の警察は、世界で最も洗練された監視システムを構築している。街角やビルの入り口には数百万台のカメラが設置されている。
強力な顔認識ソフトウェアを購入し、地元市民を識別するようプログラムしている。特殊なソフトウェアが、拾い集めたデータや画像を解析している。
監視システムの構築は秘密ではないが、中国の多くの人々にとって、監視システムは遠い存在に感じられていた。
「何も悪いことをしていないのなら、隠すことはない」という考えのもと、多くの人がこのシステムを支持してきた。
先週行われた取調べは、その考えを揺るがすものかもしれない。中国の最も裕福な都市に住む多数の中産階級に、監視国家が正面から向けられたのは初めてのことだ。【12月6日 MAG2NEWS】
*********************
【「何も悪いことをしていないのなら、隠すことはない」ではすまない、監視社会の負の側面】
犯罪を抑止し、社会の利便性を高める一方で、政治への不満・批判は徹底的に封殺されるという監視技術の二面性については、これまでもたびたび取り上げてきました。
ネガティブな面を気にする日本・欧米の声に対し、中国国内では「何も悪いことをしていないのなら、隠すことはない」といった寛容な対応、利便性を歓迎する風潮がこれまで一般的でした。
そのあたりは今も基本的には変わっていないのでしょうが、今回のデモ参加者は改めて自分たちがどんな社会に位しているのは、「監視」されるというのはどういうことなのかを改めて実感しているのではないでしょうか。
****中国人が監視国家でも「幸福」を感じられるワケ 『幸福な監視国家・中国』梶谷懐氏、高口康太氏インタビュー****
(中略)
個人情報によってレイティングされたり、個人の行動が監視カメラで監視されていたりするなど、日本人が聞くと「どうせ、中国は専制国家だから、プライバシーに無頓着で、監視されることにも慣れているんでしょ……」などと思ってしまいがちだ。しかし、実はそうではない。
そんな中国の実態を、中国経済論が専門の神戸大学経済学部教授・梶谷懐さんと、中国問題が専門のジャーナリスト・高口康太さんが現地取材を交えながら執筆したのが『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)だ。お二人に、「監視=幸福」という、一見、相反することがなぜ中国で成立しているのか? 聞いてみた。(中略)
強制ではなく、インセンティブを与える
「社会スコア」が導入されつつあるのも、強制力で従わせるのではなく、お行儀の良い行動をとったほうが「得」というインセンティブを与えることで、自然にその方向に向かわせるという狙いがある。
こうしたことから、中国では「便益(幸福)を求めるため、監視を受け入れる」、「プライバシーを提供することが利益につながる」という考え方が一般化している。
二人はどのような場面でそれを最も実感したのか?
「中国では、医療体制に問題を抱えていました。オンライン診療ができることになったことで、何時間も並んで診察を受けるといったことがなくなりました。サービスを提供しているのは大手保険会社で、個人が差し出す医療情報をビッグデータとして蓄積・解析することでビジネスに活用しています。これにより、迅速かつ低コストで、医療サービスを提供することが可能になっています」(梶谷さん)
「一つだけあげるのは難しいですが、梶谷さんのおっしゃる医療でもそうですし、顔認証だけで様々なサービスが受けられたり、自動車を駐車場に停めても勝手に精算が済んでいたりと、生活するなかでの面倒が日々少なくなっていくのを実感することができます」(高口さん)(中略)
信用スコアはもちろん、QRコード決済など、中国で新しいサービスが急速に普及する背景には、もともとそうしたインフラが整っていないということも関係している。(中略)
日本など先進国だと、先に整ったインフラや規制(ルール)が弊害となって新しいサービスがすぐに社会実装化されることは少ない。米ウーバーのサービスが「白タク」として許可されていないのは、その典型例だ。
「レギュラトリー・サンドボックス方式」と呼ばれる、規制緩和を行って新技術の実証事件を行う仕組みが、イギリスやアジアで導入されているが、中国ではまさにそれを地で行き「先にやって後で許可を得る」という形で、日常的に新しいサービスの試行錯誤が行われている。こうした環境がベンチャー企業を育み、中国発の新サービスを生む土壌となっている。(中略)
新疆ウイグル自治区というディストピア
一方で、デジタル・監視国家の負の側面もある。代表例として本書でも挙げられているのが、ウイグル人の問題だ。彼(女)らは日常生活を監視カメラやスマホのスパイウェアで管理されている。(中略)一般の中国人(漢民族)はこの問題をどのように考えているのだろう。
「私が中国に留学していた際の経験からも、マジョリティである漢民族の中には、新疆人(ウイグル人)は何をするか分からない、怖い人たちだ、という意識があるのを感じました。(中略)ですから、他地域で実施されれば激しい反発が予想される厳しい監視体制も、ウイグル人を対象にしたものである限り、抵抗なく受け入れられている面があるように思います」(梶谷さん)
「やはり、民主主義の欠如ということが問題です。同時に、99%の中国人にとって、そのリスクは捉えられていません」(高口さん)
使い方次第で、ディストピア社会も生み出してしまうが、多くの中国人にとって、それは圏外の問題なのである。
もう一点、不気味さを感じさせるのが、民意を先回りして政策を実行できるという点。
「言論の自由が保障されていないにもかかわらず、買い物の履歴やSNSの発言から情報を収集することで「民意」をくみ取り、それを政策に反映することが可能になっています」(梶谷さん)
「(中略)こうしたシステムを駆使すれば、選挙ではなく、監視によって民意を察知することも可能です。たとえば焼却場の建設計画を進めている時、住民の反発が非常に強く大規模な抗議活動が起きかねないと、世論監視システムが予測します。そうすると、地方政府は先手を打って説得したり、あるいはスピン情報を流したりという対策が打てます。場合によっては建設計画を撤回することもあるわけです」(高口さん)
これまで、社会課題などを議会で議論することで解決するという形をとってきたわけだが、情報を収集して解析すれば、そのような手間のかかる作業をしなくても、多くの人にとっての最適解が出されてしまう。
社会に対して大きな不満を持つことなく(ということは、投票率は益々下がり、今でも少ないデモなどももっと起きなくなる)、無風のまま政府によって飼いならされていく……。
テクノロジーの発達によって人の仕事が奪われるということが話題になっているが、民主主義社会を支える土台においても、人間が積極的に関与しなくてもよい状況が生まれつつあるのかもしれないと思うと、背筋が寒くなる。
中国に限った問題ではない
(中略)「ブレグジット、トランプ大統領の登場などによって、『民主主義って機能しているの?』というイメージを中国人は持っています。人に任せるよりデータに任せたほうが良いのではないかという。日本にも民主主義が機能不全だと考えている人は増えているのではないでしょうか。だからといって、中国と同じになるのがいいとは思いませんが、民主主義をバージョンアップさせるためにも、中国がどう課題に取り組んでいるかを知ることは必要不可欠でしょう」(高口さん)(後略)【2019年8月23日 WEDGE】
**********************
【抵抗しない市民には安心と利便性を提供・・・しかし、抵抗・批判は許されない社会】
****中国の監視国家モデル、相反する二つの顔****
習氏が目指す完璧に設計された社会、抵抗しない市民には安心と利便性を提供
(中略)3期目の新体制では、習氏の壮大なる野望の一つに注目が集まりそうだ。習氏はデータと大量のデジタル監視が支える新たな政府の在り方を目指しており、世界の民主国家に対抗する存在になるかもしれない。
中国共産党は完璧に設計された社会という未来像をちらつかせている。具体的には、人工知能(AI)企業と警察が連携して犯罪者をとらえ、誘拐された子どもを発見し、交通規則を無視して道路を横断する者を戒める社会だ。つまり、当局は市民の善行に報い、悪行には罰を与え、しかも数理的な精密さと効率性を持って実行する。
習氏がこの構想の実現にこだわるのは、必要にかられてのことだ。(中略)ここ10年は成長が鈍化。爆発的な債務の伸びや新型コロナウイルス禍に絡む厳格な規制、高齢化など人口動態の問題によって急激に失速する恐れが出てきた。
習氏はここにきて、新たな社会契約を結ぼうとしている。豊かな未来像を示すのではなく、安全と利便性を提供することで市民の心をつかむのだ。数千のアルゴリズムが脅威を制圧し、円滑な日常生活を阻害する摩擦を排除する予測可能な世界だ。
だが、世界は中国の国家監視プロジェクトの暗闇も目の当たりにした。新疆ウイグル自治区で行われているウイグル族などイスラム系少数民族に対する強制的な同化政策だ。
ウイグル人らは顔や声、歩き方まで検出され、デジタル上で徹底的に追跡される。警察が常にスマートフォンをスキャンし、宗教上のアイデンティティーや外国とのつながりを調べる。問題を引き起こすと判断されたウイグル人は刑務所か、地域にある「教育センターを通じた変革」のための施設へと送られる。その結果、第二次世界大戦以降、最大規模となる宗教マイノリティー(少数派)の投獄が起こった。
新疆が共産党の大衆監視によるディストピア(反理想郷)的な悪夢に陥っている所だとすれば、経済的に豊かな浙江省の省都、杭州はユートピア(理想郷)の極みを必死で目指している場所かもしれない。
杭州でも、新疆と同じように至る所に監視カメラが設置されている。だが、これらの監視網は市民を管理するとともに、生活を改善するためにある。集められた膨大なデータはアルゴリズムに送られ、交通渋滞の解消や食品の安全性の徹底、救急隊員の迅速な派遣に寄与している。杭州は、習氏の野望の中でも、世界に変革をもたらし得る、魅力的な一面を体現しているのだ。
杭州の中心部には、慎重に育成され、異例の成功を遂げたテクノロジー企業が集積している。(中略)ハイテク企業がタッグを組んだことで、杭州市は中国で「最もスマート」な都市に変身し、世界が追随を目指すようなひな形になった。
市が収集するデータが観光地の人の流れを管理するとともに、駐車場のスペースを最適化し、新たな道路網を設計する。市内の随所にある監視カメラは、長らく産児制限が続いた中国ではとりわけ、行方不明になった子どもの発見に寄与したとして高く評価されている。
杭州市内の「リトル・リバー・ストリート」として知られる地区で行われている「シティー・アイ」という取り組みは特に注目に値する。ここでは「城管」と呼ばれる都市管理部隊の地元支部がAIツールを使い、警察がわざわざ介入しないような任務に当たっている。具体的には、露天商人を追い払う、違法なゴミ放棄者を処罰する、駐車違反者にチケットを切るといった仕事だ。(中略)
シティー・アイは、ハイクビジョンがリトル・リバー・ストリートに警察の監視カメラ約1600台を設置し始めた2017年に運営が開始された。カメラの映像とAI技術をつなぎ、24時間体制で監視しており、何か不審な動きがあるとスクリーンショットともに自動で警告を送る。(中略)
ハイクビジョンが杭州市の路上に監視の目を提供したとすれば、アリババは頭脳を提供した。AIを駆使した「シティー・ブレイン」と呼ばれるプラットフォームが、交通量から水資源管理まであらゆる政府の任務を最適化する手助けをする。同時に、アリババのサービスやプラットフォームは、光熱費の支払いや公共交通機関の利用、融資取得といった市民生活の利便性を高め、ネット裁判所の登場で地元企業を提訴することさえも容易にした。
シティー・ブレインはとりわけ、ひどい交通渋滞で知られる杭州を変えたと言われ、国内ワーストランキングでは5位から57位へと改善した。アリババは交差点の動画データやリアルタイムの全地球測位システム(GPS)位置情報を解析するシステムを開発。同市の交通当局が信号を最適化し、老朽化する交通網の混雑を緩和できるようにした。
2019年10月には、農村地区で77歳の住民女性が洗濯中に小川に転落する事故が発生。女性を救急車に乗せた隊員は近くの病院まで最速で到着できるよう、シティー・ブレインの道案内ツールを作動させた。アルゴリズムにより、病院まで14カ所ある交差点がいずれも通過時に青信号になっていたことで、通常ではよくても30分かかるところを、12分で病院に搬送することができたと報じられた。(中略)
ウイグル人への組織的な弾圧が行われている新疆と同じように、杭州も社会管理のいわば実験場であり、何が機能して、何が機能しないのかを理解する材料を共産党に提供する。2カ所で行われている実験からは、共産党の権威に抵抗すると思われる人物を脅し、強制的に変えようとするまさに同じ技術が、党の支配を受け入れる人々を大事に扱い、安心させる手段にもなることが分かる。
習氏によるAIと独裁主義の融合は、戦争や新型コロナウイルス禍、経済減速、崩壊寸前の組織制度に見舞われる時代において、安心と効率性の世界を提供できるかに見える。
完璧につくられた社会の魅力は現実のものだ。このモデルがどこまで浸透するかは、習氏の野心とパフォーマンスのみならず、世界の民主国家が同じ問題にどううまく対処できるかにもかかっている。【9月9日 WSJ】
***********
抵抗しない市民には安心と利便性を提供、しかし、抵抗は許さない社会。日本や欧米的価値観からすれば抵抗・批判が許されない国民と言うのは“奴隷”ではないか・・・という話にもなります。