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(【5月21日 Newsweek】)
【低下する食糧自給率】
中国の食糧自給率については、FAO(国連食糧農業機関)がまとめた食料需給バランス統計をもとに愛知大学名誉教授・高橋五郎氏がカロリーベースで計算した数字によれば、2000年頃には90%を維持していたものの、その後低下傾向にあり、特に2010年代に大きく減少し、2020年あたりになると80%を割り、主要な農畜産物では70%を下回る事態となっていると言われています。【高橋五郎氏「中国カロリーベース食糧自給率の現状と低下の背景」より】
要因は消費量の増加、生産コスト上昇(国際競争力低下)、土地生産性低下(土壌の疲弊)、農畜産業の担い手の動揺、食糧を原材料とする加工食品消費量の増加・・・などがあげられています。
習近平政権はこうした事態に危機感を抱き、20年8月には突如として食べ残し撲滅運動を始める一方で、自給率向上に向けた施策を急いでいます。
****もし輸入が止まったら…中国・習氏に焦り 14億人の食糧安全保障****
中国の習近平指導部にとって「食の安全保障」が大きな課題となっている。国土は広いものの、農村人口の減少や国内需要の増加などを背景に近年、輸入への依存が強まっているためだ。
さらにロシアによるウクライナ侵攻や米国との対立激化など、懸念材料が重なる。習指導部は自給体制の構築を急いでいるが、かじ取りを誤れば14億人の国民生活を脅かしかねない。
「日本の輸出停止でブロッコリー消滅」
(中略)
習氏は2020年9月に湖南省を訪問した際、地元幹部に対し「食糧安全保障の重責を担うべきだ」と指示した。
これを受けて同省農業農村庁トップの袁延文氏は「種子産業の革新を全力で促進したい」と表明。湖南湘研種業の親会社で中国最大の種子会社「隆平高科集団」と地元政府が22年6月、「種子のシリコンバレー」戦略に調印した。
穀物や野菜などさまざまな種子企業を集積させ、研究開発や生産体制を強化する戦略で、湖南湘研種業はその中核を担う。
習氏は22年4月、「中国が種子を自らの手にしっかりと握ってこそ、食糧安保を実現できる」とも強調している。中国が種子の開発に注力するのは、多くの野菜の種を海外産に頼っているためだ。
中国の農産物を巡っては、日本で育成された高級ブドウ「シャインマスカット」などが勝手に持ち出され、中国国内で栽培が急速に拡大していることが問題視されている。ただ、こうした無断栽培が通用するのは苗木が中心の果物に限られる。
多くの穀物や野菜の栽培では近年、人工交配された種子が主流となっている。だが人工交配の場合、同じ品質の種子は1代限りしか収穫できない。種子を毎年購入する必要があり、中国ではニンジンやホウレンソウ、タマネギなど多くの野菜の種子は海外産が9割を超えている。
特にブロッコリーの種の自給率は5%程度で、多くは日本からの輸入に依存する。中国メディアは「もし日本が輸出を停止したら、中国のブロッコリーは消滅(の危機)に直面するだろう」との懸念を報じている。
今年3月には改正種子法を施行し、種子の知的財産保護の規定強化や、これに違反した場合の罰金の引き上げも盛り込んだ。種子の国内開発が不十分だった背景には、シャインマスカット問題のように「農産物の知財保護に対する農家の認識の低さがあった」(日中外交筋)とみられるだけに、制度面でも改善に乗り出している。
主食分野、そして輸入元にも不安
中国が危機感を抱くのは野菜だけでなく、主食の分野にも及んでいる。米、小麦、トウモロコシ、大豆、イモ類の21年の合計輸入量は前年比18%増の1億6454万トンと過去最高を更新した。国内生産量も6億8285万トンと過去最高だったが、伸びは2%にとどまり、輸入依存が拡大した。中国の食料自給率は00年ごろは100%近いとされていたが、年々低下しており、大豆に至っては15%程度だ。
中国の食料輸入量の推移
中国メディアによると、中国経済の司令塔である国家発展改革委員会の元副主任、杜鷹氏は22年1月、食料自給率について「低下の速度は(自給率が3~4割前後の)日本や韓国、台湾より早い。中国のカロリーベースの自給率は35年に65%と、1960年代の日本並みの水準まで落ち込む可能性がある」と指摘した。
輸入元にも大きな不安を抱える。トウモロコシは激しい対立が長期化する米国に全体の7割近くを依存し、残りの多くはロシアの侵攻を受けるウクライナ産だ。小麦も、米国や、近年関係が悪化するオーストラリア産などに輸入の多くを頼っている。
中国政府内からは、輸入元の多様化を進めて問題解決を図るべきだとの考えが出ている。だが米欧などとの対立が深まり、ウクライナ危機も長期化する中で、習氏は自給体制の強化を重視しており「国際市場に依存した解決を追求してはならない」と強調。「中国人の茶わんは、主に中国産の穀物で満たされるべきだ」と発破をかけている。
農村人口が急激に減少
ただ、中国では都市部への人口流入に伴って農村人口が急激に減少している。中国政府の統計によると、農村人口は00年までは8億人を超えていたが、21年には5億人を割り込んだ。収穫量の大幅な増加には限界があり、品種改良などに頼るほかない。
例えば、中国のトウモロコシは現在「単位当たりの収穫量は米国産の6割程度」(中国農業農村省幹部)といい、海外勢との差は大きい。
中国の農業生産に詳しいある専門家は「(中国政府は)効率良く収穫量を上げるため、遺伝子組み換えやゲノム編集技術を積極的に活用するかもしれない」と指摘する。
習氏は20年8月、突如として食べ残し撲滅運動を始め、「食料の浪費を断固阻止せよ」と訴えた。食糧安保対策の一環だったが、今では既に下火となっており、政策の揺れには焦りもにじむ。
自給体制の強化に特効薬はない。食糧安保は、10月16日に始まる秋の共産党大会で異例の3期目を目指す習氏の視界を曇らせる要因の一つとなっている。【2022年9月7日 毎日】
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【「中国人民の茶わんは、いかなる時も自分たちの手でしっかりと握らねばならない」 習近平主席の主張がもたらす歪・矛盾も】
こうした状況で、習近平国家主席の「中国人の茶わんは、主に中国産の穀物で満たされるべきだ」という主張はまっとうなものではありますが、中国のトップダウン的な独特な政治システムのせいもあって、各地で歪・矛盾ももたらしているようです。
****公園などを「耕作地」に変える動き拡大 泣き叫ぶ農家も…習主席の政策めぐりトラブル 中国****
世界的な食料危機が表面化する中、いま中国全土で公園などをコメや小麦などを作る「耕作地」へ切り替える動きが進められています。突然、育てた作物を当局に強制的に廃棄されるなど、各地でトラブルも起きているようです。
背景にあるのは、習主席の“鶴の一声”でした。
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5月に中国の広西チワン族自治区で、バナナ農家の女性が泣き叫び、苦情を訴える様子が撮影され、SNSに投稿されました。育てていたバナナを突然、当局から強制的に廃棄されたといいます。
バナナ農家の女性
「今年の収穫まで待って! 私を死なせたいの? 大学生の子どもが3人もいるのよ!」
また、湖南省で当局とショウガ農家がもめている映像も。当局は先月、ショウガを稲に植え替えるよう指示。これに激怒した農民たちと小競り合いになったのです。
◇
いま、中国でいったい何が起きているのでしょうか。17日、私たちは中国内陸部の都市、四川省成都を訪ねました。
記者 「成都中心部にほど近いエリアで、大規模な緑地公園を耕作地に変えてしまう工事が進められています」
建設機械やトラックが急ピッチで稼働しているのは、実はつい最近まで「都心部の緑地公園」として再開発されていた場所です。しかし、完成間近で突然、「耕作地」を作る工事に部分的に切り替えられました。すでに耕作地に作り替えられた場所では、多くの人が農作業に取り組む光景が見られました。
労働者 「トウモロコシだよ。公園をつぶして食料を作るんだ。政府の方針さ。あんなにお金かけて(公園を)作ったのにすぐ壊してしまった」
実はいま、こうした緑地や森林を耕作地に変える「退林還耕」という動きが、中国全土に広がっているのです。その背景には、習近平政権が重視している「食料安全保障」があります。
習主席が描かれた看板には「中国人民の茶わんは、いかなる時も自分たちの手でしっかりと握らねばならない」の文字が大きく書かれていました。
世界的な食料危機が表面化する中、中国でも都市化や後継者不足の影響で耕作地が減少していて、これに危機感を抱いた習主席は近年、「耕作地の保護」を繰り返し強く求めているのです。
ただ、緑地を壊して作ったという小麦畑を訪ねてみると、即席で作ったためか丁寧に栽培している様子はありませんでした。(中略)
各地では無謀な森林破壊も横行。さらに、地方当局は農家により適した農作物を植え替えるよう指示し、SNSには“対象外”とされた作物が次々に廃棄される様子が投稿されています。
習主席の“鶴の一声”で始まった耕作地の拡大。しかし、目標達成への圧力が強まる中、各地でさまざまな矛盾を引き起こしています。【5月23日 日テレNEWS】
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【多数の餓死者を出す大失敗に終わった毛沢東の「大躍進政策」】
トップの“鶴の一声”で、現場の実情を無視した改革が強行される・・・・毛沢東の「大躍進政策」を想起しました。
2000万人前後の餓死者を出したとも言われる大失敗に終わったこの「大躍進政策」、当時のソ連との関係悪化という国際情勢のなかで実施されました。
****大躍進***
中国の毛沢東主導により、1958年からの第2次五カ年計画の中で掲げられた鉄鋼、農作物の大増産運動。ソ連に依存しない重工業化と人民公社建設をめざした。
しかし独自方式による鉄鋼生産の失敗、集団化が強行による生産力の低下などによって失敗し、毛沢東に対する批判も起こった。毛沢東は批判を社会主義路線に対する否定ととらえ、反撃を目指すこととなった。
(中略)ソ連型の社会主義建設ではなく、中国独自の方法として工業では西洋技術と「土法」(伝統技術)を併用することと、農業では集団化を進めた人民公社を建設することを掲げた。工業では鉄鋼業生産が特徴的であったが、品質は軽視され、もっぱら増産のみが強調された。
鉄鋼の生産を工場ではなく農村に粘土で釜を築いて鉄を溶かして鋼鉄を造るという「土法高炉」が用いられた。これは西洋技法と伝統技法を融合させたものだと言うが、実際には粗悪な鉄鋼しか造ることが出来ず実用にはならなかったばかりか、燃料の石炭を大量に使ったために本来の工場での燃料が不足して生産が停滞するという逆効果をもたらした。
人民公社は農村を集団化し、土地・農具・家畜を公有として、生産は労働に応じて分配するという、共産社会の理想を現実化するもので、上からの号令で急速に普及したが、次第に農民の生産意欲の減退が表面化して生産量が落ちこみ、途中から生産請負制を一部導入するなどの修正を余儀なくされていった。
国際関係の悪化、中ソ対立
「大躍進」運動の背景となった中国をめぐる国際関係も悪化していた。1958年の金門・馬祖砲撃(台湾海峡危機)でアメリカとの緊張関係がましたが、平和共存路線をとるソ連(フルシチョフ政権)は中国への核兵器と軍事援助を断り、相互の不信感が増大した。
また1959年のチベット反乱を契機に起こった中印国境紛争でもソ連はインド支持を表明した。ソ連は中ソ技術協定破棄に踏み切り、1960年には中ソ対立は決定的になった。
このようなソ連との関係悪化の中で中国共産党が独自の工業化、食糧増産を実現しようとしたことが「大躍進」運動の背景であった。
「大躍進」運動の失敗
毛沢東の提唱した大躍進は至上命題とされたため、地方幹部の中には、上から与えられた現実離れした生産目標を完成させるために、さまざまな不正を行うものも多くなった。大げさな目標を立て、実際とかけ離れた数値が艤装されて成果とされた。
また人民公社という理想の共産社会は実際には個々の農民の労働意欲を奪うものであったので、生産効率は悪化していった。
「大躍進」の失敗は次第に明らかになり、1958年11月には毛沢東自身もそれに気付き、「共産風の大げさな傾向は是正しなければならない」とまで発言した。
毛沢東と中国共産党幹部はその失敗の理由を政策そのものの誤りではなく、自然災害と重なったことと国際関係の悪化など専ら外的要因に求める傾向があった。
文化大革命後の中国共産党は、この大躍進運動を建国以来初めての深刻な誤りであり、客観的な規則と状況をかえりみない盲目的な指導の誤りが露呈したものとして総括している。
廬山会議
毛沢東は急速な人民公社化の行き過ぎを認め、1959年4月の第2期全人代第1回会議では国家主席を劉少奇と交代した。ただし、党主席には座り続け、次第に権力奪回の機会をうかがうことになる。(中略)
大飢饉の発生
1959年から61年にかけて、中国全土は異常な食糧難に陥った。1959年の食糧生産は1億7千万トン、60・61年には1億4千万トン台となり、1951年の水準まで下がったが、この間人口は51年より約1億人増加していた。
食糧不足とともに大躍進での過労や栄養不足のため、特に生産力の低い地域で多くの餓死者が出た。1982年の国勢調査をもとにした推定では、その死者数は1600万から2700万であろうという。(中略)
調整政策
1960年冬、中国共産党は大躍進運動の停止を決定、それ以降は国家主席劉少奇と、それに協力した鄧小平によって、「大躍進」による経済の混乱、生産力の低下を是正するための調整政策に転じ、重工業の発展テンポを押さえ、農業と軽工業生産の回復をはかることとなった。
1961年には農民の生産意欲を高めるため、農民の家内副業を認め生産物の自由市場での販売を認めた。
1962年1月~2月の中国共産党中央拡大工作会議(七千人大会といわれる)では、毛沢東は公式に大躍進の失敗を認め、劉少奇・鄧小平による調整政策が承認された。
それは人民公社ではなく自然村落規模を基礎とする生産隊に土地所有権、家畜と農具の所有権を帰属させて集団生産の基本単位とするなどの改正を行ったもので、これらの施策によって農村経済は回復に向かい、64年には国民経済全般が回復基調に転じた。
党内対立の激化
1962年1月~2月の中央拡大工作会議で行われた大躍進運動の総括において、劉少奇は党中央を代表して運動の失敗の原因として、一つは自然災害をあげたが「非常に大きな程度において」、党の政策の誤りと党中央の指導に責任があるという報告を行った。
鄧小平、周恩来などの幹部もそれを認めたが、毛沢東は責任は最高指導者である自分にあると自己批判しながら、この失敗を理由に農業の集団化をやめるのは社会主義建設という党の掲げる大目標に反すると考えた。
こうして大躍進の評価をめぐって、毛沢東と劉少奇、鄧小平らの間に大きな食い違いがあることが明確になっていった。(中略)
このように大躍進の失敗によって生じた経済をどう建て直すか、また国家の基本路線をどこにおくか、をめぐって1960年代は毛沢東路線と劉少奇路線が暗闘を続け、その後半から毛沢東が一気に攻勢に転じたのがプロレタリア文化大革命であった。【世界史の窓】
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上記最後にあるように、「大躍進政策」の失敗で実権を失いつつあった毛沢東が、起死回生の権力闘争として仕掛けたのがその後の「文化大革命」になります。
習近平国家主席の食糧自給率向上政策が成功するかどうかは知りませんが、トップの“鶴の一声”で、その主張に沿うべく、地方官僚を巻き込んで全体が実情無視で動き出すというあたりが、今も昔も中国共産党支配の体質は変わっていないように思えた次第です。
【日本の食糧自給率は38%】
なお、「食糧自給率」をどのように考えるかは、日本の話としても大きな問題です。
国際情勢によるサプライチェーンの寸断も意識されることが多くなっなかで、多くの議論があるところで簡単な話ではありませんが、日本の自給率は38%という事実だけ触れておきます。
****食料自給率38%のリスク【三石誠司】****
ウクライナ危機の影響で食品の値上げが続いている。食料の国際価格は軒並み高騰しており、食料争奪戦が激化するなか、食の安全保障への関心が高まっている。
穀物別生産・輸出入量の動向
過去半世紀、日本人1人当たりが必要とするカロリーは概ね変わらないが、中身は大きく変化した。例えばコメは1,090kcalから475kcalに。代わりに増えたのは、畜産物(肉)と油脂。いわゆる食の欧米化だ。
14億人市場の中国でも今、日本と同様に食の欧米化が進み、日本と比較すると既に食肉消費量は10倍以上、油糧種子の搾油量は30倍近くとなっている。大豆の輸入量トップが中国というのも、その結果だ。
日本では味噌や豆腐などさまざまな食品に加工される大豆だが、中国を含め世界的には主に油の原料と家畜の飼料として使用する。中国ではコメの輸入量も増加。これは中国産米の価格上昇に伴い、ビーフンなど加工品を中心に安価な外国産米の使用が増えているためだ。(中略)
日本と諸外国の食料自給率
日本の食料自給率はカロリーベースで38%、世界1位の農産物純輸入国だ。世界中から食料を調達しているが、生産国の状況により影響を受けやすい。加えて、中国や新興国の輸入量増加に伴い、買い手としての日本の存在感は低下している。
広がり過ぎたサプライチェーンはリスクが大きい。食料安全保障のためには、国内での農産物増産を含め調達網を見直し、不測時の代替手段を考えておくこと。さらに、長期的な視野で食料生産に携わる次世代を育てていく取組みなども必要だろう。【2022年12月21日 三石誠司氏 関西電力HP】
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