孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

マララさんを敢えて避けたノーベル平和賞 

2013-10-11 21:52:54 | 女性問題

(7月12日 国連で演説するマララさん “flickr”より By Danu Designs http://www.flickr.com/photos/88185239@N04/9643301620/in/photolist-fG9rB3-fUmV28-gwmYsW-gaVzMx-gaUTqT-gaVeN5-g9GRva-guTnm3-gaVMza-gaVMPP-gjxZBY-gaj9zk-g8SdB7-fLWPc1-gbcX8D-ge3xuL-gsQJ4b-fUQePM-gmZwsJ-gmZLGX-gtmNuY-gguehR-g3j4rK-grCZqx-gxmJvG-gxV3xr-guTJr9-gxGApu-fQebDX-gwdmvi-gmRiQf-gswexF-giaDsw-gwJrzu-gs3MDF-fUyFrG-fUxVCv-fV6pQ8-g6cxoA-g68R7j-g6g9mc-ghW5GW-gwqxea-g3ivZQ-gseAVp-fUyRXk-fUyJhd-gxx9CP-gxx9Mr-gxx9Hi-gxx9Rz)

まだプーチン大統領の方が・・・
ノルウェー・ノーベル賞委員会のヤーグラン委員長は11日、化学兵器の禁止・不拡散のための活動を行う化学兵器禁止機関(OPCW、本部オランダ・ハーグ)に2013年のノーベル平和賞を授与すると発表しました。

“近年の平和賞では、「核兵器なき世界」の実現を訴えながらも、まだ具体的実績がなかった09年のオバマ米大統領、債務危機で揺れていた昨年の欧州連合(EU)には「ふさわしくない」と批判もあり、賛否が分かれた”【10月6日 共同】という、何かと問題視されることが多いノーベル平和賞ですが、今回の選択も議論を呼びそうです。

OPCWは、化学兵器を破棄することを目指している1997年に発効した化学兵器禁止条約に基づき設立され、これまで約80カ国の軍事工場などで査察を行っています。
もちろんその活動の意義は小さくありませんが、そうした活動のために作られた組織であり、関係国・機関の判断に従って、その仕事を遂行してきただけ・・・とも言えます。

危険物除去という観点では、命がけで対人地雷やクラスター爆弾の撤去作業を行っている多くの組織もあります。

今回受賞は当然ながら、シリア攻撃を回避する方策ともなったシリアでの化学兵器廃棄作業を後押しする目的のものですが、それにしてもいささか唐突な感があります。
以前ロシア紙が、軍事介入回避に成功したとしてプーチン大統領を「ノーベル平和賞候補に」と書いて笑い話にもなりましたが、シリア問題について言えば、まだプーチン大統領の方が説得的なぐらいです。

シリアの化学兵器廃棄作業はこれからであり、今後難航することも予測されています。
オバマ大統領が平和賞受賞後にシリア攻撃を提唱してプーチン大統領から揶揄されたように、OPCWについてもシリアでの作業が進まないと、何のための受賞だったのか?という話にもなります。

本命候補だったマララさん
今回のノーベル平和賞の本命候補は、イスラム過激派による襲撃で命をおとしかけながらも女子教育の重要性を訴え続けるパキスタン出身の16歳の少女マララ・ユスフザイさんでした。

ここひと月あまりだけでも、多くの国際的賞を授与されています。
オランダ・アムステルダムに本拠を置く児童権利擁護団体「キッズライツ財団」は「国際子ども平和賞」を、
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは、人権擁護活動でその年最も活躍した個人に贈る「良心の大使賞」を、
米東部の名門ハーバード大学は「2013年ピーター・ゴムス人道賞」を、
そして昨日10日に欧州連合(EU)欧州議会は、優れた人権擁護活動をたたえる「サハロフ賞」をマララさんに贈ることを発表しています。

彼女の功績をたたえる国連は、彼女の誕生日を「マララ・デー」と定めました。
マララさんは、7月12日、潘基文(バン・キムン)事務総長や国連世界教育特使のブラウン前英首相が見守る中、ニューヨークの国連本部で以下のようなスピーチを行い、多くの人々の感動を呼んでいます。

****マララさんの国連演説要旨****
「マララ・デー」は、権利を訴える全ての女性や子どもたちの日だ。女性や子どもたちのために、教育を受ける権利を訴えたい。

何千もの人がテロリストに殺され、何百万人もが負傷させられた。私もその1人だ。

その声なき人々のためにも訴えたい。
テロリストは私と友人を銃弾で黙らせようとしたが、私たちは止められない。私の志や希望、夢はなにも変わらない。

私は誰にも敵対はしない。私は誰も憎んでいない。タリバーンやすべての過激派の息子たちや娘たちに教育を受けさせたい。

過激派は本やペンを怖がる。教育の力、女性の声の力を恐れる。世界の多くの地域で、テロリズムや戦争が子どもの教育の機会を妨げている。

全ての政府に無償の義務教育を求める。世界中の姉妹たち、勇敢になって。知識という武器で力をつけよう。連帯することで自らを守ろう。本とペンを手に取ろう。それが一番強い武器。

一人の子ども、先生、そして本とペンが世界を変えるのだ。教育こそがすべてを解決する。【7月13日 朝日】
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彼女が困難な境遇にある女性に送った力強いメッセージ、その国際的反響の大きさなど、これまでの実績はノーベル平和賞に十分値するものです。

マララさん受賞には懸念・不安も
ただ、まだ16歳ということで、今後本当に受賞に値する人物に成長するのか?という疑問、あまりにも大きな重荷をひとりの少女に負わせてしまうことにならないか?という不安、マララさんの国際的影響力に反発を強めるイスラム過激派が再度彼女を襲う危険は?という安全上の懸念などもあります。

****ノーベル平和賞有力候補 16歳「若すぎる」の声も 本命視の少女マララさん**** 
11日に発表される今年のノーベル平和賞の候補として、パキスタン出身の16歳の少女マララ・ユスフザイさんが本命視されている。

女子教育の権利を求めてイスラム過激派に頭を撃たれ、一命を取り留めたマララさんは数々の国際的賞を受賞、「不屈のヒロイン」への称賛は高まる一方だ。

半面、「まだ子ども。受賞には若すぎる」との声も。平和賞をめぐってはこれまでも妥当性についての論争が絶えないだけに、今年も大きな注目が集まりそうだ。

 ▽最年少
女性への教育を否定する「パキスタンのタリバン運動」のテロ行為や女子校の破壊をブログで批判していたマララさんは15歳だった昨年10月、パキスタン北西部で下校中に覆面の男に襲撃され重傷を負った。意識不明のまま英国バーミンガムの病院に搬送され、奇跡的に回復した。

事件直後から犯行への非難とマララさんへの支援の声が世界的に高まり、インターネット上で「ノーベル平和賞を」と署名活動が始まった。
授与されれば32歳だった2011年のタワックル・カルマンさんを抜き最年少の平和賞受賞者となる。

元気になったマララさんは今年3月からバーミンガムで女子校に通学。16歳の誕生日の7月12日には国連で演説、テロや貧困の「唯一の解決策が教育です」としっかりした口調で訴え満場の拍手を浴びた。その後もオランダ人権団体の「国際子ども平和賞」や米ハーバード大学の「ピーター・ゴムス人道賞」など数々の栄誉に輝いている。

しかし国際社会がマララさんを“英雄視”するにつれ、故郷パキスタンで市民の反応が変わり始めた。英字紙ドーンは7月、欧米が襲撃事件を仕組んだのではないかとの批判もあると報じた。(中略)

 ▽品格
「平和賞ウオッチャー」として知られる国際平和研究所(オスロ)のハルプビケン所長は、今年の予想でマララさんをトップに挙げながらも「(受賞すれば)群を抜いて若い。彼女の行く末や、受賞による身の安全への影響に懸念があることは確かだ」と言う。

オバマ氏への授与は「期待先行型だった」と指摘する所長は「受賞者が後に重大な過ちを犯せば、そのまま賞の信頼性にはね返ってくる。マララさんについてもこの先、賞に堪える品格を持ち合わせているかが、ノーベル賞委員会の重要な検討事項になっているだろう」と話した。【10月6日 共同】
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マララさんを襲ったパキスタン・タリバーン運動(TTP)は、「チャンスがあれば、いつでも襲撃する」としています。

****再び襲撃予告、変わらぬ緊張 マララさん銃撃から1年 パキスタン****
パキスタンで女子教育の権利を唱えていた女子学生マララ・ユスフザイさん(16)の銃撃事件は、9日で1年を迎えた。

母国では11日に発表されるノーベル平和賞の受賞候補者として関心が高まる一方、マララさんを撃った武装勢力が再び襲撃を予告するなど緊張が広がっている。

下校途中だったマララさんを銃撃したパキスタン・タリバーン運動(TTP)の報道担当者は7日、AFP通信に対して「チャンスがあれば、いつでも襲撃する」と語った。「彼女を襲撃したのは学校に行っていたからではなく、タリバーンとイスラム教に敵対する発言をしたからだ」と持論を展開した。

国内では、襲撃1年に合わせた集会などは開かれていない。昨年の襲撃直後、大規模な抗議集会を開いた同国北西部ペシャワルのNGO関係者は「治安上の懸念もあり、今回は断念した」と話す。

ペシャワル周辺では、TTP系組織によるとみられる爆弾テロが頻発。過去3週間で130人以上が死亡するなど、緊張はむしろ高まっている。

パキスタンの主要各紙は9日、マララさんが8日に出版した自伝が書店で売り出された写真を1面で掲載。ニューズ紙は社説で「マララさんが平和賞にふさわしいことは疑いない」としつつ、「人々は彼女がまだ少女だということを忘れがちになる。彼女の肩にかかる重さはあまりに大きい」と指摘した。

ドーン紙も、マララさんへのインタビューで「受賞によって普通の生活が奪われませんか」と質問するなど、マララさんの今後を気遣う論調が目立っている。【10月10日 朝日】
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マララさん自身は、「自身はまだ賞に値しない」と語っています。

****マララさん「自分はまだノーベル賞に値しない****
ノーベル平和賞の有力候補に挙げられているマララ・ユスフザイさんが、パキスタンのラジオ局のインタビューで「自身はまだ賞に値しない」と発言した。

マララさんはパキスタンのタリバン勢力を批判したことで、昨年の10月9日に銃撃を受けて頭部に重傷を負った。しかし回復後は、子どもたちが学校に行く権利を世界に向けて訴える伝道師となり、彼女の勇気は世界の指導者や有名人たちに称賛された。

弱冠16歳のマララさんは国連での演説をやり遂げ、今週には自伝も出版。11日には有力候補者として自身も名を連ねるノーベル平和賞受賞者の発表も行われる。

しかし、パキスタンのラジオ局City89 FMとのインタビューで、マララさんは教育を促進する活動にまい進する意欲をかたったものの、まだ自分はノーベル賞の栄誉に浴するには不十分だと感じると述べた。
「ノーベル賞に値するような人々はたくさんおり、私はもっとやるべきことがある。私の考えでは、賞を頂けるほどの功績を成し遂げてはいない」

だが、希望と決意に満ちた彼女のメッセージは、地元であるスワト渓谷の子どもたちを鼓舞している。
12歳のフメラ・カーンさんは、「1年前の銃撃事件は忘れられない。教育は私の生きがいそのもので、マララはそのために声を上げてくれた。だから私は彼女が大好きよ」と話す。「私も大きくなったら教育のために闘いたい」

マララさんが通っていたパキスタンの学校は、銃撃から丸1年を迎えた9日、学校を休校とした。【10月10日 AFP】
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地元パキスタンでは、“人々は報復を恐れ、今も彼女のことを口にできない”という現実もあります。

****マララさん:ノーベル賞期待、住民は報復恐れ沈黙****
女性や子供の教育の必要性を訴えるパキスタンの少女マララ・ユスフザイさん(16)が、下校中に武装勢力の銃撃を受けて9日で1年がたった。

英国で治療後も一貫して教育の重要性を世界に発信してきたマララさんは、11日に発表されるノーベル平和賞の最有力候補で報道も過熱している。

だが、イスラムの教えに反するとして女子教育を認めない立場の武装勢力は7日、再びマララさんを脅迫。地元の人々は報復を恐れ、今も彼女のことを口にできない。

マララさんの出身地、北西部スワート渓谷の中心地ミンゴラ。マララさんの父ジアウディンさんが運営し、銃撃当日まで通学していた学校の周囲や構内では7日、パキスタン軍や情報機関関係者が目を光らせていた。

学校では今も授業が行われているが、毎日新聞の取材に「マララの話は一切聞くな」とくぎを刺し、構内や生徒の写真撮影も許されなかった。学校職員も事件後の状況や「ノーベル賞」の言葉は口にしなかった。

学校から約3キロ離れた街路で、別の学校に通う女子生徒(15)が「マララがノーベル賞を受ければいい」と小声で話し、去っていった。

武装勢力のパキスタン・タリバン運動のシャヒド報道官は7日、改めて「機会があればマララを殺す」と警告。治安当局や住民は、マララさんの受賞がタリバンを刺激する事態を恐れている。マララさんと両親、2人の弟たちは事件後、英国で暮らしている。

一方、マララさんが「おじさん」と慕う親戚で、ミンゴラで別の学校を運営するアフマド・シャー・ユスフザイさん(44)は「マララの勇気のおかげで事件後、学校に通う子たちがスワート渓谷で15%増えた」と話した。

マララさんが7月、国連本部で演説した際にも付き添ったアフマドさんは「ノーベル賞受賞でさらに状況はよくなる」と期待を込める。だが、ある地元記者は「マララや(アフマドさんら)近親者は筋金入りの活動家。だから声を上げられるのだ」と語った。

一方、11日の発表を前に報道は過熱気味。英紙サンデー・タイムズが6日、マララさんの襲撃直後の思いなどを報じたほか、英BBCは7日、30分のドキュメンタリー番組を放送。ほかの英各紙も7日朝刊でマララさんの近況を大きく報じた。【10月9日 毎日】
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今後の安全上の問題、受賞によって呼び起こされる彼女が代弁する形となっている欧米的価値観へのイスラム保守派の反発、あまりに大きな荷を背負わせることへの懸念などを考え合わせると、今回、平和賞を受賞しなかったことは彼女のためには好ましいことなのでしょう。
ノーベル賞委員会もそうした観点から、敢えて彼女を避けたとも思われます。

また、“ノーベル賞委員会が10年に中国の民主活動家、劉暁波(りゅうぎょうは)氏を選出してから、より議論の余地のない団体・個人を選ぶ傾向が強まっている点だ。劉氏を選んだことについては中国政府が猛反発し、中国とノルウェーの2国間関係が悪化した。
今年の有力候補者の中にも、ロシアやトルコの人権・民主活動家の名があった。こうした候補者を選んだ場合、それぞれの政府が反発し、欧州的価値の押しつけという批判が出ることが確実だ。昨年の欧州連合(EU)に続く、国際機関選出の背景にはこうした配慮も働いている可能性がある”【10月11日 毎日】とも指摘されています。

ただ、女性の権利向上、教育の重要性という極めてまっとうなことを主張し続ける少女を、ノーベル平和賞という形で国際社会が支援できない現実に忸怩たる思いも残ります。

****ノーベル平和賞:マララさん受賞逃す…世界の心つかんだ****
化学兵器禁止機関(OPCW)のノーベル平和賞受賞決定を受け、事前に有力候補とされてきたパキスタンの少女マララ・ユスフザイさん(16)について、パキスタンの民放大手ジオ・テレビは11日、「受賞は逃したが、世界の心をつかんだ」と称賛。「候補に挙がっただけでも誇り」(中部ムルタンの10代の女子生徒)との声も聞かれた。

 ◇出身地では複雑感情
だが、マララさんの出身地、北西部スワート渓谷のミンゴラでは、多くの住民は毎日新聞の取材に口をつぐんだ。武装勢力「パキスタン・タリバン運動」報道官が10日、マララさんの暗殺を予告し、8日に発売されたばかりの自伝を売る書店まで攻撃すると警告したのが背景とみられる。

マララさんが昨年10月9日にタリバンの銃撃を受けた当日まで通っていた学校では、11日朝から多数の軍兵士が配置され、住民や生徒が集まることもなかった。

同校卒業の娘を持つ電気技師、ハヤトさん(39)は「多くの住民は受賞できなくてほっとしているかもしれない」と述べ、スワート渓谷で相次ぐタリバンによる住民暗殺への不満をあらわにした。

別の学校の女子生徒(16)は電話取材に、「不当だ。マララは女の子のためにたくさんのことをしたのに」と悔しそうだった。

一方、マララさんについて欧州では、最近の欧米メディアへの極度の露出から、「欧州的価値の代弁者」としての色が付きすぎるとの懸念が出ていた。

マララさんと家族のメディア対応は、米国に本拠を持つ世界最大の独立系広報会社「エデルマン」が「社会貢献」の一環で無報酬で請け負った。

こうした中、英紙インディペンデントのベテラン記者、ブランド氏はノーベル平和賞発表前、「マララさん授賞に反対する理由」と題するコラムの中で、「パキスタンなどではマララさんは欧米的価値の代弁者との冷めた見方がある。平和賞は彼女の純粋なメッセージを汚すことになる」と主張していた。【10月11日 毎日】
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ハイチ コレラ犠牲者遺族、国連を訴える

2013-10-10 22:25:50 | ラテンアメリカ

(9月3日 難民キャンプの住民と相談する国連PKOのカナダ部隊 “flickr”より By  Marc-Andre Gaudreault  http://www.flickr.com/photos/64208090@N07/9773637391/in/photolist-fTErTv-fTFYXp-fTFCtQ-fTCGzu-fTECLx-fTEa6T-fTD1df-fPB86L-fTFEud-fq35Jm-fpMPGX-fpMPqe-fq38k9-fq3bvh-fq3bhL-fpMT3T-fpMSxM-fpMPdM-fpMSKR-fq35yj-fq34Wm-fpMT5e-fpMPEk-fpMPuH-fq37WS-fpMPxZ-fpMPpp-fpMPEa-fpMStP-fq35Xh-fq38aE-fpMSrH-fpMPmZ-fq3bn9-fq35e5-fpMSvz-fq35Cs-fpMPQt-fpMVDD-fq37Uj-fq35m3-fpMPsX-fq3bts-fq35QQ-fq35qA-fq35sJ-fpMPnD-fpMT4M-fq38Fq-fq34Yf-fq34WS)

国連に対し補償やコレラ撲滅費用22億ドルの支払いを求める訴え
カリブ海の島国ハイチでは、2010年1月12日の地震により、20万人以上が死亡し、約230万が住居を失いました。(被害状況については、死者30万人以上とするものなど、いろんな数字があります)

更に、震災後の10年10月頃よりコレラが蔓延し、68万人が感染し、8300人が死亡しています。
まさに“踏んだり蹴ったり”の状態ですが、コレラの感染源は国連PKOのネパール部隊とされています。

****ハイチのコレラ拡大、国連のネパール部隊が原因 米報告書***
米疾病対策センター(CDC)は6月30日、ハイチでのコレラ拡大について、国連の平和維持部隊のネパール軍兵士が持ち込んだものだと結論付けた調査報告を発表した。

調査はフランスの医療チームが行ったもので、その結果はCDCの月報「Emerging Infectious Diseases」7月号に掲載された。
2010年10月半ばにハイチ中部ミルバレ近郊のMeilleから広まったコレラ感染と、同地に駐留していたネパール部隊を直接関連づけた公式な調査結果は初めて。

調査報告は、Meilleでのコレラ発生はネパール部隊到着の数日後のことで、両者の間には明確な相関関係があると論じている。Meilleは近隣の村から離れており、ネパール兵士以外に外部の人間が訪れた形跡はないからだ。

ハイチで最後にコレラ感染が確認されたのは100年以上も前のことだ。このため、国連兵士がコレラ菌をもたらしたとの疑いは以前からあり、昨年11月には国連軍に対する暴動で2人が死亡している。【2011年7月1日 AFP】
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国連独立調査団も11年5月、コレラ菌は南アジア型と指摘しています。
犠牲者遺族は国連を訴える訴訟を起こしています。

****ハイチ:コレラ大流行で国連を提訴****
カリブ海の島国ハイチで伝染病のコレラが大流行したのは国連平和維持活動(PKO)に原因があるとして、犠牲者の遺族らが9日、国連に対し補償やコレラ撲滅費用22億ドル(約2150億円)の支払いを求める訴えを米ニューヨークの連邦裁判所に起こした。

訴状などによると、30万人以上が死亡した大震災を受けPKOの国連ハイチ安定化派遣団のネパール部隊が展開した直後の2010年10月以降、ハイチではコレラ感染が約100年ぶりに確認され、8300人が死亡し、約68万人が感染した。

訴状は、ネパール部隊の宿営地から汚水などが川に流れ込んだのがコレラ発生の原因と指摘。衛生インフラの脆弱(ぜいじゃく)さを知りながら、国連が適切な措置を講じなかったとしている。

国連独立調査団は11年5月、コレラ菌は南アジア型と指摘。遺族を支援する人権団体が補償を求めたが、国連は「国連の特権および免責に関する条約」を根拠に要求には応じない方針だ。【10月10日 毎日】
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キャンプからも追い立てられる難民
このコレラ問題もあって、ハイチでは復興が進展しないことが報じられています。
震災から3年経過した今年1月段階で、アムネスティは35万人がキャンプ生活を余儀なくされていると指摘しています。

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震災から3年も経過したが、ハイチの住宅状況は極めて悲惨である。いまだに数十万人の人びとが、劣悪な避難所で生活している。アムネスティは、政府当局と国際社会に、住宅の復興を最優先とするよう要請した。

2010年1月12日の地震により、20万人以上が死亡し、約230万が住居を失った。
現在、推定35万人以上が、全国の496ヵ所のキャンプで生活している。

アムネスティ・ハイチ支部が得た証言によると、仮設キャンプの生活状況は悪化している。給水、衛生設備、廃棄物処理が甚だしく不足しており、その結果、コレラなどの感染症が蔓延している。女性や少女は、性的暴力や強かんの危険にさらされている。

また、不安定な治安、病気やハリケーンだけでは不十分であるかのように、仮設キャンプにいる多くの人びとは、いつ強制退去させられるかわからないという恐怖の中で生活している。

地震以来、数万人がキャンプから追い出された。国際移住機関の報告によれば、さらに約8万人が主に私有地にあるキャンプで生活しており、いつ退去させられるのかという不安を抱いている。これは全キャンプに住む人びとの21パーセントに相当する。

強制的に退去させられた人びと
2011年12月21日、マリー(仮名)と子どもは、数十の家族とともに、ジェレミー広場から暴力的かつ強制的に退去させられた。

「キャンプ委員会は、われわれにキャンプを去るよう圧力をかけてきました。『フットボール大会のために場所が必要だ』と。しかし、私たちは行くところがなく、ここに留まりました。委員会は折にふれてチラシを撒いて脅しをかけたり、夜にはテントに石やビンを投げたりしてきました」

「ある日の朝3時ごろ、連中がやってきて、剃刀やナイフで避難所を破壊し始めました。私は追い出され、住居は引き倒されました。私は何も持ち出せず、着のみ着のままでその場を離れました」

潰えつつある復興への希望
地震の以前から住宅は大変不足していた。しかし、数十万人の人びとにとって現在の状況は、悲惨なものだ。

2012年4月、ハイチ当局は住居に関する国家計画案を公表した。その計画は住宅建設を優先すると述べているが、貧困の中に暮らしている人びとに対する、適切で取得可能な住居の提供条件を示していない。また、強制退去の防止についても触れていない。

国際的な支援のもとに、2011年8月に当局は50の避難民キャンプの人びとを、16の地域へ移送する計画を発表した(名称:プロジェクト16/6)。
この計画により家族は、12カ月当たり500USドルの家賃補助を受け、キャンプを出て、よりよい住居への移動を求められる。移動の費用として25ドルが支払われる。家族は自分で住居を見つけ家主と契約を結ばなければならない。

この計画により助かる家族があるかもしれない。しかしながら、補助金は小額で、住居探しの支援はなく、長期にわたる支援ではない。

多くの人びとが、「補助金が終わった後は家賃を支払うことができないのでどこに住めばいいのかわからない」との懸念を抱いている。現在は、必要不可欠な衣服や医療、教育などへの出費はいうまでもなく、家族を食べさせていくことに必死だ。

政府および国際社会は、迅速な行動を
政府の住宅に関する現行の方針は、人びとに安全な住居を提供することではなく、公共地に人びとを住まわせないことに重点を置いているようだ。アムネスティが望むのは、適切な住居を得る権利を現実のものとする政策の実施だ。

2011年始めに人道的支援が減少し財源が不足したために、仮設キャンプの生活状況が悪化した。一部の支援者による限られた資金が、住宅計画に充てられているにすぎない。

2010年の地震発生の際、世界はハイチを助けるために迅速に行動しなかった。3年後の今、復興への希望は実現していない。
というのも、ハイチの人びとの権利が優先的に考えられていないようだからだ。政府当局の行動および、国際社会の真の支援が必要なのだ。【1月18日 アムネスティ国際事務局発表ニュース】
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震災前から国連PKOが行われていたように、もともとハイチは政情が不安定で十分な統治がなされず、最貧国のひとつでしたから、現在の惨状がすべて震災後にもたらされたものという訳でもないでしょう。
それにしても、復興のペースは遅いようです。

ただ、さすがに改善を報じる情報もあります。
やはり震災から3年後の今年1月のユニセフの報告です。

****大地震から3年 子どもたちの状況は着実に改善****
ハイチ地震発生から3年を迎えるにあたり、新たに行われた全国家庭調査の暫定結果によると、子どもたちの教育、栄養、保健、衛生の各分野の状況が、2006年の状態から大きく進展していることが明らかになりました。

また、生後6ヵ月から59ヶ月(4歳11ヵ月)までの子どもの間の急性栄養不良の割合は、2005-2006年では10パーセントでしたが、2012年には5パーセントまで半減。さらに、慢性的な栄養不良の割合は、29パーセントから22パーセントに削減されました。

ユニセフ・ハイチ事務所のエドゥワール・べグブデール代表は、次のように語っています。
「この結果は、2010年の地震やコレラの流行をはじめとする様々な災害の子どもたちへの影響を可能な限り軽減するために、子どもたちを取り巻く様々な環境を改善する取り組みを支援してきた、ハイチで活動する多くの組織・団体の、3年間にわたる努力の賜物です」

「今回の調査結果は、また、この国が、これまでの成果を維持し、さらに今も残る課題や進展が立ち遅れている分野の改善に取り組めるよう、国際社会の継続的な支援を訴えるものでもあります」(ベグブデール代表)
(後略)【2013年1月10日 ユニセフ】
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復興を妨げる国内政治の混乱
ハイチの復興を遅らせた要因としては、冒頭のコレラ流行の他、政治の混乱が指摘されています。

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復興に水を差しているのが政治の混乱と、治安維持を担う国連ハイチ安定化派遣団(MINUSTAH)のスキャンダルだ。

昨年5月に就任したマーテリー大統領は議会と対立し、復興事業の中心となる首相の選任までに5カ月かかった。ハイチ政府と国際社会が共同で各国から集まった援助資金を運営する「暫定ハイチ復興委員会」は昨年10月に期限切れになり、新組織は作られていない。

また、拡大するコレラ感染について国連の独立調査団が分析したところ、コレラ菌は南アジア型と判明。国連派遣団のネパール部隊からの感染が原因の可能性が強まり、ハイチ国民は国連への不信を深めた。

米国のハイチ支援団体「正義と民主主義研究所」は国連と派遣団に対し、死亡者1人につき10万ドル(約770万円)、感染者には5万ドルの賠償金の支払いを求めている。さらに昨年9月にはウルグアイ部隊によるハイチ人レイプ疑惑も発覚。ハイチ政府の抗議を受け、国連安保理は派遣団を2700人削減した。

一方、国民の国外脱出も止まらない。隣国ドミニカ共和国には推定100万人のハイチ人が不法滞在。ドミニカ政府は7日、「経済的、人道的にこれ以上の流入には耐えられない」と国境警備を強化した。

また、好景気のブラジルの建設現場で働こうと、ペルーやボリビアを経由してブラジルに不法入国するハイチ人も多い。ブラジル政府は10日、既に入国した約4000人に査証を与えて合法化するとともに今後は入国を拒否することを決めた。
なお、ハイチの人口は1018万8000人(10年推定)。【2012年1月12日 毎日】
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震災では、“大統領府や国会議事堂を始めとする多くの建物が倒壊し、天井・床が重なって潰れるパンケーキクラッシュを起こしている。このため、地震直後は大統領や閣僚すら屋内に寝る場所がなく、ホームレス状態となった”【ウィキペディア】という状況で、もともと貧弱だった統治システムが完全に崩壊し、国家が復興を牽引することができませんでした。
また、震災後も政治混乱が続き、上記記事にある5か月かけてようやく決まった首相もすぐに辞任しています。

****地震復興で対立、ハイチ首相また不在に**** 
ハイチ大統領府は24日、マーテリー大統領がコニーユ首相の辞表を受理した、と発表した。コニーユ氏は、大統領が出した2人の首相案が議会に否決された末、昨年10月に就任した。首相の再びの不在で、2010年1月の大地震からの復興計画にも影響が出そうだ。

コニーユ氏は国連ハイチ特使首席補佐官を務めた婦人科医。ロイター通信などによると、コニーユ氏は復興に向けた業者との契約をめぐってマーテリー氏ともめていたうえ、議会や政府高官らとも対立していたという。【2012年2月25日 朝日】
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なお、コニーユ首相辞意表明を受けて、2012年5月にそれまで外相を務めていたラモット氏が首相に就任しています。

そのほか、2012年11月にはハリケーン「サンディ」によって被害を受ける不幸もありましたが、やはり最大の問題は統治システムが十分に機能していないことでしょう。
日本の自衛隊も今年3月までPKOに参加していましたが、国際支援だけでは限界もありますし、援助依存症的な状態を生む危険もあります。
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トルコ・エルドアン首相の「民主化政策」 進むイスラム化 変わらぬ強権姿勢

2013-10-09 23:33:56 | 中東情勢

(自信に満ちたエルドアン首相 “flickr”より By stargundem http://www.flickr.com/photos/90977516@N03/10153919456/in/photolist-gtguuQ-gg3e4M-gg5U9Y-gmMZHu-ghCm7w-goVK7P-gkDRW8-gkSd1T-goJvwV-gjRJkZ-ggqjsj-gofMad-gur6E4-gur76e-gurHQ8-gur57p-gurJ8H-guqwsw-gurrg9-gur5qR-guqvxf-gurqQj-gsadrd)

強権姿勢に反発した今年夏の抗議行動
穏健なイスラム主義と民主主義を掲げる公正発展党(AKP)を率いるエルドアン首相は、トルコ経済の成長をリードし、イラク、シリア、イランとも関係を強め、イスラエル批判などの独自外交を展開、中東地域における存在感を高めてきました。

「アラブの春」にあっては、トルコはイスラム民主主義のモデル国とも言われました。

しかし、エジプトにあって同じように穏健イスラム主義を掲げたムスリム同胞団政権が崩壊、シリア内戦のスンニ派中心の反体制派支援でイラク・イランなどシーア派国家との関係悪化など、最近はその存在感・独自外交にも陰りが見えます。

更に、トルコでは今年夏、イスタンブールの公園再開発計画に対する反対運動がきっかけとなり、エルドアン首相の強権的政治手法を批判する大規模な抗議行動が展開されました。

抗議行動の中心となった公園の中では“日頃のイデオロギー的な激しい対立を超えて民主主義のために連帯する、(旧来のイスラム主義vs世俗主義といった対立や、多様な民族主義・宗教文化グループ間の対立を超えた)新しいトルコの市民のあり方”が模索されたという面もありますが、一方で、公園の外では暴徒化した破壊活動、イスラム的な服装の女性へのハラスメントなどもあったと言われています。
(6月28日ブログ「トルコ デモ参加者批判でイスラム主義支持勢力を糾合するエルドアン首相の思惑」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130628)

エルドアン首相は抗議行動に歩み寄ることなく、終始強気な姿勢を崩さず、力で抗議行動を抑え込んだ形になっています。その姿勢は欧米諸国のトルコ・エルドアン首相を見る目を厳しくしています。

****トルコ デモ参加の若者「おれたちは“ならず者”」****
近年の世界各地でのデモと同様、フェースブックやツイッターなどのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)が動員に大きな役割を果たしたトルコの大規模な反政府運動。

デモに参加する若者の間では、ネット上で自らを「略奪者」や「ならず者」を意味する「チャプルジュ」と名乗るのが流行した。

きっかけはデモ当初、同国のエルドアン首相が、「デモはチャプルジュやテロリストに操られている」などと発言したことだった。

デモは、警官隊が強制排除などに乗り出さない限りは平和的だっただけに、若者らは「おれたちは犯罪者ではない」と反発。あえて自分たちをチャプルジュと呼ぶことで首相を揶(や)揄(ゆ)したというわけだ。
デモに参加することを、チャプルジュをもじり「チャプリングする」と言い換える表現なども登場した。

今回のデモは、首相やそのイスラム系与党・公正発展党(AKP)が、”国是”である厳格な政教分離の原則に反して社会のイスラム化を進めようとしていることへの不満とともに、反政府的なジャーナリストを多数拘束するなど強権的な姿勢を強めていることへの反発が根底にあった。

「デモ隊をチャプルジュと呼ぶのは、国民を敵・味方でしかとらえていないからだ」。デモ参加者の大学生、セミーさん(23)はこう指摘し、デモに向きあおうとしない首相が、2011年以降の「アラブの春」で倒れたエジプトのムバラク元大統領やリビアのカダフィ大佐ら強権的な指導者と「そっくりだ」と笑う。

トルコ全体でみれば、地方を中心としたAKPの支持基盤は揺らいでいないとされる。首相が強気の姿勢を貫くゆえんといえるが、その分、デモを主導した世俗的な若者らとの溝は深まるばかりだ。【7月15日 産経】
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この若者らを中心とする抗議行動が、首相・与党の支配体制への国民批判を高めることになったのか、逆に、破壊活動・混乱状態などへの一般市民の批判や、沈黙を強いられた政権支持層の不満を集めて、更に支持基盤を強めたのか・・・そこはよくわかりません。【7月15日 産経】

【「正常化に向けた前進だ」】
エルドアン首相は、自らが考える「民主化政策」を打ち出しています。
そのなかで注目されるのは、イスラム主義の象徴ともみなされるスカーフについて、公の場での着用禁止をほぼ撤廃する形でイスラム化を進めている点と、トルコ領内に多く暮らすクルド人対策です。

****トルコ、イスラム女性公務員のヘッドスカーフを許可****
トルコで8日、同国で数十年にわたって適用されてきた女性イスラム教徒の公務員によるヘッドスカーフの着用を禁止する法令が廃止された。
同時に男性公務員は、あごひげを生やすことが許可される。

ヘッドスカーフとあごひげは、イスラム信仰のシンボルだが、同国ではムスタファ・ケマル・アタチュルク初代大統領によって禁じられていた。ただし裁判官・検察官・警察官・軍人には、今後も禁止措置が継続される。

ヘッドスカーフ着用禁止の解除は、イスラム系政府が推し進める多岐にわたる改革の一環。

トルコはイスラム教徒が人口の多数を占めながらも政教分離を貫いてきたが、レジェプ・タイップ・エルドアン首相率いるイスラム系政党・公正発展党(AKP)は、2002年に政権を獲得して以来、ヘッドスカーフ禁止令の全面的な解除を誓約。
同首相に対しては、同国を徐々にイスラム化しようとしているという批判の声が上がっている。

同禁止令の廃止が政府官報で発表されると、エルドアン首相は、「国家の精神に反する旧態依然の法令をようやく廃止した。正常化に向けた前進だ」と述べてこれを歓迎。一方の主要野党は、禁止令の廃止は政教分離に反すると批判している。【10月9日 AFP】
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****トルコ:首相「民主化政策」発表 クルド語教育も****
トルコのエルドアン首相が、少数民族クルドの使うクルド語の私立校での教育や、イスラム教徒の一部女性公務員にスカーフ着用などを認める「民主化政策」を発表した。

9月30日に記者会見したエルドアン首相は「過去最大の民主化パッケージだ」とアピール。クルド民族の人権拡大は右派の反発を招くと見られるが、スカーフ着用などを認め、支持基盤のイスラム保守派に配慮した格好だ。

トルコでは来年3月に統一地方選が予定されるが、シリア内戦の影響で南部国境付近の治安が悪化する中でクルドとの衝突を回避すると同時に、イスラム保守派の支持を固める狙いもありそうだ。

クルド人(推計2000万〜3000万人)はトルコのほかイラン、イラク、シリアなど広範囲に居住。「国家を持たない最大の民族」とも呼ばれる。少数派として各地で弾圧を受け、トルコでは公共の場でのクルド語使用などが禁じられていた。

今回、私立校でのクルド語教育を認可するほか、クルド系の小規模政党が、より議席を確保しやすい方向で選挙制度を見直す方針を盛り込んだ。

トルコからの分離・独立を訴え武装闘争を続けてきたクルドの非合法組織「クルド労働者党(PKK)」は5月以降、トルコ南東部から最大拠点のイラク北部クルド自治区へ段階的に撤収中。

しかし、AP通信などによると、エルドアン政権による人権拡大政策が不十分だとして先月、撤収を一時中断し、武装闘争の再開もありうると警告した。シリア情勢が混迷を深めるなか、首相としてはこれ以上の摩擦を回避したい思惑が働いた可能性もある。

また、憲法に政教分離を掲げ、国是とするトルコは、女性職員に公共の場でのスカーフ着用を禁止してきたが、今回、女性公務員の着用を認める。ただ、裁判官や検察官、軍人や治安当局員は除外した。【10月1日 毎日】
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もともとエルドアン首相・与党はクルド人を重要な支持勢力としていますが、今回の措置で更にその支持を固めようとするものでしょう。
一方で、スカーフ解禁で支持基盤中核のイスラム保守派にも配慮するという政治的目配りがなされています。
エルドアン首相自身はこの改革を「歴史的」と自画自賛しています。

しかし、“なんの審議もされず、エルドアン首相は質問も受け付けなかった。さらに、万一に備えたのだろうが、減り続ける一方の批判的なマスコミは記者会見への参加すら許されなかった。”【10月7日 英フィナンシャル・タイムズ紙 日経より】というように、批判されている強権的な姿勢は変わっていません。

今年夏に抗議行動を起こした若者らが、エルドアン首相の変わらぬ姿勢、イスラム化の促進にどのように対応するか注目されます。

“トルコの弱小な反対勢力は世俗的な共和国を目指したムスタファ・ケマル・アタチュルク(初代大統領)の意志を受け継ぐグループだが、エルドアン首相の独善的政治に対するチェック機能とはなっていない。しかし今夏、多様なトルコ都市部の市民の世論の盛り上がりは新しいトルコ市民像の台頭を印象づけた。こうした人々はアタチュルクの厳しい共和制からエルドアン首相の家父長的なサルタン(権力)に逃げ込んだりしない層だ。”【同上】

ストリートファイターとクモ
一方、同じ与党・公正発展党(AKP)にあっても、ギュル大統領はエルドアン首相とは若干スタンスが異なるようです。
ギュル大統領は先週、国会の開会にあたり、「権力の分散や報道の自由、効果的な対抗勢力も、民主主義に必要不可欠な要素だ」と述べています。

****エルドアン氏と対称的なギュル大統領****
トルコの現在の民主主義政治を率いる次の人物として、最も考えうるのは、AKPの共同創設者であり、エルドアン首相とは対称的な穏健派であるギュル大統領だろう。

エルドアン首相は大統領就任の意欲があるといわれているが、来年夏に任期満了を迎えるギュル氏がかわりに、より権力の大きい首相の座に就いて自分のライバルになるのは避けたいようだ。

エルドアン、ギュルの両者をよく知る人物は、荒っぽいイスタンブールの一角で育ったエルドアン首相は「ストリートファイター」で、海外で教育を受けたギュル大統領は「クモ」だと表現する。
「エルドアンが落ちてきて、クモの糸にかかるのを待っているかのようだ」と。

最近の状況からみると、エルドアン首相はサムソン(注:旧約聖書に登場する士師。怪力の持ち主で、最後にはつながれていた柱を倒して建物を倒壊させ死んだ)のように、AKPの牙城を崩壊させ、2人の権力だけでなく、トルコ自体を混乱に陥れるかもしれない。【10月7日 英フィナンシャル・タイムズ紙 日経より】
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エルドアン首相とギュル大統領の関係は、かつてのプーチン首相とメドベージェフ大統領の関係のようにも見えますが、実際のところどのような関係にあるのか・・・わかりません。
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アルゼンチン  外資導入でシェールオイル生産拡大へ  27日の議会選挙情勢

2013-10-08 21:29:14 | ラテンアメリカ

(9月27日 支持者の歓迎を受けるフェルナンデス大統領(写真左の女性) お元気そうですが・・・ “flickr”より By Fotografía Comunicación... http://www.flickr.com/photos/76032217@N02/9971974413/in/photolist-gcbYzk-gce4Qh-gcbo74-gcbEe5-gcbeQy-gcbhEc-gcbN5H-gcbKa6-gcbT2s-gcc7BA-gc5Kwm-gc5tW1-gcbE44-gcc1p5-fN91Zt-fNqABj-fN92ii-g63PEa-gpywwW-fNtHF1-fNc98n-fNc99g-fNdLTK-fNtJEs-fNtJUU-fNc8bT-fM5T7w-fYmwTD-fYm4DE-fYm3eM-fYm1QW-fYkYLy-fYm3F7-fYmvvi-fKDhXp-fKVTs1-gcbzhm-fLT2tc-fM78MS-fLKwzM-fLMsJ4-gnZM7h-gsadrd-gn9mHq-gneU7i-gn9LLs-gneVGH-gn9jxd-gn9YUx-fP9uVj-fYhP21)

シェール革命
水圧破砕技術で頁岩(シェール)層から石油・天然ガスを取り出すシェールガス、シェールオイルによって、世界の資源・エネルギー事情が大きく変わりつつあるという“シェール革命”とも呼ばれる現象については、これまでも何回か取り上げてきました。

シェールガス・オイルの生産を拡大するアメリカは、石油・天然ガスの生産量で今年のうちにも世界最大の生産国になる見込みです。

****米、石油・天然ガス生産量で世界一に 2013年見通し****
米エネルギー省エネルギー情報局(EIA)は4日、米国は今年、石油・天然ガスの生産量でロシアとサウジアラビアを抜き、世界最大の生産国になる可能性があるとの見通しを明らかにした。

米国は石油・天然ガスを合わせた生産量でロシアに匹敵していた一方、原油生産量では長期にわたって世界一の座を維持しているサウジアラビアには後れを取ってきた。

しかし、水圧破砕(ハイドロリック・フラクチャリング、フラッキングとも)技術で頁岩(けつがん、シェール)層からの生産量が急増。2013年には原油生産量でサウジアラビアも上回り、天然ガスと原油両方の生産量で世界最大になる可能性があるという。サウジアラビアの天然ガス生産量は比較的少ない。

EIAによると、米国の石油生産量は過去5年間で大幅に増えた。これは、さまざまな議論も呼んできた水初破砕法による採掘が、テキサス州とノースダコタ州で急増したためだ。

一方、同じ技術によって、ペンシルベニア州をはじめとする米東部で天然ガスの生産量が大きく増加している。【10月5日 AFP】
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アメリカにおける“シェール革命”は、アメリカの原油における中東依存度を減らすことになり、これまで中東の安定を重視してきた世界戦略にも影響することになります。

原発稼働停止で天然ガスへの依存が高まっている日本にとっても、安価な天然ガス調達は大きな影響があります。
アメリカやカナダからの直接的なシェールガス輸入の話も動き始めています。
また、アメリカにおける“シェール革命”によって競合する石炭価格が低下し、欧州でロシア産天然ガス需要が減少、危機感を強めるロシアが日本市場への関心を高めている・・・等々の話もあります。

夢物語ではなく既に実現へ向けて歩みを進めている
今日はそうした“シェール革命”のひとつ、南米アルゼンチンの話です。
全く知りませんでしたが、アルゼンチンは世界第3位のシェールオイル生産国だそうです。
また、シェールガス埋蔵量でも中国に次いで世界第2位とか。

****アルゼンチン、シェールオイルでエネルギー自給自足と輸入依存脱却へ****
アルゼンチンは非在来型資源のシェールオイルへの大型投資によりエネルギーの自給自足を実現し、毎年多額の経済的負担を強いられている輸入への依存から脱却することを目指している。

アルゼンチンはシェールオイル開発のパイオニア。米国の統計によればアルゼンチンのシェールオイル生産量は中国と米国に次ぐ世界3位。

アルゼンチンの国営石油会社YPFは2年前、パタゴニアのロマララタ鉱区で生産を開始した。ロマララタは豊かなシェール層が存在するバカムエルタ(Vaca Muerta、「死んだ雌牛」の意)鉱区の一部。

シェールオイルの商業生産には、シェールガスと同様、特殊な掘削技術である水圧破砕法(フラッキング)や水平掘削法が必要となる。

YPFはシェールオイル関連のノウハウを生かしてロマララタ鉱区とバカムエルタ鉱区で年間200前後の抗井を稼働させている。同社は今後10年で150億ドル(約1兆4600億円)を投じ、抗井の数を1500~2000に増やす計画だ。

YPFの非在来型石油部門の責任者、パブロ・ユリアーノ氏は「2000坑の鉱区が2か所あれば国内の石油需要を100%賄うことができ、残りを輸出に回すこともできる」と話した。

アルゼンチンの11年の石油輸入額は110億ドル(約1兆1000億円)を超える。13年は130億ドル(約1兆3000億円)に増える見込みだ。
アルゼンチンにとってバカムエルタの資源開発はエネルギー部門の立て直しと貿易黒字達成のための大きな希望で、単なる夢物語ではなく既に実現へ向けて歩みを進めている。

YPFの7月の非在来型石油の生産は日量8000バレル前後だった。今年末までに日量1万7000バレル、14年は同3万8000バレル、15年は6万バレルに拡大する計画だ。【10月6日 AFP】
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アルゼンチンはかつてデフォルトを経験し、海外からの資金調達ができずにインフラ更新が進まない・・・など、いまだにその後遺症が残っています。

“アルゼンチンは2001年に約千億ドルの史上最大規模の国債の債務不履行(デフォルト)を宣言。その際、債務再編に応じなかった米ヘッジファンドなど一部債権者といまだに裁判で争っている。仮にアルゼンチンが敗訴すれば、再編済みの債務約240億ドルが再びデフォルトとなる可能性がある。”【8月16日 朝日】

最近の経済情勢については、2012年12月12日ブログ「アルゼンチン 景気悪化とインフレーション インフレ率操作の疑惑も」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20121212)で、景気の失速とインフレの進行を取り上げました。

しかし、景気の方は、2012年第2四半期を底にして、回復傾向にあります。
特に、2013年第2四半期の実質GDP成長率は前年比で8.3%を達成し、前期の3.0%から回復を加速しています。
インフレの方は収まっておらず、公式発表では10%程度とされていますが、民間調査では25%ほどとも言われています。

経済政策的には保護主義的傾向がかねてより指摘されていましたが、前出のシェールオイル開発を進めるうえで、外資導入を進める姿勢転換がみられるそうです。

****焦点:アルゼンチン、シェールガス・オイル開発めぐり保護主義を転換****
アルゼンチンはここ数年、愛国主義的かつ保護主義的な傾向を見せているが、国内のエネルギー分野を活性化し、減少する生産を引き上げるため、自国のバカムエルタ・シェールオイル・ガス田をめぐり海外からの投資を求めている。

国内最大手のエネルギー企業YPFを国有化してから1年後。アルゼンチン政府は規制を緩和し、米石油大手シェブロンと12億4000万ドルの生産契約を締結した。

2002年のデフォルト(債務不履行)以降、国際資本市場への復帰を果たせておらず、YPF国有化に伴うスペイン石油大手レプソルへの補償も済んでいないアルゼンチンにとって、今回の契約はエネルギー確保の面で重要で、投資呼び込みに向けた転換点になるとみられている。

一方で、10月にフェルナンデス大統領の行方を占う国政選挙を控え、政府の路線転換は政治的リスクもはらんでいる。反対勢力は大統領が米石油大手に利権を与え過ぎだとして、姿勢の振れを非難している。

国内の石油コンサルタントは自由に話すために匿名を希望し、「アルゼンチンはシェールガス開発を進めなくてはならない。不幸なことに、国の信用がないため、多くの利権を与える必要があった」と解説する。

シェブロンは今月16日、西半球で最大級のエネルギー埋蔵量を持つとみられているバカムエルタの開発をめぐり、国有化されたYPF(国営石油会社)と契約を結んだ。

アルゼンチン政府は契約に当たり、外為規制を緩和。フェルナンデス大統領は自国経済における国家の役割を拡大すると約束し、2011年に再選された経緯があるものの、政府はシェブロンとの契約が発表される直前になって、5年間にわたり少なくとも10億ドルを投資している石油企業に対し、アルゼンチン内で生産した天然ガスなどの最大20%を無税で輸出することを認める布告を出した。

また、バカムエルタを開発し、そこから輸出する企業に対し、利益をアルゼンチン国外に外貨として保持することも認められる。その他の合弁には認められていない利点だ。(後略)【7月24日 ロイター】
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“アルゼンチンの貿易赤字はエネルギー分野だけで過去12カ月間で45億ドルとなっており、消費する天然ガスの約4分の1を現在輸入に頼っている”【同上】という状況で、従来の“愛国主義的かつ保護主義的”な政策を転換しても、外資導入によってシェールオイル開発を進めたい意向のようです。

予備選挙 首都圏で批判票
上記記事にもるように、アルゼンチンでは10月27日に、上院の三分の一、下院の半分を改選する国会議員選挙がおこなわれます。

本選挙に先立ち、8月11日に予備選挙が行われました。
政党あるいは政党連合はそれぞれの候補のリストを発表し、予備選挙で選挙区の有効投票の1.5%以上を獲得しなければ、本選挙に立候補することはできない仕組みになっています。

8月の予備選挙では、フェルナンデス大統領の与党「勝利のための戦線」が、上院、下院ともに26~27%を獲得して第1勢力となっています。
ただ、最大選挙区の首都圏ブエノスアイレス州では、野党候補に後れを取っており、フェルナンデス大統領の政権運営にたいする批判票とも論評されています。【「ラテンアメリカの政治経済」8月12日 http://ameblo.jp/guevaristajapones/entry-11592313378.htmlより】

****反大統領派が首都で大規模デモ=「経済失策」と100万人―アルゼンチン****
南米アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで18日、フェルナンデス大統領の経済政策やメディア改革に抗議する大規模デモが行われた。野党政治家も加わり、主催者によると参加者は100万人規模に上ったという。

世界有数のインフレに悩まされるアルゼンチンでは、年率約25%の物価上昇が国民生活を圧迫しており、参加者はフェルナンデス大統領の経済政策への対応が「傲慢(ごうまん)だ」と批判した。【4月19日 時事】
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硬膜下血腫
そのフェルナンデス大統領ですが、思わぬ健康上の問題が表面化しています。

****アルゼンチン大統領、脳内出血で1カ月休養へ****
アルゼンチンのフェルナンデス大統領(60)が5日、ブエノスアイレスの病院で硬膜下血腫と診断され、1カ月間の休養を言い渡された。

フェルナンデス大統領の報道官は同日、大統領が一切の活動を休止すると発表した。今月27日の議会選を前に、選挙戦の支援活動からも退くことになる。
同国の憲法は大統領不在の場合に副大統領が任務を代行すると定めているが、今回これが適用されるかどうかは明らかでない。

硬膜下血腫は高齢者が頭部に外傷を負った後などに、脳の表面に血液がたまって起きる。フェルナンデス大統領は今年8月に頭を打つけがをした。直後の検査では異常なしとの結果が出ていた。

大統領は昨年1月に甲状腺がんと診断されて切除手術を受けたが、直後にがんでなかったことが判明し、診断は取り消された。【10月7日 CNN】
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どういう事情で内出血を起こすほど頭を打ったのか・・・そのあたりは知りませんが、今日8日にも手術が行われると発表されています。

“治安悪化に加え、景気低迷や高インフレといった経済失政で与党の支持率は低迷。野党側はフェルナンデス氏の健康不安説で揺さぶるなど、攻勢を強めている。”【10月8日 時事】
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ロシア・ソチ冬季五輪  強まるテロの懸念

2013-10-07 23:14:47 | ロシア

(プーチン大統領の宣言後、スタジアムを出た聖火がいきなり消えてしまうアクシデント。なんとライターで火をつけなおしています。ギリシャ・オリンポスで採火したはずですが・・・・。こまかいことは気にしないロシア流でしょうか。【10月7日 Rocket News 24】)

【「開幕日は変更できない」】
2014年2月7日にロシアのソチで開催される「ソチ冬季五輪」。
6日には聖火がギリシャからモスクワに到着し、聖火リレーが始まっています。

****五輪=プーチン大統領、ロシアで聖火リレー開始を宣言****
来年のソチ冬季五輪の聖火が6日、ギリシャからロシアに到着。モスクワ中心部にある赤の広場でロシアのプーチン大統領が国内リレー開始を宣言した。

プーチン大統領は盛大に行われた式典で「われわれの共通の夢が実現する」と宣言。観衆に対し、「(聖火リレーで)われわれが愛する、ありのままのロシアを世界に示すことができる」と語った。

123日間、6万5000キロにわたって行われる今回のリレーで、聖火は北極や宇宙を経由したのち、ソチへと向かう予定。ソチ五輪は来年2月7日に開幕する。【10月7日 ロイター】
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ロシアの威信をかけたビッグプロジェクトであり、“聖火は北極や宇宙を経由”など、プーチン大統領の意気込みは並々ならぬものがあります。

そのソチ五輪については、工事の遅れ、費用の膨張がしばしば指摘されています。
聖火をライターでつけなおす、おおらかな“ロシア流”の結果でもあります。
今年2月には視察したプーチン大統領が激怒し、スキージャンプ台の大幅な工期遅れと腐敗を理由にロシア五輪委員会のビラロフ副会長が解任されています。

****工事に「失敗や遅れ」 プーチン大統領、現場にカツ****
ロシアのプーチン大統領は16日、来年2月に冬季五輪を開く同国南部ソチを視察し、五輪関係の会議を開いた。プーチン氏は施設などの建設で「失敗や工期遅れ」があると指摘した。

プーチン大統領は「今後はより頻繁に現地入りする」と述べるとともに、五輪準備の進捗状況を2週ごとに報告するよう五輪担当のコザク副首相に要請。事実上、現場に活を入れた。

大統領は「開幕日は変更できない。こうした(遅れなどの)問題を克服するため、かなりてきぱきと作業する必要がある」と訴えた。(後略)【9月17日 msn産経】
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“工期遅れ”は、ソチ五輪に限らずオリンピックやワールドカップなどのビッグイベントではしばしばある話で、おそらく何とか辻褄を合わせるのでしょう。

【「どんな手段を用いてもソチ冬季五輪開催を阻止する」】
それ以上に懸念されるのが、イスラム過激派などによるテロの不安です。
地理的に見ても、黒海に面しグルジア国境も近いソチは、テロが頻発しているチェチェン、ダゲスタンなどの北カフカス地方に隣接しています。

イスラム武装勢力にとってもソチ五輪は絶好の標的であり、「最大限の力」で五輪を阻止するとのソチ五輪開催阻止宣言も出されています。

****ソチ五輪開催阻止宣言 カフカスでイスラム武装勢力のテロ激化****
ロシア南部ソチで開催される冬季五輪が4カ月余に迫る中、ソチに隣接する北カフカス地域でイスラム武装勢力によるテロが相次いでいる。

武装勢力の有力司令官はソチ五輪を阻止すると宣言しており、五輪の安全な実施を最重要課題に挙げるプーチン政権は掃討作戦を進めている。

ダゲスタン共和国の首都マハチカラで9月25日、裁判官の親子が2人組の男に射殺された。ロシア国内でも治安が最悪レベルとされるダゲスタンでは今年上半期、テロや掃討作戦で153人が死亡。裁判官の殺人事件は今年に入り2件目となる。

同月16日には、治安が安定傾向にあったチェチェン共和国でも警察施設を狙った自爆テロが起きた。イングーシ共和国でもこの日、自爆テロを企てた男が逮捕された。

北カフカスに本拠を置くとみられる独立派武装勢力「カフカス首長国」のウマロフ司令官は7月、「ソチでは19世紀にロシア軍との戦闘で多くのイスラム教徒が死亡した」とし、ソチでの五輪開催を批判。「最大限の力」で五輪を阻止すると宣言し、仲間に民間人を巻き添えにするテロを行うよう呼びかけた。

ロシア連邦保安局(FSB)によると、ウマロフ司令官ら武装勢力の数百人がカフカスの山岳地域に潜伏し、政治家や地元官僚から支援を受けているという。

プーチン大統領は治安回復に向けて取り締まりの強化を厳命。特にダゲスタンではクレムリンの支援を受け、9月に共和国首長に就任したアブドゥラティポフ氏の下で汚職などの疑いがある警官や官僚らが次々に罷免されている。

一方、テロの激化はこうした取り締まり強化の裏返しでもあり、事態は悪化しているとの専門家の指摘もある。【9月30日 msn産経】
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テロの不安は、ソチ五輪決定当初からのものではありますが、ここにきてシリア情勢も絡んで、更に懸念は強まっています。
シリアの化学兵器使用問題では、必至とも見られていたアメリカなどによるアサド政権攻撃がロシアの仲介で急きょ回避されましたが、このことでアサド政権と戦うイスラム過激派はロシアへの反発を強めているとの指摘があります。

****アルカーイダに逆恨みされるロシア****
シリア情勢が「ソチ五輪」に飛び火する
国際政治の矛盾が凝縮しているシリア情勢。反政府勢力やイスラム過激派の中では、アサド政権延命を「手助け」する欧米など国際社会への憎悪が増している。

「今後、反政府勢力の不満は世界の安定を揺るがす脅威になる。真っ先にターゲットになるのはロシアだろう
湾岸カタールの国際政治学者はこう語った。これをテロリストの自分勝手な都合のいい論理と切り捨てるわけにはいかない。

「湾岸諸国では米国への失望以上にロシアへの憎悪が増している」
イスラム専門家の一人はこう語る。九月十日に米国のオバマ大統領が「米国は世界の警察ではない」という歴史的なスピーチを行った。この専門家が続ける。
「湾岸メディアの多くが、米国の腰抜けぶりを批判したが、ホワイトハウスの執務室にプーチンが座っている風刺画が、湾岸における空気を象徴している」

八月末に米情報機関が化学兵器の使用を報告し、九月中旬には国連の調査団もサリンの使用を断定した。にもかかわらずシリア攻撃をためらったのは米国の都合であり、オバマ政権の内向き志向によるものだということは議論の余地はない。しかし現地では、化学兵器の国際管理案を提案したロシアのプーチン大統領への怨嗟が渦巻いている。

舞い戻るチェチェン人義勇兵
こうした中で「シリアに義勇兵として参加していたチェチェン人などカフカス地方出身のイスラム教徒がロシア国内に戻る動きがある」(ロシア軍事専門家)。

九月に入り「レバントにおけるカフカスの聖戦士」と名乗るイスラム過激派がインターネット上に動画を投稿した。レバントとは「大シリア」を意味する。動画ではこの一団が、「イラク・レバント・イスラム国(ISIL)」という武装集団と決別して、「われわれの部隊は今後、独立して戦う」とロシア語で宣言している。
(中略)
防ぎようのないテロ
「どんな手段を用いてもソチ冬季五輪開催を阻止する」
北カフカス地方の独立派武装勢力「カフカス首長国」の指導者であるドク・ウマロフ司令官はネット上で宣言している。九月に入りダゲスタン共和国で警察庁舎を狙った自爆テロが起きるなど、来年二月のソチ五輪に向けてにわかに活動を活発化させている。

会場のソチとその周辺は厳重すぎるほどの警備・警戒態勢下にあるが、ロシア国内の他地域の危険性は日に日に増している。治安当局では、年末にかけてモスクワなどでテロが発生する危険性が高まっていると認識しているが、過去にも用いられたような女性の身体を使った自爆テロは「防ぎようがない」(ロシア専門家)。

「国の威信」を懸けて行われる五輪がテロのターゲットになることは自然の成り行きだ。昨年のロンドン五輪で市内ビルの屋上に対空ミサイルが配備されたことは記憶に新しい。
ロシアは確信的にアサド政権をバックアップしており、アルカーイダの標的にされるのは「因果応報」だ。米国の攻撃を回避したシリア情勢は思わぬ形で飛び火しようとしている。【選択 10月号】
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ロシア側が取締りを強化すれば、更にイスラム過激派側が反発を強め・・・ということで、何事もなく無事に・・・とはいかないでしょう。
プーチン大統領とイスラム過激派双方の意地がぶつかり合うソチ五輪、なんらかの出来事が起こるのは、まず間違いないように思えます。
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ベネズエラ  チャベス路線を忠実に実践するマドゥロ大統領

2013-10-06 22:49:15 | ラテンアメリカ

(9月25日 スーパーマーケットに並んだトイレットペーパー 写真で見る限り、一応商品は豊富にあるようにも見えます。(品質、価格、人気などはわかりませんが)
“入荷するたび、店頭に長い列”といったトイレットペーパー不足を報じる報道と現状がどの程度合致しているかは、慎重に見極める必要もありそうです。 “flickr”より By Sean Hawkey http://www.flickr.com/photos/hawkey/10089097316/)

前途は多難
ベネズエラでは、反米左翼でなにかと話題を提供することも多かったチャベス前大統領が死去し、後継者のマドゥロ氏がきわどい数字で弔い合戦を制して(マドゥロ氏の得票率は50・66%、野党カプリレス氏は49・07% 野党側は不正選挙を訴えています)4月に大統領に就任しました。

しかし、“チャベスなきチャベス体制”を背負うことになったマドゥロ大統領の前途は厳しいものがあると、就任当時から指摘されていました。

****ベネズエラ「チャベス後継」厳しい船出****
 ■モノ不足で首都混乱/不正疑惑…続く反発
3月に死去した南米ベネズエラの反米左翼、チャベス大統領の後継者であるマドゥロ大統領が4月に就任して以降、厳しい“船出”を余儀なくされている。

これまで過去50年間なかったとされるトイレットペーパーの買い占め騒動が起きるなど、モノ不足が顕著。
また4月の大統領選で敗北した野党候補からは「不正投票の末の勝利」と今も激しく突き上げられている。
政界のライバルとの対立も起きているとされ、前途は多難だ。

ここ数週間で首都カラカスの小売店からは牛乳や小麦粉、バターといった日常品が次々と消えた。月に1億2500万個消費されるトイレットペーパーも入手困難で、政府は5千万個を緊急輸入すると表明するとともに、「モノ不足は野党の陰謀」と主張している。

 ◆根源には価格統制
これに対して経済専門家らは、貧困層のために価格を低く抑える価格統制が問題の根源にあると指摘する。「たとえばフケ防止の2千円の高額なシャンプーを作っても、(価格統制で)300円でしか売れなかったら、企業側はバカらしくて生産しなくなる」(外交筋)というわけだ。

外貨流出を恐れる政府が、殺虫剤や肥料などの商品を輸入したい貿易業者に対し外貨供給を渋る通貨管理もモノ不足の背景にあり、政府は経済対策の見直しを求められている。(後略)【5月31日 産経】
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モノ不足
経済情勢については、その後も厳しい情報が報じられています。

****パン・ワイン不足深刻、教会儀式にも事欠く国****
ロイター通信によると、政治混乱に伴う物資不足が続くベネズエラで、カトリック教会の儀式に使うワインの使用を制限する動きが出ている。

地元産の専用ワインがブドウの不作で不足し、外貨管理を受けて輸入業者も代替用の外国産ワインを購入できないためだ。儀式に使うパンも足りないという。

同国ではトイレットペーパーなど日用品の不足も深刻だが、マドゥロ大統領は「反対派が物資をため込んで政権を妨害している」と批判するばかりで解決策は見えず、混乱は続きそうだ。【6月3日読売】
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モノ不足の例示として挙げられるトイレットペーパーの供給は、いまだ改善していないようです。
狂乱物価のときのような一時的な超過需要ではなく、供給側に価格統制や外貨規制という構造的要因が指摘されています。
政府は、左翼政権らしく、工場の政府管理で事態をしのごうとしています。

****トイレットペーパー不足のベネズエラ、工場を政府管理下に****
生活必需品不足が深刻化するベネズエラで、アレアサ副大統領は21日、北部アラグア州のトイレットペーパー工場を一時的に政府の管理下に置くと発表した。

生産、流通体制を見直して売り惜しみを防ぐのが目的だという。

同国では今年初めから、米や油、トイレットペーパーなど生活必需品の不足が目立っている。首都カラカス市内ではトイレットペーパーが入荷するたび、店頭に長い列ができる。

業者や野党は品不足の原因として、政府による価格統制や外貨規制を指摘。生産者の多くが採算の取れない状況に陥っていると主張してきた。

これに対して政府は、民間企業による売り惜しみやメディアの扇動が原因との立場を示す。マドゥロ大統領は今月13日、国内の「経済戦争」に勝つためとして、「経済からの国民防衛」と称する政府機関を新設した。【9月22日 CNN】
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新聞用紙も不足 言論統制の批判も
トイレットペーパーだけでなく新聞用の紙も不足して、新聞の発行も難しくなっています。

****ベネズエラの新聞に紙不足の危機迫る****
チャベスは死んでもチャベスの政策は残されたまま

トイレットペーパーや料理用オイルなど生活必需品の品不足が深刻化していたベネズエラで、今度は新聞が存亡の危機に立たされている。

ベネズエラの新聞業界は印刷用紙の供給を輸入に頼っているが、輸入業者が必要な外貨を調達できず、用紙を確保できないのだ。
国内の地方紙の半数以上で、数週間以内に紙の在庫がなくなるという。既に倒産したり紙面を減らした新聞も少なくない。

危機的な状況に至った原因は、半年前に死去したチャベス元大統領が遺した経済政策にある。チャベスは03年、国内資本の流出を防ぐ目的で為替管理制度を導入し、輸入業者が外貨を取得するのを厳しく制限した。

外貨取得に当たって輸入業者はまず、輸入したい商品が国内で生産されていないことを示す証明書を取得しなければならない。だが、当局は証明書をなかなか発行しない。証明書に基づいて外貨を提供する外貨管理委員会(CADIVI)も、官僚主義と汚職に蝕まれている。

チャベス政権によるメディア弾圧に苦しめられたベネズエラの新聞社が、チャベスがいなくなっても、その政策のおかげで立ち行かなくなるとは、なんとも皮肉な話だ。【9月17日号 Newsweek】
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不足している紙は、政府系新聞社以外への供給がしぼられ、すでに3紙が廃刊に追い込まれたとのことで、新聞用の紙の不足を使った言論統制との批判もあります。

暗殺計画と大使追放合戦
国内経済がうまくいっていないときは、国内外に“敵”をつくってこれを攻撃し、責任を転嫁するというのが政権の常套手段です。

****ベネズエラで大統領暗殺計画か、政府が阻止を発表****
ベネズエラ政府は26日、ニコラス・マドゥロ大統領の暗殺計画を阻止し、容疑者2人を逮捕したと発表した。

逮捕された2人は、コロンビア前大統領からの指示でマドゥロ大統領暗殺を計画していたとされる。

会見で暗殺計画の阻止について発表したミゲル・ロドリゲス内相によると、ベネズエラ当局は13日、コロンビアのアルバロ・ウリベ前大統領と共謀し、マドゥロ大統領の暗殺を計画していた10人からなるグループに所属するコロンビア人の容疑者2人を逮捕したという。

だが4月の大統領選でマドゥロ氏に敗れた野党指導者のエンリケ・カプリレス氏は、このたびの政府発表について、「こんな話を信じる者は誰もいない」と一蹴した。

ロドリゲス内相は6月にも、マドゥロ大統領がコロンビアと米国による別の暗殺計画の標的となっていたと発表していた。
ベネズエラ政府はこれまでにも、故ウゴ・チャベス前大統領が暗殺計画の標的となったと度々発表していた。どうやらチャベス氏から後継者として指名されたマドゥロ氏に政権が引き継がれた後も同様の路線をたどっているようだ。【8月27日 AFP】
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確かに親米右派のコロンビア・ウリベ前大統領の時代、ベネズエラ・チャベス大統領とは激しい確執もありましたが、今になって暗殺というのは・・・いささか眉唾の話に思えます。

やはり“敵”の本命はアメリカです。
アメリカ外交官らが、野党勢力に資金援助を行い電力システムと経済を破壊する活動を奨励したとして、在ベネズエラ米臨時代理大使と大使館員2人の追放を命じています

****ベネズエラ大統領、米代理大使の追放を指示****
ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領は9月30日、野党勢力と協力して破壊工作活動を画策したとして、在ベネズエラ米臨時代理大使と大使館員2人の追放を命じた。

マドゥロ大統領は、ケリー・キダーリング米臨時代理大使と米大使館員2人に対し48時間以内に出国するよう通告、外相に3人の追放を命じたと述べた。

米国とベネズエラは2010年以降、大使を交換しておらず、キダーリング臨時代理大使が在カラカス米外交官で最高位となっていた。

マドゥロ大統領は、米外交官らが「ベネズエラの極右」──同大統領は野党勢力をこう呼ぶ──と会い、野党勢力に資金援助を行い「電力システムと経済を破壊する活動を奨励」したと述べている。

ベネズエラでは長年にわたって度重なる停電が発生しており、政府は過去にも、野党勢力が停電や経済的破壊活動を企てたとして非難していた。【10月1日 AFP】
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アメリカは報復措置として、1日、首都ワシントンに駐在するベネズエラ代理大使と外交官2人の国外退去を命じました。

6月には“ケリー米国務長官は5日、米州機構(OSA)の総会が開かれている中米グアテマラのアンティグアでベネズエラのハウア外相と会談し、冷却化していた両国関係を改善することで一致した。双方の関係は反米左翼のチャベス前政権時代、“大使追放合戦”に発展していた。”【6月6日 産経】という関係改善の流れもありましたが、“大使追放合戦”に戻ってしまいました。

忠実なチャベス路線
トイレットペーパー工場の政府管理、新聞用紙供給を制限する言論統制、隣国が関与した暗殺計画の主張、アメリカに操られた経済破壊との批判・・・・マドゥロ大統領はチャベス前大統領のあとを忠実に守っているようです。

ただ、これでは電力不足やインフレ(昨年のインフレ率)、国内総生産(GDP)の約半分に当たる約1500億ドル(約15兆3000億円)に上る公的債務という現状の打開はできません。

もっとも、原油価格が高騰すれば、ベネズエラの財政は一気に潤います。
しかし、そうしたことで危機を切り抜けることが、長期的に見てベネズエラのためにいいことかは義婚です。

また、“虎の子”の原油についても、“国有石油会社(PDVSA)の昨年の生産量は、施設老朽化に伴う爆発事故や運営の非効率性などで、1999年のチャベス政権発足時の約3分の2の250万バレル(日量)まで低下している。シェールガス開発を進める米国がベネズエラ産原油輸入を減らす可能性もある。全輸出額の94%を占める石油の輸出が低下すれば、貧困対策実施に大きな影響が出るのは必至だ。”【4月16日 産経】という状況です。
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オーストラリアを目指すボート・ピープル  取締りを強化する豪、中継地インドネシアと協議

2013-10-05 23:07:22 | 難民・移民

(左上の円内がクリスマス島 その北に位置するのがインドネシア・ジャワ島 位置的にはオーストラリアというよりは、ほとんどインドネシアです。 【ウィキペディア】

難民締め出し政策に転じたオーストラリア
一昨日の10月3日ブログ「イタリア南部に押し寄せる中東・アフリカ難民」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20131003)では、欧州の窓口的な位置にあるイタリアを目指す難民の問題を取り上げましたが、オーストラリアも中東や南アジアから多くの難民が目指す国です。
オーストラリア近海では、先日のイタリア・ランペドゥーサ島沖の事故と同じような密航船事故が多発しています。

オーストラリアでは保守政権時代、難民希望者を直接入国させず、近隣のナウルやパプアニューギニアの収容所に隔離する政策をとっていました。
07年の政権交代後、ラッド・労働党政権は難民審査をオーストラリア領内で行うことにしましたが、これによって難民希望者のオーストラリア国内定住への期待が高まり、世界中の紛争地域などから多数が押し寄せることにもなりました。

もちろん、遠く離れた中東や南アジアから一気にオーストラリアに渡ることはできません。
オーストラリアへの中継地となっているのがインドネシアです。ジャワ島南部から400キロ弱で豪州領クリスマス島へ渡ることができます。
難民たちはまずインドネシアに入り、あっせん業者の手引きで密航船に乗ってオーストラリアを目指します。

オーストラリアでは難民の増加、密航船の事故多発が社会問題化し、ギラード首相を追い落として返り咲いたラッド首相は、難民審査を国外のパプアニューギニアで行うよう変更することになりました。
また、9月総選挙で労働党から政権を奪取した保守党・アボット首相は密航船取締り強化を打ち出しています。

****密航難民」受け入れ拒否=定住先はパプア-粗末な船で次々、今年既に200隻・豪****
オーストラリアのラッド首相は、正規の手続きを踏まずに密航船で豪州に渡ってきた難民認定希望者に対し豪州定住を一切認めず、パプアニューギニアに移送し、難民と認定されれば同地に定住させると発表した。ラッド首相とパプアのオニール首相が19日、合意文書を交わした。
豪政府は増加する密航船対策をめぐり野党から批判を浴びてきた。年内の総選挙を前に、新たな解決策を示した格好だ。

密航者の多くは経由地のインドネシアで、あっせん業者が用意した粗末な船に乗ってくる。航海中に沈没する悲劇が後を絶たない。

豪州は4人に1人が海外生まれの移民国家。市民にとって比較的身近な問題で、同情を寄せる声がある一方、通常なら数年かかる海外での正規の難民認定手続きの「列を飛び越える行為」と批判も強い。
ラッド政権は、最近急増するイランからの密航者の多くは、迫害などで追われた政治難民ではなく、より良い生活を求める「経済移民」と判断している。業者に数十万円を支払って密航船に乗っても「定住先はパプア」と強調し密航抑制を狙う。
パプアも難民条約加盟国であり「移送に法的な問題はない」というのが豪政府の見解。ただ、パプアにとって豪州は最大の開発支援国という背景もある。
豪州への密航船の数は、2007年の総選挙で政権交代を果たしたラッド第1次労働党政権が翌08年、保守連合(自由党、国民党)政権時代の政策を緩和した結果、急増した経緯がある。
12年には278隻を数え、今年も既に200隻を超えた。

野党保守連合は、6月に首相に返り咲いたラッド氏こそが「問題を引き起こした張本人だ」と攻撃している。【7月21日 時事】
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【「全てを捨てて国を離れ、多額の借金もある」「他に選択肢はない」】
オーストラリアが方針を変えても密航船は後を絶ちません。
祖国を出た難民にとっては、オーストラリアを目指すしかないという事情もありますし、オーストラリアの政策がそのうちまた変わるのでは・・・という期待もあるようです。
正規の難民認定手続きを待てない経済的な事情もあります。

****豪州:生きるため密航で 難民締め出し政策でも目指す****
オーストラリアのラッド政権が打ち出した密航者を完全に締め出す政策に、中継地インドネシアで密航の機会をうかがう難民希望者が反発している。

それぞれが母国に戻れない事情を抱えているうえ、経済的にも困窮。オーストラリアの難民政策が再び変わることへの期待感もあって、多くが「他に選択肢はない」と語り、今も危険な航海に希望を託している。(中略)

ラッド首相は先月19日、無許可で漂着した難民希望者を全て隣国パプアニューギニアに移送し、難民認定後も豪州への移住を認めないと発表。豪州移住の可能性をゼロにすることで密航の根絶を目指す強硬策に着手した。すでに密航者約120人が空路でパプアに移されている。

だが、密航にブレーキはかからず、変更後も密航船16隻で1260人が漂着。少なくとも2隻が沈没、76人が死亡した。密航が続く背景には、豪政府の度重なる政策変更と難民希望者の経済的困窮がある。

豪州では政権や首相が交代するたび、難民政策が変わり、強硬策が見直された。難民希望者たちは「また変わる可能性がある」と期待を口にする。その1人であるメヘディさんも先月末、密航業者に4000ドル(約39万円)を支払い、ジャワ島南岸の港に向かったが、悪天候で出港が中止となり、次の機会を待っている。

難民申請の手続きを経る場合、認定には最短で半年、平均約2年かかる。メヘディさんは「(インドネシアでの生活で)家賃や食費で月最低150ドル。認定まで待つ余裕はない」と語った。

アフガニスタン出身のアリさん(22)も先月末、密航船で豪州を目指した。老朽化した小型漁船は女性や子供を含む約100人で満杯。出港から約5時間後、浸水が始まり、まもなく船は沈没した。
警察の船に救助され、収容された宿舎から逃亡し、再度の密航を計画中だ。
「全てを捨てて国を離れ、多額の借金もある。決して希望は捨てない」と語る。【8月9日 毎日】
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あっせん業者が暗躍するインドネシア
“中継地”となるインドネシアも対応に苦慮しています。

****避難民流入、インドネシア悲鳴 豪州への中継地に****
紛争が続く中東やアジアからオーストラリアを目指す避難民たちが、「中継地」のインドネシアに流れ込んでいる。不法滞在を含めると1万人以上いるとみられ、領海内で沈没する難民船も相次ぐ。

シンガポールにほど近いインドネシア西部ビンタン島の主要都市タンジュンピナン。入管当局の許可を受け、3年前にできた「入国管理収容センター」を訪ねた。

3階建ての同センターには男性341人が収容されている(8月15日現在)。出身国はアフガニスタンが140人で一番多く、次いでミャンマー100人、スリランカ60人、パキスタン11人など。イラン、イラク人もおり、多くがイスラム教徒だ。

入り口から鉄柵扉を四つ抜けた1階では、ミャンマーから避難してきたイスラム教徒の少数派ロヒンギャ族の男性たちがひしめき合って暮らしていた。(中略)

ユヌス・ジュナイド所長によると、同センターは国内に13カ所ある収容所のうち最大で、唯一オーストラリアの支援で建てられた。食費や診療所運営費などは国際移住機関(IOM)の協力で国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が負担している。

約50人のセンター職員は法務・人権省管轄の入管職員で、うち警備担当は30人で3交代制。同所長は「たった10人で収容者300~400人を見張るのは限界があるのに、ボートピープルはどんどん入国してくる。なんとかならないかというのが本音だ」と話す。

建物には鉄条網が張られているが、塀はそれほど高くない。脱走事件も頻繁に起きる。7月16日の未明には55人が扉を壊し、塀を飛び越えて逃げた。うち27人が地元警察などに捕まって戻されたが、残りは今も行方不明だ。アフガン人たちが「何年待てば難民認定されるのか」と騒いだ末、抗議のハンガーストライキをしたこともあるという。

「避難民は犯罪者ではないが、自由の身でもないので難しい」と同所長。収容者は国連へ難民申請をしているが、難民認定が出るのに何年もかかる。認定されなければ本国へ任意帰国か強制送還される。「避難民の気持ちも理解できる。精神分析医も常駐しているが、精神的に参ってしまう人が多い」という。

(中略)政府は今年4月、避難民問題の専門部署を政治・治安調整省内に設置した。責任者のジョニ・ウタウル氏によると、「紛争国からインドネシア経由豪州行き」のルートが密入国請負業者間でできている。「海軍などの巡視船がどこにいるか、どの地域の国境警備が手薄かなども業者は把握しているようだ」という。

アフガニスタン人やスリランカ人などの業者はまず、密航船を手配したうえでジャワ島の貧しい漁村へ行く。数人の漁師に1人50万円ほどの報酬を与え、「豪州領海へ人を運べ。もし豪州当局に捕まったら2年間ほど刑務所に入るが、所内労働で多額の報酬ももらえるから問題ない」と指示。難民希望者をバスなどで漁村に運び、夜、ひそかに出航させるという。(後略)【2012年8月19日 朝日】
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【「両国の効果的な協力が必要だ」】
オーストラリア側が密航船取締りを強化し始めた最近は、難民がインドネシアへ追い返されること、オーストラリアの取締りがインドネシア領海・領土にも及んでいることなどで、インドネシアとオーストラリアの間で対立も起きています。

****豪州目指すボート・ピープル 難民船転覆も後を絶たず****
オーストラリアが、インドネシアを経由した海路からの上陸を目指す「ボート・ピープル」への対応に苦慮している。

政情が悪化している中東や南アジアからの難民がほとんどで、老朽化した木造の漁船に多くの人を乗せて外洋に出るため、遭難事故も多発している。

オーストラリア側は海軍を投入した取り締まりなど水際作戦を強化する方針だ。
ただ、出港地となっているインドネシア側からの協力がどれだけ得られるかは不透明で、効果的な解決策は見いだせない状況だ。

9月27日、約100人の難民を乗せた漁船が、インドネシア西ジャワ州から、約340キロ離れたオーストラリアのクリスマス島を目指した。しかし、沖合で4~6メートルの高波にさらわれて転覆。インドネシア当局が行方不明者の捜索を続けたが、AP通信によると救助された難民は35人にとどまった。

これらの難民について地元メディアは、レバノンやパキスタン、イラクからの亡命希望者と伝えたが、詳細は不明だ。

ただ、救助された難民からは「救援申請を送ったのにオーストラリアが助けに来てくれなかった」と批判が噴出し人道問題に発展。
オーストラリア側が、事故海域はインドネシアの管轄内で適切な支援は行ったと反論するなど、ボート・ピープルを巡る対応への関心が一気に高まった。

政治情勢が不安定な中東諸国などからは大勢の難民希望者がオーストラリアを目指しており、“密航ビジネス”の温床になっている。マレーシアなどを経由して空路インドネシア入りし、漁村で老朽化した木造の漁船と操船役を調達するのが典型的なパターンとされる。
満足な食糧や水も積み込まず、海のかなたに平和と富を求めて出港する、まさに決死の航海だ。

ある人権団体は、オーストラリアを目指しながら遭難して死亡した難民の数は、今年1~7月に確認されただけで77人、可能性も含めれば496人に上るとの統計を発表している。

オースラリア議会の資料によると、難民として流入するボート・ピープルの人数は、2008年の161人から09年には2726人に急増し、12年は1万7202人に急拡大した。
イラクやアフガニスタンなどの政治情勢が不安定化し、移民希望者が急増していることに加え、オーストラリア政府が密航する難民に対して寛大な姿勢を見せたことなどが要因とみられる。

オーストラリアは、これまでも多くの移民を受け入れてきたが、近年流入する移民の急増は、雇用や財政へ悪影響を与えかねず、世論の反発も引き起こしている。特に、不法な難民船に乗ってやって来るボート・ピープルに対し、同情だけでは済まされなくなっている。

9月に政権奪還を果たしたアボット首相は、総選挙で「ストップ・ザ・ボート」をスローガンに移民船の取り締まり強化を掲げ、支持を広げた。海軍による周辺海域の取り締まりを強化し、安全が確保されれば船をインドネシアに送還するという政策だ。

インドネシア沿岸では老朽化した漁船を買い上げて難民船化を防ぐ対策を強化し、オーストラリアの警察当局がインドネシアの漁村を舞台に独自の情報収集活動を拡大する方針も示した。

一方、インドネシアのマルティ外相は、オーストラリアの難民船対策が自国の領海や領土にも及んでいることから、「主権を侵害するいかなる政策も受け入れられない」と反発を強めていた。

そうした中、アボット氏は9月30日、初めての外遊先として、インドネシアを訪問。経済関係の強化を確認するはずだったが、直前の27日に起きた遭難事故もあり、ユドヨノ大統領との会談では難民船対策が大きなテーマに浮上した。

会談後の会見でアボット氏は、問題解決への協調姿勢をアピールする一方、インドネシア側の主権尊重にも言及し配慮を見えた。だが、ユドヨノ氏は「(難民船問題では)双方が被害者だ」と主張、「両国の効果的な協力が必要だ」と述べて2国間協議の場を設置する方針を示すなど、温度差を見せた。

アボット氏の頭にあるのは、旧ハワード政権が実績をあげた難民船の取り締まり強化のようだ。保護した難民を周辺国に送り出すことで、2002年に上陸したボート・ピープルの数を前年の5516人から1人に押さえ込んだ。

ただ、これらの対策を実現させるには、周辺国の協力が不可欠。特に経由地として難民船の送り出し国になっているインドネシアもメリットを感じるような対策を取らなければならない。
取り締まり強化だけでは、難民船の“押し付けあい”という悪循環から抜け出せない。

ある人権団体関係者は、「祖国を捨て、命がけで難民の道を選ぶしかない人たちの境遇を改善しなければ、問題の根本解決にはつながらない」と警鐘を鳴らす。【10月5日 産経】
*******************

【「私たちは博愛の義務を忘れ、他者の苦しみに慣れ、無関心が地球規模で広がっている」】
「祖国を捨て、命がけで難民の道を選ぶしかない人たちの境遇を改善しなければ、問題の根本解決にはつながらない」・・・それはそのとおりですが、オーストラリア・インドネシアだけではいかんともし難い問題でもあります。

また、国家を基本とした現在の枠組みからすれば、“厄介者”の難民を水際で追い返すというのも、現実的施策です。

ただ、「ここは俺たちの国だ。お前たちが来るところじゃない。」という論理は、現実的ではあっても、それほど声高に叫べるような崇高な理念ではないようにも思えます。
この難民の問題では、いつも芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を連想してしまいます。

密航船事故が多発しているイタリア・ランペドゥーサ島を7月に訪れ、「私たちは博愛の義務を忘れ、他者の苦しみに慣れ、無関心が地球規模で広がっている」と語ったフランシスコ・ローマ法王は、今回のランペドゥーサ島沖の事故に、「多数の犠牲者に胸が痛む。脳裏に浮かぶ言葉は『恥』だ。惨劇を繰り返さぬよう力を合わせよう」と述べています。

そこらの感覚によって、現実の対応が単なる“押し付けあい”になるか、難民にも配慮された別物になるか違ってくるように思えます。
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ミャンマー  大統領のラカイン州訪問時にロヒンギャを巡る衝突再燃

2013-10-04 22:57:54 | ミャンマー

(ロヒンギャの難民キャンプ “flickr”より By European Commission DG ECHO http://www.flickr.com/photos/69583224@N05/10015629133/in/photolist-gg3HAV-gg3HAe-ghwJhK-fVZzvM-g1eSa9-geAbeM-gezftt-fY1GYF-fY1zb5-gbVJNq-fY1JqN-fY2fxR-fY26EF-gg3nA7-gg3HXr-gg3h8T-gg3niU-gg34sS-gg3gZX-gg3nwj-gg3HM6-gg3nnS-gc48rh-gbVFLo-gc3u4j-fY27xx-fY1KNE-fY1AuC-fY1KnQ-fY1Mp5-fLy9z8-fLQGFU-fLQFKw-fLQGLm-fLQGAC-fLQGDY-fLy8Ht-fLQGc1-fLy9sr-fLy9Fn-fLy98i-fLQGMy-fLQG6u-fLy9bn-fLQFtE-fLQFS1-fLy8JZ-fLQG3u-fLy9FV-fLQG4m-fLy9FD)

民主化で“尊敬すべき国”へ 一方で、イスラム問題も表面化
軍政時代のミャンマーは、必ずしも人権に関して十分とは言い難い国が少なくないASEANの中にあっても、“お荷物”的な存在でした。

2006年には持ち回りで担うASEAN議長国が予定されていましたが、民主化運動指導者アウン・サン・スー・チー氏の自宅軟禁など軍政の人権侵害を批判するアメリカ・EUは、ミャンマーが議長国になった場合はASEANとの拡大外相会議やASEAN地域フォーラム(ARF)をボイコットすると警告。
欧米との摩擦を回避したいASEAN諸国の説得によって、ミャンマーは議長国を辞退するという屈辱を経験しました。

そのミャンマーが2014年、ASEAN議長国を任されます。
テイン・セイン大統領のもとで急速に進展する民主化が国際的に評価された結果でもあります。
しかし、民主化のもたらした自由は、仏教徒とイスラム教徒の対立という問題に火をつける副作用も引き越しています。

****宗教対立、土地争い…民主化も課題多いミャンマー ****
ミャンマーのテイン・セイン大統領は来週、ブルネイ国王から(議事を取り仕切るための)小づちを手渡される。これはミャンマーが2014年の東南アジア諸国連合(ASEAN)議長国になることを表すだけでなく、尊敬すべき国に返り咲いた証しとなる。

ミャンマー軍事政権が民主化にカジを切って以来、驚くべき変遷を遂げたことに世界はようやくなじんできた。
11年に本格化したこのプロセスはなお進展しつつあり、エジプトのように以前の状態に後戻りしないことに驚かない人も出てきた。

とはいえ、民主化の初期段階にある同国はあらゆる点で満足の行く状態からほど遠い。
ミャンマーが抱える問題を挙げ始めたらきりがない。貧困や健康被害、水道水や電気などの不備による不快さなど多くの問題は昔から存在し、長年の独裁政権による失政の副産物として残っている。

一方、軍の独裁主義が解消されたことで、新たに表面化した問題も多い。

■仏教徒とイスラム教徒の確執鮮明
最も顕著なのが、主に人口の9割を占める多数派の仏教徒と、約4%と少数派のイスラム教徒との宗教対立だ。

「古き良き」独裁政権時代には、僧侶といえばサフラン色の僧衣をまとい、至る所で弾圧的な政府に立ち向かう姿があったが、今や彼らは理解しがたい行動を取るようになった。過激思想を持つ僧侶がその正体を現し始めたためだ。

確かに、仏教徒とイスラム教徒との対立は長年くすぶり続けてきた。表現の自由を得て国の抑制が効かなくなった今、両者の確執はより鮮明になっている。

ミャンマーでの暴動は少数民族ロヒンギャが住むラカイン州に集中しているが、対立はイスラム教徒のコミュニティがある他の地域にも広がっている。ミャンマー中部のメイッティーラでは3月にイスラム教徒約50人が殺害された。(後略)【10月3日 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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民主化によって“表現の自由を得て国の抑制が効かなくなった”ことで表面化・過激化している、少数派イスラム教徒と圧倒的多数派仏教徒の衝突はこれまでも何度もこのブログでも取り上げてきました。

特に激しい衝突が起きているのが、西部ラカイン州のイスラム系のロヒンギャをめぐる問題ですが、ロヒンギャにはミャンマー国籍が付与されておらず、バングラデシュからの不法移民・ベンガル人という扱いを受けていること、そうした事情もあって、仏教徒側の憎悪も単に宗教的な差異によるものだけではないことなど、他の地域のイスラム教徒問題と異なる側面があります。

なお、ロヒンギャはバングラデシュでも難民や不法移民と扱われており、また、タイ、インドネシアなどの周辺国も受け入れを拒んでおり、「国を持たない民」といして行き場を失った状態にあります。

大統領訪問時にも衝突再燃
2日、問題の鎮静化を図るべくテイン・セイン大統領は初めてラカイン州を訪問しましたが、ちょうどその大統領訪問直前にラカイン州で再び衝突が発生しました。

****ミャンマー西部ラカイン州で宗教騒乱、当局は治安対策強化****
ミャンマー当局は2日、西部ラカイン州タンドウェー地区の治安対策を強化した。タンドウェーでは宗教間対立を背景とする暴動が4日間続き、イスラム教徒5人が殺害された。

騒動は、テイン・セイン大統領によるラカイン州訪問時に起こった。
ラカイン州では1年以上前から仏教徒とイスラム教徒間の緊張が高まっており、大統領の訪問はそれ以降初めて。

大統領報道官によると、大統領は当初タンドウェー訪問を取り止める計画だったが、3日間にわたるタンドウェーを含む町や難民キャンプの訪問を続行している。

多数派の仏教徒と少数派のイスラム教徒との対立により、過去1年間で150人以上が死亡したほか、15万人ほどが難民となった。被害者で圧倒的に多いのは、イスラム教の少数民族ロヒンギャ族だ。
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タンドウェー警察幹部のSoe Lwin氏によると、2日には治安維持と加害者の逮捕を目指し、軍人や追加の警察官など80人以上の警備担当者をタンドウェーに配置したほか、既に実施していた警察官の増員や外出禁止令といった対応を一層強化した。

タンドウェーは人気のビーチリゾート、ガパリからほど近い沿岸の町で、ミャンマー最大都市ヤンゴンから西に約270キロ離れた位置にある。

当局によると、騒動のきっかけは仏教徒のタクシー運転手が9月28日、イスラム教徒の経営する店の前に車を止めようとしたところ、店の経営者から罵倒されたと警察に訴えたことだった。
警察は職務質問のため店の経営者を連行したが、釈放した。その後、怒った暴徒らがその経営者の自宅を襲撃した。

翌日29日にはいくつかの家屋が放火され、午後6時から午前6時までの夜間外出禁止令が施行された。
当局によると、1日にはナイフや棒で武装した暴徒の数が徐々に膨れ上がり、タンドウェー周辺の村が襲われ始め、94歳のイスラム教徒女性が刺殺された。ほかにもイスラム教徒の男性4人が殺害されたという。

ラカイン州政府の広報担当官は「1000人以上の住民がイスラム教徒の家々を取り囲み、破壊した」と述べた。推定で50軒以上の家とモスク1カ所が放火された。群衆は警察の威嚇射撃を受けて退散した。

ある村の村長によると、村では31の家屋が放火された。イスラム教徒たちは周辺の畑に身を隠したり、仏教の僧院に避難したりしたという。

ミャンマーの人口6000万人のうちイスラム教徒の占める比率は4%程度。仏教徒との抗争は同国の安定にとっていう観点で、3年前に軍事独裁政権が幕を閉じて以降、最大の課題となっている。大統領の訪問は今回の騒動が起こる以前に計画されていた。

ラカイン州のイスラム教徒の多くはロヒンギャ族で、ラカイン州の人口の約4分の1を占める。ロヒンギャ族は多くが何世代にもわたってミャンマーで生活しているにもかかわらず、政府はロヒンギャ族を隣国バングラデシュからの不法移民だとみなす法律を変える計画を示していない。

タンドウェーにはイスラム教徒が約15万人いるが、ロヒンギャ族と違い、その多くはミャンマー市民だとみなされている。ロヒンギャ族はラカイン州北部に集まっている。

英国に本拠を置くリスクコンサルティング会社メープルクロフトのアジア担当責任者Arvind Ramakrishnan氏によると、ロヒンギャ族に対する偏見は「独特で、ミャンマーの他の地域にあるような反イスラム意識とはいくらか異なる」ため、状況をさらに緊迫させているという。
同氏は「政府はロヒンギャ族を、ミャンマーをルーツとしないベンガル人として扱う戦略を堅持している」と指摘、「このため彼らに対する差別が続くだろう」と述べている。 

テイン・セイン大統領は1日、ラカイン州の州都シットウェに到着した。
翌2日午後にはタンドウェーに入り、緊張の続くこの地域でイスラム教、仏教双方の指導者と会った。大統領報道官によれば、同大統領は住民らに対し、「州の多様性を受け入れる」よう要請、「2つの共同体間の協力が必要だ」と訴えた。
大統領は、宗教抗争で家を追われたイスラム系のロヒンギャ族を中心とする難民キャンプも訪問する予定だ。【10月3日 ウォール・ストリート・ジャーナル】
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今回騒動の発端については、“地元ジャーナリストによると、オート三輪タクシーには、イスラム教徒の商店で不買を奨励する「969運動」のステッカーが張られていたため、店主が激怒したという。
この運動は急進派の仏僧たちが「イスラム排斥」を念頭に進めており、国民の9割を占めるミャンマー仏教徒の反イスラム感情に拍車をかけている。”【10月3日 毎日】とも報じられています。

道筋が見えない国籍付与問題
テイン・セイン大統領は「宗教対立は民主化プロセスを後退させる」と再三、危機感を訴えていますが、その対応は明瞭ではないところもあります。

****135の中に入らない民族****
ロヒンギャ民族の人口は100万~150万とされる。10世紀(7~8世紀ごろとの説もある)から、ベンガル湾を航行する交易船が漂着するなどして、現在のラカイン州の地に居ついたアラブ系やペルシャ系商人らの末裔だという。ラカイン州では仏教徒であるラカイン民族が多数派である。ラカイン民族はビルマ政府が認める少数民族である。

しかしロヒンギャ民族は政府が公認している135のビルマ固有の原住民族の中に入っていない。
ビルマ国軍によってリストから省かれたのである。
独立直後の議会制民主主義の時代(1948~62)には、ロヒンギャ民族の国会議員や政府高官はいた。当時のラジオ国営放送少数民族語の時間にはロヒンギャ語のニュースも流れていた。

1962年、クーデターによって政権を奪取した軍部は、ロヒンギャ民族をすべて隣国バングラデシュから不法に入国した不法滞在者と決めつけた。1982年に改定された国籍(市民権)法ではロヒンギャは国民、準国民、帰化国民の範疇に入らず、外国人扱いを受けるようになった。国民としての権利は認められず、基本的人権を奪われた。さらに政府は「人口・戸籍調査」と称するロヒンギャ追い出し作戦を何度も実施した。1991~92年には25~30万人ものロヒンギャが、ナフ川国境を渡ってバングラデシュへ逃げた。

1993年になって国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)とミャンマー、バングラデシュ両国政府が合意、UNHCRによる難民の帰還・再定住促進事業が始まった。三年間でおよそ20万のロヒンギャが帰還したという。
しかし、ロヒンギャ民族の世界各地への脱出は現在もつづいている。バングラデシュだけでもUNHCRが認める難民2万8000人のほか、20万を越えるロヒンギャ難民が食糧も医療も十分ではない状態で住んでいるとされる。

テインセイン大統領はラカイン州での暴動が悪化していた2011年7月11日にグテーレス国連難民高等弁務官と会談した。
テインセイン大統領は「ビルマの国籍法によればロヒンギャはビルマ固有の民族ではない」として、ロヒンギャ問題を解決するには「ロヒンギャ民族を第三国か、UNHCRが管理するキャンプに送り込むことである。UNHCRが外国のどこかにキャンプを設置してくれればそこへロヒンギャを移す」と述べた。

このテインセイン大統領の見解は多くのビルマ国民に支持されている。
最大の野党である国民民主連盟(NLD)や民主化をめざしてこれまで軍事政権と闘ってきた組織ですら、ロヒンギャはビルマに居るべきではない民族であるとして排斥する。
アウン・サン・スー・チーも、ロヒンギャ問題については口をつぐんでいる。ロヒンギャの側に立つ発言をすれば、多数派であるビルマ人仏教徒からの支持を失うことを彼女は恐れているといわれる。

軍事政権下でロヒンギャは故郷を追われ、「国亡き民」として世界各地へ散らばった。(後略)
【田辺 寿夫氏 ASIA PEACEBUILDING INITIATIVE ANNEX】(http://apbi.univer.se.com/notes/3)
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「ビルマの国籍法によればロヒンギャはビルマ固有の民族ではない」としていたテイン・セイン大統領ですが、2012年11月のアメリカ・オバマ大統領のミャンマー訪問の直前に、潘基文(パンギムン)国連事務総長に書簡を送付し、「避難民の再定住から国籍付与に至るまで、異論のある様々な政治問題に取り組む」と約束、初めてロヒンギャへの国籍付与に踏み込んでいます。

“ミャンマー西部ラカイン州で少数派のイスラム教徒ロヒンギャ族と仏教徒との衝突が深刻化している問題に対し、テインセイン大統領が解決への姿勢を示し始めた。19日のオバマ米大統領の訪問を前に、国際社会の批判が強まる人権問題に柔軟姿勢を見せた形だ”【2012年11月19日 朝日】とも報じられましたが、ロヒンギャへの国籍付与問題のその後の進展は目にしていません。
国連事務総長への書簡も、国籍付与を約束したものではありません。

今回のラカイン州訪問でロヒンギャの難民ミャンプも訪問するテイン・セイン大統領ですから、「宗教対立は民主化プロセスを後退させる」との発言のように、解決・沈静化への意欲・問題意識はあるのでしょうが、先鋭化する一部仏教徒世論もあって未だ道筋が見えていません。
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イタリア南部に押し寄せる中東・アフリカ難民

2013-10-03 23:30:56 | 難民・移民

(2011年5月 ランペドゥーサ島沿岸で保護されるチュニジアからの難民 “flickr”より By News Agency http://www.flickr.com/photos/44858852@N04/6152406687/in/photolist-anEGan-anHz2d-dfKRaE-a9DTQR-fwqwgS-fwbhMP-fwquiW-fwbeZ4-fwbgpx-fwbgUz-fwqvYh-fwqvf1-fwquNh-fwbeq2-fwqwJU-fwbfn2-fwbhVD-fwbfcP-fwqvGU-fwbfVM-fwbgak-fwbgHt-fwqwNU-fwqurY-fwqvBG-fwbeD8-fwqu6E-fwqwSw-fwbgKV-fwqx8L-fwbhHc-fwqxrN-fwbh4t-fwbfQe-fwqtCL-fwqtTu-fwqx4b-fwqv5N-fwbhZP-fwqwuq-fwqw8C-fwquRh-fwbhCV-fwqwYj-fwquZb-fwqu2C-fwbgzv-fwqtNG-fwbf8Z-9kfgp6-fwqvko)


隣国トルコ、ヨルダン、レバノン、イラクなどへのシリア難民、および受入国の窮状については、9月25日ブログ「シリアの未来が決まるのは戦場だけではない 困窮する国内外の難民」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130925)でも取り上げました。

また、シリアから遠く離れたスウェーデンの決断についても、9月4日ブログ「スウェーデン シリア難民、希望者全員受け入れを表明」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130904)で取り上げました。

なお、スウェーデンについては後日談があります。

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スウェーデンがシリア難民の不興を買っている。九月初旬に、スウェーデン政府はシリア人亡命希望者の全員受け入れ」を宣言したことで、トルコやヨルダン、レバノンなどシリア周辺国のスウェーデン大使館に移民希望者が駆けつけた。

これに驚いたスウェーデン政府は、わずか十日後には、「スウェーデン国内での申請に限る」と方針転換し、期待させただけにシリア釈民の失望は大きい。【選択 10月号】
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国内にも移民問題を抱えながら、受入を決断したスウェーデン政府ですが、見通しがいささか甘かったようです。
スウェーデンまでどうやって行くのか・・・という話になりますが、シリアや北アフリカから欧州へ渡る現実的方策としては先ずイタリアを目指すルートがあります。

****海路南イタリアに逃れるシリア難民増加****
この数週間、不法なボートで危険を冒し、イタリア南部に逃れるシリア難民の数が急増しています。
「この40日間で、シリア難民約3300人が主にシチリア島に到着しています。このうち、230人以上が家族と一緒ではない子ども達です。また約670人は先週到着しています」とジュネーヴでのUNHCR記者会見でエイドリアン・エドワーズ報道官は述べました。

ある船には30人以上も乗っていたと話しています。その多くはエジプトからで、中にはトルコから来た人もいました。「大半は子どものいる家族で、脱水症状のため治療が必要な人もおり、乗ってきた船からそのままヘリコプターで搬送されたケースもありました。」(中略)

UNHCRは2013年初めから4600人以上のシリア人が海を渡ってイタリアに到着していると推定しています。そのうちの約3分の2が8月に集中しています。

エドワード報道官によれば、UNHCRが接触したシリア難民のほとんどがダマスカスからで、そのなかにはシリアで生まれたパレスチナ難民も多くいます。到着すると、レセプションセンターに移送されています。この数か月で多くのシリア難民はEUと国境を接する国からヨーロッパのほかの地域へ移動しています。

UNHCRが発表した最新の情報によると、2013年に入り、約2万1900人がイタリア南部に到着しました。7981人だった2012年と比較すると大幅に増加しています。
その出身国はエリトリア5778人(2012年には594人)、ソマリア2571人(2012年は1280人)、そしてシリア3970人(2012年は369人)です。【9月24日 国連UNHCR協会】
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上記記事にあるようにイタリア南部にはシリアだけでなく、ソマリア難民も多く来ていますが、命がけの危険な旅でもあります。

****ソマリア難民:イタリア沖で難破、82人死亡250人不明****
地中海に浮かぶイタリア最南端ランペドゥーサ島の沖で3日、約500人のソマリア難民らの乗った船が難破し、女性や子どもを含む少なくとも82人が死亡、約250人が行方不明になった。イタリア・メディアが伝えた。

ANSA通信によると、約150人が救出されたが、海中に落ちた難民の捜索作業が続いており、死者数は増えそうだ。衛星テレビ・スカイによると、船は燃料に引火し、火災が発生したという。

ランペドゥーサ島はアフリカから地中海を渡って欧州を目指す移民や難民の「玄関口」となっている。7月にはフランシスコ・ローマ法王が島を訪れ、地中海を渡る途中で死亡した移民・難民のために祈りをささげた。【10月3日 毎日】
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“スタンパ紙(電子版)によると、同国沿岸警備当局に位置を知らせるために難民が船上で燃やした毛布の火が広がり、沈没した”【10月3日 時事】とのことです。

このようにイタリア南部はアフリカ・中東からの難民の“窓口”にもなっていますが、当然ながらイタリアとしては困った問題です。

2011年には“アラブの春”で混乱した北アフリカから多くの難民がイタリア最南端ランペドゥーサ島に押し寄せました。
そのなかでも多数を占めたチュニジアからの難民は、チュニジアがかつてフランスの保護領だった経緯から、フランス語ができ、フランス国内に知人・親戚が多いという事情で、フランスが最終目的地でした。

イタリアは、“ランペドゥーサ島が移民であふれかえったとき、同国政府は4月5日前に上陸した亡命申請者すべてに一時滞在許可を発行した。そのほぼすべてに当たる約2万5000人が欧州内で消え、大半が言葉のわかるフランスを目指した。”【2011年 5月 6日 WSJ】という形で、体のいい“厄介払い”を行いました。

これにフランスが反発、イタリアとの国境管理を強化、難民を乗せた列車の入境を拒む事態となりました。
このフランスの措置は協定参加国間の人の移動の自由を認めたシェンゲン協定に反するとして、イタリア・フランス間で対立が高まりました。

結局、これを機に難民の大量流入などに対応した緊急措置導入を可能にするシェンゲン協定見直しが行われることにもなりました。
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アメリカ  「決められない政治」を招いている共和党保守派の強硬姿勢

2013-10-02 22:25:36 | アメリカ

(“flickr”より By iamdogsmom http://www.flickr.com/photos/86211532@N00/10042123764/in/photolist-giovwU-gioT5W-gh7JMa-gi9Dyx-gibpXS-giTEiK-ghvtHM-gcot8w)

17年ぶりのシャットダウン
アメリカでは、民主・共和両党の対立、上下院のねじれ状態を背景に「決められない政治」が恒常化し、それによって毎度のように予算案や債務上限引き上げを巡る財政問題が表面化します。

アメリカ国民も、世界も、「またか・・・」といささかうんざりした感もあります。
こうした問題は事前に期限がわかっている案件ですので、期限ぎりぎりになって大騒動するというのも、子供の宿題のようで困ったものです。

そうしたなかで、10月1日から、新会計年度予算の不成立に伴う一部の米連邦政府機関の閉鎖(シャットダウン)に突入したことは周知のところです。

****米国:政府機関の職員80万人一時帰休へ…401カ所閉鎖*****
米政府は1日、10月からの新会計年度予算の不成立に伴い、一部の米連邦政府機関の閉鎖を始めた。閉鎖は1996年以来17年ぶりで、80万人を超える政府職員が同日中に一時帰休(レイオフ)を命じられる見込み。与野党間に予算成立に向けた歩み寄りは依然みられず、いつ閉鎖が解除されるかは不透明な状況だ。

1日朝(日本時間同日夜)から閉鎖されたのは、全米の401カ所の国立公園や博物館などで、ニューヨークの「自由の女神」など著名な観光施設も含まれる。退役軍人向けの相談業務や税の監査、米国立衛生研究所(NIH)の新規患者受け入れなども休止した。

米行政管理予算局(OMB)によると、各政府機関は1日の午前中に一部職員が登庁し、4時間以内に書類整理や備品の返還、業務停止の通知作業などを行う。一方、国境警備や海外の軍事活動、空港での航空管制業務や社会保障給付は通常通り継続している。

国防総省は文民職員の約半数に当たる約40万人を一時帰休とするほか、米航空宇宙局(NASA)や米環境保護局(EPA)は職員の9割以上が対象となる。

野党共和党が多数を占める下院は、オバマ大統領が推進する医療保険改革法の延期や見直しを予算成立の条件としており、民主党は無条件での予算案可決を求め、対立している。上下院で予算案が成立しない限り、政府機関の閉鎖は継続する。

95〜96年に政府機関が閉鎖された際は、2回にわたり閉鎖期間は計26日間に及んだ。【10月2日 毎日】
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自由の女神やスミソニアン博物館が閉鎖されたところで大した問題ではない・・・とも言えますが、約200万人の連邦公務員のうち約80万人が一時帰休を余儀なくされ、そうした状態が長期に続くことになれば、当事者の暮らしへの影響はもちろん、国民生活全般への影響、経済全体への悪影響はやはり無視できないものがあります。

懸念される債務不履行(デフォルト)】
大方が指摘しているように、こうした与野党対立が続けば、10月17日がタイムリミットとされる債務上限引き上げも非常に難しくなります。
債務上限引き上げが認められないと、政府は総歳出の15-20%の削減を余儀なくされる(ムーディーズ試算)とも言われており、その影響はシャットダウンより甚大です。

もしアメリカ国債の利払いもできない・・・という事態、いわゆる債務不履行(デフォルト)ということになれば、世界経済の基軸となっているアメリカへの信頼が大きく揺らぎ、日本を含めた世界規模の混乱も懸念されます。

アメリカのデフォルトで国家の信用が揺らぐということになれば、巨額の債務を抱える日本は大丈夫か?という話にもなります。
経済は期待・予測の産物です。多くの者が不安を抱いてリスク回避に走れば、その不安は現実化します。
日本の巨額債務への不安に火が付くと・・・恐ろしいことです。

もちろん、仮に債務上限引き上げに失敗しても、アメリカも国際的影響が大きい米国債利払い停止は何とか避ける方向でやり繰りするのでしょう。
ただ、市場に不安が広がるだけで、大きな混乱が生じる可能性があります。

相いれない理念 民主主義を機能させるためのルール
諸々の問題の根幹にあるアメリカ政治の機能不全については各紙が指摘しているところです。
日本みたいな国民皆保険制度を当然のこととして受け入れて国からすると、オバマケアに執拗に反対し、予算も人質にとるような共和党強硬派の姿勢は理不尽なものにも思えてしまいます。

そもそも、共和党強硬派・ティーパーティーなどの主張の背後にある“連邦政府は必要悪”といった思想と、オバマケアなどの社会保障拡充を目指す考え方では基本的に相いれないものがあります。

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ずいぶん以前、ワシントンで議会などの見学ツアーに参加した。案内役が最初に「米国では連邦政府は必要悪と考えられている」と言ったので驚いた。お上意識の残る日本とは違うな、と

▼当時は米国史の知識がなく、英国からの独立に貢献したトマス・ペインの有名な言葉も知らなかった。〈政府はたとえ最上の状態においてもやむをえない悪にすぎない〉(『コモン・センス』)。自由の国アメリカの中央権力は最小限であるべし。今も少なからぬ国民の思想なのだろう

▼例えば銃を持つ権利に強くこだわる人々はその嫡流(ちゃくりゅう)だろう。政府がわがまま勝手をするなら武装市民がいつでも立ち上がるという論理にもなる。お金の使い方にも厳しい。自分のことはあくまで自分でと考えるから、社会保障の拡大に抵抗する

▼そんな「小さな政府」論に立つ共和党と、オバマ民主党政権との折り合いがつかなかった。医療保険改革法をめぐる対立が新年度予算案の成立を阻み、一部の役所の閉鎖が始まった。17年ぶりの事態だ

▼下院では共和党が多数を握る。「ねじれ議会」を舞台にした泥沼の政争である。ほめられたものではない。ただ、背後には理念の闘いがある。政府の役割はどこまでなのか。根っこのところでの論争だ

▼翻って日本ではどうか。安倍政権は消費増税を決め、法人減税などの経済対策も示した。思惑通りの取り運びだったのかもしれないが、根っこの議論を突き詰めただろうか。企業か、人か。コンクリートか、人か。【10月2日 朝日「天声人語」】
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しかし、「理念の闘い」「根っこのところでの論争」を議会で延々と繰り返すのでは、今回のように現実政治は麻痺します。

日本であれば、議論が行き詰れば“解散・総選挙”で民意を問うことも可能ですが、アメリカ議会は解散がありませんので、そうした方策もとれません。

従って、政治・議会が機能不全に陥らないためには、なんらかのルール・指針が必要です。
よりどころとすべき点は、アメリカは良くも悪くも大統領の判断が最重視される国だということです。

オバマ政権は1期目で医療保険制度改革を実施し、その成果を国民に問う形で再選を果たしました。
再選されたことで、オバマケアについては、少なくと2期目任期中は大統領の意向に沿った形で進めることで国民の審判が下ったと認識すべきでしょう。

オバマケアに反対する議員も議論を尽くすのは結構ですが、最終的にはそうした国民の審判を受け入れて議論の矛を収めるのが“民主主義”を守るルール・指針ではないでしょうか。

野党はもちろん不満でしょうが、その不満は次期大統領選挙で再度国民に問うべきもので、議会を麻痺させるべきものではありません。
現実政治の話をすれば、ティーパーティーのような保守強硬派に引きずられている限り、共和党が国民的勝利を得ることは難しいように思えます。

****共和党政治の衰退と凋落 FT社説****
アメリカという共和国の根幹をなす民主主義の理想を大事にする人なら、連邦議会で起きている事態に当惑し落胆することだろう。まずは、結果があまりに常軌を逸している。
世界唯一の超大国が、特に金がかかりすぎるわけでもない行政サービスを停止させ、まったく無意味な形で自分たちの力を損なったのだ。

それにも増して理解しがたいのは、この結果につながった議論の流れだ。
議論の対象は少なくとも表向きは予算だったはずだが、その予算の詳細はほとんど俎上に載らなかった。
その代わりに激しい争点となったのは、共和党内のティーパーティー勢の主張だった。医療保険改革の実施を延期しない限りはいかなる予算案も、それが暫定予算だろうと、絶対に議会を通させない――それがティーパーティーの強硬な主張だった。この要求が通るはずもなかった。医療保険を改革する「患者保護および支払い可能な医療費法(Patient Protection and Affordable Care Act)」はバラク・オバマ大統領にとってこれぞというが一大成果だ。
それを諦めるなど、できる相談ではなかった。

しかしティーパーティーは、自分たちの主張が空虚であればあるほど盛り上がった。虚しさの極みは、共和党のテッド・クルーズ上院議員による21時間にわたる演説だった。
議事進行妨害のためのいわゆる「フィリバスター」だと銘打たれてはいたが、議会の規則上は議事を妨げる効果さえなかった。それでも議員は21時間の長広舌の中で、子供の絵本の中身を延々と読み上げた。たとえば、アメリカの古典的な児童書「Dr.Seuss」シリーズの「Green Eggs and Ham」などを。
ティーパーティーの主張は非論理的で、要求の内容まで非論理的だ。
オバマ氏の医療改革法は、主義主張を楯に反対して良い代物ではない。良心があるならば。連邦政府はすでにメディケイド(低所得者向け医療保険)とメディケア(高齢者向け医療保険)という形で何百万人に公的医療保険を提供しているし、共和党はこれを廃止しようとはしていない。

オバマ氏の医療保険改革は、政府をいきなり医療提供者にしてしまうのではなく、民間医療の幅広い参加を資金援助するものだ。同じような仕組みをマサチューセッツ州に導入したのは、後に共和党の大統領候補となったミット・ロムニー氏だった。敵対的なティーパーティーは、自分たちこそがアメリカを大事にしているし、自分たちこそがアメリカの価値観を代弁していると主張する。
しかし、そう主張しながら実はティーパーティーは大事なアメリカの価値を裏切っている。これこそティーパーティーのもっとも恥ずべき点だ。

医療保険改革はアメリカの国の法律だ。先頭に立って改革法案を推進した大統領は、法案成立後に改めて再選された。共和党はこれまで40回以上にわたって法律を撤廃させようとしてきたが、そのために憲法に定められている議会手続きは、野党・共和党の思うままにはならない。

民主主義においては、「政府の三権の1つにおける1つの院で、1つの党の1つの派閥」に過ぎないものが、有権者が投票所で示した民意に反して法律を変更するなど許されない。オバマ氏がそう主張するのは正しい。ティーパーティーの無分別な行動による政府閉鎖だが、それが短期的なもので済むなら、さほどの悪影響はもたらさないだろう。
しかしよりひどい事態が待ち受けている。財務省による16兆7000億ドル以上の借り入れは法律で禁止されているのだが、わずか2週間余りでその上限に達してしまうだろうと予想されている。政府の課税・支出計画は、すでに議会通過した法律によって決まっている。政府がこれらの法律を遵守するには、更なる借金が必要だ。
議会が大統領に要求してきたことを実行するため、大統領が改めて議会の許可を得なくてはならないなど、ばかげている。債務の天井はそっくり廃止するべきだ。

けれども債務上限を引き上げるというそれだけのことの見返りに、共和党は原油パイプライン敷設を要求し、石炭灰排出規制の撤廃を要求し、医療保険改革の延期を要求し、その他ティーパーティーがこだわる諸々を受け入れろと要求しているのだ。オバマ氏は揺らいではならない。しかしもしティーパーティーが譲らないなら、リスクは巨大だ。
合意が得られなかった場合、連邦政府が打撃を受けるだけでなく、債務についてテクニカルデフォルトが起きる恐れがある。

もしそうなれば世界の金融システムに動揺が生じる。連邦議会での瀬戸際政策で国際市場が混乱するようなことになれば、アメリカの意を汲んで形成されてきた国際金融秩序がひどい大打撃を受ける。
自分たちの国の信頼性に対する共和党の無頓着ぶりは、実に問題だ。このまま続けられては困る。【10月2日 フィナンシャル・タイムズ】
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共和党内にも与党案賛同の動き
政治的混乱もあってオバマ大統領の支持率も低下していますが、現在の混乱を招いている直接的責任は共和党の強硬姿勢にあるという国民世論が強いようです。

“米CNNテレビによると、世論調査回答者の69%は政府機関閉鎖について共和党の態度を批判しており、「われわれに責任があるかないかは別として、われわれは責任を問われようとしている」(共和党のキング下院議員)と、来年の中間選挙への影響を懸念する声も上がっている。”【10月2日 産経】

さすがに共和党内部にも、こうした国民の声を意識したのか、強硬姿勢に疑問を呈する向きも出ているようです。

****米野党、個別予算の成立模索=与党案に賛同の動きも―政府機関再開めど立たず****
米政府機関の一部が閉鎖された1日、野党共和党は退役軍人や国立公園関連などに限定して支出を認める個別の予算案を下院に提出した。

しかし、必要な票数に達せず、可決には至らなかった。米メディアによると、2日以降も同様の予算案の採決を目指すという。

これに対し、上院の与党民主党は2014会計年度(13年10月~14年9月)暫定予算案を無条件で可決するよう主張。オバマ大統領も個別の案は拒否する方針で、政府機関再開のめどは立っていない。

また報道によると、下院共和党内に大統領や与党案に賛同する動きも出ている。ロイター通信は、こうした議員は100人以上に上り、上院案の受け入れに十分な人数に達したと伝えており、今後の動向が注目される。【10月2日 時事】 
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“下院共和党内に大統領や与党案に賛同する動き”という上記報道のとおりなら、大きな転換も期待できます。

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