孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ミャンマー  総選挙圧勝を目指すスー・チー氏 選挙戦に垣間見える「真の変革」への疑問も

2015-09-09 23:09:56 | ミャンマー

(スー・チー氏の人気は未だ圧倒的なものがあるようです。 選挙戦では無名の候補者ではなく「スーチーの党」を前面に押し出す戦術です。【9月9日 WSJ】)

【「数十年ぶりに国民が真の変革をもたらすチャンスを得る。逃すわけにはいかないチャンスだ」】
ミャンマーでは11月8日の総選挙を目指した選挙戦がスタートしています。

現行憲法のもとで大統領選出馬を阻まれているアウン・サン・スー・チー党首率いる最大野党・国民民主連盟(NLD)が優勢と言われるなかで、どこまで議席を伸ばせるか、軍人枠の制約を乗り越えて単独過半数を制して政権を獲得できるかが注目されています。

****ミャンマーで選挙戦スタート=11月投票、スー・チー氏野党が優位****
11月8日に総選挙が実施されるミャンマーで8日、選挙戦が正式にスタートした。選挙運動期間は11月6日までの60日間。テイン・セイン大統領の与党・連邦団結発展党(USDP)とアウン・サン・スー・チー党首率いる野党・国民民主連盟(NLD)の二大政党を軸に争われるが、NLDが上下両院の過半数を制し、政権を奪取できるかが最大のポイントとなる。

上下両院選は、計664議席のうち25%を占める軍人議席を除いた498議席を争う。ミャンマーの大統領は両院を合わせた全議員の投票で決まるため、NLDが政権を取るには、両院の民選議席の約3分の2に当たる333議席を獲得する必要がある。

ミャンマーは小選挙区制を採用しているため、「その時の風の向き方で地滑り的勝利が起きやすい」(外交筋)とされる。1990年以来の総選挙参加となるNLDは、同年の選挙で約8割の議席を獲得。今回も選挙戦を優位に進めるのは確実とみられている。

スー・チー党首は8日、NLDのフェイスブックに掲載されたビデオメッセージで、今回の総選挙について「国にとって決定的な転換点となる」と強調。「数十年ぶりに国民が真の変革をもたらすチャンスを得る。逃すわけにはいかないチャンスだ」と訴えた。

一方、軍事政権の流れをくむUSDPは、2011年の民政移管以降、テイン・セイン大統領が推進した広範な政治・経済改革の実績をアピールして政権維持を目指す。

しかし、厳しい戦いが予想されており、選挙戦前には、大統領と対立していたシュエ・マン党首が電撃的に解任される内紛も露呈した。【9月8日 時事】 
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NLDは2010年の前回総選挙はボイコットしましたが(総選挙が11月7日、スー・チー氏の軟禁解除は選挙終了後の11月13日)、その後の圧勝した補欠選挙結果などをみれば、NLDが“地滑り的勝利”によって“両院の民選議席の約3分の2”を獲得することも十分可能にも思えます。

新議会は来年1月に招集され、両院の全議員が来年2月にも、両院の当選議員と軍人枠議員がそれぞれ指名した3候補から、投票で新大統領を決めるスケジュールとなっています。

スー・チー氏には大統領選出馬は認められませんが、NLD獲得犠牲数によってはNLDが推す候補者が次期大統領に就任することも可能になります。

一方、テイン・セイン大統領が党首を務める与党・USDPは、近年の目覚ましい経済成長の実績をアピールしており、スー・チー氏が「変革すべき時に変れるよう協力してほしい」と訴えている「変化」か、現政権による国軍主導政治による「安定」「成長」かの争いとなっています。

与党USDPは少数民族問題でも実績をアピールしたい考えのようです。

****9月末に一部武装勢力と先行署名」 ミャンマー当局者 内戦停戦協定で****
ミャンマー政府と少数民族武装勢力との停戦合意をめぐり、政府側の交渉窓口を務めるミャンマー平和センターのフラ・マン・シュエ上級顧問は3日、産経新聞と単独会見し、ずれ込んでいる停戦協定の署名式を今月末に実施することを明らかにした。

協議してきた15組織すべてとの署名は見送り、一部と先行して署名する。11月の総選挙前に政権の実績作りを優先する。

ミャンマーでは1948年の完全独立以来、ビルマ族を中心とする政府軍と、人口の3分の1を占める少数民族の各武装勢力が内戦を続けている。

テイン・セイン政権は今年3月、武装勢力側と停戦協定の草案で合意したが、武装勢力側はその後、北東部シャン州のコーカン族など、対象から外れた6組織も協定に含めることなどを要求。協定への署名は実現していない。

上級顧問は、カレン民族同盟(KNU)との間で信頼醸成が進んだ一方、カチン独立機構(KIO)とは疎遠になるなど、「協議進展に差が出ている」と説明。

テイン・セイン大統領が8月15日に日付未定の署名式への招待状を出した15組織のうち、合意が得られた7組織と今月末、首都ネピドーで署名を交わすと述べた。

大統領のアドバイザーも務める上級顧問は、「協定は署名から90日以内に停戦実現のための政治対話を開始するよう定めている」と指摘。

11月8日の総選挙を受けて来年1月には新議会が発足することから、停戦の流れを確実なものにするため、9月末までに署名にこぎ着けることが望ましいとの考えに至った。

テイン・セイン氏の出身母体である軍系与党、連邦団結発展党(USDP)は、総選挙での劣勢が予想されており、政権移行前に停戦の流れを築く狙いだ。

署名式には、少数民族が多い国境付近で接する中国、インド、タイと国連の代表も参加する予定。
上級顧問は、和平交渉で双方の橋渡しなどを担ってきた日本と欧州連合(EU)の署名式への立ち会いを武装勢力が提案している件についても、認める方針を表明した。【9月4日 産経】
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市民運動グループや有力者排除 党内で自らの立場が脅かされることへの危機感?】
上記のような一般的情勢は各紙が伝えているところですが、興味深かったのは、スー・チー氏の今回選挙への取組と言うか、彼女の性格と言うか・・・そのあたりを示唆する下記の【毎日】記事です。

***<ミャンマー>総選挙に向け選挙戦突入 2大政党が激突****
・・・・1988年に始まったミャンマーの民主化運動は、NLDと市民組織「88世代平和と開かれた社会」が連携して進めてきた。だが先月、NLDの総選挙立候補者選定を巡るゴタゴタで両者に亀裂が生じた。

NLDの最高意思決定機関「中央執行委員会」でリストアップした88世代の19人のうち、18人をスーチー氏が最終的に排除した、とされる問題が発端だ。

その中には、憲法規定で大統領への道が困難になったスーチー氏に代わり、88世代のリーダーで大統領候補とも目されたコーコージー氏も含まれた。

NLDと88世代は先月末、共同声明で引き続き連携する姿勢をアピールし「手打ち」をしたが、コーコージー氏は総選挙後に新政党を設立すると宣言。「『人物』ではなく『政策』に基づく組織にしたい」と述べた。

NLDはスーチー氏の「個人企業」とも呼ばれ、その「CEO(最高経営責任者)」のトップダウンで物事が決まっているとみられているからだ。

88世代以外にも、有力者がリストから相次ぎ除外され、NLDの一部地方組織が抗議行動を起こし、数百人が辞任または除名された。

スーチー氏は「後継者の育成に消極的」との評がもっぱらで、有力者排除の背景には、党内で自らの立場が脅かされることへの危機感がある、との見方が有力だ。

スーチー氏の「権威主義的」姿勢を米紙ニューヨーク・タイムズは「民主化勢力のパラドックス(逆説)」と表現した。

スーチー氏は既に遊説などで「候補者個人ではなく、党の名前(NLDかどうか)で投票してほしい」と繰り返している。

ミャンマーでは七つの少数民族州の議席が全体の4割を占めるが、NLDは最近、ほぼ全ての選挙区で候補を擁立すると発表。少数民族政党からは「候補者調整できると信じていたのに」と、批判も出ている。

また西部ラカイン州での仏教徒とイスラム教徒の対立を巡り、仏教徒支持を明言しないスーチー氏に対し仏教至上主義組織が反NLDキャンペーンを続けている。

政治評論家のシードアウンミン氏は「こうしたマイナス材料を差し引いても、NLDの過半数獲得は確実だろう。ただ(NLDの候補が大統領に当選できる)3分の2を超える圧勝になるかは微妙だ」と予測する。

一方、USDPでは先月、テインセイン大統領とシュエマン国会議長の党内抗争で、スーチー氏との連携姿勢を示すシュエマン氏が党内の実権を失った。

大統領派はさらに国会で、シュエマン氏の議長からの追放も目指し、議員リコール法案を通過させようとしたが、反対多数で否決された。これで党内にシュエマン派が70〜80人規模で存在することが確認された形となった。

NLDが選挙で圧勝できなくても、シュエマン派がNLDに合流し、スーチー氏がシュエマン氏を大統領候補に担ぐのでは、との臆測も流れている。

シードアウンミン氏は「テインセイン派にとってそのシナリオは悪夢だ」と指摘する。少数民族政党の躍進も予測され、ミャンマーの今後の政治情勢は全くの視界不良と言えそうだ。【9月8日 毎日】
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上記記事の“コーコージー氏”についてはよく知りませんが、1988年にミャンマー全土で起こった民主化運動を主導した元学生リーダーで、市民組織「88世代平和と開かれた社会」のリーダーであるミンコーナイン氏(同一人物?)は昨年11月末来日しています。

****改憲へスーチー氏と連携 ミャンマー民主化指導者・ミンコーナイン氏****
ミャンマーでアウンサンスーチー氏と同様に著名な民主化運動指導者のミンコーナイン氏(52)が27日、初来日を前に朝日新聞のインタビューに応じた。

来年後半の総選挙に向けてスーチー氏と連携し、現憲法を民主的な内容に改正するように求める運動を続けると強調。体制側と民主化勢力との対話を求めた。

ミンコーナイン氏は現在のミャンマーの政治状況について、軍事政権による2011年の民政移管後、「報道や市民団体設立などの自由は得られたが、(軍側は)権力は手放そうとしていない」と批判。軍に事実上の改憲拒否権を与え、政治関与を認める現憲法の改正が必要だと強調した。

現憲法には、外国人の家族がいると大統領になれない条項もあり、夫(故人)と息子が英国籍のスーチー氏は大統領になれない。

ミンコーナイン氏は今年、スーチー氏と共同で、改憲規定の改正を求める500万人分の署名を集めた。「総選挙は、憲法をどう変えるかを(軍ではなく)有権者の票が決められる形になってこそ受け入れられる」と主張。改憲の道筋を「国民の目に見える形でのリーダー間の対話」でつけるべきだとも話した。

ミンコーナイン氏は1988年、学生組織の指導者として民主化運動を率いたが、軍事政権に89年に逮捕され、投獄は計3回、2012年まで約20年に及んだ。
現在は政界には入らず、人権・市民運動を進めている。(後略)【2014年11月28日 朝日】
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1989年以来、2度の解放期間を挟み、計15年間拘束されてスー・チー氏の場合は、ミャンマーの“国父”アウン・サン将軍の娘ということで“軟禁”でしたが、ミンコーナイン氏の場合は“20年に及ぶ投獄”です。

良くも悪くも“カリスマ指導者”として、すべてを自らが決定するスー・チー氏に対し、ミンコーナイン氏は「現在の世界で(民主化推進のために)重要なのは政党よりも市民運動組織だ」という根っからの市民運動指導者で(今後、新党を組織するようですが)、肌合いは相当に異なるようにも思えます。

今年5月の段階では、「88世代平和と開かれた社会」は11月の総選挙では政党としては参加せず、立候補するメンバーはスー・チー氏率いるNLDから出馬するということで、両者は連携していました。

スー・チー氏としては、自分の意のままに動かない「88世代平和と開かれた社会」との間で確執があったのでしょうか?

少数民族政党とも競合?】
少数民族政党との関係も注目されます。
これもよくわかりませんが、スー・チー氏としては、取れる議席はすべて取る・・・という「勝ちに行く」姿勢ということでしょうか?

ただ、少数民族政党を蹴落として議席を伸ばしても、今後の少数民族との和解を進めるうえでは障害になるようにも思えます。

与党内クーデターで排除された形のシュエマン氏ですが、一定にその影響力は維持されているようです。
シュエマン氏はかねてよりスー・チー氏との協調路線が伝えられていますので、選挙後のスー・チー氏との関係が注目されます。

【「イスラム教徒の立候補希望者十数人がNLDの候補から外された」】
“西部ラカイン州での仏教徒とイスラム教徒の対立を巡り、仏教徒支持を明言しないスーチー氏に対し仏教至上主義組織が反NLDキャンペーンを続けている。”・・・・国際的には逆に、スー・チー氏がイスラム教徒のロヒンギャ支持を明言しないことが失望をかっています。

イスラム教徒の問題は、少数民族問題と並んで、ミャンマーの抱える大きな課題です。

今回選挙でも、イスラム教徒が排除された可能性が報じられています。
スー・チー氏のNLDもイスラム教徒を候補者から外したとも。

****ミャンマー総選挙、88人が立候補できず 候補者からイスラム教徒排除か****
ミャンマーの連邦選挙管理委員会のティン・エー委員長は2日、最大都市ヤンゴンで記者会見し、11月8日に実施される総選挙で立候補を届け出た6189人のうち、88人を資格不備などの理由で退けたと発表した。

仏教国である同国で、少数派のイスラム教徒が排除された可能性がある。

2日付の英字紙ミャンマー・タイムズによると、88人のうち、28人が西部ラカイン州からの届け出で最も多かった。同州には抑圧されているイスラム教徒少数民族ロヒンギャが多い。

候補者は、両親がミャンマーの市民権保有者か、ミャンマーの諸民族である必要がある。ロヒンギャは民族として認められていない。あるロヒンギャの国会議員は地元メディアに、身辺調査で今回は立候補が認められなかったとした。

アウン・サン・スー・チー氏率いる最大野党、国民民主連盟(NLD)は、最大の候補者1151人を届け出たが、幹部はメディアに「イスラム教徒の立候補希望者十数人が候補から外された」と述べた。
執行部が、「イスラム政党」とみられて支持を落とす事態を懸念したと指摘する。

選挙は上下両院の改選対象計498議席と州、地方の約1200の選挙区で行われる。【9月2日 産経】
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仏教ナショナリズムが高まる“仏教国”ミャンマーにあって、イスラムに寛容な姿勢を示すのは現実政治では、少なくとも選挙対策としては、難しい選択のようです。

では、スー・チー氏が政権をとったら、そのあたりがどうなるのか・・・わかりません。

すでに、仏教ナショナリズムの影響が社会全体に強まっています。

****ミャンマーが婚姻規制法 イスラム教徒との結婚制限狙う****
ミャンマーで、改宗や仏教徒女性と異教徒の結婚を規制する法律が成立した。国会を通過し、テインセイン大統領が署名したと大統領府幹部が29日、明らかにした。

多数派の仏教徒の間で近年反イスラム感情が高まっており、イスラム教徒の男性と仏教徒女性の婚姻を制限する狙いがある。

大統領が26日に署名して成立したのは改宗法と仏教徒女性特別婚姻法。改宗や仏教徒女性の異教徒との結婚に際し、本人の意思に基づいているかなどについて当局の審査と許可が必要になる。

婚姻では第三者が異議申し立てできる。法案については国連や人権団体などが懸念を示していた。

同国では反イスラムの仏教僧らが、「イスラム教徒が仏教徒女性を結婚によって改宗させ、人口を急増させている」と主張。

今回の2法と5月に成立した人口抑制法、一夫一婦法の計4法を「民族・宗教保護法」と総称して実現をめざし、運動してきた。一夫一婦法も国会通過済みで、近く大統領が署名するという。【8月29日 朝日】
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スー・チー氏の言う「真の変革」とは一体何か?
スー・チー氏にとっては、選挙で大勝して政権を獲得することより、政権獲得後にどのような政治を行うのかが、より大きな困難を伴うものになりそうです。
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タイ  バンコク爆弾テロの首謀者は中国人ウイグル族  軍政意向を受けて新憲法案否決の「茶番」

2015-09-08 23:05:21 | 東南アジア

(先月17日に発生した爆発事件で破損した観光名所「エラワン廟」にまつられたヒンズー教の神ブラフマーの像が修復され、9月4日には記念行事も行われました。【9月4日 AFP】)

ウイグル族強制送還との関連は?】
8月17日夜、タイの首都バンコクの「エラワン廟」と呼ばれるヒンズー教の神を祭った祠「エラワン廟」の前で爆発が起き、20人が死亡、120人以上が負傷するテロがありました。

現場は外国人が賑わう繁華街であったため、多くの外国人が犠牲となり、マレーシアやシンガポールの華人の他、中国人5人、香港人2人が亡くなっています。

更に18日午後には、バンコクの都心を流れるチャオプラヤ川の船着き場付近でも爆発が発生。負傷者はいませんでしたが、警察はパイプ爆弾がさく裂したと説明しています。

事件発生当時から、タクシン派絡みの事件とか深南部で続くイスラム教徒によるテロとは異質な面が指摘され、7月にタイ当局がイスラム教徒のウイグル族109人を中国に強制送還して、同族のトルコなどから批判を浴びたこととの関係も取りざたされていました。

タイ当局は、不法移民の偽造文書取得を手助けする犯罪者グループによる、最近のタイ当局による取り締まりに対する報復との見方を示しており、強制送還を巡りタイ側に反発を強めた国際テロ組織の関与には否定的です。

未だ事件の全容はわかりませんが、少なくともウイグル族が深く関与していることは間違いないようです。

****バンコクテロ】首謀者の名は「イザン」逮捕の男供述 中国人か、事件前日タイを出国****
タイの首都バンコクで起きた爆弾テロで、タイ警察が実行犯として逮捕した男が、首謀者は「イザン」という名前の中国人だと供述していることが8日、分かった。ウイグル族とみられる。

タイの英字紙ネーション(電子版)が伝えた。首謀者は事件前日の8月16日、バンコク近郊のスワンナプーム国際空港からタイを出国したという。

供述した男は、ユスフ・マイライリ容疑者(25)で、タイとカンボジアの国境付近でタイ当局に拘束された。中国の新疆ウイグル自治区出身を示すパスポートを所持していた。

首謀者は、無料通話アプリ「ワッツ・アップ」で仲間と連絡をとり、同容疑者に爆発後の写真を撮影して送信するよう指示していたという。供述では、一連の爆破事件に関与したのは計6人。

バンコク・ポスト紙によると、同容疑者は、両親がまだ自治区に住んでいるとする一方、中国への送還を拒み、タイ国内での処罰を希望して供述を始めたという。実行犯とされる「黄色いシャツ」の男に爆発物を渡したことを認めた。【9月8日 産経】
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ウイグル族の中国出国ルートについては、以下のように指摘されています。

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シンガポールのあるテロ専門家は、ウイグル族が中東を目指して不法越境するルートが時と共に変化してきていると指摘する。

1990年代初期には中央アジアを通じてアフガンに出るルートが使われていたが、200人近くの死者を出した2009年のウイグル騒乱以降は中国西部の国境警備が厳重になり、中国南東部からミャンマー、タイ、インドネシア、マレーシアなど密入国斡旋ネットワークが確立している東南アジア各国へ出国するルートが使われるようになった。

(2014年3月には南部雲南省の昆明駅でウイグル族とみられるグループが旅行客らを切りつける事件が発生し、31人が死亡、141人が負傷した)前述の昆明事件以降、雲南省から抜けるルートが阻まれて、広東省や香港・マカオルートが使われるようになってきている。【8月31日 Newsweek】
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犯人グループが、単に取締り強化への報復で爆弾テロを行うというのもあまり考えにくい話で、タイ当局のウイグル族強制送還への反発が絡んでいるのでは・・・とも推測されます。

8月7日ブログ「タイ 中国への傾斜を強める軍事政権」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150807)でも取り上げたように、タイ及びタイ軍事政権は、中国との関係を深めています。

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2012年末に中国で公開された、タイを舞台としたコメディ映画『人再囧途之泰囧』(英題Lost in Thailand)が同国の歴代興行収入を更新するほどの好評を得ると、タイ旅行が一層のブームになった。タイ経済の約10%を占める観光業のなかにあって、中国人旅行客数は全体の5分の1に迫るなど突出しており、昨年は460万人の中国人がタイを訪れた。

2014年のクーデターで軍事政権が誕生して以来、タイは中国との関係を深めてきた。その蜜月ぶりは、8月はじめにクアラルンプールで開催されたASEAN地域フォーラムで開かれた両国外相による共同記者会見でも垣間見れた。

2人はその場でプレゼントを交換すると、タイのタナサック・パティマプラゴーン副首相兼外相(当時)が今の両国関係はこれまでになく良好だと指摘し、「もし私が女性だったら、殿下(注:中国の王毅外相)と恋に落ちてしまっただろう」と述べた。【同上】
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そうした親密な中国との関係を背景にウイグル族強制送還がなされた訳ですが、バンコク爆弾テロ事件の原因が強制送還という自らの施策にあったともとられかねない、事件と強制送還問題の関連を当局は認めたくないのでは・・・とも思われます。

タイ警察の科学捜査 紙幣からDNA
事件の捜査に関する情報のなかで、興味深かったのは下記の記事。

****逮捕の容疑者、「黄シャツ男」でない=DNA一致せず―バンコク爆弾テロ***
タイの首都バンコクで起きた爆弾テロで、国家警察報道官は4日、事件に関与した疑いで逮捕し、新疆ウイグル自治区生まれの記載がある中国旅券を所持していたユスフ・ミーライリー容疑者について、DNA型鑑定の結果、実行犯とされる「黄色いシャツの男」ではないとみられると明らかにした。

報道官によると、黄色いシャツの男が事件当日に乗ったタクシーに、料金として支払った紙幣などから検出されたDNA型と一致しなかった。

一方、先に爆弾製造に使用可能な材料が押収されたバンコクのアパートで、歯ブラシなどから採取されたDNA型とは一致したという。このため警察は、ミーライリー容疑者が事件に関わっているのは間違いないとみている。

また、事件に絡んで爆発物の不法所持容疑で逮捕され、軍の拘束下に置かれていたアデム・カラダク容疑者の身柄が4日、警察に引き渡された。同容疑者はトルコの偽造旅券を所持していたが、国籍は依然確認されていない。【9月4日 時事】
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タイ警察がどんな取り調べ・捜査を行っているのだろうか? ひょっとして、関係者の拷問とかやっているのだろうか?・・・と非常に失礼なことを考えていたのですが、DNAによる捜査、それも紙幣からDNAを採取するというような科学的捜査を行っていたとは意外でした。失礼しました。

それにしても、紙幣から指紋ではなく、DNAまでわかるとは知りませんでした。
ネットで確認すると、確かにそのような技術があるようです。

最先端技術でもありますが、鑑定精度は2~3年ごとに20倍も進化し続けているとも言われような世界のようです。
「科捜研の女」の沢口靖子さんの出番です。

反軍政運動の盛り上がりを懸念して、軍政延長を選択
タイの政治面で注目されたのは、なんといっても民政復帰の基礎となる憲法改正が振り出しにもどってしまったという話。

しかも、軍政主導で進められてきた改正案を、状況不利と見た軍政側が自ら反対に回って葬り、結果的に軍政延長を余儀なくさせる・・・というとんだ「茶番」です。

****タイ新憲法案否決 軍、「非民主的」批判受け転換か 軍事独裁、長期化へ****
軍事独裁体制下にあるタイで民政復帰に向けて起草された新憲法案が6日、国家改革評議会(NRC)で採決され、反対多数で否決された。

軍部が主導してきた憲法案だけに、最終局面で方針転換があった模様だ。非民主的な内容は否定された一方、起草は振り出しに戻り、独裁体制は2017年まで続くことが確定的になった。
 
採決の結果は、反対135、賛成105、棄権7。

NRCは国内諸制度改革と憲法案の審議・採決を主な役割として、クーデター後に軍事政権が任命した。憲法起草委員会も事実上、軍政の人選で、憲法案は軍部の意向に沿ったかたちで承認されるとみられていた。しかし、採決では軍、警察出身の議員のほとんどが反対した。

タイ軍部は昨年5月のクーデターで当時のインラック政権を崩壊させ、憲法を破棄。その後、軍事政権の権限を規定した暫定憲法を制定し、同時に新しい恒久憲法を起草し、それに基づく選挙を通じて権力を文民政権に戻す正常化へのプロセスを進めている。新憲法が民主的なものになるかがタイ政治の将来を決定づけるため、注目されている。

だが新憲法案は、選挙を通じて選ぶ下院と内閣の権限を制限すると同時に、任命議員が過半数を占める上院などの権限を強化。さらに民政復帰後5年間の経過措置として、非常時に内閣や議会を超えて命令を出すことができる機関の新設を盛り込むなど、民主主義の原則から逸脱した内容だと批判が高まっていた。

軍部は、国王を頂点として軍や官僚、財閥、知識層らエリートが特権的に国家運営を担う伝統的な統治を守ろうとしており、選挙を背景に台頭したタクシン元首相派を復活させない制度を模索してきたとされる。その意味で新憲法案は軍部の意に沿っていた。

否決に傾いたことに関しては、憲法案への批判が予想外に強かったことから、軍部は国民投票に進むことを避けたとの見方がある。「国民投票を前に政党の活動が活発になり、反軍運動も盛り上がる可能性がある」(NRC議員のパイブーン・ニティッタワン元上院議員)ためだ。

政治学者のユッタポーン・イッサラチャイ氏は「NRCを通っても国民投票で否決される可能性が高い。その否決は軍部に対する国民の『ノー』であり、より深刻だ。それよりも軍事独裁体制の期間を引き延ばすことを選んだようだ」と指摘する。

昨年5月にクーデターを決行したプラユット暫定首相は当初、「15カ月で民政に復帰させる」と語り、今年中に総選挙を実施するとしていた。その後、憲法案を国民投票にかけることを決定、総選挙は16年後半とされた。

今回、NRCでの否決を受け、新しい憲法起草委員会が設置される。関連法制定期間などを含めると、順調にいっても総選挙は17年半ばごろにずれ込む見通し。

抑圧的な体制は3年に及ぶことになる。この間にタクシン派の排除、解体が進められるとの見方がある。

タクシン派の中核組織、反独裁民主同盟(UDD)のチャトゥポン・プロムパン議長は朝日新聞に「我々は民主的な憲法のもとでの選挙にしか興味はない。それが実現するまで、戦う準備を続けるし、辛抱強く待ち続ける」と語った。【9月7日 朝日】
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憲法改正案の問題点については、4月28日ブログ「タイの新憲法草案 “権威”の指導監督によって、選挙による民主主義を制約する方向」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150428)でも取り上げたことがありますが、最終案では「合法クーデター機関」も付加されました。

****タイで新憲法最終案 「合法クーデター機関」案に批判***
軍事独裁体制下にあるタイの民主化を占う新憲法の最終案が22日、採決のために国家改革評議会(NRC)に提出された。非常時に政府と議会を超越した権限を持つ機関を新設するなど、民主主義の原則と相いれない内容になっている。

議論を呼んでいるのは、憲法発効後5年間の経過措置として軍司令官や警察庁長官、首相、両院議長らでつくる「改革と和解のための国家戦略委員会」(23人)に与えられる権限だ。

最終案は、政府には対応できない国家の独立や王制を脅かす危機が生じた場合、同委員会が事態正常化のために行政府、立法府を超えて命令や措置をとることができるとしている。

これは、選挙で選ばれた議会と政権の権限の停止を意味することから、専門家や政党関係者は「合法的にクーデターができる機関」だと批判。これに対し、憲法起草委員会は「政治混乱や暴力を、憲法を破棄せずに収拾するための条項だ」と説明している。【8月22日 朝日】
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結果的に、国民投票で反軍政運動が盛り上がることを懸念して、軍政の意向を受けた軍、警察出身の議員のほとんどが採決で反対に回るという「茶番」でした。

【「すべては閉ざされたドアの後ろで決定される」】
今後については、“新憲法策定は振り出しに戻ったが、ある学者は「すべては閉ざされたドアの後ろで決定され、民間の意見が反映されるかは不明」という”【9月7日 産経】といった状況です。

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今後、憲法の制定作業は一からやり直しとなる。

ただ、新憲法制定を通じ、軍や官僚などエリート層による伝統的支配体制の復権を狙う軍政の意向は変わらない。

評議会のメンバーを務める元陸軍幹部は「今回は可決すべきタイミングではなかったが、政策や方針は大幅に変更すべきではない」と語り、同様の憲法案が再提案される可能性を示唆した。【9月6日 毎日】
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過去14年で全ての国政選挙に勝利しているタクシン派の力を弱め、伝統的支配体制の復権を実現することが新憲法の狙いとされています。

いずれにせよ軍政が再来年半ばまで続くことになりましたが、軍政側はこの時間を利用して一段とタクシン派叩きを進めることと思われます。

****タクシン元首相の警察階級をはく奪 タイ暫定政権が懲罰****
タイ暫定政権は7日までに、タクシン元首相の警察官時代の階級称号「警察中佐」を?奪(はくだつ)した。法務省の決定をプラユット暫定首相が認め、国王承認を得て6日に発効した。

タイでは軍人や警察官が退役後も階級をそのまま名乗ることが認められている。

法務省は「タクシン氏は首相在任中の不正土地取引容疑で有罪判決を受けている犯罪者で、海外の逃亡先から国益に反する発言を続けている」などとして、懲罰として階級?奪を決めたとしている。【9月7日 朝日】
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****コメ質入制度の損害賠償をインラック首相らに請求か****
インラック前政権が導入した、コメを高値で買い上げるという米作農家支援プログラム「コメ質入れ制度」のせいで巨額損失が生じた問題で、ウィサヌ副首相は9月4日、「政府はインラック前首相、ブンソン前商業相、関連の民間企業に損害賠償を求めることが可能であり、そうするつもりだ」と述べた。

同プログラムは、農民の多くがタクシン派であることから、当時のタクシン派インラック政権が支持固めを目的に開始したもの。

副首相によれば、政府はまず昨年12月30日までに生じた損失について賠償を求める予定だが、請求額は数百億バーツにのぼる見通しだ。【9月6日 バンコク週報】
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広がる難民支援の動き 日本では? 世論が割れるドイツではメルケル首相批判も EUの統一的対応は難航

2015-09-07 22:46:47 | 難民・移民

(ミュンヘン駅に到着した難民を歓迎するドイツ市民 一時的な高揚感とは別に、今後は地道な対策が必要とされます。画像は【9月7日 テレ朝news】)

難民にもなれない貧困者
欧州を揺り動かしている難民問題。

難民らの悲惨な状況が大きく取り上げられ、支援の動きも広がっていますが、難民として国外に出られる人はまだ経済的に恵まれた方で、国外脱出の資金を工面できない貧しい人々は戦乱の国内にとどまるしかないという現実があります。

****<難民>貧しい人、シリアから出られない 安定求めて続く波****
内戦が続くシリアなどを逃れ、西欧諸国をめざす難民や移民が殺到しているハンガリーの首都ブダペスト東駅では6日、オーストリア国境へと向かう列車へ続々と乗り込む難民らの姿があった。(中略)

「ここまでたどりついたのは、シリア国内でも経済力があった人たちだ。貧しい人は国外に出るのも難しいし、欧州まで来るなんて不可能だ」。生後4カ月の赤ちゃんをあやしながら国境の街、ヘゲシャロム行きの列車を待つモハメド・アブドラさん(28)は流ちょうな英語で語り始めた。

アサド政権が堅持する西部の主要都市ラタキアの出身。大学卒業後は、アラブ首長国連邦のホテルや、地元企業で営業職として働いた。2011年に内戦が始まった後もラタキアは治安が比較的安定し、1000ユーロ(13万2000円)ほどの月収があった。

しかし昨年末、反体制派の攻勢がラタキアに近づいたためトルコへ脱出した。既に200万人のシリア難民が流入したトルコには仕事もなく、「とにかく豊かなドイツを家族でめざすことにしたんだ」。

1カ月以上かけて、ギリシャからバルカン半島を陸路でハンガリーにたどりついた。手引きする業者らに支払った費用は、家族3人分で約3600ユーロ(約47万5000円)。アブドラさんは「これまでの蓄えと自宅を売った資金でまかなった」と話した。(後略)【9月7日 毎日】
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シリアでは国民の半数が避難生活を余儀なくされていますが、国外に脱出した400万人の2倍ほど、760万人が国内避難民となっています。

****1160万人が避難生活=国民の半数、内戦長期化で―シリア****
2011年の民主化要求運動をきっかけとするシリア内戦が泥沼化する中、シリア国民の半数に相当する1160万人が国内外で避難生活を送っている。長期化する内戦の決着が見通せない中、難民は今後も増加の一途をたどり、欧州への人の流れの加速は避けられない情勢だ。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、トルコやレバノンなど近隣の中東各国に逃れたシリア人の数は今年7月時点で400万人に達した。

これとは別に、少なくとも760万人が既にシリア国内で避難生活を強いられている。シリアの人口は11年以前の段階で約2300万人だったとみられる。

UNHCRのグテレス高等弁務官は「一つの紛争による避難者数としては、ここ数十年では最多だ」と強調。人道危機の深刻化を防ぐため、欧州各国を含む国際社会に積極的な受け入れを要請している。【9月7日 時事】 
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トルコ:「話にならないほど少ない」】
また、国外難民の大多数は、トルコ(約200万人)、レバノン(約110万人)、ヨルダン(約60万人)など周辺国に暮らしています。

こうした周辺国に逃げた難民のなかで、内戦の長期化で帰還をあきらめ、安定した生活を求めて欧州を目指す人が増えていると言われています。

最大のシリア難民を抱えるトルコは、今回の欧州各国の“腰の引けた”対応を、冷やかに評しています。

****EU諸国の難民受け入れ「話にならないほど少ない」 トルコ首相****
トルコのアフメト・ダウトオール首相は6日、独日刊紙「フランクフルター・アルゲマイネ」への寄稿で、欧州連合(EU)諸国による難民の受け入れ数が「話にならないほど少ない」と批判した。

7日付の同紙に寄稿したダウトオール首相は、戦争によって荒廃したシリアやイラクからだけでもトルコは200万人以上の人々を受け入れたと述べ、トルコは「欧州と混乱地域の間の緩衝地帯」になっていると指摘した。

また、同紙が6日に明らかにした抜粋によるとダウトオール首相は、EU諸国が難民問題でトルコを支援するために実施した資金援助の額が低いと批判し、難民問題をトルコに押し付けつつ「キリスト教徒のとりでとしての欧州」を作ろうという「都合のよい考え」があるように思えると述べた。

ダウトオール首相は、今こそ流入する移民の問題でEU諸国が共同行動を取るべき時だと指摘し、トルコは「欧州のパートナーたち」と連携して協力する準備がある、と述べた。【9月7日 AFP】
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強権的な政治姿勢で欧州から“非民主的・人権軽視”と批判されることも多いトルコですが、200万人ものシリア難民を受け入れている(あるいは、受け入れざるを得ない状況にある)事実には重いものがあります。

広がる支援の取り組み
欧州では、イギリス・キャメロン首相の方針転換など、難民受け入れの動きも出ていますが、アイスランド(全人口が30万人のアイスランドで難民支援賛同者が1万2000人)のように、草の根的な市民による支援も拡大していることは、昨日ブログでも取り上げました。

****ローマ法王「教会などで難民受け入れを****
中東などから難民や移民がヨーロッパに殺到している問題で、ローマ法王のフランシスコ法王は、ヨーロッパの教会や修道院などで難民を受け入れるよう呼びかけました。

ローマ法王のフランシスコ法王は、6日、バチカンのサンピエトロ広場で日曜礼拝を行い、この中で、中東などから難民や移民がヨーロッパに殺到していることについて、「戦争や飢餓から逃れ、よりよい生活を望む難民が悲劇に直面している」と述べました。

そのうえで、「ヨーロッパ各地の教会、教区、それに修道院などが難民をひと家族ずつ受け入れることを願います」と述べ、バチカンにある2つの教区も、2家族を受け入れることを明らかにしました。

フランシスコ法王は、難民の問題について、国際社会に何度も迅速な対応を呼びかけてきましたが、ことし、難民が急増し、混乱が広がるなか、教会などに具体的な行動を求めるとともに、みずからも行動する姿勢を示した形です。【9月7日 NHK】
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****難民支援 欧州各地のサッカークラブが動き*****
中東などから難民や移民がヨーロッパに殺到している問題を受けて、ヨーロッパ各国のサッカークラブでは、寄付金の拠出を決めるなど、難民を支援する動きが広がっています。

このうち、難民の多くが目的地として希望しているドイツのバイエルンミュンヘンは、「故郷を離れ、苦しい生活を強いられている人たちを支援するという社会的責任がある」として、難民の支援のために100万ユーロ(日本円で1億3000万円余り)を拠出すると発表しました。さらに、難民の子どもや若者のためにサッカーのトレーニングキャンプを開き、ドイツ語の授業も行うとしています。

また、スペインのレアルマドリードも、100万ユーロの支援金を拠出すると発表したほか、難民に、チームが所有する施設やスポーツ用具を使ってもらうことを検討しているということです。

このほか、ポルトガルのチーム、ポルトは、難民の支援のため、今月15日に開幕するヨーロッパチャンピオンズリーグの初戦と2試合目の売り上げから、チケット1枚につき1ユーロを寄付するよう、UEFA=ヨーロッパサッカー連盟に文書で求めるなど、各国のサッカークラブの間で難民を支援する動きが広がっています。【9月7日 NHK】
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欧州以外の国々でも、昨日ブログでも取り上げた溺死男児の関係国カナダの他、ニュージーランドたオーストラリアでも動きが見られます。

****NZ、750人受け入れ=豪も拡大へ―シリア難民****
ニュージーランドのウッドハウス移民相は7日、シリア難民を取り巻く状況は「明らかに悪化している」と述べ、今後3年間で750人を受け入れる計画を発表した。

ニュージーランド政府は3年間で、難民受け入れ枠のうち150人をシリア難民に振り当てるほか、600人分を追加する。

キー首相は先週、難民枠を見直さないと宣言したばかり。海岸に打ち上げられたシリア難民男児の写真をきっかけに支援強化を求める声が国内でも強まり、修正を迫られた。

オーストラリアのアボット首相も7日、議会で「より多くのシリア難民を受け入れる用意がある」と指摘。ダットン移民相を急きょ、ジュネーブの国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に派遣し、受け入れ拡大へ調整に入った。

豪州は6月末に終了した昨年度、1万3750人の難民を受け入れ、うち4500人がシリア・イラク難民だった。国民1人当たりでみると、豪州は世界最大の難民受け入れ国という。【9月7日 時事】 
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オーストラリアはアジア難民の受入に関して、国外施設に送り込もうとする姿勢に批判的な報道もありますが、そのオーストラリアでも・・・というところです。

一方、シリア難民らと同胞でもあるアラブ諸国の消極姿勢についても昨日ブログで取り上げましたが、イスラエルも受け入れない方針です。

****イスラエル、難民受け入れず 国境にフェンス建設開始****
イスラエルのネタニヤフ首相は6日、欧州各国に押し寄せるシリアなどからの難民への対応に関連し、「我々は不法移民やテロに対し、国境を管理しなければならない」と述べ、受け入れない考えを示した。

ネタニヤフ首相は閣議で「シリアやアフリカからの難民の人道的な悲劇に無関心ではない」としつつ、「非常に小さな国で、人口動態的、地理的な奥行きに欠ける。不法移民やテロリストが殺到することは許されない」と述べた。ネタニヤフ首相はヨルダンとの国境沿いでフェンス建設を始めたことも明らかにした。

地元報道によると、野党・労働党のヘルツォグ党首がシリア難民を受け入れるよう政府に要求していた。
パレスチナ自治政府のアッバス議長も、シリア国内のパレスチナ難民がヨルダン川西岸地区に入ることをイスラエルが認めるように働きかけていた。【9月7日 朝日】
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関心が薄い日本
翻って日本は・・・と言うと、難民の様子がメディアで取り上げられてはいますが、受け入れ云々が政治的に議論されたり、市民レベルで大きな声になったり・・・ということはあまりないようです。

もちろん難民を受け入れる社会的コストは大きなものがありますが、それは他の国々も同じです。
受け入れるか否か以前の話として、そうした議論すら起きないというのは・・・・。

これだけの国際問題に無反応を決め込むのであれば、国連常任理事国を希望などといったことは今後口にしない方がいいようにも思えます。

また、中国やロシア、あるいは北朝鮮といった国々に対するとき、日本な一体何をっもって正当性を主張するのでしょうか。民主的な制度、人権重視、平和主義・・・そういう価値観ではないでしょうか?押し寄せる難民に関心すら払わない国に本当にそうした価値観が根付いているのか・・・疑問にも思えます。

単に、難民を受け入れると何かと大変だから・・・ということであれば、国益に走る中国などと“目くそ、鼻くそ”のレベルでしょう。

アジアの国からは未だ声があがっていませんが、そういうなかで声を上げてこそ、自国利益だけでない視野を持った、リーダーシップを担える国と言えるのではないでしょうか。

ドイツでも「過剰負担」や「政治的な過激勢力」への不安
とは言うものの、欧州の一部で広がる現在のような難民に対する好意的な対応が、今後も持続するとは期待できません。

今は、高揚感もあってドイツでは歓迎ムードがありますが・・・・。

****多様性をドイツの力に」=難民受け入れ支援の輪―ミュンヘン****
中東などからの難民らが到着しているドイツ南部ミュンヘンの中央駅には、6日夜も約200人の市民が集まり、歓声や拍手で難民を迎えた。市民の男性は「難民を受け入れて多様性が深まれば、ドイツの力になる」と強調した。

ミュンヘン在住のクリスティアンさん(49)は「ドイツ行きを望んでいる難民には、どんどん来てもらえばいい。ドイツには受け入れ能力がある」と語った。難民流入で社会が不安定化するとの見方には「根拠のない話。皆で難民を支えていけば懸念は消える」と迷いはない。

午後9時を過ぎても、100人を超える難民が列車で次々と到着。難民の子供に縫いぐるみをプレゼントしていたフリードリヒさん(44)は「ドイツは25年前に東西統一という大きな変化を乗り切った。社会は強靱(きょうじん)だ」と自信を示す。ドイツへの保護申請者数が今年最大で80万人に達するとの予測もあるが、「全人口の1%にすぎない」と気にする様子はない。

1991年にシリア中部ホムスから渡航し、長年ミュンヘンに住むフサムさん(48)は、難民の通訳として一役買えればと駅に駆け付けた。「難民は最初は言葉で苦労するだろう。だが、ドイツは寛容な国。数年頑張れば、適応は十分可能だ」と言い切った。【9月7日 時事】 
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こうした最大の受入国ドイツでも、賛否両論があることは昨日ブログでも取り上げました。

****移民ショック】独、移民対策を強化 大規模受け入れでメルケル氏への批判相次ぐ 与党内に不協和音も****
中東や北アフリカからの難民や移民が欧州に流入している問題で、ドイツが殺到する移民の対策強化を加速させている。連立与党は7日、受け入れを担う地方への財政支援などで合意した。

一方、連立与党内では例外措置でハンガリーから移民を受け入れたメルケル首相の判断に批判が上がり、不協和音も出てきた。(中略)

難民認定の可能性が低い移民については、早期の送還を図る一方、一定の要件下で合法的な移民として受け入れることでも合意。高齢化社会が進み、60万人規模で不足するともされる労働力を補う考えで、西バルカン諸国から流入する移民らを念頭に置いている。

ドイツは欧州連合(EU)最大の難民受け入れ国であるほか、旧西独時代にはトルコ人を労働力として受け入れてきた実績もある。生活水準が高く、語学習得への支援があるなど待遇もよいため、多くの移民らの目的地となっている。

ただ、この結果、今年の難民申請者は昨年の4倍に相当する約80万人に上ると試算され、受け入れに反発する極右勢力などによる難民関連施設への放火などが増加。最近の世論調査の結果では、約半分が移民ら受け入れに伴う「過剰負担」や「政治的な過激勢力」への不安を感じると答えた。

ミュンヘンのあるバイエルン州を地盤とする与党、キリスト教社会同盟では6日、党首のゼーホーファー同州首相が「(EU)28加盟国の中でドイツがいつまでも大半を受け入れることはできない」と述べるなど、ハンガリーの移民ら受け入れを決めたメルケル氏への批判が相次いだ。

これに対し、メルケル氏も7日、難民受け入れでの「公平な分担」の実現をEU側に改めて求めた。【9月7日 産経】
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****難民受け入れ反対デモ=独極右****
ドイツの公共放送ドイチェ・ウェレなどによると、西部ドルトムントで5日夜から6日未明にかけて、中東などから到着した難民の受け入れに反発する極右政党の支持者がデモを行った。(後略)【9月7日 時事】 
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EUは一枚岩にほど遠い状況
財政的にも大きな負担となりますし、何より急激な難民増加は社会・文化的な軋轢・摩擦を引き起こします。
ドイツ・メルケル首相も、ドイツだけでなくEU全体での「公平な分担」を求めていますが、難航しています。

****移民ショック】ドイツに移民続々到着、「公正な分担」見えず****
中東や北アフリカからの移民や難民が欧州に大量に流入している問題で、ハンガリーを出た移民らが、オーストリア経由で6日までに続々とドイツに到着した。ようやく“希望の地”を踏みしめた移民らだが、あくまで今回は例外的措置。欧州連合(EU)は加盟国間で受け入れの公平な分担などの対処を急ぐが、東欧諸国の反対もあり、議論は難航している。(中略)

一方、EUは5日、非公式の外相理事会を開いたが、具体策で進展はなかった。特定国に負担が偏るのを避けるため、難民申請者の受け入れを加盟国で義務的に分担する制度の導入では意見が割れたもようだ。

義務的な分担は欧州委員会が加盟国に提案して一度拒否されたが、ドイツやフランスの支持を受け、ユンケル欧州委員長が規模を拡大して近く再提案する方針。

だが、ハンガリーなど東欧諸国は、難民申請者らはいずれドイツなどに向かうため機能しないなどとして反対しており、EUは一枚岩にほど遠い状況だ。【9月6日 産経】
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ドイツにとって救いは、経済的に移民労働力を必要としており、難民らに仕事の機会を提供しようとの声が産業界から上がり始めていることでしょうか。

****難民受け入れに前向きな独産業界、人材不足を背景に****
・・・・ドイツでの難民保護をめぐっては、人道的な責務以外に、人材の確保といった側面で、産業界からも受け入れに前向きな姿勢が伺える。同国の産業界では、急速な高齢化と出生率の低下により優秀な人材が徐々に減少し始めていることがその背景にある。

ドイツの失業率は現在、東西統一以降で最低水準となっているが、ドイツ経営者団体連盟(BDA)の推計によると、エンジニアやプログラマー、技術者などが14万人不足している他、医療従事者やレジャー産業でも人手が足りない状態が続いているという。また産業界全体を通じて、今年は約4万か所の研修施設で空きが出ることも予想されている。(後略)【9月7日 AFP】
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「今回の教訓は、世界が問題を抱える国々に背を向けられないということだ」「相互に関係し合った世界では、疫病や人の流入といった危機はかわせない」(8月29日 米紙ワシントン・ポスト社説)【9月7日 産経】
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溺死したシリア難民の男児の写真で高まる難民問題への関心 苦悩するドイツ シリア軍事介入の動きも

2015-09-06 23:07:40 | 難民・移民

(ドイツ国内で行われている、ボランティアによる難民への支援物資の配布 【9月4日 CNN】)

1枚の写真が高めた難民支援の機運
9月3日ブログ「欧州に押し寄せる難民・移民 現実政治に対し、海岸に打ち上げられた男児の遺体が訴えるもの」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150903)で取り上げたトルコの海岸に遺体が打ち上げられたシリア難民男児の痛ましい写真は、欧州を揺り動かしている難民・不法移民問題に大きな影響を与えています。
(男児の写真については、http://ink361.com/app/users/ig-362656665/sammyb3n/photos/ig-1065459902116923770_362656665 など)

これまでも戦火の犠牲になった子供は世界各地にあまた存在し、そうした写真も多数ありますが、今回の男児の写真は、波打ち際にうつぶせになった姿が安らかに眠っているかのようにも見え、そのことが一層痛ましさを拡大しているとも思えます。

難民への同情的な世論が高まり、これまで難民受け入れを拒んできた政治指導者もこうした世論を無視できず、これまでの方針を変える事例も出てきています。

イタリアのレンツィ首相は「映像を見ると胸が締め付けられる。すべての人々を救助するという欧州の理想を取り戻す必要がある」と述べ、キャメロン英首相は「一人の父親として(映像を目にして)心を動かされた」と語っています。【9月4日 毎日より】

英仏海峡トンネルに押し寄せる難民らをいかに撃退するかにしか関心がなかったイギリス・キャメロン首相ですが、難民受け入れ拡大を表明しています。

****難民支援を」英世論、首相動かす 男児遺体写真で波紋****
シリア人の男児とみられる小さな遺体がトルコの海岸に漂着した様子を写した報道写真が、欧州の世論を揺さぶっている。英国では難民支援の機運が急速に高まっている。

英国のキャメロン首相は4日、訪問先のポルトガル・リスボンで演説し、国連のシリア難民キャンプから数千人単位の受け入れを行う方針を示した。

難民受け入れを求める世論の圧力を無視できなくなり、消極的だった姿勢を一転させた形だ。

写真が3日付の主要各紙の1面に掲載された英国では、直後から難民支援の慈善団体にお金や物品の寄付が殺到。難民の受け入れ拡大を求める英議会へのオンライン請願運動への参加者は4日朝の時点で35万人を超え、増え続けている。与野党の政治家や宗教指導者も政府に難民救済を求めていた。

独仏両政府も3日、EU(欧州連合)各国に難民受け入れの「割当制」を共同提案する方針を示した。【9月5日 朝日】
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写真の男児はシリア北部アインアルアラブ出身のアイラン・クルディくん(3)で、家族と一緒にギリシャのコス島へ向かう途中に溺れたとのこと。
母親と5歳の兄も死亡しましたが、父親は助かりました。

カナダの親戚が一家を呼び寄せようとしていましたが、うまく進んでいなかったということもあって、カナダでも政治問題化しています。

****男児漂着、カナダにも衝撃 「政府の受け入れ不十分*****
・・・・・この事件は、10月19日に予定されるカナダ総選挙の争点になる可能性が出てきた。

野党・新民主党のマルケア党首は3日、自党の議員がクルディ一家を援助しようとしていたと明らかにし、「我々が何もしていないのは耐えられない。カナダは行動する義務がある」と難民の受け入れを増やすべきだと主張。

同じく野党・自由党のトルドー党首も「可能な限りすぐに、2万5千人のシリア難民を受け入れるべきだ」と述べた。

カナダ政府は7月、3年間で1万人のシリア難民を受け入れると発表し、選挙戦が始まってからもさらに増やすと表明。

保守党のハーパー首相は3日、過激派組織「イスラム国」(IS)に対する武力攻撃にも力を入れる必要性があると強調した。(後略)【9月5日 朝日】
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フィンランドのユハ・シピラ首相は、難民家族を自宅に宿泊させることを表明していますが、溺死男児写真だけでなく、最近の難民情勢を受けて難民支援の市民レベルの取リ組みも拡大しています。

****アイスランド女性が難民に救いの手 政府に受け入れ拡大要求****
今年に入り、欧州には史上例を見ないほどの数の難民が流入している。そんななか、欧州各地では草の根レベルで人々が難民受け入れに立ち上がっている。

アイスランドでは、大学教授のブリンディス・ビョルクビンスドッティルさんがフェイスブックを通じ、政府に難民の受け入れ人数を増やすよう求める運動を始めた。同国政府は50人の受け入れを公式に表明している。

きっかけとなったのは、友人の1人がフェイスブックでアイスランド政府に対し、シリア難民5人を自宅に受け入れる用意があるから受け入れ人数を55人に増やすよう呼び掛けていたことだ。

友人の考えに感銘を受けたビョルクビンスドッティルさんはまず、難民の旅費を自分が負担してもいいと思ったという。「それから、食料や衣服や部屋を提供したい人はたくさんいるのではないかと思いついた。そうすれば50人が100人や200人に増えるのではないかと思い、活動を始めた」と話す。

呼び掛けへの賛同者は1万2000人に達した。アイスランドの全人口が30万人ほどであることを思えば大きな数字だ。

ドイツ国内では、ボランティアによる難民への支援物資の配布も行われている
またドイツでは、ルームシェアなどの形で住居を提供してくれる人と難民を引き合わせるウェブサイトが運営されている。すでに数十人の難民に住宅を斡旋(あっせん)してきたという。

ベルリン在住のケイティ・グリッグズさんは、自宅アパートの客間を提供することにした。やってきたのはナイジェリア出身の妊娠中の女性(24)。ギリシャで2年ほど過ごしたが、状況の悪化を受けてドイツに逃げてきたという。

当初は不安もあったが、自宅にいながらにしてアフリカの現状を学べたのはすばらしい経験だったとグリッグズさんは話す。6週間後、女性は正式な難民申請に向けてドイツ西部の収容施設に移っていったという。【9月4日 CNN】
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全人口が30万人のアイスランドで支援賛同者が1万2000人・・・・日本で言えば480万人にも相当する数字であり、驚異的です。

同胞受け入れに消極的なアラブ諸国
エジプトの富豪は、イタリアかギリシャで島を自費で購入し、難民を収容させる支援策を申し出ています。

***エジプト富豪、「島の購入」を申し出 難民の受け入れ先に****
欧州諸国に中東やアフリカから難民、移民らが殺到している問題で、エジプトの富豪は6日までにイタリアもしくはギリシャで島を自費で購入し、これらの人々を収容させる支援策を申し出た。

この人物は通信企業グループ「オラスコムTMT」の経営者で中東でも指折りの富豪とされるナギーブ・サウィリス氏。

ツイッター上で、イタリアやギリシャ両国に島を売るよう呼び掛け、島の名前を「希望」にすることも示唆した。購入費については「いくらでも出す用意がある」としている。

両国沖合には無人の数十の島々があるとし、10万~20万人が居住可能と指摘。自らの案は決して馬鹿げたものではないとも主張した。(中略)

島購入などを思い付いた動機に関連し、「政治家たちは感情がないとも時に感じる」とも強調した。
サウィリス氏の提案に対するイタリア、ギリシャ両国の反応は明らかでない。【9月6日 CNNMoney】
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ただ、同じアラブ人難民のことを考えるなら、本来は裕福なサウジアラビアや湾岸諸国、あるいはエジプトが自ら受け入れていいのでは?という指摘もあります。

****難民欧州流入】「同胞から見捨てられる」・・・アラブ諸国、受け入れ消極姿勢に反感 湾岸諸国に負担求める声**** 
欧州にシリアなどからの移民や難民が流入している問題で、サウジアラビアなど富裕な湾岸アラブ諸国が同じアラブ人である移民らの受け入れに消極的だと批判する論調が域内外で高まっている。

もともと閉鎖的なサウジなどは移民受け入れが社会混乱につながることを危惧しているとみられるが、今後はシリア内戦にも深く関与している湾岸諸国に応分の負担を求める声が強まる可能性がある。

「シリア難民の受け入れは湾岸諸国の義務だ」。インターネットの短文投稿サイト、ツイッター上では最近、アラビア語でこんな訴えが拡散し続けている。

難民登録したシリア移民の数は現在、400万人を超え、その大半がトルコやヨルダン、レバノンなど周辺国で支援物資に頼った生活を送っている。キャンプを出て自活を始める者も多いが、十分な収入を得られるのはほんの一握りだ。

そんな中、サウジなどは外国人へのビザ(査証)発給が厳格で、有力なツテがなければ就労も難しい。移民にまじってイスラム過激派が自国へ浸透することなどへの警戒もある。その他のアラブ各国も、移民受け入れや生活保護に積極的とは言い難いのが実情だ。

このため、移民らは社会保障の充実した欧州を目指す流れが生まれている。同時に、湾岸アラブ諸国の態度が移民らに、同胞から見捨てられているとの反感を植え付けている側面も否定はできない。

一方、エジプトの大富豪、ナギーブ・サウィラス氏は今月、難民救済のためにギリシャやイタリアの島を買い取る案を公表した。実現性は低いとみられるが、こんな議論にも、厄介事はできるだけ抱え込みたくないアラブ側の本音が見え隠れしているといえそうだ。【9月6日 産経】
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もっとも、やはり難民・移民へのハードルを高くしている日本に、受け入れに消極的なアラブ諸国をとやかく言う資格もありませんが。

ドイツも「さすがに限界」 受入に批判的な声も
欧州のなかでも、欧州の価値観を重視し、受け入れに対応しようとしているドイツなど西欧諸国と、「この問題は欧州の問題ではなく、ドイツの問題だ」と言い放つハンガリー・オルバン首相のような受入に消極的な東欧諸国の対立があることは前回ブログでも触れたところです。

この5日以降だけでも約8000人の難民が、オーストリア経由でドイツに入ったと報じられています。
メルケル首相は難民の受け入れを「成し遂げる」と決意を示してはいますが、中東などからドイツに入国する難民や移民が今年は100万人に達するとの見方もあり、「さすがに限界」(政府関係者)が近づいているとも。

経済的負担も、経済的に恵まれたドイツをもってしても大変です。

****ドイツ、移民流入による今年の経済負担予測1兆3200億円****
ドイツの日刊紙「フランクフルター・アルゲマイネ」は5日、難民申請を希望する記録的な移民の受け入れによる同国の経済負担額は、昨年度の4倍となる100億ユーロ(約1兆3200億円)に達する可能性があると報じた。(後略)【9月6日 AFP】
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一番の問題は、異質な人々へのネガティブな国民感情でしょう。以前から難民受け入れ施設への放火など、ドイツ国内にも難民受け入れに批判的な世論もあります。

****足止めの難民、続々到着=与党内に受け入れ批判も―ドイツ****
ハンガリーで足止めされていた中東などの難民や移民らは5日夜までにオーストリアを経由して続々とドイツに到着した。DPA通信によると、約7000人に達している。

メルケル首相の受け入れ決定に与党内から批判が上がっており、難民への対応は今後も議論になりそうだ。

オーストリアと接し、難民が殺到した南部バイエルン州のヘルマン内相は受け入れ決定過程に州は関与していないと批判した。

最大与党キリスト教民主同盟の姉妹政党で同州を基盤にするキリスト教社会同盟は受け入れを「誤った決定」と問題視。6日の連立与党の会合で、流入抑制を要求する考えだ。【9月6日 時事】 
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それだけに、メルケル首相としてもドイツだけで抱え込むのではなく、EU全体で受け入れ態勢を・・・と動いていますが、先述のように東欧諸国の反対が強く、合意形成ができるかは不透明です。

****難民殺到、ドイツに圧力=EUの合意形成に躍起****
ハンガリーから難民や移民らが大挙して押し寄せたドイツが、欧州連合(EU)の難民政策で速やかに合意を形成しようと躍起になっている。

中東などからドイツに入国する難民や移民が今年は100万人に達するとの見方もあり、「さすがに限界」(政府関係者)が近づいているからだ。

だが、難民の受け入れ分担を嫌う東欧諸国の態度は硬く、交渉の行方は不透明だ。

「EU首脳会議の開催が必要だ。10月半ば以降では遅すぎる」。DPA通信によると、シュタインマイヤー独外相は5日、EU非公式外相理事会が開かれたルクセンブルクで、10月15、16両日予定の首脳会議を前倒しして難民政策を決めるよう訴えた。

独政府は、EUとして難民流入に長期的に対処するには、加盟国への義務的な受け入れ数の割り当てが不可欠とみる。欧州委員会も、最初の到着地ギリシャなどに集まる難民ら計12万人を加盟国が追加で分担して受け入れる案をまとめたが、反発は強い。

チェコのホバネツ内相は「移民は皆、チェコやスロバキアにとどまりたくないのに、どうしろというのか」と述べ、分担義務化は彼らの希望に沿っていないと指摘。ハンガリーのオルバン首相は「移民問題はドイツの問題」と突っぱねた。

ドイツは、難民認定されない安全な出身国のリスト作成のほか、ギリシャやイタリアにEU主導の保護申請処理センターを設けることもEUに求めてきた。実現すれば、欧州に入る難民の総数抑制につながるため、東欧諸国の協力取り付けの材料になるとも期待されている。【9月6日 時事】
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なお、「希望の地」ドイツにしても、あるいはその他の国にしても、難民・移民が新たな生活を異郷で送ることは極めて大きな困難を伴うものであり、ドイツに到着して喜んでいる人々を見ても、あまり楽観的にもなれません。

英仏:混乱の根源でもあるシリアのISへの攻撃を検討 ロシアはまた別の思惑で・・・】
一方で、押し寄せる難民の発生源となっているシリアへの軍事介入を強める動きも出てきています。

****仏、シリア空爆を検討=難民急増で戦略見直し****
フランス紙ルモンド(電子版)は5日、仏政府が過激組織「イスラム国」に対する空爆の対象範囲を、シリアまで拡大する方向で検討していると報じた。シリアから欧州に大量の難民が殺到している現状を踏まえ、移民問題の抜本的な解決には現地での武力攻撃が欠かせないとの判断に傾いたとみられる。【9月6日 時事】
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イギリス・キャメロン首相についても、“首相はシリアで過激派組織「イスラム国」に対する空爆実施を支持するよう野党・労働党議員に働き掛け、10月上旬にも議会承認を求める考え。難民の欧州への密航を手引きする業者への攻撃も検討している。”【9月6日 時事】とも。

シリアへの軍事介入についてはロシアの動きも報じられており、その思惑にアメリカが懸念を示しています。

****ロシア、シリアで軍事増強か 米国務長官が懸念表明****
米国務省は5日、ジョン・ケリー国務長官がロシアのセルゲイ・ラブロフ外相と電話で会談し、内戦が続くシリアにおける切迫したロシア軍部隊の増強に対する懸念を表明したことを明らかにした。

米国務省は、「ケリー長官は(ラブロフ外相に対し)、もし報道が真実であれば、一般市民の死者数や難民の増加、ISILと対抗する勢力との戦闘などで、内戦がさらに悪化する可能性があると明言した」と述べた。(後略)【9月6日 AFP】
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プーチン大統領は、今回の難民問題について「西側諸国、とりわけ米国が中東・北アフリカのイスラム圏でとってきた外交政策の誤り」の結果だと批判しています。

****<露大統領>難民問題「米の外交政策誤りが原因」****
ロシアのプーチン大統領は4日、当地で記者会見し、中東などから欧州に大量の難民が流入している問題の原因について、「西側諸国、とりわけ米国が中東・北アフリカのイスラム圏でとってきた外交政策の誤り」だと主張した。

プーチン氏の発言は、2003年のイラク戦争や、10年末以降の「アラブの春」への米国の介入を指したものだ。同氏は「現地の歴史、宗教、国民性や文化を考慮せずに自分の基準を押し付ける政策だ。我々は何度も『巨大な問題を引き起こす』と警告していた」と述べた。一方で欧米に「テロ対策」での協力を呼びかけた。【9月4日 毎日】
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ロシア軍のシリアでの強化云々は、難民問題とはかかわりのないロシアの思惑に沿うものでしょうが、そのたりはシリア問題を取り上げる際に譲ります。
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イラン核開発問題の「合意」 実現に向けて前進 期待したいイランの変化

2015-09-05 23:20:09 | イラン

(8月23日、テヘランで握手するハモンド英外相(左)とイランのザリフ外相 【8月23日 時事】
イランとイギリスは23日、テヘランとロンドンで閉鎖していたそれぞれの大使館を約4年ぶりに再開しました。 イランの国際社会復帰の流れが強まっています。)

曖昧な合意内容 「抜け道」の存在
7月14日に合意されたイランと米欧など6カ国の「包括的共同行動計画」は、イランにウラン濃縮を含む平和的な核開発の権利を認める一方、それを一定の範囲内に収め、国際的な監視下に置くというのが基本的な枠組みです。

イランはウラン濃縮に使う遠心分離器の数を3分の1に減らし、1万2千キロある低濃縮ウランを300キロに削減するなど、今後10年以上はすぐに核兵器を作れないレベルに核開発を制限。

そうした一連の措置により、イランが原子爆弾1個分の核分裂物質を製造するのに必要な時間は、これまでの2〜3カ月から1年以上に延長され。仮にイランが合意を守らず、秘密裏にウラン濃縮能力などを拡大しようとしても、早期発見が可能になる・・・・というのが6カ国側の立場です。

ただ、監視体制の在り方、特に懸案となっていた核兵器開発疑惑を持たれている軍事施設への査察については、曖昧な形になっており、今後問題化することが懸念されていました。

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オバマ米大統領は14日の演説で「IAEAはいつでもどこでも必要な場所に立ち入れる」と述べ、合意は「確かな検証」に基づくと強調した。
しかしイランが核施設ではなく軍事施設でひそかに核開発をしていないか査察する権限は明記できなかった。

行動計画は、IAEAが軍事施設を含む査察を要求できるとしたが「軍事、治安活動を妨げない」とも規定。イランは要求に異議を申し立てて時間を稼ぐことが可能だ。【7月18日 日経】
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AP通信は8月19日、この軍事施設の査察は国際原子力機関(IAEA)が直接行うのではなく、イランの担当者が提供したデータなどに基づいて実施する取り決めになっていると報じており、その実効性を疑う声も上がっています。

****イラン核査察は抜け道だらけ*****
4月2日、ホワイトハウスのローズガーデンで記者会見したオバマ米大統領は大きな成果に胸を張った。イランの核兵器開発をめぐる協議が枠組み合意に達したと発表したのだ。
協議は7月に最終合意に達し、オバマは歴史に名を残す偉大な業績を上げた……はずだった。

核合意の土台を成すのは、国際原子力機関(IAEA)による徹底した査察だ。イランの核関連施設は厳しく監視され、もしイランが合意を破れば「世界の知るところとなる」と、オバマは言い切った。

しかし、査察の実効性には疑問がある。元-AEA査察官たちによれば、査察担当者たちは、通常のサンプル調査なら簡単にできるが、軍事転用を示唆する機器やプロセスを見分ける専門知識は持つていないという。
「査察を終えた後で、(査察官に)施設で何を見たかと尋ねても、答えられないだろう」と、92年と01年にIAEAのイラク核査察の責任者を務めたロバート・ケリーは言う。

ケリーは同じく元査察官のタリフーラウフと共同で執筆した報告書で、イランでの査察任務は通常の査察の「範囲を超えている」と指摘。イラクでの査察時と同様に、外部の専門家を加えるべきだと主張した。

問題はほかにもある。AP通信の報道によれば、核兵器開発疑惑を持たれているテヘラン郊外の施設について、IAEAが直接査察を行わず、イラン側の提供するデータに基づいて査察を行うことで、IAEAとイランが合意したというのだ。査察の抜け道を認めることになると、米共和党は反発している。

「IAEAが核査察の権限をイランに委ねたとの指摘に当惑している」と、IAEAの天野之弥事務局長は先週、声明を発表した。「合意は、いかなる面でも(査察の)基準を損なうものではない」

もしかすると、イラン側のサンプル収集を監督する要員をIAEAが派遣するのかもしれないが、専門知識を欠く人物を送り込んでもあまり意味はないと、元IAEA職員たちは言う。

歴史的な合意とオバマが退任後に残す政治的「遺産」の雲行きが怪しくなってきた。【9月8日号 Newsweek日本版】
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【「他の選択肢」を考えれば、不完全でも歓迎すべき「合意」】
想像するに、長時間にわたり行われた交渉の実質的中身は、こうした「抜け道」をどこまで許すか、それを表面上はどのように覆うか・・・というあたりの話であり、「抜け道」が存在し、それが表面化したとき批判が出ることは“織り込み済み”でもあり、そうした諸々のことを含めた「合意」だったのではないでしょうか。

交渉による「合意」では、イランに核開発を完全に放棄させるような形で、100%自分の言い分を押しとおすことはできませんので、そうした「妥協」は不可欠でしょう。
(イスラエルが核武装している状況を一方で黙認しながら、イランにそこまで求めることの妥当性にも疑問があります。)

「合意」がなされなければ、イランは核開発を加速させるでしょうし、北朝鮮の事例を見てもわかるように、イランが国民生活を犠牲にしても核開発を進めるという気になれば、制裁強化でもそれを押しとどめることはできません。制裁強化に関して、ロシア・中国の協力をどこまで得られるかもわかりません。

制裁強化でも無理なら、残る選択肢は「戦争」だけです。

そうした「他の選択肢」を考えれば、曖昧・不完全な形ではあっても「合意」によってイラン核開発に一定の制約が課されたこと、また、「合意」によってイランが世界経済の一員に復帰するとともに保守穏健派と言われるロウハニ大統領の力が増し、イランがより現実的な外交路線に向かう可能性が増すことは、歓迎すべきことと考えます。

アメリカ・オバマ大統領の国内外反対派への対応
アメリカは合意内容に関して議会承認を必要としています。議会多数派の野党・共和党が徹底反対していますので、オバマ大統領は力で押し切るしかありませんが、大統領拒否権で乗り切ることが可能となったようです。

****イラン核合意、実現に前進 オバマ政権が議員を説得****
米オバマ政権が、イラン核問題の最終合意を実現できる見通しとなった。

2日、合意に反対する野党・共和党が多数を占める議会に不承認とされても、大統領が拒否権で履行するだけの賛成票を得る見通しがついた。議員への説得工作が奏功したもので、最終合意の実現に大きく前進した。

米議会はイラン核合意を検証し、承認するかどうかを判断できる。上下両院は合意を承認しない見通しで、オバマ氏が拒否権を発動する構えだ。さらに議会が3分の2以上を得て再決議すれば拒否権が覆されることになり、「合意が台無しになる」(アーネスト大統領報道官)と危機感を募らせていた。

共和党議員だけでは3分の2に達しないため、民主党議員の動向が鍵を握る。上院(定数100)で少なくとも34議員が支持する意向を固めた。

これまで態度を明らかにしてこなかったミクルスキ上院議員(民主)が支持に回ったことで3分の2には満たなくなった。同氏は2日、「今回の合意は最良の選択肢だ」とする声明を出した。

下院(定数435)でも十分な支持を得られる見通しだ。【9月3日 朝日】
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オバマ大統領にとっては、対応すべき反対派は国内だけでなく国外にも存在します。

そのひとつイスラエルは、どのように説得しても無理です。

****国際的孤立、辞さず」・・・イスラエル外務副大臣****
(8月)17日から日本を訪問しているイスラエルのツィピ・ホトベリ外務副大臣(36)が、訪日前に読売新聞の単独会見に応じ、イラン核合意を巡るイスラエルの政策について語った。
     ◇
イラン政権は、イスラエルの壊滅を呼びかけており、これはイスラエルの存続に関わる問題だ。最初に影響を受けるだけに、イスラエルには合意の危険性を世界に警告する義務がある。孤立しようとも、外交的手段を通じて欧米などに反対の働きかけを続ける。

イランはテロ組織を支援している。穏健になったというのは幻想だ。欧米が経済関係を強化するために安全保障を犠牲にするのは間違っている。イランは決して核兵器開発を諦めることはない。

もう一つの北朝鮮を生み出すわけにはいかない。経済制裁により核兵器開発を遅らせることが可能であり、制裁を維持すべきだ。【8月18日 読売】
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イスラエルと並んでイランの核開発を警戒しているアメリカの同盟国が、シーア派イランと敵対するスンニ派の盟主を自任するサウジアラビアですが、こちらは「一応」オバマ大統領の「合意」を支持する形になっています。
もちろん、内実はわかりませんが。

****<サウジ国王>7月の合意支持 イラン核、米大統領と会談****
オバマ米大統領は4日、ホワイトハウスでサウジアラビアのサルマン国王と会談した。

大統領は欧米など6カ国とイランの核問題を巡る7月の最終合意がイランの核兵器保有を防ぐものだと力説。国王も合意に支持を表明した。

また両首脳は、過激派組織「イスラム国」(IS)掃討作戦やシーレーン(海上交通路)保護などでの協力継続も確認した。

両国関係は、オバマ政権が2013年にシリアのアサド政権に対する空爆を中止したことや、イランとの核協議を本格化させたことにサウジ側が不満を募らせて悪化。

今年1月に即位した国王は、米国で5月に開かれた大統領と湾岸協力会議(GCC)の首脳会議を欠席した。米側は今回の会談で「アラブ諸国とイスラム圏のリーダー」(大統領)であるサウジとの関係修復を狙った。

大統領は会談冒頭、「中東が困難な時期にあるのは明白だ」とし、サウジも軍事介入しているイエメン情勢やシリア内戦について「懸念を共有している」と指摘。IS掃討作戦を含む対テロ作戦でサウジとの緊密な協力を続けると語った。

イラン核問題については「核兵器の保持を阻止するため、今回の合意を効果的に実行することの重要性について話し合う」と述べた。

終了後に出た共同声明によると、会談で両氏が「中東地域を不安定化するイランの活動に対抗するため引き続き努力する必要性を再確認した」と指摘。

そのうえで、核問題を巡る最終合意は「完全に履行されればイランの核兵器保持を防ぐことで地域の安全保障を高めるものだ」として、国王が支持を表明した。

また、シリアについてはアサド大統領が辞職して政権移行が行われなければならないとの認識を強調した。【9月5日 毎日】
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オバマ大統領は、国内反対を拒否権で乗り切る目途が立ち、国外ではサウジアラビアの支持をを得たことで、合意実現を手繰り寄せた形となっています。

ロウハニ政権下のソフトなアプローチ
一方、イラン・ロウハニ政権について、興味深い記事が。

****社会運動の容認に傾くイラン政府、NGOが活発化****
市民社会の発展が政権安定につながるとの期待

今から数カ月前、何百人もの動物愛好家がイラン政府の環境政策を担う部署の前に集まり、南部の都市シラーズの自治体職員による野良犬の殺処分に抗議した。

殺処分の様子はビデオに撮られ、ソーシャルメディアを介して広まっていた。もっとも、要求を聞いてもらえると思っていた人はほとんどいなかった。

ところが、このデモの参加者は取り締まりを受けるどころか、外に出てきたイラン環境保護庁(IEPO)の幹部職員数人から話しかけられた。(中略)

幹部職員は一通り話を聞くと、早速、都市部の野放しの犬の扱い方に関する通達を出した。(中略)

法的保護を享受するようになったNGO
過去には珍しかったこのようなアプローチが見られることは、非政府組織(NGO)や市民社会全般に対する体制側の態度が変わりつつあることを反映している。

改革派のモハマド・ハタミ大統領の政権は、民主主義強化の取り組みの一環としてNGOを奨励した。
しかし、政治活動への関与を深めたことが裏目に出て、ハタミ氏の後を継いだ抑圧的なマフムード・アハマディネジャド大統領の時代には多くのNGOが消えていった。

そして2年前に当選した穏健派のハサン・ロウハニ氏の政権下では、かつて政治の干渉に弱かったNGOがこれまでよりも強力な法的保護を享受している。

イラン政府は今後数カ月以内に、NGOに関する新しい法案を議会に提出する。
政府の意志決定におけるNGOの発言力を高めたり、登録に要する期間を現在の6カ月から1カ月に短縮したり、解散を今よりも難しくしたりするのがその狙いだ。

また、今年施行された別の法律では、環境保護や子供もの権利に関する法律の違反についてNGOが訴えを起こすことが認められている。それ以前は、検事総長しか訴えることができなかった。

イラン政府による、この以前よりもソフトなスタンスは、すでに違いを生み出している。イランで登録しているNGOの数はこの1年間で30%増加し、7000団体に達した。

新しいNGOは、そのほとんどが健康、環境、起業などに的を絞っており、人権のような物議を醸すテーマは避けている。政府は、来年3月までに1万団体に増えるだろうと期待している。

市民の社会参加が政権安定化につながる理由
市民の社会参加を拡大させることはロウハニ氏のためになる、と政府高官やアナリストたちは述べている。
IEPOのムハンマド・ダルビッシュ教育・国民参加局長は「ロウハニ政権は、国民に信頼されて仲間だと思ってもらえる政権は(より)安定すると考えている」と言う。

ダルビッシュ氏によれば、2013年以降、NGOの数は環境関連のものだけでも400から778に増えている。「このシフトは政府だけではなく体制全体で見受けられ、特に司法府でその傾向が強い。干ばつや渇水、若者の高失業といった社会的危機は、より大きな信頼を国民から得ているNGOの助力なしには解決できないことを国の支配者層が理解したからだ」。ある専門家は匿名を条件にこう語った。

「公機関によるこうした協力が社会の発展につながっていく。そして今度はそれが、経済などほかの分野での発展の土台になる」。イラン内務省のアドバイザーでNGO問題担当の代表代行も務めるバーマン・メシュキニ氏はそう指摘する。

この点はNGOも認めている。市民社会への参加が盛んになれば発展を促すことができると語るのは、シンクタンクとして活動するNGO「法律立法研究所」のマネジングディレクター、タフムーレ・バシリイェフ氏だ。

「国の役所のオフィスで座っている人と・・・一般国民とでは問題の感じ方が違う」と同氏は言う。「政府機関よりも国民に信頼されており歓迎されてもいるNGOは、人々のニーズをより的確に理解している」(中略)

それでも、政府がアプローチを和らげている中でも、なすべきことがまだある。原理主義者たちが支配する司法と議会はこれまで協力してきた。だが、NGOはまだ、活動する分野を慎重に選ばなければならない。人権などの分野はいまだに物議を醸す。

人権状況はなお悪化
国連は今年、ジャーナリストや活動家の処刑と投獄の急増を引き合いに出し、2013年にロウハニ氏が大統領に選出されて以来、イランの全体的な人権状況が悪化したと述べた。

国連のイラン担当特別報告者、アフメド・シャヒード氏は今年、「イランは引き続き、人口比で世界中のどの国よりも多くの人を処刑している」と述べた。

一方、前出のメシュキニ氏は、NGOに門戸を開く政府の政策を追求する決意を固めており、「すべての政府機関の方針は、微笑み、すべての社会活動家を尊重することだ」と語っている。【8月29/30日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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“「合意」によってイランが世界経済の一員に復帰するとともに保守穏健派と言われるロウハニ大統領の力が増し、イランがより現実的な外交路線に向かう可能性”に加えて、イラン国内政治においても柔軟な対応が増えることも期待されます。敢えて楽観的に言えばの話ですが。

「合意」によるイランの中東地域での影響力拡大がもたらす混乱への懸念もありますが、「合意」が破綻した場合の混乱に比べれば、まだましではないか・・・とも思っています。
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パレスチナ・ガザ地区  このままでは「居住不能」に

2015-09-04 23:17:25 | パレスチナ

(ガザ地区 イスラエル軍の砲撃で吹き飛んだ自宅の前に座る女性 【9月4日 Newsweek】)

【「天井のない監獄」】
昨年7月のイスラエルによるパレスチナ・ガザ地区への侵攻、8月の停戦から1年が経過しましたが、イスラエルによる封鎖が続く状況でガザ地区の復興は進んでいません。

****停戦から1年 ガザ地区の再建進まず****
イスラエルとイスラム原理主義組織ハマスとの戦闘が停戦してから(8月)26日で1年となりますが、大きな被害を受けたガザ地区の再建はほとんど進んでおらず、国際社会は、このままでは再び政情が不安定化しかねないと懸念を強めています。

去年夏のイスラエルとハマスによる50日間にわたる戦闘は犠牲者の数がパレスチナ暫定自治区のガザ地区で市民を中心に2200人、イスラエル側で兵士を中心に70人に上るなど、ガザ地区を巡る戦闘では過去最悪の規模となりました。

双方が停戦で合意して26日で1年となりますが、大きな被害を受けたガザ地区では破壊された住宅や生活インフラの再建が大幅に遅れており、今も10万人が自宅を離れ、親戚の家や仮設住宅での避難生活を強いられています。

双方は停戦後、イスラエルによるガザ地区の経済封鎖の解除に向けて間接的な協議を進めることになっていましたが、封鎖は部分的に緩和されたものの継続されており、再建が遅れる最大の要因となっています。

国連の最新の調査ではガザ地区の1歳未満の乳児の死亡率が50年ぶりに上昇傾向に転じ、保健・健康状況の悪化が懸念されているほか、世界銀行の統計で失業率が世界最悪の44%に上り、とりわけ若者の失業率は60%に達しています。

国際社会はガザ地区を、こうした劣悪な状況のまま放置すれば、再び政情が不安定化しかねないと懸念を強めています。(中略)

「天井のない監獄」変わらず
ガザ地区はパレスチナ暫定自治区として自治が認められているものの、イスラエルが建設した高い塀やフェンスで囲まれていて、2007年にイスラム原理主義組織ハマスがパレスチナの中で対立する勢力を武力で制圧し、実効支配に踏み切って以降、イスラエルが人やモノの厳しい封鎖を続けています。

去年の戦闘で、ハマスはイスラエルによる封鎖の解除を掲げて戦闘を続け、停戦した際には封鎖の解除に向けてイスラエル側と間接的に協議を進めることで合意していました。

それから1年がたち、イスラエルは人の行き来や農産物の輸出など封鎖を部分的に緩和しましたが、依然として特別な許可がなければ住民がガザ地区の外に出ることを認めておらず、ガザ地区が「天井のない監獄」と表現される現実は変わっていません。

イスラエルとハマスの戦闘は、ハマスがガザ地区の実効支配を始めた2007年以降、すでに3回行われ、そのたびに住民を含む大勢の犠牲者が出ています。

住民の置かれた状況が厳しさを増すなか、ガザ地区では過激派組織IS=イスラミックステートを支持するグループが暗躍し、ハマスと対立する姿勢を示すようになり、新たな不安要素が出てきています。

再建進まない住宅
去年のガザ地区を巡る戦闘では1万8000世帯の住宅が破壊されたほか、電気網や道路などの生活インフラも壊滅し、これらの再建が大きな課題となってきました。

しかし、住宅の再建はほとんど進まず、今もおよそ10万人がガザ地区の中で、仮設住宅の生活を余儀なくされたり、親戚の家に身を寄せたりしています。再建のめどが立たないなかで、倒壊のおそれがある自宅に住み続けている人も少なくありません。

国際社会は去年10月、エジプトのカイロで開かれた国際会議でガザの再建に向けて35億ドルの支援金の拠出を約束しましたが、国連によりますと、先月の時点で実際に支払われたのは、その3割程度にとどまっているということです。

さらに住宅などの建設に必要なセメントや鉄筋などがハマスに軍事転用される懸念があるとして、イスラエルが建設資材の搬入を厳しくチェックする体制を取っているため、こうした物資がガザ地区に十分に届かず、再建の遅れが懸念されています。【8月26日 NHK】
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現在の経済状態が続けば5年以内に「居住不能」になる可能性
上記のような“復興が進まない”という報告はこれまでも再三目にしていましたが、このままでは5年以内に「居住不能」になるというショッキングな報告が国連から出されています。

****中間層もインフラも壊滅、ガザは5年後に「居住不能****
ほとんどのガザ住民は国連の配給がなければ生きていけない

パレスチナ自治区のガザ地区は、もし現在の経済状態が続けば5年以内に「居住不能」になる可能性がある、と警告する報告書を国連が公表した。

国連機関の貿易開発会議(UNCTAD)の報告書によると、ガザの社会経済の現状は1967年以来最低の水準にある。「今の傾向が続けば、人口過密が社会、医療、治安の破綻を招き、2020年までにガザでは生活できなくなるかもしれない」。

95年以前まで「退行」した経済
ガザの人口は、2020年までに現在の160万人から210万人に増加すると予測されており、医療、教育、上水道、衛生の各部門で「相当な努力」をしなければ、ガザに人が住み続けることはできなくなる、と報告書は指摘している。

ガザの壊滅的な経済の現状にも触れている。8年に渡るイスラエルの経済封鎖と過去6年間に繰り返された3回の戦闘によって、「ガザから域外に輸出する商品の生産能力は破壊され、インフラも破壊された」。

戦闘が繰り返されるため経済復興を成し遂げる十分な時間もなく、比較的に安定した時期だった95~99年に成し遂げた経済発展は失われ、以前より後退してしまった。

「パレスチナの人々の経済状態は、20年前より悪化している」と、報告書は指摘している。昨年の失業率は過去最高の44%に達し、女性10人のうち8人は無職だ。

ガザでは昨年のイスラエル軍とイスラム原理主義組織ハマスの戦闘によって住民数千人が住居を失ったまま。また06~14年の戦闘でパレスチナはGDP(域内総生産)の3倍の損失を被った。

ガザの住民1人あたりのGDPは、同じパレスチナのヨルダン川西岸地区の3分の2程度だが、「間接的な経済損失を勘案し、生産能力の破壊で将来失う収入も換算すれば、紛争による損失の合計はさらに高くなる」という。

中間層は壊滅しほとんどが極貧状態へ
昨年の戦闘では2200人の住民が死亡したが、その大部分は民間人だった。この戦闘で「かろうじて残っていた中間層は壊滅し、住民のほとんどすべてが極貧状態に転落。国際的な人道援助に依存しなければならなくなった」。

この戦闘で住宅1万8000戸、26の学校、15の病院が破壊され、農業部門や工場、主要インフラ、観光施設が損害を受けた。過去6年間の軍事行動で殺された住民は3782人に上る。

今年国連は、昨年のガザ侵攻に関して、イスラエル軍とハマスの双方の戦争犯罪を糾弾した。イスラエルは国連の主張に異議を唱え、ガザ侵攻は合法だったとする独自の報告書を公表した。

一方イギリスでは、来月訪英するイスラエルのネタニヤフ首相の逮捕を求める請願に、9万5780人の署名が集まっている。

ガザでは電気、食糧、水道の供給も課題となっている。昨年の戦闘以前も、ガザでは電力需要の40%は供給されていなかった。

ガザの住民は飲み水を海岸沿いの地下水に頼っているが、こうした水の95%は飲み水に適していない。

そして86万8000人のガザの住民のうち約半数が現在、国連機関の食糧配給に頼っている。2000年時点の7万2000人から大幅に増加した。【9月4日 Newsweek】
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国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)ではパレスチナ難民を「イスラエル建国で家と生計を失った者とその子孫」と定義しており、パレスチナのガザ地区・ヨルダン川西岸に約200万人、隣国のヨルダンに約200万人、シリアとレバノンにそれぞれ約50万人が暮らしています。その3分の1がいまだに難民キャンプにいます。【国連広報センター ブログより】

現在、シリア難民が欧州に押し寄せる事態に欧州各国は困惑していますが、近い将来、「居住不能」となったガザ地区からパレスチナ難民が欧州へ・・・という事態もあるかも。

これまでパレスチナ難民を受け入れてきたヨルダンはすでに飽和状態ですし、シリアは自国が崩壊状態です。

ちなみに、シリア・の首都ダマスカス南部のヤルムークにあるパレスチナ難民キャンプは、4月にイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」が進攻してきて以来、戦場と化していますが、最大1万4000人が依然としてキャンプ内に取り残されていると言われています。【9月3日 AFPより】

ハマスはサウジアラビア・エジプトとの関係修復を模索
話をガザ地区に戻すと、ガザを実効支配しているハマスは、イラン核問題での合意という国際情勢変化を受けて、これまで疎遠だったサウジアラビアやエジプトとの関係改善を模索しているとも報じられています。

****<ガザ停戦1年>ハマス「バランス外交」 孤立脱却図る****
イスラエルとの停戦から1年を経たパレスチナ自治区ガザ地区。
同地を支配するイスラム原理主義組織ハマスは戦力の回復を図るとともに、ダイナミックに変化する国際政治の潮流を読み、地域大国の対立などに乗じる「バランス外交」で、国際社会からの孤立脱却を図ろうとしている。

「サウジアラビアとの関係は改善されつつある」。ハマスは今月3日、ガザ市に有識者を招いて地域情勢説明会を開催。在外指導者メシャル氏が7月中旬、サウジにサルマン国王を訪ねた背景を報告した。

説明会に参加したガザ地区のアル・アズハル大のアブサダ准教授はサウジとハマスの接近について、イランの核問題を巡る同国と欧米との合意と「無縁ではない」と指摘する。

敵対関係にあった欧米との核合意は、国際的に孤立していたイランにとって追い風になる。地域大国イランの再台頭が予想される中、同国と対立する一方の地域大国サウジにはハマスを引きつけたい思惑が働き、隣国エジプトとの関係改善を目指すハマス側は、同国と関係の深いサウジに仲介役を期待しているという。

サウジとハマスは長らく疎遠だった。2007年、ハマスがサウジの仲介でアッバス・パレスチナ自治政府議長の出身母体ファタハと挙国一致内閣の樹立で合意した後、ガザを武力制圧したためだ。

一方、イスラエルと敵対するイランはハマスを軍事、財政両面で支援してきた。だが、11年のシリア情勢の悪化に伴い、アサド政権を支持するイランと、反体制派に同情的なハマスの関係も冷却化した。

イスラエルに封鎖されたガザ地区にとって、同国以外の唯一の「陸路の出入り口」に当たるエジプトとの関係も、13年夏にハマスを敵視する軍事政権が発足すると急激に悪化した。

八方塞がりになったハマスにとって、今年7月14日のイラン核合意は情勢好転のチャンスになった。

ハマスのハニヤ最高幹部の元顧問、アフマド・ユーセフ氏は「サウジはハマスに対し、イランと距離を置かせようとしている。見返りの支援策も示している」と話す。

ハマスにとってもサウジとの「復縁」がもたらすメリットは大きい。「エジプトを政治的、財政的に支援しているサウジが、ハマスとエジプトの間を取り持ってくれれば、ガザの窮状打開につながる」(ユーセフ氏)からだ。

エジプトもハマスとの連携が必要になりつつある。シナイ半島を拠点とする過激派組織「イスラム国」(IS)の分派が、7月ごろからエジプト治安当局への攻撃を激化。

当局は、ガザ内部のIS支持勢力と対立するハマスと関係改善を図る可能性がある。エジプトは今月、ガザ地区との間にあるラファ検問所を4日間開放。サウジの「仲介効果」との見方もある。

ハマスのハマド副外相は対イラン関係について「改善の努力はなされている」と強調する。
「イランともサウジとも関係を持ち、どの大国のポケットにも入らない。それがハマスの方針だ」と説明したが、「中東の政治は複雑で、中立でいるのは容易ではない」とも話す。

ハマス流バランス外交の行く末は見通せない。【8月26日 毎日】
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エジプト、ハマス、更にはイスラエルの対IS共同戦線・・・という話については、7月3日ブログ「エジプト シナイ半島過激派を共通の敵としてハマスに接近? 更に入り組んだシリア各勢力の関係」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150703)でも取り上げたことがありますが、その実態はよくわかりません。

「エジプトを政治的、財政的に支援しているサウジが、ハマスとエジプトの間を取り持ってくれれば、ガザの窮状打開につながる」という話にしても、イエメンに深入りするサウジアラビアと、リビアの世俗派支持に関心が向いているエジプトの関係は、足並みがそろっているという訳でもないようです。

ハマスの近況については、下記のような報道も。

****ハマスが基礎戦闘訓練、2万5000人が参加 ガザ****
パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスが1日、同地区の約2万5000人のパレスチナ人に向け基礎戦闘訓練を目的とする夏期キャンプを開いた。【8月4日 AFP】
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“ハマス流バランス外交”や基礎戦闘訓練はともかく、ガザ地区そのものが「居住不能」となってしまっては、バランス外交も、戦力回復もあったものではありません。

イスラエル 国際的孤立の恐れも
当然ながら、ガザ地区の状況改善にはイスラエルの協調が必要不可欠です。

パレスチナ西岸地区の入植地問題などパレスチナ問題で、イスラエル・ネタニヤフ政権が軟化する兆しは今のところ見えません。

ただ、国際的な流れはパレスチナを容認する方向、イスラエルにとっては厳しい方向にあるように見えます。

****国連にパレスチナ旗掲揚を=10日に決議案採決****
国連未加盟ながら「オブザーバー国家」の地位を持つパレスチナは3日までに、ニューヨークの国連本部にパレスチナの旗を掲揚するよう国連事務総長に要請する決議案を総会に提出した。

10日に採決される見通しで、パレスチナの国連代表部当局者は「採択は間違いない」と自信を示した。

決議案は9月15日の第70回国連総会開会後、採択から20日以内に掲揚に必要な措置を取るよう事務総長に求めている。対立するイスラエルは反発している。

国連本部前には加盟193カ国の国旗がアルファベット順に並んでいる。決議案が通れば、同じくオブザーバー国家であるバチカン(ローマ法王庁)の旗も掲げられる可能性がある。

パレスチナは2012年11月の総会決議で、「オブザーバー機構」から格上げされた。【9月4日 時事】
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ガザ地区住民の生活困窮の深刻化、パレスチナ容認の国際的流れという情勢のなかで、頭が固いハマス・イスラエル双方がこれまでにない柔軟な発想に転じることができれば、ガザ地区の「天井のない監獄」という現状は改善されるのですが、なかなか・・・・。

ハマスにとっては、イスラエルと対立、イスラエルへの戦闘も辞さない強硬姿勢が組織存立の基盤でもありますので、両者の関係改善は難しいものがあります。

迷走する自治政府・アッバス議長
本来であれば、パレスチナ自治政府が影響力を示すべきところですが、アッバス議長・自治政府の存在感も薄いのが現状です。と言うより、迷走していると言うべきか・・・。

****パレスチナ自治政府議長、PLO議長を辞任へ****
パレスチナ自治政府のアッバス議長は23日、PLO執行委員会議長を辞任する意向を発表した。最大11人の他の執行委員会メンバーとともに30日以内にPLOに提出する。

パレスチナ自治政府のアッバス議長は23日、ヨルダン川西岸のラマラで「パレスチナ解放機構(PLO)執行委員会(内閣に相当)の他のメンバーとともに辞任することを決めた」と述べ、PLOのトップである執行委員会議長を辞任する意向を発表した。自治政府議長(大統領)にはとどまる。

PLOは、パレスチナ人400万人弱が住むヨルダン川西岸を支配している自治政府を形成する主要組織で、パレスチナ指導部内の混乱をうかがわせる。

アッバス氏は、辞任の意向を書面で提示し、承認を受ける必要がある。認められれば、2009年以来のPLOの最高意志決定機関、パレスチナ民族評議会(PNC)の特別会合が行われ、執行委員会委員と議長が選出される。

パレスチナ政府当局者や政治アナリストによれば、PLO内部の抗争やイスラエルとの和平交渉の行き詰まりから支持基盤が弱体化しているアッバス氏は、執行委員会議長選で再選を目指し、立場の強化を狙っている可能性がある。

最近、PLOの指導部内では意見対立が先鋭化し、パレスチナ人の間でもアッバス氏に対するいら立ちが強まっている。

アッパス氏は、公金を流用してラマラの高級マンション数件を購入したとの疑惑が生じている自分の息子を含め、スタッフの腐敗をめぐって批判を浴びている。

アッバス氏は、アラファト前議長の死去を受けて、2005年に後任の自治政府議長に選出された。しかし、06年にイスラム原理主義組織のハマスが自治政府立法評議会(議会)選挙で勝利し、パレスチナの政治は混乱状態となった。

07年にはハマスは、パレスチナ人200万人弱が住むガザ地区を実効支配した。ヨルダン川西岸を統治する自治政府とハマスとの統一政権樹立の試みは数多くあったが、ことごとく失敗している。

アッバス氏は最近、政敵の影響力を削ぐ動きを見せている。6月には、長年にわたって使えてきた側近のヤセル・アベド・ラボ氏をPLO書記長から解任した。

8月20日には、欧州連合(EU)が支援している、民間レベルでイスラエルとパレスチナの和平を提唱しているグループ「ジュネーブ・イニシアチブ」のラマラ事務所を閉鎖した。ジュネーブ・イニシアチブは、パレスチナ側ではラボ氏が主導している。

ハマスの最高指導者ハリド・マシャル氏は最近、イスラエルとの間で長期停戦に向けての話し合いを行っていると述べた。しかし、ハマスをテロ組織と見なしているイスラエルの当局者は、これを否定している。【8 月 24 日  WSJ】
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少なくとも、水面から上では、ガザ地区情勢の改善につながる話はあまり見られません。
水面下で何かあればいいのですが・・・。

また、“住民の置かれた状況が厳しさを増すなか、ガザ地区では過激派組織IS=イスラミックステートを支持するグループが暗躍し、ハマスと対立する姿勢を示すようになり、新たな不安要素が出てきています。”【前出 NHK】というのが気になるところです。
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欧州に押し寄せる難民・移民  現実政治に対し、海岸に打ち上げられた男児の遺体が訴えるもの

2015-09-03 23:10:05 | 難民・移民

(ハンガリー・ブダペストからドイツ・ミュンヘンに向かう列車で外を眺める移民 胸の内にあるのは希望でしょうか、不安でしょうか。あるいは故郷に残した家族への思いでしょうか。 【9月3日 AFP】

ハンガリー・ブダペスト東駅の混乱
このブログでも再三取り上げているように、また、連日各メディアが報じているように、欧州を目指す難民・不法移民の流れが止まりません。

欧州各国は、この未曾有の状況にどのように対処すべき決められず混乱しています。

その混乱の象徴ともなっているのが、バルカンルート(トルコから対岸ギリシャの島にわたり、ギリシャ本土から非EU圏のマケドニア、セルビアを通過し、多くがドイツを目指してバルカン半島を北上するルート)のEU入り口となっているハンガリー・ブダペストの東駅の混乱です。

****難民3000人、警官隊とにらみ合い ハンガリー駅前****
中東、アジアの紛争地域から欧州に逃れる人々の中継地となったハンガリーの首都ブダペストの東駅で、入構を阻まれた約3千人が駅舎外を埋め尽くす異常事態が起きている。

入り口に二、三重の人垣を作って立ちはだかる警官らに対し、難民、移民らはあくまでもドイツなどに向かう列車への乗車を目指す構えだ。

ハンガリー当局は1日から突然、国際電車の発着駅である東駅から難民、移民らを排除し始めた。
一方で、駅前には2日も南部国境から入国して西欧行きを目指す人々が次々と到着。混乱は増すばかりだ。

今年、ギリシャに上陸し、バルカン半島を北上してハンガリーに入った人々は15万人以上。膨大な数に収容が追いつかず、大半が列車などで難民受け入れ態勢の整ったドイツなどに向かっていた。

ムハンマドと名乗るダマスカス出身のシリア人男性(23)は「ハンガリー政府は我々を難民と見なしておらず、ここにはいられない。どんなことがあろうとドイツに行く」と話した。【9月2日 朝日】
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難民たちは、ハンガリー・ブダペストの駅に一時的に作られた「難民キャンプ」に数日間、足止めされていましたが、ハンガリー当局は8月31日、難民たちが最終的に目指す欧州北部に向かうため、列車に乗車することを許可しました。

本来、EUでは難民・移民が最初に到着した国で保護申請などの措置を行う規定になっていますが、ドイツなど欧州北部を目指す難民・移民が通過するハンガリーは、新たに押し寄せる記録的な数の移民の対応に手が回らないとして乗車を黙認する形となりました。結果、大勢の難民らがハンガリーを出国し、オーストリア・ドイツに向かいました。

しかし、9月1日には警官が駅を一旦閉鎖し、シェンゲン協定域内で有効な査証(ビザ)を持たない外国人は切符を持っていても入場が認めらないとしています。
ハンガリー内務省は8月31日、今年初めからの同国への不法入国者を15万6千人と発表しています。

1日のハンガリー当局の対応変更は、ドイツの意向があるのでは。
オーストリアやハンガリーを経由した大勢の移民がミュンヘンなどに列車で押し寄せたことを受け、ドイツ内務省は1日、ルールが依然有効であり、他のEU加盟国はこれを順守すべきだと主張しています。(メルケル首相がハンガリーの無責任な対応に激怒した・・・とかニュースで見聞きしたような気もします)

しかし、大半の難民が到着するイタリアやギリシャ、ハンガリーでは、これほどの規模の申請を処理するのは現実問題としては不可能とも言えます。

ハンガリーのオルバン首相も、ドイツに対し腹に据えかねるものがあるようです。

****ハンガリー首相、「移民危機は欧州でなくドイツの問題****
ハンガリーのオルバン・ビクトル首相は3日、移民危機は欧州の問題ではなくドイツ一国の問題だと述べ、ハンガリーに押し寄せる難民に対する政府の対応を自己弁護した。

オルバン首相はベルギー・ブリュッセルで欧州議会のマルティン・シュルツ議長と共同記者会見し「この問題は欧州の問題ではなく、ドイツの問題だ」と述べ、「誰もハンガリーやスロバキア、ポーランド、エストニアにとどまろうとは考えていない。誰もがドイツを目指している。われわれの仕事は彼ら(移民ら)を登録することだけだ」と語った。

オルバン首相の発言に先立って、再開したハンガリーの国際鉄道駅では、西欧を目指す移民・難民が列車に殺到する騒動が起きていた。

オルバン首相は「欧州レベルでは明確な規則が存在する。ドイツの(メルケル)首相はきのう、登録をしない者はハンガリーを出国することはできないと語った」「ドイツ首相がわれわれに(移民の)登録実施を要求するのであれば、われわれはそうする。それが規則だからだ」と続けた。

オルバン首相はこれまで欧州の移民危機に対して強硬姿勢を取っている。難民を各国に割り当てる案を拒否し、セルビアとの国境沿いには有刺鉄線を設置して移民の流入を阻止しようとしてきた。【9月3日 AFP】
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メルケル首相の決意 難民の受け入れを「成し遂げる」】
ドイツも現行ルールに無理があるのを認め、その見直しを提言しています。

****難民受け入れ責任はEU加盟国で公平に****
中東などから大勢の難民や移民がヨーロッパに流入している問題で、ドイツとフランス、イタリアの3か国は、難民を受け入れる責任はEU=ヨーロッパ連合の加盟国が公平に負うべきだという点で一致し、必要な対策をEUに書面で求めました。

中東やアフリカからの難民や移民は、地中海を渡って最初に到着するギリシャやイタリアだけでなく、経済的に豊かなドイツやフランスなどにも押し寄せ、ヨーロッパが抱える大きな問題となっています。

この問題について、ドイツとフランス、それにイタリアの3か国の外相が、2日、イタリアのローマで協議しました。

イタリア外務省の発表によりますと、協議では、難民を受け入れる責任はEUの加盟国が公平に負うべきで、難民が最初に到着した国がその責任を負うことを義務づけた今の制度を見直す必要性で一致したということです。

3か国はこうした内容を盛り込んだ書面をEUのモゲリーニ上級代表に送ったとしています。

EUは、今月14日に緊急の内相会議を開いて、難民の受け入れに関する各国の分担などを議論する方針ですが、今回の書面の内容についても検討するとみられます。【9月3日 NHK】
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メルケル首相は8月31日の記者改憲で、「欧州全体で動き、各国が責任を分かち合わなければならない」と指摘したうえで、「(負担の分担が)実現できなければ、(移動の自由を認めた)シェンゲン協定も課題になるかもしれない」と述べ、域内の移動の自由を認めた「シェンゲン協定」の見直しにも言及しています。

また、ドイツ・メルケル首相は、国境にフェンスを建設しているハンガリーなど中東欧諸国が難民受け入れに消極的なのに対し、ドイツは難民の受け入れを「成し遂げる」と決意を語っています。

****<ドイツ>首相、難民の受け入れに意欲「成し遂げる****
ドイツからの報道によるとハンガリーに集まっていた約2000人の難民のうち、約800人が先月31日から1日にかけ、ドイツ南部バイエルン州に列車で到着、ミュンヘンなどの施設に収容された。

メルケル独首相は31日の記者会見で難民の受け入れと統合策が「国家の中心課題になる」として、定住・就労や独語教育などに取り組むと述べた。

列車でハンガリーからドイツに向かった難民は一時、ハンガリー・オーストリア国境やウィーンに留め置かれた。数百人はオーストリアに残され、残りはドイツに到着した。ミュンヘン駅に到着した難民はドイツに感謝の意を述べた。

メルケル首相は今年、80万人と予測される難民のうち半分は定住するとの見通しを述べた。
ドイツが債務危機を乗り越え、脱原発を実現した実績をあげ、難民の受け入れを「成し遂げる」と決意を語った。

一方、難民への攻撃や収容施設への焼き打ちには「国家として厳しく対応する」として「人間の尊厳を傷つけるものは容赦しない」と極右ネオナチなどの難民排除の動きを批判した。【9月1日 毎日】
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ドイツ政府は8月25日、シリア人による亡命申請の受け入れ要件を緩和したと発表しています。
メルケル首相も相当の覚悟でのぞんでいるようです。

しかし、そのドイツでも排外的な動きは強まっています。

****<ドイツ>難民への攻撃急増****
ドイツ内務省は2日、難民収容施設への放火といった難民への攻撃が今年になってから8月末までに337件に達したと発表した。昨年は同種の事件が1年間で198件だったので、倍増する勢いだ。多くは、ネオナチや極右思想に共鳴する市民による犯行という。

内務省の発表によると放火、暴行のほか、人種差別的な扇動などを含む難民への攻撃が今年7、8月に130件以上発生、8月末までに337件に達した。13年は1年間で64件で今年は5倍以上になる。

難民流入の急増とともに、攻撃も増えている。難民への攻撃とみられる事件でも、内務省の統計に入っていないものがあると指摘されており、実際の事件数はさらに多い可能性がある。(後略)【9月3日 毎日】
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【「難民危機の真の悲劇を示す恐ろしい画像」】
こうした難民・移民をめぐる混乱状態にある欧州にあって、ある写真が話題になっています。
海岸に打ち上げられ、うつぶせで横たわる難民の男児の写真です。

****海岸に打ち上げられた移民男児の遺体、欧州各国で波紋呼ぶ****
トルコ沖で移民らを乗せた船が転覆した後、海岸に打ち上げられた男児の遺体を写した写真が、大きな反響を巻き起こしている。

トルコの通信社ドーガンが撮影した写真には、トルコ・ボドルム近くの砂浜にうつぶせに横たわる男児の遺体が写っている。遺体はその後、警官によって拾い上げられた。

写真はインターネット上で広く共有され、ツイッター上ではハッシュタグ「#KiyiyaVuranInsanlik(海岸に打ち上げられた人間性)」が世界のトレンド上位に入った。

英紙デーリー・テレグラフは「難民危機の真の悲劇を示す恐ろしい画像」との見出しを掲載。英紙ガーディアン
は、この写真が悲惨な現状を「国内に持ち帰った」と報じた。

英紙インディペンデントは、「もし、シリア人の子どもの遺体を写したこの非常に力強い写真をもってしても、欧州の難民に対する姿勢が変わらないとしたら、いったいどうやったら変わるというのか」と報じた。

また、ハフィントン・ポスト英国版は、「何とかしろよ、デービッド」と、同国に到着する移民に対し強硬策をとるデービッド・キャメロン英首相に迫った。

スペインでは、エルパイス、エルムンド、エルペリオディコの各紙のウェブサイトも写真を掲載。エルペリオディコ紙は「欧州の水死」とのタイトルを写真につけた。

男児は、ギリシャのコス島に向かう途中の2日朝にトルコ海域で沈没した移民船2隻に乗っていて死亡したシリア人のうちの一人とみられている。

死亡したのは少なくとも12人で、うち5人が子ども、1人が女性だった。他に15人が救出され、救命胴衣を着け海岸にたどり着いて助かった人もいた。【9月3日 AFP】
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写真は#KiyiyaVuranInsanlikで検索すればすぐに見つかりますし、http://ink361.com/app/users/ig-362656665/sammyb3n/photos/ig-1065459902116923770_362656665 などで見ることができます。

痛ましい写真であり、公開することへの異論もあると思われますので、ブログ上にオープンにするのは控えますが、個人的には直視すべきものと考えます。

【もし貧しい人々が飢え死にするとしら、あなたが、そしてわたしが、与えなかったからです。】
こうした悲劇は、ほんの一端にすぎません。

****<ローマ法王>保冷車遺体事件を非難****
フランシスコ・ローマ法王は30日、ハンガリー国境に近いオーストリア東部でシリア難民ら71人が保冷車内に放置され、死亡した事件について「全人類に危害を加える犯罪だ」と糾弾した。

法王はバチカンのサンピエトロ広場で開いた日曜恒例の祈りの集いで、中東やアフリカから欧州を目指す難民・移民の死者が増えている現状に懸念を表明し、信徒と共に犠牲者のために黙とうをささげた。【8月31日 毎日】
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また、リビア沖の地中海上で欧州を目指す難民・移民の海難救助にあたる国際医療・人道支援団体「国境なき医師団」の担当者は、押し寄せる難民・移民を前に「救助船が足りない」と訴えています。

こうした繰り返される悲劇の一方で、ひっかかるものがあったのが、難民問題とはまったく関係ありませんが、ノルウェーの犯罪者を収監するオランダの刑務所の写真でした。


(オランダのノルゲルハーフェン刑務所の房室の内部 【9月2日 AFP】)

****刑務所が満杯、ノルウェーから蘭「豪華刑務所」へ受刑者移送開始****
ノルウェーでは受刑者を独居房に収監することが多いが、収容場所がないとの理由で有罪判決を受けた1000人以上が収監を待っている。

問題解決のためノルウェーはオランダ政府からノルゲルハーフェン刑務所を借用。両国間の正式な受刑者引き渡し式典を2日に控え、最初の受刑者25人が1日、同刑務所に到着した。(中略)

国内メディアが「豪華刑務所」と呼ぶこの刑務所では、長期受刑者は庭で野菜を栽培し、ニワトリを育て、調理し、舎房から牧歌的な風景を楽しむことができる。(後略) 【9月2日 AFP】
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欧州の犯罪者が「豪華刑務所」で暮らせ、他方で難民・移民は欧州から受入を拒まれ、犠牲者が増加する・・・・。

現実世界は国家単位で成り立っていますので、生まれた国家が異なれば、そうした境遇の差が生じるのはやむを得ないのが現実です。
もし、国家の枠組みを取り払ってしまえば、豊かな国はその豊かさを失うことも覚悟しなければなりません。

ただ、「やむを得ない」と受け入れるのには、ザラつくものが残ります。

****マザーテレサのことば』より ****
もし貧しい人々が飢え死にするとしたら、それは神がその人たちを愛していないからではなく、あなたが、そしてわたしが、与えなかったからです。

神の愛の手の道具となって、パンを、服を、その人たちに差し出さなかったからです。
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もちろん、私も、多くの人もマザー・テレサのようにはなれません。
どんなきれいごとを言ったとしても、自分の身に負担が降りかかれば、まず自分の身を案じます。

しかし、そうであるにしても、「それでいいのか・・・・」という疑念は捨て去るべきではないでしょう。
たとえ自分に大きな負担が及ばない範囲での「偽善」であったとしても、可能な範囲でできることはないか探す気持ちは捨て去るべきではないでしょう。

理想を語ることが揶揄され、本音と称するもの言いがまかり通る昨今ですが、むき出しのエゴだけで生きるのもあさましいものがあるのでは・・・。
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ウクライナ 「新学期停戦」、デフォルト回避、しかし、東部への自治権付与で連立崩壊の危機

2015-09-02 22:08:38 | 欧州情勢

(8月31日、ウクライナの首都キエフにある最高会議(国会)前で、警官隊と衝突する改憲反対派 【8月31日 時事】)

8月中旬に戦闘激化したものの「新学期停戦」順守へ
久しぶりにウクライナの情勢。
“久しぶり”ということは、ここしばらくは劇的な変化はなかった・・・ということでもありますが、平穏に停戦合意が遵守されていた・・・という訳でもありません。8月中旬には戦闘激化も報じられていました。

****<ウクライナ>独立記念日前に戦闘激化 ドネツク住民避難も****
ウクライナ東部で親ロシア派武装勢力とウクライナ政府軍の戦闘が今月中旬以降、激化している。

親露派によると、ドネツク州の州都ドネツクと近郊のゴルロフカで16日深夜、政府軍の攻撃で住民5人が死亡、14人が負傷した。また、同州南部のマリウポリ郊外でも同日夜、激しい戦闘があり、住宅50戸が破壊され、住民4人が死亡したという。

一方、ウクライナ政府側は16日から17日にかけて軍兵士2人が死亡、7人が負傷したことを明らかにし「住宅地を砲撃しているのは親露派側だ」と批判した。双方は非難合戦をエスカレートさせている。

ウクライナ東部では今年2月に停戦合意(ミンスク合意)が発効したが、その後も政府軍と親露派の戦闘が散発的に続いていた。

ところが今月中旬以降、戦闘が激しくなった。ロシアでは、今月24日のウクライナ独立記念日を前に、ポロシェンコ政権が攻撃を激化しているとの観測が強い。

ロシアのラブロフ外相は17日、「最近の状況を見ていると、(ウクライナ側が本格的な)軍事行動を準備しているとしか思えない。(親露派と政府軍の)双方が対峙(たいじ)する(停戦)ラインはすでに戦線になっている」と述べ、強い懸念を表明した。

ロシア国営テレビは18日、ウクライナ軍が東部で計70台以上の軍用車や自走砲5台を集結させていると報じた。ドネツクの親露派は戦闘が激化したため、住民2000人の避難を準備しており、最終的には1万2000人を避難させる考えだという。

ウクライナ軍側は「親露派の攻撃に応戦しているだけで、新たな攻撃作戦は計画していない」と否定した。

一方、ロシアのプーチン大統領とメドベージェフ首相は17日、昨年3月にロシアが自国領に編入したウクライナ南部クリミア半島を訪問した。

これに対し、ポロシェンコ大統領は「ウクライナ情勢を引き続き激化させようとするたくらみであり、文明社会への挑戦だ」と批判した。【8月19日 毎日】
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こうした情勢を受けて、8月24日、ドイツのメルケル首相とフランスのオランド大統領がベルリンでウクライナのポロシェンコ大統領と会談、26日には、ミンスクでウクライナ政府と親ロシアの和平協議が行われました。

更に、29日にはロシア・プーチン大統領とメルケル首相、オランド大統領の電話会談も行われました。

****独仏ロ首脳が電話会談=ウクライナ東部危機で2カ月ぶり****
ロシア大統領府によると、プーチン大統領は29日、ドイツのメルケル首相、フランスのオランド大統領と電話で会談し、ウクライナ東部危機について協議した。3者の電話会談は6月22日以来、約2カ月ぶり。

独政府によると、メルケル、オランド両氏はプーチン氏に対し「親ロシア派が強行の構えを見せる独自の地方選は、2月の停戦合意に沿わず、和平プロセスの脅威となる」と表明。

一方、プーチン氏は「ウクライナ軍の砲撃継続」に懸念を示した。

3者の電話会談は、ベルリンでの今月24日の独仏ウクライナ首脳会談、ベラルーシの首都ミンスクでの26、27両日の和平協議を踏まえて実施された。ウクライナと親ロ派は、9月1日から停戦を厳格化することで基本合意している。【8月30日 時事】
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こうした外交交渉もあってか、戦闘状況はしばし落ち着きを取り戻したようでもあります。

****新学期停戦」順守を確認=ウクライナ東部****
ウクライナ政府と東部の親ロシア派は1日、テレビ電話を通じ和平協議を行い、この日から「停戦が順守されている」と確認した。インタファクス通信が伝えた。

双方は8月26日、ベラルーシの首都ミンスクの和平協議で、新学期が始まる9月1日から停戦を厳格化することで基本合意していた。

親ロ派幹部は「1日もウクライナ政府軍の停戦違反がある」と主張したが、情勢はおおむね沈静化したと認めた。次回の和平協議は8日にも開かれる見通し。【9月2日 時事】
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「新学期停戦」というのも不思議な感はありますが、停戦が厳格化されるなら結構なことでしょう。

デフォルトはとりあえず回避
一方、6月4日ブログ「ウクライナ 危機的な財政状況 重工業中心地である東部との分断、戦闘被害で改善が難しい経済状況」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150604)でも取り上げたことがあるように、ウクライナ財政は危機的な状況に陥っています。

もともと財政的には行き詰っていたウクライナですが、主要な産業地帯であった東部が戦場となり、戦闘継続のために莫大な費用を要している訳ですから、財政破綻も当然とも言えます。

いよいよデフォルト(債務不履行)も・・・という状況でしたが、こちらも“ひとます”危機は回避されたようです。

****ウクライナ政府 債務再編で合意 デフォルト懸念遠のく****
ウクライナ政府は27日、米ファンドなどで構成される債権者団との間で、約180億ドル(約2兆1千億円)の債務につき、元本の20%を削減する債務再編策で合意したと明らかにした。ロイター通信などが報じた。

東部での紛争が続き、巨額債務を抱えるウクライナはデフォルト(債務不履行)の危険性が高まっていたが、その懸念がひとまず遠のいた格好だ。債務再編は、国際通貨基金(IMF)が金融支援の条件として要請していた。

ただ30億ドル規模のウクライナ債を保有するロシアは「利子を含め全額返済を要求する」(シルアノフ財務相)としており、元本削減には応じない姿勢を示している。

ウクライナは現在、約1260億ドルの対外債務を抱えている。【8月28日 産経】
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ただ、東部の問題が解決したわけでもありませんから、“ウクライナ東部では政府軍と親ロシア派の戦闘が散発的に続いていて、軍事費の負担が増大する本格的な戦闘の再開も懸念されていることから、財政再建に向けた道は険しく、債務問題は当面、くすぶり続けることになりそうです。”【8月28日 NHK】

ウクライナ・ポロシェンコ大統領にとっては、経済面でみても、東部の状況の改善が必要とされています。

東部への自治権付与で民族主義勢力が暴徒化
停戦合意の厳格化、デフォルトの回避ということで、「やれやれ・・・」といったウクライナですが、ここにきて新たな政治問題が顕在化しています。

今年2月に成立した停戦合意に基づき、東部を実効支配する親ロシア派の自治拡大を含む憲法改正案を審議中だった議会前で、8月31日、民族主義勢力が暴徒化する混乱が生じています。

****ウクライナ首都で親露派自治権めぐり衝突、1人死亡 120人超負傷****
ウクライナ首都キエフで8月31日、国会議員らが親ロシア派武装勢力の支配地域に高度な自治権を付与する憲法改正案に賛成したことを受け、最高会議(議会)前で抗議を行っていた改憲案反対派の人々が治安当局と衝突し、治安部隊員1人が死亡、120人以上が負傷した。

改憲案の反対派は、東部の親露派により大きな権力を与えることは「反ウクライナ的」だと主張している。

国会議員らが第1読会で憲法改正案に賛成の方針を示すと、数百人のデモ隊が暴徒化し、警棒で武装した機動隊らと衝突。
議会の外では大きな爆発音が響き渡り、黒煙が立ち上った。治安当局は、デモ隊側が手投げ弾を使用したと主張している。

ウクライナ内務省によると、手投げ弾の破片が直撃した治安部隊員1人が死亡した他、125人が負傷。昨年初めに親露派のビクトル・ヤヌコビッチ前大統領を退任に追い込んだ大規模デモ以来、最悪の騒乱となった。

内務省は今回の事態について、民族主義を掲げる極右政党「自由(Svoboda)」に責任があるとして同党を非難。これまでに30人余りが身柄を拘束され、その中には手投げ弾を使用した疑いがもたれている同党の準軍組織のメンバーも含まれていたとしている。

アルセニー・ヤツェニュク首相は国民向けの演説で、「ロシアとその無法者らがわが国を破壊しようとしながら、前線ではそれを実現できずにいる中、親ウクライナを標榜する政治勢力が国内に第2の前線を敷こうとしている」と糾弾した。

これに対し同党は関与を否定。デモ隊に向かって最初に武力行使に出たのは当局の方だったと非難している。【9月1日 AFP】
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極右・民族主義勢力をめぐる混乱では、7月にも、ウクライナ西部ザカルパチア州でも衝突が起きています。

****<ウクライナ>極右と警官隊、銃撃戦 不安定化の恐れ****
ウクライナ西部ザカルパチア州で11日、国政に一定の影響力を持つ極右組織「右派セクター」のメンバーと警官隊との間で銃撃戦が発生し、右派セクター側の2人が死亡、市民1人も巻き添えで死亡した。

これに怒った右派セクターなど民族主義勢力は、アバコフ内相の辞任を要求。親ロシア派武装勢力と対立するポロシェンコ政権にとって、国内情勢のさらなる不安定化につながる恐れがある。

現地からの報道によると、事件はザカルパチア州ムカチェボで発生した。右派セクターのメンバー数人がスポーツ施設などで発砲し、駆けつけた警官隊と銃撃戦になった。

現場はスロバキア、ハンガリー、ルーマニアの国境からいずれも数十キロしか離れておらず、密輸組織同士の縄張り争いが絡んでいるとの見方も出ている。

右派セクター側は密輸ルートを封鎖したところ、地元ギャングと衝突したと説明、「警官はギャングの味方をした」と主張した。

これに呼応して各地の民族主義勢力が治安当局への抗議集会を開いた。ウクライナ東部で親露派勢力と対峙(たいじ)する右派セクターの戦闘員が、陣地を放棄したとの情報も流れている。【7月13日 毎日】
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ウクライナ西部ザカルパチア州は、“国内では、「最大の産業は密輸」と定説があるほど、タバコや酒類、麻薬や人身売買まで、ウクライナとEU間のあらゆる違法取引を扱っている”、かつ、“旧ソ連の特徴を色濃く残し、中央政府の意向が全く及ばない”“(旧ソ連時代に)KGBは重点活動拠点にした。後継組織のロシア連邦保安庁(FSB)は今でも強力なコネクションを持っている”【選択 8月号】かなり特異な地域のようです。

ロシアに親近感を持つ少数民族も暮らす地域で、ザカルパチア州の反政府犯罪組織と極右・民族主義勢力というウクライナの抱える“二つの爆弾”が衝突さく裂した7月の混乱も、ロシアとつながる犯罪組織が地元警察を操って、ポロシェンコ政権にダメージを与えるために引き起こした、あるいは“ロシアが、ポロシェンコ政権を揺さぶる目的で、『西部戦線』を作り出す可能性は高い”【同上】・・・との見方もあるようです。

【連立崩壊の可能性も】
話を極右・民族主義勢力にもどすと、今回の混乱に関して、“アワコフ内相は同日、民族主義を掲げる政党「自由」のチャフニボク党首を名指しして、「政治的立場を示すものではなく犯罪だ」と非難した。
ポロシェンコ大統領は衝突を引き起こした関係者の責任を問う方針を示しており、民族主義勢力と政権の対立が激化する恐れもある。”【9月1日 読売】とのことです。

***衝突の治安部隊死者3人に=ウクライナ連立、崩壊の恐れ****
ウクライナの首都キエフの最高会議(国会)前で、東部の親ロシア派への自治権付与に反対する民族派が暴徒化した事件で、内務省は1日、衝突による治安部隊の死者が3人、負傷者が130人以上に増えたと発表した。

暴徒化は、最高会議が8月31日、自治権付与に向けた憲法改正案を基本承認したのが発端。連立を組む5党のうち、ポロシェンコ大統領とヤツェニュク首相が率いる2党が賛成したが、残る民族派3党が反対した。

連立が崩壊する可能性がある。
民族派3党の一つ、急進党は1日、「連立からの離脱を決めた」と表明した。【9月2日 時事】 
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連立崩壊で国内政治が揺らげば、落ち着き方東部の戦闘も、経済・財政問題も、再び悪化することは言うまでもありません。
「第2の前線」とか「西部戦線」とかが表面化すれば、東部では親ロシア派とロシアの攻勢が強まるでしょう。

当面の問題としては、停戦合意の条件となっている親ロシア派武装勢力の支配地域に高度な自治権を付与を可能とする憲法改正案の行方です。

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ポロシェンコ大統領は7月、欧米に促される形で改憲案を提出。来週にも第2読会が開かれ、最終可決を目指す。しかし、改憲には定数の3分の2に当たる賛成300が必要で、賛成数が今回と同水準(賛成:265)にとどまれば可決は困難な情勢だ。

自治権付与を含む改憲は、2月のウクライナと親ロ派の第2次停戦合意の柱。最高会議の同意を得られなければ、和平プロセスが頓挫する恐れがある。【8月31日 時事】
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“連立が崩壊する可能性”が取り沙汰される政治状況では、見通しは明るくありません。
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トルコ・エルドアン大統領  再選挙、クルド叩きの効果は?

2015-09-01 22:27:14 | 中東情勢

(大統領権限を強化する憲法改正を目指すエルドアン大統領【8月28日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】)

トルコ国民は選挙で間違った答えを出し、もう1度試験を受ける必要があると考えているように見える
強権的、家父長的傾向を強めるトルコ・エルドアン大統領は、まるでロシアのプーチン大統領を目指しているかのようです。

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・・・・干渉を強めるエルドアン氏の支配に対して2013年にゲジ公園で市民の反乱が起きてからというもの、エルドアン氏は、まるで自身を倒そうとする巨大な陰謀に直面しているかのように行動してきた。

確かに、警察や司法、保安局に根づいているイスラム主義の元盟友たちは、エルドアン氏を倒そうと躍起になっている。だが、エルドアン氏が本当に恐れているのは、説明責任だ。

エルドアン氏が法の支配を破壊し、警察官や裁判官を解雇したり要職から外したりし、反対意見を封印しようとしてきたのはこのためだ。

ゲジ公園の抗議活動以降、何百人ものジャーナリストが解雇され、多くの人が、特にソーシャルメディアでエルドアン氏を誹謗中傷したとして追及されている。・・・【8月28日付 英フィナンシャル・タイムズ紙「1人の男の野望の人質となったトルコ」】
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6月の総選挙において、クルド系政党の躍進によって過半数割れという思わぬ事態に追い込まれた与党・公正発展党(AKP)のエルドアン大統領は、連立工作の不調から再選挙を決定しました。

****トルコ大統領、異例の出直し総選挙を宣言****
トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領は24日、出直し総選挙の実施を宣言した。6月に実施された総選挙で与党が過半数割れを喫して以降続く政治的こう着を打破することを狙った前例のない措置だ。

エルドアン大統領はイスメット・ユルマズ議長との協議後に出した声明で、総選挙のやり直しを発表。具体的な日程は言及しなかったが、以前に11月1日に実施したいという意向を示していた。

6月7日に投開票された総選挙では、エルドアン大統領が共同結成した与党・公正発展党(AKP)の獲得議席が2002年の政権発足後初めて過半数に届かなかった。

れを受けて同党はやむなく連立相手を模索し、野党と協議を行うも連立政権樹立には至れなかった。識者らは、これこそが好戦的なエルドアン大統領が求めていた結果だったとみている。

半国営のアナトリア通信によると、大統領は25日、総選挙までの政権運営を担う暫定政府についてアフメト・ダウトオール首相と協議する予定。

近代トルコで、連立政権の樹立に失敗して出直し選挙が行われるのは今回が初めて。エルドアン大統領は、改めてAKPによる単独過半数獲得を目指している。【8月25日 AFP】
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もとより、6月の総選挙結果が気に入らないエルドアン大統領は連立政権を樹立する気はなく、再選挙は当初からの思惑に沿ったものと思われます。

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・・・・この気まぐれな指導者を注視するトルコの多くの観測筋は、AKP党内の関係者も含め、エルドアン氏は6月の選挙結果が出るや否や選挙をやり直すことを決めたと考えている。

呆れるほど家父長的なエルドアン氏は、トルコ国民は選挙で間違った答えを出し、もう1度試験を受ける必要があると考えているように見える。・・・・【8月28日付 英フィナンシャル・タイムズ紙「1人の男の野望の人質となったトルコ」】
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国民に対し、「もう1回チャンスを与えるから、今度こそ正しい回答を出しなさい」という訳です。
正しい回答とは、与党が憲法改正に必要な絶対多数を獲得し、エルドアン大統領のもとに名実ともに権力を集中させる強い大統領制を構築することです。

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昨年、それまで概ね儀礼的だった大統領の座に就いて以来、エルドアン大統領はすでに、議会、内閣、そして司法などの制度機構から権力を奪い取ってきた。

エルドアン氏が公言する目的は、束縛を受けない権力を求める自身の傲慢な好みに沿って憲法を作り変えるために、AKPの圧倒的多数を獲得することだった。【同上】
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票目当ての軍事作戦
しかも、単に国民にもう1回試験を受けて正しい回答を出すように迫るだけでなく、きちんと正しい回答が出せるように、お膳立てにもぬかりありません。

7月12日におきたイスラム過激派「イスラム国(IS)」によるクルド人を対象にしたテロ、クルド系反政府勢力PKKによる報復をきっかけとして、トルコ・エルドアン大統領は、それまでのIS宥和策、PKKとの停戦交渉・クルド系住民の権利拡大から一転して、ISとPKK両方を相手にした「二正面作戦」に出ました。

しかし、エルドアン大統領の狙いはイスラム過激派ISとの戦いではなく、クルド系反政府勢力PKKとの対決の構図を作り出すことで、クルド人への国民の警戒感を煽り、先の総選挙でクルド系政党に奪われた議席を与党AKPが奪還することにある・・・・とも指摘されています。

***トルコは年内に「大混乱」へ****
エルドアン「我が世の春」は終幕
トルコのエルドアン大統領が就任以来最大の賭けに出た。六月の総選挙で与党「公正発展党」が敗北を喫した後、クルディスタン労働者党(PKK)と過激派「イスラム国」(IS)に対して、軍事作戦に打って出たのだ。
その上で今年十一月一日に再度総選挙を実施するという、大仕掛けの生き残り戦術だが、すべてが凶と出る可能性も大きい。(中略)

今回の軍事行動の契機は、シリア国境に近いスルチで、七月二十日に起きた自爆攻撃。ISの犯行とされ、三十人以上が死亡した。現場はクルド人居住地である。

その二日後、PKKの軍事部門は、現場近くの別の町で、トルコの警察官二人を「報復のため」殺害した。クルド人は後述するように、エルドアン政権がISを放置どころか、支援していると考えており、PKKにとっては、当局とISは同罪なのだ。

これが引き金となり、トルコ軍と治安当局の作戦が始まったわけだが、誰がエルドアンの本当の敵なのかは、すぐに浮かび上がった。初動の一斉摘発で一千三百人以上が逮捕された中で、IS関係者は約三十人だけ。残りはPKKまたはクルド系か、反政府派だった。

軍の空爆はもっぱら、PKK拠点とシリア国内にあるPKKの姉妹組織拠点が中心だった。クルド系はシリアで「クルド人民防衛部隊(YPG)」を組織し、米政府からも「今では対ISで、最も戦闘力と組織力がある」(米軍当局者)と評価されている。

さらにエルドアン政権は、「人民民主党はPKKを支援している」というキャンペーンも開始した。イラン国境近くのワン県では、警察が「人民民主党の地方政府が、PKKのために爆弾を隠匿していた」と告発した。

ところが、こうした中傷戦術は早くも厳しい反撃にあっている。人民民主党のサラハッティン・デミルタス共同党首は、「そんなに我々を疑うなら、我が党所属の八十人の国会議員から、不逮捕特権を剝奪すればいい」と表明。七月末に所属全議員が司法当局に「不逮捕特権返上」の請願書を提出した。「セロ」の愛称で人気急上昇のデミルタスは、「我々には恐れることなんか、これっぽっちもない。暴力を支持したことは一度もない」と述べて、当局からの威嚇を一蹴した。

同党のもう一人の共同党首、フィゲン・ユクセックダーはドイツ公共放送「ドイチェ・ベレ」との会見で、「トルコ政府こそ、ISを支援してきた。戦闘員訓練キャンプがトルコ国内にあり、物資もここから送られている。私たちはその証拠をふんだんに持っている」と述べて、エルドアン政権を告発した。さらに、「政府はISとは戦っていない。クルド人と戦っているのだ」と喝破した。

ドイツにはクルド系移民が約八十万人も住んでいて、同胞支援の動きも非常に活発だ。ドイツ政府は近年、クルド系に同情的で、昨年秋には欧州連合(EU)の中でいち早く、イラクのクルド自治区に対して、武器供与を開始した。ドイツを筆頭にしたEU各国は、エルドアン政権への猜疑心もあり、クルド系の隠れた応援団になりつつある。

エルドアン大統領は元来、クルド系との和解を政権維持の頼みの綱にしてきた。クルド系人口は統計によって大きく異なり、トルコ人口の一五~二五%を占めるとされる。エルドアンは首相時代に、PKKの指導者で現在服役中のアブドゥラ・オジャランと交渉して、「クルド語使用と自治権の拡大」で協力を取り付けた。

それが今年六月の総選挙での過半数割れで、事情が一変。クルド系を代表したのが、穏健派で、四十二歳の新世代政治家デミルタスだったことも、エルドアンの計算外だった。

「トルコ国会は議席獲得に一〇%の得票が必要で、これがクルド系の政治進出の壁だった。ところが、クルド系がいったんこの壁を破ると、今度は公正発展党が過半数を取りにくい構造ができた」と、在中東邦人特派員は言う。

しかも、与党の不人気の元凶は、エルドアンを筆頭とする与党政治家たちの腐敗だったのに、そちらはメディア弾圧などでふたをしたままだ。

前出の英国人記者は、「エルドアンは夫人、四人の子供たちとまるで王族のようにふるまっている。民主主義国のはずが、与党内はオスマン帝国の宮廷のようなおべっか使いばかりで満ちていて、中産階級に嫌悪感が強い」と言う。

司法・検察に隠然たる力を維持する、在米活動家フェットフラー・ギュレンの一派、旧支配勢力の国軍にとって、公正発展党が選挙で負けたことは、巻き返しの好機到来である。

票目当ての軍事作戦
クルド人との抗争では過去、四万人もの死者を出した。エルドアン政権のPKK攻撃は今のところ、選挙目当ての限定的なものと見られるが、クルド系全体を敵に回すには十分な規模である。国会にも大量進出したクルド系は、政府に反撃する手段には事欠くことはない。

米政府は当初こそ、トルコの対IS攻撃を歓迎した。だが、八月に入ると政府高官が匿名で米国メディアに対し、「シリアのクルド民兵(=YPG)は、重要なパートナーだ」と語って、トルコにクギを刺すようになった。
トルコが世界中の志願兵のIS参加ルートになっていること、秘密情報機関(MIT)がひそかにISに武器を供給していることは、米国はとっくに知っている。

クルド人は主にトルコ、シリア、イラク、イランの四カ国に散らばり、合計の人口は三千万人に及ぶ。イラクのクルド自治区を先頭に、「クルド国家」への動きも目立ってきた。米政府は「クルド独立」に否定的だが、中東の同盟国イスラエルが「非アラブ」としてクルド系とのつながりを強めていることも見逃せない。

エルドアン政権が進める票目当ての軍事作戦は、すでに中東全体の地政学に波及している。歴史上の役割を終えたのに、エゴばかりを膨らませた大統領がこれ以上の背伸びをすれば、公正発展党の時代は、悲劇的結末に向かわざるを得なくなる。【選択 9月号】
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ISに対する有志連合の空爆への参加も、クルド系勢力の牽制が目的
アメリカが要請するISに対する有志連合の空爆にトルコが加わったことで、アメリカとの溝が埋まったようにも見えますが、ここでもエルドアン大統領の狙いは“対クルド”のようです。

****空爆参加でクルド牽制 トルコ、対IS有志連合入り表明****
トルコ政府は29日、過激派組織「イスラム国」(IS)に対する米軍主導の有志連合に参加すると表明した。
28日に初参加したシリア領内への共同空爆に、今後も継続参加する。

米国と足並みをそろえたIS対策に見えるが、真の目的はシリア北部で台頭する少数民族クルド人勢力を牽制(けんせい)することのようだ。

 ■シリア国境、勢力拡大阻止へ
トルコ政府関係者によると、28日に空爆したのはトルコ国境に近いシリア北部アレッポ北方のIS支配地域。標的はISの関連施設だったという。空爆について、トルコ外務省は29日の声明で「決意を持って継続する」と明言した。

シリアの内戦を巡り、トルコは7月下旬、IS攻撃への参加を表明した。有志連合に対し、南部インジルリク空軍基地の使用を許可。米軍は、同基地からの対IS空爆を始めた。

しかしカーター米国防長官からは「不十分だ」と不満を漏らされていた。トルコが積極的に有志連合に参加すれば、空爆回数の増加など、大幅な強化が見込まれる。

有志連合参加により、トルコ国内ではIS協力者による報復テロの恐れが高まる。にもかかわらず、参加を決めた背景には、国境を接するシリア北部で、ISに対して優位に立ちつつあるクルド人勢力への警戒感がある。

シリアのクルド人勢力・民主連合党は、今年1月に要衝アインアルアラブ(クルド名コバニ)をISから奪還。6月には米軍の支援を受けて、ISの補給拠点テルアビヤドも制圧した。

同勢力は、トルコが非合法としているクルド人武装組織「クルディスタン労働者党」(PKK)の兄弟組織だ。トルコは、この一帯で、国境を越える形で事実上のクルド人自治区ができることを恐れている。

自らの空爆でISを封じることで、この地域にクルド人勢力が影響力を広げるのを食い止める狙いだ。

トルコはシリア北部に、ISを排除する「安全地帯」を設ける構想を掲げている。これもIS対策を掲げているが、クルド人勢力の拡大を牽制することが目的とみられる。【8月31日 朝日】
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クルド系政党の支持率は減っていないとの調査結果も
国内外でクルドへの対決姿勢を強めるエルドアン大統領ですが、今回総選挙で思惑どおりクルド系政党を足きりラインの10%割れに追い込んで、その議席を与党AKPが奪還できるかどうか・・・よくわかりません。

思ったほどAKPへの支持は回復していないとの調査結果もあるようです。
ただ、プーチン大統領に似て欧米からは煙たがられるものの、エルドアン大統領の国民的支持が高いのも事実です。

****トルコ与党 出直し選でも苦戦か クルド系切り崩し進まず 単独過半数なければ大統領の求心力低下も****
・・・・出直し選を決めたエルドアン大統領は出身母体であるイスラム系与党、公正発展党(AKP)の単独過半数復帰を実現させたい考えとみられる。

ただ、エルドアン氏が少数民族クルド人系政党の切り崩しをも狙って進めるクルド武装勢力への軍事作戦も、現時点では十分な政治効果が出ているとは言い難いのが実情だ。

ロイター通信が26日、トルコの世論調査会社メトロポールの調査結果として報じたところによると、今月中旬時点でのAKPの支持率は41・7%で、AKPが過半数割れに追い込まれた6月の総選挙時から0・8ポイントの増加にとどまった。

一方、総選挙で躍進したクルド人系の左派、人民民主党(HDP)は14・7%で、支持率を1・6ポイント上乗せした。

前回の総選挙でHDPは初めて議席が得られる法定得票率の10%を上回り、その分、AKPが議席を大幅に減らした。調査結果は、現時点で総選挙を行ってもAKPの単独過半数が難しいことを示したといえる。

エルドアン政権は6月の総選挙後、隣国シリアのイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」への空爆に踏み切り、それまで和平協議を進めていた国内の非合法武装組織「クルド労働者党(PKK)」に対する軍事作戦を開始した。出直し選挙をにらみ、PKKと近い関係にあるHDPの支持者を切り崩す狙いもあるとみられている。

エルドアン氏はAKPが他党と連立を組むこに消極的な態度をとってきた。影響力が発揮しにくく、同氏が求める大統領権限強化に向けた憲法改正の実現が難しとくなるためだ。

出直し選でもAKPが第1党の座を維持するのはほぼ確実とみられるが、現状では改憲の発議に必要な330議席の確保は難しい情勢。その上、同党が単独過半数さえ得られなければ、エルドアン氏の求心力低下につながる可能性もある。【8月26日 産経】
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クルド人系の左派、人民民主党(HDP)が10%を割らない限り、結果は6月選挙と大きく変わることはありません。
ただ、多くの国での世論調査というのは、往々にして大きくズレることがありますので・・・・なんとも言い難いところです。

アメリカとトルコ・パキスタンの不可解な関係
それにしても、“トルコが世界中の志願兵のIS参加ルートになっていること、秘密情報機関(MIT)がひそかにISに武器を供給していることは、米国はとっくに知っている。”という状況で、IS叩きに躍起になっているアメリカは表立ってのトルコ批判は避けています。

アフガニスタンのタリバンと多大な犠牲を出す戦闘を行いながらも、タリバンを支援するパキスタンとは同盟関係にあるのと似ています。パキスタンがタリバンと絶縁していれば、とっくにアメリカはタリバンに勝利しているでしょう。

トルコやパキスタンの地政学的重要性を考えて・・・・ということでしょうが、正直なところ、よくわからない話でもあります。
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