(【1月18日 WSJ】 エチオピアが国家発展を託してナイル川で建設を進める巨大ダム)
【紛争や政情不安に陥っている国々の1億8000万人余りが飲料水を得られていない】
言うまでもなく、人間は水なしには生きていけませんが、世界中で多くの人々が十分な、あるいは、安全な水を利用できない状況に置かれています。
その原因の一つは紛争・政治的混乱というきわめて人為的理由です。
****世界で1億8000万人が飲料水得られず ユニセフ推計****
ユニセフ=国連児童基金は、紛争や政情不安の影響で飲料水を得られない人々が全世界で1億8000万人に上るとする推計を発表し、国際社会に対して早急な対策を取るよう訴えています。
ユニセフは29日、紛争や政情不安に陥っている国々の1億8000万人余りが飲料水を得られていないとする推計を発表しました。
このうち、中東のイエメンでは、2年以上にわたってハディ政権と反体制派による内戦が続いている影響で、主要な都市に水を供給する水道網が破壊され、およそ1500万人が飲料水などを得られていないということです。
また、アサド政権と反政府勢力、それに過激派組織IS=イスラミックステートなどが入り乱れて混乱が続くシリアでもおよそ640万人の子どもを含む1500万人が飲料水にありつけない状態だということです。
このほか、イスラム過激派組織、ボコ・ハラムによるテロや襲撃が相次ぐ西アフリカのナイジェリア北東部では、水の供給施設や処理施設の75%が破壊されるなどして360万人が飲料水を得られていないとしています。(後略)【2017年8月29日 NHK】
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【水質汚染が進むパキスタン 2025年までに水源が枯渇する恐れも】
もちろん、上記の紛争・政治混乱以外に、干ばつのような気候的な変動、限られた水資源を活用するインフラの未整備、経済活動に伴う水質汚染などがあります。
下記のパキスタンの事例は、そうした世界中いたるところで見られる水問題の“氷山の一角”に過ぎません。
****パキスタンの水危機、汚染に加え枯渇の恐れも****
パキスタンの首都イスラマバードで暮らすサルタジさん一家は、日々の飲料水として、近所を流れる小川の水を利用している。市内には水路が複数存在するが、どこもごみであふれて汚染されており、その水をいくら沸騰させてもあまり意味はない。
こうした水の問題に直面しているのは、サルタジさん一家だけではない。国連児童基金(ユニセフ、UNICEF)によると、パキスタンでは3分の2以上の世帯が細菌に汚染された水を飲料水として利用しているため、毎年5万3000人の子どもたちが下痢などを患い死亡している。
他方で、腸チフスやコレラ、赤痢、肝炎などもまん延しており、国連(UN)やパキスタン当局によると、同国全土における疾病や死亡の30~40%は、劣悪な水質に関連したものとなっているという。
発展途上国のパキスタンでは、この問題が大きな経済的負担となっている。
「衛生設備を改善するために多額の投資が必要」と警鐘を鳴らし続けている世界銀行は2012年、水質汚染が原因で年間推定57億ドル(約6300億円)の損失となっていることを明らかにした。これは同国の国内総生産(GDP)の4%近くに相当する額だ。
パキスタン第2の都市ラホールでは、水の問題はイスラマバードよりもさらに深刻だ。この都市に暮らす約1100万人に飲料水を供給しているラビ川には、上流にある数百の工場から排水が流れ込んでいる。
地元住民らはこの川の魚を食べているが、世界自然保護基金(WWF)のソハイル・アリ・ナクビ氏によると、魚の骨から重金属汚染が確認されたとの報告も複数あるという。(中略)
■「絶対的な水不足」
パキスタンでは水関連のインフラ整備が遅れている。これは明白な事実だ。持続可能開発政策研究所(SDPI)の研究員であるイムラン・ハリド氏は、「環境が政策課題の一つとなっていない」国では、「処理施設などはほぼ存在しない」と警鐘を鳴らす。
しかもパキスタンでは、水が汚染されているだけでなく、その量も乏しくなってきている。
公的機関の予測によると、人口が1960年当時の5倍にあたる約2億700万人まで増加した同国では、2025年までに水源が枯渇する恐れがあり「絶対的な水不足」に直面することも考えられるという。
■「教育不足」
パキスタン農業研究評議会(PARC)のバシール・アフマド氏によると、巨大なヒマラヤ氷河を抱え、モンスーンの影響による降雨や洪水に見舞われるパキスタンだが、大規模な貯水池はわずか3か所しかない。
また公式統計によると、パキスタンの水の90%は農業用として利用されているにもかかわらず、英植民地時代に造られた大規模な灌漑用水路は劣化してしまっているという。
パキスタン水資源調査評議会(PCRWR)のムハンマド・アシュラフ氏は、「すべての都市部で地下水面は日に日に下がっており、危機的状況になりつつある」と警鐘を鳴らす。
同氏によると、地下水のくみ上げでは、ヒ素濃度が高い深さにまで徐々に迫っており、事実昨年8月に発表された国際調査の結果によると、約5000万~6000万人が、ヒ素に汚染された水を日々利用していることが指摘されている
だが、こうした状況においても無駄遣いされる水の量は以前と変わっていない。首都イスラマバードでは路上の埃を大量の水で洗い流し、洗車は毎日のように行われ、そして緑の芝生には惜しげもなく水がまかれ続けている。【1月21日 AFP】
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【インダス川水資源をめぐるインドとの対立】
パキスタンにとって最大の水資源は国際河川インダス川ですが、インダス川はインドにとっても重要な水資源です。
インダス川上流域は領有権問題という火薬庫であるカシミール地方にあたることから、両国は貴重な水資源をめぐって対立・不信を募らせています。水資源をめぐる争いがカシミールでの対立を激化させているとも言えます。
****インダス川の水をめぐる攻防****
(中略)
◆平和への脅威?
インドでは歴史的に、水をめぐる争いが元になるコミュニティー間の衝突が繰り返されてきた。パキスタンでも、水不足が食料、エネルギー危機を引き起こし、複数の都市で暴動や抗議行動が頻発している。
インダス川の問題は、ともに核兵器を保有する両国間で辛うじて維持されている平和も脅かしている。
インダス川の上流、カシミール地方をめぐる長年の紛争では、水が戦略上の権益の柱と考えられてきた。1960年、「インダス水協定」が結ばれ、水資源の共有管理態勢が保たれている。
しかし、両国人口は増加の一途を辿り、1人あたりの水の供給量は急激に減少、インダス川の流量が減れば共有も難しくなる。
インダス川の流量調整において中心的な役割を果たすのは、カシミール地方の山岳氷河だ。まるで自然の貯水タンクのように、冬は雨や雪を凍らせ、夏になると解けた水を放出する。
インダス川の流量の実に半分は氷河が解けた水であり、川の運命はヒマラヤ山脈の状態に大きく左右される。短期的には、氷河の融解が加速し、2010年に起きたような壊滅的な大洪水が増えると予測されている。
また、両国は先を争うように、カシミール地方水系の自国側に大規模な水力発電ダムを建設中で、否が応でも緊張が高まっている。
上流部でのインドのプロジェクト規模に、パキスタンは自国水力発電計画への影響を懸念、作物栽培の取水プランに打撃となる可能性を表明している。【2011年10月17日 National Geographic】
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上記記事が懸念していたように、大規模な水力発電ダム建設でインド・パキスタンの緊張が高まっています。
****紛争の水源インダス/1 ダム建設、相互不信 印、水資源を圧力カードに/パ、枯渇恐れ計画に異議****
インド 水資源を圧力カードに/パキスタン、枯渇恐れ計画に異議
(中略)インダス川の支流から長さ約24キロのトンネルに水を流して電力を生む。発電に使った水は湖を経由し、そのまま別のインダス川支流へと注ぐ--。キシャンガンガー水力発電計画(33万キロワット)は、電力事情が逼迫(ひっぱく)するインドがカシミール地方で力を入れる水力発電所の一つだ。
来年の操業を目指し、急ピッチで工事が進む。だが、インドと3度の戦火を交えた隣国パキスタンは、インドのダム建設に対し、水資源が奪われるのではないかと懸念を抱いている。
中国からインドとパキスタンを経てアラビア海へ注ぐインダス川は、インドにとって、大きな発電能力を秘めたエネルギー資源だ。
一方、パキスタンでは人口の9割以上がこの川に依存している。上流を押さえるインドの使用量が増え水資源が枯渇すれば、雇用の半数を農業に頼るパキスタンの生命線が閉ざされる。1947年の分離独立以降、印パがインダス川を巡って争いを続けるゆえんだ。
両国は60年、世界銀行の仲介で「インダス川水利条約」を締結した。インダス川と5本の主要な支流のうち、全水量の約20%に当たる東側の支流3本をインド、西側に位置する本流と支流2本をパキスタンに割り当てるとの内容だった。
ただ、インドは一定の条件の下、西側の支流でも水資源利用が可能とされた。キシャンガンガー水力発電計画はこの条項に基づき、インドが西側の支流で開発している。
パキスタンは2010年、キシャンガンガー計画に異議を申し立て、仲裁裁判所(ハーグ)に訴えた。建設は一時停止を命じられ、インド側はダムの高さを計画の約3分の1に縮小。利用する水量も制限された。
それでも懸念は払拭(ふっしょく)されていない。パキスタンの野党イスラム協会幹部、アミール・ウスマン氏は「インドのダム計画のせいでパキスタンの川が乾いていく」と懸念をあらわにした。
「血と水は同時に流すことはできない」。昨年9月、インド側カシミールでインド兵20人がパキスタン側からイスラム過激派の「越境テロ」で死亡した事件を受け、インドのモディ首相は政権幹部を前にこう発言し、水利条約の破棄を示唆したとされる。
これに対し、パキスタンのアジズ首相顧問(外交担当)=当時=は翌日、「条約破棄は戦争行為とみなす」と反発。緊張が一気に増した。
インドが一方的に条約を破棄すれば国際社会の非難を免れず、行動には移さないだろうとの見方が有力だ。だが「越境テロ」が続く中、インドがインダス川の水資源を外交圧力の「切り札」として使い始めたことは、パキスタンに大きな脅威を与えている。
ウスマン氏は警告する。「21世紀は核ではなく、水を恐れる時代だ。いつか水を巡り印パ戦争が起きる」【2017年12月17日 毎日】
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【アフリカ・ナイル川をめぐる対立 下流国「ナイルの賜物」エジプトと、巨大ダム建設に国家発展の将来を託す上流国エチオピア】
インダス川のような国際河川は水資源をめぐる対立の舞台となります。アジアではメコン川をめぐる中国、ラオス、ミャンマー、タイ、カンボジア、ベトナムなどの対立がよく話題にもなります。
アフリカではナイル川をめぐり、これまでその水資源の大きな割合を利用してきた下流国「ナイルの賜物」エジプトと、ナイル川水資源に国家発展の将来を託す上流国エチオピアの対立が生じています。(2013年9月30日ブログ「エジプト ナイル川水資源をめぐる対立 エチオピアのダム建設に“歴史的権利”を振りかざす錯誤」)
****【水と共生(とも)に】エジプトとエチオピア“水戦争”再燃****
エジプトとエチオピアによる“水戦争”が再燃している。
エチオピアはナイル川上流にアフリカ最大のダムを建設しており、今年中に完成の予定だ。貯水を始めると川の水位が大きく下がり、経済に大きな影響を与えると流域諸国から不安と怒りの声が上がっている。
ひときわ怒りをあらわにしているのがエジプトである。「水なくして、国家なし」はいまや世界の常識。特にエジプトは「ナイルのたまもの」とも言われている。今回は、国際河川をめぐる国家間の水争いを紹介する。(中略)
◆英主導で割当協定
1929年、英国主導で、同国が統治していたエジプトとスーダンの割当水量に関する協定が結ばれた。ナイル川の総水量のうち、65%がエジプト、22%がスーダン、残り13%は他の流域国から要求があれば分割取水されるという内容である。
さらに59年には、エジプトとスーダンの間で(中略)再配分協定を結んでいる。(中略)
国際河川をめぐる争いの大部分は、上流国と下流国の利害の対立である。ナイル川紛争の特徴は、水需要が下流国(エジプト、スーダン)に集中し、上流の水源地域の水需要が極端に少ないことだ。
特に最下流のエジプトは、国内水需要の97%をナイル川に依存している。従来の農業用水利用に加えて、近年は国内総生産(GDP)成長率が4%を超えて、カイロ大首都圏の人口が2200万人とこの10年間で倍増し、水需要も急増している。同国の経済発展を支えるナイル川の水資源確保は国家の最重要課題なのだ。
当初は、上流国スーダンと下流国エジプトの水利権争いだった。エジプトは、歴史上の優位性や、協定締結の事実、さらに「上流国の水資源開発には下流国の同意が必要」とする“下流の論理”を主張し、水利権を確保してきた。
99年2月、国際機関と欧米諸国の支援により「ナイル川流域イニシアチブ(NBI)」が設立され、各流域国の水資源計画を出し合い、他国に影響がある場合は協議することが義務付けられた。しかし上流国は「上流国の水資源開発は下流国から制約を全く受けない」とする“上流の論理”を主張し、対立が続いている。
隣国間の取り決めも、常に疑ってかからなければいけない。エチオピアが巨大ダムの建設構想を発表した際、エジプトはスーダンと組んで反対を唱えたが、そのスーダンが突然反旗を翻し、エチオピア側についた。
スーダンはダムが完成したら、その発電量の一部をもらい受ける密約が成立したとの観測がささやかれているが、真偽のほどは不明である。
国連機関の調べによると、国際河川に頼らず、自国に水源を有する国は世界に21カ国あるとされ、日本も含まれている。わが国は、恵まれた水環境に感謝しつつ、さらなる水資源の持続可能性を追求していくべきである。【2017年11月20日 SankeiBiz】
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****対立の大河ナイル、生命線から断層線に****
ダム建設をめぐりエジプトとエチオピアの対立続く
世界最長の川であるナイル川は、数億人にとっての生命線であると同時に、急速に人々を分断する断層線にもなりつつある。
エチオピアが進めている水力発電ダム建設事業は、ナイル川の主な支流(青ナイル川)に総工費42億ドル(約4660億円)で巨大な「グランド・エチオピアン・ルネサンス・ダム(GERD)」を建設するというものだ。(中略)
係争の主要点は、この巨大ダムの完成予定の2019年から3年以内に、エチオピアがダムを水で満杯(貯水量740億立方メートル)にするという計画だ。下流に位置するエジプトは、そのような貯水ペースだと自国の氾濫原の水位が危険なほど低くなると主張している。
エジプトのモハメド・アブドゥルアティ水資源・かんがい相は先月、「エジプトはナイルなしに生きられない」と述べた。そして「わが国はエチオピアに発展する権利があることは理解しているが、このダムがわが国に害を与えないことをエチオピアは実証する必要がある」と話した。
エチオピアは同ダムによって水力発電所を稼働し、その電力によって同国の著しい経済成長を支えたいとしている。そして、このダム建設事業は、極貧の時代を経てかつてのエチオピア帝国のような栄光の時代に戻るための手段になると主張している。国際通貨基金(IMF)によると、昨年のエチオピアの経済成長率は9%で、世界で最も急速に伸びた国のひとつとなっている。(中略)
このダムは完成すればアフリカ最大となり、エチオピアでは人々の誇りとなっている。ダム近隣の町アソサ在住の会計士、イスカンダー・バイエさん(29)は、「これはわれわれの未来を変える。エチオピアの時代が到来したのだ」と話す。
エチオピア国民は、ほぼ全員がわずかな所得収入からダム建設のための寄付を行った。ダム建設反対派は寄付の全てが自発的だったわけではなかったと主張するが、政府はそれを否定している。(中略)
このダムの建設は2011年4月に始まった。エジプトが「アラブの春」の渦中にあった時だ。現在、労働者約8500人が3交替制で1日24時間、週7日間作業している。(中略)
一方、エジプトのアブデル・ファタハ・サイード・シシ大統領は15日、エチオピアとスーダンに言及して、「エジプトは兄弟たちと戦争するつもりはない」と述べた。その上でエジプトは軍に投資しているとも付け加えた。
同大統領は「(エジプトが)軍事力を持つのは、自国を保護するためであり、私が話しているこの平和を保護するためだ」とし、「このメッセージは、エジプト国民向けであるのと同様に、スーダンとエチオピアにいる兄弟たちにも向けられている。この争点が彼らにも明確になるようにするためだ」と語った。【1月18日 WSJ】
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エチオピアの新ダムにかける“思い”は、並々ならぬものがあります。(多くの人類の遺産を水没させてでも建設したアスワン・ハイ・ダムへのエジプトの思いも似たようなものがあります)
エジプトにとってもナイルは生命線です。そのことはエジプトに旅行すればよくわかります。人間が住めるエリアはナイル流域の狭い範囲だけです。あとは砂漠です。
ただ、エチオピア・スーダンを恫喝しても問題は解決しません。これまでのように資源を独占することもできません。新たな枠組みづくりに関係国が知恵を出すべき時期です。