孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

マレーシア  “バージョンアップした『マハティール2.0』”の新政策 中国との関係は?

2018-06-10 21:30:24 | 東南アジア

(画像は【http://ampang301.blog.fc2.com/blog-entry-930.html】より
東海岸鉄道(ECRL)は、米海軍の環太平洋の拠点があるシンガポールを封鎖された場合を想定すると、中国にとって地政学的に極めて重要なルートです)

【「首相はいま『独裁者』をやめる練習をしている」】
特に目新しい話がある訳ではありませんが、下記【朝日】の“バージョンアップした『マハティール2.0』”との表現が面白かったので、今日はマレーシア首相に92歳で返り咲いたマハティール首相の話。

独立以来政権を維持してきた与党・ナジブ首相に対し、その師匠筋にもあたる92歳のマハティール元首相がナジブ氏の汚職疑惑を批判して、かつて自らが権力から追い落とした旧敵アンワル元副首相(選挙当時は政治的陰謀とも言われる同性愛の罪で服役)に代わって野党勢力を束ねて選挙戦を挑み、見事に首相に返り咲いた件は、5月11日ブログ“マレーシア 独立後初の政権交代 マハティール氏、異例の高齢再登板 難しいかじ取りも”で。

ただ、かつてのマハティール氏には、アンワル氏追放に見られるような強権的姿勢もあって、共闘した勢力にも同氏の政治姿勢への警戒感も根強くあります。

****マハティール氏、柔軟さアピール 批判に耳傾け・強権復活に警戒感も マレーシア新政権1カ月****
マレーシアで初の政権交代が実現して10日で1カ月になる。マハティール新首相(92)は、矢継ぎ早に新しい政策を打ち出す一方、批判に耳を傾ける姿勢も見せ、「新しいマハティールは謙虚だ」と国民の人気は高い。
ただ、かつての強権ぶりがいずれ復活するのではと警戒する声も漏れる。
 
1981年から5期22年にわたり首相を務めたマハティール氏は、ナジブ前政権を批判し古巣の国民戦線(BN)と対立。政党連合の希望連盟(PH)を率い、先月9日の総選挙を制した。

首相に就くと、前政権の政策を相次いで転換。消費税を6月1日から廃止する一方、前政権の財政状況を調査し、国の債務が公表値を大幅に上回る1兆リンギ(約28兆円)にのぼると公表した。
緊縮財政への理解を呼びかけ、シンガポールと結ぶ高速鉄道建設計画の中止も発表した。
 
マハティール氏は以前に首相を務めた際には、政敵や批判的なメディアへの強権的な姿勢で知られた。だが、今回は柔軟だ。

当初は自らが教育相を兼ねると表明したが、権力集中を懸念する声が上がるとあっさりと撤回。前政権下で制定された「フェイクニュース対策法」についても、当初は存続させる意向を示したが、批判されるとすぐに廃止すると言明した。
 
前のマハティール政権下で、治安維持法違反で収監されたモハマド・サブ新国防相は「首相はいま『独裁者』をやめる練習をしている。閣議でも批判的な意見に耳を傾けてくれる」と話す。地元メディアはこうした姿勢を「バージョンアップした『マハティール2・0』だ」などと評価する。
 
ただ、マハティール氏は初めて首相に就いた際、民主化政策を打ち出しながら後に強硬姿勢に転じた。それだけに警戒感を持つ人も多く、NGOの連合体「ブルシ(清廉)」のシャルル・アマンさんは「大事なのはこうした新政権の姿勢が続くかどうかだ。注視していかなければならない」と話す。【6月9日 朝日】
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92歳で“『独裁者』をやめる練習”が効果をあげるのか・・・。(人間はいつになっても変われるとも言えますし、そうそう変わるものではないとも・・・・)

入りやすい入り口“ナジブ前首相の汚職疑惑追求” 財政再建には困難な道のり
もともと、マハティール氏の政界復帰は、ナジブ政権下で権力中枢への道を阻まれた自身の息子の政権への道を切り開くため・・・との憶測・批判もありましたが、もちろん、そうした見方を本人は否定しています。

マハティール氏が政権を譲るとしている同性愛行為の罪で服役していたアンワル元副首相(70)に国王の恩赦を受けさせ、アンワル氏は5月16日に釈放されました。

首相に就任するには国会議員になる必要があるため、アンワル氏は今後、補選の機会をうかがい、国政復帰を目指すことに。
“ただ、マハティール首相(92)は2年程度は首相の座にとどまる意向で、権力の移譲には曲折も予想される。”【5月16日 産経】とも。

釈放されたアンワル氏と立場が一転したのがナジブ元首相。

****<マレーシア>ナジブ前首相を事情聴取 汚職対策委****
巨額の不正流用が取りざたされるマレーシアのナジブ前首相は22日、汚職対策委員会(MACC)の本部に出頭し、事情聴取を受けた。自身が設立した政府系ファンドの元子会社から個人口座に送金された資金について聴取されたとみられる。ナジブ氏は約5時間後に本部を出た。再聴取は24日にも行われる予定。
 
疑惑追及の徹底を掲げるマハティール首相は21日、政府系ファンド「1MDB」に対する特別捜査チームを設立。MACCや警察、中央銀行などで構成され、米国やスイス、シンガポールなどの捜査機関とも協力し、不正の全容解明を目指す。
 
一方、地元紙によると、警察が18日までにナジブ氏の自宅などから押収した現金は「多額過ぎて集計が終わっていない」という。現金のほか高級ブランドのバッグや宝飾品も大量に押収された。

ナジブ氏の妻ロスマさんの散財ぶりは、数千足もの靴を所有していたフィリピンのマルコス元大統領夫人をなぞり「マレーシアのイメルダ」と報じられている。【5月22日 毎日】
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夫ナジブ氏を叱咤激励し、とかく前面に出てくる妻ロマスさんとマハティール首相は犬猿の仲とか。今後の「マレーシアのイメルダ」ロマスさんの運命も危うそうです。

ナジブ政権の汚職追及は公約でもあり、国民受けもしますし、一番手をつけやすいところでしょう。
ただ、公約の“消費税廃止”などもあって、懸案の財政再建は時間を要します。

****マハティール氏、「負の遺産」集中処理 ナジブ前首相追及急ぐ 政権交代1カ月 財政再建に課題 ****
マレーシアで1957年の独立以来、初の政権交代が実現してから1カ月がたった。

マハティール首相はナジブ前首相の汚職疑惑など前政権の「負の遺産」の清算を加速。消費税の廃止といった国民受けする政策も早速実行し、政権交代の意義を訴えるのに懸命だ。ただ、財政再建の道は険しく、政権運営が安定するのにも時間がかかりそうだ。
 
汚職体質からの決別を掲げて5月9日の総選挙に勝利したマハティール氏が首相就任後、真っ先に取り組んだのがナジブ氏の責任追及だ。政府系ファンド「1MDB」の資金を不正に流用し、7億ドル(約770億円)近い資金を受け取ったとの疑惑に対し、汚職対策委員会が2度にわたって長時間の事情聴取を実施した。
 
ナジブ夫妻の関係先から多額の現金や宝石類、高級バッグを押収したとも発表し、国民に前政権の腐敗ぶりを印象づけた。マハティール氏はナジブ氏の立件にも自信をみせる。
 
政権交代によって明るみに出たのは、前首相個人の異常な蓄財だけではない。国の債務額が従来の公表値を大幅に上回る1兆リンギ(約28兆円)に上ることや、1MDBの債務返済のために財務省や中央銀行が不適切な取引に手を染めていたことも明らかになった。

マハティール氏は法務長官、財務次官、中央銀行総裁といった関係機関のトップを次々に更迭し、国全体に巣くった汚職の根を断ち切ろうとしている。
 
こうした負の遺産との決別はマレーシアが国内外からの信認を回復するために必要である一方、新政権の公約実行の重荷になっている。

マハティール氏は総選挙で、消費税の廃止や高速道路の無料化、燃料補助金の復活といった公約を掲げた。目玉である消費税の廃止こそ6月1日付で実施したものの、高速道路料金については今のところ2日間の割引でお茶を濁している。
 
首都クアラルンプールとシンガポールを結ぶ高速鉄道計画の中止を発表するなど、財政難の影響は国の基盤であるインフラ整備にも及んでいる。

マハティール氏は「多額のお金がかかるだけで、利益にならない」と主張するが、隣国とを結ぶ大型鉄道の開通は周辺開発を促進し、ヒトやモノの行き来を活発にする効果が見込めた。

マレーシアの債務水準はアジアの中でも比較的高く、新政権が財政再建と将来の経済成長の基盤づくりを両立するのは容易ではない。
 
政権の体制整備も遅れている。当初は5月中にも全閣僚を任命する予定だったが、外交を担う外相や通商交渉・産業政策を担当する貿易産業相など10近い閣僚ポストが依然空席だ。
 
華人のリム・グアンエン氏を財務相にあてるなど、マハティール氏はこれまで主流だったマレー系以外の人材の登用を進めている。

多民族国家の融和につながるとの評価がある半面、民族にこだわっていては組閣や省庁幹部の任命ができないという苦しい台所事情も映し出している。これまで野党だった希望連盟には経験豊富な政治家が少なく、92歳のマハティール氏の手腕に頼る状態が続いている。
 
米調査会社ユーラシア・グループのピーター・マンフォード氏(アジア担当)は「マハティール氏の復讐(ふくしゅう)心や独断によって政策や人事が決まる傾向が強まれば、本来は良い政策が退けられ、内閣が機能しなくなるリスクが高まる」と指摘する。
 
マハティール氏は1~2年後に、かつて政敵だったアンワル元副首相に首相職を禅譲する方針を公言している。アンワル氏への移行を円滑に進めるためにも、全閣僚による集団統治の体制を早々に軌道に乗せ、マハティール氏頼みを脱する必要がある。【6月8日 日経】
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高速鉄道計画中止に、利権絡みの問題指摘も
日本で一番関心が持たれているのが、新幹線も中国との受注競争に参加していた首都クアラルンプールとシンガポール約350キロを約1時間半でを結ぶ高速鉄道計画の中止です。

「多額のお金がかかるだけで、利益にならない」という財政上の理由のほか、ナジブ前政権の中国寄り姿勢を転換するものとしても注目されています。

****マレーシア中国離れ 高速鉄道計画中止****
(中略)
マハティール首相の中国依存脱却姿勢
受注競争が激化していた高速鉄道の車両の提供や線路の建設などを担う「鉄道資産会社」の入札には中国が中国鉄道総公司を中心とするコンソーシアムで参加する意向を示し、日本もJR東日本、住友商事、日立製作所など10社で受注を目指していた。このほかにドイツ、フランス、イタリア、オーストリアが参入を表明、受注を目指していた。

ナジブ前首相が親中国であることからこれまで中国が有利との見方が強かったが、4月19日に当初予定していた6月29日の入札締め切りを事業者から「準備が間に合わない」との要請が相次ぎ、今年12月28日に入札を延期、受注者決定は2018年末から2019年にずれ込む可能性が出ていた。開業予定の2026年は変更なかった。

マハティール首相の「中止決定」の背景にはまだ入札前であることも影響したという。

マレーシア国内の駅予定地周辺では中国が関係するインフラ整備案件が複数進んでいる。たとえば、主要駅となるマラッカでは沖合に約550haの大規模埋め立てが地元企業と中国企業によって進められている。

埋立地には商業施設、マンション、工業団地などを誘致する方針で、鉄道計画が白紙になったことで今後開発を中国側が継続するのかが注目される。

このように今回のマハティール政権の大型インフラプロジェクト見直しは、ナジブ前政権の中国への過度の依存を再検討するもので、今後もマレーシアの「中国離れ」は加速するものとみられている。

マレーシアでの巨大プロジェクトを「一帯一路」の要の一つと位置づける中国政府が、こうした新政権の「中国離れ」にどう対応するか、今後の両国関係からも目が離せない。【6月3日 大塚智彦氏 Japan In-depth】
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ただ、老獪なマハティール氏ですから、単に国の財政問題を憂えて・・・というだけでなく、利権絡みの話もあるのではとの見方もあるようです。

****マレー高速鉄道“撤回”は利権奪回の布石? 92歳マハティール首相の積年の思い****
(中略)すでに入札手続に入っていた国家間プロジェクトをシンガポール側に事前通告なしに白紙撤回した判断で、受注を目指していた日本企業にも困惑が広がる。

乱暴に見える判断の根底には、92歳で15年ぶりにマレーシア首相に返り咲いたマハティール氏の個人的な思惑もありそうだ。

(中略)シンガポールの日本企業関係者は「希望的観測を含め、完全白紙撤回と言い切っていいかは、まだ正直迷うところ」と打ち明ける。

マハティール氏は、シンガポールの初代首相のリー・クアンユー氏(2015年に91歳で死去)と、経済開発で競い合うとともに、政治的ライバルだった。(中略)

両国は近年、ナジブ氏やリー現首相ら次世代が、協調路線を推進してきた。その端的な例が、過去の鉄道問題解消と、高速鉄道計画だったといえる。
 
マレーシア国営鉄道が所有していた、シンガポール南部のタンジョンパガー駅をはじめとする用地が、ようやくシンガポールに返還されたのは2011年。ナジブ氏とリー現首相が10年の首脳会談で、マレーシア側が鉄道用地を返還するのと引き換えに、シンガポール中心部2カ所を、両国の政府系投資会社が共同開発することで合意。土地や権益をめぐる長年の争いを「ビジネス」で解決した。

そして、シンガポールの資本や技術を取り込みたいマレーシア、狭い島国として後背地を得たいシンガポール、両国の思惑が、高速鉄道計画につながった。(中略)

だが、マハティール氏は、「多大な費用がかかり、もうからない」と廃止理由を語った。同計画の事業費は、500億~700億リンギットと見積もられていたが、「1100億リンギットはかかる」と、見積もりを引き上げて「財政再建」を廃止理由にした。

そこに、リー初代首相との争いを繰り広げた、マハティール氏のシンガポールへの「敵対心」を感じた人は多い。
 
マハティール氏が、高速鉄道計画廃止の決定を急いだ背景には、利権奪回の狙いも見え隠れする。

マレーシア側の高速鉄道最終駅建設予定地であるクアラルンプール中心の開発地を含め沿線では、ナジブ氏の影響力が指摘される不動産投資が進められてきた。

マレーシアではインフラ開発に関わる汚職の噂が絶えない。計画廃止で前ナジブ政権の利権構造がリセットされれば、マハティール氏が表紙をかえて、高速鉄道計画を再開する可能性はある。(後略)【6月7日 産経】
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単純ではない中国との関係見直し
高速鉄道だけでなく、中国「一帯一路」戦略の重要役割(シンガポールを封鎖された場合を想定すると、中国にとって「一帯一路」の生命線とも)を担う東海岸鉄道(ECRL)事業の見直しも俎上に。

****マレーシア、中国の“野望”に反旗 国内最大規模の鉄道建設も見直し本格化****
マレーシアのマハティール首相は、28日に表明した高速鉄道計画の廃止に並び、同国最大規模の鉄道建設計画の見直しも本格化。中国の「一帯一路」の“野望”が、逆回転を始めた。
 
マハティール氏は、東海岸鉄道(ECRL)事業について、中国と契約条件の再交渉を行っていると、28日付のマレーシアの経済誌エッジに語った。
 
ECRL計画は、タイ国境近くから、中国が開発を進める東海岸クアンタン港を経由し、西海岸のクラン港まで全長約690キロを結ぶ。昨年8月、着工した。
 
だが、マハティール氏によると、総額550億リンギット(約1兆5千億円)の事業費は、融資する中国輸出入銀行から、受注した中国交通建設に直接支払われ、マレーシア側は一度も引き出していない。支払いは出来高でなく計画ベース。利息も含むと、中国への債務は920億リンギットに。前政権が続いていれば「国は破綻していた」と非難する。
 
16年の中国からの直接投資は、「一帯一路」の名の下、前年比約7倍に急増(日本貿易振興機構調べ)。過度に中国へ依存した前政権から、軌道修正を図るとみられる。(中略)
 
採算性や必要性が不明確なまま、巨額のインフラ資金を融資し、不透明な資金を得た親中政権が、国民の審判を受ける。「開発独裁」につけ込んで周辺国を債務不履行に陥れ支配する。そんな中国の思惑に、限界が見え始めている。【5月28日 産経】
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マハティール首相は6日、首都圏と半島東海岸を縦断する東海岸鉄道(ECRL)事業について、財政上の理由から、延期または中止の方向で検討していることを明らかにしています。

ただ、中国の“野望”云々はともかく、中国との関係は一国の指導者としてはいたずらに刺激・対立して済む話ではないことは当然です。

****マハティール首相が中国からの投資容認 当選後は一転して「ルック・チャイナ****
マレーシアのマハティール氏が首相就任後、中国が投資する大型開発事業について、「再審査はするが、両国間で協議された内容は順守する」と述べ、中国寄りに大きく路線転換した。
 
ナジブ前政権はマレー半島縦断高速鉄道、マラッカ海峡の港湾設備などで中国資本に頼る姿勢だったが、マハティール氏は選挙戦で「中国資本に依存すると、国の主権を奪われかねない」と懸念を表明していた。

しかし、当選後は「中国人の積極的でまじめな仕事ぶりには学ぶところがある」と待ち上げ「ルックーチャイナ」を強調した。

マレーシアのメディアは、首相の中国投資批判は選挙対策用のポーズだったと分析した。【「選択」6月号】
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このあたりの中国との“取引”は、老獪なマハティール氏の得意とするところでしょう。ただ、同氏がかつて政権を担っていたときに比べ、中国の力は圧倒的に強くなっています。そこを見誤ると中国に飲み込まれてしまいます。
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イギリスのEU離脱  北アイルランド問題対応で関税同盟残留を1年延長 玉虫色表現で先行き不透明

2018-06-09 22:21:09 | 欧州情勢

(ブレグジット反対の活動家。ロンドンの議事堂前で5月に撮影【6月6日 ロイター】)

【“期限に合わせるよりも正しい合意を得ることに注力”・・・・要するに“板挟み”で動けない
イギリスのEU離脱に関して、来年2019年3月の離脱(激変緩和の移行期間が2020年12月まで)を控えて、4月・5月はあまり大きな動きがなく、EU側からも交渉を急ぐようにとの要請がなされていました。

****EU、ブレグジット巡り英に警告 3月以降の交渉「顕著な進展なし****
欧州連合(EU)は(5月)14日、英国のEU離脱(ブレグジット)を巡り、今秋の最終合意までに時間がないと英国に警告した。

EUのバルニエ首席交渉官はブリュッセルで開かれたEU27カ国閣僚会合で、3月以降は英国との交渉で「顕著な進展がない」と語った。EU議長国のブルガリアが明らかにした。

外交官やEU当局者はこれまで、6月28─29日のEU首脳会議においてEUと英国が大幅に交渉を進展させることができるかについて懐疑的な見方を示している。

バルニエ氏は「英国の秩序ある離脱に向けた準備にはさらなる作業が必要だ。われわれは、まだたどり着くべきところに来ていない」と指摘。アイルランド国境問題などで交渉が難航していると付け加えた。

現在のスケジュールでは10月の最終合意に向け、6月に交渉が進展することが重要とみなされている。(中略)

一方、英国でメイ首相は、強硬なEU離脱派と、EUとの密接な関税協力を維持するよう求める穏健派の間で板挟みとなっている。

メイ首相の報道官は期限に合わせるよりも正しい合意を得ることに注力していると述べた。【5月15日 ロイター】
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この間、イギリス関連で大きな話題となっていたのはロシアの元スパイの暗殺未遂事件ですが、そんなことで騒いでいる状況ではないようにも思えるのですが。

まあ、“動きがない”というより、“離脱強硬派と穏健派との板挟み”で、メイ首相としても動くに動けなかった・・・というところでしょう。

北アイルランド問題への対応に時間が必要 延長するにしても期限明示を求める離脱強硬派
当面の障害となっているのが、北アイルランドの扱い。
現在、アイルランドとの間で国境を意識しない形で物流・人の移動が一体化していますが、イギリスがEUを離脱した場合、EU域内のアイルランドとEU外の北アイルランドの間の国境管理をどうするのか?という問題です。

今更、ハードな国境線を設けて検問や関税徴収を行うことはできない・・・さりとて、関税同盟からも離脱する以上、何かしないと・・・というところですが、この問題を理由に関税同盟に“ズルズルと”残り続けることになればEU離脱そのものが有名無実になってしまうと離脱強硬派は警戒しています。

また、もともと北アイルランドは海を隔てたイギリス本土と陸続きのアイルランドのどちらとの関係を重視するかで、プロテスタント系とカトリック系の間で“北アイルランド紛争”が火を噴いた地域です。

今はテロこそなくなったものの、両者の確執は未だに解消されておらず、アイルランドあるいはイギリス本土との関係をどのようにするかは、紛争再燃にもつながりかねない非常に微妙な問題でもあります。

北アイルランドだけ本土から切り離す形でことを進めれば、上記のような事情から地域が一気に不安定化しますし、イギリスの国家としての一体性からものめないところです。

****英、EU完全離脱に遅れも=北アイルランド問題で―新聞報道****
(5月)17日付の英紙デーリー・テレグラフは、メイ英政権の主要閣僚が、欧州連合(EU)離脱交渉で焦点となっている英領北アイルランドの国境管理問題の解決までEUの関税同盟のルールなどを受け継ぐ方針で合意したと伝えた。事実なら、英国が完全離脱を果たす時期は現計画から数年遅れる可能性が出てくる。
 
同紙によると、閣僚らは北アイルランド国境での通関手続き簡素化に不可欠なハイテク技術を整備できなければ、英国全体が離脱後も関税同盟と足並みをそろえていく必要性で一致。離脱強硬派のジョンソン外相らは異議を唱えたが、最終的に受け入れたという。
 
英国は経済・社会制度の急変を回避する「移行期間」を2020年末まで導入した上、21年に完全離脱することでEUと合意している。【5月17日 時事】
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イギリス全体としてEU離脱移行期間の終わる2021年以降もEU関税同盟に残留する用意があるということですが、先述のように、ズルズルと”残り続けることになればEU離脱そのものが有名無実になってしまうと離脱強硬派は警戒しており、残るにしても“期限”を明確にするように迫っています。

で、国境管理をどうするつもりなのか・・・については以下のように報じられています。

****英EU離脱相、北アイルランドを共通地域とする案を検討=英紙****
英国のデービス欧州連合(EU)離脱担当相は、EU離脱後の英領北アイルランドについて、英・EUの双方との自由貿易が可能になる共通地域とする提案を準備している。英紙サンが報じた。

報道によると、同相はまた、アイルランドとの国境沿いに16キロにわたる貿易中立地帯を設置し、現地の酪農業者などの取引を対象に、税関などチェックの必要をなくす案も検討している。

EU関税同盟離脱の方針を堅持してきたメイ首相はこれまで、2つの選択肢を提示。ハイテクを駆使して離脱後も円滑な貿易が行われるようにする「最大限の円滑化」と呼ばれる案がそのうちの1つだ。

報道によると、デービス氏が検討しているのはこの案の改定版だという。

もう1つの選択肢として浮上しているのは、離脱後にEUと関税パートナーシップを結ぶ案で、より緊密な協力が必要になる。【6月1日 ロイター】
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“英・EUの双方との自由貿易が可能になる共通地域”“16キロにわたる貿易中立地帯”・・・・この案がどういう意味をもつのか、正直なところよく理解できませんが、北アイルランド現地でも、本土重視派、アイルランド重視派双方に不満があるようです。

****英政府、北アイルランドをEUとの共通地域とする案検討=当局者****
(中略)メイ政権に閣外協力する北アイルランドの地域政党、民主統一党(DUP)のサミー・ウィルソン議員はこの案について、英政府から提示されていないとした上で、政府の方針と矛盾すると一蹴。

こうした複雑な枠組みが浮上するのは、英国が関税同盟と単一市場から離脱するという意思をEU側に明確にできていないためだと批判した。

シン・フェイン党のマーティーナ・アンダーソン欧州議会議員も、この案では国境の問題は解決できないと指摘。「貿易中立地帯の設置は問題を国境から遠ざけ、中立地帯内に物理的な国境を隠すだけだ」と述べた。

EU関係者も懐疑的な見方を示し、ある当局者は「英政府から(提案について)聞いていないが、EUにとってうまく機能するようには見えない」と語った。【6月4日 ロイター】
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うまく機能するかどうかはともかく、実施するためには“ハイテクを駆使して離脱後も円滑な貿易が行われるようにする”準備が必要で、そのための時間が必要になるとのこと。

実用化は早くて2022年から23年ごろとも見られており、20年12月の移行期間終了には間に合いません。

そのために移行期間終了後も・・・という話については、離脱強硬派が期限の明示を求めており、デービスEU離脱担当相は、期限が明示されなければ辞任するとメイ首相に迫ったようです。

****メイ政権、7日に補完措置公表-EU離脱担当相が辞意も?****
メイ首相は7日、欧州連合(EU)離脱交渉で英領北アイルランドの国境管理問題を解決できなかった場合の補完措置について、主要閣僚らと協議を行う。

BBC放送によると、首相は補完措置を「一時的なもの」だと説明する見込みだが、デービスEU離脱担当相らは具体的な廃止期限を明示すべきだと主張しており、どういう決着になるか不透明だ。

英民放局ITVは、期限を設定しない補完措置が公表された場合、デービス氏が辞意を表明する可能性があると報じた。一方、BBCはメイ政権が7日に補完措置を公表する予定だと伝えており、事態が緊迫する可能性もある。(中略)

メイ政権が国境問題の解決策として検討しているEUとの関税協定案は、その中核を担うハイテク技術の実用化が早くて2022年から23年ごろになるとみられている。英国は離脱のショックを緩和する「移行期間」を経て21年に完全離脱を果たす方針だが、国境問題の行方次第では、この計画に遅れが生じるとみられる。

デービス氏ら、EUからの独立を重視する「ハード・ブレグジット(強硬な離脱)」派には、補完措置に期限が盛り込まれなければ、EU離脱を実現できないとの焦燥感がある。

ITVによれば、メイ政権が無期限の補完措置を提案すれば、EUにとってそれ以上説得力を持つ国境問題の解決策はなく、代替案について交渉する動機がなくなる上、英国も交渉力を失うため、デービス氏はかたくなに拒否しているという。

これに対し、仮に期限を設けてしまえば、補完措置は不完全なものとなる。期限までに国境問題を解決できなかった場合の安全網がないからだ。このため、期限を明示した補完措置を対案としてEUに提示すれば、EUが難色を示すのは必至とみられる。【6月7日 英国ニュースダイジェスト】
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【“21年12月まで”と期限明示するも、「期待している」と再延長含みの表現も
結局、デービスEU離脱担当相らの主張を容れて、メイ首相はEUと関税なしの貿易を21年12月まで続けるという“期限を切った”方針を発表することになりましたが、さらなる延長もありえる表現で“玉虫色”にする形にもなっています。

****<英国>EU離脱1年先延ばしも 国境管理交渉先見えず****
英国のメイ首相は7日、欧州連合(EU)からの離脱移行期間が終了する2020年12月までにEU加盟国のアイルランドと英領北アイルランド間の国境管理の問題を解決できない場合は、交渉を1年延ばし、EUと関税なしの貿易を21年12月まで続ける方針を発表した。

交渉期限に関する表現は玉虫色で、EUとの貿易が現状のまま数年続く可能性が出てきた。
 
英国とEUは「厳しい国境管理は設けない」ことで一致しているが、具体的な調整は難航している。
 
英政府の新方針は、期限について「(国境問題での合意は)21年12月までと期待している」との表現で移行期間終了後、1年間をメドとした。しかし、「期待している」との表現は、合意に達しない場合は、さらなる延長の可能性があることを示唆したものだ。
 
英国は19年3月29日に正式にEUを離脱するが、20年12月まではこれまで通りの貿易を続けることができる移行期間を設け、この間に自由貿易協定を結ぶことで合意している。
 
国境管理の問題は、自由貿易協定とも密接に絡み合うが、協定の合意までは数年かかるとも指摘される。国境管理で合意できないことを理由に、英国が自由貿易協定の交渉の時間稼ぎを狙っているとの見方も出ている。
 
EUのバルニエ首席交渉官は7日、英国の提案を歓迎するとツイッターで述べた。その上で、今回の英国の提案が厳しい国境管理にならないよう検討していく必要があるとした。【6月8日 毎日】
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この“玉虫色”の方針がどのように英国内で評価されているのかは知りませんが、離脱強硬派のジョンソン外相は以下のようにも。

****英外相、EU離脱で「メルトダウン」の可能性示唆=バズフィード****
ジョンソン英外相は、英国は欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)でメルトダウンに直面する恐れがあるが「最終的にはうまくいく」と述べた。ニュースサイトのバズフィードが報じた。6日の夕食の際の発言をひそかに録音したもので、7日に公表された。

外相は、メイ首相はより強硬な路線を取り始めているが、今後数カ月の協議はより困難になっており、より冷静になる必要があるだろうと述べた。

メイ首相のアプローチについて「われわれとEUのやりとりがより激しくなる段階に向かっている」と発言。さらに「メルトダウンがあるかもという事実に向き合わなければならない。メルトダウンで誰かがパニックになることは望まない。公共の利益のために、ひどいパニックはなし。最終的にはうまくいくだろう」と述べた。【6月8日 ロイター】
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上記発言も「メルトダウン」の可能性に言及しながら、「最終的にはうまくいく」とも。どちらに重点があるのかよくわかりません。

かみ合わない議論 離脱派は「バカ」「完全に頭がおかしい」 残留派は「愛国心がない」「売国者」】
北アイルランドの問題は“入り口”の問題のひとつにすぎず、その後には関税同盟を抜けて自由貿易協定をどのように結ぶのか・・・、その結果、イギリス経済はどうなるのか・・・という厄介な問題が控えています。

そんな厄介なEU離脱を、どうしてイギリスは選択しているのか・・・という“そもそもの疑問”について、離脱を支持する立場のイギリス・ジャーナリストは改めて以下のように。

****イギリスはなぜEU離脱を決めたか?英国人ジャーナリストに聞く****
Q1.ブレグジットの“きっかけ”は?
(中略)
■根本にあるのはEU拡大がもたらす様々な不安
(ブレグジットに賛成する)離脱派の人は、大きな“きっかけ”は1992年のマーストリヒト条約だったと言うかもしれない。この条約はEEC(欧州経済共同体)の発展に伴って結ばれ、現在のEU(欧州連合)につながるものとなった。この時点では、イギリスの人たちはEECに加入することができて、とても喜んでいた。

しかしその後EUの主権は強くなり、ブリュッセルが成長し存在感を増していった。さらに“人の移動の自由”という大きな問題。これらが出てきたのだ。

いまの状況は欧州司法裁判所(ルクセンブルクにあるEUの機関)がロンドンの最高裁判所の上に位置しているようなものだ。それぐらいの劇的な変化がおきた。

一般的なブリトン人は、自分の国に来て住みたいと思うEU市民の入国を拒むことは一切できないということに気づいて、率直に驚いた。わたしたちは主権の大部分を失い、国境の管理を諦め、ほとんどコントロールできない組織の支配下に置かれている感覚だった。

もうひとつ大きかったのは、1980年代にEUの加盟国が12カ国から28カ国まで拡大したこと。これはそれまでの加盟国よりはるかに貧しい東ヨーロッパの国々の加入が認められてのことだ。

かつてEECは、“富裕層クラブ”と言われ、豊かな国々がお互いの利益でつながるような組織で、常に批判の的だった。

しかしEUの拡大はまた違う問題を生み出した。ラトビア、ポーランド、ルーマニアといった国からの労働者が、大挙してイギリスをはじめとする豊かな国々へと押し寄せ、それらの国の人達と仕事を奪い合うようになったのだ。

こうした最低賃金でよく働く労働者の出現は経営者にとっては素晴らしい恵みだ。しかし、イギリス人労働者にとってはそうではない。(中略)自分たちがさらに低賃金に追いやられてしまうことを意味するからだ。

今回、イギリスがブレグジットに動いた背景には、こうしたEUの拡大に対する国民の不信感があった。【6月9日 BEST T!MES】
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「ブレグジットは経済的には悪い結果をもたらす。ブレグジットは“全ては経済のため”といった類のものではない。より、主権の問題なのだ。」とも。

上記のような事情はありますが、いろんな現実的問題・損得勘定はあるにせよ、“不戦の誓い”を実現する欧州統合の理念を“是”とする独仏と、歴史的に常に大陸の外に身を置いて自国利益をうかがってきたイギリスとの、理念に対する基本的温度差が根底にあるように思えます。

英国人ジャーナリストのコリン・ジョイス氏は、国内の“分断”については以下のように。

****Q5.人々はどれくらいブレグジットについて話す****
■よく話題になる。しかしそれは“口論”になりがちだ
確かにイギリスの人たちはブレグジットについてよく話す(もちろんニュースでもいつもやっている)。しかしえてしてそれは、“議論”ではなく“口論”になりがちだ。お互いに、激しい憎悪のような感情をぶつける。

こんなわけなので、まともな分別がある人は議論を避けようとするし、もし話し合うにしても、相手が自分と同じ意見であるとあらかじめわかっている場合か、耳を貸すに値する意見の持ち主か。この場合に限られる。

よくあるやりとりは、残留派がブレグジット支持者に対して、単に「バカ」とか「完全に頭がおかしい」と言ってしまうことだ。

反対に私はブレグジット支持者が、残留派のことを「愛国心がない」とか「売国者」と言ったり、暗にほのめかすのも聞いたことがある。

こうした両サイドの誹謗中傷合戦は危険だ。そして生産的ではない。到底あってはならないことだが、残念ながらよく起こっているのが現実だ。国中あげての論争にもなるが、結局まとまらない。(中略)

そして先に書いたような、残留派のブレグジット支持者に対する態度こそが2度目の国民投票を求める動きを引き起こしたといえる。

つまり「間違った結果になったのは、何百万もの馬鹿な人たちがその議題をロクに理解せずに離脱へ票を入れた。我々のような賢い人が賛成する“正しい結果”を得るために、もう一度投票をやり直す必要がある」と。(後略)【同上】
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残留派が求める2度目の国民投票については、離脱派からは「民主主義って、自分たちがほしい結果になるまで投票することなのか?」との批判がありますが、このような複雑で大きな問題を1回の投票で決めていいのか?という疑問があります。

問題点が明らかになり、方向性が示された時点で、改めて国民の決断を問うべきではないかとも考えます。
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パレスチナ・ガザ地区 衝突で増える犠牲者 アイアンドームに「火炎だこ」 トランプ流「世紀の取引」?

2018-06-08 22:55:59 | パレスチナ

(【6月7日 朝日】白衣で救護活動中に胸を撃たれて死亡したボランティア看護師ラザン・ナジャルさん)

白衣の医療従事女性射殺 イスラエル軍「意図的、直接的に狙った銃撃はない」】
パレスチナ・ガザ地区とイスラエルの境界では、3月30日以来、パレスチナ難民の帰還を求める抗議行動に対するイスラエル軍の実弾発射による阻止行動(イスラエル最高裁は容認)によって、死者は120人にものぼっています。

当初の報道では、イスラエル建国で70万人の難民が出た「ナクバ(大惨事)」を記念する5月15日までデ抗議行動は続く・・・とのことでしたが、「ナクバ」を過ぎた今も終息していません。

今日6月8日は、断食月(ラマダン)の最終金曜日ということで、再び激しい衝突が懸念されています。

****<ガザ東部>大規模デモで軍と衝突恐れ 難民、帰還求め集結****
パレスチナ自治区ガザ東部のイスラエル領との境界近くで8日、パレスチナ難民が故郷に戻る権利を求める大規模デモが行われた。3月30日から続く「帰還の行進」の一環。

イスラエル軍との衝突で60人以上が死亡した5月14日のデモに匹敵する規模とみられ、衝突の激化が懸念される。
 
8日はイスラム暦の断食月(ラマダン)の最終金曜日。ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスはヨルダン川西岸のパレスチナ人に対しても、西岸各地にイスラエルが設置している検問所などでの抗議行動を呼びかけた。
 
3月末以降続く境界デモでは、少なくとも120人のパレスチナ人がイスラエル軍の銃撃によって死亡し、3500人以上が実弾で負傷した。

ハマスなどは「帰還権を含むパレスチナ人の権利を要求し続けることを世界に伝える」ため、今後もデモを続けるとしている。
 
イスラエル軍は、境界に近づかないよう警告するビラをガザ上空から投下し、境界に沿って部隊を配置。イスラエル最高裁は「境界での暴動は長年にわたるハマスとの武力衝突の一環」とする軍の主張を受け入れ、境界デモ鎮圧での実弾使用を容認している。【6月8日 毎日】
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イスラエル軍の実弾を使用した対応には国際的にも批判は多々ありますが、特にパレスチナ側の怒りを掻き立てたのが、救護にあたっていた白衣の医療関係女性が射殺されたことです。

****ガザ医療関係女性を射殺 イスラエル軍、救助活動中****
パレスチナ自治区ガザのイスラエルとの境界付近で1日、パレスチナ人による反イスラエルデモがあり、ガザの保健当局によると、イスラエル軍の銃撃を受けた医療関係者の女性(21)が死亡した。

ロイター通信は目撃者の証言として、女性は白衣を着用し、手を高く上げ負傷者の救出に向かう途中で胸を撃たれたと伝えた。国際社会でイスラエル軍の「過剰な武力行使」への非難がさらに高まるとみられる。(後略)【6月2日 共同】
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この女性だけでなく、救助に当たっていた別の3人も撃たれたとのことで、パレスチナ医療救援協会は声明で「医療関係者への銃撃はジュネーブ条約違反の戦争犯罪だ」と非難、ガザにおけるイスラエルの人道法違反に国際社会が早急に対応するよう訴えています。【6月3日 AFPより】

女性の葬儀には数千人が参加、参加した人々は口々にイスラエルへの報復を誓った・・・とも。【6月4日 産経】

****娘の武器は、白衣だけ。撃つなんて…」 21歳看護師の銃撃死、波紋 ガザのデモ****
パレスチナ自治区ガザ地区で続くイスラエルや米国への抗議デモで、イスラエル軍に撃たれて亡くなった女性看護師(21)に対し、イスラエル軍は5日、「意図的、直接的に狙った銃撃はない」との声明を出した。

撃たれた状況の調査も続けるとしたが、パレスチナや国連など国際社会からは「過剰防衛だ」として非難が強まっている。(中略)
 
心配する(母親の)サブリーンさんに「白衣と(医療従事者を示す)身分証明書が私を守ってくれる。人道支援をしているだけだから大丈夫」と話したという。(中略)
 
「彼女の唯一の武器は白衣だった。デモの現場で人の命を救っていた娘を撃つなんて。国際社会は世界的な人道問題を見過ごさず、中立的な独立したチームによって調査してほしい」(後略)【6月7日 朝日】
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「意図的、直接的に狙った銃撃はない」(イスラエル軍)とのことですが、抗議行動参加者の“足”を狙っているとも。

****<ガザ>「足を銃撃され重傷の男性多い」現地の惨状を報告****
 ◇「国境なき医師団」の医師と看護師、都内で記者会見
パレスチナ難民の帰還を求めるデモが続くパレスチナ自治区ガザで、イスラエル軍との衝突による負傷者を治療した「国境なき医師団」の医師と看護師が6日、東京都内で記者会見し、現地の惨状を報告した。

足を銃撃され重傷を負った若い男性が多く、重い障害が残る恐れがあるといい、暴力の停止と国際社会の支援を求めた。
 
会見したのは、5〜6月にガザの病院で手術を担当した外科医の渥美智晶(ともあき)さん(42)と看護師の佐藤真史(しんじ)さん(49)。

渥美さんは「イスラエル軍はデモを止めるためか、明らかに足を狙って銃撃している。負傷者の多くは骨も含め損傷が激しく、何度も手術が必要で感染症のリスクも高い」と指摘した。
 
佐藤さんは、在イスラエル米国大使館がエルサレムに移転し、デモが激化した5月14日は手術を待つ患者が廊下にあふれていたと報告。「足を撃たれた10歳の少年が手術中、涙を流してコーランを唱えていたのが印象に残っている」と語った。
 
2人は、日本ではガザの問題に対する関心が低いとして「まずは実情を知り、関心を持ってほしい」と呼びかけた。
 
一方、5月にガザの医療機関を訪れた国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の清田(せいた)明宏保健局長も6日、日本記者クラブで会見した。「デモが沈静化しても、障害が残る負傷者のケアや精神的サポートなど医療的ニーズが高い状況は続く」と述べ、国際社会による継続支援の必要性を訴えた。【6月6日 毎日】
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国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の清田明宏保健局長は、イスラエル軍との衝突で多数の死傷者が出ているパレスチナ自治区ガザの現状について「患者が多く、病院の受け入れ能力を超えている。医療体制は崩壊寸前だ」とも指摘しています。【6月6日 共同より】

イスラエル支援で孤立するアメリカ
イスラエルの過剰防衛に対する国際批判はありますが、国連安保理では、例によってアメリカの拒否権で非難決議は否決されています。

採決ではロシア、フランスなど10カ国が賛成したが、米国1カ国が反対、英国やオランダなど残り4カ国は棄権に回ったとのこと。

また、アメリカの提案したハマス非難決議は、賛成は提案した米国だけで、採択に必要な9カ国の賛成票に遠く及ばず、アメリカの国際的な孤立が一段と鮮明になった・・・とも。【6月2日 産経より】

アメリカがこだわるハマス(ガザ地区を実効支配)も、表向きの言動は別にしても、本音ではイスラエルとの衝突が拡大することは望んでいないと思われています。

****<ガザ>「ナクサの日」に誓う占領への抵抗****
 ◇ハマスなど各派の指導者が演説
1967年の第3次中東戦争でヨルダン川西岸やガザ地区などをイスラエルに占領されたことを思い起こす「ナクサの日」(後退の日)の5日、パレスチナ自治区ガザではイスラム組織ハマスなど各派の指導者が演説し、イスラエルの占領に対する抵抗を誓った。(中略)

イスラエル境界でのデモで、ハマスはイスラエルなどに封鎖されたガザ地区の窮状に国際社会の関心を集めることには成功した。

ただ、先月14日のデモで多くの犠牲者を出したこともあり、各派や住民からは「デモをしても実際には何も達成できていない」といった批判や不満も出ている。
 
ハマスはこれまで、イスラエル領へのロケット弾発射など報復攻撃を抑制してきた。だが先月29〜30日には過激派「イスラム聖戦」による多数の迫撃砲弾などの発射を黙認しており、各派の不満を吸収する狙いがあったとみられる。
 
イスラエルのシンクタンク「国家安全保障研究所」(INSS)のコビー・ミカエル上席研究員は「全ての当事者が大規模戦闘への発展を避けるために一定の『衝突のルール』を定めようと努力している」と分析。

「イスラエルもハマスも戦闘は望んでいない。現実的な唯一の代替案はエジプトの仲介によって双方が暗黙の了解に達することだろう」と指摘する。【6月5日 毎日】
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“衝突のルール”・・・・どういう内容でしょうか?

イスラエルに大きな実害が出ない範囲で、ガス抜きのため、ロケット弾・迫撃砲弾数発程度はかまわない・・・とか、デモ参加者の頭・胸は撃たないが、足を狙うのはOK・・・といった類でしょうか?

ガザ地区からロケット弾が発射されると、発射したのが誰であれ、イスラエル軍は“ガザ地区管理責任者”のハマスを攻撃しています。

****イスラエル軍、ハマス施設に空爆 ロケット弾受け報復****
イスラエル軍によると、パレスチナ自治区ガザ地区から2日夜と3日未明、イスラエル領内に向けてロケット弾が少なくとも4発が発射された。

3発は対空防衛システム「鉄のドーム」で迎撃されたが、もう1発は届かなかったとみられ、ガザ地区内に着弾したという。

この攻撃を受け、イスラエル軍は3日、ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスの関連施設8カ所に報復の空爆をした。
 
ロイター通信によると、一連の攻撃でけが人などは報告されていないという。
 
5月29〜30日には、ガザ地区からイスラエル南部に向けて、計約100発の迫撃砲弾やロケット弾が発射された。ガザ地区でハマスと連携する武装組織「イスラム聖戦」がハマスと連名で発射を認めた。

だが、その後のイスラエル軍の報復攻撃を受け、ハマスは「(ハマスもイスラエルも)戦闘停止に合意した」との声明を発表していた。(後略)【6月3日 朝日】
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迎撃率90%を誇るイスラエルの防衛システム「アイアンドーム」ですが、ロケット弾は手製の粗末なものが多いのに対し、アイアンドームは億円単位の費用がかかります。

この軍事費を支援しているのがアメリカで、その結果、アメリカ軍事産業の需要も増えるという見返りもあるようです。

****軍事費の4分の1を提供 「米国」はなぜイスラエルに肩入れするのか*****
トランプ大統領は、選挙期間中、陸軍や海兵隊の規模を拡大し、また海軍のために戦艦を、空軍には戦闘機を増やすと述べ、さらに核兵器の近代化を口にしていた。

そのおかげか、トランプが選挙に勝利すると、ロッキード・マーティン、BAEシステムズ、レイセオンといった軍需産業の株価は軒並み上昇した。

トランプ政権の誕生によって、アメリカとイスラエルの軍産複合体の協力はさらに進んでいくだろう。

2014年、イスラエルがガザを攻撃すると、アメリカはイスラエルのロケット防衛システム「アイアンドーム」に対して2億2500万ドル(およそ230億円)の拠出を決定している。これは、ガザでの死者が2000人を超える中での決定だった。

このガザ攻撃にも、アメリカやイスラエルの軍産複合体の意図があったと言われている。アイアンドームは、イスラエルの軍需産業であるエリスラ社やラファエル社などの製造によるものだが、アメリカの軍需産業の大手レイセオンの部品も使われている。

つまり、イスラエルが起こした戦争はアメリカに利益をもたらす仕組みになっているというわけだ。

アメリカのイスラエルに対する対外軍事融資FMF(Foreign Military Financing)は、メルカヴァ戦車などイスラエル国産の兵器を製造する資金ともなっている。アメリカのFMFによるイスラエルへの資金援助は、イスラエルの軍事費全体の4分の1を構成するようになった。

親イスラエルのトランプ政権はこの傾向に拍車をかけ、アメリカとイスラエルの軍事協力はいっそう進むに違いない。(後略)【2017年3月29日 SmartFLASH】
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そうした防衛システムを誇るイスラエルを悩ましているのが、かつての日本軍の“風船爆弾”をも想起させる「火炎だこ」だそうです。

****火炎たこ」被害相次ぐ=パレスチナから飛来―イスラエル****
反イスラエル抗議デモが続くパレスチナ自治区ガザから、火を付けた布や火炎瓶をぶら下げた「火炎たこ」が飛ばされ、イスラエル側の村で火災被害が相次いでいる。「原始的な技術だが、捕らえるのが困難」(イスラエル軍当局者)なため、対策に手を焼いている。
 
イスラエル側では、ガザからのロケット弾の脅威に普段さらされているが、今回のデモでは火炎たこが農地や森林に落ちて発生した火災に悩まされている。

人的被害は確認されていないものの、消防・救急隊報道官によれば、これまでに約450カ所の火災に対処。「早く対応しないと火がすぐ広がる」ため、臨戦態勢を敷いているという。
 
イスラエル軍は小型無人機(ドローン)を使って、イスラエル領空に入ったたこを「撃墜」している。リーベルマン国防相は4日、「約600枚のたこが飛ばされ、うち400枚の撃破に成功した」と明かした。
 
被害面積は約9平方キロメートル以上。被害総額も100万ドル(約1億1000万円)以上に達するとみられ、ネタニヤフ首相は、パレスチナ自治政府に損害賠償を求める方針を示している。【6月8日 時事】 
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再びトランプ流「世紀の取引」の話も
完全にイスラエル側に立つことを明らかにしたアメリカにパレスチナ問題の仲介は期待できませんが、パレスチナ側に力で現状を認識させることを背景に、トランプ大統領は「世紀の取引」を目論んでいるとも。

****パレスチナ問題(ガザと「世紀の取引」)*****
(中略)ガザ情勢とal qods al arabi net の伝えるトランプ政権の「世紀の取引」案について取りまとめたところ次の通りです。

「世紀の取引」は消息筋から漏れ出た情報とのことで、、勿論確認できる筋合いのものではありませんが、なるほど、、イスラエルの立場からすれば(パレスチナ側さえ受諾すれば)実現可能な和平案ということか?という気はします。

報道の内容からは、「世紀の取引」とは大きく出過ぎたものですが、パレスチナ側が飲めば、サウディや湾岸諸国が莫大な金を払うとでも言うのでしょうか?

いずれにしても流出情報の程度の話ではありますが・・・(中略)

世紀の取引 上記al qods al arabi net の伝えるところ次の通り

・米筋及びイスラエル筋によれば、「世紀の取引」は、これまでのオバマ、クリントン政権が提案していたところに、イスラエルに対する配慮を加えたもので
  解決はイスラエルとパレスチナの2国家方式とする
  イスラエルがユダヤ人の民族国家であることを認める
  パレスチナは非武装国家とする
  エルサレムはイスラエルの首都とするが、同時に1967以前はエルサレム市域ではなかった地域(具体的場所は不明)をエルサレムと呼び、この地域をパレスチナ国家とする。この地域はそもそものエルサレムとは接続していない
  ヘブロンを含む占領地の10%を見返りなしでイスラエルに併合する
  その他両国家で土地の交換を交渉する

  この案は1月に米調停官からアッバス議長に提示され、議長は不満であったが、彼を追い出すことはしなかった
  他方サウディ皇太子は4月に訪米の際、この案を見せられ、同意した 

これが事実であれば、従来想像していたよりは、かなり現実的な案‥‥特にこれが最初の案で、交渉の過程でパレスチナ側が飲みやすいような修正を加えることが想定されているのであればなおさら…ではないかという気がします。

然し、注目されるのは、ヘブロンで、これまでの歴代のイスラエル政府が併合を主張しなかったところを入れてきたのは、矢張り右翼、入植者に対する配慮で、ある意味ではトランプ政権のイデオロギー的側面を反映しているような気がします。まさかこの点は最後まで固執する積りなのでしょうか?

何しろ、これまではイスラエルを抑え、バランスをとる役割を果たしていた米がトランプの下で完全にイスラエル側につき、またサウディ等湾岸諸国もかなり露骨に米国支持を表明していることを考えれば、ある意味ではパレスチナ側は抑え込まれつつあるという状況で、客観的な力のバランスは圧倒的にイスラエルに有利となっている状況ですので・・・

しかし、パレスチナ側としては下手な妥協をするよりは、アラブ、イスラム世界の支援を当てにして、妥協を排して、力比べ、長期の持久作戦の方をとる可能性の方が強い気もします。

ま、いずれにしても、今後現実に米国の「世紀の取引」案が正式に提示され、トランプが強力に双方の妥協をもたらすことができるのか、甚だ興味のあるところです

そもそもトランプにとって、中東和平=パレスチナ問題の政治的解決は、イランの核合意問題やシリア問題その他の中東の一連の問題の中で、どの程度の重要性を有する問題なのか、正直言って良く分かりません)【5月26日 「中東の窓」】
********************

どの程度の信ぴょう性・現実性のある話かはわかりません。

「世紀の取引」の“噂話”には、2月18日ブログ“パレスチナに関する「世紀の取引」がささやかれるイスラエル・エジプト・アメリカの協調体制”でも紹介した、“パレスチナ人が歴史的なパレスチナをあきらめる代わりに、湾岸諸国からの1000億ドルの支援を得て、シナイ半島に移住し、そこに彼らの国家を作るのをトランプ政権としても認める”といったものもありました。(カネは日本や韓国に出させるという北朝鮮問題にも似ています)

噂話にしろ、トランプ大統領がイスラエルに都合のいい形の決着を考えているのは間違いないようにも思えます。
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イラク  総選挙後の連立のキーマンとなったサドル師 不正疑惑で投票再集計も大きな混乱なし

2018-06-07 22:22:40 | 中東情勢

(投票用紙に記入後、読み取り機に入れて1票を投じる有権者=2018年5月12日、バグダッド、高野裕介撮影【5月12日 朝日】 どういう選挙制度になっているのか知りませんが、随分大きな投票用紙です。
初めての電子投票でしたが、集計に不正があったとの疑惑があり、手作業による再集計が行われます。)

アメリカ・イラン双方に距離を置くサドル師 連立交渉は難航の予想
もうひと月近く前の5月12日に行われたイラクの総選挙については、周知のように、予想に反してかつてシーア派民兵を率いて反米闘争を闘ったサドル師の勢力が第1勢力となりましたが、いずれにしても連立が必要で、どういう形になるのかはいまだによくわかりません。

****イラク総選挙、サドル師派が第1勢力 連立協議開始へ****
12日に実施されたイラク国会選挙の結果が確定し、イスラム教シーア派指導者サドル師の政党連合が第1勢力になったことを受け、サドル師は19日、アバディ首相と会談を行った。

アバディ氏は共同記者会見で、イラクの新政権樹立のための作業を迅速に進めるために他の政党も含めて協力することで合意した、と明らかにした。

また、サドル師は「新たな国家をつくりたい人であれば誰でも受け入れる」と述べた。

サドル師は総選挙に出馬していないため、自身は首相になれない。ただ、サドル師の政党連合は54議席を獲得し、アバディ首相の政党連合の議席を12議席上回ったことから、強い発言力を持つことになる。

イランの支援を受けて過激派組織「イスラム国」(IS)掃討作戦に加わったシーア派民兵組織の司令官だったアミリ氏の政党連合は、第2勢力となった。

サドル師は隣国イランと米国の双方に敵対的。選挙前にイランは、サドル師の勢力がイラクを統治することを容認しないと表明している。イランはこれまでにもイラクの首相選定で影響力を及ぼしている。

国会の最大勢力から首相を選出するとの憲法の規定から、各政党連合は多数派形成に向けた連立協議に入る。選挙の正式結果が出てから90日以内に新政権を成立させる必要があるが、協議は難航が予想される。【5月21日 ロイター】
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かつては反米闘争を率いたサドル師ですから、アメリカは論評を避けて様子見の姿勢です。

****米、イラク総選挙に祝意 サドル師派への論評避ける****
イラク国会選挙でイスラム教シーア派の有力指導者サドル師の政党連合が第1勢力になったことについて、米国務省高官は18日、「全イラク国民に安定、安全、繁栄をもたらすのを助けるため、新たなイラク政府と協力することを楽しみにしている」と述べた。反米のサドル師への論評は控え、連立協議を見守る立場を示すにとどめた。
 
同高官は「イラク国民の民主プロセスへの参加を祝福する」とし、宗派や民族ではなく、経済や反腐敗といった政策に基づく投票が行われたと評価した。【5月20日 産経】
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サドル師はイランとも距離を置いているということですが、昔はイランに雲隠れしていた時期もあったはずで、何があったのでしょうか?期待に反してイランから軽く扱われ、不満を抱いたのでしょうか。

その後も、支持者をグリーンゾーンに突入させて死傷者を出すなど、サドル師はイラクの政治家としてはこのブログでの扱い件数は一番多い人物で、一言で言えば“ポピュリスト”というか“扇動家”“お騒がせ男”的な存在です。

2017年2月13日ブログ「イラク シーア派指導者サドル師主導のデモで首都混乱 “IS後”を睨んだ政治闘争活発化
2016年5月1日ブログ「イラク政治をかく乱するポピュリスト・サドル師の「グリーンゾーン」突入

“IS後”を睨んだ政治闘争が奏功して選挙に勝利(54議席)したようですが、この人物が今後のイラクのキーマンとなることに関しては、不安も感じます。

今のところは、国内のスンニ派やクルド人勢力との連携も模索する穏当な姿勢を見せているようですが・・・。

第2勢力には、IS掃討に活躍したシーア派民兵組織の司令官で、親イランのアミリ元運輸相の勢力が47議席。第3勢力はイラン、米国の双方と良好な関係を保ってきた現職アバディ首相の勢力で、42議席。

****複雑なパワーバランスにあるイラク****
5月12日に行われたイラク議会の総選挙では、大方の予想を覆し、シーア派の指導者サドル師が率いる勢力が1位となった。

イラクはシーア派(イスラム教の中では少数派)が多数を占めるが、他にスンニ派とクルド人という有力な勢力が存在し、複雑なパワーバランスにある。(中略)

投票率は低かったものの、イラクで比較的スムーズな選挙が行われたこと自体、評価に値する。ただ、選挙で不正があったとする主張があり、イラク政府は調査委員会を立ち上げることを決定したという。
 
サドルは、2003年の米軍による侵攻とサダム・フセイン政権を受け、激しい宗派的な反米闘争を繰り広げた。同氏は配下のマフディー軍を率いて宗派闘争を激化させ、ニューズウィーク誌が「世界で最も危険な男」と呼ぶほどにまでなったことがある。

しかし、2008年頃からはそうした活動を弱め、次第にイラクのナショナリストとして活動するようになり、反米だけでなく、イランの影響力排除をも訴えるようになった。

昨年、イランと対立するサウジとアラブ首長国連邦を訪問し、両国の皇太子と会談している。また、アミリが指導者を務めるPMFを解体して国軍に統合する必要があると言っている。
 
サドルは、今回の選挙では、宗派色を出さず、共産党を含む世俗派の6つのグループと連携し、テクノクラート政権による、汚職撲滅、治安、生活インフラの整備などを訴えた。

ナショナリスト的主張に加え、こうした現実的な主張がイラク国民の心に響いたものと思われる。包含的な政権を必要とするイラクにとっては、同氏の脱宗派主義的姿勢は望ましいものである。

イランと距離を置き、アラブ諸国との関係を強化するということのようなので、イラクを巡る関係勢力の均衡とってもプラスとなり得る。

一方、米国などが期待をかけていたアバディも、前任のマリキ元首相(同氏派は今回の選挙では4位と惨敗)と異なり、対イラン傾斜やシーア派偏重ではなく、「イラク第一」である。

サドル派とアバディ派が組むことができれば、イラクの安定に最も寄与し得る組み合わせであると思われる。ただ、サドル派とアバディ派だけでは過半数に達しない。連立交渉は難航するであろう。なお、サドル自身は立候補していないので首相になることはない。
 
これに対し、イラクをスンニ派アラブに対抗する拠点と見ているイランは、イラクへの影響力を守り抜こうとして、アミリに肩入れするであろう。

選挙後、イランは直ちに革命防衛隊コッズ部隊のソレイマニ司令官をバクダッドに派遣した。アミリはマリキら親イラン勢力とともに政権を樹立しようとしている。

仮に彼らが政権をとった場合、宗派主義が復活することになろう。PMFがレバノンのヒズボラのような強力なイランの代理勢力として権力の一翼を奪おうとする可能性がある。これは地域を大きく不安定化させる要因である。アミリとイランの動向を注視する必要がある。
 
なお、米国のポンペオ国務長官は、5月21日に行った対イラン戦略についての講演で、「イランはイラクの主権を尊重すべきで、シーア派民兵組織の武装解除、解体、統合を認めなければばならない」と、厳しく注文を付けている。【6月5日 WEDGE】
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不正疑惑で票の数え直し 大混乱に陥ていないということは“政治的安定”の証か
シーア派、スンニ派、クルド人勢力に分かれ、シーア派の中も親イラン派やシーア派偏重派などある等、複雑な政治情勢にありますので、連立に時間を要するのは当初から予想されたことではあります。

ただ、(少なくとも国際的には)今頃になって選挙における不正が大きく取り上げられ、得票の再集計がおこなわれるとのことで、さらに不透明性が増しています。

****イラク議会選挙 票の数え直しへ 新政権発足見通し立たず****
イラクで先月行われた国民議会選挙をめぐって、電子投票システムによる集計などで不正が行われたという批判が相次ぎ、イラク国民議会は6日、手作業で票を数え直すことを決めました。新しい政権が発足する見通しは全く立たない状況です。

イラクでは、過激派組織IS=イスラミックステートとの戦いで政府が勝利を宣言してから初めてとなる国民議会選挙が先月行われ、開票の結果、イスラム教シーア派の指導者、サドル師の勢力が最も多くの議席を獲得しました。

ところが、今回の選挙で初めて使われた電子投票システムでの集計などで不正が行われたという批判が相次ぎ、アバディ首相も5日、深刻な違反行為があったという認識を示すとともに、責任は選挙管理委員会にあると指摘しました。

これを受けてイラク国民議会は6日、選挙法を改正して手作業で票を数え直すことを賛成多数で決めました。

またイラク国外で投じられた票をすべて無効としたほか、選挙管理委員会の幹部の職務を停止し、9人の判事に票の数え直しを監督させることを決めました。

今回の選挙では、最も多くの議席を獲得した勢力も全議席の20%に満たず、連立交渉が長引くことが懸念されていましたが、票の数え直しという事態を受けて、新しい政権が発足する見通しは全く立たない状況です。【6月7日 NHK】
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“今回の選挙ではイラクで初めて電子投票機が使われたが、複数の情報機関によると、投票機の検査で集計結果にばらつきが出たことで、不正疑惑に信ぴょう性が生まれた”とのことで、手作業による再集計が命じられたようです。

ただ、“AFP通信によると、約1100万票を数え直すが、獲得議席数に大きな変動はないとみられる。”【6月7日 時事】とのことです。

選挙で不正が行われたとして騒動になるのは各国でよく見るところですが、ひところのイラクであれば、あるいは、アフリカなどの多くの国では今でもそうですが、大規模な大衆行動・武力衝突が起きるところです。

今回はそうした騒動の話は聞きません。

ということは、なんだかんだ言っても、現在のイラクは政治的にはかなり“落ち着いた”と言える・・・・のかも。


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カタール断交から1年 関係修復兆し見えず イランとの関係を強めるカタール

2018-06-06 22:43:33 | 中東情勢

(“カタールがサウジなどによる断絶を耐え抜いているのはカタール航空(写真)を保有し、新たな貿易ルートを構築しているためだ”“同航空は、来年までに世界第2位の規模の貨物輸送航空会社になることを目指している”【3月16日 WSJ】とも)

したたかに存在感を維持するカタール サウジの意図に反し、イランとの関係強化
昨日6月5日で、ペルシャ湾岸のカタールに対し、サウジアラビアやエジプトなど中東のアラブ諸国が外交関係断絶を通告してから5日で1年が経過しました。

サウジアラビアは、敵視するイランへのカタールの融和姿勢や「テロ支援」に対抗することを名目として、国境検問所を封鎖し(サウジアラビアはカタールにとって唯一陸続きで、主要な貿易相手国)、同調するアラブ首長国連邦(UAE)などと共にカタール発の航空機の領空通過も不許可にしました。

サウジアラビアの強硬な姿勢の背景には、“小さなカタールがここまで目の敵にされる背景にはテロ支援などの他に、父を退けて首長の座を奪ったり、女性が自由に運転できる文化など、湾岸諸国の体制を危うくしかねない要素がある”【2017年6月7日 Newsweek】という、そもそもサウジアラビアなどがカタールを疎ましく見ていた事情もあるようです。

しかし、カタールは断交後にイランとの関係をむしろ強化。断交後の経済への影響も限定的で、孤立と締め付けを狙ったサウジアラビアの思惑は大きく外れる結果となっています。

****カタール、したたかに存在感を維持 5日で断交1年****
サウジアラビアなどがペルシャ湾岸の小国カタールと断交して5日で1年となった。

イスラム教スンニ派諸国の盟主を自任するサウジが、自国に盾突くカタールに制裁を加えて政策の転換を迫った形だが、カタールは産業の多角化に取り組む一方で欧米やトルコ、イランとの関係強化を進めるなど、国内外で生き残りに向けた手を打ち、したたかに存在感を維持。対立はさらに長引くとの見方が出ている。
 
サウジが主導したカタールとの断交にはエジプトやアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーンなどが加わった。イスラム原理主義組織ムスリム同胞団など「テロ組織」への支援停止や、イランとの融和的な関係の断絶などを求めた。

ロイター通信などによると、カタールでは断交の直後、輸入が4割減少するなど大きな影響が出た。
 
しかし、カタールは要求に応じず、サウジと敵対するシーア派大国イランや、トルコから食料支援を獲得。イランと独自のパイプを持つオマーンとの間で、新たな物資輸送の航路も開拓した。欧米から牛を買い付けて牛乳生産に乗り出すなど、食料の自給率アップにも取り組んでいる。
 
断交で観光や不動産、航空などの産業が打撃を受けたものの、天然ガス売却による豊富な資金力を生かし、数百億ドル(数兆円)を金融部門に投入したことで経済は安定。昨年の国内総生産(GDP)成長率は2・1%と堅調に推移している。 
 
軍事面では、米英仏から戦闘機や旅客機を購入し、関係をつなぎ止めている。昨年には、ロシアとも軍事技術協力協定を締結した。こうした動きはやすやすとは屈服しない意思表示といえ、サウジの神経を逆なでしているもようだ。
 
ロイター通信は2日、仏紙ルモンドの報道を基に、サウジのサルマン国王がマクロン仏大統領に書簡を送り、ロシアがカタールに防空システムS400を供与する可能性に懸念を表明したと伝えた。国王は「軍事行動を含め、防空システムを破壊するために必要なあらゆる手段を取るだろう」と警告し、マクロン氏に協力を求めたとしている。 
 
断交はカタールに多額の財政支出を強いた半面、カタール企業の撤退やカタール向け食料の輸出停止によってサウジなどの側も経済損失を被っているとされる。決着点が見えない中、「勝者がいない無益な争い」との見方も出ている。【6月5日 産経】
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サウジアラビアの意図に反して、むしろカタールはイランへの依存を強めています。

****<カタール断交1年>関係修復兆し見えず アラブ内紛長期化****
(中略)カタールはサウジと同じイスラム教スンニ派国家だが、近年はシーア派国家イランと連携してペルシャ湾の海底ガス田の共同開発に乗り出すなど「親イラン姿勢」が目立っており、断交はイランと敵対するサウジが主導したとみられている。(中略)

だが現在、かえってカタールはイランへの依存を強めている。英紙フィナンシャル・タイムズによると、今年1〜3月期のイランからの輸入は2億1600万カタール・リヤル(約64億6000万円)で、昨年同期の3300万リヤルから6倍以上に跳ね上がった。

逆にサウジからの輸入は激減している。カタールに軍事基地を置くトルコも食糧空輸などでカタール支援に回るなど、サウジが目指す「カタール孤立化」には至っていないのが現状だ。
 
こうした中、カタール政府は5月26日の声明で「消費者の安全を守るため」として、サウジなど4カ国で生産された食糧や日用品を撤去するよう国内の商店に指示した。

当事国の一つ、バーレーンのハリド外相は5月、「解決に向けたわずかな兆しもない」と述べ、対立が深刻化しているとの認識を示した。【6月3日 毎日】
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“サウジとカタールの対立は、サウジの湾岸地域での主導権を認めるか否かをめぐり、長年くすぶり続けていたものである。トランプ大統領によるサウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子への個人的な肩入れが、封鎖のような行動を助長する一因となったのではないかと指摘される。”【5月9日 WEGDE】と、混乱の引き金を引いたのはトランプ大統領だとも見られています。

ただ、カタールには中東最大規模の米軍基地であるアル・ウデイド空軍基地があり、アメリカにとっても重要な国であり、また、アラブ諸国の内紛はアメリカが期待する“イラン封じ込め”にとって悪影響しかありません。(だったら、どうしてトランプ大統領はサウジ・ムハンマド皇太子の後押しをしたのか・・・とも疑問に思いますが、トランプ大統領の行動を理解するは難しいものがあります)

そうした事情から、4月10日にトランプ大統領、サリバン国務長官代行(当時)、マティス国防長官とカタールのアル・サーニー首長が会談、4月18日にはマティス長官とカタールのアル・アティーヤ国防相が会談するなど、事態打開に向けて努力していますが、うまくいっていません。

“5月には湾岸諸国首脳会議を米国で開催すると発表されていたが、9月に延期となった。米側は、ティラーソン前国務長官の更迭による混乱が予測されたためなどと説明しているが、あまり納得できる説明ではない。解決に向けた糸口がまだ見えてこないことの証左と見るべきであろう。”【5月9日 WEGDE】

そうしたなかで、サウジアラビアがカタール国境に運河建設し、カタールを島にして孤立化する・・・という話も報じられました。

あまり現実的なものとは思えませんが、サウジアラビア側の苛立ちを示すものでしょう。

****対カタール国境に運河建設、島にして孤立化 サウジで計画浮上****
サウジアラビアからの報道によると、同国政府が半島国である隣国カタールとの国境沿いに運河を建設し、カタールを島にしてアラビア半島から孤立させる計画が持ち上がっているという。

政府系ニュースサイトSABQは9日、計画について「サウジアラビアの全面的な権限の下、同国とアラブ首長国連邦の民間投資部門がすべての資金を援助する」と報じた。

SABQによる連日の報道で計画の詳細が漏れ伝わる一方、サウジアラビア政府から報道を正式に否定する声明は今のところ出ていない。

サウジアラビア、UAE、エジプト、バーレーンは昨年6月、カタール政府がイスラム過激主義を支援し、イランとも近い関係にあるとして、カタールとの外交関係を断絶。唯一の陸の国境である対サウジアラビア国境も封鎖された。

カタール国営メディアは8日、「運河建設計画は対カタール国境の封鎖を一層強化し、貿易を行わせないという狙いのようだ」と報じた。【4月11日 AFP】
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なお、2022年サッカー・ワールドカップ開催国でもあるカタールでは、“カタール当局者によれば、2022年のサッカー・ワールドカップ大会の主催準備を含め、あらゆる主要な開発プロジェクトが予定通り進んでおり、加速しているものもあるという”【3月16日 WSJ】とのことですが、断交問題からのアラブ諸国の要請のほか、カタール側の様々な不祥事から、FIFAではカタールから開催権を剥奪することを検討している・・・との報道も2月にありました。9月にFIFAは決定を下す・・・とのことでしたが、その後の展開は知りません。

サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)が断交中のカタールで予定されるアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)の試合開催地を変更するよう求めていた問題では、アジア・サッカー連盟は1月、第三国での実施は認めないと発表しています。

女性の兵役志願を認めるカタール
ところで、サウジアラビアでは女性の自動車運転が解禁されたことが話題となっていますが、カタールでは女性の志願兵を認めるとのこと。

****カタール、女性の兵役志願を認める 同国史上初****
カタールは、タミム・ビン・ハマド・サーニ首長が公布した法の下、同国史上初めて女性の兵役志願を認める。同時に、徴兵制の男性については入隊期間を延長するという。
 
国営メディアは5日、同法は直ちに発効し、19歳以上の女性は兵役に志願することが可能になり、一方男性の兵役期間は現行の3か月から1年に変更されると発表した。
 
国営カタール通信は、「18〜35歳の全カタール男性は...兵役義務を果たさなければならない」とした一方で、「女性は志願制となる」と伝えた。
 
関係筋の話によれば、軍で事務職に就いている女性は既に居るものの、兵士として入隊が認められるのは今回が初めてだという。
 
ただ女性の志願兵らがどのような役割を担うのかは、現時点では明らかになっていない。【4月6日 AFP】
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女性の社会参加に関してはカタールの方が一歩先を行っているようですが、下記のような発言が公然となされるということで、イスラム社会における女性の地位はまだまだ・・・・という感も。

****航空会社は「男しか経営できない」 カタール航空CEOが業界会合で発言****
国際航空運送協会(IATA)の新たな会長に就任したカタール航空のアクバル・アル・バケル最高経営責任者(CEO)は5日、男性にしか航空会社は経営できないと発言した。

航空業界は女性のさらなる活用を目指しているが、IATAの記者会見でのバーキル氏の発言に、会見場からはうめき声や息をのむ音が聞こえたという。
アル・バケル氏は、「当然、男によって率いられなくてはいけない。とても大変な仕事だからだ」と語った。

オーストラリアのシドニーで開かれていたIATAの年次総会では、多様性の向上が主要な議題だった。

アル・バケル氏は、カタール航空が中東で最初に女性パイロットを採用した航空会社で、女性幹部もいると指摘し、「なので我々は実際、女性を後押ししている。経営幹部として非常に大きな潜在性があると考えている」と述べた。

アル・バケル氏はブルームバーグの取材に対し、女性のトップ誕生を歓迎するとしつつ、その条件として自分の指導を受けることを挙げた。「女性のCEO候補が出てくるのは喜ばしいことだ。そうしたら私が後任のCEOとして育てる」。

アル・バケル氏は昨年、米航空会社の客室乗務員を「おばあさん」と評し、謝罪に追い込まれた。その際に、カタール航空の客室乗務員の平均年齢は26歳だとも述べていたため、同氏の発言は性差別と年齢差別に当たると批判された。(後略)【6月6日 BBC】
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プラスチックごみ対策  欧米のストロー禁止より急務なアジア・アフリカにおけるゴミ回収システム

2018-06-05 23:22:25 | 環境

【http://enigme.black/2015030509】

欧米で進む使い捨てプラスチック製品の使用禁止など
今日、6月5日は世界環境デーということで、先ほどのNHKニュースでも取り上げていましたが、昨今の環境汚染、特に海洋のプラスチックごみによる汚染を象徴する痛ましい話題。

****プラスチック袋80枚飲み込んだクジラ死ぬ タイ南部****
タイ海洋沿岸資源局は2日、フェイスブック上で、プラスチック袋80枚余りを飲み込んだクジラが同国南部で死んだと明らかにした。現地ではこのクジラを回復させるため救助活動が行われてきたが、救命に至らなかった。
 
タイは世界的に見てもプラスチック袋の消費量が特に多く、訪問者の多い海岸の近くで、毎年数百の海洋生物がプラスチック袋を摂取したために死んでいる。
 
DMCRによれば、今回死んだクジラは小柄なオスのゴンドウクジラ。マレーシア国境付近の運河で瀕死の状態で発見され、獣医師らが容体を安定させようとしたものの、1日午後に死んだ。
 
検視の結果、重さにして8キロ、枚数で80枚ものプラスチック袋がクジラの胃に見つかった。また、クジラは救助活動が行われている間に5枚のプラスチック袋を吐き出していた。
 
同国のカセサート大学教員のトン・タムロンナワサワット氏(海洋生物学)は、袋を飲み込んだことでクジラが栄養のある食物を摂取できなくなったと指摘。

AFPに対し、タイの水域では毎年、ゴンドウクジラ、ウミガメ、イルカなど少なくとも300頭の海洋生物がプラスチックを飲み込んで死んでいると述べた。【6月3日 AFP】
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各国、各地域でプラスチック製のストローやレジ袋など、必ずしもプラスチック製である必要がないものを廃止していこうという取り組みが進んでいます。

****<欧州委>ストローなど使用禁止 使い捨てプラ製品で方針****
海洋ごみを減らすため、欧州連合(EU)の欧州委員会は28日、ストローや皿など、一部の使い捨てプラスチック製品の使用を禁止する方針を発表した。来年5月までに加盟国と欧州議会の承認につなげ、2021年からの実施を目指す。

深刻な海洋汚染を背景に、欧米では使い捨てのプラスチック製品を禁止する動きが急速に進んでいる。
 
欧州委の方針では、使い捨てのプラスチック製品について対象別に規制を定める。ストローやマドラー、皿などの食器類は原則禁止。コップは課金の対象とすることで、使用量の減少を目指す。

ペットボトルについては、加盟国に対して25年までに回収率90%を達成するよう義務づける。また、プラスチックを含む釣り具は、製造者側にごみ回収コストの負担を求める。
 
プラスチックは海洋ごみの85%を占めるとされ、欧州委は今年初め、30年までに包装に使うプラスチックをすべて再生利用可能なものに替える方針を公表。今回は、こうした取り組みをさらに進める意思を示した形だ。
 
EU加盟国の中で取り組みが先行する英政府は今年4月、軸部分にプラスチックを使う綿棒やストローなどの使い捨て製品を来年にも禁止する方針を発表。(後略)【5月29日 毎日】
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アメリカでも同様の取り組みが進んでいます。

****飲食店でのプラ製ストロー提供禁止 米マリブ市 主要都市で初****
アメリカ・カリフォルニア州のマリブ市は、海洋汚染を食い止めようと、全米の主要都市としては初めて、飲食店がプラスチック製ストローを客に提供することを禁止する措置に踏み切りました。

美しい海と砂浜で知られるカリフォルニア州マリブ市は1日、市内の飲食店が使い捨てのプラスチック製ストローを客に提供することを全面的に禁止する措置に踏み切りました。

全米の主要都市としては初めてで、市内にある大手コーヒーチェーンは、紙でできたストローに早速切り替えていましたが、対応が間に合わず、ストローを置いていないスムージー専門店もありました。

仮に違反すると、飲食店には最大で500ドル(およそ5万5000円)の罰金が科されます。

環境保護団体などの試算によりますと、アメリカでは毎日、5億本のプラスチック製ストローが使われていますが、小さいためにリサイクルが進まず、海に廃棄されて汚染を招いているということです。

ワシントン州シアトル市も来月1日から、プラスチック製ストローの提供を全面的に禁止するほか、サンフランシスコとニューヨークの市議会にも同様の措置を盛り込んだ条例案が提出されています。

また、カリフォルニア州は、客から要請されないかぎり、プラスチック製ストローの提供を禁止するという法案を州議会で審議しており、全米でこうした動きが広がっています。【6月2日 NHK】
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欧米以外でも多くの取り組み 実効をあげていないケースも
欧米だけでなく、5月7日ブログ“プラスチックごみ 各地で減量・清掃等の取り組みもはじまるもの、深刻化する環境汚染”でも取り上げたように、最近旅行したインドのカルナータカ州では、問屋も、小売店も、貿易業者も、プラスチック袋、プラスチック皿、カップ、スプーン、ラップといったプラスチック製品を使用したり、売ったりすることができなくなっているように、アジア・アフリカの途上国でも対応策をとるところが増えているようです。

しかし、実効をあげることなく失敗するケースも。

****プラスチック汚染対策」 全世界50カ国で実施=国連****
全世界で50カ国がプラスチック汚染対策を行っていることが、国連が発表した報告書で明らかになった。

これまでで最大規模の今回の報告では、エクアドル領ガラパゴス諸島では使い捨てプラスチックを、スリランカは発泡スチロールを禁止するほか、中国は生体分解性のレジ袋の導入を予定していることが分かった。

しかし報告書の執筆者は、河川や海に流れ込むプラスチックを減らすにはさらなる施策が必要だと警告。また、多くの国で行われているプラスチックごみの軽減政策は、強制力の低さから失敗に終わっていると指摘している。

(中略)発展途上国では、レジ袋が排水溝に詰まることで洪水の原因になったり、牛が食べてしまったりする。

報告書によると、対策の結果はまちまちだ。カメルーンではレジ袋が禁止され、プラスチックごみを集めると1キロごとに対価が支払われる。しかし、レジ袋はなお密輸されている。
また、いくつかの国では、対策が施行されているものの、強制力が低いという。

報告書には、バショウ科の植物アバカアサからトウモロコシのタンパク質ゼインまで、プラスチックに代わる35種類の素材のアルファベット一覧が掲載された。(中略)

しかし一部の政治家は、こうした代替品の可能性に慎重な姿勢を示している。
自動車燃料向けのパーム油が採れるヤシの木を植えるため、熱帯雨林が伐採されていることが明らかになり、バイオ燃料に対する環境保護活動家らの当初の楽観的な見方は裏目に出てしまった。

(中略)報告書では、プラスチックごみを減らす最も効果的な戦略として、きちんと計画された強制力のある禁止や課税が挙げられている。

一方で著者は、プラスチックメーカーに責任を負わせたり、リサイクル促進のための優遇措置を取り入れるなど、企業との幅広い協力が根本的には必要だとの見解を示している。

各国の取り組みの一例は以下のとおり。
・ボツワナ:小売店にレジ袋の有料化が定められているが、強制力はなく、施策は「失敗」している
・エリトリア:レジ袋を禁止した結果、排水溝の詰まりが劇的に減少した
・ガンビア:レジ袋を禁止したが、「政情不安に陥った後に復活した」
・モロッコ:レジ袋が禁止され、1年間に421トンが押収された。繊維素材のものに置き換えられている
・バングラデシュ:レジ袋が禁止されたが、強制力が欠けている
・中国:2008年以前にはレジ袋を年間30億袋を消費していたが、禁止以降はスーパーマーケットでの利用が60〜80%減った。市場ではなお利用されている
・ベトナム:レジ袋に課税したものの、なお広く使われている。政府は税率を5倍にすることを検討している
・アイルランド:レジ袋への課税の結果、消費量が90%減った
・ケニア:禁止以前は、牛は一生のうちに平均2.5袋のレジ袋を食べていた。現在は全面禁止され、輸入や利用が発覚すると罰金と4年間の禁固刑が科せられる。【6月5日 BBC】
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欧米で100%リサイクルしても海洋に流出するプラスチックの全体量はほとんど変わらない
欧米のプラスチック製ストローやナイフ・フォークの禁止の動きは、それはそれで有意義なことですが、こうした国ではプラスチックごみが路上や川、最終的には海洋に廃棄されることはあまりないでしょう。

(前出【NHK】によれば、小さいストローなどは海に廃棄されるとのことですが・・・・。実際には生ごみと一緒に燃やされることが多いのではないでしょうか。
高温焼却すればダイオキシンなどの問題もあまり大きくないようですから、リサイクルしにくいものは埋め立てよりは燃やした方がよさそうです。分別したあげく海に捨てるのは論外でしょう。)

その意味では、アジア・アフリカなど、そもそもゴミ回収システムが十分に(あるいは、ほとんど)機能していない国々での対応が不可欠でしょう。

私自身は、正直なところこの問題にさほど敏感な方ではありませんが、そんな私でもインドなどを旅行すると、空き地や道路脇を覆いつくすプラスチックごみに「これは何とかしないと・・・」という思いに駆られます。

****プラスチックごみ問題、アジアの責任は****
プラスチックは19世紀後半に発明され、生産が本格化したのは1950年頃のこと。これまでの累計生産量は83億トン。そのうち廃棄されたのは63億トンにのぼるが、廃棄されたなかでリサイクルされていないプラスチックは、実に57億トンもあるという。2017年にこの数字を割り出した科学者たちも驚く状況だ。
 
回収されなかった廃プラスチックがどれだけ海に流入しているか、はっきりした数字はわからないが、絶滅危惧種も含めた700種近い海洋生物に影響を与え、毎年多くを死に追いやっていると推定される。

投棄された漁網にからまるなど、目に見える形での被害もあるが、目に見えない形でダメージを受けている生物はもっと多い。
 
直径5ミリ以下の微小なプラスチック粒子は「マイクロプラスチック」と呼ばれ、今では動物プランクトンからクジラまで、あらゆる大きさの海洋生物が体内に取り込んでいる。

マイクロプラスチックは、深海の堆積物から北極の海氷まで、調査されたあらゆる海域で見つかっている。ある論文によると、北極で氷の融解が進めば、今後10年間に1兆個ものプラスチック粒子が海に流出する可能性があるという。

こうした事態になぜ陥ったのか。
プラスチックほど人々の暮らしを変えた発明品も珍しい。(中略)しかし現在、世界で生産される年間約4億トンのプラスチックのうち、約4割は使い捨てで、その多くは購入後すぐに用済みになる包装材だ。プラスチックの生産量は猛烈な勢いで増えている。
 
背景の一つとして、急成長するアジア諸国で使い捨てプラスチック包装材の利用が増えたことが挙げられる。これらの国々では、ごみの収集システムが十分整備されておらず、そもそも存在すらしていないところもある。
 
フィリピンの首都マニラの都心を流れ、マニラ湾に注ぐパシグ川は、かつては暮らしに潤いをもたらす水辺だった。しかし、今では廃プラスチックを海に運ぶ量で、世界のワースト10に名を連ねている。

河口から海に流れ出すプラスチックの量は、年間で最大6万5300トン。その多くは雨期に集中している。1990年には、生物が生息できない「死んだ川」と宣告された。
 
課題は誰の目にも明らかだ。パシグ川に注ぐ51の支流沿いには、掘っ立て小屋が乱立し、そこに住む大勢の不法占拠者が投げ捨てたプラスチックが川面にあふれている。チャイナタウン近くを流れる支流は廃プラスチックに埋め尽くされ、橋が架かっていなくても歩いて渡れるほどだ。

先進国がいくらリサイクルしても…
米ジョージア大学の工学者ジェンナ・ジャムベックの試算では、2010年の時点で、廃プラスチックの半分はアジアの5カ国(中国、インドネシア、フィリピン、ベトナム、スリランカ)で発生しているという。

「北米とヨーロッパで100%リサイクルしたとしても、海洋に流出するプラスチックの全体量はほとんど変わりません」と言うのは、米国と祖国インドでこの問題に取り組んできた米ミシガン州立大学の化学工学者ラマニ・ナラヤンだ。「この問題に対処するには、これらの国々に出向いて、処理方法を改善するしかありません」【5月31日 NATIONAL GEOGRAPHIC】
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プラスチック製ストローへの対応以上に、アジアやアフリカなどゴミ回収システムが機能せず、国家的な資金力もない国々をどのようにサポートしていくが、プラスチックごみ・海洋汚染問題での実効を決めます。

国際協力という点では、普段何かと問題が多いる韓国、中国、日本、ロシアの協議体制もあるようです。
結構なことで、実効を伴う対策が今以上にとれればもっと結構なことです。

****韓中日ロが海洋ごみ問題で協力協議 釜山できょうから****
韓国海洋水産部は4日、北西太平洋地域海行動計画(NOWPAP)と韓中日環境相会合(TEMM)による海洋ごみに関する合同ワークショップが同日から6日まで、韓国南部・釜山市内のホテルで開催されると伝えた。

NOWPAPに参加する韓国、中国、日本、ロシアの海洋ごみ関連政府機関や海洋水産部、研究機関、非政府組織(NGO)などから60人余りが出席し、各国の海洋ごみ管理状況や域内協力策を話し合う。

(中略)NOWPAPは国連環境計画(UNEP)の提唱により世界の地域海で行われている環境保全行動計画の一つで、東海と黄海を対象とする。1994年に韓中日ロの4カ国が採択した。

同ワークショップは北西太平洋地域の国々が沿岸・海洋資源の持続可能な利用や管理を話し合うため2006年から毎年開かれており、15年からは韓中日環境相会合の海洋ごみ関連実務者会合と絡めて開催されている。【6月4日 聯合ニュース】
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太平洋横断遠泳の難関は「太平洋ごみベルト」】
千葉からアメリカまで、太平洋を泳いで横断することに挑戦している人がいるそうです。(1日8時間ほど泳ぎ、食事・睡眠は随行するボートでとる形のようです)

このチャレンジの最大の難関は、「太平洋ごみベルト」とか。

****千葉から泳いで米国へ、冒険家の新たな挑戦はプラごみとの闘い****
フランス人のベン・ルコントさんは5日、千葉・銚子の海岸からサンフランシスコまで、太平洋約9000キロを泳いで横断する冒険に飛び込んだ。
 
太平洋を泳いで渡る人類史上初の偉業を達成するには、ルコントさんは大波と対峙するだけでなく、サメやクラゲ、さらには「太平洋ごみベルト」の中も泳がなくてはならない。(中略)

途中、最も困難になるとみられているのが、ハワイ州とカリフォルニア州の間に浮かぶ巨大な「ごみの渦」の中を泳ぐことだ。

このごみの固まりは、ほぼテキサス州と同じ大きさで、絡まり合ったプラスチックが非常に危険だという。同海域では、サポートチームが海水サンプルを採取してマイクロプラスチックの蓄積について調査する。(中略)

「自分が幼いときは、父親と浜辺を歩いていてもほとんどプラスチックのごみなんて見なかった。いまは、子どもを連れて行くといたるところにプラスチックが落ちている」(後略)【6月5日 AFP】
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東アジアのどこかで「全廃」されたはずのフロン生産が
プラスチックごみ以外で、気になる環境問題の話題をひとつだけ。

****全廃」フロン、放出が増加 議定書違反、発生源は東アジア****
米海洋大気局(NOAA)は17日までに、オゾン層を破壊する物質であるフロンの一種「CFC11」の放出が2012年以降、増加に転じているとの分析を発表した。

オゾン層を守るための国際条約「モントリオール議定書」で10年までに全廃することになっているが、どこかの国が違反したとみている。チームは観測データなどから発生源が東アジアだと推測している。
 
CFC11は断熱材や大型空調設備の冷媒に使われる。各国の申告によれば、製造量は06年以降はほぼゼロ。だがNOAAの分析では、12年以降は低下のペースが想定の半分ほどになっているという。【5月18日 共同】
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“CFC類が規制されたため、ブラックマーケットでの価格は上がっており、闇ビジネスをするのはそう難しくもない”(カリフォルニア大学サンディエゴ校のデビッド・ビクター教授)【5月22日 NewSphere】とも。

東アジアと言われると、想像する国がない訳ではありませんが、証拠もなく云々するのはよくありません。


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中国  自信を強める「特色ある社会主義」体制 地方政府改革の取り組み

2018-06-04 22:42:19 | 中国

(海口市美蘭地区では、政府当局者が住民に意見を求めている【6月2日 WSJ】)

【「天安門事件」から29年 事件の風化を意図する中国 米国務長官は実態説明を求めるものの・・・
29年前の6月4日、中国・北京の天安門広場で多くの若者がむき出しの権力のによって犠牲になりました。
その残虐さもさることながら、そこに至るまでの若者らの熱気に「ひょっとしたら中国は変わるのでは・・・」といった思いも抱き、また、政治混乱から内戦の可能性すら言及される状況に、TVニュースにくぎ付けになりました。

****天安門事件****
1989年6月3日深夜から4日未明にかけ、中国政府が軍を動員し、北京の天安門広場などで民主化を求めて集まっていた学生や一般市民のデモ隊を武力弾圧した事件。

当局の発表だけでも事件全体で約300人が死亡。死者約2600人、負傷者約1万人などとする説もある。最高指導者のトウ小平氏らが運動を「動乱」と断定したことが弾圧の引き金となった。【6月3日 産経】
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例によって、国内外の目がこの事件に向くのを嫌う中国当局は厳戒態勢を敷いています。

****天安門事件29年で厳戒 北京、警官多数を配置****
中国で民主化を求める学生らを当局が武力弾圧した1989年の天安門事件から4日で29年となった。当局は北京市中心部の天安門広場や事件の発生地に多数の警察官らを配置。習近平指導部は追悼や民主化要求の活動を警戒し、厳戒態勢を敷いている。
 
最も多くの犠牲者が出たとされる北京市西部の木セイ地では3日夜、こん棒を持った警察官らが通行人に目を光らせ、訪れた記者を尾行。事件が注目されることに神経をとがらせていた。
 
事件で子どもを亡くした親の会「天安門の母」は5月31日に事件の責任追及を訴える声明を発表したが、当局は黙殺した。【6月4日 共同】
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ネットでも事件関連のことは検索が禁じられているような当局の神経質な対応(うしろめたさの表れでもあるでしょうが)を考えると、「天安門の母」のような活動が黙認されていることは不思議でもありますが、国外の目を考えれば黙殺するのが一番・・・との判断でしょう。

中国の若者の多くは事件のことを知らないとも言われていますので、ことは“時間とともに風化する”という中国当局の意図する方向で進んでいるようです。

ポンペオ米国務長官の「十分な説明」を求める声明にも、中国側は「内政干渉」と一蹴しています。

****米国務長官、天安門事件の実態説明を=中国反発「内政干渉****
ポンペオ米国務長官は3日、中国で民主化運動が弾圧された「天安門事件」から4日で29年を迎えるのに合わせて声明を出し、事件の死者・行方不明者、拘束された人の数に関する「十分な説明」を中国政府に要求した。
 
この中でポンペオ氏は、昨年死去した中国の民主活動家、劉暁波氏がノーベル平和賞受賞の際に語った「6月4日の魂は今なお安らかに眠れないでいる」という言葉を引用。

事件の実態説明に加え、民主化運動に参加した人と家族に対する嫌がらせをやめるよう求めた。また、人権擁護は全ての国家の責務だとし、「中国政府に普遍的な権利と自由を尊重するよう要請する」と述べた。
 
これに対し、中国外務省の華春瑩・副報道局長は4日の記者会見で、「米国は中国政府にいわれのない非難を行い内政に干渉している」と反発した。華氏は「強烈な不満と断固とした反対」を表明し、米側に抗議したと明らかにした。【6月4日 時事】 
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トランプ大統領は選挙中のテレビ討論会で、天安門で起きたことを支持していないと強調した上で、「(中国政府は)暴動を抑え込んだ」と発言し、若者らの民主化運動を「暴動」と表現しています。

アメリカ大統領がそうした見識ですから、国務長官が何を言ったところで真実味がありません。

中国 「特色ある社会主義」体制の西側民主主義体制への優位性を主張
「天安門事件」を封印した中国は、習近平主席のもとで民主化要求・人権弾圧を一層強めていると指摘されています。そのたりの話は今回はパスします。

そして今や、中国の経済成長・政治安定を背景に、その「特色ある社会主義」への自信を強め、欧米的「民主主義」への優位性を主張するまでになっています。

****環球異見・イタリア連立政権発足】ポピュリズムへの反省徹底を チャイナ・デーリー(中国****
中国政府系英字紙チャイナ・デーリーは5月31日付の社説で、イタリア政治の混乱は、欧州連合(EU)が依然としてポピュリズムにもろい現状を表していると指摘した。
 
社説は、ユーロ離脱を主張するサボナ氏の経済財務相起用をマッタレッラ大統領が承認しなかったことについて「英国に続いてイタリアがEUを脱退することを防ごうとした」とし、「もしそうなれば、ヨーロッパ経済圏にとっては英国の脱退よりも大きな打撃となるだろう」と言及した。
 
さらに、EUの統一を守る必要があるのであれば「なぜポピュリズムが多くの欧州諸国で急速に躍進したのか」について、指導者たちが徹底的に反省する必要があると主張。「欧州の統合が所期の目的を達成したのか、もしそうでないならなぜなのかを反省しなければならない」と強調した。
 
では中国が欧米諸国に求める「反省」とは具体的に何なのか。中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報は3月にイタリアの総選挙が行われた直後、ポピュリズムの興隆は西側の民主主義体制自体に問題があると主張する社説を掲載した。
 
社説は、総選挙では伝統的な政党の衰微や極端な思想を持つ勢力の台頭、投票棄権者の増加など「西側の民主主義の危機」のあらゆる症状が表れたとする政治学者の指摘を引用。

「ここ数年、西側諸国の内部では民主主義体制への反省と批判が顕著に増加しており、以前の自負や楽観はなくなった」と論じ、暗に中国の「特色ある社会主義」体制の優位性を主張した。
 
「西側諸国の伝統的な政治勢力はいずれも、民衆との乖(かい)離(り)という危機に直面している」との指摘も同じ文脈の上にある。

「いかなる政治体制も、もし時代とともに前進しなければ、早晩、退場することになる」。中国の政治体制こそが時代に応じた変革を遂げていると言わんばかりに、「改革能力こそが国家の競争力を図る指標だ」と結んでいる。【6月4日 産経】
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「民主主義」国が“反省しなければならない”ことが多々あるのは事実でしょう。民主化要求・人権弾圧を続ける中国にそうした“上から目線”の発言をする資格はないのは当然ですが。

リベラルな民主主義を危機にさらしているのは誰か?】
いすれにしても、民主主義、特にリベラリズムは今や中国、ロシア等権威主義諸国の台頭で脅かされているとも言われていますが、下記はそうした見方への“米国の碩学”ジョセフ・ナイ氏の反論です。

****中国、ロシアに脅かされる「リベラリズム****
米国の碩学ジョセフ・ナイが、5月9日付けでProject Syndicateに掲載された論説において、リベラリズムは、中国、ロシア等権威主義諸国の台頭で脅かされているが、意を同じくする諸国と共に頑張れば大丈夫である、と述べている。論説の要旨は以下の通りである。
 
1948年の「世界人権宣言」が述べているようなリベラルな国際秩序に死を宣告する者がこの頃多い。ロシアと中国という2大強国(注:ロシアのGDPは韓国以下であるが)がリベラリズムに反対している現在、リベラリズムを維持することはできないと言うのである。

5年もすれば、「自由でない」諸国のGDP合計は、西側のリベラル民主主義諸国のGDP合計を上回るだろうと、彼らは言う。
 
しかし、それは購買力平価でGDPを測った場合の話しであろう。実際には米国のGDP20兆ドルに対して中国は12兆ドル、ロシアは2.5兆ドルしかない。しかも、中ロはその性質、国益を大いに異にし、これを「権威主義枢軸」と一括りにとらえるのは適当でない。
 
ロシアの海外宣伝工作能力の脅威がこの頃喧伝されているが、ロシアのメディアは外国にさしたる影響を与えていない。ロシアはソフト・パワーも欠く。

中国はその資力をソフト・パワーとして使い、巨大な国内市場へのアクセスを調節することで、諸国を従えている。
 
しかし、中国の力を過大視するべきでない。米国は民主的な日本、豪州との同盟を維持し、インドとの関係を促進すれば、アジアでの立場を維持することができる。

軍事バランスで中国は米国にはるかに劣り、今後の人口構成(注:中国で老年人口が増える反対に、米国は若年人口が多い)、科学技術、世界通貨体制、エネルギー自給度等で、米国は中国よりはるかに優位である。しかも、習近平の力がいつまで続くかわからない。
 
従って、環境問題や国際金融問題について中国との協力を続けることで、現在の世界秩序のいく分かを維持していくことはできるだろう。

問題は、リベラリズムをどうやって維持するかということだ。米国政府はEU等、立場を同じにする国々と、「人権問題委員会」のようなもの、例えば世界の主要な民主主義国を集めたG10を形成し、非民主主義の中国、ロシア、サウジを含むG20 の枠内で、経済に焦点を当てながら価値観の問題を話し合っていくことができよう。

Samuel Huntington教授の言う民主主義の「第三の波」(注:民主化の反動としての権威主義台頭)がリベラルな民主主義に及ぼす脅威には留意するべきだが、それが人権を見限る理由にはならない。【6月4日 WEDGE】
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上記主張の内容はともかく、リベラリズムを脅威にさらしているのは中国・ロシアではなく、当のアメリカの最近の言動ではないか・・・というのが、正直な印象。

その意味で、上記ナイ氏主張への【WEDGE】の評論には同意です。

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ナイの趣旨には賛成である。しかし、いくつか留保を付したい。
 
まず、リベラリズムとは何なのか? 何よりもそれは個人の自由を意味するが、他人の自由も尊重することによって、文化的多様性の許容、他者の価値観への寛容性にもつながるものである。

それは、かなり「貴族的」とも言えるものであり、衣食住足りた者でなければ、リベラリズムなど標榜できたものではない。

産業革命以後、衣食住足りた者が飛躍的に増大し、皆選挙権を与えられたが、それによって問題が生じている。経済状態が悪くなり、格差が広がれば、往々にして、人間はポピュリスト、ファシストの政治家に煽動されて、リベラリズムを圧迫するに至るのである。
 
また、リベラリズムは、それを標榜する者のエゴイズムと偽善をヴェールの裏に隠していることがある。米国・西欧の「民主主義促進NGO」は独善主義、かつ利己主義に陥ることも少なくない。(中略)

さらに言うならば、リベラリズムを支えてきた米国でトランプ大統領が当選したことが、リベラリズムの復活を最も難しくしている。

彼は、少数者の権利が向上する中で自分達の権利は制限されてきた白人男性等、リベラリズムの「被害」を受けた者達の支持で当選した人物である。ナイの言う、「民主主義を奉ずる国の集まりG10」にトランプが入る図は想像できない。
 
ことによると、この一文におけるナイの目的は、「権威主義諸国がこれから世界の主流になるのだから、米国も彼らと同じように力を前面に出して振る舞えばいい」とする、米国内部での一部論者を戒めることにあるのかもしれない。

「民主主義の『第三の波』がリベラルな民主主義に及ぼす脅威」に言及したくだりは、暗にトランプ政権を批判しているとも読める。それならば賛成できる。

しかし、いずれにしても、日本が戦後築いた自由で格差の小さい豊かな社会は、米国を凌ぐものとなっており、これを守るのは将来の世代に対する義務である。米国がどうこうと言うより、日本自身の利益として、これを確保していく現実的なやり方を考えていくべきであろう。【同上】
********************

中国指導部の一党支配延命の取り組み 地方政府の改革
中国共産党政権の非民主的体質については指摘すべき点は多々ありますが、彼らも馬鹿ではないので、延命のための彼らなりの取り組みは行っています。

習近平政権が力を入れる「反腐敗闘争」もその一つでしょう。

****中国官吏の自殺相次ぐ 1週間で4人…「反腐敗」成果急ぐ****
中国で今月下旬、北京市政府の幹部ら各地の官吏が1週間足らずで4人自殺した。

習近平指導部は今年3月に「反腐敗闘争」を制度化する監察機関「国家監察委員会」を新設したばかりで、各地の出先機関が成果を挙げるために汚職摘発を強化している影響の可能性がある。(後略)【5月29日 産経】
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また、中央の党指導部の危機意識が地方に共有されず、地方政府の在り様が中国社会の問題を大きくしているとも見られており、党中央としては地方政府の改革が急務となっています。

****<中国>農村部の教師らデモ 報道容認、地方へ警告か****

(中国のネット上で話題になった、数人の警官がデモに参加した女性教師を取り押さえる様子)

中国で農村部の教師らによる待遇改善を求めるデモが相次ぎ、関心を集めている。

警察官が強引に教師を取り押さえる映像がインターネット上に流れ、非難が殺到した。国内メディアも地方行政の不備を批判し、地元政府が対応の非を認める事態に発展した。
 
◇警官が強引取り押さえ ネットで流れ非難集中
厳しい情報統制の対象となるデモの報道が一部容認されたのは、批判の矛先を地方にとどめるガス抜きと共に、中央集権を強める習近平指導部が、地方政府の引き締めを図る意図もありそうだ。
 
ネット上の情報を総合すると、4月以降、内陸部の陝西省、湖南省、安徽省などで教師たちのデモが発生。安徽省六安市では5月27日、農村部の教師ら約200人が、他地域で支払われている年間2万元弱(約30万円)の手当が未払いなどとして市庁舎へ向かった。

警察側ともみ合いになり十数人が連行され、警官が女性教師を後ろ手にして押さえつけたり、男性教師が手錠をかけられたりする映像がネットで拡散した。
 
当局の横暴な振る舞いは波紋を広げ、28日に大手紙の光明日報が電子版の論評で「未払いは憲法や関連法に違反し、責任者にわずかな法治意識さえないことが背後にある」と痛烈に批判。六安市政府は29日、手当の未払いは否定しながら、「少数の警官による粗暴な対応を心から謝罪する」と表明した。(中略)

共産党機関紙・人民日報系のネットメディアは30日、教育専門家の分析として「国家の統一的な政策と、地方政府の執行力のずれが浮き彫りになった」と伝えた。

習指導部は中央主導で農村を中心に民生向上に力を入れているが、一部地方の執行力に問題があり、不満を招いているという論理だ。習指導部は今年1月、地方の公立小中学校の教師に「国家の公職員」の地位を与える方針を示した。国家が教師を直接的に管理し、統制しやすくする狙いがあるとみられる。【6月2日 毎日】
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また、一部地方政府では、地方政府の評判を改善させるため、地方政府予算の使い道について住民投票が実施されるとか。

****中国で住民投票、「実行可能な」改革とは****
地方政府の評判を上げ、それに伴い権威強化も狙う

中国の緑豊かなある臨海都市で、同国では珍しい試みが行われようとしている。地方政府予算の使い道について、住民投票が実施されるというのだ。
 
中国の複数の都市では現在、市民に発言権を与えようとする取り組みが進められており、海南省・海口市もその1つだ。こうした都市は一方で、地方政府の評判を上げ、それに伴い政府の権威を強化することも狙っている。
 
海口市美蘭地区は、公園や高齢者向けサービスなど、生活の質向上に向けて、住民から意見を公募。予算の1%程度を占める1200万元(約2億円)の使途を巡り、住民から寄せられた提案について今週、住民投票を実施する。

中国国民の不満は、とりわけ地元関連の問題に集中する。世論調査によると、中央政府の指導部は国民から幅広い支持を集めているが、治安や住宅といった日常に根ざした政策を担当する地元当局者への満足度はかなり低いもようだ。中国では多くの地域において、汚職、無関心、過度な官僚主義といった問題への不満が目立つ。
 
中国の習近平国家主席はこうした市民の懸念に対処する必要があると主張しており、公務員に対し、サービスに力を入れるよう促している。(中略)

海口の地元当局者は、それがたとえ予算全体の一部に過ぎなくても、使途について住民投票の実施を認めることで、公務員に対する市民の評価を上げる一助になると考えている。(中略)

海口のプログラムの助言役を務めるウー・ハイニン氏は、こうした試みは、中国にとって実行可能な政治改革を体現すると述べる。つまり、市民に声を与える一方で、政府を脅かさないという微妙なバランスの上に成り立つ改革だ。
 
「住民が投票を行うのは、鶏の羽やニンニクの皮(ささいなことを指す慣用句)に関するものだ」と述べる。「状況の不安定化を招くものではない」
 
習主席は中国の政治制度について、「人類の政治文明に対する多大な貢献」だと述べている。
また同時に、中国国営メディアは、英国の欧州連合(EU)離脱決定やトランプ氏の米大統領当選といった事例は、欧米の政治制度がいかに社会の分断を招き、国家の問題解決に対する備えが欠如しているかを浮き彫りにしていると指摘し、「民主主義の危険性」に触れている。(後略)【6月2日 WSJ】
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“政府を脅かさない”という前提での“鶏の羽やニンニクの皮”に関する住民投票で、13億国民の心をつなぎとめることができるのか・・・注目に値する試みではあります。
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ドイツ  連立政権を揺るがす難民受け入れスキャンダル 中国・サウジ・米国には明確な自己主張

2018-06-03 21:23:41 | 欧州情勢

(中国の首都北京でメルケル独首相と面会した、拘束されている人権派弁護士の妻・李文足氏(2018年5月28日撮影)【5月28日 AFP】)

難民への滞在許可で大規模不正 連邦議会はメルケル首相の難民受け入れ政策に対する調査を開始する可能性
ドイツでは昨年9月24日の総選挙後、メルケル首相率いる「キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)」は当初、「自由民主党(FDP)」と「緑の党」との三者の連立交渉を行いましたが、一部の政策で折り合うことができず、11月19日に交渉が決裂。

その後、下野(野党)宣言をしていた「社会民主党(SPD)」と交渉を行った結果、3月4日に連立協定が成立し、半年近い政治空白にようやく終止符を打つことができました。

連立政権ですから、連立相手SPDとの「愛なき結婚」に伴う不協和音は当然のことですが、これまで国内外をリードしてきたメルケル首相の求心力低下も明らかになっており、おもに首相が進めてきた難民受け政策に対する保守系自陣からの批判が不協和音を拡大させています。

****独新政権1カ月 「愛なき結婚」不協和音続く****
ドイツのメルケル新政権発足から14日で1カ月。難交渉の末、中道左派の社会民主党とこぎ着けた再大連立では、難民・移民政策をめぐる閣僚発言などが物議を醸し、不協和音が絶えない。求心力の陰りも指摘されるメルケル首相は早くも、「愛なき結婚」の手綱さばきに腐心している。
 
メルケル氏は10〜11日、閣内の政策調整のため、ベルリン郊外で全閣僚参加の会合を開いた。重大決定はなく、メルケル氏は「目的は閣僚が知り合うこと」とし、「(閣内は)総じて協調的だ」と述べた。
 
メルケル氏がこう強調したのは、発足当初から政権内がぎくしゃくしてきたためだ。特にメルケル氏の保守系与党の一角をなすキリスト教社会同盟(CSU)出身のゼーホーファー内相は「イスラム教はドイツにそぐわない」と述べ、大きな議論を呼んだ。
 
発言はCSUの拠点、バイエルン州で秋に控えた州議会選を念頭にしたものとされるが、社民党や左派系野党が一斉に批判。メルケル氏は「イスラム教も今では、ドイツの一部」と述べ収拾を図る事態となった。
 
不協和音に輪をかけているのが、寛容な難民政策を批判するシュパーン保健相の言動だ。メルケル氏が自党の批判派取り込みのため起用したが、最近は「法と秩序が徹底されていない」と社民党が治めるベルリンなどの治安状況を批判。社民党側の反発を招いた。
 
シュパーン氏はほかにも物議を醸す発言を繰り返しており、社民党幹部はシュパーン、ゼーホーファー両氏について「自分の売り込みだけを考えている」と批判。メルケル氏に対し、政権運営に集中させるよう注文した。
 
社民党のショルツ副首相は閣僚会合後、「チームは築かれた」と内閣協調を誇示したが、公共放送ZDFは「不和は続いている。期待はできない」と懐疑的な見方を伝えた。【4月15日 産経】
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そのメルケル政権がこれまでとってきた寛容な難民受け入れ政策を揺るがしかねない事件が明らかになっています。

****難民認定で大規模不正か=当局トップを捜査―独****
ドイツで難民受け入れの可否を判断する当局で、職員らが賄賂を受け取り、犯罪歴などで本来受け入れられない難民に滞在許可を与える不正が大規模に行われていた疑いが強まっている。

独紙ビルト(電子版)は22日、検察が捜査を拡大し、当局トップを新たに対象としたと報じた。
 
今回捜査対象となったのは連邦移民・難民庁のコルト長官と幹部3人で、不正を把握しながら公表しなかった疑いがあるという。
 
検察は4月、北部ブレーメンの同庁出先機関で、2013〜16年に少なくとも1200件の不正が疑われる難民認定があったとして、収賄などの容疑で、出先機関幹部や認定申請の補助を行った弁護士ら6人に対する捜査を始めた。
 
独誌シュピーゲルによると、不正に認定を受けた疑いのある難民の中には、過激派組織「イスラム国」(IS)とのつながりが疑われ、認定後にシリアに出国したとみられる人物も含まれているという。【5月23日 時事】
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現在の担当部署責任者は上記【産経】でメルケル首相を批判しているゼーホーファー内相ですが、政府の不備を謝罪したうえで、メルケル首相の側近で前内相のトマス・デメジエール氏に責任があると指摘しています。

****ドイツ揺るがす難民スキャンダル、テロリストも認定****
ドイツで難民申請を巡るスキャンダルが浮上している。アンゲラ・メルケル首相の下で不協和音の絶えない連立政権を揺るがしかねず、連邦議会はメルケル氏の難民受け入れ政策に対する調査を開始する可能性がある。

独検察当局によると、移民局の汚職疑惑を巡る捜査で、難民申請の処理に数年前から重大な問題が発生していたことが判明した。

州の検察当局はドイツ連邦移民難民局(BAMF)ブレーメン支局が処理した少なくとも1000人の難民申請について、職員や弁護士、通訳者が共謀して金銭と引き換えに認定を出した疑いで捜査を開始した。中には犯罪者やテロ容疑者も含まれていた可能性がある。これを受け連邦内務省は先週、同支局を一時閉鎖した。

移民局の不正疑惑について全容解明を政府に求める圧力が高まる中、今週に入り議会の内務委員会はホルスト・ゼーホーファー内相を証言に呼び出し、数時間にわたって厳しく問い詰めた。

世論調査各社は、疑惑が発覚したことで、州当局が入国者の選別を放棄したとの不安が有権者の間で再燃しかねないと警告する。

そうした不安は、昨年9月の連邦議会選挙で反移民・反イスラムを掲げる政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が最大の野党勢力となる上で大きな役割を果たした。

疑惑はメルケル氏の連立政権にも緊張をもたらしている。連立相手である中道左派の社会民主党(SPD)は今週、野党が求める議会調査の実施を支持するかもしれないと述べたが、調査はメルケル氏が2015年に決定した難民受け入れ政策に関する公開審理に発展する恐れがある。

以前からメルケル氏の決断を厳しく批判してきた保守派の一人であるゼーホーファー氏は29日、政府の不備を謝罪した。

同氏は「ブレーメンの極めて深刻で恥ずべき問題への対応は唯一、徹底的な調査と完全な透明性実現しかない」とし、メルケル氏の側近で前内相のトマス・デメジエール氏に責任があると指摘した。

BAMFはウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が確認した内部報告書で、ブレーメン支局による見境のない難民認定が「多大な安全保障リスク」を生じさせたとしている。

捜査対象となっているブレーメン支局の責任者はドイツ大衆紙ビルトに対し、当局の不備は政治家の責任で、問題の真相は報道されている以上に深刻だと語った。この責任者は収賄容疑を否定している。

当局による捜査はBAMFの全51支局のうち、平均以上の認定率となっている他の10支局にも広がっている。不正が疑われる1万8000件の認定例について調査しているという。

SPDのラルフ・ステグナー副党首は先週、「メルケル氏は責任逃れをしている。沈黙して、何らの行動も起こさず、BAMFの管理問題を切り抜けようとしている」と批判した。

メルケル氏の報道官は、同氏が状況を見守っており、捜査を支持していると述べた。さらに、議会は問題について調査を開始すべきか判断する権利を持つとの見解も示した。【6月1日 WSJ】
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“難民受け入れ政策”という極めて敏感な問題で起きたスキャンダルだけに、その影響が注目されます。

【“右寄り・反移民”を競い合う極右勢力と保守派
難民受け入れ政策批判で勢力を拡大した反移民・反イスラムを掲げる政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持率は、5月当初段階で14%ほどとのことです。

5月27日にベルリン中心部で行ったイスラム系移民・難民の排斥を訴えるデモは、想定規模を下回るものになったようです。

****<ドイツ>野党第1党がイスラム系移民・難民の排斥訴えデモ****
ドイツの国政野党第1党「ドイツのための選択肢」(AfD)が27日、ベルリン中心部でイスラム系移民・難民の排斥を訴えるデモ行進をした。ガウラント党首ら幹部や支持者約6000人が参加し、難民受け入れ政策を進めたメルケル首相の辞任を求めた。
 
出発地点のベルリン中央駅前で、フォンシュトルヒ党連邦議会会派副代表は「自由かイスラム化かが我々の運命を決する問題だ」と演説。「イスラム教による支配にコーラン以外の真理はなく、キリスト教徒やユダヤ教徒は2級市民扱いされる」と述べ、イスラム教徒の排斥を訴えた。
 
デモには近郊の旧東独州などから支持者が集まったが、当初想定していた1万人を大幅に下回った。AfDに対抗する左派系政党や団体約2万5000人による抗議デモも実施されたが、大規模な衝突は起きなかった。【5月28日 毎日】
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ドイツでも高まる反イスラムの風潮を加速させているのが保守派の言動です。

****公共施設に十字架掲げよ、独バイエルン州の新政令めぐり物議****
ドイツ南部バイエルン州の州首相が25日、全ての公共施設の入り口にキリスト教の十字架を掲げるよう定めた政令を出し、物議を醸している。
 
マルクス・ゼーダー州首相は、「十字架はバイエルン人のアイデンティティーと生き方を象徴するものだ」と宣言。宗教的な象徴ではなく、文化の象徴と見なすべきだとの持論を展開した。
 
ゼーダー氏の所属する保守系の地域政党、キリスト教社会同盟は、アンゲラ・メルケル首相率いるキリスト教民主同盟の姉妹政党。10月に州議会選挙を控え、極右勢力の台頭という課題に直面している。
 
政令をめぐっては、ドイツ憲法が政教分離を定めているとして批判の声が上がっており、複数の宗教指導者が宗教と政治をもてあそんでいるとゼーダー氏を非難している。(後略)【4月26日 AFP】
****************

極右勢力と保守派が“右寄り・反移民”を競い合うという、他の国々でも見られる政治現象です。

影が薄くなったと言われるなかで、メルケル首相訪中時に、人権問題で譲らぬ姿勢を明快に示す
外交面では、メルケル首相はトランプ大統領とそりが合わないこともあって、フランス・マクロン大統領に主役の座を譲っている感もあります。

****メルケル独首相、埋まらぬトランプ米大統領との溝 マクロン仏大統領と欧州の「主役交代」も****
メルケル独首相の訪米は3月の新政権発足後初となった。米独首脳は「協調」演出に腐心する姿もみられたが、マクロン仏大統領が直前に訪米した際とは対照的に2人の“距離”は覆い隠せなかった。

米側が求める重要課題で打つ手も乏しく、対米関係の苦慮は今後も続きそうだ。(中略)

メルケル氏は(国防費増額要請や貿易問題で)今後も対策を模索する考えだが、米側が納得する方策が示せるかは見通せない。以前より政権基盤が弱体化する中、連立相手の社会民主党が国防費の急増に反対するなど、身動きできる余地が狭まっているためだ。
 
オバマ前米政権下でメルケル氏は欧州の最重要パートナーとされたが、独メディアにはマクロン氏との“主役交代”を指摘する向きもある。「ジャーマン・マーシャル基金」専門家のテチャウ氏は「驚くほど短期間でドイツは悪役になった」とし、仏側との協調が対米関係でも一層重要になるとの見方を示した。【4月28日 産経】
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メルケル首相は5月末に11回目の中国訪問を行っていますが、目立った成果はなかったようです。

“世界最大の経済大国である米国は「米国第一」、2位の中国は「中国製造2025」を掲げ、どちらも独自路線をとっているが、ドイツはいまだ進むべき道筋を明確にできていないと指摘。二大国間で消耗させられる危険がある”(シュヴァーベン・ツァイトゥング紙)【5月28日 Record china】

ただ、いかにもメルケル首相の面目躍如を思わせたのが、この訪中時に拘束されている中国の人権派弁護士の妻2人と面会したことです。どの国も、中国の不興を買わないようにこの種の問題を避けて通るのが常ですが・・・。

中国側とは相当に厳しい水面下の交渉もあったと想像されますが、あえて実施したのは、メルケル首相としても自身の政治的“賞味期限”が末期に近づいていることを感じるなかで、自分の信念を貫きたいという思いが強まっているのでしょうか・・・・。

****訪中したメルケル独首相、拘束された人権派弁護士の妻らと面会****
先週訪中したドイツのアンゲラ・メルケル首相が滞在中、拘束されている中国の人権派弁護士の妻2人と面会した。面会した女性が28日、AFPに明らかにした。

国や政府の指導者レベルの人物は訪中時、人権についての声明を公に発表したり、活動家やその家族と面会したりすることを避けるため、メルケル首相による今回の面会は異例と言える。
 
メルケル氏は24日と25日の2日間にわたる訪問の間、2人との面会について言及しなかったが、李克強首相との会談で人権についての話を取り上げたと述べている。
 
その一方、拘束されている弁護士の妻、李文足さんは、24日にメルケル首相と面会したことを明らかにした。李さんは先月、夫の窮状を世間に訴えようと拘置所までの100キロの道のりを行進しようとしたが、警察に阻止されている。
 
李文足さんの夫、王全璋さんは政治活動家らを担当する弁護士で、2015年の警察による一斉取り締まりで所在が分からなくなった。王弁護士は現在、「国家政権転覆」の罪に問われている。
 
李さんはAFPの取材に対し、メルケル首相と面会した際に撮影した写真を披露。写真では、メルケル首相が李さんの肩に右手を置いてほほ笑み合っている。
 
李さんは、2015年7月9日の一斉取り締まりを受けた弁護士グループに言及しながら、「709事件の弁護士たちへのメルケル首相の配慮と支援に感謝する」と述べた。
 
709事件は、弁護士らに対するここ最近では最大規模の弾圧とされ、人権派弁護士や活動家200人以上が拘束や取り調べを受けた。王弁護士もこのうちの一人とされる。
 
李さんは電子メールで、「メルケル首相に対して、私が中国政府に王全璋が存命かどうか確認できるように支援してほしいと頼んだ。また、もし生きているならば、私の弁護士が彼と面会することを政府が許可するよう促すために支援してほしいとお願いした」と説明。

「メルケル首相は、私や夫、私の子どもが置かれている状況に対して懸念を示してくれた。また、私たちへの支援と配慮をし続けると言ってくれた」と述べた。
 
メルケル氏はまた、「国家政権転覆扇動」の疑いで1月に拘束された余文生弁護士の妻、許艶さんとも面会している。【5月28日 AFP】
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今、中国に対してこれだけの行動をとれる政治指導者は、ほかに思い浮かびません。

その自己主張で、主要貿易相手国サウジとも、そしてアメリカ・トランプ大統領とも軋轢
なおドイツは、昨年11月にレバノンのハリリ首相がサウジアラビアに“軟禁されたのでは・・・”という“事件”の際に、ガブリエル外相が「サウジアラビアの政府関係者の間では、挑発行為に出ようとする考え方が広まっているが、ヨーロッパがそれに対して沈黙を決め込むことはない」と発言したことで、主要貿易相手国であるサウジアラビアの不興も買っています。

****サウジ国王、新規政府事業からドイツ企業を排除命令=独誌****
サウジアラビアのサルマン国王は、今後政府事業についてドイツ企業を新規契約先として選定することを禁止する勅令を発した。独週刊誌シュピーゲルが25日、情報源を明らかにせず報じた。

ドイツの中東政策を巡るサウジのいら立ちが続いていることがうかがえる。シュピーゲルによると、シーメンスやバイエル、ダイムラーといったドイツ主要企業が打撃を受ける公算が大きい。

サウジとドイツの関係は緊張状態が続いており、昨年にはドイツの当時のガブリエル外相によるレバノンに関する発言をきっかけにサウジが駐独大使を召還した。

ドイツ連邦統計局のデータに基づくと、同国にとってサウジは重要な貿易相手国で昨年の輸出額は66億ユーロ(77億ドル)だった。(後略)【5月28日 ロイター】
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サウジアラビアの強硬姿勢は、ドイツ等のイランへの対応への圧力もあるのでしょう。

ドイツは5月にはロシア産ガスをバルト海経由で欧州に輸送する新パイプライン「ノルド・ストリーム2」のドイツ領内の建設に着工していますが、アメリカ・トランプ大統領は計画撤回を求めています。

トランプ大統領は4月アンゲラ・メルケル首相に対し、ドイツが「ノルド・ストリーム2」への支持を取り下げれば、アメリカはEUとの新たな貿易協定に向けた交渉に臨むとの考えを示しています。

メルケル首相はこれまでにも、「ノルド・ストリーム2」を巡るアメリカや他の欧州諸国からの批判をはねつけてきました。

トランプ大統領が鉄鋼・アルミニウム関税の対象に6月1日からEUを加え、イツが誇る自動車産業を巻き込んだ全面的な貿易戦争を招きかねない状況にあります。

経済的損得勘定を考えたとき、いろいろな立場もあるのでしょうが、はっきりと自己主張する姿勢はうらやましくもあります。
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トルコ  強権的なエルドアン大統領の再選目論見を脅かす強敵“通貨リラの暴落”

2018-06-02 22:43:15 | 中東情勢

(【6月1日 WSJ】)

暴落する通貨リラ 利上げに反対する持論に固執するエルドアン大統領
なんだかんだ言っても経済のファンダメンタルズがしっかりしている日本ではあまり大きな問題にもなっていませんが、現在多くの新興国ではアメリカの金利上昇などを背景にした通貨安圧力にさらされており、各国とも対応に苦慮しています。

****米金利上昇、新興国に通貨安圧力 緊急利上げで対抗 ****
「為替市場に対し、あらゆる介入手段をとり続ける」。アルゼンチン中銀は4日、緊急利上げを発表した。前日の3%利上げに続く措置で、4月27日に利上げに踏み切ってから3度目となる。

年初に1ドル=18ペソ台だった為替相場だが4月下旬に入り下落が加速し、3日には一時22ペソ台の過去最安値を記録。沈静化には計12.75%の利上げや政府による財政支出目標の引き下げといった荒療治を要した。
 
トルコ中銀も4月下旬に0.75%の利上げに踏み切ったが、通貨安に歯止めがかからない。3日発表の消費者物価指数(CPI)上昇率が市場予測を上回ったことをきっかけに通貨リラが急落し、4日には一時1ドル=4.28リラと過去最安値を更新した。年初からの下落率は10%を超える。
 
財政赤字の抑制などが評価され、4月に大手格付け会社から国債の格付けを引き上げられるなど市場からの評価が高いインドネシアも通貨安が止まらない。2日に1ドル=1万3940ルピアと、2年4カ月ぶりの安値となった。

アジア通貨危機の際に記録した、心理的な防衛ラインである1万4000ルピアを前に、中銀はドル売りの市場介入や利上げの示唆を繰り返す。ブラジルレアルや南アフリカ・ランドも5月に入り年初来安値を更新した。
 
国際金融協会(IIF)は米連邦準備理事会(FRB)の利上げ観測や米トランプ政権による景気刺激策でマネーが米国に向かい、新興国からの資金流出につながっていると分析する。
 
通貨安は輸出振興につながる一方、輸入物価の上昇につながり、景気を冷やす懸念がある。アルゼンチン政府は年率25%にのぼるインフレ対策を主要政策に掲げるが、今回の利上げにより、年間15%というインフレ目標は事実上の先送りを余儀なくされた。
 
ドル建ての債務の返済負担が増すことも経済には悪影響だ。フィッチ・レーティングスは4日、アルゼンチン国債の格付けの見通しを「ネガティブ(弱含み)」とした。同国は償還期限が100年先という超長期の国債を発行するなど、ドル建ての債務を増やしていた。
 
米格付け会社S&Pグローバル・レーティングスは1日、トルコ国債を格下げした。トルコの民間部門の対外債務残高は過去5年で約4割増加し3163億ドル(約34兆円)に達しており、通貨急落と資金調達環境の悪化で、トルコ企業の外貨建て債務の借り換えが滞るリスクが意識される。
 
景気悪化は政治にも影響しそうだ。エルドアン大統領は景気悪化による支持率低下を懸念し、大統領選と国会総選挙を19年秋から18年6月へと前倒しすることを決めた。アルゼンチンでは改革派のマクリ大統領が19年の大統領選で再選を目指すが、左派が勢いを盛り返す可能性も出てきた。【5月6日 日経】
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“インドネシアやインド、フィリピンなど金利が比較的高いアジア新興国通貨の対ドル相場は、いずれも年初来で3%程度下げている。米国債利回りの上昇に伴う投資資金の奪い合いのほか、ドル高の進行、トランプ米大統領の「米国第一主義」による世界的な通商摩擦の激化や資本流出など、逆風がいくつも重なったためだ。”【5月8日 DIA
MOND online】

【日経】記事にもあるように、トルコでは通貨安による経済悪化が今後ますます顕著になることが予測されていることから、エルドアン大統領は経済が悪化する前に・・・ということで、大統領選挙・議会選挙の前倒し実施に踏み切ったことは、5月17日ブログ「トルコ大統領選挙  拘束中のクルド系政党前共同党首も出馬 エルドアン政権の止まらない“弾圧”」でも取り上げました。

強権的姿勢に対する批判が国内外で強いエルドアン大統領ですが、少なくとも国内的には、トルコ経済の目覚ましい発展を主導した功績で大きな信頼を得てもいます。

しかし、最近のトルコ・リラの暴落は、大統領の最大の功績であるトルコ経済の土台を揺るがしかねない状況にもなっています。

強権で批判勢力・野党を封じ込めて、再選を確実にしようとするエルドアン大統領ですが、“トルコのエコノミストらは、通貨リラは国に唯一残された本格的な野党だと冗談を言うことを好む。リラは確かに、恐るべき敵だ。”【5月26日 英フィナンシャル・タイムズ紙】という状況にもなっています。

基本的には、自国通貨安の場合は金利引き上げで資金流入をはかり、為替を安定化させるというのが通常の対応策ですが、容易に利上げに踏み切れない事情も抱えていることもあります。

特に、トルコの場合、エルドアン大統領は“経済成長に固執する指導者、かねて利上げを「金持ちをより金持ちに、貧乏人をより貧乏にする」ための手段として一蹴し、トルコ中央銀行としばしば論争を繰り広げてきた人物”【同上】という、利上げに対して強い拒否感を有しているそうです。

5月の訪英時には、「高金利はインフレを抑制するのではなく、インフレを引き起こす」という持論も披露しています。【同上】

しかも、選挙対策としてみると、“利上げはインフレを落ち着かせ、リラ相場を下支えするために必要だが、選挙をわずか数週間後に控えて住宅ローンの返済コストとクレジットカードの支払い額を膨らますことにもなる”【同上】
という側面もあります。

そうしたエルドアン大統領の持論、選挙対策によって利上げが対応が円滑になされず、さらには政府から独立する中央銀行の金融政策に介入する考えを示唆するなどの言動が投資家の不安を煽ったこともあって、リラ暴落が進行しています。

さしもの強気エルドアン大統領も利上げの必要・中央銀国の独自性を認める
しかし、リラ暴落を受けて、さすがに5月23日には中央銀行が緊急利上げに踏み切ることに。

****トルコリラ、緊急利上げ 中央銀、急落受け通貨防衛判断****
トルコ中央銀行は23日の臨時の金融政策委員会で、主要政策金利の一つを3・0%幅引き上げ、年16・5%にすることを決めた。

巨額の経常赤字に加え、エルドアン大統領が政府から独立した中央銀行に圧力を強める考えを示したため、通貨リラは対ドルで年初より約23%も急落。緊急利上げに踏み切り、通貨防衛の必要があると判断したとみられる。
 
利上げしたのは、複数ある主要政策金利のうち、実質的な上限となる金利で、約1カ月ぶり。23日の外国為替市場でリラは一時、1ドル=4・92リラ台と過去最安値を更新し、通貨下落で輸入品が値上がりし、国内の物価上昇に拍車がかかるおそれがあった。利上げ決定後、リラ相場は1ドル=4・5リラ台に急落した。
 
巨額の経常赤字を抱え、海外からの資金に頼るトルコのリラは売られやすい。米国の長期金利の上昇や中東情勢の緊迫化などを背景に、投資家はリラを売ってドルを買う動きを進めていた。

さらにエルドアン大統領が今月中旬、米ブルームバーグ通信の取材に「大統領には金融政策に影響力を持つイメージが必要」と発言。来月24日の大統領選に勝利した場合、政府から独立する中央銀行の金融政策に介入する考えを示唆したため、投資家が不安を強めてリラ安が加速していた。【5月24日 朝日】
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中央銀行の緊急利上げで1ドル=4.55リラに持ち直したもの、24日にはまた下落し、4・8リラとなったようです。(6月2日現在は4.65リラ)ちなみに、10年前の相場は、1ドル=1.2リラ、前回大統領選挙の2014年には2.15リラでした。

自国経済の不調・混乱を外国の陰謀せいにするのは、ベネズエラのマドゥロ大統領など独裁者にありがちなことですが、エルドアン大統領もいかがわしい外国人の集団から通貨が攻撃されているという陰謀論を展開、“愛国的”なリラ防衛を国民に訴えています。

****トルコ大統領、国民にドル・ユーロ貯蓄のリラへの交換を要請****
トルコのエルドアン大統領は26日、急落している自国通貨リラの下支えのため、ドルやユーロの貯蓄をリラに交換するよう国民に要請した。リラは年初来、対ドルで約20%下落している。(後略)【5月28日 ロイター】
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そう言われても、虎の子の外貨を下落するとわかっているリラに換えようとは、普通は考えないでしょう。

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言論の自由がまだ守られている数少ない空間の1つであるツイッター上では、あるユーザーが、ほうき1本で海を押し返そうとする女性の動画でトルコの指導部を笑いものにした。
 
規模は小さいが戦闘的な野党寄りの新聞ジュムフリエットは、新生児がなぜ予定より早く生まれてきたのか聞かれている漫画を掲載した。「仕方なかったんだ」と赤ん坊は返答した。「病院の費用がドルに連動しているんだから!」【5月26日 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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さしもの強気なエルドアン大統領も持論を撤回して、中央銀行の独自性を認め、利上げ対応に本格的に乗り出さざるを得なくなっています。

その背景には、ユルドゥルム首相とメフメト・シムシェキ副首相(元メリルリンチのバンカー)、ムラート・チェティンカヤ中銀総裁などが大統領に利上げを懇願した舞台裏での激しい争いがあったようです。

****トルコ高官ら、中銀の独立性強調 大統領の強硬発言を軌道修正****
トルコの高官2人は29日にロンドンで開かれた投資家との会合で、中央銀行はリラ防衛に向けた行動で独立性を認められていると強調し、エルドアン大統領の金利政策を巡る強硬発言について軌道修正を図った。複数の参加者が明らかにした。

会合はシムシェキ副首相とチェティンカヤ中銀総裁が出席し、複数回開かれた。そのうち1回に参加した機関投資家は、匿名を条件に、「エルドアン大統領の1週間前の発言とは明確に異なるメッセージが発せられた」と明らかにした。

エルドアン大統領がリラ防衛策を直接的に認めるか、必要な措置を講じるよう副首相に要請することで間接的に容認することになると信じざるを得なくなったと述べた。

エルドアン大統領は今月既に、ロンドンで機関投資家との会合を開いており、その際、6月24日の大統領選・総選挙で勝利した場合に中銀への統制を強める意向を示した。また、物価抑制には低金利で対応すべきと主張した。

これを受けてリラは急落。中銀は300ベーシスポイント(bp)の緊急利上げでの対応を余儀なくされ、28日には複数金利による複雑な構造を簡素化する計画を明らかにした。(中略)

シムシェキ、チェティンカヤ両氏はエルドアン氏の先の強硬発言について、大統領は「選挙モード」に入っていたと説明。ただ、エルドアン氏は現実主義で、「政権内には必要な措置についての理解がある」と述べたという。【5月30日 ロイター】
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エルドアン大統領は、トルコは「グローバルな統治原則に我が国を破壊させない」とくぎを刺しつつ、「金融政策に関するグローバルな統治原則を守る」ことも約束したとか。

経済状況で攻勢を強める野党 ただし、依然根強いエルドアン支持も

****トルコの経済混乱、エルドアン氏の再選阻むか****
通貨リラ下落で試される、繁栄を演出した大統領への支持

6月24日に行われるトルコの大統領選・総選挙で、レジェプ・タイップ・エルドアン大統領に手ごわい敵が出現した。それは米ドルだ。

エルドアン氏が2003年に権力の座に就いて以来ほぼずっと、トルコの有権者は抗しがたい1つの理由から、彼の独裁的な政治手法や変わりやすい外交政策、周辺の汚職疑惑を甘んじて容認してきた。その理由とは、経済変革により普通のトルコ国民の生活水準を押し上げ、かつてない繁栄をもたらしたことだ。

世界銀行の統計によれば、トルコの1人当たり国民所得は2003年以降ほぼ70%増加し、一部欧州連合(EU)諸国の水準を上回るまでになった。

トルコの経済混乱、エルドアン氏の再選阻むか
だがその繁栄は今や脅威にさらされている。外国からの投資に大きく依存しているトルコ経済が困難に直面しているからだ。

ここ数週間、トルコの通貨リラは暴落に見舞われている。その一因は、エルドアン氏が中央銀行の独立性に制限を設けるのではないかの懸念が生じたことだ。

リラは、2014年に行われた前回の大統領選時には1ドル=2.15リラだったが、先週には急落を演じ、4.92リラを付けた。その後は、トルコ中銀の大幅な利上げや他国の中銀の介入を受けて、下げ分の一部を戻し、4.50リラ前後で小康状態となっている。

「トルコには深刻な経済混乱が生じている。誰もが注視する主要な経済指標は、今ではドル相場となっている」と、トルコのエコノミストであるムスタファ・ソンメズ氏は語る。「国内外の投資家の信頼を大幅に喪失している。国民にはエルドアン氏が何をしたいのか分からない」

エルドアン氏と与党の公正発展党(AKP)は、この通貨リラ下落が同氏のプランを失墜させようとする外国からの陰謀だと述べている。トルコを世界的な大国かつイスラム世界のリーダーにするという同氏のプランに対する陰謀だというのだ。
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同氏は5月26日に東部エルズルムで行われた決起集会で、「枕の下にユーロやドルをためている同胞諸君は、それをリラに交換しに行くべきだ。金融界がわれわれの投資家や起業家に背くようなゲームをするなら、いずれ高い代償を払うことになる」と訴えた。

だが、こうした奨励の効果は限定的だ。それは、AKPが同じような約束を以前にしたことがあるが、無駄だったからだ。

2017年1月、外貨を売ってリラを買えというエルドアン氏の当時の呼び掛けを受けて、地元のAKP関係者たちがドル札で鼻をかんだり、ドル札の山に火をつけたりする様子をテレビ向けに演出し、放送した。だがその後、リラ相場は20%以上下落している。

最近の世論調査では、エルドアン大統領の不支持率が支持率を上回っている。そんななか、分裂状態のトルコ野党勢力は同大統領を攻撃するにあたり、この経済状況を利用することに最大限の力を注いでいる。

野党・共和人民党の大統領候補として有力視されているムハレム・インジェ氏は、「汚職、イデオロギー的な執着、経済機関の独立性奪取、予算の透明性の消滅、資源の不適切な配分。そうしたこと全てが、わが国の経済を地獄の一歩手前まで追い込んだ」と述べ、「トルコの全ての機関が疲弊している。経済問題があまりに深刻なため、彼(エルドアン氏)は今回、これを隠し通すことができないだろう」と話した。

同氏は6月24日の大統領選で現職のエルドアン氏の得票率が50%を超えなかった場合、決選投票で対立候補になる可能性が最も高いとされている。

「わたしは変化の風を感じている。トルコは今、このワンマン独裁政権に飽き飽きしている」と同氏は付け加えた。

以前、トルコの野党政治家には同じように高い期待が寄せられていた。過去のいくつかの国政選挙の際や、大統領の権限を大幅に拡大した昨年の国民投票を控えた際だ。

しかし現実にはエルドアン氏とAKPが、1回の例外を除き、2002年以降のあらゆる国政選挙で勝利した。例外は15年6月の総選挙だったが、その後、野党勢力は一つに結集できず、AKPは4カ月後に行われた再選挙で絶対過半数を取り戻した。

しかし今回は、トルコの主要野党の一部の間で異例の協調姿勢がみられる。大統領選と並行して行われる国会の総選挙の運動でインジェ氏の世俗政党・共和人民党は、伝統的なイスラミスト政党の至福党、新たな世俗的ナショナリスト政党の改善党と共闘している。

少数民族クルド人系の国民民主主義党(HDP)は、党指導者たちがエルドアン氏によって拘束された。だが世論調査によれば、法的な壁である10%以上の得票率をHDPが再び確保して議員を送り出せれば、与党のAKPは、たとえエルドアン氏が大統領に再選されるとしても、議会で絶対過半数を失う展開が十分にありうるという。

現在、野党はメディアへのアクセスをおおむね拒否され、独立系のジャーナリストが繰り返し投獄されている。

こうした対立が先鋭化する現況のなかでは、たとえ経済が悪化していても、エルドアン氏の魅力をそぐのは十分でないかもしれない、とワシントン近東政策研究所(WINEP)トルコ・プログラムのディレクター、ソネル・チャアプタイ氏は言う。

同氏は「経済が崩壊しつつあるとの理由で投票する候補者をくら替えする人はごく少数だろう」と述べ、「トルコ人の半分はエルドアンが大好きで、悪いことはできない人だと思っている。経済がトラブルに陥っているのは悪い統治のためではなく、誰かがエルドアン氏をおとしめようとしているからだと彼らは考えているのだ」と述べた。

欧州外交評議会(ECFR)のトルコ専門家、アスリ・アイディンタスバス氏もこの見方に同意している。同氏は、アンカラが国政選挙を1年半繰り上げて実施すると決意したのは、懸念されている経済危機が本格化する前に有権者に投票させようとしているためだと述べた。

同氏は「われわれは(経済悪化の)初期段階にあり、この時点でトルコの有権者たちが経済の落ち込みの深刻さを強く感じているかは不透明だ」と述べ、「経済の落ち込みは、究極的に有権者行動に影響するだろう。だが問題は、それが今起こっているのかということだ」と語った。【6月1日 WSJ】
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投票日まで3週間。前回ブログで獄中から立候補している「クルドのマンデラ」(クルド系左派政党である国民民主主義党(HDP)のセラハッティン・デミルタシュ前共同党首)のことなども取り上げましたが、エルドアン大統領にとって最大の強敵は通貨リラの動きにあるようです。
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シリア  全土支配権回復を目指すアサド政権 イランと距離を置くロシア トルコとアメリカは?

2018-06-01 22:33:43 | 中東情勢

(ロシアがシリアに配備したとする無人のロボット戦闘車両「ウラン-9」 対戦車ミサイル、ロケットランチャー、機関砲などを装備し、離れた場所からリモコンで操作するもので、操縦可能な範囲は車両から約3キロ以内 【5月30日 BUSINESS INSIDER】)各種センサー・カメラを搭載していますが、こうした無人兵器は誰の責任で、どのように攻撃がなされるのかが問題となります。)

イランへの攻勢を強めるイスラエル ロシアは容認か
5月8日にトランプ米大統領がイラン核合意からの離脱を表明したことを受け、シリアを舞台にして、離脱を支持するイスラエルと、敵対するイランの緊張が高まっています。

5月8日、イスラエル軍はシリアの首都ダマスカス近郊の武器庫やロケットランチャーをミサイルで攻撃。この兵器庫はヒズボラとイランのものとされ、“このミサイル攻撃によって、イラン革命防衛隊の隊員や親イランのシーア派民兵を含む政府側の戦闘員少なくとも9人が死亡した”【5月9日 AFP】とも。

5月9日から10日かけて、シリア領内からイランがゴラン高原のイスラエル軍前哨基地に向けてロケット弾攻撃があったのを機に、イスラエル軍が大規模な報復攻撃を実施。

イスラエル軍の報道官は、イラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」が約20発のロケット弾を発射したと発表していましたが、その後の発表では32発(うち4発はイスラエル軍が捕捉撃墜、残りはシリア領内に墜落)とされています。【5月22日 中東の窓」より】

一方、イスラエル軍の報復は、“戦闘機28機が出動し、合わせて約70発のミサイルが発射された”(ロシア国防省)【5月10日 AFP】とのことですが、“イラン軍の拠点を攻撃したIDF(イスラエル軍)機に対して100発以上の地対空ミサイルが発射されたので、IDFはこれらのイラン軍拠点を空爆して、多数の地対空ミサイル施設を破壊した”【5月22日 中東の窓」】とも。

また、通常は軍事行動を明らかにしないイスラエル側は、今回、最新鋭戦闘機F35を世界で初めて実戦投入したことを敢えて公表しています。イラン側への威嚇でしょう。

更に、5月24日にも中部ホムス県の軍用空港にもミサイル攻撃があり、イスラエル軍によるイラン軍事施設を狙った攻撃とみられています。

****イスラエル、軍用空港にミサイル? アサド政権軍が迎撃****
シリアのアサド政権軍は24日、中部ホムス県の軍用空港に同日、ミサイル攻撃があり、政権軍が迎撃したと発表した。シリア国営通信が報じた。

攻撃元への言及はないが、最近、シリア領内でイランの関連軍事施設への攻撃を繰り返すイスラエルによるものとの見方が出ている。イスラエル側からの反応は出ていない。
 
(中略)この空港はレバノンのシーア派武装組織ヒズボラが拠点としていたといい、監視団は敵対するイスラエルによる攻撃の可能性を指摘している。
 
内戦でアサド政権を支援するイランは、シリア領内での軍事施設の構築を進め、ヒズボラへの支援態勢の強化を目指しているとされる。こうした動きを警戒するイスラエルは関連施設をたびたび空爆している。【5月25日 朝日】
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アサド政権を支援してシリアに展開するロシア軍は地対空ミサイルシステム「S−300」を配備していますが、イスラエルのF35などの攻撃に対し反応しなかったのか?

イスラエル機はロシアの防空システムに探知されなかったという見方も一部にはあるようですが【5月25日 Sputnikより】、5月10日のイスラエル軍の大規模攻撃直前に、ネタニヤフ首相はモスクワを訪問してプーチン大統領と会談していますので、ロシア側の了解を得ての対イラン攻撃だったのでは・・・と思われます。

****<イスラエル首相>露大統領と会談 イラン情勢で意見交換****
ロシアを訪れたイスラエルのネタニヤフ首相は9日、プーチン露大統領と会談し、米国が核合意離脱を表明したイラン情勢で意見を交わした。

イスラエルが合意破棄を唱える一方で、ロシアは合意参加国の一角を担い、立場を異にしている。ただし両国はイランにとどまらず、シリア情勢も極度に悪化させない狙いで協議した模様だ。
 
会談冒頭でネタニヤフ氏は「ホロコーストから73年がたつが、中東にはイスラエル国家のせん滅を唱えるイランが存在している」と主張した。
 
ロイター通信によると、会談後、ネタニヤフ氏は記者団に対し、シリア情勢も話し合ったと説明。イスラエルがシリア国内でアサド政権軍やイラン部隊を攻撃してきた事例があるが、プーチン氏はイスラエルの行動に制限を求めてこなかったという。
 
イランやシリア問題で立場を異にするロシアとイスラエルだが、軍事技術で協力するなど緊密な関係も築いてきた。

9日は第二次大戦で旧ソ連など連合軍がナチス・ドイツを破った戦勝記念日にあたり、ネタニヤフ氏はモスクワで開かれた軍事パレードを閲兵した。【5月10日 毎日】
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“ロシアのラブロフ外相は10日、イランがシリア領内からイスラエルの占領地ゴラン高原を攻撃し、イスラエル軍が報復攻撃するなど緊張が高まっていることを受け、「憂慮すべき傾向だ。あらゆる問題は対話を通じて解決すべきだ」と呼び掛けた。”【5月10日】

こうした流れで見ると、ロシアはこれまで協調してきたイランと距離を置く形で、イスラエルの軍事行動を黙認する姿勢に思われます。

****プーチン氏、シリア大統領と会談 政治プロセスの進展呼び掛け****
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は17日、同国南部ソチでシリアのバッシャール・アサド大統領と異例の会談を行い、シリア情勢が「政治プロセス」の再開に向け好ましいものになっていると述べ、外国軍の撤退につながるとの見方を示した。
 
会談後のロシア大統領府(クレムリン)の発表によると、プーチン氏は最近のシリア軍の軍事的成功を受け、大規模な政治プロセスの再開に好ましい状況が生まれていると指摘。それにより「外国軍がシリア領内から撤退するだろう」と述べた。ただ、具体的な国名などには言及しなかった。(後略)【5月18日 AFP】
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“外国軍”というと、当のロシアのほか、アメリカ、トルコ、イランが該当します。

ロシア外相も5月27日、“シリアの南部国境でイスラエル、ヨルダンに近接した地域”と地域を限定したうえで、外国軍の撤退を求めています。この対象となるのはイラン兵士のようです。

****イラン・ロシア・イスラエル関係(シリア*****
このところ、シリアを巡り、ロシアとイスラエル・米との接近、ロシアのイランから距離を置く姿勢等に関するメディア報告が増えているところ、ロシア、イスラエル、米、等のシリア、特に南部シリア(特にイスラエル境界から60㎞からイラン兵等を遠ざける問題)を巡る最近の動きは次の通りで、確かにかなりその動きは急な模様です。

(中略)ロシア外相は27日、シリアの南部国境でイスラエル、ヨルダンに近接した地域に、駐留すべき軍隊はシリア政府軍だけであると語った。(中略)

ロシア外務次官補は29日、近くロシア、米国、ヨルダンの3ヵ国がシリア南部の戦闘緩和地域で会談すると語った。(注:シリア政府もイランも含まれていない)。

イスラエル国防相は30日、短時間、ロシアを訪問し、ロシア国防相と会談することがイスラエル政府から発表された。両者は中東の諸問題、中でもシリア問題、特にシリアを巡るイスラエルとイランの緊張について話し合うことになっている由。【5月29日 「中東の窓」】
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イランとしては、イスラエル軍の厳しい対応、また、アメリカ離脱後のイラン核合意をめぐって欧州・中・ロと協議中で、国際批判を招くような派手な行動はとりにくい状況にあることなどで、しばらくはシリアでも身を潜めて・・・というところでしょうか。

全土での支配権回復に乗り出すアサド政権
イランを南部国境から遠ざけてどうするのか・・・と言えば、アサド政権としては、この地域に残る反体制派支配地域を制圧して、政府支配地域を拡大する意向のようです。

****シリア南部に関して****
・(政府軍がダラアからゴラン高地の奪還を目指して増援部隊を送り込んでいることは、先に報告したところですが)現地筋の情報によれば、その後も政府軍の増援は続いており、ダマス―アンマン道路の両側に、多数の戦車を含む部隊が野営していることが認められる由。(中略)

・(この地域では、イスラエルのイラン系戦闘員の国境近くからの撤収問題と政府軍の前進問題は、必然的に絡んでくるが)イスラエルでは、イスラエル国防相がモスクワでこの問題を協議した後、ロシアの理解を確認できたとして、楽観的な見方がある模様。

haaretz netは、ロシアとイスラエルとの了解で、イラン系戦闘員を遠ざける反面、政府軍がシリア南部地域を再占領することを認める可能性が出てきているとコメントしている【6月1日 「中東の窓」】
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首都ダマスカス近郊にあった反政府勢力と過激派組織IS=イスラミックステートの支配地域をすべて奪い返して軍事的優位を確立したアサド政権は、上記の南部国境地域だけでなく、シリア全土への支配権回復に向けて動き出したようです。

****シリア大統領、クルド人勢力への武力行使辞さず 米ロは衝突間際だったとも***
シリアのバッシャール・アサド大統領は、31日に放送されたインタビューで、米国の支援を受けるクルド人勢力が支配する国土の3分の1を奪回するため、武力行使も辞さない意向を示した。

さらには、シリアは過去にロシア軍と米軍による直接衝突の間際にあったと話した。
 
ロシア国営の国際通信社「今日のロシア」とのインタビューでアサド大統領は、イスラム過激派組織「イスラム国」との戦いで先頭に立つクルド人とアラブ人との合同部隊「シリア民主軍」に言及。「シリアに残る唯一の問題はSDFだ」と述べ、「われわれは2つの選択肢で対処していく」とした。
 
アサド大統領は、「第1の選択肢として、今われわれは交渉の扉を開き始めた。SDFの大多数はシリア人であるから、自国を好きだと思うし、いかなる外国人の操り人形にもなりたくないだろう」「シリア人として共存するという選択肢がある。そうでなければ、その地域を解放するため力に訴えるつもりだ」と述べた。
 
さらにアサド大統領は、シリアをめぐるロシアと米国の対決は辛うじて避けられたと述べ、「われわれはロシア軍と米軍の直接衝突の間際にあった」「幸運にも、米国ではなくロシアの指導力の英知によって、衝突は避けられている」と話した。【5月31日 AFP】
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イラン、イスラエルに関しては“イスラエルが、イランはシリアに軍事拠点を築いているとして越境攻撃を繰り返していることについて、「シリアにイランの軍隊はいない」と述べ、イスラエルの主張はうそだと非難しました。そのうえで、イスラエルの攻撃を防ぐために防空能力の向上に努めていると強調しました。”【5月31日 NHK】とも。

シリア民主軍(クルドYPGを主力として、アラブの連合勢力、アメリカ等が支援)が支配する東部地域の戦闘では、クルド人勢力を支援するアメリカと、政府軍を支援するロシアの衝突が懸念されています。

これまでも、アメリカの攻撃でロシアの民間軍事会社傭兵に大量の死者がでる事態も起きています。
最近も、米軍主導の政府軍拠点空爆が報じられています。

****米主導軍、シリア東部の政権軍拠点を空爆****
国営シリア・アラブ通信は24日午前、同国東部の軍事拠点数か所が米主導の有志連合による空爆を受けたと報じた。「物的な被害」が出ただけだったとしている。
 
SANAが軍事筋の話として伝えたところによると、東部デリゾール県のアブカマルとフメイメの間にある軍拠点の一部が同日朝、有志連合軍機によって爆撃された。
 
デリゾール県では、ロシア軍の支援を受けるシリア政権軍部隊と米主導の有志連合が、それぞれイスラム過激派組織「イスラム国」の掃討作戦を行っている。【5月24日 AFP】
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アサド大統領は、クルド人勢力に対し、アメリカと手を切って、政府軍支配下に入るように求めたもので、当然ながら、アメリカ・クルド人勢力側は反発しています。

****シリア北東部に関して****
・アサド大統領は、31日放送された「今日のロシア」とのインタビューで、「現在政府軍の支配外にある地域で主要なものは、シリア民主軍(クルドYPGとアラブの連合勢力、米国等支援)の支配地域で、政府としては交渉で取り戻すか、さもなければ実力で取り戻すか、以外の選択肢はない」と語った

・この発言に対して、米国防総省の参謀本部は、同日『如何なる勢力であれ、米軍部隊やその同盟者を軍事攻撃することは間違った選択である」として、これを非難した

・シリア民主軍報道官も、ロイターに対して、民主軍としてはいかなる交渉も行う用意はなく、軍事力の選択がされれば、広範囲な破壊がもたらせることとなろうと警告した由。【6月1日 中東の窓」】
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北部でのトルコの要求にアメリカ・クルド人勢力は?】
今後、この東部地域がどのように展開するかはわかりませんが、クルド人勢力とアメリカの関係については、北部のマンビジュからのクルド人勢力撤退を求めるトルコとの関係で動きも見られます。

****米トルコ、シリアで治安協力へ=火種のクルド人組織の町めぐり****
米トルコ両国の代表団は25日、トルコの首都アンカラで会談し、両国の火種となっているシリア北部のクルド人組織支配下の町マンビジュをめぐり、治安協力に向けた「ロードマップ」の概要をまとめた。トルコのメディアなどが伝えた。

今回の結果を受け、トルコのチャブシオール外相は6月4日、ワシントンでポンペオ国務長官と会談する予定だという。【5月26日 時事】
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内容の説明がない記事で、“治安協力に向けた「ロードマップ」”とは何だろう?と疑問に思っていたのですが、下記のような内容のようで、トルコの主張を概ね受け入れたもののようです。

****マンビジュに関する米・トルコの了解****
トルコと米国の対シリア政策上、大きな対立点であったmanbij (シリア北西部のトルコとの国境地帯にあり、現在YPGが支配。トルコはこの地域からはYPGが撤退することを米国が約したとしていた)に関しては、先日両国のwgで段階的なクルドの撤退案が合意され、来月4日の両国間外相会議で承認されることとなっていました。

この合意案について、al arabiya net はロイター電を引いて、3段階からなると報じています。
それによると、第1段階は6月4日から30日以内に、YPG兵力の撤退
         第2段階は同日から45日以内の米・トルコ両軍によるmanbijの査察、監視
         第3段階は同日から60日以内に、地方行政機関の設立
とのことです。

また記事はトルコ外相が、この合意案は正式に合意されれば、夏の終わりまでには実行されるであろうと発言したとも報じています。

他方トルコのhurryiet net は同様の記事で、トルコ外相が、この合意が実施されれば、同様の合意はラッカやkobane 等の他のクルド勢力支配地域にも適用されると語ったと報じています。

取り敢えず以上で、これから見ると米国も、トルコが安全保障上譲れないとしているクルド問題で、基本的にはトルコの言い分を入れたように見えますが、devil is in the detail と言いますから、云々するには、もう少し詳しい情報を待った方が良いかもしれません。【5月31日 「中東の窓」】
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クルド人勢力YPGはこれで了解しているのでしょうか?
マンビジュだけでなく、“同様の合意はラッカやkobane 等の他のクルド勢力支配地域にも適用される”ということになれば、これまで得たものをすべて放棄せよということになります。

併せて、先述のように東部ではアサド政権からの圧力を受けている状況で、マンビジュ等に関しアメリカがトルコの要求を呑むなら、東部におけるアメリカとクルドの連携にも影響が出そうです。

また、北部でトルコとその支援勢力が支配地域を拡大することについて、全土での支配権回復に乗り出した政府軍が黙認するのかという問題もあるでしょう。

以上、シリア全土の支配に向けて動き出したアサド政権、イランへの対応を強めるイスラエル、イランと距離を置き、これを容認しているように見えるロシア、北部からのクルド人勢力一掃を目指すトルコ、北部でトルコ、東部で政府軍の圧力を受けるクルド人勢力、アメリカはどこまでクルド人勢力を支援するのか?・・・というようなシリア情勢です。

なお、各地を追われた反体制派が集まるイドリブ郊外では、政府軍ヘリによって“告知文”がまかれたとか。

“死亡した人間の挿絵があり、その上の「運命を選べ」という一文で始まる告知文には、「頑固に武器を手にし続けるのなら、それは死を選んだという意味だ。もし生きたいなら武器を捨てよ。命を賭けるな。他に解決はない。武器を捨てるか、死ぬかだ。最後のチャンスを使い、武器を捨てて状況を正せ。」という内容が記されていた。”【5月28日 TRT】
コメント (1)
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