孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

アメリカ  中間選挙に向けて激しさを増す銃規制・中絶問題・同性婚などをめぐる「カルチャーウォー」

2022-08-21 22:19:53 | アメリカ
(【8月19日 WEDGE】 中絶規制に対する抗議運動)

【今も、今後も存在し続ける人種問題】
アメリカ社会の分断のひとつ、人種問題はBLM(ブラック・ライヴズ・マター)が大きな社会現象となった一時期に比べると表面化することは少なくなっていますが、アメリカ社会が抱える根本的な問題として今も、今後も存在し続けます。

****綿花摘みの授業で精神的苦痛、アフリカ系女子生徒が損害賠償求め提訴****
米カリフォルニア州ハリウッドの学校で奴隷制の悲惨さを教えるために設置された綿花畑によってアフリカ系米国人の女子生徒が精神的苦痛を被ったとして、25万ドル(約3300万円)の損害賠償を求めてロサンゼルス統一学区などを相手取り提訴した。

訴状によると、女子生徒が授業で心に傷を負い、「制御不能の不安発作」を起こすようになり、「綿摘みの授業のことを考えると抑うつ発作を起こす」と母親のラシャンダ・ピッツ氏は主張している。

女子生徒は2017年、ハリウッドのローレル・スパン・スクールに通い始めた。当初は熱心に通っていたが、次第に落ち込んだ様子を見せるようになった。しばらくして母親が女子生徒を学校に送り届けた際、校内に綿花が植えられていることに気付いた。

「ハリウッドで、しかも公立学校の敷地に綿花畑があることに困惑」した母親が学校に問い合わせたところ、「授業で(奴隷制度の廃止を訴えた)フレデリック・ダグラスの自伝を読んだ。綿摘みは、自伝に描かれている経験の一つだ」と回答された。

対応した副校長は綿花畑について、奴隷の強制労働の実態を知ってもらうためのものだと説明したという。

これに対して母親は「アフリカ系米国人奴隷の経験を身をもって学ぶという目的で娘や他の生徒たちに綿摘みをさせるという案に激怒」。「文化に無神経で、授業としても不適切だとして、失望と精神的な苦痛を表明」した。

女子生徒は「社会正義の授業で、アフリカ系米国人奴隷が受けた苦難を実体験するために生徒たちは『綿摘み』を要求された」と説明し、「学校でこの授業について話すことにおびえ、この案自体にショックを受けた」としている。

訴状によると、保護者はこの授業について事前に聞かされておらず、子どもを参加させるかの確認もされなかった。

訴状によると、同校を管轄するロサンゼルス統一学区は「教育活動」が文化的に無神経と見なされたことを遺憾に思うと述べ、「学校側は保護者からの懸念を受け、直ちに綿花を撤去した」としている。 【8月13日 AFP】
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差別に対する反応は敏感なものを含んでおり、当事者と部外者では全く異なることも多々ありますが、「アフリカ系米国人奴隷の経験を身をもって学ぶという目的で生徒たちにをさせる」というのは、いささか“文化的に無神経”のようにも。ただ、学校側、生徒側の人種構成、綿摘み作業時の指導の実態など、上記記事以上の事実関係がわかりませんので何とも言い難いところも。

【新たにクローズアップされてきた「文化」の対立 中間選挙に向けて激しさを増す「カルチャーウォー」】
現在表面化している分断の軸は、銃規制・中絶問題・同性婚などの「文化」です。
その対立を争点とすることは、中間選挙で敗北が予想されている与党・民主党側にとっては、巻き返しのチャンスともなっています。

****アメリカ社会の亀裂深める「カルチャーウォー」とは****
投票まで3カ月を切った注目の米中間選挙は、物価高騰など経済問題のほかに、銃砲規制、女性の人工妊娠中絶権、信教の自由などをめぐる、与野党間の激しい「カルチャーウォー」(文化戦争)に発展してきた。

トランプが焚き付けたが、今や風向きは逆
「今こそ、反撃のチャンスだ」――。社会制度や歴史認識などの問題でどちらかと言えば防戦気味だった米民主党側が、共和党相手に反転攻勢の気勢を上げ始めている。そのきっかけになったのが、銃規制、中絶権問題に関連する最近の相次ぐ最高裁判断にほかならない。

もともと、米社会の亀裂を深める「カルチャーウォー」に火をつけたのは、ドナルド・トランプ前大統領だった。
トランプ氏は、ここ数年来、各州で人種差別の象徴である南北戦争当時の南軍の将軍像を撤去したり、中西部サウスダコタ州にある有名な歴代大統領の銅像・碑のうち奴隷制と結びつく人物の取り壊しを求めるなどの進歩派の動きに猛反発。「歴史の否定だ」として、自らのツイッターなどを通じ、有権者に「文化戦争」を大々的に訴えてきた。

その結果、再選目指した前回大統領選では、敗れたとはいえ、保守層を中心に全米で7000万を超す得票につながった。

しかし、最近、銃規制、中絶問題がにわかにクローズアップされるにつれ、今度は共和党保守派が逆に防戦を強いられつつある。

世論調査で定評のあるマンモス大学が、「有権者にとっての最重要問題」について実施した最新調査結果によると、1位が「経済政策」(24%)だったが、2位には「中絶問題」と「銃砲規制」(いずれも17%)が同数でつけ、国民の関心が次第に高まりつつあることを示した。

このうち、全米メディアで大きな話題となったのが、去る8月2日、カンザス州で行われた中絶の是非を直接問う住民投票だった。

同州ではこれまで、「レイプ、近親相姦、あるいは母体の生命確保上やむを得ざる状況」を理由とした妊娠中絶が例外的に州憲法規定で認められてきた。これに対し、共和党保守派、右翼宗教団体などが、例外規定を削除する修正案を提出したため、その是非をめぐる住民投票となった。

もともと、中西部カンザスは伝統的に保守的な共和党地盤として知られてきただけに、下馬評では、地元紙報道含め、「修正案可決は濃厚」との見方が広がっていた。

ところが、ふたを開けてみると、中絶の「女性の権利」を否定した先の連邦最高裁判断以来、勢いづいてきた中絶支時グループによる街頭集会、戸別訪問、TV意見広告、SNSアピールなど大がかりな草の根運動が功を奏し、最終投票では修正案が否決された。しかも、「賛成」41%に対し、「反対」59%と予想外の大差となった。

この結果、同州ではこれまで通り、特定の条件下の中絶が認められることになり、それ以来、他州においても、中絶支持運動が大きなうねりとなって広がりつつある。

中間選挙に向けた動きと新たな争点 
大胆な切り口の報道で知られるニュース・ウェブサイト「Daily Beast」は早速、去る8月5日、「全面的カルチャーウォーを仕掛ければ民主党に勝算あり」とのタイトルのゲスト・コラムを掲載、以下のように論じた:

「カンザス州住民投票の予想外の結果は、今世紀に入り米国民のマジョリティーが、女性自身が自らの体に関する自治権を持つという人間としての基本的権利を認めたことを意味している。女性の人権擁護に対する支持は、州内の保守的市町村含め隅々にまで広がっており、胎児の生命はあくまで神聖なものだとする共和党キリスト教伝道派の主張を退けたものに他ならない」

「母体より胎児の生命を重視する一方で、銃砲所持規制に反対する保守層は同時に、小学校の教室に突然乱入した男の銃乱射で児童が逃げ惑い、多数の死傷者を出すという最近の痛ましい事件をTVニュースで目の当たりにした際にも、衝撃を受け、これまで信じてきたこととの自己矛盾に陥ったのである。

それにもかかわらず、共和党は依然として、銃規制に反対の態度をとり続けているが、今や大多数の国民の関心は、ガソリンなど物価高騰、コロナ対策のみならず、女性の人権保護、市民の身の安全に向かっており、その点で、11月中間選挙でも、民主党が議会多数を制することを期待しているともいえよう」

「われわれは、トランプ主義にそそのかされ前回大統領選挙結果の「略奪説」をうのみにし、学校児童の安全より銃砲所持を優先し、コロナ感染の科学的根拠を一蹴し、妊娠中絶や避妊を否定し続けるという、伝統路線から逸脱した『敵対的共和党』と向き合っている。

民主党はこうした事態を座視するのではなく、今こそ、好機ととらえ、全米各地で果敢に〝熱い文化戦争〟を仕掛けるべきである」

実際、民主党が文化戦争で攻勢をかける上で、共和党攻撃の材料となり得るテーマは、中絶、銃規制問題だけではない。

新たな争点として注目されつつあるのが、同性結婚問題だ。
連邦最高裁判事9人中、最右翼で知られるトーマス・クラレンス判事は最近、女性の中絶権否認判断に続いて「この際、(同性婚を含む)同性愛関連の過去のいくつかの判例も見直す必要がある」と強気の発言を行い、保守派判事が6人を占める最高裁が勢いに乗って新たな判断を下す可能性を示唆した。

しかし、同性婚問題については、2015年当時、これを禁止するフロリダ州の規定に対し最高裁が「違憲」判断を下して以来、全米50州のほとんどの州で同性婚が容認されてきたほか、各種世論調査でも、多くの共和党員を含む圧倒的多数の国民が支持表明し今日に至っている。

それだけに、もし、クラレンス判事の予言通り、最高裁が新たに同性婚禁止の判断を示すことになれば、これに反発する世論が沸騰することも十分予想される。【8月19日 WEDGE】
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この文化の分断は、地域的にはカリフォルニア州とフロリダ州・テキサス州に代表される「州間格差」ともなっています。

****分断で住民の奪い合いも?激化するアメリカの「州間格差」*****
米国ではさまざまな分断が問題となってきた。99%運動に代表される所得格差、続いてBLM(ブラック・ライヴズ・マター)に代表される人種間格差、そして今浮上しているのが「保守・革新」間の格差だ。

保守・革新の格差が浮き彫りとなったのが、今年6月米最高裁で出された実質的な妊娠中絶禁止容認だ。これにより州が堕胎を禁止する法律を持つことは違憲ではない、という認識が広がり、現在までに26の州で部分的なものも含めた堕胎禁止の法律が存在する。

堕胎の問題は、しばしば大統領選挙の争点にもなっており、カトリックや保守系キリスト教では基本的に禁止を支持、一方でリベラル派は女性の権利として禁止に強く反発している。最高裁判決が出る以前から堕胎を禁止する法律を持つ州は中西部や南部に存在し、軋轢を呼んでいた。

カリフォルニア州とフロリダ州の対立
例えば代表的なものとして、フロリダ州が挙げられる。同州内に一大テーマパークを展開するディズニー社は社員が堕胎のために他州に移動する場合の旅費を支給する、など州の方針に反発してきたが、これに対し州側がディズニーにリースしている土地の返還をほのめかす、など火種がくすぶっていた。

こうしたことも含め、カリフォルニア州とフロリダ州が対決色を強めている。2つの州の知事はそれぞれギャビン・ニューサム氏(カリフォルニア)とロン・デサンティス氏(フロリダ)で、共に次期大統領候補に目されている。

ニューサム知事は今年7月、フロリダ州内でテレビコマーシャルを放映、その中で「あなた方の共和党のリーダーは本の出版の差し止め、選挙投票をより困難にする、言論の自由の統制を学校の教室で行い、さらに女性や医師を犯罪者として扱っている」と非難した上で、「デサンティス知事と戦おう、カリフォルニアに移住しよう」と住民に呼びかけた。

この女性や医師を犯罪者、という部分は、フロリダだけではなくミズーリなど中絶を禁止する州で、「州民が州外で堕胎手術を受けた女性や、堕胎手術を行った医師、医療機関などを提訴できる」という法案が可決されたことを意味する。

ニューサム知事は「国内のすべての女性の健康と生活を守るために出来得る限りのことを行う」というスピーチを行い、こうした他州からの攻撃に「徹底的に抗戦する」とも訴えている。

堕胎禁止州で映画撮影を止めよう
知事の攻撃はまだまだ続く。8月に入ると今度は映画の都、ハリウッドに対し「堕胎禁止法を持つ州でのロケなどのビジネスを廃止せよ」と訴えた。その見返りとして、税制優遇などで2030年まで総額16億5000万ドルのインセンティブを提供する、という。対象となるのは映画、映像配信、テレビ番組などの制作を行う企業だ。

確かにディズニーを始め、ネットフリックスなどの映像大手は社員に対し堕胎のために州外に移動する旅費を負担する、と表明している。

しかしそうした州でのビジネス禁止となると話は別だ。例えば2019年に堕胎禁止法が提案されたジョージア州では、当初多くの映像会社が「法案が成立すれば同州から撤退する」などと表明していたが、その後は尻窄みとなり現在でもジョージア州内だけで映像関連の雇用者は10万人以上存在する、という。

ニューサム知事の狙いは没落しつつあるハリウッドを守り、カリフォルニアと映像産業の関係を維持させることにあるが、今回は「あなた方はこれまでになく女性の権利のための責任を有している」と強い言葉で訴えている。

企業誘致に成功しているのは保守系の州
ただし州による税制優遇や土地リースにより企業誘致に成功しているのはむしろ保守系の州の方だ。日本企業でも日産自動車がテネシーに、トヨタ自動車がテキサスにそれぞれ本社機能を移動させ、それに伴い多くの住民が同州から流出した。

元々土地が高く住宅価格が高騰していることもあり、コロナで在宅勤務が広がるとカリフォルニアからの人口流出には拍車がかかり、21年だけで28万人の人口減となった。一時は4000万人を超えていた人口は39万5000人となり、下院議員の議席数を1つ失うことにもつながった。

過激なニューサム発言に対し、「干ばつで取水制限のあるカリフォルニアから、水の豊かな我が州へ」と住民誘致に動く州も出てきた。住民誘致合戦は今後も続きそうだ。

トランプ人気が復活していることもあり、全体としてはニューサム知事の旗色は悪い。「レッドステート(保守系が強い州)に噛みつく男」として有名になったが、次期大統領選のオッズではデサンティス氏が現状では有利だ。

もしデサンティス氏あるいはトランプ氏が次期大統領に就任することになれば、以前からくすぶっていたカリフォルニア独立運動に再び火がつくかもしれない。【8月13日 WEDGE】
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記事にもあるように、税制の問題、住宅価格の問題から、現実にはカリフォルニアからテキサスなど「レッドステート」に企業・住民が移動しています。

そのことは、「レッドステート」にとって新たな問題も。
移動してくる住民はリベラル色が強い傾向にありますので、結果、従来の保守的な「レッド」がブルーによって薄められることにもなってきます。

フロリダは今でも激戦州ですが、カリフォルニアからの企業・住民の移動が続くと保守の牙城テキサスがやがては激戦州に変化することも・・・あるのかも。

【バイデン政権 気候変動対策で攻勢】
銃規制・中絶問題・同性婚などの「文化」的な対立は、気候変動に対する考え方とも大きくダブります。
バイデン政権は気候変動対策を盛り込んだ大型歳出成立で、この面からも攻勢をかけようと目論んでいます。

****中間選挙前にバイデン氏の目玉政策成立へ 57兆円規模のインフレ抑制法案****
米下院は12日、気候変動対策や家庭負担を軽減する薬価引き下げ、財政赤字削減などを盛り込んだ歳出規模4300億ドル(約57兆4000億円)超の「インフレ抑制法案」を賛成多数で可決した。上院は7日に可決しており、近くバイデン大統領が署名して成立する。

予算規模は当初案から縮小したがバイデン政権の目玉政策で、11月の中間選挙に向け与党の民主党やバイデン氏にとって追い風になる。

夏季休暇中のバイデン氏は12日、法案の議会通過を受けて自身のツイッターに「今日、米国の人々は勝利した」などと書き込み、政策推進をアピールした。
「来週、法案に署名することを楽しみにしている」とも記し、処方薬や医療費が安くなることを実感できると有権者に訴えた。

法案は再生可能エネルギーへの投資や薬価引き下げ、財政改善に向けた巨大企業への最低税率導入などが柱だ。

ただ、バイデン政権が2021年の発足後に成長戦略の目玉政策として打ち出した3兆5000億ドルの大型歳出法案の縮小版でもある。当初の法案は民主党内から財政悪化への懸念が出て規模を半分に圧縮したが、共和党と議席が拮抗(きっこう)する上院で民主党のマンチン議員らが反対し同年末に頓挫していた。

今回、中間選挙を前に歳出規模をさらに縮小。歳出の大半を気候変動対策が占めるものの、名称を「インフレ抑制法案」とし、歴史的な物価高に見舞われる有権者への対応を重視する姿勢を強調した。

民主党のペロシ下院議長は12日、法案に関しバイデン氏と民主党にとって「大きな一歩だ」と述べ、民主党議員に選挙区で法案の効果などを説明するよう呼びかけた。

一方、共和党は法案に物価抑制の大きな効果はなく、新税が経済に悪影響を与えると批判している。11月8日に中間選挙が迫る中、政策をめぐる両党の舌戦は激しくなりそうだ。【8月13日 産経】
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【国民の最大関心事インフレは緩和に向かう可能性も】
看板を「インフレ抑制」にかけ替えたように、何と言っても中間選挙を左右するのはインフレ・経済問題。
ガソリン価格高騰など記録的なインフレの進行はバイデン政権の首を締めていますが、一方でアメリカの物価上昇もピークに達した感も。今後、物価上昇幅が縮小傾向を明らかにすれば、バイデン政権にとっては朗報ともなります。

****米インフレ、7月は予想外の減速 前年比8.5%***
米労働省が10日発表した7月の消費者物価指数は、前年同月比で8.5%の上昇となった。6月は9.1%と40年ぶりの高水準を記録していたが、過去数週間のエネルギー価格の低下により、インフレがわずかに和らいだ

CPI上昇率は市場の予測を下回る結果で、米連邦準備制度理事会への利上げ圧力が弱まり、今年11月の中間選挙を控えたジョー・バイデン政権にとって待望の追い風となる可能性がある。

CPIは前月比で小幅の上昇が予想されていたが、実際には横ばいとなり、5月比で大幅に上昇していた前月から大きく改善した。バイデン大統領は「7月のインフレ率が0%という経済ニュースを受け取った」とし、インフレが緩和し始めている可能性を示すものだとして歓迎。

一方で、世界的な課題は残っており、経済が「さらなる逆風」に直面する可能性があることを認めた。 【8月11日 AFP】
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シリア  政権支援の露・イランと反体制派支援のトルコが協調する奇妙な関係 悪化する難民の生活環境

2022-08-20 23:36:00 | 中東情勢
(【7月20日 SPUTNIK】 イラン・テヘランで7月19日、3者会談の前に写真撮影に応じるイラン・ライシ大統領(中央)、ロシア・プーチン大統領(左)、トルコ・エルドアン大統領(右))

【小康状態にあるものの小規模衝突も いくつもの対立軸が重層的に重なる】
以前は国際問題の中心課題のひとつであったシリア情勢については、反体制派が北部イドリブに拠点をもつものの、現地での内戦が小康状態にあることやウクライナでの新たな問題の発生などで、あまり大きな扱いをされることがなくなりました。

ただ、衝突がなくなっている訳でもありません。

****イスラエル、シリア首都近郊を空爆 兵士3人死亡、7人負傷****
シリア国防省は22日、首都ダマスカス近郊でイスラエル軍による空爆があり、シリア軍の兵士3人が死亡、7人が負傷したと発表した。イスラエルが占領するシリア領のゴラン高原方面から攻撃があったという。 【7月22日 AFP】
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****シリア 砲撃で子ども6人含む17人死亡 反体制派支配地域****
内戦が続くシリアで、反体制派が支配する北部の町に砲撃があり、17人が死亡しました。

19日、シリア北部バーブの住宅地や市場にロケット弾などによる攻撃があり、シリア人権監視団によりますと、子ども6人を含む17人が死亡、30人以上がけがをしました。

2011年から内戦が続くシリアで、北部のバーブはトルコの支援を受ける反体制派の管理下にあり、人権監視団はアサド大統領が率いる政府軍による「ここ数か月で最も恐ろしい大虐殺」だと指摘しています。

北部の別の町では16日に、トルコ軍が敵対するクルド人勢力を標的にしたとみられる空爆を行い、政府軍の兵士など11人が死亡していて、人権監視団は政府軍による報復だと非難しています。【8月20日 TBS NEWS DIG】
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上記の短い二つの記事だけでも、トルコの支援をうける反体制派とロシアの支援をうけるアサド政権政府軍の争い、アメリカが支援する北部クルド人勢力とトルコの争い、更に、イスラエルとシリア政府軍の緊張関係という異なる軸を持つ争いが重層的に続いていることがわかります。

【シリア北部クルド人勢力への攻撃を続けるトルコ・エルドアン大統領】
このうちクルド人勢力については、トルコ・エルドアン大統領は、シリア北部クルド人勢力が国内テロ組織PKKと結びついてトルコの安全を脅かしているとして、再三越境攻撃を行っています。エルドアン大統領はこの地域をトルコ管理下において、トルコ国内の370万人と言われるシリア難民を送り込もうとしているとも言われています。

また、エルドアン大統領はクルド人勢力支援から手を引くようにアメリカに求めています。

****トルコは、脅威が続く限りシリア侵攻を計画する****
エルドアン氏は、米国がシリアのクルド人武装組織を訓練・支援していると非難

トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領は、クルド人武装組織がトルコの安全を脅かし続ける限り、シリア北部で新たな軍事攻撃を行うエルドアン政権の計画は検討されるだろうと言っている。

エルドアン氏はまた、米国に対し、ユーフラテス川東部から軍を撤退させるよう要求した。そして同氏は、NATOの同盟国である米国が、トルコがテロリストであると見なしているシリアのクルド人武装組織を訓練・支援していると再び非難した。(中略)

5月にエルドアン氏は、シリアのクルド人武装組織を駆逐するためにシリアで新たな軍事作戦を行う計画を発表した。シリアのクルド人武装組織は、活動を禁止されているクルド労働者党(PKK)の延長線上にある、とトルコは主張している。

その計画には、シリアとの国境に沿って30キロメートルの安全地帯を設置するトルコの取り組みを再開することや、シリア難民がトルコから自主的に帰還できるようにすることが含まれている、とエルドアン氏は言っている。

トルコは2016年以降、シリアに3回の大規模な越境作戦を行い、すでに北部の一部の領土を支配している。
「トルコの安全保障上の懸念が解消されないうちは、我々は新たな作戦の検討を続けるだろう」とエルドアン氏は述べた。(中略)「米国はテロ組織を養っている。米国が撤退するか、テロ組織を養わなけば、我々の任務はすぐに、もっと楽になるだろう」

トルコは長い間、米国がシリアのクルド人武装組織を支援していることに憤ってきた。シリアのクルド人武装組織は、ダーイシュ(IS イスラム国)と戦う、米国が主導する部隊の中心を成している。(後略)【7月21日 ARAB NEWS】
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エルドアン大統領はシリア北部への越境攻撃はクルド人テロ勢力への対応であり、領土的野心はないとも。

****トルコ大統領「シリア領土は眼中になし」****
トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領は19日、シリアの領土を奪取するつもりはないと述べた。トルコはシリア北部でクルド人勢力への攻撃を強めている。

トルコは数日前、シリアのバッシャール・アサド政権軍が運営する国境検問所を空爆。17人を殺害したとされる。
シリア内戦を監視する団体によると、死亡したのは検問所に詰めていたクルド人民兵と政権軍の兵士。

トルコは空爆について、シリア国境沿いの拠点が攻撃を受け、トルコ兵2人が殺害されたことへの報復だと主張している。

一方でエルドアン氏は、緊張緩和に努めているとみられる。トルコメディアによると、ロシアの侵攻開始後、初めてウクライナを訪問して帰国する機内で、「シリア国民はわれわれの兄弟なので、シリアの領土は眼中にない」として、「(シリアのアサド)政権はこのことを認識しておくべきだ」と記者団に述べた。

エルドアン氏は2週間前、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と黒海沿岸のリゾート都市ソチで会談。シリアについても協議していた。

シリア北部においてロシアとの緊密な協力関係をさらに強化したい意向をプーチン氏に伝えたとして、「シリアでの行動について、ロシアに逐一連絡している」と述べていた。 【8月20日 AFP】
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【利害が交錯するロシア・トルコ・イラン アメリカ排除で協調】
上記記事最後にあるように、シリアで政府軍を支援するロシア・イラン、反体制派を支援するトルコの3か国首脳が19日イラン・テヘランで、シリアの最近の状況やテロ対策強化について意見交換を行うための「第7回アスタナ和平プロセスサミット」を実施しました。

「アスタナプロセス」とは、ロシア・トルコ・イラン3カ国のイニシアチブによる、シリア情勢の緊張緩和に向けた政策的な枠組みです。

****ロシア、イラン・トルコと3首脳会談 友好関係を誇示****
ロシアのプーチン大統領は19日、イランの首都テヘランで同国のライシ大統領、トルコのエルドアン大統領と3者会談を行った。

3首脳は会談後に共同声明を発表し、内戦が続くシリアの安定のため連携を強化するとし、一方的な対シリア制裁に反対を表明。同国内でのテロ組織の活動を非難した。

タス通信などが伝えた。ウクライナに侵攻したロシアはイラン、トルコとの友好関係を誇示し、欧米の圧力に対抗する狙い。協議はシリア内戦に介入する3カ国が設けた枠組みで行われ、3首脳はそれぞれ二国間会談も行った。

ロシアとイランはシリアでアサド政権を、トルコは反政権派勢力を支援している。トルコは5月、「テロ組織」とみなすシリア北部の少数民族クルド人の民兵勢力を掃討するため軍事作戦を行う方針を示した。エルドアン氏はこの日も「テロ組織に対し行動せずにはいられない」と強調した。

プーチン氏は問題をめぐり、3カ国の間には隔たりがあるとする半面、「この地域から米国が撤退すべきだという点では一致している」と述べ、シリア東部などに駐留する少数の米軍の撤退を求めた。(後略)【7月20日 産経】
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アサド政権を支援するロシア・イランと反体制派を支援するトルコが“友好関係を誇示”というのも奇妙な話ですが、シリア及び自国を含む国際情勢においてアメリカの影響力を排除したいという思いでは一致しているということでしょう。

もっとも立ち位置が異なるだけに、具体的な問題となると相違点が露出します。

イランの最高指導者ハメネイ師は、先に行われたエルドアン氏との会談で、「シリア北部への軍事攻撃は、どんなものであろうと、トルコとシリア、地域全体を間違いなく害する。そしてテロリストを利することになる」「交渉によってこの問題を終わらせる必要がある」と延べ、トルコのシリア北部への越境攻撃に釘を刺しています。

【避難先で国内情勢悪化のスケープゴートにされるシリア難民】
一方、シリアから国外に逃れたシリア難民は長期化する苦しい避難生活を続けていますが、避難国経済が最近の物価上昇など悪化するなかで、その不満の矢面に立たされる形にもなっています。

****シリア人に対する暴力増加、国連機関が発表****
国連当局によると、レバノンの各地で難民に対する外出禁止令を発令、パン屋にはレバノン市民を優先するよう要請している。

金曜日、国連難民機関がAP通信に伝えたところによると、レバノンは食料品価格の高騰や食料不足で悩まされる中、この数週間のうちに、シリア難民に対する差別や暴力が急増している。

「レバノン各地のパン屋で、レバノン市民とシリア人との間に緊張が走る場面が見られる。」と国連難民高等弁務官事務所のスポークスマン、ポーラ・バラチナ氏がAP通信に語った。「中には銃撃やシリア難民を棒を使って攻撃するケースもあった。」

国連世界食糧計画によると、レバノンは食糧安全保障危機に直面しており、国民の約半数が食料が足りていない状況であるという。また、食料品の価格高騰や、この3年間での通貨暴落に苦しんでいる。

バラチナ氏によると、レバノンの各地で難民への外出禁止令が発令され、パン屋にはレバノン市民を優先するよう要請が出ているという。(中略)

今月初めに、あるシリア難民がAP通信に語ったところによると、パン屋はレバノン市民に優先してパンを配るために、彼は何時間も待たされたという。

ソーシャルメディアで公開されたある動画では、レバノンの首都近郊に位置するBourj Hammoudのパン屋付近で、男らが集団でシリア人の少年を棒で殴ったり、顔を蹴るなどしている姿が映し出され、背後では銃声が鳴り響いている。

レバノン当局は先週、パン屋での喧嘩や乱闘を防止するため、治安委員会の結成を発表した。(中略)

レバノン近郊には、内戦から逃れて来たシリア難民、約100万人が暮らしており、その大多数が極度の貧困状態にある。

2019年以来、レバノン全域に住む全ての人々の間で、貧困が深刻化している。同国に暮らすレバノン人、シリア人、パレスチナ人が、毎週のように地中海を渡り、ヨーロッパに避難するために危険な航海をしている。

レバノン当局者の間では、シリア難民をシリア国内の紛争から安全と思われる地域へ強制帰国させる声が高まり、すでに崩壊しつつあるレバノンのインフラをシリア難民が圧迫していると非難している。

シリアの多くの地域では武力紛争が治まってはいるが、人権団体やUNHCRによると、人々が戻るにはいまだ安全ではないという。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、恣意的な拘束や拷問、多くの難民に対する人権侵害のケースを記録しているという。

レバノン政府はこのような懸念を無視し、シリア政府とダマスカスで、毎月最大15,000人の難民をシリアに帰国させる計画を調整している。【7月30日 ARAB NEWS】
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370万人という最多のシリア人難民を受け入れるトルコでも、トルコ国内情勢悪化のスケープゴートにされることが多くなっています。

****トルコが難民に新たな制限を導入****
トルコは、イード・アル・アドハー期間中にシリア人が本国に行くことを禁止し、地域に住む外国人の人数に制限を導入した

トルコは、社会的不満が高まる中、シリア人の国内移動を制限し、もうすぐ始まるイード・アル・アドハー休暇中に彼らが本国に行くことを禁止する新たな施策を導入した。

トルコのスレイマン・ソイル内相は、土曜日に首都アンカラで行われた記者会見において、移動制限に関する新たな注意事項を発表した。

7月1日から、各地域に居住できる外国人の割合は25%から20%に引き下げられ、1200地区では居住ができなくなる。

アンカラの難民・移民研究センターのメティン・コラバティル所長によると、シリア人は工業地帯に近い地区に住むことを好み、そこで生活のために低賃金で大半は違法に働いている。
「もし当局が彼らの居住に上限を設定したら、人権侵害であるだけでなく、彼らが重要な労働力として現在働いている工業拠点に影響を与えることになる」と、同所長はアラブニュースに語る。

トルコは400万人以上の難民を受け入れており、そのうち370万人がシリア人だ。

ベルリンのハーティースクール基本的権利センターに所属する研究者ベグム・バスダス氏は、これらの施策はいずれも移動管理とは認めることができないと考える。

「当局が導入した新たな制限は、状況がコントロール下にあると国民を欺くためのその場しのぎの対応であることに変わりはない」と、彼女はアラブニュースに対し語る。

「シリア人にいずれは帰って欲しいのであれば、政府と野党は国境を越えた関係を禁止するのではなく促進すべきだ。トルコにいるシリア人の半数は若者で、その多くはトルコ生まれだ。トルコで育った彼らにはシリアとの実際のつながりや記憶はない」とバスダス氏は言う。

「当局が『自主帰還』を真剣に考えているのであれば、シリアが安全に帰還できる場所になるまでは、人々が本国に行ってトルコでの生活に戻ることができるルートを確保するはずだ。トルコにいるシリア人の大多数は帰る場所がないと繰り返し言っており、今回の禁止はさらに可能性を制限してしまう」

国内で経済問題が高まり選挙が近づく中、シリア難民に対する暴力事件がエスカレートしている。最近、難民が子供を誘拐したという地元の噂をめぐり、70才のシリア人女性がトルコ人男性に顔を蹴られた。

難民たちは、過熱した国内政治のスケープゴートにされることが多くなり、トラブルを避けるために大抵は目立たないようにしている。(後略)【6月13日 ARAB NEWS】
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国内状況が悪化した際、不満のはけ口として非難の矛先が難民・外国人といった弱者に向けられるというのは各国共通の現象です。
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インド  モディ政権下で揺らぐ世俗主義・宗教的多様性 進むヒンドゥー至上主義

2022-08-19 23:38:04 | 南アジア(インド)
(インドで社会経済的に不利な立場にある「指定部族」出身の初の大統領として当選したドロウパディー・ムルムー氏(中央)は25日、宣誓就任後に演説し、自身の選出は「この国の全ての貧しい人の功績」だと述べた。ニューデリーで撮影【7月26日 ロイター】) 先導する兵士はシーク教徒でしょうか。一見、宗教的多様性を示すようなエピソード・画像ではありますが、インド社会の実像は・・・)

【大統領に「指定部族」出身政治家 バイデン大統領「インドは欠かせないパートナー」】
インドを主導する政治家と言えばモディ首相ですが、インドには国家元首としての大統領も存在します。

7月25日、ドロウパディー・ムルムー氏(64)が「指定部族」出身の初のインド大統領に就任しました。

****指定部族****
インド亜大陸における指定部族とは、インド社会においてヒンドゥー教やイスラーム教などの大宗教に属さず、固有の文化を保ちつづけてきたとみなされるコミュニティを指す名称である。【ウィキペディア】
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****インド初の指定部族出身大統領が就任、「全ての貧しい人の功績」****
インドで社会経済的に不利な立場にある「指定部族」出身の初の大統領として当選したドロウパディー・ムルムー氏(64)は25日、宣誓就任後に演説し、自身の選出は「この国の全ての貧しい人の功績」だと述べた。

与党インド人民党(BJP)が大統領候補に擁立し、先週行われた間接選挙で選出された。任期は5年。主に儀礼的な役割を果たす大統領への同氏の就任は、2024年までに予定されている総選挙を控え、モディ首相にとって人口14億人の8%強を占める指定部族コミュニティーを取り込む狙いがあると見なされている。

元教師で州知事を務めたムルムー氏は、女性としては2人目の大統領。東部オディシャ州で「サンタル」部族の貧しい家庭に生まれた。【7月26日 ロイター】
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国家元首たる大統領にヒンドゥー教やイスラーム教などの大宗教に属さない「指定部族」出身者が・・・さすが「世界最大の民主主義国」と言いたいところですが、インドにおいては大統領は概ね形式的・象徴的な存在にすぎず、これまでも政治的意図をもってマイノリティに割り当てられています。

今回も、そうした慣例に従った“選挙対策”の色合いが濃いように思えます。

****インドの大統領****
任期は5年。両院議員、及び州議会議員による間接選挙で選出される。所属議会ごとに議員の持ち票は異なり、連邦議会と州議会の総票数がほぼ同じになるよう、また州議会議員票は州人口ごとの一票の格差がなるべく生じないよう調整される。

インドは議院内閣制の政体をとっており、元首である大統領は概ね形式的・象徴的な存在である。法案の最終的な裁可や首相や最高裁判所長官の任命、緊急命令の発令などの権限は概ね、憲法規定どおりに執行したり、内閣の助言の通りに執行することとなる。

しかし、三権の機関による憲法に反する決定を執行しない義務があり、可決された法案を議会に差し戻す権限など、憲法や財政規律を擁護するための判断権が留保されている。

歴代首相が北インドの有力なヒンドゥー教徒にほぼ独占されてきたのに対して、大統領職は民族的少数派である南インド・ドラヴィダ系の人々やムスリム、シク教など宗教的マイノリティに割り当てられることが多い。政治的実権は首相に握られている。【ウィキペディア】
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今年インドは独立75周年を迎えました。

****バイデン氏、インドは「欠かせないパートナー」 独立75周年で祝意****
バイデン米大統領は14日、インド独立75周年に際し声明を発表し、祝辞を贈った。米国とインドは「欠くことのできないパートナー」であり、この先何年もの間、世界の課題に取り組むべく協力し続けるだろうと述べた。 

インドは15日、英国の植民地支配からの独立75周年を迎える。 バイデン氏は声明で「米国は(インドの独立運動を主導した)マハトマ・ガンジーの真実と非暴力という不朽のメッセージに導かれた民主主義の歩みをインドの人々とともにたたえる」と述べた。 

また「インドと米国は欠くことのできないパートナーであり、米印戦略的パートナーシップは法の支配と人々の自由と尊厳の促進に対する共通のコミットメントに基づいている」と指摘。 インド系米国人コミュニティーが、米国をより革新的で包括的かつ強力な国家にしたとも述べた。【8月15日 ロイター】
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アメリカがインドを中国包囲網に止めおきたいと躍起になっているのは周知のところ。
今回メッセージもそうした思惑の表れでしょう。

【モディ首相もとで進むヒンドゥー至上主義】
しかし、「指定部族」出身が(形式的)大統領に就任しようと、アメリカ・バイデン大統領が「価値観を共有する不可欠のパートナー」と持ち上げようが、これまでも再三取り上げてきたように、モディ首相のもとでインドはヒンドゥー至上主義を強めつつあり、果たして「価値観を共有する」と言えるのか疑わしい感も。

****印、強権「ブルドーザー政治」 イスラム教徒の住宅破壊 ヒンズー至上主義、与党に批判の声****
国民の約8割がヒンズー教を信仰するインドで、自治体がイスラム教徒の住宅や店を重機で撤去する動きが相次いでいる。

当局は「違法建築」をその理由に挙げるが、4月にはヒンズー教徒との衝突に関与したとされるイスラム教徒の家や店が壊されていて、狙い撃ちにされた可能性もある。(後略)【6月7日 毎日】
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****ボリウッド人気俳優、最新作ボイコット騒動 高まるイスラム教徒への圧力****
インドの人気俳優でイスラム教徒のアーミル・カーンさんの過去の発言をめぐり、カーンさんが主演を務める最新作のボイコットを呼び掛ける動きが広がっている。

インドでは、ヒンズー至上主義を掲げるナレンドラ・モディ首相の下、映画界ボリウッドでも少数派であるイスラム教徒に対する圧力が高まっている。

カーンさんは『きっと、うまくいく』や『ダンガル きっと、つよくなる』などの大ヒット映画で主演を務めた。
最新作『ラール・シン・チャッダ(原題)』は、トム・ハンクスさんが主演を務めた1994年のハリウッド映画『フォレスト・ガンプ/一期一会』をリメークしたもの。今年最大のヒット作の一つになると期待されている。

しかし、11日の公開を前に、カーンさんの2015年のインタビューに注目が集まった。カーンさんはその中で「恐怖心」が高まっているとし、当時の妻とインドを離れることも話し合っていると語った。
「妻は、子どものことや私たちを取り巻く雰囲気がどうなっていくのかと恐れ、毎日、新聞を開くのを怖がっている」

ツイッターでは、カーンさんの最新作のボイコットを呼び掛けるハッシュタグ「#BoycottLaalSinghChaddha」が作られ、先月以降20万件以上ツイートされた。その大半が、与党・インド人民党の支持者によるものだった。

ある人はツイッターに「アーミル・カーンはヒンズー教徒の女性2人と結婚したのに、子どもにはジュナイド、アザド、アイラと名付けた。(共演者でヒンズー教徒の)カリーナ(・カプール)はイスラム教徒と結婚し、子どもにタイムール、ジェハンギールと名付けた」と投稿。子どもたちが典型的なイスラム教徒の名前であることに言及した。

「これだけでもラール・シン・チャッダをボイコットするのに十分な理由になる。基本的にこの作品はボリウッドのラブ・ジハード(聖戦)・クラブによるものだ」と続けた。ラブ・ジハード・クラブとはイスラム教徒の男性がヒンズー教徒の女性に結婚を機に改宗を強制していると非難する、ヒンズー至上主義者が作った差別表現のこと。

■愛国心
「ミスター・パーフェクト」の異名を持つカーンさんは、ボリウッド映画を伝統的な歌と踊りを超えた社会的・文化的な問題を扱う作品に押し上げようとしていることで知られる。

レイプやドメスティックバイオレンス、汚職といった繊細な話題を議論するトーク番組「Satyamev Jayate(真実のみが勝つ)」の司会を務めたこともある。

最新作をめぐる騒動を受けて今月初旬、カーンさんは愛国心があることを強調した。
地元メディアに対し、「私がインドを好きではないように思っている人がいるようで悲しい」と語り、「事実ではない。私の映画をボイコットしないでほしい。作品を見てください」と訴えた。

カーンさんは、シャー・ルク・カーンさんやサルマーン・カーンさんと並ぶ、イスラム教徒である大スターの一人。そのアーミル・カーンさんにかけられた圧力は、少数派に対する不寛容や排斥、中傷が高まっていることを反映していると、評論家は指摘する。

匿名を条件にAFPの取材に応じたある評論家は「アーミルが、イスラム教徒に対する憎悪を拡散させている層から標的にされたのは間違いない」と述べた。 【8月11日 AFP】
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【2002年グジャラート州暴動時の集団レイプ・殺害の服役囚 恩赦で出獄 英雄のような歓迎をうける】
モディ氏は若い頃からヒンドゥー至上主義を掲げる民族義勇団に所属しており、イスラム教に対する憎悪を煽る演説を行っていましたが、2002年、モディ氏がグジャラート州首相を務めていたとき、イスラム教徒が1000人、あるいは2000人殺害される暴動が起きました。この事件への州首相モディ氏の関与が疑われていましたが、モディ氏は否定。その間にモディ氏はインド首相の座を得て、疑惑も封印されることに。

裁判ではモディ氏の関与否定が確定していますが、一部の側近は事件に関与したと判断されています。【ウィキペディアより】

この2002年グジャラート州暴動のさなかイスラム教徒妊婦が集団レイプされ、3歳の娘を含む家族7人が殺害される事件がありました。犯人11名は終身刑で服役していましたが、今度「恩赦」で解放され、「英雄」のような歓迎をうけたとか。

****集団で強姦と殺人を犯した11人が釈放...英雄のような歓迎を受け、批判が殺到****
<イスラム教徒に対する暴動の中で妊婦が集団で暴行を受け、家族が殺害された事件の犯人に恩赦。ヒンドゥー民族主義とのかかわりも指摘される>

2002年に妊婦を集団でレイプし、3歳の娘を含む家族7人を殺害した罪で有罪判決を受けた11人の男に、インドの裁判所が恩赦を与えた。これによって11人の受刑者が釈放されたことで、この事件が再び世間を騒がせている。8月15日、刑務所から出てきた11人を待っていたのは、英雄を迎えるような歓迎だった。

11人は、2002年にインド西部のグジャラート州で起きた大規模な暴動において、当時21歳のイスラム教徒ビルキス・バノさんを集団レイプし、その家族を殺害した罪で、2008年に終身刑の有罪判決を受けていた。ロイターによれば、バノさんは当時、妊娠5カ月だった。

ソーシャルメディアで拡散された動画には、釈放された11人が、親族からお菓子を配られたり、敬意の印として足に触れられたりしている様子が映っている。

2002年2月、ヒンドゥー教の巡礼者59人を乗せた列車が炎上し、乗客全員が死亡するという事件が起きた後、イスラム教徒の迫害が始まった。事件の報復として、グジャラート州だけで2000人近くが刃物、銃、炎によって命を奪われた。犠牲者の大部分がイスラム教徒だった。

騒動のさなかにあった3月3日、畑に避難していたバノさんの家族が、鎌や剣、棒を振り回す20~30人の集団に襲われた。一連の恐ろしい暴動のなかでも、バノさんに対する集団レイプは、インドの少数派であるイスラム教徒たちの神経を逆なでする出来事だった。

被害者は「正義への信頼を揺るがされている」
2022年8月15日の夜、レイプ犯たちが釈放されたという事実を受け入れることができず、バノさんは言葉を失った。

バノさんの夫であるヤクブ・ラスールさんはインディアン・エクスプレスの取材に対し、こう語った。「私たちの長年にわたる戦いが、一瞬にして終わりを迎えた。裁判所によって下された終身刑の判決が、このような形で短縮されるなんて......。私たちは、『恩赦』という言葉を聞いたことすらなかった。そのような制度が存在することすら知らなかった」

バノさんは、声明の中で次のように述べている。「女性のための正義がなぜ、このような終わりを迎えるのか? 私は、この国の最高裁判所を信頼していた。私は裁判制度を信頼し、トラウマとともに生きることをゆっくり学んでいた。これらの受刑者が釈放されたことで、私は心の安らぎを奪われ、正義に対する信頼を揺るがされている」

バノさんはさらに、「これほど重大で不当な決定を下す前に、誰も、私の安全や幸福について尋ねなかった......。恐れることなく平和に生きる権利を返してほしい。家族と私の安全を守ってほしい」と語り、グジャラート州政府に決定の撤回を求めた。

BJP政権になってからイスラム教徒への攻撃が激増
(中略)地元のイスラム政党を率いるアサドゥディン・オワイシ議員は、11人の受刑者の釈放を非難したうえで、ナレンドラ・モディ首相と与党のインド人民党(BJP)を、「そのような人々に見返りを与えている」として批判した。2002年に暴動が発生したとき、モディはグジャラート州の首相だった。

インド人民党はヒンドゥー民族主義の政党であり、今回の決定については、野党、活動家、ジャーナリストから痛烈に批判されている。BBCによれば、2014年にインド人民党政権が成立してから、イスラム教徒に対する攻撃が激増しているという。【8月19日 Newsweek】
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【国民の8割を占めるヒンドゥー教徒という大票田を前に、勢いがない野党の政府批判】
モディ首相のもとで進むヒンドゥー至上主義的傾向に対して国民会議派など野党は政府批判はするものの、“国民の8割を占めるヒンドゥー教徒という大票田を前に、今一つ政府批判には勢いがない”のが実情です。

****揺らぐインドの世俗主義と多様性****
モディBJP「一強」がもたらす「右傾化」と「ヒンドゥー化」

インドの「国是」とも言うべき「政教分離」や「多様性」が揺らいでいる。若者や都市中間層の圧倒的な支持を受けて2014年に政権の座に就いたモディ首相率いる与党・インド人民党(BJP)だが、その最大の支持母体であるヒンドゥー教団体・民族奉仕団(RSS)の意向を強く反映、ヒンドゥー色の濃い政策を相次ぎ実施、イスラム教徒に対する差別的な政策を施行している。

最大野党となった国民会議派など野党は警戒感を強めているが、国民の8割を占めるヒンドゥー教徒という大票田を前に、今一つ政府批判には勢いがない。

聖地バラナシ―に巨大寺院群
「この寺院群は単なる建築物ではない。我々のヒンドゥー教文化と精神の象徴なのだ」ーー。2021年12月13日、ガンジス川の沐浴で知られるヒンドゥー教の聖地バラナシー(北部ウッタルプラデシュ州)で開かれた「カーシー・ヴィシュワナート寺院回廊」の竣工式でスピーチしたナレンドラ・モディ首相は、この一大プロジェクトの意義を繰り返し強調した。(中略)

この宗教都市バラナシーはモディ首相の選挙区でもあり(本人は西部グジャラート州出身)、22年春に実施されるウッタルプラデシュ州の議会選を強く意識した政治パフォーマンスであることは明らかだろう。

モディ首相は2020年8月にも、同じウッタルプラデシュ州のアヨディヤで再建が決まったヒンドゥー教寺院の起工式に出席、RSSのモハン・バグワット総裁とともに祝辞を述べた。

アヨディヤはヒンドゥー教のラーマ神の生誕地とされ、1992年に政治家に扇動されたヒンドゥー教徒の集団によって破壊されたモスク(イスラム教礼拝所)があったことから、長年宗教対立の象徴となってきたといういわくつきの場所だ。

一国の首相がこうした宗教行事に積極関与するということはどう考えても政教分離の原則に反すると思うのだが、10億人を超えるヒンドゥー教徒を抱えるインドにおいてはほとんど問題になっていない。

政権交代から間もない2015年、与党BJPが政権を握るデリー郊外のハリヤナ州や商都ムンバイを擁する西部マハラシュトラ州など各州で相次いで「牛のと殺禁止」や「牛肉の販売禁止」などの法律が施行された。

ヒンドゥー教徒にとって、牛は神様の使いとして神聖視されており、これを殺して食べるなどもってのほか、というわけだ。この余波で北部ウッタルプラデシュ州西部のダドリ村では、食用目的で牛肉を所持していたとされるイスラム教徒が隣人らによって暴行を受け死亡するという事件も起きた。(中略)

法律で改宗を阻止
同様にBJP政権下にあるウッタルプラデシュ州では昨年11月、「2020年違法改宗禁止条例」が施行された。これは主にヒンドゥー教徒の女性と結婚するイスラム教徒の男性を念頭に、結婚に際して妻を改宗させることを阻止するのが目的、と指摘されている。

この根底にあるのが「ラブ・ジハード(恋愛による他宗教の排撃)」という一種の陰謀論で、出生率でヒンドゥー教徒を上回るイスラム教徒がどんどん人口を増やし、やがてインドにおいて多数派となってしまう、と危機感をあおっている。

イスラム教徒は総人口1億8000万人を数えるインド最大の「マイノリティ」だが、近年は出生数が顕著に低下しており10億人超のヒンドゥー教徒を数で上回る可能性は数十年単位で見ればまずあり得ない。こうした論法に対してはイスラム教徒団体はもちろん、穏健なヒンドゥー教徒からも異論が相次いでいる。

現地紙によると、同法の施行から1年間でイスラム教徒男性やその親族ら340人が立件され、72人が起訴されている。同様の法律は多くの州で施行されているが死文化しているものも多く、実際に検挙されるケースは少なかった。しかし20年12月には北部ヒマチャル・プラデシュ州、21年1月には中部マドヤプラデシュ州で新たに施行されており、人権団体やNGOなどは「国民による改宗の自由を奪うもの」と非難している。(中略)

世俗主義の揺らぎに高まる危機感
野党も決して沈黙しているわけではない。(中略)しかし、それでも10億人を超えるヒンドゥー教徒が政治においては最大かつ最重要の票田であることに変わりはない。

国民会議派のラフル・ガンディー前総裁はここ数年、各地の州議会選キャンペーンで頻繁に地元のヒンドゥー寺院を訪問し敬虔なヒンドゥー教徒をアピールする一方、「穏健なヒンドゥー主義」を掲げるようになった。政治の舞台でヒンドゥー教徒を敵に回すことはできないのである。【1月4日 山田剛氏 日本経済研究センター】
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女性問題  英スコットランドでは世界初の「生理の貧困」対策 アフガニスタンの建前と現実の乖離

2022-08-18 23:25:56 | 女性問題
(【2021年3月5日 日テレNEWS24】 学生団体による調査 
厚労省が今年2月にインターネットで実施した調査(18~49歳の3000人から回答)では、生理用品の購入や入手に苦労したことが「よくある・ときどきある」との答えは8.1%。【4月18日 東京】)

【英スコットランド 「生理用品の無償提供は平等と尊厳の基礎であり、経済的な障壁を取り除くものだ」】
世界の多くの国々で、女性の権利が制度的、あるいはインフォーマルに仕組みによって制約を受けており、その地位の向上に向けた取り組みがなされています。

その取り組みは、生存に関わるもの、就業・教育といった基本的な人権に関するものもあれば、女性が適正に処遇されるためのより高次な取り組みもあります。

最近注目されているのが、経済的な理由で生理用品を購入できない女性がいるという「生理の貧困」という女性特有の問題です。

****スコットランド、生理用品の無償提供を自治体に義務付け 世界初****
英北部スコットランドで15日、生理用品を必要とする人への無償提供を学校や自治体などに義務付ける法律が施行された。英BBC放送によると、生理用品を無料で入手できる権利が法制化されたのは世界初という。

経済的理由で生理用品を買えない「生理の貧困」が世界各地で社会問題となる中、スコットランド議会は2020年に全会一致で法制化を支持していた。この日施行された法律の対象者は「生理用品を必要とする全ての人」とされ、今後は学校などの公共施設で無料で入手できるようになる。

スコットランド自治政府は17年以降、法制化に向けて2700万ポンド(約44億円)を投じて取り組みを進めてきた。自治政府のロビソン社会正義担当相は施行前日の14日、「生理用品の無償提供は平等と尊厳の基礎であり、経済的な障壁を取り除くものだ。世界で初めてこのような行動を取った(自治)政府であることを誇りに思う」との声明を出した。

英紙ガーディアンはスコットランドの市民団体が18年に公表した調査を引用する形で、女性は月平均13ポンド(約2100円)を生理用品の購入に支出し、生涯では数千ポンドに上ると伝えている。

だが近年は新型コロナウイルス禍などの影響もあり、困窮した女性が生理用品を入手できないケースも指摘されている。こうした中、日本でも対策に乗り出す自治体が徐々に増加。スコットランド自治政府によると、韓国やニュージーランドでも同様に無償化の動きがあるという。【8月17日 毎日】
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上記記事にもあるように、日本でも自治体独自の取り組みは増加しつつあります。
「生理の貧困」に係る地方公共団体の取組(第2回調査 2021年7月20日時点)(内閣府男女共同参画局)によれば下記のようにも。

****生理の貧困」に係る地方公共団体の取組(第2回調査 2021年7月20日時点)*****
【調査結果】
「生理の貧困」に係る取組を実施している(実施した・実施を検討している)ことを今回把握した地方公共団体の数は581団体。 ※前回調査(第1回調査 2021年5月19日時点)で把握した地方公共団体の数は255団体。

調達元としては、防災備蓄が最も多く、次いで予算措置(予備費の活用も含む。)、企業や住民等からの寄付が多い。 

社会福祉協議会や教育委員会と連携して取組を実施している例や、民間事業者と協定を締結して無料のナプキンディスペンサーを設置することで継続的に支援を 行う仕組みを構築している例もある。
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英スコットランドに話を戻すと、世界初の試みではありますが、いろいろと試行錯誤はあるようです。

*****「生理の尊厳担当官」に男性任命、広がる反発 英スコットランド****
英スコットランドのテーサイド地方で17日、初代「生理の尊厳担当官」に男性が任命され、激しい反発が広がった。女子テニスの元スター選手マルチナ・ナブラチロワ氏はこの決定を「ばかげている」と呼んだ。

スコットランドで初めて設置された「生理の尊厳担当官」に任命されたのは、エディンバラの北にあるダンディー市出身のジェイソン・グラント氏。生理用品の無償提供を推進するほか、閉経をめぐる問題についての議論も求められる。

四大大会(グランドスラム)で18回の女子シングルスで優勝18回のナブラチロワ氏は、男性の「生理の尊厳担当官」任命を受けて、「私たち(女性)が男性にひげのそり方や前立腺のケアなどを説明しようとしたことがあっただろうか? こんなのばかげている」とツイッターに投稿した。

英ラジオ局LBCスコットランド支局政治部のジーナ・デビッドソン記者は、娘を連れた女性と生理用品について話すグラント氏の写真が公開されたことを受けて、任命を「マンスプレイニングの典型」と評した。

マンスプレイニングとは、「女性は男性よりも知識がない」というジェンダー的な偏見に基づき、男性が女性を見下したような態度で物事を説明する行為のこと。

コラムニストで女性の権利活動家でもあるスーザン・ダルゲティ氏は「なぜ男を任命することが良い考えだと思ったのか、理解できない」とツイートした。

グラント氏は就任に当たりコメントを発表。「男性であることは障壁を取り除き、偏見を減らし、より開かれた議論を促すのに役立つと思う」「生理の影響を直接受けるのは女性だが、全員にとっての関心事だ」と述べた。 【8月18日 AFP】
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状況を改善していくのに男性も女性も関係ない・・・というのは、一応の理屈ではありますが、現実的には不自然な感じも。

【「女子は敬意を払われるべき存在」と言いつつ、現実には著しい女性の権利侵害】
「女性は男性よりも知識がない」というジェンダー的な偏見に基づき、男性が女性を見下したような態度で物事を説明する“マンスプレイニング”は、このような書き方をすればわかりやすいですが、「女性は肉体的にも、社会的にも弱い存在なので守ってやらねばならない」という話になると、現実世界にも多くの事例が。

そうした「守ってやらなければ」という保護・制約と「母性保護」という観点の取り組みの間には微妙な重複・相違があるようにも。

「守ってやらなければ」ということを建前にして、現実には女性の権利が著しく侵害されているのがイスラム世界であり、特に、タリバン支配化のアフガニスタン。

アフガニスタンでの女性問題については、8月14日ブログ“アフガニスタン 「8月15日は暗黒の日」 戦い続ける女性 「一日も早く学校に通いたい」と願う少女”でも取り上げました。

****「教育に反対する人はいない」 タリバン高等教育相インタビュー****
アフガニスタンのタリバン暫定政権のアブドル・バキ・ハッカーニ高等教育相が、首都カブールで毎日新聞の取材に応じた。

国際社会から懸念が出ている女子教育の制限について「アフガンで教育に反対している人はいない」と述べ、国立大学には女性も通っていると強調した。

再開が延期されている女子の中等学校(日本の中学、高校に相当)については資金不足で女子生徒のための交通手段など「イスラム法に則した」学習環境を整備できないことが理由だと主張した。

タリバン暫定政権は今年3月に中等学校の女子生徒の通学を再開するとしていたが、予定日当日に急きょ延期が発表された。ハッカーニ氏は「我々は資金不足に直面し、男女を別々の場所で教えるための十分な施設がない」と訴えた。

さらに「アフガン社会では、女子は敬意を払われるべき存在だと考えられている」と説明し、男子生徒のように徒歩や公共交通機関で通学するのではなく、車などの通学手段が確保されるべきだと主張した。こうした学習環境整備のために「世界中に支援をお願いしている」と述べた。

タリバン内部で女子教育に反対する声があるとの指摘もあるが、ハッカーニ氏は「我々は教育はすべての人のためのものだと考えている」と否定。一方で「我々にとって重要なのはアフガン社会やイスラム教の信仰に即した方法でなくてはならないということだ」と繰り返した。

報道によると、国連は国際会議などに出席するために一部のタリバン暫定政権幹部を制裁の対象外としてきたが、ハッカーニ氏ら2人を制裁対象に戻した。ハッカーニ氏は「ほかの国に渡航して高等教育の分野で支援を求めることができない」として「アフガンの発展を阻害する動きだ」と批判した。

タリバン暫定政権下では大学の他、小学校でも女子の授業が行われている。

◇大学も男女別学に
これまでアフガンの大学では共学が認められてきたが、タリバン暫定政権は女子学生への配慮のために男女共学を禁止した。当事者である女子学生はどう考えているのだろうか。

8月上旬にカブール大を訪ねると、試験を終えた大勢の女子学生が連れ立って門を出てきた。同大では男女の登校日が分けられ、この日は女子の登校日だった。構内の取材許可は得られず、少し離れた場所で友人と帰宅中のナルゲスさん(21)に声をかけた。

ナルゲスさんは周囲を気にしながら「勉強を続けることができて良かった」と話す一方で「タリバンが政権に就くまで毎日登校できたが、いまは週3日しか登校できないので、その他の日は自宅で勉強している。奨学金で日本で勉強できないか」と訴えた。【8月18日 毎日】
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女子は敬意を払われるべき存在、車などの通学手段が確保されるべき、しかしそうした環境整備のための資金がないので女性の通学は認めない・・・奇妙な論理です。詭弁と言うべきでしょう。

男子生徒のように徒歩や公共交通機関での通学に危険があるというのであれば、対処すべきはそうした危険を生んでいる男性への対応でしょう。

必要なのは、女性に自体に閉じこもることを強要し、顔を覆うことを求めることではなく、女性に危害を及ぼす男性の男根を切除することでしょう。

女性だけの外出が認められず、就業も著しく制約される状況では、男性がいない母子家庭は生きていく術がありません。

****タリバン最高幹部に単独インタビュー 「女性の権利の問題」認識するも「問題とは思わない」****
イスラム主義組織タリバンがアフガニスタンの実権を握って1年。最高幹部の一人・ムッタキ外相代行が、日本メディアの単独インタビューに初めて応じ、「女性の権利の問題は認識」するも「問題だとは思っていない」と述べました。

JNNは、アフガニスタン第二の都市・カンダハルで、タリバン最高幹部の一人・ムッタキ外相代行と接触。ムッタキ氏は、20年前のタリバン政権時代に閣僚をつとめ、前アフガン政権やアメリカとの和平交渉の際、タリバンの代表団を率いていました。

タリバン ムッタキ外相代行
「(予算内で)約8000人の職員の給与を支払い生活を維持できています」

国の統治は順調に進んでいると強調したムッタキ氏。女性の権利や教育への厳しい制限が、男性がいない母子家庭の命を脅かすとの指摘については。

タリバン ムッタキ外相代行
「我々は9200人の女性の職員を抱えています。多くの部署で女性が活躍しています。つまり問題として取り上げられるレベルのものとは認識していません。我々は女性の権利を守るために、具体的な政策を実施できるように努力しています」

このように述べたものの、女性の権利をめぐる具体的な策については明らかにしませんでした。【8月18日 TBS NEWS DIG】
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「問題として取り上げられるレベルのものとは認識していない」・・・これは事実隠蔽でしょう。あるいは都合の悪い現実を見ようとしていないとも。
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中国  「北戴河」終えて3期目に向かう習主席 経済は中長期的に成長率減速 愛国主義過熱の懸念も

2022-08-17 23:04:56 | 中国
【中国人が日本の浴衣を着ただけで「騒ぎを起こし、秩序を乱した」】
いささかうんざりする話。

****拘束の理由「浴衣だから」 警察が女性を連行...中国****
中国にある日本を再現した飲食店街で起きた出来事が、今、物議を醸している。

警察「中国人としてどうなんだ! 君は中国人なんだぞ!」
中国・蘇州市の日本の飲食店などが多く並んでいる繁華街で、ピンクの浴衣を着た中国人の女性が警察に詰め寄られた。

女性「写真を撮りに来ただけです」
警察「中国の服を着ていれば何も言わない。君が着ているのは日本の浴衣じゃないか!」

「浴衣を着ている」という理由で、怒鳴りつけられた女性。このあと、警察に連行された。
どんな罪を犯したというのだろうか。

女性「理由は何ですか?」
警察「騒動挑発罪だ! わかったか!」
浴衣を着ていただけで、「騒ぎを起こし、秩序を乱した」という。女性は警察に5時間拘束され、浴衣も没収された。【8月17日 FNNプライムオンライン】
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日中関係は政治的にいろんな課題・難題もある一方で、経済関係など互いを必要としている面もあり一定の配慮がなされることも。
中国国民の間に根深い反日感情はありますが、コロナ前の往来が盛んだった頃には日本の優れた面に目を向ける動きも。

そうしたなかにあっても、日本の浴衣を着てるだけで「騒ぎを起こし、秩序を乱した」と決めつけられるというのは暗澹たる気分にもなります。

“インターネット上には「和服がダメなら、洋服は何の罪になるんだ」と女性を擁護する書き込みが目立つ一方、「公共の場での和服着用は規制しなければ」と当局を支持する意見もある”【8月16日 読売】

“根深い反日感情”の残滓か、あるいは、“中華民族の偉大な復興”“中国の夢”を語る習近平主席のもとで強まる民族主義・愛国主義のなせるわざか。

【「北戴河会議」を終えて、習主席は3期目に向けて足固めか】
河北省の避暑地に中国共産党の現役、引退幹部らが非公式に集まり、重要方針や人事の調整が行われる「北戴河(ほくたいが)会議」が終了したようです。非公式ながらも国の方針を決定する最重要政治イベントです。

****習氏が地方視察 「北戴河」終えて党大会モードか****
中国国営新華社通信は17日、習近平国家主席が16日に東北部の遼寧省を視察したと伝えた。河北省の避暑地に中国共産党の現役、引退幹部らが非公式に集まる「北戴河(ほくたいが)会議」が終了したとみられ、習氏は今後、秋頃に開かれる党大会に向けて公的活動を再開させた形だ。

習氏は、遼寧省錦州市の森林公園などを視察した。自身が掲げる格差縮小を目指すスローガンである「共同富裕」について触れ、「中国式の現代化とは、人民全体が共に豊かになることだ」と強調。自身の政策を強調し、今後にも意欲を示したとみられる。

党序列2位の李克強首相も16日、南部の広東省深圳(しんせん)市で経済政策に関する会合を開いたと新華社が伝えている。習氏ら党最高指導部メンバーに関して目立った動静が半月程度伝えられていなかったため、16日までに北戴河会議が終了したと受け止められている。

北戴河会議は正式な会議ではなく、内容のみならず開催したかどうかさえ公表されない。会議では、党内の意見調整を行っていると指摘される。

習氏は、党大会で最高指導者として異例の3期目入りを目指しており、人事などの根回しが水面下で進められた可能性がある。【8月17日 産経】
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“内容のみならず開催したかどうかさえ公表されない”イベントですから、どういう話し合いがなされたかは一切わからず推測するしかありません。

最近、“ゼロコロナ政策”の維持に寄って経済が停滞し、一分には“李昇習降”といった動きもあるとも言われていましたが、習近平主席が“身の政策を強調し、今後にも意欲を示した”というあたり、習主席は無難に「北戴河会議」を乗り切り、3期目に向けて足固めを実現したと見るべきでしょうか。

“ペロシ米下院議長の台湾訪問に軍事的威圧などで強い姿勢を示した政権の評価は高まっており、秋の共産党大会で3期目を見据える習氏に追い風が吹いている。”【日本メディア】とも。

習主席主導で、党大会で読み上げられる政治報告の起草も水面下で進んでいるとも報じられています。

【経済的には中長期的に減速マイナス要因】
政治的には秋の党大会で3期目を実現し、長期政権を見据える習主席ですが、経済的には足元の“ゼロコロナ政策”の影響だけでなく、中長期的に見ても、今後厳しい局面が予想されています。

****中国の高度経済成長、予想より早く終わる可能性****
1.高度成長時代の終焉を迎えている可能性
(中略)そして今、いよいよ高度成長時代の終焉を迎えようとしている。(中略)1978年の改革開放政策開始後、年間成長率が5%を下回ったのは天安門事件の1989年(4.2%)と翌年の90年(3.9%)しかなく、2020年(2.2%)はそれ以来初めての5%割れである。

そして今年も5%に届かず、4%程度の成長率となる見通しである。広い意味で高度成長と言えるのは実質成長率が平均的に5%を上回る期間と考えれば、中国経済は2020年を境にすでに高度成長時代に終わりを告げた可能性がある。(中略)

まだ高度成長時代の終焉が確定したわけではないが、中国経済の局面が変化したと感じさせるいくつかの要因が生じている。以下ではその点について整理してみたい。

2.足許の成長率を低下させた短期的要因
高度成長期と安定成長期の一つの大きな違いは期待成長率の差である。人々が常に5〜10%の経済成長を実現できると信じていれば、それに合わせて生産、投資、雇用などの計画を立てる。

しかし、成長率が5%に達しないという期待が広く共有されれば、生産計画は縮小し、投資規模も抑制され、賃金上昇率も低下し、購買意欲も低下する。こうして経済は安定成長期に入る。

2020年以降の成長率の低下の原因が、短期的な特殊要因であれば、その要因が解消するとともに、再び5%台の成長に戻る可能性が高い。

そうした観点から足許の経済下押し要因を見ると、短期的な特殊要因であると考えられるものが2つある。

1つ目は、ゼロコロナ政策の有効性低下と経済への悪影響のリスクの高まりである。(中略)

2つ目は、若年層の失業率の増大である。
全体の失業率は2022年4月に6.1%に上昇したが、6月には5.5%に低下した。しかし、16〜24歳の若年層の失業率は6月に19.3%に達した。

これは、第1に今年の大学卒業者数が1076万人と昨年に比べて一気に167万人も増加したこと。第2に大卒者に人気があるIT、教育、不動産など比較的賃金が高い産業が、昨年の政府の締め付け強化などの要因から業績が悪化し、リストラが続いていること。第3に、経済の先行きに対する不透明感の強まりから、企業の採用姿勢が慎重化していることなどが影響した。

以上2つの経済下押し要因は、いずれも短期的な特殊要因であるため、コロナに対する有効な対策の導入や大卒者の雇用機会の確保が実現すれば、下押し圧力が弱まる可能性が高い。

ただし、これらが短期的要因であるにもかかわらず、こうした問題が再び繰り返されるのではないかという不安を抱く人々が増えているという話を聞くことが多い。

これは中国国民が高度成長時代には当然のように共有していた経済のレジリアンスに対する自信がやや後退していることを反映していると解釈することもできる。

3.中国の成長率を押し下げる中長期要因
中国経済の局面が変化したと感じさせる要因の中には、短期的な特殊要因とは言えないものが含まれており、しかもそれぞれが相互に関係し合っている。具体的には以下のとおりである。

第1に少子高齢化の加速。

(中略)従来人口のピークは2028年と予想されていたが、2022年がピークとなる可能性が指摘されている。経済活動への影響が大きい生産年齢人口(中国の定義では15歳以上60歳未満)は2011年の9億4072万人をピークに緩やかに減少し始めており、2020年代後半に減少が加速する見通しであることは従来から指摘されていた。

第2に都市化のスローダウン。
北京、上海、広州、深圳などの1級都市やそれに準ずる2級都市への人口集中は今後も続くが、3〜4級都市の多くは人口流入による人口の増加が期待できなくなっている。

第3に大規模インフラ建設投資の減少。
特に中央政府が不良債権増大リスク抑制のために公共事業の審査基準を厳しくしていることが、この傾向を加速している。

第4に不動産市場停滞の長期化。
これは中央政府の不動産投機抑制策の強化が直接的要因である。それに加えて、人口減少予想や都市化のスローダウン予想などが将来の不動産需要下押し要因として意識されていることも影響している。

不動産市場の停滞長期化は、財政面では、地方財政の財源難と中央政府の負担増大をもたらす。金融面では、地方の中小金融機関の不良債権問題を引き起こし、破綻金融機関救済のための各種金融・財政負担が増大する。

第5に米中対立の長期化。
中国マクロ経済への直接的な影響はそれほど大きくないが、経済人に与える心理的影響は無視できない。

第6に期待成長率の下方屈折。
上述の要因が合わさって将来の経済に対する期待を弱気化させ、それが企業経営者の投資姿勢の慎重化と消費者の購買意欲の低下を招く。

第7に以上の要因を背景に成長率が低下すれば、経営効率の低い国有企業の業績が悪化し、中央・地方政府による赤字補填が拡大し、財政負担の増大を招く。

これらの中長期的要因は従来2025年前後から表面化すると予想されていた。しかし、新たな統計データの発表や政府の政策運営の影響などから表面化の時期が3年ほど早まったように感じられる。【8月17日 瀬口 清之氏 JBpress】
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【下支え要因もあって、成長率の低下はいくぶん緩やかなものに留まる】
上記のように中長期的に幾つかのマイナス要因を抱える中国経済ですが、一方で下支え要因もあって、一気に崩壊するといったことは考えにくく、“成長率の低下はいくぶん緩やかなものに留まる”とのこと。

*****中国経済の下支え要因****
以上のマイナス要因しかなければ中国経済の成長率は今後急速な低下を余儀なくされるはずである。
しかし、次のような下支え要因も存在するため、成長率の低下はいくぶん緩やかなものに留まると考えられる。

第1に外資企業の対中投資拡大の持続。
中国国民の急速な所得水準の上昇とともに高付加価値製品の需要が拡大し、中国国内市場の魅力はますます増大しつつある。

加えて、内需の伸び鈍化を懸念する中国政府が、優良外資企業に対する誘致姿勢を一段と積極化し、手厚いサポートを提供することも外資企業の投資拡大にとって追い風となる。

このため、グローバル市場で高い競争力を持つ日米欧主要企業の大部分は中国市場での積極姿勢を変えない方針。

第2に中国企業の国際競争力の増大。
大学卒業者数の急速な増加により高学歴人材が大幅に増加しつつある。こうした豊富な高学歴人材の支えを背景に、EV、リチウム電池、太陽光パネル、半導体、PC、スマートフォンなどの分野における中国企業の競争力が着実に向上してきている。今後も中国企業が優位性を持つ産業分野の拡大が続くことが予想される。

第3にアジア域内の発展途上国との経済交流の増加。
中国はこれまで一帯一路政策を強力に推進し、周辺の発展途上国、特にアジア域内の連携を強化してきた。

今後、中長期にわたり、ASEAN(東南アジア諸国連合)およびインドの長期的な経済発展が続く見通しであることから、それらの国々と中国経済との相互連携は一段と深まり、水平分業などの協力関係がさらに拡大していくことが予想される。

第4に大規模な不良債権問題の回避。
中国は日本の不動産バブルの経験を深く研究し、リスク回避のための政策を積み重ねてきた。その成果は1〜2級都市の不動産市場における投機抑制策の成功といった形で表れている。

こうした状況から見て、日本の1990年代のようなバブル経済崩壊に伴う国家経済全体の長期停滞は回避できる可能性が高いと見られている。

 以上の要因から見て、2020年代に中国の経済成長率の低下が続く局面においても、日本および世界の企業にとって中国市場の魅力が急速に低下する可能性は低いと考えられる。(後略)【同上】
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【若年層の失業率の増大が好戦的愛国主義を加速させ、政権が十分にコントロールできなくなる懸念も】
ただ、上記記事では短期的な特殊要因とされている若年層の失業率の増大ですが、この世代は「中国文明は世界で一番優れている」と信じ、ナショナリズムの傾向が強い世代でもあり、雇用不安によって好戦的愛国主義となって政権のコントロールが効かなくなる懸念もあります。

****1500万人の若者が失業…中国の建国以来の雇用危機が「日本有事」に繋がる根拠****
(中略)中国政府がペロシ氏の訪台を阻止するための措置をとらなかったことへの不満が噴出するという異例の事態になっている。ネット空間では「あまりにも恥ずかしい」「メンツが丸つぶれじゃないか」とのコメントが飛び交っている。

昨年9月の米国のアフガニスタンからのぶざまな撤退ぶりを目の当たりにして、多くの中国人は「現在の米国なら台湾を見捨てるだろう。千載一遇の好機が訪れた。台湾侵攻は間近だ」と考えるようになっており、今回の中国政府の弱腰ぶりに大いに怒っている。

こうしたネット世論を気にしてか、中国外交部は定例の記者会見の場で「中国人民は理性的に国を愛する(理性愛国)ものだと信じている」と述べているが、中国国民の愛国感情をあおり立ててきたのは、他国を攻撃的な言葉で厳しく非難する「戦浪外交」を展開してきた外交部自身に他ならない。

中国では今、ナショナリズムが猛烈な勢いで台頭しているが、ナショナリズムの風潮が強まったのは1990年代からだった。ソ連崩壊により「共産主義」という統治の根拠を失った中国政府が国民の支持を取り付けるためにナショナリズムを利用したのが始まりだ。中国のナショナリズムはリーマンショック後に中国が世界経済を牽引するようになると攻撃的なものに変わり、2012年に誕生した習近平政権が「中国の夢」を語るようになるとその傾向はさらにエスカレートした。

中国のナショナリズムは政府に奨励されてきたが、最近では国民の方が過激になっており、皮肉にも政府は自らつくりだしたナショナリズムを制御できなくなっている。

経済に赤信号
「弱り目に祟り目」ではないが、中国政府にとって頭が痛いのはもう一つの正統性の基盤である「経済の順調な発展」に赤信号が点滅していることだ。(中略)

そのせいで中国政府が掲げる経済成長目標(5.5%前後)の達成は不可能になっており、雇用環境はかつてないほど悪化している。(中略)

気がかりなのは「中国文明は世界で一番優れている」と信じ、ナショナリズムの傾向が強い若者の雇用危機が深刻なことだ。

16歳から24歳までの都市部失業率は6月、過去最悪の19.3%にまで上昇し、約1500万人の若者が失業している。今年大学を卒業する1100万人のうち、4月半ばまでに就職先が決まったのはわずか15%にとどまっているという有様だ。

若者は今のところ目先の就職活動に必死で政府への不満を口にすることは少ないようだが、この状況が今後も変わらないという保証はない。

歴代の中国政府にとっての最優先の政策課題は雇用の確保だった。(中略)だが、現在の政府に打つ手は限られている。これまでに膨大なインフラ投資を行ってきた反動で財政金融政策の効果は激減している。2001年の世界貿易機関(WTO)加盟以来、経済を支えてきた輸出セクターも陰りを見せている。

中国政府は引き続き雇用の確保に尽力するだろうが、これまでのように国民全員に雇用の場を提供することはできなくなっている。中国は建国以来最悪の失業危機に直面していると言っても過言ではない。

日々の生活への不満が高まれば高まるほど、ナショナリズムがショービニズム(好戦的愛国主義)に変質するというのは過去の歴史が教えるところだ。

急速な少子高齢化が進む中国の国力が今後衰退局面に入ったことも要注意だ。衰退期が目の前に近づくと悠長に構えてはいられなくなるため、中国は今後、国際社会との間で深刻な対立を引き起こすとの懸念が生じている。

3期目の続投を目指す習近平指導部は5年に一度の共産党大会を年内に控え「台湾侵攻」というギャンブルに出る可能性は低いとの見方が一般的だが、窮地に追い込まれた中国政府が国民の不満をそらすために対外的な強硬手段に出る可能性がこれまでになく高まっていると言わざるを得ない。(後略)【8月17日 藤和彦氏 デイリー新潮】
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ロシア  欧米の制裁の効果は? 犠牲者の国内隠蔽はいずれ限界に

2022-08-16 23:19:08 | ロシア
(1個人または1団体への制裁を1件とし、個人や団体との取引禁止や資産凍結などが含まれる一方、石油といった制裁相手をしぼらない広範なものはカウントしていない。【5月11日 日経】)

【表面的には“ビール片手に焼肉”でも、「みんな怖がってここへは来ない」】
****戦闘機と軍艦を眺めて…ロシア人観光客、クリミアのビーチで夏休み****
ロシアが2014年に併合したウクライナ南部クリミア半島。そのビーチに白いビキニ姿でくつろぐロシア人観光客の女性がいた。

「もちろん、完全にリラックスしているとは言えません」。アレクサンドラ・ルミャンツェワさんはAFPにそう語ると、真っ青な空を飛ぶロシア軍の戦闘機を見上げた。

クリミア半島最大都市のセバストポリには、ロシア軍が黒海艦隊の拠点を置いている。ウクライナ軍との前線は、北へわずか300キロしか離れていない。

ロシアのウクライナ侵攻後、西側諸国による制裁や航空路の遮断、ロシア経済の悪化などにより、ロシア人観光客は欧州やその他の観光地を訪れることができなくなっている。温暖なロシア国内の黒海沿岸や併合したクリミア半島ですら、ウクライナ南部の戦闘で空域が閉鎖され、行きづらくなっている。

それでもルミャンツェワさんは、夫と息子2人と浜辺の休暇を楽しむために、2500キロ離れたロシア第2の都市サンクトペテルブルクから車を走らせた。

途中、ロシア本土とクリミア半島を結ぶために建設された陸橋を利用した。橋が爆破されるかもしれないといううわさがあり、「多くの人が心配していた」とルミャンツェワさん。移動中には前線へ向かっていると思われる軍の車列を目にしたと話す。

■怖がってここへは来ない
7月のある暑い日、AFPはセバストポリの浜辺を訪れた。少年たちが岩から海へ飛び込み、上半身裸の男性たちがビール片手にロシアの夏の風物詩シャシリク(串焼き肉)を作っていた。海水浴客が涼む沖には、ロシアの軍艦が見えた。

街の中心部では愛国的なロシア音楽が鳴り響き、ウクライナ侵攻を支持する「Z」マークが入った土産物を売っていた。

この夏、クリミアを訪れている観光客は例年より少ない。
郊外のビーチで小さなケバブ屋を営む元戦闘機パイロットのアリベルト・アガグリャンさんは、この夏は子どもをサマーキャンプに行かせる金銭的余裕がなかったと言った。「みんな怖がってここへは来ないんです」 【7月30日 AFP】AFPBB News
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表題を見ると、ウクライナでの戦争にもかかわらずロシア市民生活は平穏が保たれているように思えますが、記事内容を読めば、制裁や航空路の遮断・ロシア経済の悪化などにより移動が困難になっている、クリミアも空域が閉鎖され、橋が爆破されるかも・・・、「みんな怖がってここへは来ない」といった、むしろロシア市民の不安が広がっているようにも思えます。

ビール片手に肉を焼く光景からの印象とは異なる実情もあるように思えます。

【制裁はロシアの戦争遂行能力を削ぎつつある】
ロシア経済全体についても、西側の制裁が効果をあげていないのでは・・・という議論が以前からあります。
たしかに、通貨ルーブルは施行直後の暴落から持ち直し、石油・ガス価格高騰もあって、ロシアの貿易収支はむしろ好調な数字になっているとも。

ただ、そういう表面的な動きにもかかわらず、やはり制裁はロシア経済を追い込みつつあると見る方が妥当かも。

****ロシアさらに成長落ち込みへ、第3四半期はマイナス7%に=中銀****
ロシア中央銀行は1日公表した金融政策報告で、第3・四半期の国内総生産(GDP)伸び率がマイナス7%と、第2・四半期の同4.3%からさらに落ち込むとの見通しを明らかにした。

今年全体の成長率はマイナス4─6%、来年は同1─4%で、2024年にプラス1.5−2.5%まで回復する見込み。これは7月の利下げ発表時の予想と変わっていない。

中銀は「今年全体の落ち込み幅は4月に想定していたよりは小さくなる。同時に供給ショックの影響はより長引くかもしれない」と述べた。経常黒字も年後半に縮小するだろうという。

ロシアはウクライナ侵攻後に西側諸国が発動した幅広い経済・金融制裁をきっかけに景気後退(リセッション)に陥っている。【8月2日 ロイター】
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上記はロシア中央銀行の公式見解ですが、そもそもロシアは具体的な経済指標を公表しなくなっています。ロシア経済の苦しい実態を隠蔽しようとしているとの指摘も。

****突然ロシアが公表しなくなった「経済制裁」が効いている“証拠”****
(中略)ウクライナに侵攻したロシア経済の現状はどうなのでしょうか?「制裁は、あまり効いてない」という報道を、見かけたことがあるでしょう。実際、ロシアの友人、知人に確認すると、「目に見える影響は、インフレだけ」といわれます。

「インフレ」はどの程度なのでしょうか?経済発展省によると、7月1日時点で、前年同期比16.19%だそうです。日本人には驚きの数字ですが、インフレ慣れしたロシア人にとって、「致命的打撃」とはいえません。

では、本当に「制裁は効いていない」のでしょうか?これについて私は、2月から同じことをいいつづけてきました。「制裁の影響は、長期で見なければならない」ということです。なぜ?

2014年3月、ロシアがウクライナからクリミアを奪いました。そして、日欧米は制裁に踏み切った。この時もロシア国民は、本気で「制裁は効かない!」と考えていました。根拠は、「ロシアは、食糧を自給することができ、エネルギー大国であるから」です。つまり、「自給自足できる体制だ」というのです。

ところが、時が経つにつれ、実はめちゃくちゃ制裁が効いていたことが明らかになってきました。もう皆さん忘れていると思いますが、プーチンの1期目2期目、つまり2000年から2008年まで、ロシアのGDPは、年平均7%の高成長をつづけていたのです。ロシア経済は絶好調で、ロシア政府高官は07年ぐらいになると、「ルーブルを世界通貨にする!」などと豪語するようになっていました。

ところが、2014年3月のクリミア併合以降はどうでしょうか?2014年から2020年までのGDP成長率は、年平均0.38%です。つまり、「制裁はバリバリ効いていた」のです。

今回の制裁は、クリミア併合後の制裁より、とても厳しいものです。私は、「地獄の制裁」と呼んでいます。だから、ロシア経済への長期的影響は避けられないのです。

先日のメルマガで、一つの例を挙げました。ロシアの自動車生産が、ウクライナ侵攻前と比べ、【 96%減少 】したという話です。(中略)

これ、どうでしょう?自動車生産が、ウクライナ侵攻後96%減少した。それでも、「経済制裁の影響はない」といえるでしょうか?

ロシア政府が経済統計を公表しなくなった!
もう一つ、「ロシア経済は相当ヤバイのだろうな」と感じたできごとがあります。それは、ロシア政府が、「経済統計を公表しなくなったこと」です。

4月14日付のLENTA.RUは、ロシアエネルギー省が、原油生産と輸出量の統計公表を止めたことを報じています。
4月19日付のRBCによると、ロシア中央銀行は、対外債務データの公表をストップしました。
4月21日のRBCは、ロシア税関が、輸出入統計の公表を止めることを報じていました。
5月12日付RBCによると、ロシア連邦航空輸送局が、航空輸送に関する情報公開を停止しました。
6月14日のRBCは、ロシア財務省が、支出の詳細を公開しなくなったことを報じています。

問題は、「なぜロシア政府は、経済統計の情報を公開しなくなったのか?」です。もしプーチンがいうように、「制裁の影響はほとんどない」のであれば、逆にどんどん情報を公開し、そのことを数字で証明するでしょう。

しかし、ロシア政府は逆に、経済情報に関するデータを公開しなくなっている。つまり、「公開すると、ロシア経済の苦しい実態が国際社会にバレてしまうので公開できない」ということなのでしょう。こんなところからも、「制裁は効いていない」というのが、「ただの強がり」であることがわかるのです。

私は、ロシアがウクライナに侵攻する前から、「侵攻すれば、ロシアの戦略的敗北は不可避だ」と書きつづけてきました。意味は、「ロシアはウクライナとの戦闘に勝つかもしれないし、負けるかもしれない。たとえ戦闘に勝っても、地獄の制裁はつづいていく。それで、ロシア経済は壊滅的打撃を受ける。それを戦略的敗北とよぶ」ということです。

結局、事態は予想通りの結末にむかっているようです。【8月16日 北野幸伯氏 MAG2NEWS】
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制裁はロシアの戦争遂行能力をすでに削ぎはじめているとの指摘も。

****冬に向けて「脱ロシア化」準備中──じわじわ効果を上げる経済制裁****
<為替も石油収益も好調なロシア。しかし、欧州がエネルギーの「脱ロシア化」を急ピッチで進めているため徐々に経済活動は滞り、軍事力にも影響が及んでいる。あとはスピードアップだけ>

ロシアのウクライナ侵攻から5カ月、アメリカとその同盟国による空前の経済制裁がもたらす効果について、当初の楽観的な見方は色あせ始めている。

通貨ルーブルは2月上旬の1ドル=75ルーブルから3月には135ルーブルまで下がったが、5月末には侵攻前を上回る55ルーブルに急上昇。生産高も、好調とは言い難いが、大打撃を受けているわけではない。
それはつまり、制裁が失敗だったことを意味するのだろうか。いや、そうは言えない。

軍事侵攻に対して科した制裁とはいえ、制裁自体は経済的なものであるが故に、軍事攻撃のような速度で効果が表れることを期待してはいけない。制裁の目的は、ロシアの経済活動を抑制し、それを軍事力の抑制につなげることだ。

だがそれも、一夜にして実現はできない。欧米企業のロシア撤退など、ロシア経済を弱体化させる措置が、兵士への給与支払い能力を奪い、兵器製造能力を低下させる。

輸出制限は外国からの兵器・技術購入力を損なう。輸入制限は産業設備の維持を困難にし、ハイテク兵器製造を妨げる。ダメージは徐々に進み、ロシアの兵站(へいたん)と技術力をじわじわと痛めつける。ロシア政府もそれに気付いているだろう。

彼らが東部攻略に固執する理由もそこにある。戦争遂行能力が尽きる前に、何らかの勝利を収めたいからだ。つまり、ロシア経済は既に大打撃を受けている。株式市場は2月以降、大幅に縮小し、大手多国籍企業は撤退。為替相場の回復も、(ルーブル払いを強制する)政府の金融的抑圧の結果にほかならない。

さらに踏み込んだ規制を
ただ、プーチン政権にとって唯一の希望はいまだ健在だ。国際エネルギー機関(IEA)は5月、ロシアの石油収益が年初比で50%上昇したと発表した。アメリカとEUへの石油輸出が消えても、急激な価格高騰と、インドと中国による購入増加で十分に埋め合わせできているのだ。

とはいえロシアの輸入はほぼ半減しているだけに、石油収入が増えても得られた外貨は活用できない。さらに、欧州は石油や天然ガスの脱ロシア化を急ピッチで進めている。

今のところ、欧州の大部分を襲うインフレの主因がエネルギー価格高騰であることから見ても、ロシアが対欧州エネルギー供給の支配によって影響力を保持していることが分かる。だが冬が近づき事態が深刻化すれば、おのずと劇的な脱ロシア化が進むだろう。

そんなわけで、段階的で動きは鈍いものの、ロシアでは兵士の給与支払いが滞り、故障した機械は部品不足で修理できず、電子システムには障害が発生し始める。

おそらく現状の制裁を強化する最も有望な方法は、エネルギーと金融分野でさらに踏み込んだ規制を行うことだ。

エネルギーでは、欧州諸国でロシアの石油と天然ガス禁輸を段階的に実施すること。関税引き上げにも同様の効果があり、税収を各国国民の生活支援に回すこともできる。

金融分野においては、まだ制裁を免れているロシア主要銀行やロシアに投資する欧米企業、ルーブル建て取引などを標的にすることもできる。

制裁が十分な速さで効いていないというなら、スピードアップすればよいのだ。【8月2日 Newsweek】
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【欧州・ドイツの対応】
問題はロシア産エネルギーの顧客である欧州が「脱ロシア」の痛みに耐えられるか・・・というところですが、例えばロシア依存度が高いドイツでは冬に向けて準備を進めています。

****独、10月からガス賦課金導入で合意 消費者にコスト負担求める****
ドイツ政府は、ロシアのウクライナ侵攻による輸入ガス価格の高騰の打撃を受けた供給業者を支援するため、10月から消費者を対象にしたガス料金の賦課金制度を導入することで合意した。経済省が4日に発表した。

政府は先週、この計画を発表した。輸入ガス価格が急騰する中、ロシア産ガスの代替にかかる追加コストを全ての消費者で分担し、ガス供給業者の経営破綻を防ぐことが狙い。

ハベック経済相は今回の措置について「ロシアが引き起こした危機が原因で容易ではないが、家計と経済へのエネルギー供給を保証するために必要な措置だ」と説明した。

経済省によると、10月1日から実施し、2024年4月1日に終了する予定。【8月5日 ロイター】
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****ドイツのガス貯蔵率、12日時点で約75% 前倒しで目標達成****
欧州のガスインフラグループ、GIEが14日公表したデータによると、12日時点のドイツ国内ガス貯蔵率は75%を小幅上回る水準だった。政府は9月1日までに貯蔵率を75%に引き上げることを目指しているが、前倒しで達成した。

ロシアがドイツへの天然ガス供給を削減したことを受け、政府は段階的にガス貯蔵率を引き上げている。10月1日までに85%、11月1日までに95%に引き上げて、エネルギー需要が増える冬場に備える。

ロシアは6月中旬、同国につながる主要パイプライン「ノルドストリーム1」によるガス供給を8割減らした。【8月15日 ロイター】
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こうした“容易ではない”対応を進めていけるかどうかは、その必要性を国民に納得してもらえるかどうか、政治の信頼性にかかっています。

【戦争犠牲の隠蔽もいずれ限界に】
話をロシアにもどすと、ロシアの政争遂行能力を左右するのは制裁効果ともうひとつ、戦争の犠牲です。
これまのブログでも取り上げたきたように、プーチン政権は大都市若者ではなく少数民族や地方の兵士を投入することで戦死者増大が都市部での厭戦気分につながらないように“隠蔽”しています。

しかし、これまでに兵士7万〜8万人の死傷者を出している(米国防総省推計)状況で、そうした対応も限界があるようにも。

****ロシア戦死者、少数民族地域が突出…「激戦地への投入」差別的と反発の動き****
ウクライナへの侵略を続けるロシア軍に関し、少数民族が優先的に激戦地へ投入されているとの不満が出ている。独立系メディアなどの独自調査で、イスラム教徒やモンゴル系が多い地域から派遣された兵士の死者数が突出していることが判明した。参戦拒否が多数出ており、プーチン大統領が強調する「多民族の団結」にほころびが出ている。

ロシアは人口の8割近くがロシア系だが、約80の民族が住む。独立系ニュースサイト「メディアゾーナ」や英BBCは12日、自治体発表などを基に、死亡を確認した露軍兵5507人の出身地を公表した。

最も多かったのは、約9割がイスラム教徒のダゲスタン共和国で、267人。モンゴル系ブリヤート人が人口の約3割を占めるブリヤート共和国が235人で続いた。モスクワは14人だった。ダゲスタンの人口は約315万人で、モスクワ(約1264万人)の4分の1だが、死者数は19倍だ。

プーチン政権は2月、「迫害された露系住民の保護」を名目に掲げ、ウクライナへ侵略を開始した。プーチン氏は5月、第2次大戦で旧ソ連各地から様々な民族が戦闘に参加し、ナチス・ドイツに勝利した「独ソ戦」になぞらえ、ウクライナでの軍事作戦についても、「様々な民族の兵士が兄弟として弾丸から互いの身を守っている。これがロシアの強さだ」と強調した経緯もある。

だが、実際には、激戦地への兵士投入に差別的な扱いがある疑惑が浮上し、少数民族の中には反発の動きが出ている。

露英字紙「モスクワ・タイムズ」は7月19日、ダゲスタン共和国から派遣された300人以上の兵士が、戦闘継続を拒否して帰還したと報じた。激しい地上戦が続くドンバス地方に送り込まれた兵士で、一部は地元政府から「圧力」を受け戦地に戻されたという。

またメディアゾーナは今月5日、ブリヤート共和国出身の兵士の証言として、同じ部隊の兵士70人以上が戦闘を拒否する上申書を上層部に提出したと報じた。上層部は拘置所に送ると脅迫し、拒否したという。

米政策研究機関「戦争研究所」は8日、「様々な民族で構成される露軍部隊の中で、民族が原因となる対立が増えている」との分析を公表した。露国内では、アジア系住民の支援を目的とした団体がSNSを通じて、除隊方法に関する情報提供をする動きも出ている。【8月13日 読売】
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ロシアは戦争犠牲を糊塗する方策として、他に民間軍事会社を利用していることは以前もとりあげましたが、さらに中央アジアの旧ソ連・キルギスで「企業の警備員」などの求人を装い、戦闘員の募集を始めているとも。

ただ、戦争の長期化によって、こうした姑息な方法はいずれ限界に達し、国民に犠牲の大きさが明らかになると思われます。
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ケニア  過去に混乱を起こした大統領選挙 今回も接戦予想 新大統領の課題は中国からの債務

2022-08-15 23:17:09 | アフリカ
(2022年8月9日/ケニア、首都ナイロビの投票場前(Ben Curtis/AP通信)【8月9日 KWP News】

【大統領選挙のたびに繰り返された混乱】
東アフリカのケニアは民主主義政治においても、経済成長においても、“アフリカの優等生”と評されるような順調な状況にありましたが、その評価に綻びが生じたのが2007年の大統領選挙結果をめぐり1100人以上の死者をだした暴動でした。

****ケニア大統領選:現職再選、選管が発表 開票混乱、野党候補を逆転****
ケニアの選挙管理委員会は(2007年12月)30日、27日に投票が行われた大統領選で、2期目を目指すムワイ・キバキ大統領(76)が458万4721票を獲得して当選したと発表した。

9人が出馬した選挙で事実上の一騎打ちを演じた野党連合「オレンジ民主運動」のライラ・オディンガ氏(62)は、キバキ氏に約23万票差まで迫る435万2993票を獲得した。

オディンガ氏は「キバキ氏陣営の組織的不正」を理由に結果の受け入れを拒否。結果発表前から各地で同氏の支持者による暴動が起き、少なくとも14人が死亡しており、混乱が広がる可能性がある。

28日の段階では、オディンガ氏が大差でリードしていたが、その後、キバキ氏の得票が急増。現場の選管職員が「キバキ陣営の不正に加担させられた」と記者会見で告白したほか、両陣営が個別に会見を開いて「独自集計」を発表し「当選」を主張し合うなど作業は混乱を極めた。最終的には、選管が会見場から記者や野党関係者を排除し、密室からテレビ中継で結果を発表した。

同時に行われた議会選(定数224)で、与党「国民統一党」は40議席を下回る大敗を喫した。【2007年12月31日 毎日】
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上記のような疑惑を感じさせる集計結果を受けて、部族対立が絡んだ暴動に発展。1100人を超える死者を出す混乱は、その戦いの手段でも弓矢が武器として使用されるというユニークなものでした。

****ケニアの民族衝突止まず、弓矢で自衛する町も****
ケニア西部の小さな町ンジョロでは、住民が協力して弓矢で自衛している。
町内の木製の門構えのほこりっぽい敷地では、男性6人が腰掛けて一心に矢を削っていた。男性たちは刀を研ぎ、弓を組み立てながら、戦いの準備をしているところだと話した。

ケニア国内ではこれまでに数百人が死亡した。病院関係者によると、弓矢による死者が次第に増えており、毒矢が頭部や胸部に残っているケースもあるという。(中略) 

リフトバレー州の警察署長は、弓矢が人に対する武器として使用され始めたのは「まったく予想外だった」と話す。「今回の衝突以前には、弓矢は狩猟などの活動に使われるのが主で、こうした攻撃には使われなかった。非常に誤った使い方だし、これまでにはなかったことだ」【2007年2月4日 AFP】
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混乱は長引きましたが、国連調停もあって、4月に与野党で連立内閣が成立し、大統領をキバキ氏が、首相にオディンガ氏がつくという権力を分け合う形になりました。
この方式は、その後の他の国で同様に選挙をめぐる混乱が生じた際のモデルケースともなり、「ケニア方式」とも呼ばれました。

オディンガ首相と初代大統領ケニヤッタ氏(故人)の息子ウフル・ケニヤッタ副首相の争いとなった2013年の選挙でもオディンガ候補ら野党側は選挙結果について不服申し立てを行いましたが、最高裁はケニヤッタ候補の当選を承認。野党側は紛争回避を最重視して司法判断を受け入れたものの、この判決には中立性を欠いているとの批判もありました。

2013年と同じケニヤッタ氏とオディンガ氏の争いとなった2017年選挙は司法判断で選挙が無効となり再選挙となるも、オディンガ氏がこれをボイコットするという混乱になりました。

****2017年ケニア国政選挙****
投票は(2017年)8月8日に行われたが、2013年の選挙から導入された新しいシステムでの集計作業中に混乱が発生した。投票翌日の8月9日、野党側は選挙結果の速報値がクラッキングにより操作されていると批判し、複数の地域で抗議行動が行われて死傷者が出る事態に発展した。

だが、野党側から繰り返し抗議があったにもかかわらず、8月11日にケニヤッタ候補が過半数の票を獲得して再選したと発表された。(中略)野党側は不正があったとして選挙結果を認めず、野党の勢力が強い地域では抗議行動が続くことになった。

8月16日、オディンガ候補は大統領選挙の運営に多数の不備、不正があると厳しく批判し、司法を通じた不服申し立てを行うと発表、8月18日に実行した。

9月1日、ケニアの最高裁判所は大統領選挙そのものを無効とし、ケニヤッタ候補の再選も無効とする判決を下した。この判決はアフリカ史上初めて司法判断により大統領選そのものを無効とした判例となり、世界的に報道されることになった。

再選挙は10月26日に行われたが、野党候補のオディンガがボイコットしてケニヤッタ候補が再選した。野党側は再び選挙結果に異議を唱えたが、最高裁は11月20日に野党の申し立てを棄却しケニヤッタ大統領の再選が確定した。【ウィキペディア】
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【今回選挙も接戦が予想されており、混乱の懸念も】
上記のように過去に政治混乱・暴動を引き起こした大統領選挙が8月9日に行われました。

****大統領選の投票実施 暴力回避へ厳戒態勢―ケニア****
東アフリカのケニアで9日、退任するケニヤッタ大統領の後継を選ぶ大統領選挙の投票が行われた。

ルト副大統領(55)と野党指導者オディンガ元首相(77)による事実上の一騎打ちで、両者の接戦が予想される。過去の選挙では、対立勢力の衝突が死者を伴う暴動に発展。当局は今回、警官15万人を動員するなど厳戒態勢を敷いて、混乱の回避を図る。

大統領選には計4人が立候補。物価高や干ばつで国民は生活苦に直面しており、経済危機への対応が最大の焦点だ。

9日夕の投票締め切り後に開票へ移り、結果は1週間以内に発表される運び。当選条件を満たす候補がいなければ、上位2人の間で決選投票が行われる。大統領選のほか議会選や県知事選なども同時実施された。

ケニアでは2007年、大統領選の結果をめぐる大規模な暴動が起き、1100人以上が死亡。17年選挙でも暴力行為で多数の死傷者が出た。

今回は大きな混乱が伝えられていないものの、選挙戦中は対立候補をおとしめることを狙った偽情報がネット上で飛び交うなど、不穏な動きも。報道によれば、独立選挙委員会は8日、委員会関係者6人が不正の疑いで逮捕されたと発表し、不正操作への懸念が改めて強まった。

過去の暴力騒ぎの事例から、国際社会も投票プロセスを注視している。ロイター通信によると、ブリンケン米国務長官は8日、訪問先の南アフリカで「ケニアの選挙が平和で自由、公正に進められるか、皆が見ている」と述べ、適正な投票プロセス実現に努めるよう当事者らに促した。【8月10日 時事】
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最終結果はまだ発表されていませんが、これまでの途中集計では接戦となっており、敗者がすんなり結果を受け入れることができるか・・・・懸念される状況です。

****ケニア大統領選、有力2候補が接戦 暫定開票結果を公表****
ケニアの選管は14日、ほぼ半数の開票を終えたとして9日投票の大統領選の暫定結果を公表し、ルト副大統領(55)が得票率51.25%、続くオディンガ元首相(77)が同48.09%だと明らかにした。

2候補の接戦が続いており、前日の発表ではオディンガ氏が優勢だった。投票率は約65%で、2017年の前回大統領選の78%を大きく下回った。

開票は16日までに終えないといけないが、選管は12日、劣勢が伝わると各陣営から開票所に人が押し寄せ、長広舌の物言いで作業を止めるため、予定が大幅に遅れていると訴えた。

選管委員長は「こういう振る舞いは直ちにやめる必要がある」と各陣営に警告した。暴動の発生を恐れ、教育省は18日まで全土で休校にすると宣言した。【8月14日 時事】
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僅差の勝負になりそうで、明日以降の状況が懸念されます。

【中国のアフリカ支援の中核 監視システムも中国式】
ケニアは中国のアフリカ支援においてもその中核にあり、中国資本で様々な“近代化”が実現しています。

****ケニア長距離鉄道開業、独立以来の大事業--中国が支援****
ケニアのウフル・ケニヤッタ大統領は31日、ケニアの首都ナイロビとインド洋に面した港湾都市モンバサを結ぶ鉄道路線の開通を宣言した。

この路線整備はケニアが1963年にイギリスから独立して以来、最大のインフラ事業で、中国が進める現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」の一翼も担っている。

政権のごたごたで外交政策をまだまともに立案できないドナルド・トランプ米大統領を尻目に、中国は着々とアフリカに橋頭堡を築き、影響力を拡大している。

ケニアの新しい鉄道の5つの特徴を見てみよう。

■中国が出資し建設
総工費38億ドル、全長約480キロの鉄道を完成させたのは、中国の国有企業・中国路橋工程有限責任公司だ。中国は昨年10月に開通したエチオピアの首都アジスアベバと紅海に臨むジブチの首都ジブチを結ぶ鉄道の整備事業も手掛けた。

英フィナンシャル・タイムズによれば、ケニア向けだけでも2016年の中国の輸出は50億ドルに上り、10年と比べ3倍に増えた。アメリカの対ケニア輸出は7億8000万ドルにすぎない。

■「東アフリカ鉄道網」の一部
ナイロビ=モンバサ路線は、中国が出資する東アフリカ鉄道網整備事業の第一段階だ。この路線は将来的にはケニアの西のウガンダ、コンゴ民主共和国、ルワンダ、ブルンジ、北の南スーダン、エチオピアにも延伸される。

一足飛びの進歩
■低コストで迅速な輸送
これまでナイロビ=モンバサ間の移動は、運賃の高い飛行機か、悪路で9時間かかるバスを利用するしかなかった。旧鉄道では12時間もかかった。新鉄道では4時間半。ケニヤッタ大統領は国有の鉄道会社に2等旅客の運賃を700ケニアシリング(6.77ドル)以下にするよう命じた。最低でも1200ケニアシリング(11.61ドル)もするバス料金より大幅に安い。

■ケニアの誇り
ナイロビとモンバサを結ぶ旧鉄道は植民地時代にイギリスが建設したもので、建設工事で多くのケニア人が亡くなったため、地元の人々は「ルナティック・エクスプレス(狂った急行)」と呼んでいた。新鉄道の名称は「マダラカ・エクスプレス」。マダラカはスワヒリ語で、責任、権限を意味し、ケニアには自治の獲得を祝う「マダラカ・デー」(毎年6月1日)という祝日がある。

■破壊工作は死刑
開通直前にも、何者かが柵や杭を倒すなど破壊工作を行い、新鉄道には安全面で懸念が持たれている。8月の大統領選で再選を目指すケニヤッタは新鉄道の完成を1期目の成果としてアピール。破壊工作には極刑で報いる構えで、開通式で新法を制定すると宣言した。(後略)【2017年6月1日 Newsweek】
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中国の影響はインフラ建設だけでなく、監視システムといった中国式統治方法にも及んでいます。

****“中国化”するアフリカ “一帯一路”はいま****
中国の一帯一路においてアフリカの玄関口に位置するケニア。10年間でGDPが倍増。急速な経済発展を遂げています。
中国が3,000億円以上を融資し、去年(2017年)5月には、首都ナイロビと東部の港を結ぶ鉄道が開通。
周辺6か国に延ばす構想も挙がっています。今、ケニアで進められる国家プロジェクトの半数近くを、中国企業が請け負っているといわれています。

ナイロビ市民 「中国がケニア市場を支配しています。以前はアメリカが大きな影響力を持っていましたが、最近は中国の投資が目立ちます。」

リポート:戸川武(国際部) アフリカが中国への依存を強めているのは、経済だけにとどまりません。国のシステムにも、中国式が広がっています。

20年前にケニアに進出した、中国の通信大手「ファーウェイ」です。
今回、外国メディアとして初めて、内部の取材が許されました。オフィスで働く400人の社員の半数は中国人です。

インターネットの通信網の構築。さらには、国民の6割が利用し、ケニア経済を支えている電子マネーのシステムなどを提供しています。

“中国化”するアフリカ 広がる監視システム
(中略)今、ファーウェイは「セーフシティ」と呼ばれる国の治安維持のシステムの導入を進めています。ケニアの2大都市に1,800台を超える4Kの高画質カメラを設置。その映像を警察がリアルタイムで監視します。システムには最新の顔認証技術が使われ、個人が特定できるといいます。

ファーウェイ・ケニア 徐亮広報部長 「中国では上海、南京、広州など、多くの都市でセーフシティは導入されています。」

こうした監視システムは、中国が世界をリードする技術です。設置されたカメラは、世界最多の1億7,000万台ともいわれ、いわば監視社会を築き、治安を維持しています。中国式の社会システムそのものをケニアに導入しようというのです。(中略)

監視システムの導入を決めたのは、2013年に就任したケニヤッタ大統領です。実はケニヤッタ大統領、過去には選挙を巡って暴動を引き起こし、対立候補の支持者を死亡させたなどとして国際的に批判されていました。

こうした中、手を差し伸べたのが中国でした。ケニアにさまざまなシステムを提供。貿易額は倍増し、最大の貿易相手国となったのです。

ナイロビ大学 サミュエル・ニャンデモ博士 「ケニアの指導者は政権を守るために、欧米ではなく中国を選びました。中国はそれに乗じて、ケニア経済に食い込んだのです。」

セーフシティのシステムは、ケニア政府による治安維持を大きく後押ししています。(中略)

ケニア 情報通信技術庁 ロバート・ムゴ長官 「私たちは中国の事例をみて、同じようになりたいと思いました。急速な発展に成功した中国から多くのことを学びたいのです。」

一方で、カメラで得られる個人情報などの膨大なデータをどう管理するのか、法律はありません。安全を提供する代わりにプライバシーを脅かしかねない政府のやり方ですが、これまで目立った反対の声は上がっていないといいます。

市民  「カメラがあるほうが安心です。プライバシーは気になりません。」
市民  「中国は犯罪から私たちを守ってくれています。監視されたってかまわないわ。」

ファーウェイは今、アフリカ12か国にセーフシティを拡大。欧米とは異なる価値観で経済や安全を最優先させる中国式がアフリカに浸透しています。【2018年4月10日 NHK「クローズアップ現代」】
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【中国債務への対処が新大統領の課題】
中国支援につきまとう債務問題も起きています。大統領選挙を受けて誕生する新大統領の課題は、この債務問題になりそうです。

****ケニア大統領選挙と債務問題****
(中略)現職大統領のケニヤッタがオディンガ支持に回ったことで、オディンガ有利との前評判が高い。先週実施された世論調査の結果は、オディンガが47%、ルトが41%であった(8日付ファイナンシャルタイムズ)。

ルトは農民の息子であることを強調し、貧困対策の充実を主張している。これは、いずれも政治家二世であるケニヤッタとオディンガへの批判でもある。

いずれが大統領に就任するにせよ直面せざるを得ない深刻な課題として、対外債務がある。ケニヤッタは在任中にメガ・インフラ・プロジェクトを建設した。ナイロビ・モンバサ間を結ぶ「標準ゲージ鉄道」(SGR)はその代表である。

建設費470億ドルのうち70%を中国輸出入銀行が出資し、ケニヤにとっては独立後最大のインフラプロジェクトとなった。しかしながら、今日利用者は少なく、この3年間で2億ドルの営業損益を出している。

今年5月に完成したExpresswayもそのひとつである。国際空港と首都を結び、渋滞を避けて20分でナイロビ市内に到着することができる。しかし、1回の利用料金が300シリング(約2.5USドル)かかることもあり、利用は進んでいない。このプロジェクトは、ケニア政府とChina Road and Bridge Corporation (CRBC)とのPPPで建設された(8日付ルモンド)。

ケニアの債務は10年間で4倍に膨らみ、GDPの70%に達した。対外債務の3分の2は中国向けである(8日付けルモンド)。IMFは同国を重債務リスク国に指定した。

アフロバロメーターの調査によれば、中国から借金して大規模インフラに投資をし過ぎたという意見が、ケニアでは特に強い(3日付FT)。

今年に入って、中国がアフリカへの融資により慎重な姿勢を取るようになっているとの報道が目立つが(1月11日付けFT、同日付ルモンドなど)、ケニアやザンビアでの経験がその背景をなしている。ケニア新政権は、こうした状況のなかで債務交渉に臨むことになる。【8月8日 現代アフリカ地域研究センター】
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首都ナイロビとモンバサを結ぶ鉄道を建設に関連し、ケニアのネットメディアは、債務返済ができなくなった場合に同国最大の港であるモンバサ港の使用権を事実上中国に譲渡することを記した文書が存在すると報じています。ケニア政府は否定していますが、契約内容は開示されていません。

いわゆる「債務の罠」の問題がケニアにもつきまとっています。
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アフガニスタン  「8月15日は暗黒の日」 戦い続ける女性 「一日も早く学校に通いたい」と願う少女

2022-08-14 22:44:59 | アフガン・パキスタン
(アフガニスタンの首都カブールで、イスラム主義組織タリバンの戦闘員による威嚇射撃で散会させられるデモ参加者ら(2022年8月13日撮影)【8月14日 AFP】)

【「戦争は終わったが、アフガン女性の適切な居場所を求める闘いが始まった。」】
アフガニスタン駐留米軍が撤収を進める中、イスラム原理主義勢力タリバンが2021年8月15日、怒濤の勢いで首都カブールを制圧。ガニ大統領は抵抗することも和平交渉を行うこともなく出国逃避。欧米や日本が支援してきたガニ政権はあっけなく崩壊しタリバンが復権しました。

あれから1年が経過しようとしているということで、アフガニスタンの現状、とりわけ、就業・教育・一般生活におけるこれまでの権利を大きく制約されることになった女性の現状について、幾つかの報道がなされています。

特段の目新しいことはなく、“相変わらず”と言えば相変わらずですが、そうした不当な現実を改めて確認しておくことも必要でしょう。

****タリバン政権発足から1年、自由失った女性の闘い****
アフガニスタンのモネサ・ムバレズさん(31歳)は、20年にわたる民主政権下で獲得した女性の権利をやすやすと手放すつもりはない。

1年前にイスラム主義組織・タリバンが権力の座に返り咲く前、ムバレズさんは同国の財務省で政策監視を担う幹部だった。大都市を中心として、彼女のように自由を勝ち取っていた女性は多かった。1990年代末の前タリバン支配時代を過ごした世代には、夢見ることさえかなわなかった自由だ。

しかし今、ムバレズさんは職を失っている。タリバンがイスラム法を厳格に解釈し、女性の就労を厳しく制限したからだ。タリバンは女性に保守的な服装と行動を義務付け、全国で女子の中等教育学校を閉鎖した。

新政権に女性閣僚はおらず、女性問題省は閉鎖された。

「戦争は終わったが、アフガン女性の適切な居場所を求める闘いが始まった。あらゆる不公平に対し、命果てるまで声を上げていく」と語るムバレズさんは、首都カブールで最も著名な活動家の1人だ。

西側を後ろ盾とした民主政権が転覆した後の数週間、ムバレズさんはタリバンのメンバーによる殴打や拘束のリスクも顧みず、街頭デモに参加した。激しい闘いの末に勝ち取った権利を守るためだ。

そうしたデモも今ではすっかり鳴りを潜め、ムバレズさんが最後に参加したのは5月10日だ。

しかし、彼女らは自宅に集まって女性の権利について話し合い、他の人々にも参加を呼びかけるなど、反抗のための行動を内々に続けている。タリバンが前回アフガンを支配していた時代には、こうした集会はまず考えられなかった。

7月にムバレズさんの家で開いた集会で、女性らは車座になって経験を語り合い、「食料」、「仕事」、「自由」など街頭デモさながらのスローガンを唱えた。

ムバレズさんは、ロイターに「私たちは自らの自由のために、権利と地位のために闘う。国や組織、スパイ機関のために闘うのではない。ここは私たちの国、私たちの故郷であり、私たちはここに住むための全ての権利を有している」と語った。

国連女性機関のアフガニスタン代表、アリソン・ダビディアン氏は、ムバレズさんのような事例は国中にあふれていると言う。

「世界中の多くの女性にとって、自宅の正面玄関から外出するのは日常の一部」だが、「多くのアフガン女性にとって、それは特異なことだ。反抗を示す行動なのだ」とダビディアン氏は言う。

公共の場所における女性の行動について、必ずしも明確なルールは無い。だが、カブールのように比較的自由な都会では、女性は男性の付き添い無しに移動することがよくある。だが、南部や東部など、より保守的な地方では、さほど日常的な光景ではない。また、すべての女性は78キロメートル以上移動する際に、男性の付き添いが義務付けられている。

<勉強はやめない>
国際社会がアフガンの新指導部の承認を拒んでいるのは、タリバンによる少女と女性の取り扱いが主な理由の1つだ。この結果、アフガンは数十億ドルの支援を断たれ、経済危機に拍車がかかっている。

アフガニスタンは少女の高校通学を禁止している世界で唯一の国。タリバンは今年3月、女子の中等教育学校を再開すると発表したが、女子児童が喜んで通学し始めたその朝に決定を撤回した。

民間の学習指導やオンライン授業を通じて、なんとか教育を受け続けている少女もいる。
ケリシュマ・ラシーディさん(16歳)は、一時しのぎの措置として民間の学習指導を受け始めたが「学校再開を期待している」という。学校の閉鎖が続くようなら、学校に戻れるよう両親とともにアフガンを出たいと望んでいる。

「勉強することは決してやめない」とラシーディさん。2020年に北東クンドゥーズの自宅がロケットに攻撃された後、一家はカブールに移り住んだ。

食いつなぐために「新たな日常」を受け入れざるを得なかったと語る女性もいる。

元女性警察官のグレスタン・サファリさん(45歳)は、タリバンに止められて職を変えざるを得なかった。現在はカブールで他の家庭の家事を請け負っている。「自分の職業が好きだった。肉でも果物でも、必要なものが何でも買えた」とサファリさんは振り返った。【8月13日 ロイター】
*********************

【声をあげる女性にタリバン威嚇射撃】
“(自由を求めて戦い続ける)ムバレズさんのような事例は国中にあふれている”というのは、やや誇張した表現でしょう。

そうあって欲しいという願いはありますが、厳しい現実を生きていくのはそうたやすいことではありません。
どんなに現状への不満や将来への希望があったとしても、まずは今日を生きることが優先されます。

そうしたなかにあっても声を上げる女性もいます。
しかし、タリバンの対応は強硬です。


****タリバン、女性の権利求めるデモに威嚇射撃 アフガン****
アフガニスタンの首都カブールで13日、数か月ぶりに行われた女性たちによるデモを、イスラム主義組織タリバンが参加者への殴打や威嚇射撃で暴力的に散会させた。(中略)

AFP記者によると、デモには約40人が参加。教育省前を行進しながら「パン、仕事、自由」とシュプレヒコールを上げた。

タリバン戦闘員は空に向かって威嚇射撃をしてデモを散会させた。近くの店に逃げ込んだ参加者の中には戦闘員に追い掛けられ、銃床で殴られた人もいた。

女性たちは「8月15日は暗黒の日」と書かれた横断幕を手に労働と政治参加の権利を求めて「正義だ正義。無学はもうたくさん」と声を上げた。多くは顔をベールで覆わずに参加していた。

デモ主催者の一人、ゾリア・パルシさんによると、タリバン情報機関の戦闘員がやって来て空に向かって発砲した。戦闘員は、横断幕を引き裂いたり、多くの参加者の携帯電話を没収したりしたという。

参加者の一人、ムニサ・ムバリズさんは「私たちを黙らせたくともそれはできない。家からでも抗議する」と述べ、女性の権利のために闘い続けると語った。

AFP記者によると、デモを取材していた報道陣の中にもタリバン戦闘員に暴行を受けた記者がいる。 【8月14日 AFP】
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イスラム社会において女性の権利が制約されているのは珍しいことではありませんが、“アフガニスタンは少女の高校通学を禁止している世界で唯一の国”というように、アフガニスタンの現状はイスラム教のルールというよりは、(おそらくはタリバンの中核をなすパシュトゥン人部族社会を反映した)タリバン特有のローカルルールであり、宗教指導者の中にも現状を批判する人はいるようです。しかし・・・・

****タリバンの著名な聖職者殺害される 女性教育に賛成****
アフガニスタンのタリバン暫定政権の支持者で、女性教育の推進者として有名だった宗教指導者が首都カブールで発生した自爆テロの標的となり、殺害されたことがわかりました。

現地メディアによりますとアフガニスタンの首都カブールの神学校で11日、自爆テロが起き、宗教指導者のラヒムラ・ハッカーニ師が殺害されました。犯人は義足に爆弾を仕込んで近づいたとみられ、その後、過激派組織「イスラム国」が犯行声明を出したということです。

ハッカーニ師はタリバン暫定政権の支持者でタリバン統治に反対する「イスラム国」を批判、過去にも「イスラム国」のテロの標的となっていました。

アフガニスタンで争点となっている女性に対する教育に賛成していることでも知られ、今年初めイギリスBBCのインタビューを受けた際には「イスラム法では女性に教育を許さないとする正当な理由は全くない」などと話していました。【8月12日 TBS NEWS DIG】
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今回事件はタリバンではなく、「イスラム国」による自爆テロのようです。
ただ、アルカイダ・ザワヒリ容疑者とも近い関係があったタリバン強硬派とアルカイダや「イスラム国」といったテロ組織の間には考え方の差はあまりないようにも思えます。

【教育を奪われた少女の願い「一日も早く学校に通いたい、教育を受けたい」】
****女子教育の機会奪われたアフガニスタン 「夢を絶対に…」少女の訴えは “秘密の学校”も****
アフガニスタンでイスラム主義勢力・タリバンが再び実権を握ってから、まもなく1年です。この1年で女性を取り巻く環境は劇的に変わり、教育の機会も奪われたままです。学校に通えなくなった女子生徒たち、そして彼女らを支える女性が、苦しい胸の内を明かしました。
    ◇
今月、NNNのカメラはアフガニスタンの首都・カブールへ入りました。

平山晃一記者 「カブールでは、街の至る所で『タリバン』による検問が実施されています」

テロを繰り返していたイスラム主義勢力・タリバンが、今は街の治安を守る存在になっていました。
こうした中、カブールに住む12歳の少女・スーサンさんを訪ねました。すると、スーサンさんは日本語であいさつをしてくれました。

「おはようございます、こんにちは。わたし名前はスーサンです」
日本語であいさつした後、はにかんだ表情をみせるスーサンさん。父親の留学の関係で、小学校1年から3年まで日本の小学校に通っていました。「宿題忘れゼロ賞」と書かれた賞状や日本語で書いた作文などを見せてくれました。

「宿題がとても大変でした。でも、日本の先生たちはとても優しく教えてくれて、励ましてくれました」
しかし帰国後の去年8月、タリバンがカブールを占拠し、実権を掌握。タリバンは、いまだ女子の中等教育再開を認めておらず、スーサンさんと姉のマスーダさんは、学校に行けない日々が続いています。

「学校に行く代わりに、テレビを見て勉強をしていますが、将来がとても不安です…」
今年3月には、「女子の中等教育の再開」がアナウンスされましたが、当日に突如、撤回されました。

「学校に行って、イスに座って先生を待っていたら、帰るよう言われました」
顔を曇らせ、涙をぬぐうスーサンさん。夢の実現のため、「一日も早く学校に通いたい、教育を受けたい」と訴えます。

「母の夢でもあった『看護師になる』という夢を、絶対に実現したいです」
    ◇
こうした現状に立ち向かう動きも出てきています。

平山晃一記者 「こちらの場所では、学校に行けない少女たちを対象にした授業が行われていて、イスに座りきれず、床に座っている子たちもいますね」

元教師の姉と大学生の妹が、40人ほどの女子生徒らに、ひそかに授業を行っていました。いわば“秘密の学校”です。
(中略)

“秘密の学校”に通う女子生徒(12) 「将来は医者になって、この国の人を助けたいです。勉強を続けないと、夢をかなえることはできません」

タリバンが再び支配するまでの自由なアフガンを生きてきた元教師の姉は、この1年を次のように振り返りました。

元教師の姉 「この1年間で、女性たちは精神的に多くのダメージを負いました。仕事も勉強も何もかも制限されるようになりました。私たちアフガンの女性は、これからも戦い続けます」

タリバン暫定政権は、「準備が整えば、女子の中等教育を再開する」としていますが、今も少女たちの教育の機会は奪われ続けています。【8月12日 日テレNEWS】
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この少女らの夢がかなうことを切に願いますが、力によってしか変わらない現実を思うとやり場のない思いも・・・。
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スリランカ  中国“スパイ船”入港問題 経済破綻でガソリン不足・売春・臓器売買

2022-08-13 23:37:00 | 南アジア(インド)
(20年の閣僚就任式に参加したラジャパクサ三兄弟。(右から)ゴタバヤは大統領、チャマルは閣僚、マヒンダは首相に【7月22日 Newsweek】)

【いわゆる「債務の罠」の代表事例とされるハンバントタ港】
中国が途上国を“借金漬け”にして、返済ができなくなったところで施設運用権などを中国のものにする・・・という、いわゆる“債務の罠”の事例として必ず最初にあげられるのがスリランカの南部ハンバントタ港の一件です。

****「債務の罠」で重要港湾は植民地に****
2000年代にインフラ整備を積極的推進したスリランカは、中国などへの対外債務を膨らませた。巨額の返済に行き詰まり、港湾国家構想の中核であった南部ハンバントタ港の運営権を、中国国営企業に99年間供与する事態まで発展している。

この一件は、中国が仕掛ける「債務の罠」の典型的な事例だとして国際的な注目を集めた。中国が途上国に対して多用する手口に、高額なインフラ整備費を厳しい返済条件で貸し付けるものがある。相手国が返済条件に応じられなくなるのを待って、新設したインフラ施設の運営権の譲渡を受ける手法だ。

こうして中国の手に落ちたスリランカのハンバントタ港をめぐっては、事実上の中国の植民地ではないかとする国際的な批判が相次いでいる。

中国は「真珠の首飾り」と呼ばれる海上輸送ルートの確立を試みているとされる。インド西部のパキスタンからスリランカのハンバントタ港を経て、台湾海峡へと至るルートだ。中国の打算的な戦略は、スリランカへの「債務の罠」の成功で見事に実を結んだともいえよう。(後略)【7月28日 PRESIDENT Online】
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****中国紙は「借金漬け外交」の批判を意に介さず****
(中略)2020年の債務返済の際、国際通貨基金(IMF)との対話を通じ、緊縮財政と債務整理を推進するという道が残されていた。しかしスリランカは、既存債務の返済に充てるべく、中国がちらつかせた30億ドルの追加融資枠にいとも簡単に飛びついてしまったのだと(米外交コラムニストの)タルール氏は論じている。

一方で中国側は、このような国際的批判を意に介さない。中国共産党傘下のグローバル・タイムズ紙(環球時報)は7月18日、スリランカ大使が中国による支援が「大いに役立っている」と発言したと報じ、支援は人道的な援助であると強調した。

記事はスリランカ側が政権交代後も「中国との卓越した関係の維持」を望んでいると述べている。また、スリランカ大使による見解として、「否定派たちが債務を中国プロジェクトのせいにするのは、中国バッシングの口実にすぎない」との意見を取り上げた。【同上】
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個人的には、中国の意図以上に責任を負うべきは借りた側の問題だと思います。スリランカで言えば、このブログでも取り上げてきたようにラージャパクサ一族による縁故主義に依った国家運営の腐敗・非効率の問題です。

【中国“スパイ船”のハンバントタ港への入港をめぐる中国と印米の綱引き 中国が押し切る】
それはともかく、そのハンバントタ港に中国の“スパイ船”が入港しようとして、これを阻止しようとするインドやアメリカなどの間で綱引きが行われていました。

****中国調査船がスリランカに、インド「安保・経済面で注視」****
インド外務省報道官は28日、中国の援助で建設したスリランカ南部ハンバントタ港に中国の調査船が入港するとの報道について、状況を注視しており国益を守ると表明した。

報道官は定例会見で「インドの安全保障・経済上の利益に影響を及ぼすいかなる事態も注視しており、国益を守るために必要なあらゆる措置を講じる」と述べた。

スリランカのコンサルティング会社「一帯一路イニシアチブ・スリランカ」は中国の調査船が1週間後にハンバントタ港に入国し、インド洋北西部で8月から9月にかけて宇宙追跡・衛星管理を行う計画だと明らかにしている。

スリランカは債務返済に行き詰まり、ハンバントタ港の運営権を2017年以降、中国企業に99年間リースしている。米国とインドは同港が中国の軍事基地になる恐れがあると警戒している。【7月29日 ロイター】
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問題の中国の調査船「遠望5号」は調査・測量船とされていますが、インドのCNNニュース18は、軍民両用のスパイ船で、特に大陸間弾道ミサイル発射の衛星追跡を行うと報じています。

経済破綻しているスリランカにとってインド・中国は資金支援において当面の“頼みの綱” そのインドの懸念とあって、スリランカ政府は中国に入港延期を正式に要請しました。

****スリランカ、中国「調査船」の入港延期要請を正式発表****
スリランカ外務省は8日、南部ハンバントタ港への中国の調査船「遠望5号」入港について、中国政府側に延期を申し入れたと正式発表した。衛星の観測任務などを担ってきた遠望5号のスリランカ入りを巡っては、周辺地域の動向を偵察する目的があるとの懸念がインド側から出ていた。

スリランカ外務省は「さらなる協議の必要」から、遠望5号の入港を延期するようコロンボの中国大使館に要請したと明らかにした。スリランカは11日から17日までの停泊を認めると、ラジャパクサ前大統領が辞任する直前の7月12日に伝えていたという。(中略)

スリランカでは物価上昇などに端を発した経済危機により、「親中派」と目されていたラジャパクサ兄弟による政権が退陣に追い込まれた。首相などを務めてきたウィクラマシンハ氏が7月に大統領に就任している。

スリランカ外務省は8日付の声明で、「スリランカと中国の恒久的な友情と優れた関係を再確認する」とも表明した。スリランカが4日に実施した中国との外相会談で、「一つの中国」政策を支持する姿勢を示したとも記した。【8月9日 日経】
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インドの対応に対し、“中国外務省はインドを念頭に「スリランカに圧力をかけるのは全く道理がない」と反発”【8月13日 日経】しています。

“7月中旬に中国を出航した遠望5号は、インドネシア方面からスリランカをめざしていた。船舶情報会社マリントラフィックによると、10日ごろから複数回にわたり針路を変更して周辺海域にとどまっている。同船はもともと「補給」目的でスリランカに寄港すると説明されていた。”【同上】とのことで、ハンバントタ港から約1100キロ離れた地点にとどまっていましたが、結局、中国が押し切ったようです。

****中国軍船の入港許可=米印懸念も圧力に抗しきれず―スリランカ****
スリランカ主要メディアは13日、同国政府が中国海軍の観測船「遠望5号」の入港を許可したと報じた。同船をめぐっては、隣国インドが「スパイ船」(地元メディア)などと安全保障上の懸念を指摘。スリランカは中国側に入港延期を求めていたが、多額の対中債務を抱え、中国の圧力に抗しきれなかったようだ。
 
スリランカ紙サンデー・タイムズによると、ウィクラマシンハ大統領と8日に面談した駐スリランカ米大使も、遠望5号の入港に懸念を示した。しかし、米印両国とも反対する具体的理由を示さなかったため、入港を認めたという。【8月13日 時事】 
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8日になされたスリランカ外務省の入港延期要請は何だったのか・・・という感もありますが、それを押し切る中国の“剛腕”も、まあ、たいしたものです。
と言うか、ここで入港を諦めたら、「スパイ船」とのインド・アメリカの言い分を認めることにもなる・・・それはできない・・・という判断でしょうか。

【経済破綻 生きるために体を売る女性 給油のために10日間並ぶドライバー そして臓器売買】
中国とインド・アメリカの対立が生む荒波に翻弄されるスリランカですが、国内経済状況は破綻の危機・・・と言うより、すでに破綻しています。

****生きるために身体を売る女性たち*****
迷走する政治と経済に、国民の生活は疲弊している。経済危機を受け、スリランカの主要産業のひとつであるアパレル産業で働く女性たちは、食糧を買う資金を得るために売春宿で働くことを余儀なくされている。

英テレグラフ紙は、NIKEやGAPなど大手多国籍企業向けの製品工場で働く女性たちが、物価高のため副業として体を売っていると報じている。

同紙によると女性たちには、1000スリランカ・ルピー(約380円)ほどの日当が支給される。だが、40%にも達するインフレを前に、こうした賃金は無価値になりつつあるという。

衣料品業界で働く女性の多くは同業界の経験しかもたず、体を売る以外に追加収入を得る術がない。記事が掲載されたのは5月だが、現在ではさらに状況が悪化している。英BBCはスリランカ政府発表のデータをもとに、6月のインフレ率が54.6%に達したと報じている。

薬と食糧を買うため、体を売る女性が目立つようになった。インドの大手コングロマリットが運営するニュースメディア「ファースト・ポスト」は、首都スリジャヤワルダナプラコッテに隣接する旧首都のコロンボで、にわかづくりの売春宿が増加していると報じている。売春宿には研究者からマフィアまで多様な客が集い、彼らを相手にすることで1日で半月分の収入を得ることができるという。

ガソリン不足で働けず、輸送混乱で物価上昇
食糧以外では、ほぼ輸入に依存している燃料の不足も深刻だ。
ガソリンと軽油を求め、給油所には連日長蛇の列ができている。英BBCは、コロンボでミニバス運転手として働く43歳男性の事例として、給油待ちの列に10日間並んだ事例を取り上げている。車中泊をしながら10日目に給油所にたどり着いたが、それでもタンク満タンの給油はかなわなかったという。

英スカイ・ニュースは、トゥクトゥク(三輪タクシー)で稼ぐある運転手の話を伝えている。燃料不足を受け、この男性は2週間に一度しか操業できない状態だという。妻は妊娠中だが、「彼女のおなかにいる子供にごはんをあげることができていない」とこの男性は唇を噛む。

食糧難に喘あえぐのは、一部の国民だけではないようだ。シンガポールの国際ニュースメディアであるチャンネル・ニュース・アジアは、世界食糧計画(WFP)による評価として、スリランカの6世帯に5世帯が食べ物を抜くか減らしていると報じている。ある一家は小さな魚を6人の子供に分け与え、大人は残った汁だけで空腹を紛らわせている模様だ。

燃料不足で商品の輸送が停滞しており、食品などの価格上昇に歯止めがかからない。【7月28日 PRESIDENT Online】
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生活に困窮した者が最後に手を染めるのは、子供の売買と臓器売買。
日本のNPO法人が関与したとされる下記のような話も、こうした経済破綻を背景にしたものでしょう。

****「臓器売買疑惑」スリランカでも移植計画…NPO「急いでやろう、患者10人送る」****
海外での生体腎移植で臓器売買が行われた疑いがある問題で、NPO法人「難病患者支援の会」(東京)が今年に入りスリランカでの移植を計画し、海外のコーディネーターに「(患者を)2人ずつ合計10人ぐらい送ります」と伝えていたことが、読売新聞が入手した録音・録画記録でわかった。現地は政情が不安定で、手術は実現していない。
 
コーディネーターは、臓器売買に関与した疑いで2017年にウクライナ当局に逮捕されたトルコ人男性(58)。中央アジア・キルギスで昨年行われた日本人患者の生体腎移植で、ドナー(臓器提供者)1人あたり約1万5000ドル(約200万円)の「ドナー費用」をNPOから受け取ったことが判明している。(中略)

NPO法人「難病患者支援の会」は12日、「一連の報道について」などと題する複数の文書をホームページで公表した。「臓器売買に関与したことは一切ない」とする一方、キルギスで昨年行われた移植について「臓器売買の疑いがあるのも事実」とした。

文書では、NPOがこれまで17年余りで約170例の海外移植を案内し、ドナーは事故死、脳死、死刑囚(2015年まで)、生体(過去5例)のケースがあるとした。ドナーの選択・手配は現地の病院やコーディネーターなどが行っているとし、「NPOが関与することは絶対にございません」と説明した。

キルギスでの移植については、コーディネーターからの説明で手術前に生体移植と認識していたと記載。「私どもの知らない時に臓器売買が行われていたかもしれません」とした上で、今後は生体移植に関わらないと表明した。

臓器移植法が禁じる無許可の臓器あっせんは「一切行っていない」として、「これからも移植を必要とし、国内にて機会が得られない患者の方々の支援活動を続ける」とした。【8月13日 読売】
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「私どもの知らない時に臓器売買が行われていたかもしれません」というのは、今時通らない弁解です。

【IMFの他、インド、中国、ロシアへ支援を求めるも、政治の立て直しが第一歩】
経済破綻状態のスリランカは今月、30億ドルの支援を求めて国際通貨基金(IMF)との交渉を再開する予定ですが、当面の危機乗り切りのために、既に40億ドルの資金を提供しているインドだけでなく中国、更にはロシアにも支援を求めています。

****スリランカ、中国に貿易・投資・観光への支援要請=駐中国大使****
スリランカのパリサ・コホナ駐中国大使は25日、ロイターとのインタビューで、スリランカが持続的な成長を支えるため中国に貿易、投資、観光への支援を要請しており、総額40億ドルの包括的な緊急援助に向けて交渉していると述べた。

スリランカにとって中国は日本と並ぶ最大の債権国。中国はスリランカの対外債務の10%程度を保有している。

コホナ氏によるとスリランカは、中国企業によるスリランカ産の紅茶、サファイア、香辛料、衣料品の購入を増やし、輸入規則の透明性を高めて運用を容易にするよう中国に求めている。

スリランカで2019年に発生した連続爆破テロやその後の新型コロナウイルスのパンデミックで大幅に落ち込んでいる中国からスリランカへの旅行者についても、もっと増えることを望んでいると訴えた。

コホナ氏は、スリランカのウィクラマシンハ新大統領が訪中し、通商や投資、観光などの課題について話し合う予定だと述べた。また、新政府の対中政策はこれまでと根本的に変わらないとの見通しを示した。【7月26日 ロイター】
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冒頭の中国船入港を認めた背景には、こうした事情もあるのでしょう。

****経済危機で高まるロシア依存****
中国とのパイプが深まる一方で、ロシア依存も大きな懸案となりつつある。英BBCは、スリランカのゴタバヤ・ラージャパクサ前大統領が辞任の1週間前、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領に対して燃料輸入に関して支援を要請したと報じている。

報道と前大統領自身のツイートによると、スリランカ側は輸入代金の支払いに関して信用面での支援をプーチン氏に求めた模様だ。スリランカは燃料不足解消のため過去数カ月間でロシアからの燃料輸入を行っているが、今後さらに輸入量を拡大することが予想される。

同記事によるとスリランカ側は、かつて観光客のおよそ20%を占めていたロシア人観光客の再来にも期待感を示しているという。ウクライナ侵攻を発端に国際社会がロシアと距離を置くなか、正反対の動きとなった。

スリランカ側はそもそも、ロシアへの経済制裁に反対の立場を示している。小麦や燃料などのロシアからの輸出が滞ることで、途上国の経済が困窮しているとの主張だ。

インドのPTI通信が報じたところによると、ラニル・ウィクラマシンハ首相は西側諸国に対し、「ウクライナ侵攻に関するロシアへの制裁は、モスクワを屈服させることにはならず、代わりに食糧不足と物価高騰で途上国をひどく傷つけることになるだろう」と発言した。【7月28日 PRESIDENT Online】
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関係国の支援を取り付けるのも重要ですが、まずはラージャパクサ一族支配のもとで腐敗したスリランカ政治を立て直すことが根本的課題でしょう。

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中国も通貨スワップで資金を出しているが、スリランカの債務再編には消極的だ(もしも応じれば「債務の罠」に落ちた他の諸国も同様な要求をしてくるに違いない)。

日本は主要な援助国で債権国でもあるが、やはり追加支援には慎重だ。この腐敗体質では援助金がどこに流れるか分からないからだ。

他の支援国も同様で、スリランカ政府の腐敗の根が取り除かれないかぎり、誰も動かない。早急に政治の安定を取り戻すことが、さらなる追加融資や債務再編の第一歩だ。【7月22日 Newsweek“国民を「こじき」にした一族支配、行き過ぎた仏教ナショナリズム──スリランカ崩壊は必然だった”】
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中国  「中華民族の偉大な復興」としての台湾統一、それに向けての北京台北高速鉄道 昨今の国風文化

2022-08-12 22:25:17 | 中国
(江蘇省南京市の夫子廟で漢服を着て観光する観光客たち(2021年8月25日撮影)【2021年10月4日 AFP】
コスプレとしては面白いですが、それ以上のものとして定着するのは・・・難しいかも)

【「中華民族の偉大な復興」に乗って「2035去台湾 (2035年、台湾に行こう)」ヒット 35年に向けて「統一」ブームが加熱】
ペロシ米下院議長の訪台で緊張が高まった中台関係についてはこれまでも取り上げてきましたが、台湾統一の軍事作戦を想定した大規模な中国側の軍事演習はだいぶ前から準備されたもので、今回の中国の反応は議長訪問を「口実」に台湾統一への動きを本格化させたものだとの指摘もあるようです。

習近平政権の軍事作戦による台湾統一の本気度はよくわかりませんが、台湾統一が「何としても達成したい悲願」であるのは事実で、習近平主席としても歴史に名を残すために達成したい思いでしょう。

****中国、台湾統一の白書を発表 武力行使を放棄しない意思を明確に****
台湾海峡を巡る緊張が高まる中、中国政府は10日、台湾統一に関する白書を発表した。白書では「平和統一のための最大限の努力を継続する」と強調しながらも、武力行使についても放棄しない意思を改めて明確にした。

中国政府で台湾政策を担当する国務院台湾事務弁公室などが「台湾問題と新時代中国の統一事業」とのタイトルで作成した。

白書は武力統一に踏み切る可能性について「全ての必要な選択肢を持ち続けるが、平和的でない方法は、やむを得ない状況の中での最後の選択だ」とも強調している。

一方、ペロシ米下院議長の台湾訪問などを念頭に「米国の一部の勢力は、台湾を使って中国をけん制しようとしており、中国の平和統一の努力を妨げ、中米関係に悪影響を与えている」と米国の対応などを非難した。【8月10日 毎日】
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軍事作戦によるか否かは別にして、台湾統一のシンボルとなりうるのが北京と台湾を結ぶ高速鉄道の建設。中国側の“スケジュール”としては2035年完成を見込んでいるとか。

中国側の北京から海峡入口まではすでに繋がっているので、あとはトンネルで結ぶだけで、技術的にも自信があるとか・・・・とは言え、35年完成のためには2年後ぐらいには着工しないといけないことにもなります。

そのためには、アメとムチで中国に宥和的な国民党政権を台湾に誕生させるのが前提になりますが・・・あるいは、一気に力で台湾を呑み込むか・・・。
中国社会では、35年に向けて「統一」ブームが加熱しつつあるとか。

****北京台北高速鉄道という危機 台湾統一に本気で動く中国****
(中略)
既に台湾海峡手前に迫った高速鉄道
しかし新疆・香港で、外界の懸念を一切意に介さない極端な弾圧を行った習近平は、台湾についても力の論理で北京本位の「一国二制度」を迫り、「中華民族復興の夢」を実現させようとしている。その象徴として、福建省から台湾海峡をくぐって台北に至る高速鉄道の着工が視野に入りつつある。

中国は、高度成長で「盛世」を謳歌するようになった2000年代に入ると、自国の発展の現状と「富強」「祖国統一」の願望に鑑み、台北に至る高速鉄道・高速道路をめぐる検討を重ねた。07年4月には福建省福州市で「第1回海峡両岸ルート・プロジェクト学術検討会」が開催されたほか、中国鉄道部と福建省は08年3月、北京と台北、雲南省昆明と台北を結ぶ高速鉄道計画で合意した。

習近平政権に入るとこの計画はさらに具体化し、(中略)20年には、福州から台北へ向かうルートの中国側最前線にあたる海壇島・平潭までの高速道路・高速鉄道が相次いで開通した。

平潭までの高速鉄道は、現在のところ福州と平潭の間を毎日10往復程度が走り、中には北京・上海・深圳と結ぶ便もある(最新の運行状況は中国国鉄予約サイト『中国鉄路12306』で分かる)。

(中略)今や技術陣のトンネル着工に向けた意気は高く、地震発生帯を避けつつの設計図も完成しているのだという。

平潭から台湾・新竹市の南寮に至るトンネルは、道路・電線用と合わせた計3本が設けられる予定であり、完成後は130キロメートル超・世界最長の海底トンネルが中台の関係を緊密にするという(中略)。

台北への高速鉄道計画に沸き立つ中国
中国共産党創建100周年を迎え、次の100年ならびに2049年の建国100周年を見据えた21年3月、全国人民代表大会は第14次5カ年計画ならびに「2035年長期目標」を大々的に掲げ、中国の人々はその実現に向けて大いに鼓舞・動員されつつある。

35年とはどのような意味を持つのか。この年は第16次5カ年計画の満了年にあたり、「社会主義現代化強国」に躍り出た中国が技術面で世界を牽引するほか、一人あたりの国内総生産(GDP)はイタリア・韓国並みの3万ドルを実現し、中レベルの先進国となることを謳っている。

また習近平は、35年の時点で82歳である。もし仮に習近平が毛沢東と並ぶ終身の「領袖」となり、自分が存命のうちに「中華民族の偉大な復興」に相応しい業績=台湾統一と最先端の強国化を同時に誇示するとすれば、35年はそのタイミングにふさわしい。

もっとも、現在の中国のGDP水準は一人あたり1万ドル強である。「2035年長期目標」を実現するためには毎年7〜8%の成長が必要であるところ、昨今の疫病禍や西側諸国との対立ゆえ、その実現可能性には疑問符が付きまとう。

このため、第14次5カ年計画では対外経済関係の比重を下げ、自国内でのイノベーション・強力な国内市場の形成を強調しており、それによって世界が中国の経済的・技術的魅力を無視できないようにするという性格が強い。(今村弘子「第14次5か年計画と2035年長期目標から中国経済を考える」『季刊・国際貿易と投資』124号)

そこで中国政府は、持続的な経済発展におけるボトルネックを緩和するべく、35年までの交通網建設の全体像を描いた「国家綜合立体交通網計画(原語では規画)綱要」を発表した。

この中では(中略)台湾への高速鉄道は、「北京・天津・河北(雄安新区)=広東・香港・マカオ主軸」の支線として大々的に掲げられた。

こうして党・政府によって、35年までに高速鉄道が台北まで開通するというメッセージが発せられた結果、中国国内では言わば「統一」ブームが加熱しつつある。

昨年9月、愛国主義的シンガーソングライターである孟煦東 (もう・くとう) が「2035去台湾 (2035年、台湾に行こう)」を発表し、中国の人々が高速鉄道に乗って澎湖島・阿里山・日月潭といった名所をめぐる一方、台湾の人々が高速鉄道に乗って北京に向かい、「日々心の中で慕ってきた天安門の日の出を眺め、万里の長城を眺める」「山々を赤く染めるほどの紅旗の波、そして偉大な復興を遂げる中国の夢を眺める」情景を唱ったところ、一度聞いたら忘れられない中国の民謡がかった (?) 節回しと相まって、爆発的なヒットを巻き起こしている。

今後2年以内に中国は必ず行動する?
このように中国は、いよいよ香港に次いで台湾を「一国二制度」下に置き、または親中政権の成立を促して従属下に置くことで、台北までの高速鉄道を実現させ、「中華民族の偉大な復興」を高らかに告げる段取りを整えている。

最近中国は、英国による香港支配を極めて厳しい表現で非難し、今般の台湾海峡危機にあたっても日本の批判に対してむしろ「台湾問題における日本の歴史的責任を問う」と強烈な反応を見せている。

これらはひとえに、領土面での「核心的利益」が犯され続けた屈辱の近現代史を完全に過去のものにし、外国が香港・台湾に及ぼした価値観をも消し去ることで、「本来の中国文明が真正に覚醒したことによる統一国家の夢」を実現させようとする決意の表れである。

とはいえ、恐らく習近平政権も、なるべく「穏便」に統一を進める方が良いと考えていることであろう。
台北への高速鉄道の35年完成を見据えれば、遅くとも24〜25年頃には着工することが望ましいことから、中国は今後2年以内を目途に、台湾に対してあらゆる手段を用いて「統一戦線工作」を仕掛ける可能性が高い。

具体的には、軍事的・経済的圧力を極限まで高め、台湾の人々の抵抗心を削ぎ、中国との協力によってはじめて台湾の将来があると改心させ、親中的な国民党の選挙勝利に持ち込む一方、日米両国に対しても「台湾に手出しをすれば必ず多大な損害を被る」と躊躇させるべく、あらゆる軍事・外交的な策を繰り出すことであろう。

あるいは勿論、中国と日米台の力関係が完全に逆転すれば、ウクライナに対して「兄弟民族の再団結」と称して侵略したロシアと同様の挙に出ないとは、誰も断言出来ない。

今般のペロシ米国下院議長の訪台を契機とした大規模な軍事演習は、その取りかかりに過ぎない。かねてから習近平は「戦争の準備をせよ」と言っており、いつでも責任を日米台に転嫁させつつ、より高い段階の圧力と「台湾海峡の内水化」を強める機会を求めていた。

24〜25年頃までのトンネル着工を踏まえれば、まさに今がそのタイミングであり、ペロシ氏の訪台は格好の口実とされたと言える。(後略)【8月12日 WEDGE】
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(中国にとっても多大なリスクを伴う)軍事作戦の方は「いつ実施されるか」は全く見当がつきませんが、2年以内に宥和的な国民党政権を成立させ云々の方は、現時点では軍事作戦以上に可能性を低いように思えます。
先のことはわかりませんが。

興味深いのは、「中華民族の偉大な復興」「中国文明の覚醒」の「夢」に乗せて、「統一」ブームが高まっているということ。

政治と社会の共鳴で、政治が掲げた目標に社会が反応し、社会の動きに突き動かされる形で政治が更に声を強め・・・という相互影響も想像されます。

中国社会は「中華民族の偉大な復興」という政治的目標に共鳴して、中国固有の文化を見直し重視する流れが強まっています。国力の増強に伴う中国の人々の自国への自信の表れでもあるでしょう。

【「中国文明の覚醒」の表れか 漢服ブーム】
いささか些末な話題にもなりますが、昨今の漢服ブームとか医療における中医重視なども、そうした流れの一環でしょう。

****中国で「漢服」が若者の普段着に 市場規模は1700億円超****
歩行者天国や文化施設など北京市内の各地でファッションショーを行った9月の「北京ファッションウィーク」では、漢民族の伝統衣装「漢服」をテーマにした衣装が登場し、多くの観客を魅了した。

中国紡績無形文化遺産PR大使兼デザイナーの張義超(Zhang Yichao)さんは「2000年前にさかのぼる漢王朝の国宝の紋織物からインスピレーションを受けた。現代のデザインと組み合わせることで文化遺産を継承していきたい」と意気込みを語る。

漢服は漢朝、唐朝、明朝などの時代に分類される。現代的なデザイン要素を取り込んでいるが、襟や帯、右衽(うじん・左側の襟を上にして交差すること)、幅広の袖、長袍(男性用の長い胴着)、馬面裙(女性用スカート)などの伝統を受け継いでいる。2021年には漢服愛好家は約689万人に達し、産業規模は100億元(約1721億円)を超える見通しだ。

つい最近まで、漢服は普段着とは見なされていなかった。愛好家の1人、関嘉美(Guan Jiamei)さんは「漢服を着て外出すると、『変な服装』『ドラマか何かに出演するの?』などと、よく冷やかされました」と振り返る。

漢服ファッションが広まった後も、「値段が高い」「制作期間が長い」というイメージが定着。オーダーメードの衣装が多く、1着1万元(約17万円)するものも多かったためだ。漢服ブームと共に値段も手頃になってきており、今年第1四半期では漢服愛好家の45.2%の平均購入価格は301~500元(約5181~約8606円)だった。(中略)

漢服の認知度が高まるにつれ、「漢服文化祭」や「漢服国風賞」などの活動が次々と登場し、漢服が普段着として浸透してきた。(中略)

寧夏大学(Ningxia University)経済管理学部の馮蛟(Feng Jiao)副学部長は「漢服文化が人気を博しているのは、動画投稿プラットフォームなどのSNSやサブカルチャーを楽しむ文化が、若者の間で浸透していることも影響している。現代の若者のライフスタイルを反映していると言える」と分析している。【2021年10月4日 AFP】
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中国の伝統衣装というと日本ではチャイナドレスを思い浮かべますが、チャイナドレスは“最後の中華王朝「清国」が滅ぼされた後、上海の女学生たちが満州服に洋服の裁断要素を重ね合わせ、創られた服”【ウィキペディア】。

漢服はそれ以前から存在する漢民族固有の文化・・・ということですが、実際に目にする漢服は伝統衣装というよりド派手なコスプレ衣装という感じも。

3年ほどの前の中国旅行の際に街で見かけ「話には聞いていたけど、実際にいるんだ・・・」と驚きました。やや周囲から浮いているようにも見えましたが。

****漢服を着て中国風ホテルに宿泊、若者の七夕の新トレンド―中国****
今年の七夕節(旧暦7月7日、今年は8月4日)は夏休みに当たり、この中国で最もロマンティックな色彩を帯びた伝統的祝日に、若者はずっと関心を寄せてきた。若者が徐々に消費の中心になるにつれ、今年の七夕節には「95後(1995年から1999年生まれ)」がホテル予約市場で旺盛な消費力を見せている。

ホテル予約サイトの首旅如家のデータによると、全国で七夕節にホテルを予約した人のうち、「95後」が62.4%を占め、ホテル予約件数の急増傾向を効果的に牽引している。(中略)

ここ数年、伝統衣装「漢服」の文化がますます多くの若者に受け入れられるようになった。調査会社の艾媒諮詢のまとめたデータでは、2022年の漢服市場の規模は前年比23.4%増の125億4000万元(約2508億円)に達する見込みという。

漢服産業が勢いよく発展し、このことはクラシカルな中国風の美しさを求めるトレンドが若者の間で徐々に主流になる様子を一つの側面から映し出している。

クラシックな中国風を特色とする璞隠ホテルは、今年の七夕節に若者の間で非常に人気が高い。同ホテルは「都市の隠れ家」をデザインのコンセプトに、ホテル内のあちこちに中国の古書、絵画、陶磁器などを配置し、数多くの若い顧客を獲得している。

中国風や漢服を愛好する若い消費者の間では、七夕節には優雅な中国スタイルの空間の中、漢服を着て、中国茶を味わい、写真を撮り、恋人と二人きりの世界を楽しむのがトレンドになっている。【8月5日 レコードチャイナ】
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【中医は中華民族の偉大な創造物 コロナ治療の伝統薬に疑義を呈した医療情報ポータルサイトが当局の検閲受ける】
まあ、漢服は趣味・好みの問題ですが、中医重視になると健康にも影響します。更に下記のような話になると政治問題の側面も。

****中国、医療情報サイト検閲 コロナ治療で承認の伝統薬に疑義****
中国政府が新型コロナウイルス感染症の治療薬として承認した伝統薬に疑義を呈した医療情報ポータルサイト「DXY」が、「関連法規に違反した」として当局の検閲を受けている。

中国IT大手の騰訊控股(テンセント)が出資するDXYは数か月前、発熱や喉の痛みに効くとうたって発売されている伝統薬「連花清瘟(れんかせいおん)」について、新型コロナ治療における効果を疑問視する記事を掲載。これをきっかけとする一連の報道により、製造元の中国製薬大手の株価は急落した。

中国政府は、金銀花(スイカズラ)や杏仁(アンズの種)などの生薬を含有する「連花清瘟」を、2020年に新型コロナ治療薬として承認。今年、上海で感染が拡大した際には住民に配布していた。

「連花清瘟」に関するDXYの記事は、すでにサイト上から削除されている。
DXYは現在、少なくとも5個のソーシャルメディア「微博(ウェイボー)」のアカウントで投稿を禁止されている。公式サイトの上部には「関連法規に違反したため、このユーザーは投稿を禁止されています」との通知が掲載されている。

通常は毎日複数の医療関連記事を掲載しているチャットアプリの微信(ウィーチャット)の公式アカウントも、8日から更新されていない。

中国政府は近年、国内外で中国伝統薬のアピールに力を入れているが、しばしば国粋主義的な色合いを帯びる。DXYの記事は、西洋の医薬品を宣伝する目的で中国伝統薬を標的にしているとの批判を招いた。

一部の微博ユーザーは、今回のアカウント凍結を称賛。DXYは「反中国勢力」と結託して虚偽情報をばらまいていると非難している。

一方、誤った情報が排除されている貴重な医療情報サイトが失われたことを嘆き、検閲に抗議している人もいる。あるユーザーは、「私の母は熱を出した子どもに鶏の胆のうを食べさせるような人だった」と投稿し、DXYのおかげで最新の医療情報を得られるようになったと訴えた。

米国をはじめとする各国は、「連花清瘟」に新型コロナ感染予防や治療の効果があるという「信頼できる科学的根拠の裏付けはない」として、警鐘を鳴らしている。 【8月11日 AFP】AFPBB News
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ロックダウン中の上海の各家庭には連花清瘟というカプセルになっている薬が配られた。連花清瘟は伝統医療の中医の薬の一つでレンギョウなどの生薬が配合されている。

中医は中国で2000年以上の歴史があり、西医と並び広く普及している。大病院には中医科が存在し、中小の診療所など含め、7万2000カ所以上あり、年間10.6億人が利用している。

中医の診察は脈診や舌診などがある。中医が広く普及しており、その薬のうちの一つの連花清瘟がコロナ対策で配られた。連花清瘟は中国ではコロナに効くとされているが、世界的には微妙な評価となっている。

連花清瘟は元々インフルエンザ治療に使用され、解熱と肺の解毒の効果があるとされており、それがコロナでも軽症や中症などのコロナ患者にも効果的だったことから、中国のお墨付きで広く投与されるようになった。

中国の新型コロナ診療ガイドラインには、ファイザー社のパクスロビドなどと並んで中医のち療法も載っている。ガイドラインには、乾燥ミミズや水牛の角も効くとの記載がある。

中医の生薬をコロナの治療法として認めているのはアジアなどの一部の国のみ。FDAがアメリカ国内で連花清瘟を無許可で売った業者に何度も警告した。習近平国家主席は、中医は中華民族の偉大な創造物で古代科学の宝物だと絶賛している。カンボジアには中国の援助で作られた病院があり、中医の診療科も入っている。【5月25日 フジテレビ】
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西洋医薬品の多くは伝統的生薬の成分を抽出したものをベースにしており、生薬成分の薬が“古臭い”とか“効かない”と言うつもりは全くありませんが、問題はエビデンスの有無でしょう。

更にそこに「中華民族の伝統重視」という政治的価値観が混入すると・・・・どうでしょうか?

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