孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ウクライナ  結婚を急ぐ若者 ウクライナ批判を憚る空気? 真相不明のザポリージャ原発攻撃

2022-08-11 23:33:42 | 欧州情勢
(ウクライナ・キーウで結婚したばかりの夫婦(2022年7月23日撮影)【8月8日 AFP】)

【急増する結婚 「戦争に、私たちの計画を台無しにする権利はない」】
戦時下では若者が結婚を急ぐ傾向が強いことは歴史的にも証明されているようですが、ロシア軍との戦いが続くウクライナでも・・・

****戦時下で結婚急ぐ若者急増、首都では8倍超に ウクライナ****
ウクライナ中部クレメンチュクで、テチアナさんは6月の結婚式当日、大きな音にたたき起こされた。シャンパンのコルク栓を抜く音なら良かったのだが、実際は自宅近くにロシアのロケット弾が着弾した音だった。

デザイナーのテチアナさんはAFPに「最初は雷鳴かと思ったが、空に雲はなく、砲撃だったと気付いた」と述べ、砲弾の直撃に備えて部屋から廊下に急いで避難したと振り返った。

夜明け前の攻撃による被害に動揺したものの、テチアナさんと婚約者タラスさんは、6時間後に迫った式を決行する意思を確かめ合った。

「初めは式をキャンセルすべきではないかと思ったけれど、婚約者から予定通りにしようと言われた」と語ったテチアナさんは、「戦争に、私たちの計画を台無しにする権利はない。私たちには家族をつくり、人生を満喫する権利がある」と強調した。

■長期化する戦争
クレメンチュクが位置するポルタワ州では、2020年に1300組が結婚したのに対し、2月24日にロシアがウクライナに侵攻した後の6週間で1600組が結婚した。

首都キーウでは、結婚の急増ぶりはさらに顕著だ。5か月間に9120件の婚姻届が提出され、2021年の結婚式の数が1110件だったことから、8倍以上も増加したことになる。キーウ中心部の役所ではある土曜日、40組以上のカップルが門出を迎えた。

アナスタシアさんとの結婚を控えたビタリーさんは、戦地に赴くため軍服を身にまとっていた。「戦争の最中に結婚するのは最も勇敢かつ困難な決断だ。次に何が起こるか分からないのだから。すぐに前線へ行くかもしれない」と話した。

ウクライナでは婚姻手続きが簡素化され、届けを出したその場で結婚できるようになったことも、増加を後押ししている。ビタリーさんは「戦争は続く。今結婚した方がいい」という考えだ。

■ウクライナ人の反骨精神
公務員のチャルニフさんは3月初め以降、息をつく暇もなく結婚儀礼を執り行っており、戦時中の特別な役割を果たしていると自負している。「公務員として国民を心の面で支えることで、国のためになれるはずだ」

戦時下では、若者が恋愛を結婚へと急いで成就させる傾向が強いことは歴史的に証明されている。第2次世界大戦中の1942年、米国では180万組が結婚したが、この数字はその10年前と比べて83%の増加だった。
 
ャルニフさんによると、特に兵士の間での結婚が増えているという。「こういう困難な状況の中では、あす何が起こるか分からない。皆、可能な限り早く結婚しようとしている」

中部ビンニツァのヨガ講師ダリア・ステニュコワさんは、ビタリー・ザバリニュクさんとの結婚式を何週間もかけて計画してきたが、式を翌日に控えて最悪の事態に見舞われた。

ロシア軍の巡航ミサイルが市中心部に着弾。26人が死亡し、婚姻登録を受け付けている役所に被害が出たほか、ステニュコワさんのアパートも破壊された。

ステニュコワさんは「ショックは受けたけれど、結婚式を行う決意は揺るがなかった。諦めるのは問題外だった。家は破壊されてしまったけれど、私たちの人生はそうではない」と語った。

市内に祝宴を催せるようなムードはなく、友人や家族を呼ぶ会は延期せざるを得なかった。ただ、何とか婚姻手続きだけは別の場所にある役所を探して済ませようと決めたステニュコワさん。

「どの役所も新たな1組を受け入れる余裕はなかった。可能性はないと断られたが、とにかく行ってみることにした」ところ、「一日中待つ覚悟だったが、到着して3分で結婚することができた」という。

ステニュコワさん夫妻は、結婚を記念し、攻撃を受けたアパートで写真撮影するというユニークな試みを行い、注目を集めた。「ウクライナ人がどれほどたくましいのか、その反骨精神を世界に示すメッセージだった。ロケット弾が頭上を飛来していても結婚する準備はできている」 【8月8日 AFP】
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切迫した状況にあっても、結婚という人生の極めて重大な決断は冷静に・・・・というのは余計な一言。
ただ、そもそも冷静に判断したら結婚なんてできるもんじゃない・・・というのは、もっと余計。

【国際人権団体 ウクライナの戦時国際法違反を報告するも、「深い遺憾の意」を表明】
攻撃を受ける側が軍事拠点を民間人居住地域に置いて攻撃を受けにくくする・・・・というのは、戦争・紛争において“ありがち”なことのようにも思いますが、人道上の問題だけでなく戦時国際法にも違反するようです。

そんな事例がウクライナ軍にもあると、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルが報告して話題になりました。

****ウクライナ軍、民間人居住地域に軍事拠点 アムネスティ****
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは4日に公表した報告書で、ロシアの侵攻を受けているウクライナの軍が、国際法に違反する形で学校や病院を含む民間人居住地域に軍事拠点を構築して市民の命を危険にさらしていると批判した。

アムネスティは、自衛する側のこうした戦術は「ロシアの無差別的な攻撃を正当化するものではない」として、北東部にある第2の都市ハルキウなどでロシア軍が犯した「戦争犯罪」は、ウクライナ側の戦術とは無関係だと強調した。

その一方で同団体は、ウクライナ軍がハルキウやドネツク、ルガンスク、ミコライウ各州にある19の自治体で、民間人を危険にさらした可能性がある事案を列挙した。

アムネスティの調査員は、ウクライナ軍が病院5か所、学校22か所を「事実上の軍事基地」に転用していたことを確認。学校は閉鎖されていたとはいえ、民間人居住地域内に所在していた。

アムネスティのアニェス・カラマール事務総長は「ウクライナ軍が民間人居住地域で活動する際に市民を危険にさらし、戦時国際法に違反するパターンを記録した」と述べた上で、「自衛する側にいるということは、ウクライナ軍が国際人道法を順守しなければならないという責務を免除するものではない」と指摘した。

報告の中で、ウクライナ軍が拠点を築く民間人居住地域は前線から数キロ離れており、民間人に対して危険を及ぼさない「代わりになり得る場所」もあるとの見解を示した。また、ウクライナ軍がこうした拠点からロシア軍に向かって攻撃を仕掛けることで、市民が報復攻撃にさらされるにもかかわらず、避難の呼び掛けもしていなかったと批判した。

報告書の公表を受けて、ウクライナ政府は強く反発し、アムネスティはロシア側のプロパガンダの発信元と結託していると非難した。【8月4日 AFP】
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記事最後にあるように、ウクライナ政府は強く反発していたのですが、アムネスティ側がウクライナ側に苦痛と怒りをもたらしたとして、「深い遺憾の意」を表明する展開に。

*****ウクライナ軍“非難”の報告書めぐり国際人権団体がウクライナ側に「深い遺憾の意」****
ウクライナ軍が国際人道法に違反していると非難した報告書をめぐり、国際人権団体のアムネスティ・インターナショナルは7日、ウクライナ側に苦痛と怒りをもたらしたとして、「深い遺憾の意」を表明しました。 

アムネスティ・インターナショナルは、4日に公表した報告書で、ロシアによる侵攻に反撃するウクライナ軍が学校や病院を含む住宅地で基地を設置するなど、「一般市民を危険にさらしている」として国際人道法に違反するとウクライナ側を非難していました。 

これに対し、ウクライナのゼレンスキー大統領が「テロ国家に恩赦を与え、被害者に責任を負わせようとしている」などと強く反発していました。 

こうした事態を受け、アムネスティ・インターナショナルは7日、「報告書がウクライナ側に苦痛と怒りをもたらした」として、「深い遺憾の意」を表明する声明文を発表しました。

声明文では、「民間人の確実な保護が唯一の目的だった」とウクライナ側に理解を求めました。 
さらに、「ロシア軍による行為についてウクライナ軍に責任を負わせるということでも、 ウクライナ軍が国内の他の場所で十分な予防措置をとっていないということでもない」と説明した上で、ウクライナ側に国際人道義務を順守するよう改めて求めました。【8月8日 日テレNEWS】
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事実誤認を認めて謝罪したという訳ではないようです。
アムネスティ側は、「我々が訪れた19の街や村で、ウクライナ軍は民間居住地の隣にいたのを確認した。だが、ウクライナ軍が他の地域で十分な措置をとっていないと主張しているわけではない」とも。

ただ、ロシアの理不尽な攻撃に抵抗しているウクライナに不利なことを言い立てるのは配慮を欠いたということでしょうか。

ただ、だからといって「ウクライナ=正義」でもなく、抵抗のためなら何をやってもいいという訳ではありませんので、ウクライナを批判するのが憚られるような空気があるというのは、それはそれでいささか問題でもあります。
全ては、実際にはどうなのかという事実関係次第です。

【よくわかないザポリージャ原発への連日の攻撃、クリミア空軍基地の爆発】
“抵抗のためなら何をやってもいい”という類なのか、あるいはロシア側の偽装工作なのか、よくわからないのがロシア軍が占拠する欧州最大級のザポリージャ原発に対する連日の攻撃です。

****ウクライナ・ザポリージャ原発に3日連続攻撃 国連事務総長が非難****
ウクライナ南部にあるヨーロッパ最大規模の原発が、3日連続で攻撃された。 

ウクライナ国営原子力運営会社によると、ザポリージャ原発は、7日までに3日連続で攻撃を受け、ロシア軍のミサイルが使用済み核燃料の貯蔵施設のすぐ近くに着弾するなどして、これまで職員2人が負傷した。 

一方、ロシア国防省は、「ウクライナ軍の攻撃だ」と主張。 

来日中の国連のグテーレス事務総長は、原発への攻撃を厳しく非難した。 国連・グテーレス事務総長「いかなる原発への攻撃も自殺行為だ。攻撃が終わることを願っている」 

攻撃が続けば大惨事につながりかねない中、ロシア、ウクライナ双方は「相手が攻撃した」と互いに非難を続けていて、解決策は見い出せていない。【8月9日 FNNプライムオンライン】
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大惨事につながるような攻撃をウクライナ側がするというのも考えにくいですが、さりとて、ロシア側が1回だけならまだしも、連日攻撃を偽装するというのもこれまた考えにくい話で、よくわかりません。

先進7か国は10日、ロシアの原発占拠は「地域を危険にさらす」ものだとして、原発を直ちにウクライナ側に引き渡すよう要求しています。

しかし、ザポリージャ原発周辺では危険な状況が続いています。

****ロシアが原発周辺からロケット弾攻撃、13人死亡=ウクライナ****
ウクライナは、ロシアが占拠したザポロジエ原子力発電所の周辺からロケット弾を発射し、少なくとも13人が死亡、10人が負傷したと明らかにした。危険があるためウクライナ側が反撃できないことを知りながら攻撃していると非難した。

ウクライナによると、ロシアが標的にしたのは原発からドニプロ(ドニエプル)川を隔てたマルハネツという町で、ロシアは過去にウクライナが同原発のロシア兵を砲撃するのに使用した町だとしている。

ゼレンスキー大統領は10日、ウクライナ軍はマルハネツへの砲撃に対抗すると表明。同軍によると、ロシアはザポロジエ地方の他の複数の地域も砲撃した。

マルハネツの近くに位置しウクライナが支配しているニコポリの市長はテレグラムへの投稿で、近隣地域が過去1週間ほぼ毎晩、ロシアの砲撃を受けていると語った。

ゼレンスキー大統領はビデオ演説で、同盟諸国により強力な武器の提供を要請。ウクライナと同盟国は「戦争を早期に終わらせるために占領者に最大限の損害を与える方法」を考えなければならないと述べた。【8月11日 ロイター】
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ロシアが占領するウクライナ南部クリミア半島の軍用空港で9日、大規模な爆発が起き、少なくとも1人が死亡しました。ロシア側は事故と説明していますが、ウクライナ側の抵抗運動や特殊部隊がかかわったとの情報もあります。

****クリミア半島の空軍基地爆発、ウクライナ特殊部隊などが関与か 米メディア****
ウクライナ南部のクリミア半島で起きた大規模な爆発をめぐり、アメリカメディアは10日、ウクライナの特殊部隊が関与したと報じました。

ロシアが支配するクリミア半島の空軍基地で9日、大規模な爆発がありました。
これまで、爆発の経緯はわかっていませんでしたが、アメリカのニューヨークタイムズは10日、ウクライナ軍幹部の話としてウクライナの特殊部隊とロシアの支配に抵抗する地元勢力が関与したものだと報じました。

ウクライナ軍は現在、南部のヘルソン州を中心に反撃を強め、ロシアからの奪還を目指していて、その一環としてロシア軍基地の無力化を狙った可能性もあります。(後略)【8月11日 日テレNEWS】
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こちらも真相はまだ不明です。
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韓国  米中のはざまにあって、対中国関係に苦慮 今も続くTHAAD「3不」問題

2022-08-10 23:24:56 | 東アジア
(韓国を訪問中のペロシ米下院議長が4日、国会本庁の前で金振杓(キム・ジンピョ)国会議長と儀仗隊の栄誉礼を受けながら歩いている。【8月5日 中央日報】 韓国外交部は4日、ナンシー・ペロシ米国下院議長に対する「冷遇」という批判に関連し、「外国の国会議長など議会の方の訪韓に対しては通常、行政府の人は出迎えない」とし、政府の責任論を否認した。)

【尹大統領とペロシ米下院議長との面談を避けた韓国】
一昨日ブログではペロシ米下院議長の訪台への台湾の熱狂的「ペロシ現象」を取り上げましたが、ペロシ議長は台湾・日本などの他、韓国も訪問、そのときの韓国の対応も興味深いものでした。

尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は「夏休み」ということで面談せず、そのことへの批判が高まると、急遽電話会談を実施・・・・中国を怒らせたくもないし、米国と台湾問題で事を構えたくもないという韓国の苦肉の対応とも見えます。

****訪韓したペロシとの面談を謝絶した尹錫悦 中国は高笑いし、米国は「侮辱」と怒った****
N・ペロシ米下院議長が訪韓した際、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は面談しなかった。中国の圧力に屈したのだ。「米国回帰」を謳った保守政権が「米中等距離外交」に舵を切った瞬間だった――と韓国観察者の鈴置高史氏は言う。

「招かれざる客」の米下院議長
鈴置:ペロシ下院議長の訪韓に関連し、米政府が怒り出しました。尹錫悦政権に侮辱された、と考えたのです。経緯はこうです。

ペロシ議長はシンガポール、マレーシア、台湾を訪問した後、8月3日夜に韓国を訪れました。下院議長は大統領の継承順位が副大統領に次いで2位ですから、普通なら尹錫悦大統領が会います。

ところが「休暇中」との名目で尹錫悦大統領は面談を謝絶。朴振(パク・ジン)外交部長官も海外出張中だったので、国会議長だけが会談に応じることになりました。

ペロシ議長のアジア歴訪の主目的は、台湾への支持表明です。(中略)ペロシ議長が訪台したその足で韓国に行って大統領と会えば、怒りは韓国にも向きます。韓国も台湾を支持したように見えるからです。

中国の顔色をうかがう韓国にとって、ペロシ議長は「はた迷惑な客」であり「招かれざる客」だったのです。

当初、尹錫悦政権は「大統領は休暇中」との言い訳を使って面談を避けようとしたものの、保守から非難が噴出しました。ペロシ議長が韓国の次に訪れる日本も含め、すべての訪問国が政府首脳との会談を用意したからです。

米中双方に誤ったサイン
最大手紙で保守系の朝鮮日報は8月4日の社説「ペロシに会わない尹、米中に誤った信号を送りかねぬ」(韓国語版)で、以下のように警告しました。

・(尹錫悦大統領は)NATO首脳会談の演説では自由民主主義国家の間の協力を強調し「自由と平和は国際社会の連帯によってのみ保障される」と述べた。
・こんな尹大統領がソウルに居るにもかかわらず「事前に了解を求めた」としてペロシ議長に会わないのは、中国の顔色を見たのではないか、との解説も一部にある。文在寅(ムン・ジェイン)政権のように屈従的な姿勢では歪んだ関係が続くだけだ。

目先のことしか考えない外交が米中双方との関係を悪化させる、と痛いところを突いたのです。すると、この記事が載った8月4日の朝、韓国大統領府は「休暇中の尹錫悦大統領がペロシ議長と電話する」と発表、同日午後に40分間の電話協議を行いました。

もっとも、同じソウルに居る2人が電話で話すというのも奇妙な話です。どこかで会えばいいだけのこと。当然、記者はそこを質しました。大統領府は「国益を考えた」と答え、中国に忖度したことを暗にですが認めたのです。

中国に褒められた韓国
――米国も舐められたものですね。
鈴置:ええ。ワシントンポスト(WP)はこの事件を「South Korea’s president skips Nancy Pelosi meeting due to staycation」(8月4日)との見出しで報じました。

「staycation」とは自宅、あるいは近場での休暇を意味します。韓国大統領の家のすぐそばまで米下院議長が来た。というのに、在宅中の大統領は会うのを避けた――とWPは不自然さを揶揄したのです。

フィナンシャルタイムズ(FT)の見出しは「South Korean president snubs Nancy Pelosi as China tension rise」(8月4日)でした。WPの「skip(避ける)」以上に厳しい「snub(無視する)」を使い「中国との緊張激化で、ペロシを無視した韓国大統領」と、より批判的に報じたのです。

中国共産党の対外宣伝紙、Global Timesは(中略)「よくやった」と韓国を褒めそやしました。
・韓国の大統領はペロシとの会談を避けたと専門家は見る。台湾海峡の緊張を高めたばかりのペロシを接遇すれば、中国と敵対することは明らかだからだ。
・韓国は現時点で中国を怒らせたくもないし、米国と台湾問題で事を構えたくもない。そこで韓国政府は国会議長だけにペロシと会わせた。これは儀典にもかなうし、国益も守る。

韓国は恩人を裏切った
――米国のメンツは丸つぶれ……。
鈴置:米政府は尹錫悦政権に対し相当に怒ったようです。国務省が所管するVoice of America(VOA)は直ちに「韓国よ、舐めるな」と言わんばかりの記事を載せました。

「専門家ら『ペロシ議長が訪韓し「米韓関係拡張」を再確認…尹大統領との会同は不発、中国のためなら大間違い』」(8月5日、韓国語版、発言部分は英語と韓国語)です。(中略)

社説から消えた「面談謝絶問題」
――米国がこれだけ怒った。韓国の保守はさぞかし強烈な政権批判に乗り出したでしょうね。
鈴置:私もそう思いました。ところが予想ははずれました。ほとんどの保守系紙は「面談謝絶による米韓関係の悪化」から目をそらしたのです。(中略)

結局、大手紙で「面談謝絶」を社説で批判したのは中央日報だけ。「尹錫悦政権も中国を意識するという点で文在寅政権と変わりないという批判を逃れないだろう」と訴えた「同盟強化を叫んでペロシ議長に会わなかった尹大統領」(8月5日、日本語版)が、ひとり気を吐いたのです。

「台湾」に巻き込まれるな
――保守系紙はなぜ、腰くだけに?
鈴置:朝鮮日報の論説委員会も「面談はしなかったが、電話で話したから米国への言い訳はできた」くらいに考えた――あるいは考えたかったのでしょう。

電話協議しようが実際には米国は怒っている。でも、だからと言って中国と全面対決しよう、と呼びかけるほどの覚悟は保守にもないのです。

韓国人は誰しも内心では「中国には逆らえない」と考えている。ただ親米保守の人々は、そう言えば米国との関係が悪化するので口にはしなかった。でも、保守の中国への恐怖心も限界に達し、噴き出たのです。 

――なぜ、今になって「恐中病」の症状が現れたのですか?
鈴置:中国封じ込めに乗り出した米国が、韓国に次々と踏み絵を迫っています。中韓が結んだ「3NO」を破棄して日米韓の合同演習に参加せよ、半導体分野での中国包囲網「chip4」に加われ……(中略)。

米国の言うことを聞けば、中国から激しく報復されることばかり。そのうえ、今度はペロシ訪韓。「台湾問題で中国と向き合え」との踏み絵でした。

韓国人とすれば、「これだけ中国との摩擦を抱えているのに、台湾の面倒まで見ていられないよ」と叫びたい心情なのです。証拠があります。

東亜日報の8月4日の社説「ペロシ氏の台湾訪問で一触即発の米中、試される韓国の外交手腕」(日本語版)は、一口で言えば「台湾問題に巻き込まれるな」との主張でした。

日本では「台湾が中国に侵略されれば、次は日本だ」との危機感が高まる。でも、韓国人にとって「台湾」は人ごとなのです。

「韓国民主化」の虚実
(中略)

ペロシは「清の使臣」なのか
――韓国の保守の話に戻ります。彼らは中国が怖いにしろ、親米派ではないのですか?
鈴置:そこが微妙なのです。8月5日、朝鮮日報が興味深い記事を載せました。「陳重権、『ペロシが清の使臣でもあるまいし…尹の電話通話は神の一手』」(韓国語版)です。

陳重権(チン・ジュングォン)氏は東洋大学(韓国)の元教授。リベラル派ではありますが、文在寅大統領をヒトラーに例えて、同政権の民主主義破壊を痛烈に非難したこともあります(中略)。

そんな骨のある陳重権氏が「尹錫悦大統領がペロシ議長と面談ではなく電話で協議したのは非常にうまいやり方だった」と評価したことを紹介した記事です。

陳重権氏の論理は「ペロシ訪韓は我々の招待ではないし、米政府のメッセージを持ってきたわけでもない。個人的な側面が強いとの見方もある」でした。ただ今ひとつ、説得力に欠けます。勝手に来た同盟国の高官に会う必要がない――とはいかないのが現実です。

韓国人の心を強くとらえたであろう説得が別にありました。見出しにもなった「ペロシ議長が清や明の使臣なのか。李朝時代の情緒がまだ残っている」との心情論です。

明・清の皇帝の使臣が李氏朝鮮を訪問した際、朝鮮王は迎恩門という専用の門で土下座して出迎えるのが慣例でした。米下院議長が来たら大統領があたふたと出迎えるのはそれと同じではないか、と陳重権氏は指摘したのです。

中国大陸の歴代王朝や、日本の属国の民として生きてきた朝鮮半島の人々に対し「もう、我々は属国ではない」との叫びは、けっこう説得力があるのです。

米国は「中国と敵対せよ」と無理難題を押し付けてくる――。今、そんな不満を募らせる韓国人には「米国の要求をすべて聞く必要なんかないのだ!」との呼びかけは、ことさら心に染みます。(後略)【8月8日 鈴置高史氏 デイリー新潮】
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朝鮮半島の政治体制が常に隣国・中国の強烈な影響下にあったことは事実です。そうした歴史的経緯を踏まえて、過剰なまでに中国に配慮する韓国を「恐中病」と嗤う声は日本に多々あります。

ただ、大国に隣接する国が生きていくために“大国の顔色をうかがう”のは現実国際政治の世界では当然の話であり、そうした地政学的配慮がないのは単なる愚か者、匹夫の勇に過ぎません。

評価は、“顔色をうかがうこと”ではなく、それによってどういう結果が生じたかでなされるべきでしょう。
日本は今後ますます衰退し、東アジアの中流国のひとつになっていくでしょう。一方、中国の国際的影響力は今後も更に大きくなります。

現在でも、日本においても対中国関係は悩ましいものがありますが、将来的に力関係が圧倒的に中国に有利に変化したとき、「恐中病」と嗤っていられるか・・・。

【今も続くTHAAD「3不」問題】
韓国が米中間にはさまれて苦しい立場に追い込まれた事例として記憶にまだ新しいのが、2017年に北朝鮮の弾道ミサイルに対抗して日米韓の防衛協力を強化する措置として米軍が配備した高高度迎撃ミサイルシステム(THAAD〈サード〉)と、それに対する中国の韓国への強烈・露骨な報復措置でした。

****THAAD配備で長期化する中国の対韓報復 韓国を襲う「輸出依存」の経済成長を追求したツケ****
米軍の最新鋭迎撃システム「THAAD(高高度防衛ミサイル)」の韓国配備に対する、中国の報復が長期化している。

韓国の商工会議所などは、2017年2月にロッテグループや化粧品・旅行業界を中心に、中国での経済被害が本格化した後も、THAAD配備に抗議することも、中国を批判することもなかった。下手に騒ぎ立て、中国の反発を招き、被害が大きくなるのを恐れたのだろう。
 
もっとも、中国における韓国企業の経済被害は、とどまるところを知らずに膨らみ続けている。
THAADに用地を提供したロッテグループは、中国国内の営業店に対する、当局の嫌がらせ行為(営業停止措置など)により、5000億ウォン(約490億円)の損失を被った。また、現代・起亜グループの中国における自動車販売は、それぞれ前年同期比64%減、同62%減と、大きく落ち込んだ。

被害は中国に在留する韓国人にも及んでいる。
中国の韓国大使館は、中国国内の韓国人に対し「身の安全に注意する」ように呼び掛けた。実際、在中韓国人の犯罪被害件数は、15年が675件だったのに対し、16年は1332件と倍増した。

現代経済研究院によると、THAADが韓国に配備された3月以降、中国における韓国企業の経済被害は、年末までに8兆5000億ウォン(約8346億円)に達するとのことである。

もっとも、だからといって文在寅(ムン・ジェイン)政権は、北朝鮮の「核・ミサイル危機」がここまで深刻化している状況で、THAAD配備を拒否できるはずもない。実際、9月7日、文政権はTHAADのミサイル発射台の追加配備に踏み切った。(後略)【2017年10月5日 産経】
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このTHAAD配備問題は、まだ終わっていません。

****中国「約束守れ」、韓国「約束してない」=THAADめぐり応酬―仏メディア*****
仏国際放送局ラジオ・フランス・アンテルナショナル(RFI)中国語版は8日、「中国が高高度防衛ミサイル(THAAD)の『3不』の約束を守るよう要求も、韓国高官:約束ではない」と題する記事を掲載した。

記事は、「米軍のTHAADの韓国配備によって中韓関係の緊張が高まり、当時の文在寅(ムン・ジェイン)政権は『3不』(米国のミサイル防衛に参加しない、THAADの追加配備をしない、日米韓軍事同盟を結ばない)を約束していた」と説明した。

その上で、中国外交部の趙立堅(ジャオ・リージエン)報道官が7月27日の会見で「新しい官僚は古い帳簿から目を背けてはならない。どの国であれ、対外政策の基本的な連続性と安定性を維持しなければならない」と述べ、THAADをめぐる「3不」の維持を韓国側に求めたことを紹介した。

一方で、「韓国側はこれに反論した」として、韓国・東亜日報の6日付の記事を引用。それによると、駐中韓国大使館の高官が5日、文在寅政権の交渉代表も政府報道官も「THAAD3不」は約束ではないと表明しているとし、「新政権が気にすべき古い帳簿があるのか疑問だ」と述べたという。

記事は、韓国の朴振(パク・チン)外相が8日から中国青島を訪問し、王毅(ワン・イー)外相と会談する予定であり、この中で台湾海峡をめぐる問題やTHAAD問題について話し合われる可能性があると伝えている。【8月8日 レコードチャイナ】
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****THAADの「3不政策」 合意ではないと中国に説明=韓国外相****
中国を訪問している韓国の朴振(パク・ジン)外交部長官は10日に記者会見し、韓国に配備されている米国の最新鋭地上配備型迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD、サード)」について、「北の核とミサイル脅威への対応は自衛的な防衛手段であり、われわれの安全保障主権」として、文在寅(ムン・ジェイン)前政権が掲げた「3不政策」(THAADの追加配備をしない、米ミサイル防衛システムに参加しない、韓米日の安保協力は軍事同盟に発展しない)は合意や約束ではないことを中国側に明確に説明したと述べた。

朴氏は9日、王毅国務委員兼外相と会談し、THAADや供給網(サプライチェーン)、韓中関係、朝鮮半島問題などについて幅広く議論した。

中国外務省は会談後、THAAD問題の「適切な処理」を韓国側に求めたと明らかにしており、会談でTHAADの韓国配備を巡る立場の隔たりは埋まらなかったとみられる。

朴氏は会談で、「中国側が3不を取り上げれば取り上げるほど両国国民の相互認識が悪くなり、両国関係の障害になるだけだ」「新しい未来志向の関係のため、この問題はこれ以上提起しないことが両国関係に役立つ」などと言及した。また、「韓中関係はTHAADがすべてではなく、すべてになってもならない」と説得したという。

韓国の外交部高官は「中国側でもこれが中国の国益に役立たないと判断しているとみている」と述べた。

一方、朴氏は会談で両国の外交当局が進める具体案を盛り込んだ韓中関係の未来発展のための共同行動計画を提案し、中国も推進に同意したと伝えた。(中略)
北朝鮮問題については、「北が挑発を中止して対話に復帰し、真の非核化の道を歩むよう中国の建設的な役割を要請し、中国も共感した」と紹介した。

また、朴氏は文化・人的交流の活性化に向けた文化コンテンツ交流の拡大も呼びかけたと伝えた。ただ、韓国の文化コンテンツの対中輸出の再開や韓流コンテンツの流通を制限する「限韓令」の廃止につながるまでには時間がかかりそうだ。中国は公には限韓令の実施を否定してきた。

朴氏は外相間のシャトル外交を進めることで一致したとして、適切な時期に王氏が韓国を訪問すると明らかにした。【8月10日 聯合ニュース】
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いささか韓国に同情を感じたのは、いま動画ネット配信サイトで10年前の韓国ファンタジー時代劇「シンイ(信義)」を観ているせいもあるかも。このドラマの時代背景は中国・元王朝の影響下にあった第31代高麗王・恭愍王(きょうびんおう)の時代。

「朝鮮も中国の隣にあって大変だよな・・・」と感じた次第。現代では更にアメリカからも突き上げられて・・・・日本も将来的に同様の状況に近づくことは前述のとおり。
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中南米  「第2のピンクタイド」 コロンビアも左派政権へ 各国政権で多様性も 低下する米の影響力

2022-08-09 22:02:02 | ラテンアメリカ
(6月19日、コロンビア首都ボゴタで支持者らと勝利を祝うグスタボ・ペトロ氏(手前左)【6月20日 東京】)

【「第2のピンクタイド」 2000年代初頭の「ピンクタイド」で右派・親米政権を維持していたコロンビアも左派政権へ】
南米コロンビアで6月19日に行われた大統領選決選投票で、左翼ゲリラ出身で元ボゴタ市長のグスタボ・ペトロ上院議員(62)が中道の独立系候補を退けて当選し、8月7日、正式に大統領に就任しました。

****コロンビアで初の左派大統領就任 格差解決と左翼ゲリラ和平訴え****
コロンビアの大統領に7日、グスタボ・ペトロ元首都ボゴタ市長(62)が就任した。同国では左翼ゲリラと政府軍の内戦が長年続いた歴史があり、左派大統領は初めて。

上院議員も務めたペトロ氏もかつては一部の左翼ゲリラに参加。ボゴタでの就任式演説では分断された国の統合を約束し、貧困と格差の問題や気候変動の問題のほか、根深い左翼ゲリラ問題の解決や残る和平交渉再開を進める意向を改めて示した。

米国が主導した長年の麻薬戦争については、この失敗を認めることが肝要だとし、麻薬取引撲滅の国際的な取り組みを新たに進めることを呼びかけた。【8月8日 ロイター】
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このコロンビアにおける左派政権誕生が象徴しているのは、ラテンアメリカの揺れ動く政治体制です。

かつてラテンアメリカでは、1999年のベネズエラでのチャベス政権の成立後、2000年にチリのラゴス政権、02年にブラジルのルーラ政権、05年にボリビアのモラレス政権、06年にエクアドルのコレア政権と続々と左派系政権が成立し、「ピンク・タイド」と呼ばれていました。

多くの国では「共産化」するほど過激ではないことからレッドではなくピンクという表現が用いられています。
外交面では、概ね左派政権はアメリカに対しては批判的、距離を置く姿勢でした。

****ピンクタイドの特徴****
「ピンクタイド」とは、このように2000年前後に中南米地域の多くの国において次々に右派政権から左派政権に変わった現象のことを示している。

左派政権における政府は、各国で程度の違いはあったもののアメリカやIMF、世界銀行による介入を批判し反ネオリベラリズムや反帝国主義を掲げた。

そして、政策としては格差を減少させ、貧困問題の改善に取り組むことを目指した。また、複数の国の経済では西欧諸国の社会民主主義を掲げ、自由市場経済と福祉国家の両立を目指した。【2020年2月13日 GNV Saki Takeuchi氏「中南米:揺れ動く政治体制」】
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その「ピンクタイド」の潮流のなかで、コロンビアは保守・親米政権を維持した例外的な存在でした。

やがて「ピンクタイド」の流れは衰退し、チリ、ブラジル、ボリビア、エクアドルでは右派政権が成立し、振り子は右に揺れ戻すことに。

****ピンクタイド衰退の原因****
このように左派政権下において様々な改革が行われ、社会保障や貧困の改善など社会状況に大きな変化をもたらした。しかし、2009年にホンジュラスで左派のマヌエル・セラヤ氏に代わり右派の大統領が政権を握り始めた。それ以降、中南米の複数の国で次々に右派政権が誕生した。なぜこのように「ピンクタイド」の動きが弱まるようになったのか。詳しくみていこう。

まず、中南米諸国における経済の後退が挙げられる。2008年のリーマンショック以降、世界的に石油や鉱物資源への需要が減少し市場価格が下がっていった。中南米諸国はこの石油や鉱物資源の収入により好景気を作り上げていたため大きな打撃となった。

経済成長が止まり、各国の経済状況が悪化した。一方で政府は公的な支出を制限するようになった。経済悪化に伴う影響で人々の生活状況が厳しい状況に置かれるようになり、日々の生活への不満からデモが発生する国も現れた。

経済危機の最も極端な例ではあるが、ベネズエラではハイパーインフレションによる経済危機から深刻な人道危機に陥っている。このような状況下で中南米諸国の左派は政権を維持することが難しくなった。【同上】
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しかし、右派政権においても各国の貧困は改善せず、大きな格差が国内に存在し、そして政治の腐敗は相変わらず・・・という状況で、コロナ禍の経済的打撃と、ロシアのウクライナ侵攻が引き起こした猛烈なインフレという経済情勢もあって、再び右派政権から左派政権に転換する「第2のピンクタイド」と言うべき政治現象が起きています。

その流れのなかで、2000年代初頭の「ピンクタイド」で右派・親米政権を維持していたコロンビアも冒頭記事にあるように、ついに左派政権へ転じることになりました。

****中南米に左派政権次々、コロナとインフレ契機****
中南米はコロンビアで初の左派大統領が誕生し、ブラジルも10月の大統領選に向け左派候補が有利に選挙戦を進めるなど、「ピンクの潮流」と呼ばれた2000年代初頭の左傾化を思わせる動きが強まっている。

中南米では、新型コロナウイルスのパンデミックによる経済的打撃と、ロシアのウクライナ侵攻が引き起こした猛烈なインフレに怒った有権者が主流派政党に見切りをつけ、「大きな政府」と財政出動の公約に引き寄せられている。

「左派政権は希望そのものだ」と話すのはコロンビアの首都ボゴタの小学校教師で、19日の大統領選決選投票を制した左派のペトロ氏を支持するグロリア・サンチェスさん(50)。「国民を、貧しい人々を人間と見なす政府は初めてだ」と賞賛を惜しまない。

中南米では、既にメキシコ、アルゼンチン、チリ、ペルーなどで左派が政権を握っており、これにコロンビアが加わった。さらにブラジルでは左派でルラ元大統領が世論調査で極右の現職、ボルソナロ氏をリードしている。

チリやコロンビアなどで保守派の牙城が覆され、政治的断層が動いたことで、穀物や金属から経済政策、さらには米国や中国といった主要パートナーとの関係まで幅広い分野に影響が及びかねない。

ブラジルの左派・労働党のウンベルト・コスタ上院議員は「政府ごとに微妙な違いはあるが、中南米では実に重要ではっきりした動きが起きている」と言う。

チリでは今年3月に急進派のボリッチ氏(36)が大統領に就任。ペルーでは昨年、社会主義者で元教師のカスティジョ氏が大統領に就いた。ボリビアは保守派が短期間、暫定的に政権の座にあったが、2020年の総選挙で社会党が勝利した。

元祖「ピンクの潮流」の象徴的存在だったボリビアのモラレス元大統領は、コロンビアでのペトロ氏勝利について「中南米左派の旗を掲げる社会的良心と連帯の高まり」を表すものだとツイートした。

<注目の的・ブラジル>
注目の的となっているのがブラジルだ。10月に大統領選が実施されるが、ポピュリストで極右の現職・ボルソナロ氏への不満が高まっており、左派政権が誕生する可能性がある。

左派のアレクサンドレ・パディーリャ議員は「ボルソナロ氏との戦いで左派は息を吹き返した」と述べた。反ボルソナロ氏の動きが若い有権者を引き付け、政治的・経済的現状に抗議する人々を結び付けているという。

同議員は「世界中で経済や政治に携わる人々が、不平等を深める結果となった一連の新自由主義的な政策を見直す必要がある、と気づきつつあるのだと思う」と指摘した。

だが、今回のピンクの潮流は、ベネズエラのチャベス氏やボリビアのモラレス氏など過激な左派が台頭した前回と大きく異なっている。

ペルーのカスティジョ氏は昨年半ばの大統領就任以来、中道に振れ、自身の与党との関係がぎくしゃくしている。チリのボリッチ氏は穏健な経済政策を模索し、左派の権威主義的な体制を批判している。

流れが変わる可能性もある。アルゼンチンでは中道左派のフェルナンデス大統領が2023年の選挙に向けて圧力にさらされている。ペルーのカスティジョ大統領はたび重なる弾劾提案と戦っており、チリのボリッチ氏の支持率は就任以来、低下している。

エコノミスト・インテリジェンス・ユニットのアナリスト、ニコラス・サルディアス氏は「もし、今選挙が行われたら、こうした『ピンク』政権の多くは消滅するだろう」と話した。「支持基盤は盤石ではない」という。

コロンビアの一般有権者の多くは単に、自分とその子どもたちのために、より良い生活を求めていた。望んでいるのは勉強や仕事の機会だ。

ボゴタで商店を経営するペドロ・ペドラザさん(60)は「左派とか右派とかはよく分からない。私たちは労働者で、そういうことはどうでもいい。働きたい、そして子どもたちには自分たちよりもいい生活をしてほしい」と言う。「タダで何かが欲しいわけではない。働いて成功し、貧困から抜け出せるような環境が欲しい」と述べた。【6月25日 ロイター】
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【“ピンク”ではくくりきれない多様性も】
多くの左派政権は「支持基盤は盤石ではない」だけでなく、「左派政権」「ピンク」でくくりきれない多様性があるとの指摘も。

****ラテンアメリカの左派政権続出は不安要因か****
(中略)18年のメキシコでのロぺス・オブラドール(通称AMLO)政権の成立後、19年にアルゼンチンのフェルナンデス政権、20年にボリビアのアルセ政権、21年にペルーのカスティージョ政権、今年、ホンジュラスのカストロ政権、チリのボリッチ政権と再び左派政権が続々と成立し、更に、コロンビアでは5月、ブラジルでは10月の大統領選挙でそれぞれ左派候補のペトロ及びルーラの当選が有力視されており、一見、新たな「ピンク・タイド」が押し寄せているようにも見える。  

元メキシコ外務大臣のカスタニェーダは、Project Syndicateのサイトに4月8日付けで掲載された論説‘Latin America’s New Pink Tide?’において、現在の左派指導者を、 
(1)キューバ、ニカラグア、ベネズエラの独裁的指導者 
(2)アルゼンチンのフェルナンデス、チリのボリッチ、大統領復帰が有力視されるブラジルのルーラ等の社会民主主義指導者 
(3)メキシコのロペス・オブラドール、コロンビアの有力大統領候補ペトロ、ペルーのカスティージョ等を国家主義や民族主義に基づくポピュリスト指導者 
として、3つのカテゴリーに分類している。

そして、これら左派政権指導者の間には実質的な違いがあり、その違いは、その類似性よりも重要であるので最近の左傾化は「ピンク・タイド」ではなく、このような多様性はラテンアメリカにとって幸運なことだと結論付けている。  

論点は、左派政権の続出という状況を、地域や世界の政治バランスに影響を与える重要なパラダイムシフトと認識すべきか否かであろう。

かつての「ピンク・タイド」においては、チャベスが反米と社会主義の過激なレトリックでリーダーシップを発揮し、ブッシュ政権の全米自由貿易協定構想を粉砕し、当時のブラジルやアルゼンチンなども同調して、11年には米国から自立した地域統合を目指す、「ラテンアメリカ・カリブ共同体(CELAC)」が正式に発足するなど地域情勢に大きな影響を与えた。  

最近の左派政権の間には、正にカスタニェーダが指摘するように、多様性ともいえる大きな相違があり、また政策的に分裂しており、反米姿勢と言ってもその程度には大きな差があることから共通点とも言い難く、地域情勢に大きな影響を与えることが懸念されるものともならないであろう。  

例えば、国連緊急特別総会のウクライナ問題に関するロシア非難決議とロシアの人権理事会資格停止決議については、同じ左派政権の間でその投票行動は明確に分裂している。アルゼンチン、ペルー、ホンジュラスは全てに賛成しており、恐らくチリのボリッチ政権も同様の立場であろう。

メキシコは、後者の決議には棄権し、ブラジルのルーラ候補もBRICSの関係等から恐らく同じ立場(現政権と同様)を取るのではないかと推測される。

キューバ、ニカラグア、ボリビアは、ロシア非難決議に棄権、人権理事会資格停止決議には反対した(ベネズエラは分担金未払いで投票権停止中)。  

アルゼンチンやチリの左派はニカラグア政府の人権侵害を非難しており、その人権重視の姿勢は、独裁化への歯止めとなるものとして評価できると考える。

必要な選挙介入と強権化への注視
問題は、今後、政権維持のため選挙介入を行い、議会で絶対多数を取れば強権化していく可能性のある政権が無い訳ではなく、中国やロシアが影響力を強めている状況の下で、国によっては、地域の安定を損ねる動きや独裁のトロイカに取り込まれるような懸念があることであろう。

独善的な傾向を強めるAMLOのメキシコやペトロが大統領となった場合のコロンビアの外交政策は要注意と思われる。  

このような傾向への懸念は、エルサルバドルやブラジルのボルソナーロなど右派のポピュリスト政権にも存在する。したがって、ピンク・タイド現象が無いとしても、また、政治的多様性がラテンアメリカにとって幸運だとしても、この地域の情勢に安心できるわけではない。【5月6日 WEDGE】
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【低下するアメリカの影響力】
上記のようなラテンアメリカの政治状況のなかで、アメリカの指導力は低下し、独裁政権の増加、欧米からの離反、中国の更なる影響力の拡大も懸念されています。

****米国の影響力低下が進むラテンアメリカでの悪循環****
最近のラテンアメリカでは、長期的には経済構造に起因し短期的にはパンデミックに原因する経済停滞や格差、治安悪化や汚職に対する国民の不満を背景に、既成政治家に対する反発、左右両極端のポピュリズムによる分断といった現象が見られている。

その結果、選挙では政権党が敗れ、左派又はポピュリスト政権が成立し、改善しない状況の中で政権の強権化が支持されるといった悪循環も見られている。

このような状況が続けば、ラテンアメリカにおける独裁政権の増加、欧米からの離反、中国の更なる影響力の拡大が懸念される。

6月上旬にロサンゼルスで行われた米州サミットでは、主催国米国は、ベネズエラ、ニカラグア及びキューバは、民主主義や人権に問題があるとして招待せず、これに抗議して、メキシコ、ボリビア、エルサルバドル、ホンジュラス、グアテマラの大統領がサミットを欠席した。

これらの国も外相等を代理で出席させたこと、アルゼンチン、チリ、ペルー等の左派系大統領や当初欠席が懸念されたカリブ海諸国首脳が出席したことで、一応格好をつけたが、直前までこれらの出席問題でもめたことや移民問題について地域の一体的取り組みがサミットの重要課題であっただけに、移民問題に関係深いメキシコ等の首脳の欠席はバイデンの顔を潰すものとなった。

バイデンとしては、ウクライナ危機の下で民主主義を守るとの外交方針の筋を通した点は評価できるが、バイデン政権発足当時より新たなラテンアメリカ政策を打ち出す舞台となることが期待されていた米州サミットが、結果的には、米国の影響力の低下を印象付けるものとなった。

また、このサミットで、当初出席が危ぶまれていたボルソナーロとバイデンの初めての会談が実現したが、どうせ会うのであれば、バイデンはもっと早く会うべきであったであろう。

ラテンアメリカ域内の多くの国に政権の強権化の動きや政治的混乱の傾向が見られる。メキシコ大統領は、最近選挙管理委員会に対するいわれのない非難を強めており、グアテマラやエルサルバドルの大統領も強権化の傾向を強めている。そして10月のブラジルのボルソナーロとルーラの対決は、イレギュラーな動きの可能性も含めて予断を許さない。

加えて、6月19日に行われたコロンビアの大統領選挙決選投票は、左右のポピュリストの間の不毛の選択となったが、極左候補のペトロが勝利し、米国は南米におけるもっとも信頼できる盟友を失い、今後、二国間関係の悪化やベネズエラを巡る情勢への影響等も懸念される。米国は、この地域への政策を改めて見直す必要があろう。

ラテンアメリカ諸国の民主主義を立て直すことが必要で望ましいのはもちろんであるが、結局のところそれぞれの国民の自覚と自助努力に待つしかない。

協力保つ努力も無駄ではない
バイデン政権は、左派政権の中でも、米州サミットに首脳が出席した、アルゼンチン、チリ及びペルーの政権、或いは、ホンジュラスのカストロ政権などとは、人権や反汚職、犯罪対策、気候変動対策といった面では波長が合うはずである。

コロンビアではFARCが武力闘争を止めた空白に麻薬組織が急速に力をつけて進出しており、ペトロは麻薬対策で米国と対立している暇はないのではないかとも思う。

従ってこれらの面で左派政権とも協力関係を保ち、民主的な傾向を助長することも1つの方策であろう。

また、米州サミットで、バイデン政権は、域内各国が移民問題に取り組むロサンゼルス宣言を採択し、公衆衛生に関するアクションプランの採択、投資動員・サプライチェーン強化・クリーンエネルギーによる雇用創出等経済面でのパートナーシップの強化、カリブ諸国への気候変動問題への協力などでのイニシアティブを発表し、特に中米を対象に投資誘致を通じた雇用機会の増大や職業訓練の拡充等の貢献案を提示した。

地味で具体性に不足しており、ラテンアメリカの現状にインパクトを与えるには十分とはとても言えないがそのような努力を続けていくことも無駄ではないであろう。【7月15日 WEDGE】
********************

なお、上記のいくつかの記事でも触れられているように、ブラジルの次期大統領選挙では左派のルラ元大統領が“変人”ボルソナロ大統領に圧勝するであろうと予測されていますが、その差が縮小しているとの報道も。

“ブラジル大統領選、ルラ氏のリードが1桁台に縮小=世論調査”【8月9日 ロイター】
そのあたりは、ブラジルを取り上げる機会があれば、そのときに。

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台湾  ペロシ米下院議長訪台で熱狂的「ペロシ現象」 中国社会には欲求不満も

2022-08-08 22:35:14 | 東アジア
(【8月7日 WEDGE】 ペロシ議長宿泊ホテルの向かいにある台北のランドマークタワー「101ビル」では、おそらくペロシ議長の泊まった部屋から見えるように「Speaker Pelosi」「Welcome TW」「美台友誼永久」「TW♡US」のネオンサインで歓迎を示した。)

【台湾 熱狂的「ペロシ現象」 その背後にあるのは国際的孤立への不安や経済・政治への承認欲求】
ペロシ米下院議長の台湾訪問については、中国軍による台湾を包囲するような台湾侵攻を想定した軍事演習で高まる緊張、米中双方の国内事情、米中関係の今後など、関連記事は“山ほど”ありますが、そのなかで台湾の反応に関するものをいくつか。

台湾はペロシ下院議長を“熱狂的”に歓迎したようです。

****ロシ議長の訪問に台湾人はなぜ熱狂したのか****
ナンシー・ペロシ米下院議員による台湾訪問は、台湾社会に熱狂的反響をもたらし、「ペロシ現象」を引き起こした。

もともと短時間の訪問と目されていたが、実際は1泊2日の日程となり、蔡英文総統との会見、国際記者会見、立法院(議会)との交流、世界的半導体企業TSMC幹部との面談、人権博物館への訪問などがアレンジされた。これらの行程のほとんどはTVで生中継され、さながらペロシ議長による電波ジャックだった。

そのなかではペロシ議長が履いていたハイヒール(高さ7〜10センチと台湾メディアは推測)に注目が集まった。「82歳で10センチのピンヒールを履いている」と話題が沸騰。当日の夜、ニュースキャスターたちは、ペロシ議長が着ていたピンクのジャケットに白のインナーを身につけ、ハイヒールをはいてテレビに登場した。

ネットでもリアルでも沸いた台湾
オードリー・ヘップバーン似の若い時代のペロシ議長の写真がフェイスブックで次々とシェアされた。ペロシ議長が滞在した台北市の新都市地区「信義区」のホテル「ハイアット・リージェンシー」の向かいにある台北のランドマークタワー「101ビル」では、おそらくペロシ議長の泊まった部屋から見えるように「Speaker Pelosi」「Welcome TW」「美台友誼永久」「TW♡US」のネオンサインで歓迎を示した。

そもそも台湾到着の過程もショーじみていた。ペロシ議長の台湾訪問には事前に中国が反対し、バイデン米大統領も消極的な姿勢を見せていた。訪問リストからはいったん消え、台湾に行かないかもしれないとの情報が流れ、台湾訪問も公式発表は到着まで行われなかった。

それだけにペロシ議長一行の行方が注目され、前の訪問地であるマレーシアから飛び立ったペロシ議長を乗せた米軍要人機は「SPAR19」という識別名が分かっており、リアルタイムで航跡を追うことができるウェブサイト「フライトレーダー24(Flightradar24)」に台湾人は釘付けになった。同サイトでは過去最多という70万人以上がペロシ機の動きを見ていたという。その多くが台湾人だったと見られる。(中略)

台湾にとってペロシ訪問の意味
よく考えれば、ペロシ議長の訪問が台湾にとってどんな大きなメリットがあるのかはっきりしない。ペロシ議長は、大統領継承権第2位という大物ではあるのだが、米台関係で実質的進展をもたらす権限を持っているわけではない。

しかも、82歳という高齢をおして11月の中間選挙で選挙には出るものの、民主党は敗北するとみられており、議長からはいずれにしても退くことになるだろう。
(中略)そのポストの幕引きを控えて、自らのレガシー作りに台湾が利用されたと言えなくもない。それぐらい、今回のペロシ議長の訪問は、一から十まで計算づくしの広報戦略が巧みに用意されていた。

しかし、台湾人はあえてそのペロシ議長の思惑に乗ったような印象がある。
台湾にとって、一番恐ろしいものは何か。それは、中国のミサイルではなく、国際社会での孤立である。台湾はもとより1970年代以来、国連の座を中国に奪われ、次々と友好国から断交を突きつけられ、存在自体が世界から忘れ去れていく不安を抱えている。

同時に、経済成長を果たし、自由や民主においてアジアでも突出した功績をあげているけれど、それらが決して国際社会で正当に認められていないというコンプレックスもある。台湾のメディアは過剰なほど常に外国の台湾への見方を紹介することが多いが、他者の肯定への渇望からである。

台湾人の心に響いた言葉の数々
ペロシ議長は中国の威嚇をはねのけて台湾に来た。バイデン大統領に対して、習近平国家主席は首脳会談で「火遊びすれば身を焦がす」と言ったとされる。中国が、ペロシ議長を乗せた機体を攻撃する可能性もあった。それでも台湾にやってきたことに、いかなる思惑があるにせよ、ペロシ議長のガッツと信念を感じ取ったともいえる。

中国の批判をかわすために空港で数時間だけ滞在し、蔡英文総統に来てもらう方法もあったはずだ。だが、ペロシ議長は前夜に乗り込み、市内にあるホテルに1泊し、立法院、総統府、人権博物館を訪れ、記者会見までやって、堂々と台湾から離れていった。

そして何より、ペロシ議長は台湾が最も望んでいる言葉を言ってくれた。それは「米国は台湾を見捨てない」「米国と世界は台湾とともにいる」だ。

蔡英文総統との会見では「米台は非常に密接なパートナーであり、運命共同体であるだけでなく、共同の安全保障問題を持ち、相互関係を進化させて両国の人民の生活を守らなければならない」として、「米国は台湾に対する約束を決して裏切らない」と語った。

また、ペロシ議長が台湾を離れるときにツイッターで発信した談話で「台湾の人民の声に耳を傾け、彼らから学び、彼らを支持するために台湾に来ました。彼らは世界で最も自由で開放的な民主政治体制を打ち立てました。台湾は特別な場所です。米国の重要な盟友であり、民主統治の典範でもあります」と述べている。

台湾の人々は、自分たちが1990年代の民主化開始以来、無血で民主選挙を積み重ね、自由と繁栄を維持してきたことを誇りに感じている。その台湾人のカタルシスに届く言葉だった。

緊張高まるも、台湾側に後悔はない
台湾人が現在の中国の政治体制に対して共感を持てず、むしろ心が離れていく一方なのは、中国の現体制が、台湾社会が実現した自由や民主や平等にまったく無頓着でむしろ無価値のようにみなし、中華民族は一つ、共産党の指導のもとでの愛国こそ全てという国家統一の論理のみを押し付けられるところに根本原因がある。

前述のように、ペロシ議長の訪問は実質的に米中台関係の具体的変化をもたらしたものではないかもしれない。逆に、4日から始まった軍事演習によって台湾経済は打撃を受け、激しい恐怖を与えられた。しかし、いまのところ台湾メディアでは、ペロシ議長が来ない方がよかった、台湾は利用されただけだという意見は、ゼロではないが、少数派だ。

ペロシ議長訪問への制裁として、軍事演習で排他的経済水域(EEZ)にミサイルを撃ち込まれ日本も、台湾の側について中国を批判する形になり、中国VS日米台という構図が形成されている。ペロシ議長の台湾訪問は、東アジアの安全保障環境を激変させた。そのことは、台湾にとってプラスもあれば、マイナスもあるだろう。

それでもペロシ議長に台湾人が恨みを感じていないのは、台湾人の内的心理にある「穴」を、彼女の言葉と行動が埋めてくれたからに他ならない。【8月7日 WEDGE】
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以上、長々と記事を引用したのは、台湾が恐れているのは中国のミサイルではなく国際社会での孤立である。渇望しているのは経済的成功、政治的に達成したものへの他者からの肯定評価であるという指摘に「なるほどね・・・」と感じたからです。

台湾のそうした不安・渇望にペロシ議長訪台はぴったりとはまったようです。そこで生まれたのが熱狂的ペロシフィーバーでした。

【アメリカの台湾防衛協力について、8割近くが信頼していないとの調査も】
もっとも、台湾も有事の際にアメリカが助けてくれるとは信じてはいないようです。
中国の脅威への不安もあります。

****ペロシ氏の台湾訪問、現地ヤフーの「ネット世論調査」の結果を見てみると…****
米国高官を歓迎しつつも、やっぱり不安?

米下院議長ペロシ氏の台湾訪問について、ヤフーの台湾版サイト「YAHOO奇摩」が、ネット上で世論調査を実施している。集計は8月3日〜7日まで行われる予定で、8月5日時点では約20万人が回答している。

8月5日時点での主な質問と回答結果は、以下のようになっている。
「ペロシ氏は台湾の民主主義を守る決意を改めて表明しましたが、アメリカは台湾防衛に協力すると信じていますか?」
とても信じている・・・・・・・8.9% まあまあ信じている・・・・・・9.8%
あまり信じていない・・・・・・16.5% まったく信じていない・・・・・62.5%
分からない・・・・・・・・・・2.3%

「現在の中国と台湾の関係についてどう思いますか?」
とても安全・・・・・・・・5.7% まあまあ安全・・・・・・・18.5%
あまり安全ではない・・・・32.3% まったく安全ではない・・・41.2%
わからない・・・・・・・・2.3%

「中国はその後、経済や武力などを通じて威嚇を続けていますが、どう思いますか?」
とても心配だ・・・・・・・・38.6% まあまあ心配だ・・・・・・・31.8%
あまり心配してない・・・・・15.5% まったく心配していない・・・11%
わからない・・・・・・・・・3.1%

調査結果を見ると、8割近い回答者がアメリカと台湾の間の安全保障の枠組みを信頼していないことが分かる。また、約7割の回答者がペロシ氏訪問後の中国との関係について、不安感や懸念を抱いていることが示されている。ペロシ氏の訪問を歓迎しつつも、それでも本当にアメリカが台湾を守ってくれるかどうか不安があるという心境なのだろうか。

ただ、ネット調査は誰でも参加できる状態であるため、中国大陸など台湾の外からクリックした票が含まれている可能性も考えられる。新聞社などが行った信頼性の高い調査ではなく、あくまでネットアンケートの参考値として見ておく必要がありそうだ。

「きっと衝突が起きる」の声も
台湾現地ではペロシ氏の訪問を歓迎した一方で、中国との緊張感の高まりを懸念する声もあるようだ。

台湾在住の30代女性に話を聞くと、“私自身は来訪を歓迎しているけれど、テレビを見ていると「本当に戦争になったらどうするんだ」「いや、戦争など起きない」等々、さまざまな意見が流れています。知り合いのなかには、「これからきっと衝突が起きるだろうが、台湾の苦境を突破ため戦わなくてはいけない」と強気な人もいます。”と語っていた。

また、台湾メディアによると、“ペロシ氏の訪問後、「全国工業総会」など台湾の9つの商工団体が見解を表明した。商工団体は、両岸関係は現在緊張しているものの、経済や産業など社会的に多くの面で緊密な相互関係を維持している。”中国と台湾が密接な関係にあることを強調した上で、”平和で安定的な発展と安心できる暮らしこそが、中国と台湾双方の大多数の人々の願いだ”と述べた。

日本からは一見すると「歓迎ムード一色」のようにも見えてしまうが、現地の人々の間では、期待や不安などさまざまな思いが入り混じっているのかもしれない。【8月6日 西谷 格氏 SAKISIRU】
********************

【中国側の今回威嚇に対しては台湾側は比較的冷静】
台湾のシンクタンク「中華民意研究協会」が8日に発表した、米国のペロシ下院議長の訪台や、これに反発した中国の軍事演習に対する世論調査結果をによると、53.7%の人々が今回の訪台は米台関係の強化に役立ち、60.1%が「中台の軍事衝突を心配していない」と答えています。

台湾が米中それぞれとどう付き合うべきかの問いには、64・2%が「米中と等しく友好関係を保つべきだ」と回答。
「親米であるべき」は22.4%、「親中であるべき」が3.0%でした。

「中台の軍事衝突を心配していない」というのは、あくまでも今回ペロシ議長訪問によって・・・ということであり、基本的には前出「YAHOO奇摩」調査にあるように、中国の脅威に対する不安感は強く存在していると思われます。

逆に言えば、(上空をミサイルが通過するような)中国側の軍事演習に伴う今回の中台間の緊張に関しては、台湾側は比較的冷静に対応しているようにも見えます。

****軍事演習、冷静保つ台湾社会 「やり過ぎでは」中国離れの動き****
ペロシ米下院議長の台湾訪問をきっかけに、中国が台湾周辺で大規模な軍事演習を始めた。中国の習近平指導部は軍事だけでなく、貿易関係の規制強化を図るなど経済においても圧力を強め、中台関係の現状維持を図る台湾の蔡英文政権を追い込む狙いだ。

今のところ台湾社会に大きな動揺は見られないが、台湾の領海に相当する区域にまで演習区域を広げ、弾道ミサイルを撃ち込む中国の強硬姿勢には反発もある。中国が目指す「成果」を得られるかは不透明だ。

中国軍の演習区域から約10キロの「最前線」に位置する台湾南部・屏東(へいとう)県の離島「小琉球」。多くの漁師は演習期間中は漁に出るのを控えているという。ある漁師は、台湾メディアの取材に対し、「ミサイルが当たって死ぬかもしれない」と不安をもらした。(中略)

ペロシ氏の訪台に前後して、中国税関当局は台湾産の魚、かんきつ類の輸入停止や台湾への天然砂の輸出停止などの措置を発表した。台湾からの輸入品に基準を超える薬品が検出されたことなどを理由にしているが、事実上の「報復」だとみられる。

台湾国防部(国防省に相当)によると、中国軍は4日に台湾近海に向けて弾道ミサイル11発を発射。日本の防衛省の推定では4発が台湾本島上空を通過した。

ただ中国は2016年に発足した民進党の蔡英文政権に対して対決姿勢で臨んできたこともあり、台湾では「中国の脅威は今に始まったことではない」と冷静に受け止める人が少なくないようだ。

蔡英文総統は4日の談話で中国に自制を求めるとともに、台湾の住民に「すべての人々が一致団結し、与野党が協力し合って、主権や民主主義を守っていくことを望んでいる」と呼びかけた。

一方、対中融和路線を取る最大野党・国民党の朱立倫主席(党首)は4日、記者団に対して「両岸(中台)が対立するのではなく、対話が大事だ」と強調しつつ、「民進党は両岸の緊張を利用して政権の不利を隠している」と批判した。

軍事演習を「米台への威嚇」と公言する中国の姿勢は台湾住民の中国離れにつながる可能性もある。半導体製造受託大手UMCの曹興誠・名誉会長は5日、中国の圧力に反発し、「台湾の国防予算に充ててもらいたい」として30億台湾ドル(約130億円)を政府に寄付することを表明した。

ある国民党関係者は「中国はやり過ぎではないかという感が否めない。ここまで圧力を強めても、台湾住民が中国を好きになることはない」と話した。【8月5日 毎日】
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【中国社会には議長訪台がすんなり実現したことへの欲求不満も】
一方、中国社会の方にはペロシ議長訪台を阻止できなかったことへの欲求不満・苛立ちもあるようです。

****中国市民は欲求不満、ペロシ氏訪台に「甘い」対応****
中国が強くけん制していた台湾訪問をナンシー・ペロシ米下院議長が決行したことで、中国のソーシャルメディアでは強力な対抗措置を求める声が殺到した。当局の対応が手ぬるいとして、市民の間では不満も高まっている。

中国ではペロシ氏の訪台に先立ち、中国共産党系の新聞「環球時報」の元編集長、胡錫進氏など著名評論家らによって、当局が強力な措置に打って出るとの期待が高まっていた。

胡氏は1日、中国版ツイッターの「微博(ウェイボー)」への投稿で、ペロシ氏が中国の警告を無視して訪台を決めたことを受け、中国は「すべての幻想を捨て、軍事的な対抗措置を準備」すべきだと主張。詳細を明かさぬまま報復をちらつかせる中国当局に足並みをそろえた。

同氏はその数日前、ツイッターからアクセスを拒否されたと明らかにしていた。ペロシ氏を乗せた航空機が台湾まで米軍のジェット機に護衛されれば、撃ち落としても許されると投稿したことが問題視されたためだ。同氏はその後、ウェイボーで投稿を削除し、再びツイッターが利用できるようになったと明らかにしている。

それでも、中国の国家主義者らは胡氏のウェイボーアカウントに群がり、胡氏自ら航空機に乗ってペロシ氏を撃ち落とすよう、けしかける声すら上がった。ここで対応を怠れば、西側の政治家をつけあがらせるだけとの指摘もあった。

ペロシ氏が台湾に到着した2日は、中国人民解放軍(PLA)の創設記念日の翌日だった。記念日には通常、中国の軍事力を誇示する好戦的なメッセージが掲げられることが多い。

ペロシ氏の事務所が台湾訪問を確認する前の1日、解放軍の東部戦区は創設記念にあわせて公表した動画で「いかなる侵略軍も葬り去る」と言い放っていた。

だが、こうしてかなり扇動されていた後だっただけに、ペロシ氏が無事台北に到着したことに対し、政府当局者や国営メディアが厳しい批判を浴びせるだけにとどまると、一部では失望が広がった。

ペロシ氏が台湾に滞在していた約19時間のうちに、中国は台湾から果物などの輸入禁止、台湾への天然砂の輸出禁止を相次ぎ発動。また7日までの日程で台湾周辺で実弾演習を行うと発表した。演習は過去の規模を大幅に上回るものの、それでも演習には変わりはない。

ネット上では、中国の警告を公然と無視したにもかかわらず、ペロシ氏が制裁を受けていないとみる向きが失望をあらわにしていた。

ウェイボー上では「戦争を望んでいるわけではない。だが、あまりに甘い対応だ」とするコメントが人気を集めていた。「何日も対抗措置を声高にちらつかせていたのに、一体これはどんな措置なのか?」(中略)

ペロシ氏が台湾を離れてかなり時間がたっていた4日、解放軍の演習開始を控えて、ネット上では演習の様子をとらえた映像を求める声が多く上がっていた。

国営の中国中央テレビ(CCTV)が4日、演習開始について報じると、ネット上では数十万人のユーザーが高い関心を示した。ある人気のコメントは「ライブ配信されるのか?」と尋ねている。

CCTVがさらに演習について続報を伝えると、ユーザーからは画像や映像をもっと公開するよう要求が強まった。あるユーザーは「水しぶきでもいい。何か見せてくれ」と訴えていた。

胡氏はその後、解放軍が台湾本島周辺で予定している演習区域の地図を投稿した。これに対し、ペロシ氏が何ら妨害を受けず台湾に到着したことで「悲嘆に暮れた」と告白していたあるユーザーは、ようやく対抗措置が講じられたとして胸をなで下ろしていた。【8月5日 WSJ】
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中国軍の大規模軍事演習は、台湾・蔡英文政権に向けてのものであると同時に、中国国内に向けた「やってます」演出の側面もあるようです。

それにしても、「戦争を望んでいるわけではない」と言いつつも、軍事演習の様を嬉々として眺めている中国の人々の様子をTVニュースで見ると、棍棒を振り回す力の誇示を喜ぶ無邪気さに言葉を失います。もう少し“大人”になって欲しいのですが・・・。
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セルビア  EU加盟は目指すもののロシアとの強い関係 依然として続くコソボとの不安定な関係

2022-08-07 22:17:07 | 欧州情勢
(【8月1日 SPUTNIK】 よくわかりませんが、コソボ北部のセルビア人住民が道路封鎖している状況でしょうか)

【欧州とロシアの間でバランス】
欧州の火薬庫とも呼ばれ、多くの民族のるつぼでもあるバルカン半島にあって、旧ユーゴスラビア諸国のひとつセルビアは、コソボなど周辺国との紛争を経て現在はEU加盟を目指してはいますが、ロシアと親和性が高い国で、4月に再選を果たした現政権も親ロシアの性格があります。

セルビアは、スラブ系住民やギリシャ正教の信者が多いというロシアとの類似点があり、コロナ禍にあっても、ブチッチ大統領はロシアのプーチン大統領に直談判し、ロシア製ワクチンを調達しています。

何よりも、旧ユーゴスラビア諸国の分離独立の戦争にあって世界中から“悪者”にされたセルビアをロシアが一貫して支持・支援したことはロシアとの深い政治的つながりとなっています。一方、NATO軍からは空爆を受けた経緯もあります。

現時点においても、セルビアの自治州だったコソボ(2008年に独立宣言)をセルビアは未だ国家として承認していませんが、コソボが目指す国連加盟に安全保障理事会常任理事国のロシアが拒否権を行使してくれるという期待がセルビアにあります。

****対ロ融和的、現職再選=セルビア大統領選****
旧ユーゴスラビア構成国セルビアで3日、大統領選の投票が行われ、ロシアに融和的な現職のブチッチ大統領(52)が再選を確実にした。任期は5年。同時に行われた議会選(一院制、定数250、任期4年)でも、ブチッチ氏率いる右派与党、セルビア進歩党が勝利する見通しとなった。

出口調査によると、大統領選でブチッチ氏は約6割の票を獲得した。進歩党の議会選での得票率は4割と、第1党の座を維持した。ブチッチ氏は「多くの人が投票し、セルビア社会の民主性を示してくれたことをうれしく思う」と表明した。

ブチッチ氏は欧州連合(EU)加盟を目指す一方、ロシアとの関係も重視。ロシアのウクライナ侵攻を非難する国連総会の決議では賛成にまわったが、対ロ制裁には加わらず、欧州とロシアの間でバランスを取ることに腐心してきた。【4月4日 時事】
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【ロシアとの強いつながり】
“欧州とロシアの間でバランス”というのは、言うは易し行うは難しといったところです。
民族的・文化的にロシアに近いことから、どうしても国民感情的にはロシアに傾きやすいところも。

****ロシアのプロパガンダ、反NATO・反米のセルビアを席巻****
ウクライナ人のリュボフ・マリッチさん(44)が、セルビア人の夫との結婚に終止符を打つ決め手になったのはロシアのプロパガンダだ。

12年間連れ添ったマリッチさん夫婦には以前から隙間風が吹いていたが、今年2月にロシアがウクライナを侵攻して以来、夫はロシアのプロパガンダをうのみにするようになった。ウクライナの民族音楽は「ナチズム信奉者」のものだと言い始め、息子に聴くことを禁じた。

「夫はロシア人以外のすべての人を非難し始めました」とマリッチさんはAFPに語った。程なくしてマリッチさんは荷物をまとめ、戦禍に見舞われているウクライナに帰国した。

セルビアは北大西洋条約機構(NATO)への嫌悪と反米感情が強く、ロシア政府のプロパガンダを受け入れる国民も少なくない。

ほとんどの欧州諸国がロシアメディアを規制する中、セルビアでは多くの場合、国営メディアもロシア政府の主張を垂れ流しにしている。

「真実はその間のどこかにあると思うのですが、誰もそれを伝えようとしません。だからロシアと西側両方のメディアを追い掛け、行間を読むようにしています」と、グラフィックデザイナーのダリオ・アシモビッチさん(27)は言う。「彼ら(西側)はロシアメディアを遮断しているので、他方の意見を聞かない。結果として人々は、疑心暗鬼を抱くようになるのです」

■プーチン氏の「神格化」
セルビアのメディアはアレクサンダル・ブチッチ政権の見解に従うことを強いられ、わずかに残る独立系メディアも常に当局に圧力をかけられている。

ウクライナ侵攻開始前、セルビアの大手タブロイド紙「インフォーマー(Informer)」は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領を称賛する記事を数多く掲載。侵攻2日前には「ウクライナがロシアを攻撃」と報じた。

「セルビアの親政府系のプロパガンダ機関は、プーチン氏を個人崇拝する空気をつくり出している。ブチッチ氏に対するものの比ではない」とノビサド大学のディンコ・グルホニッチ)准教授(ジャーナリズム)は指摘する。「プーチン氏は、まさに神格化されている」

セルビアの首都ベオグラードを拠点とする、民主主義の推進団体「Crta」による最新の世論調査では、セルビア国民の約67%がロシアに「シンパシー」を感じていると答え、75%は「NATOが拡大を目指したせいで」ロシアは戦争に追い込まれたと回答。

セルビアは長年、欧州連合(EU)加盟を目標としてきたが、代わりにロシアと同盟を結ぶべきだと答えた割合は40%に上った。

この調査報告書をまとめた研究者のブヨ・イリッチ氏は「政府寄りのメディアは明らかにロシアに肯定的で、EUには中立的、ウクライナには否定的だ」と説明する。「EUに頼らなくても、ロシアという選択肢があれば、セルビアはやっていけるとの論調を有権者に示している」

■「西側の言うことは真実ではない」
セルビアとロシアはともにスラブ系で、正教徒が多く、文化的・歴史的なつながりは何世紀にも及んでいる。ベオグラードでは、プーチン氏の顔をあしらったTシャツが土産物店で売られ、ロシアの対ウクライナ侵攻の象徴となっている「Z」の文字があちこちの壁に書かれている。

1999年のコソボ紛争におけるNATO軍の旧ユーゴスラビア空爆は、今も多くのセルビア人に深い傷を残している。

年金生活者のティホミール・ブラニェシュさん(73)は、「西側のメディアは信用できない」とAFPに語った。「戦争中、セルビア人について報道された内容を覚えている。私たちはまるで動物みたいに描かれていた。当時も真実ではなかったし、今、ロシア人について(西側で)言われていることも真実ではない」

これに対し、駐セルビア・ウクライナ大使は「セルビア国民は正しい情報を得ていない」と抗議の声を上げている。
しかし、セルビアでウクライナ紛争に関する正確な情報を入手するのは容易ではない。マリッチさんのようにウクライナ人であれば、自国から生の情報を得ることができるが、それでもセルビアにあふれる偽情報やあからさまなプロパガンダに惑わされずにいるのは難しい。

「彼らのプロパガンダは非常に巧妙で、5分も読めば、自分の考えの方がおかしいのではないかと思えてきます」とマリッチさんは話した。【7月23日  AFP】
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「西側のメディアは信用できない」「戦争中、セルビア人について報道された内容を覚えている。私たちはまるで動物みたいに描かれていた。」云々には一分の真実もあります。

当時セルビアに深刻な非人道的行為があったのは事実ですが、戦争ですから相手側にも多少は・・・・。
しかし、メディアを駆使して国際世論に訴える情報戦略でセルビアは徹底的に“悪者”にされ、その責任を全て押し付けられ、NATOから空爆を受けるという結果に。もちろんセルビア側に多くの責任はあったでしょうが、国民感情的には「どうして自分たちだけが悪者にされるのか?」という不満はあるでしょう。

ロシアとの関係では、セルビアのブチッチ大統領は5月29日、ロシアのプーチン大統領と電話会談し、新たに3年の天然ガス供給契約で合意したと明らかにしました。

セルビアとロシアとのつながり、そんな両国への周辺国の反発が噴出したのが下記の事件でした。

****ロシア外相、セルビア訪問中止 周辺諸国が領空閉鎖****
ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は6日、セルビア訪問を予定していたものの、周辺諸国が搭乗機の領空内飛行を拒否したため、中止を余儀なくされた。ロシア政府関係者が明らかにした。

ロシア通信各社は、外務省のマリア・ザハロワ報道官の話として「セルビアの周辺諸国が、セルビア行きのセルゲイ・ラブロフ外相の搭乗機が領空内を飛行することを認めず、通信を断った」と伝えた。
「欧州連合や北大西洋条約機構の加盟国が領空を閉鎖した」という。

セルビア紙は、領空内飛行を拒否したのはブルガリア、北マケドニア、モンテネグロだと報じている。

ラブロフ氏はセルビアのアレクサンダル・ブチッチ大統領、ニコラ・セラコビッチ外相、セルビア正教会のポルフィリエ総主教と会談する予定だった。

EU加盟を目指しているセルビアは、ロシアによるウクライナ侵攻を非難した一方で、EUによる対ロ制裁には加わっていない。 【6月6日 AFP】
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【中国とも急接近】
また欧米との対立があるところには必ず中国が忍び寄る・・・ということで、セルビアにも。

****セルビアに中国が地対空ミサイル納入 NATO境界に緊張****
親ロシア派政権が続く旧ユーゴスラビアのセルビアに、中国が地対空ミサイルを納入したことが、14日までに明らかになった。AP通信などが報じた。

セルビアは北大西洋条約機構(NATO)加盟国クロアチアやルーマニアに隣接しており、ウクライナ紛争のさなかに緊張が高まっている。

セルビアに納入されたとみられるミサイルは、中国が開発した紅旗22(HQ22)で、最大射程170キロ。10日に、中国軍の輸送機がベオグラード空港に入ったのが確認された。中国外務省の報道官は11日の記者会見で、セルビアに通常兵器を送ったことを認め、「第3国との協力計画に沿ったものだ」と述べた。

セルビアは伝統的な親露国。中国とも近年、軍事、経済で急接近しており、2020年には、攻撃機能のある中国製無人機を導入した。昨年春には、魏鳳和・国務委員兼国防相がセルビアを訪問し、戦略的関係の強化で合意している。

一方で、セルビアは欧州連合(EU)にも加盟を申請中。ロイター通信によると、ドイツ外務省報道担当者は12日、「EU加盟候補国は、EUの外交安全保障方針に加わるべき」として、セルビアの動きをけん制した。旧ユーゴでは1990年代に民族紛争が続き、中国によるセルビアの軍事支援は、地域の緊張を招くとの懸念が出ている。【4月14日 産経】
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【コソボとの不安定な関係 ささいな事柄でもすぐに緊張へ】
分離独立をめぐって激しく戦ったセルビアとコソボはともにEU加盟を目指していることもあって、加盟の条件となる関係修復に向けた動きも2年前にはありました。

****セルビアとコソボ、EU加盟「最優先」=関係正常化協議で確認****
旧ユーゴスラビア構成国セルビアのブチッチ大統領と、2008年に同国からの独立を宣言したコソボのホティ首相は7日、ブリュッセルで会談し、欧州連合(EU)の仲介による関係正常化の協議を続けた。会談前には共同声明で「EUへの統合(加盟)と、EUが支援する対話の継続を最優先する」と表明した。

両氏は米ワシントンで4日、トランプ大統領立ち会いの下、経済関係を正常化する合意文書に署名した。ただ、共同声明では、今後もEU主導の協議を続け、加盟条件を満たすために「包括的で法的拘束力のある関係正常化の合意」を目指すことを確認した。

双方は7月に約20カ月ぶりに協議を再開した。今回はコソボ内でのセルビア系住民の扱いなども議論。月内に再び首脳が会談することを決めた。【2020年8月8日 時事】
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そのセルビアとコソボの関係が再び緊張しているとの報道が。直接の問題自体はささいなことがらのようですが、そうしたことがすぐに軍事的緊張につながりかねないあたりが、両国関係の不安定さを示しています。

****コソボとセルビアが軍事衝突の危機? その原因とは****
7月31日夜、コソボの状況は、急激にエスカレートした。その原因は、未承認国の警察が隣国セルビアとの国境の検問所を閉鎖し、8月1日以降、コソボ領内で、セルビア語で記された書類が禁止されることになったことにある。

このため、セルビア語表記の自動車のプレートが、強制的に撤去されるという事態が発生した。一体、何が起こっているのか。

状況は暴動に変わり、いくつかの場所では、銃撃へと発展した。この地域では民族紛争がさらに複雑化している(コソボの主な住民はアルバニア人だが、北コソボではセルビア人が過半数を占めている)。 

コソボ当局は特殊部隊を国境に結集させた。セルビア人は主要幹線道路に集まり、コソボ警察が制圧するのを妨害するためにバリケードを組み始めた。

セルビアのアレクサンダル・ヴチッチ大統領は、コソボでの緊張が緩和されることを期待し、そのために同国政府は出来るすべてのことを行うと表明した。

西側諸国が話し合いを呼び掛けたが、コソボ当局は、セルビア語のプレートと書類を使った入国禁止措置を9月1日まで1カ月延期した。(後略)【8月1日 SPUTNIK】
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****欧州の紛争リスク、バルカン半島にも****
コソボとセルビアの対立が再燃、ロシアが付け入る恐れも

コソボとセルビアの間で先週末に対立が再燃したことを受け、北大西洋条約機構(NATO)と欧州連合(EU)は急いで緊張緩和に乗り出した。一部の政治家や専門家は、欧州の一層の不安定化を狙うロシアがコソボとセルビアの対立を利用する可能性があると懸念している。

平和維持のためコソボに駐留しているNATO軍は7月31日、コソボとセルビアの国境貿易をめぐる手続き上のもめ事が言い争いのレベルを超えて激化するのを防ぐため、介入する可能性があると警告した。

コソボ当局によると、セルビアとの国境付近に暮らすセルビア系住民とコソボ警察の間でにらみ合いが続いていた中で、31日に複数の銃声が響いた。けが人は出なかったという。

かつてセルビアの一部だったコソボは、流血の惨事となった短期間の紛争が終結した後、2008年に独立を宣言した。この紛争では、セルビア軍をコソボから撤退させるため、NATO軍がセルビアを空爆した。コソボとセルビアの根深い対立は今も続いている。特にセルビア系住民が多数派のコソボ北部での対立は深刻で、そこでは首都プリシュティナにあるコソボ政府の支配がほぼ及んでいない。

コソボとセルビアの対立が再び表面化したことで、安全保障上の新たな危機を巡るEUの管理能力が試される可能性があると専門家は指摘する。EUは既にロシアによるウクライナ侵攻への対応に追われている。

米国と友好関係にあるコソボには国連の委任で4000人近いNATO軍兵士が駐留している。一方のセルビアはロシアと緊密な協力関係にあり、文化・宗教面でも関係が深い。コソボ駐留NATO軍の報道官は31日、「安全保障が脅かされれば」NATOには介入の用意があると語った。

ロシア政府の報道担当者は国営メディアに対し、ロシアはセルビアの立場を支持するが、紛争には介入しないと語った。

今回の対立激化は、コソボが定める自動車のナンバープレートと関連書類の取得を義務付けられたことにセルビア系住民が抗議して、31日にコソボ北部の道路を封鎖したことがきっかけとなった。

コソボのアルビン・クルティ首相は今回の緊張がセルビアからもたらされた「違法構造」によるものだと非難し、それが意図的にコソボで問題を引き起こしていると指摘した。

セルビアのアレクサンダル・ブチッチ大統領は31日、記者団に対し「われわれは平和を願うが、これだけは言っておく。降伏はしない。勝つのはセルビアだ」と述べた。

対立は31日夜に和らいだ。クルティ首相は国境での行政上の変更について、実施を1カ月間延期することに同意した。協議はEUのジョセップ・ボレル外務・安全保障政策上級代表が仲介した。この変更は、セルビアと結んだ相互的な合意の一環として実施することになっていた。ボレル氏は31日、「未解決の問題は、EUが仲介する対話を通じて処理されるべきだ」とツイートした。

今回の問題は、セルビアとコソボの間でさまざまな論点をめぐってくすぶる対立の一部だ。トランプ前米政権は二国間で包括的な合意を結ぶための仲介を試みたが、その後3カ国の全てで新たな指導者が選出されたため、暫定的な合意は破棄された。

セルビアのEU加盟に向けた取り組みはほぼ頓挫している。EUとの関係を深める上での前提条件である、隣国との紛争解決ができていないためだ。加えて、米国と大半の西側諸国はコソボを国家として承認しているが、自国で分離主義勢力と対立しているスペインなどは承認を拒否している。そして重要なことに、ロシアと中国がセルビアの側に立ち、コソボの国連加盟を阻止している。

ウィーンに本拠を置く同地域専門のシンクタンク「Institute for Human Sciences」の終身研究員であるIvan Vejvoda氏は、小さな行政上の変更でさえ主権の問題だと捉えられ、今回の対立の原因になったことは、二国間関係の不安定さを反映していると述べる。

同氏によると、EUは加盟国が隣接する西バルカン地方の和平に向けて長年苦労してきた。同地方の取り込みに失敗すれば紛争につながり、ロシアや中国などの外国勢力がそこに付け入る可能性があるという。

「ロシアは、EUおよび西側諸国には西バルカンをEUに統合する能力がないという弱みを示そうとしている。統合できなければ欧州にとって安全保障上のリスクとなる」

多くの専門家は、米国のより積極的な関与なしにEUが同地域の緊張状態を恒久的に緩和することは難しいと考えている。米国は近年、外交の重点を欧州からシフトさせている。(中略)

シンクタンク「欧州安定イニシアチブ」のゲラルド・クナウス代表によれば、近隣のボスニア・ヘルツェゴビナと北マケドニアにも民族紛争の歴史があり、対立が再燃する可能性がある。(後略)【8月2日 WSJ】
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アメリカが乗り出さないと収まらない・・・・というのが現実のようですが、アメリカはセルビア・コソボどころではないというのも現実。

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“意外”にも、ロシア軍のウクライナ侵攻以前の水準に戻っている原油・穀物価格

2022-08-06 22:38:58 | 経済・通貨
(WTI原油先物価格動向)

【原油価格「いつの間にか」ウクライナ侵略以前並みへ】
今日は少し“意外”な話。

「世界的インフレが各国で進行しており、その元凶は原油などエネルギー価格と穀物など食料品価格。
エネルギーや食料の価格上昇傾向は以前からのものですが、その高騰を加速させたがロシア軍によるウクライナ侵攻。こうした物価上昇で、特に途上国や、貧困層の暮らしに大きな負担がかかっている・・・・」

上記のようなイメージが一般的かと思います。このブログでも、そうした話を再三取り上げてきました。

インフレ傾向、多くの国・国民の生活への負担増加というのは今も続いており、間違った認識ではありません・・・・が、インフレの中核にある原油と穀物価格自体はすでに下落に転じており、ロシア軍のウクライナ侵攻以前の水準に戻っているようです。

原油については、一昨日の4日ブログ“小幅増産にとどまった原油生産 ガスパイプライン「ノルドストリーム」をめぐるロシア・ドイツの綱引き”でも触れたように、1バレル=120ドル付近まで上げた価格は、世界経済の景気後退懸念を背景に90ドル付近まで下落に転じています。

****原油価格「いつの間にか」ウクライナ侵略以前並み…専門家が指摘する新たなリスク 「油が崩壊」エコノミストが警鐘****
このところ、毎日のように食料品などの値上がりを伝えるニュースが流れ、大半の企業が値上げの理由の一つに「原油価格の高騰」を挙げている。そのため、今も一時期のような1バレル=100ドルを大きく超えるような原油高になっていると思っている人も少なくない。

しかし実は、原油価格はロシアのウクライナ侵略以前の水準に戻っている。

1バレル=122ドルから90ドルに
昨年まで1バレル=70円~80円台だった原油価格は今年に入ってから徐々に値を上げていき、今年2月3日には、1バレル=90ドル代に乗った。2月末からのロシアのウクライナ侵略をきっかけに、原油価格はさらに上昇していき、6月8日には1バレル=122ドルという記録的な高値を付けた。

しかし、それをピークに原油の価格は徐々に下落していき、8月4日には、1バレル=90.53ドルとロシアのウクライナ侵略以来の水準となった。

7月半ばまでは1バレル=100ドル代の高値を付けていた原油の価格は、なぜここに来て急速に下落し始めたのか。その理由は、景気減速への懸念だ。

原油価格急落の理由
アメリカは今、歴史的なインフレに見舞われているが、アメリカの中央銀行にあたる連邦準備理事会(FRB)は、2か月連続で政策金利を0.75%引き上げるなど強い金融引き締め措置を取っている。さらに、アメリカに歩を合わせるように、ヨーロッパ各国の中央銀行も相次いで政策金利を引き上げた。

だが、金融を引き締め過ぎて景気後退局面に陥る、いわゆる「オーバーキル」になってしまうのではとの懸念が市場に漂っている。

景気後退への懸念が高まる中、さらに原油価格の下落を加速させる発表があった。米国エネルギー情報局(EIA)が、3日に発表した統計「U.S. Stocks of Crude Oil and Petroleum Products(アメリカの原油および石油製品の在庫)」によると、アメリカでは原油とガソリンの在庫が増えているという。この発表を受けて3日から4日にかけて、原油価格がさらに下落した格好だ。(中略)

なお、夏休みを前にした一般家庭にとっては、原油価格が下落したと聞いた時、まっさきに気になるのが「ガソリン価格はどうなる?」ということではないだろうか。こちらは、原油価格と違い、急落とはならない。

石油情報センターによると、レギュラーガソリンの小売価格は、全国平均で1リットル当たり169.9円。5週連続で値下がりしているものの、依然として高い水準のままだ。【8月5日 箕輪 健伸氏 SAKISIRU】
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下落したとは言っても、まだまだ“油が崩壊”云々水準ではありませんし、コロナ禍で2020年4月前後には20ドル水準にまで下落したこともあります。今時点で騒ぐ必要はないですし、日本のような需要国としては更なる下落を期待したいところです。

供給国には大きな問題になるでしょう。以前取り上げた未来都市「ネオム」を計画するサウジアラビアなど中東湾岸諸国など。ただ、中東諸国も原油価格は上下変動するものと認識していますから、一喜一憂もしないでしょうが。

原油価格下落で現実的問題が出るのはロシアでしょうか。今必要な莫大なウクライナ戦争の戦費を支える財源が揺らぎますので。

【再開にこぎつけたウクライナからの穀物輸出】
一方、穀物については、問題となっていたウクライナからの輸出になんとか道がひらけたようです。

****ウクライナ穀物輸出の再開合意、ロシア側に一定の配慮か…米は速やかな履行求める****
ロシア軍の黒海封鎖によりウクライナ産穀物の輸出が停滞している問題で、ロシア、ウクライナ、トルコ、国連の4者が22日、イスタンブールで海上輸送再開に向けた合意文書に署名した。各国は歓迎しているが、ロシアに確実な合意履行を求める声も出ている。

ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は22日のビデオ演説で、「合意内容はウクライナの利益に全てかなうものだ」と評価し、昨年収穫した約2000万トンと、今年の収穫分で100億ドル(約1兆3800億円)相当の穀物の輸出が可能になるとの認識を示した。

国連のアントニオ・グテレス事務総長は署名式で「(食糧危機で)破綻にひんしている途上国に安心をもたらす」と語り、穀物価格の安定化などにつながると強調した。

インターファクス通信によると、ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相は署名式後、「ロシアは合意文書で十分明確に示された義務を負った」と述べた。一方、米国のブリンケン国務長官は22日の声明で「合意の履行が速やかに開始され、中断や妨害なしに進むことを期待する」とくぎを刺した。

合意にはロシア側の要求が一定程度盛り込まれた模様だ。ウクライナの穀物輸出拠点のオデーサ、チョルノモルシク、ユジニの計3港からの航路が確保され、輸送対象は、ウクライナ産穀物と食料に限定された。航路の安全を維持するためイスタンブールに設置される「調整センター」が積み荷を検査する。ロシアは航路を通じてウクライナに武器が輸送されることを警戒しており、露側の条件に従ったものとみられる。

国連も合意の見返りをロシアに示した。露国防省は22日、ショイグ氏とグテレス氏が会談し、ロシア産の農産品と肥料の供給を促進することに関する協力覚書に署名したと発表した。露産肥料などの輸出促進はウクライナからの穀物搬出と合わせた「パッケージ」として国連が合意を目指していた。

国連によると、国連貿易開発会議(UNCTAD)のレベッカ・グリンスパン事務局長の下に作業チームを設置し、加盟国や、金融、保険、物流などの民間部門と調整するという。【7月23日 読売】
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ロシアとしても世界を苦しめる穀物価格高騰の“元凶”とされるのは回避したい思惑があってのことでしょう。

合意直後にロシアがオデーサにミサイルを撃ち込むなどですったもんだしたのは周知のところですが、第一便がトルコ沖合で検査を受けてレバノンに向かい、その後も3隻がウクライナを出港する予定など、なんとか輸出再開にこぎつけたようです。

****ウクライナからの穀物輸出 トルコ政府が船3隻出発計画明らかに****
ウクライナからの穀物輸出の再開を受けて最初の貨物船が中東レバノンに向かう中、トルコ政府は新たに農産物を積んだ貨物船3隻がウクライナ南部の港から出発する計画があることを明らかにし、南部でも戦闘が続く中、安全に輸出を継続できるのかが焦点となっています。

ロシア軍による黒海の封鎖で滞っていた、ウクライナからの貨物船による穀物輸出の再開を受けて、トウモロコシを積んだ最初の船が中東レバノンに向かっています。

また、トルコのアカル国防相は、農産物を積んだ貨物船3隻が5日にウクライナ南部の港から出発する計画があることを明らかにしました。

さらにウクライナへの貨物船の入港についても「空荷の船がイスタンブールでの検査を経て、ウクライナに向かうことも予定されている」としています。

ウクライナへの貨物船の入港については、これまでロシアが武器の運搬に利用されるおそれがあるとして難色を示していましたが、ロシアとウクライナ、それに仲介役のトルコと国連の合意に基づく、農産物の輸出に向けた動きが着実に進んでいることがうかがえます。

こうした中、トルコのエルドアン大統領が5日、ロシア南部のソチを訪れてプーチン大統領と会談する予定で、今後の穀物輸出についてどのような意見が交わされるのか注目されます。

一方、ロシア軍は、ウクライナ東部ドネツク州や南東部ザポリージャ州などでも攻撃を続けていて、これに対し、ウクライナ軍は南部を中心に反撃しています。

ウクライナ南部でも戦闘が続く中、安全に穀物輸出を継続できるのかが焦点となっています。【8月5日 NHK】
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【ウクライナの穀物輸出再開とは関係なく、市場での投機筋の動きで穀物価格は下落傾向】

(シカゴ小麦先物価格動向)

こうしたウクライナから穀物輸出再開の話とは別に、穀物市場の方は投機筋の市場撤退で、すでに下落に転じています。

****投機筋が消えた穀物市場、価格下落に拍車****
小麦やトウモロコシ、大豆などの穀物市場では、ヘッジファンドや投機筋が値上がり益を手にして市場から姿を消したことで、価格下落に拍車が掛かっている。需給に照らして正当化される水準を下回っていると指摘するアナリストもいる。

今年に入りインフレや戦争に伴う供給問題が懸念材料に浮上すると、商品価格の上昇を見込んだ市場参加者が先物市場に資金を注ぎ込み、相場を押し上げていた。小麦と大豆は最高値をたびたび更新し、トウモロコシは史上最高値に迫っていたが、ここにきて状況は一変した。投機筋は利益を確定してインフレ取引を手じまい、リセッション(景気後退)に備えて穀物市場から撤退した。

穀物価格はほぼ1年前の水準まで下落している。当時は不作により歴史的に見れば高値圏にあったものの、ロシアのウクライナ侵攻という押し上げ要因はまだなかった。

原油や銅など幅広いコモディティ市場から投機筋が消えて価格が下落したことで、投資家の間ではインフレがピークに達したとの期待が高まった。だが、燃料や食料、衣料などの価格を左右する穀物市場ではトレーダーの出入りが激しい。

ピーク・トレーディング・リサーチのデーブ・ウィットコム氏は「穀物市場では、常にヘッジファンドが価格を左右する」とした上で、「ヘッジファンドの動きと価格の動きには最も高い相関性がある。ヘッジファンドが売れば、価格は下がる」と述べた。

2020年秋には、穀物価格の上昇に賭けるのがウォール街で人気の取引となった。ロックダウン(都市封鎖)を解除した国々で需要が伸び、食糧の輸入業者は在庫の補充を急ぐ一方、穀物は不作だった。それを見て、ヘッジファンドなど投機筋が殺到した。

ピーク・トレーディングが集計した米商品先物取引委員会(CFTC)のデータによると、21年初めまでに、13の農産品市場を合わせた投機筋の買い持ちポジションは契約枚数ベースで過去最大に膨らんでいた。

ロシアがウクライナに侵攻した2月下旬には買いが下火になっていたものの、侵攻を受けて穀物が再び買われた。価格上昇に合わせて投機筋のポジションは拡大し、3月には約570億ドルと、11年以上ぶりの高水準に達した。

小口投資家もこの熱狂に加わり、小麦先物ETF(上場投資信託)の「テウクリウム・ウィート・ファンド」は、あまりの人気ぶりに3月上旬には完売。規制当局はテウクリウムに追加売り出しを許可し、資産総額はウクライナ侵攻前の8620万ドルから5月には7億2300万ドルに膨れ上がった。その後は資金流出が流入を上回り、残高は3億2400万ドルまで減少した。

米連邦準備制度理事会(FRB)がインフレ抑制に向けて利上げに着手すると、先物市場では売りが優勢となった。輸入価格を押し上げるドル高と景気後退懸念を背景に、トレーダーは買い持ち解消に動いた。ピーク・トレーディングによると、7月下旬までに持ち高はほぼゼロになった。

ここ3カ月で、先物市場ではトウモロコシが24%、小麦は27%、大豆は14%それぞれ下落している。

ゴールドマン・サックスのアナリストはこうした価格下落について、現物のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)を反映していない、金融取引の手じまいによるものだと指摘する。

JPモルガンのアナリストは価格急落について、世界の農産品貿易における深刻な混乱を反映しておらず、23年になっても続くとみられる現物の供給リスクが低減されるわけではないと話す。足元の価格は生産コストを下回っており、供給問題を考慮すると、穀物価格には20~30%の上昇余地があるという。

供給リスクとは、ウクライナで続く戦争や、生育を左右する天候、世界的に低水準にとどまっている在庫などだ。

ウクライナは今週、ロシアによる侵攻後で初めて海路で穀物を輸出したが、黒海経由の安全な食糧輸送を約束した協定はほごにされる可能性がある。協定が守られたとしても、ウクライナに滞留している穀物の在庫解消には数カ月かかりそうだ。米農務省は、今収穫期のウクライナからの穀物・種子輸出量は前期の半分程度になると予想している。

一方、米国は記録的な猛暑と干ばつに見舞われ、作柄に深刻な影響が及んでいる。ゴールドマンのアナリストは3日のリポートで「トウモロコシ、大豆、春小麦の生育状況はここ6週間、ほぼ継続して悪化している」と指摘。米国の収穫量が2~3%減少し、トウモロコシと大豆は消費量に対する在庫量の割合が過去最低水準に落ち込むとの予測を示した。【8月6日 WSJ】
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ここ3か月の価格低下は投機筋の動きによるもので、根本的な供給不安が解消されたものではないので、再び上昇という局面はあるのかも。

いずれにしても、市場に左右される原油・穀物の価格動向は一般的なイメージとはまた異なる動きを見せているようです。

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コンゴ  PKO部隊基地が撤退を求める現地住民に襲撃され被害

2022-08-05 23:38:10 | アフリカ
(2022年7月26日/コンゴ民主共和国、北キブ州ゴマの国連基地近く【7月29日 KYP News】)

【武装勢力が跋扈し、性暴力が横行するコンゴ】
2018年のノーベル平和賞は、「紛争下の性暴力」と闘ってきたコンゴ民主共和国のデニ・ムクウェゲ医師と、イラクの少数派のヤジディ教徒でみずからも性暴力の被害者のナディア・ムラドさんが受賞しました。

****“戦場の武器”性暴力の根絶を ノーベル平和賞で世界に訴え****
“無関心に対する闘いを”
見て見ぬふりをすることはしないでください。行動するというのは、無関心でいるのを拒否することなのです。無関心に対する闘いこそが求められています。

雪に包まれたオスロの市庁舎で開かれたノーベル平和賞の授賞式。スピーチで、ムクウェゲ医師は、今こそ、国際社会が、紛争下の性暴力の根絶に向け、行動を起こす時だと訴えました。

紛争下の性暴力とは
ムクウェゲさんが訴えた性暴力の実態とは。

私たちは、コンゴ民主共和国の東部に隣接するウガンダに向かいました。国境近くのチャカ難民キャンプには、連日のように、大勢の人がコンゴから逃れてきていました。着の身着のまま祖国を追われた人々。疲れ切った表情で「恐ろしい戦闘が続いている」と口々に訴えました。

キャンプでは、国連機関やNGOが女性たちの集会を開いていました。女性たちが、少しずつ語り始めたのは、コンゴでのすさまじい性暴力の横行でした。
「武装グループが母親を射殺した後、娘2人をレイプした」
「父親が縛られ、その目の前で娘がレイプされた」

キャンプの責任者によると、避難してきた女性のほとんどが、凄惨(せいさん)な性暴力を目撃したり、被害にあったりしているということです。

今も襲う恐怖
現状を伝えるためならばと、1人の女性が取材に応じてくれました。28歳のクローディナ・ウイマナさんです。
コンゴ東部の町で雑貨店を営んでいましたが、ことし1月、自宅に押し入った4人組の武装グループによって夫は殺害され、自身は性暴力を受けました。

レイプされているとき、このまま殺されると思いました。死ぬほど恐ろしかったです。今でも家の外を人が通るたびに恐怖が襲います。クローディナさんは、夫を埋葬し、3人の子どもたちを連れてキャンプに逃れてきました。

ことし10月、女の子の赤ちゃんを産みました。そこに話題が及ぶと「父親は夫かもしれないし、武装グループの男たちかもしれない」とだけ言い、さっと赤ちゃんの顔を自分の服で隠し、見られたくない様子でした。

16歳の少女の涙
性暴力の被害者は大人だけではありません。16歳の少女も被害にあっていました。ことし2月、武装グループに拉致され、10月に解放されるまで、繰り返し性暴力を受けました。

インタビューで、少女は「男たちは、私が妊娠したことが分かると放置した」と話しました。

キャンプに逃れて1か月。私たちが取材に訪れていたとき、少女はキャンプ内の医療施設で診察を受け、妊娠およそ6か月であることが分かりました。少女は「これからどうしたらいいのでしょうか。毎日、妊娠したことばかりを考えています」と泣き崩れました。

キャンプのカウンセラーは「被害者たちは性暴力の場面を夢でみたり、繰り返し思い出したりして、その後も苦しみ続ける」と語り、長期の心のケアが必要だといいます。

“戦場の武器”としての性暴力
取材から浮かび上がってきたのは、個々の女性を痛めつけることに加えて、家庭を破壊し、地域社会を崩壊させる性暴力の卑劣さです。

武装グループは、性的な欲望を満たすこと以上に住民たちに恐怖を与え、屈服させるために女性たちを襲っています。銃や弾薬も使わずに、力を誇示する手段として、性暴力がまさに“戦場の武器”になっているのです。(中略)

コンゴの紛争 背景には鉱物資源
それにしても、なぜ、これだけ長きにわたって紛争と性暴力が絶えないのか。

アフリカで2番目に大きな国土を持つコンゴ民主共和国は、9つの国と国境を接し、まさに大陸の中心部にあります。1998年から5年近く続いた内戦では、周辺国も介入して「アフリカ大戦」とも呼ばれ、400万人以上が戦闘や飢餓で死亡しました。

内戦終結後も、東部では、いくつもの武装グループが激しい戦闘を繰り広げています。
紛争の原因になっているのが、世界有数の埋蔵量を誇る金やダイヤモンド、それに携帯電話などに使われるレアメタルといった鉱物資源です。武装グループは、こうした鉱物資源の利権をめぐって争い続けています。(後略)【2018年 NHK】
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【PKO基地が住民に襲われる 武装集団の襲撃を阻止できていないとの不満が背景】
こうしたコンゴにおける混乱を収め、「アフリカ大戦」とも呼ばれた第2次コンゴ戦争の停戦監視活動を行うべく2000年2月から活動している国連PKOが国際連合コンゴ民主共和国安定化ミッション(MONUSCO(モニュスコ))です。

MONUSCOは国連平和維持活動史上初めて設置された平和執行部隊である戦闘部隊を有しています。
要員派遣国は2022年1月31日時点でインド、パキスタン、バングラデシュ、ネパール、インドネシアなど計61か国 。

また、過酷な条件下のためPKOの犠牲者も多く、2022年1月31日時点で233名(事故:41名、病気:131名、悪意ある行為:41名、その他:20名)となっています。

そのコンゴPKO部隊の基地が現地住民に襲撃されるという事態が起きています。

****デモ隊がPKO基地に乱入・略奪 コンゴ東部****
コンゴ民主共和国東部北キブ州の州都ゴマで25日、国連平和維持活動「国連コンゴ民主共和国安定化ミッション」の撤退を求めるデモ隊が、同部隊の基地に押し入り、高価な品を略奪した。

デモ隊は乱入前、周辺の道路を封鎖し、反国連のシュプレヒコールを上げていた。
現場のAFP記者によると、デモ隊は窓ガラスを割り、パソコン、家具などの高価な品を略奪した。国連の警官隊はデモ隊を押し返そうと催涙弾を使用した。一部の国連職員はヘリコプターで基地から脱出した。

デモ隊はゴマ郊外にある国連の物流拠点にも押し入った。こちらでは、学生1人が足を撃たれた。

MONUSCOは紛争を収拾できていないとして、定期的に住民に批判されている。

コンゴ東部では120以上の武装勢力が活動。民間人の虐殺がたびたび起き、紛争で数百万人が家を追われている。
25日の抗議デモの前には、与党・民主社会進歩同盟青年部のゴマ支部が、MONUSCOはコンゴ国民を守れないと証明されているとして「無条件撤退」を要求していた。

MONUSCOのハシム・ジャーニュ事務総長特別副代表は今回の出来事について、「許されないだけでなく、全くもって非生産的だ」として、PKO部隊は民間人を守るためのものだと強調した。

ジャーニュ氏はAFPに対し、基地に押し入った者は「略奪者」であり、「最も強い言葉で非難する」と述べた。 【7月26日 AFP】
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****PKO基地襲撃で隊員3人死亡 コンゴ***
コンゴ民主共和国東部で国連平和維持活動「国連コンゴ民主共和国安定化ミッション」の撤退を求めるデモが激化している。当局は26日、PKO隊員3人とデモ参加者少なくとも12人が死亡したと発表した。

MONUSCOが武装集団の襲撃を阻止できていないとの不満から、デモ隊は25日、北キブ州の州都ゴマにあるMONUSCOの基地と物流拠点を襲撃。26日にはベニとブテンボでもデモが行われた。
 
ブテンボの警察署長によると、ブテンボではインド出身の2人、モロッコ出身の1人の計3人のPKO隊員が死亡したほか、1人の隊員が負傷。デモ参加者側にも7人の死者と複数の負傷者が出た。

MONUSCOは、デモ隊は「コンゴ国家警察から武器を強奪し、PKO隊員に向け至近距離から発砲した」として、「強く非難する」と述べた。

一方、コンゴ政府のパトリック・ムヤヤ報道官は首都キンシャサで記者会見し、デモ隊による襲撃でPKO隊員3人を含む15人前後が死亡、61人が負傷したと発表した。 【7月27日 AFP】AFPBB News
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“与党・民主社会進歩同盟青年部のゴマ支部が、MONUSCOはコンゴ国民を守れないと証明されているとして「無条件撤退」を要求していた”ということで、PKO部隊が本来対象とする武装組織ではないようです。与党組織が扇動した反国連PKO暴動ということでしょうか。

犠牲者数はその後拡大しています。

****コンゴ、反国連デモで36人死亡 PKO隊員4人含む****
コンゴ民主共和国政府によると、同国東部で先週発生した反国連デモで、国連の平和維持部隊隊員4人を含む36人が死亡した。

AFPが2日に確認したパトリック・ムヤヤ報道官の発表によれば、デモではさらに170人近くが負傷した。

コンゴ民主共和国東部の複数の町では先週、国連の平和維持活動「国連コンゴ民主共和国安定化ミッション」の撤退を求めるデモが行われた。東部では120以上の武装勢力が活動しており、同ミッションに対しては、過去数十年にわたる紛争の終結に向けた取り組みが足りないとの不満が高まっている。

先月31日には、コンゴ東部とウガンダとの国境で、国連の平和維持部隊が発砲し、3人が死亡する事件が発生。国連のアントニオ・グテレス事務総長は事件に「憤慨」したとし、責任追及を訴えた。

ムヤヤ氏は1日付の発表で、フェリックス・チセケディ大統領がグテレス氏に対し、平和維持部隊の行動を「全面的に非難する」と表明し、発砲した者を「厳しく罰する」よう要請したことを明らかにした。 【8月3日 AFP】*********************

【以前は、PKO部隊と政権との連携が緊密過ぎることで、政権への不満が国連にも向かられる状況も】
暴動の背景、特にコンゴ政府と国連PKOの関係がどういう状態にあるのかなどについては情報が少なくよくわかりません。

以前は、PKO部隊は武装勢力掃討にあたってコンゴ軍との共同活動を行っており、政権に対する国民不満の矛先がPKOにも向けられるという状況がありました。

****コンゴでPKOの14人殺害 — 問われる国連の対応****
2017年12月上旬、コンゴ民主共和国で近年における「最悪の事態」と言及された国連平和維持活動(PKO)部隊への襲撃によって隊員14人が殺害された。

1993年にソマリアの首都モガディシュで起こった戦闘以来、最多の死者数を出した今回の事件によって、現在までに数百人を数えるコンゴでの国連PKO隊員の死者数が更新された。

国連当局は事件後直ちに、12月8日に発生したこの襲撃について、コンゴ東部における近年最悪の虐殺事件の一部に関与した反政府武装勢力・民主勢力同盟(ADF)によるものとの見方を示した。

2015年以降、国連平和維持活動の1つであるMONUSCO(国連コンゴ民主共和国安定化ミッション)は、コンゴ軍との一連の共同戦闘活動の中で戦闘ヘリコプターや重砲を配備し、数百人規模の部隊を展開させながら、武装勢力ADFの無力化を図ってきた。

こうした活動は2017年の大半において休止状態となっていたが、国連安全保障理事会が襲撃犯への正当な裁きを求めたことにより、対ADF作戦の再開に向け、国連に対しさらに強力な圧力が掛かることになる。

このような動きは、国連が今回のような襲撃に対して迅速な対応が可能であるという印象を与える一方、コンゴ東部に暮らす住民やPKO部隊にとっては、ほぼ間違いなくより危険な状況がもたらされることにもなる。

コンゴ東部での力による権力闘争
コンゴでの暴力の増大には、選挙の未実施とジョゼフ・カビラ大統領の退任拒否という背景が直接的に関係している。全国的なカビラ大統領の支持率は急落し、支持率が10%を大きく下回っているとする世論調査もある。

カビラ大統領の退陣を求める声は各地に広がりさらなる拡大を見せているが、政府はますます残忍な弾圧的手段を使って権力維持を図っている。

実際に、カビラ政府の治安部隊が各地で実行している行為は、「混乱と組織的暴力をまん延させるための計画的戦略」のように見える。この1年半の間に治安部隊によって殺害された人々の数はカサイ地方だけで5,000人を超えており、政府当局側は選挙のさらなる延期の理由づけとしてこの暴力行為および混乱状態を利用しているのである。

カビラ大統領への不満は増大しており、かつての支持基盤であったベニのような地域にもその不満は拡大し、最近のADFによる襲撃を受けている。ベニでは反政府デモが暴徒化し、現在は、住民が公然とカビラ大統領の退陣を求める状況となっている。(中略)

コンゴ東部で力による権力闘争が行われていることは明白である。政府側、反政府勢力側のいずれもが、自らの優位を確保するためには暴力を使うことをいとわないという姿勢をみせている。

MONUSCOの公平性
MONUSCOは国連平和維持活動史上初めて設置された戦闘部隊を有しており、この戦闘部隊の任務はADFなどの武装勢力の潜伏場所を追跡することである。

コンゴ東部の密林地帯における武装勢力への攻撃は高い危険性を伴うものであり、MONUSCOは初期の段階においてコンゴ軍との共同による戦闘活動の実施を決定していた。

コンゴ軍との共同活動によって危険性を軽減できるとの主張にも十分な根拠がある一方、コンゴの人々の目には、現在の政治的意味合いの強い状況下で国連がカビラ政権側につく存在として映っている。

ベニにおける反カビラ抗議行動は今や明らかに反国連の様相をも呈しており、住民は政府や国連の不十分な活動への不満を訴えている。

カビラ政権軍との共同戦闘活動を実施することにより、MONUSCOはその役割において混乱をきたしており、コンゴが極めて不安定で微妙な時期にある中、自らの公平性をも損ないかねない状況となっている。

こうした事態はアフリカにおける国連PKOにとっての悪夢のごく一部に過ぎず、同地域では、度重なる保護活動の失敗や、ベニに代表される各地での「国連の活動は公平性を保っていない」との見方の拡大を背景に、反国連の感情が悪化している。

罰するよりも保護に焦点を
最近の悲惨な襲撃事件を受け、国連が、何年にもわたってADFの支配下で苦しんできたコンゴの国民や国連自らの保護のために、大胆な措置を講じようとすることは当然といえる。事実、MONUSCOの活動に携わった経験を持つ立場からも、国連の軍事力を総動員して襲撃犯を罰したいとの思いは十分に理解できるものではある。

しかし、ここで戦闘活動を再開させることは適切な対応ではない。これまでに筆者や他の論者が主張してきたように、ADFに対する共同戦闘活動は文民保護という点において有効でないことが証明されており、むしろ罪のない民間人や国連PKO部隊への報復攻撃を誘発しかねないものだといえる。

MONUSCOがコンゴ東部での活動範囲を縮小しようしている今、先ごろ襲撃を受けた場所のような地域を守る部隊の数は削減されるものと考えられる(実際、昨年初頭には、まさに襲撃を受けることとなった地域の隊員数が削減されていた)。

こうした流れの中にあっても、MONUSCOは戦闘活動再開への圧力に屈することなく、むしろその大規模な軍事力を文民保護にのみ向けるべきである。

現在コンゴ東部で、MONUSCOが民間人保護の任務を果たしていると考えている住民の割合は5割を下回っており、およそ半数の住民がMONUSCOは完全撤退すべきだと考えている。

こうした状況の背景には、コンゴ東部の戦闘活動においてMONUSCOとカビラ政権の連携が緊密過ぎる、との印象が一因として間違いなくある。

政治的な圧力によって国内の分裂は深まり、国民への紛争被害が世界でも最大とされるコンゴにおいて、MONUSCOが今なすべきことは、最も危険な状態にある人々を守ることにすべての力を注力させることである。
2018年01月26日 国連大学ウェブマガジン】
********************

上記2017年の状況は“MONUSCOとカビラ政権の連携が緊密過ぎる”ことを背景にした反国連PKOの様相でしたが、今回の襲撃は与党組織が扇動したようにも見えるということで、状況は全く異なります。

ただ、いずれにしても単に治安が悪いということだけでなく、政治状況が混乱している地域(紛争が起きる地域というのは概ねそういう地域でしょう)に武力を伴ったPKO部隊が入って行う活動の難しさ(現地政権との距離の取り方など)を感じさせます。

とにかく情報が少なく何とも言い難いところです。日本が今後もPKOに積極参加していくのであれば、あるいは逆に、PKOは危険で厄介なので深入りすべきでないというのであれば、今回のような事件に関してもう少しメディアの関心もあっていいように思えます。
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小幅増産にとどまった原油生産 ガスパイプライン「ノルドストリーム」をめぐるロシア・ドイツの綱引き

2022-08-04 22:57:09 | 資源・エネルギー
(一時保管されているタービンの前に立つショルツ独首相=ドイツ西部ミュールハイムで2022年8月3日、ロイター【8月4日 毎日】)

【OPECプラス、小幅増産 米にととっては期待外れか】
世界各国を苦しめているインフレーションを牽引しているのが食料品とエネルギーの価格上昇ですが、原油価格はWTI原油先物で見ると、6月に1バレル=120ドルあたりまで高騰した後は下げに転じて、8月4日現在は90ドル台前半にあります。このレベルはロシア軍侵攻以前の水準です。

なお、原油価格は20年4月・5月頃から一貫して上昇しており、現在のガソリン価格高騰などは必ずしもロシア軍侵攻によるものではありません。原油価格が100ドルを超える水準に高騰を加速させた要因ではあるでしょうが。
最近の原油価格低下傾向は、世界経済が景気後退局面に入り、原油需要が落ち込む懸念もあるとの懸念がベースにあると思われます。

いずれにしても依然として高値水準にあり、特にアメリカではガソリン価格高騰が中間選挙の勝敗・バイデン政権の今後を左右する重大な政治問題となっていること、その対応としてバイデン大統領が人権問題を抱えるサウジアラビアをこれまでのいきさつを棚上げする形で訪問し、「油乞い外交」とも評されるように中東最大の産油国サウジアラビアの増産を要望したことはこれまでも再三取り上げてきました。

有力産油国でつくる石油輸出国機構(OPEC)プラスは8月3日、当面の生産計画を協議し、9月は前月より日量10万バレル分増量することで合意しました。

11月の中間選挙を控えてインフレを抑制したい米バイデン政権に最低限の配慮を示したとも言えますが、増産幅はロシアも反対しにくい極めて小幅な水準にとどめたとも言えます。

欧米ではインフレが進み、景気が減速するとの見方が強まり、中国も景気悪化が想定されるなかで、石油需要は今後縮小し、大幅増産は値崩れにつながるとの判断でしょう。

ただ、人権問題を棚上げしてまで行ったバイデン大統領の中東外交・サウジ訪問の成果としては「不十分」「期待外れ」のように思えます。

****OPECプラス増産ペース縮小 景気後退懸念、米国の要請に応じず****
石油輸出国機構(OPEC)とロシアなど非加盟の産油国でつくる「OPECプラス」は3日の閣僚級会合で、9月の原油増産ペースを日量10万バレルとし、現行ペースを大幅に縮小することを決めた。バイデン米大統領は7月にサウジアラビアを訪問して増産を求めていたが、世界的な景気後退の懸念から要請に応じなかった。

OPECプラスは新型コロナウイルス禍からの世界経済の回復に合わせ、2021年8月から生産量を毎月、日量約40万バレルずつ拡大。原油価格の高騰を受けた22年6月の会合では、7、8月の増産幅を日量64万8000バレルに引き上げていた。

原油や天然ガスなどエネルギー価格の高騰は、世界的なインフレを加速させ、バイデン政権の支持率低迷につながっており、バイデン政権はさらなる増産を求めていた。

しかし、OPECプラスは、世界経済が景気後退局面に入り、原油需要が落ち込む懸念もあることから、原油生産量をほぼ現状維持することにした。増産余力に限界があることや、原油価格が一時より落ち着いたことも考慮した。

インフレ抑制に向け、各国中銀は利上げを進めており、金融引き締めは世界経済の減速要因となる。またロシアが冬の需要期に向け、欧州向けの天然ガス供給を停止する懸念も高まり、欧州経済が停滞し、原油の需要が落ち込む可能性も出ている。

国際的な指標となるニューヨーク原油先物相場は6月、一時1バレル=120ドルを超えたが、足元では100ドルを下回る水準で推移している。【8月3日 毎日】
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「侮辱的」との評価もあるようです。

****OPECプラス、9月に小幅増産へ 米に「侮辱的」との見方も****
(中略)OPECプラスの関係者は匿名で、ロシアと協力する必要性を強調。「(今回の合意は)米国を落ち着かせるものだ。またロシアを動揺させるような大幅なものではない」とした。(中略)

バイデン米大統領が先の中東歴訪で、サウジアラビアに対し増産を要請したにもかかわらず、増産幅が10万バレルにとどまったことについて、ユーラシア・グループのマネジング・ディレクター、ラード・アルカディリ氏は「意味がない」ほどの小幅増産で、「政治的ジェスチャーとしてはほぼ侮辱的」な増産だとした。

OPECのデータによると、日量10万バレルの増産は1982年の生産割り当て開始以来で最小の増産幅の一つ。

一方、米国務省でエネルギー安全保障担当シニアアドバイザーを務めるアモス・ホッホシュタイン氏は3日、CNNのインタビューで、OPECプラス閣僚級会合での合意について「正しい方向への一歩」と評価した上で、国内の燃料費には大きな影響を与えないとし、バイデン政権は燃料価格の引き下げを引き続き推進すると述べた。

また、ロシアのノバク副首相は合意後、ロシアのニュース専門チャンネル「ロシア24」に対し、世界の石油需要はパンデミック(世界的大流行)前の水準をほぼ回復していると言及。物流チェーンや新型コロナウイルスの感染再拡大を巡り不確実性が残っているとし、ロシアとサウジアラビアは10月に政府間会合を開催するとした。【8月4日 ロイター】
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【各国はガソリン価格抑制政策】
各国政府はインフレ対策に力を入れており、米バイデン政権はガソリンの税金カットなどを打ち出しています。日本政府もガソリンへの補助金を続けています。

私個人は原付しか利用しないので、ガソリン価格にはほとんど関心はありませんが、もし補助金が無ければ208円にもなる状況とか。さすがに200円超えとなると、経済・社会に深刻な影響も出るでしょう。

補助金は9月末で期限切れとなりますが、10月以降どうするかは決まっていません。すぐにやめると価格が一気に高くなる恐れがあるため、業界からは段階的な縮小を望む意見が出ているようです。

政治的にも補助金廃止は困難な選択。日本のように体力のある国なら継続も財政的に耐えられますが、体力の弱い途上国では補助金継続が財政をむしばんでいきます。そのあたりが補助金政策の罠でもあります。

****ガソリン価格、2カ月ぶり170円割れ 補助金37.7円へ****
資源エネルギー庁が3日に発表したレギュラーガソリンの店頭価格(全国平均、1日時点)は前週に比べて0.5円安い1リットル169.9円だった。5週連続で値下がりし、約2カ月ぶりに170円を割り込んだ。政府は石油元売りなどに補助金を支給してガソリン価格を抑えている。4日から1週間の補助額は37.7円になる。

政府は1月に補助金を導入し、給油所への卸値を抑えて店頭価格の上昇に歯止めをかけてきた。7月28日~8月3日分の補助額は39円、価格の抑制効果は41.1円だった。

8日時点のガソリン価格は、補助がなければ208.4円になると見込む。抑制目標の168円との差は40.4円。補助上限の35円に、それを超えた分の半分の補助2.7円を上乗せし、4日から1週間の補助金支給は37.7円になる。

ガソリン価格は、原料である原油の相場を反映する。アジア市場の指標となる中東産ドバイ原油の2日のスポット価格は一時、1バレル98.6ドル前後と前月比6%下落した。前年同期比では3割強高い。円安の進行もあり、原油の調達コストは高止まりしている。【8月3日 日経】
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【石油メジャーに対する「もうけ過ぎ」批判】
一方で、欧米の石油メジャーは利益をふくらませています。
英シェルの4~6月期の純利益は180億ドル(約2・4兆円)で前年同期比5・3倍。米大手エクソンモービルは178億ドルで3・8倍。米シェブロンも116億ドルで3・8倍でした。

こうした状況に「もうけ過ぎ」の批判も出ています。
バイデン米大統領は6月、エクソンを名指しして自社株買いに熱心な一方で投資を怠っているとし、「石油を増産しないほうが稼げるからだ」などと批判しています。

こうした批判に対し、エクソンのウッズCEOは7月の決算会見で、高い利益は数年前から実施してきた大規模な投資の結果だと反論。「多額の投資を続けているが、供給量はすぐには増えない」などと主張しています。

しかし、「もうけ過ぎ」批判は高まっており、国連グテレス事務総長が世界のすべての政府は最もぜい弱な人々を支援する方法として、石油・天然ガス企業の「超過利潤」に課税すべきだと訴える事態にもなっています。

****石油ガス大手の超過利潤は「グロテスク」,各国は課税を=国連事務総長****
国連のグテレス事務総長は3日、記者団に対し、世界のすべての政府は最もぜい弱な人々を支援する方法として、石油・天然ガス企業の「超過利潤」に課税すべきだと訴えた。こうしたエネルギー企業やその資金支援者らの「グロテスクな強欲」が「最も貧しく弱い人々を苦しめ、地球環境も破壊している」と非難した。

グテレス氏は、大手エネルギー企業が今のエネルギー危機に乗じ、最も弱い人々やコミュニティー、気候変動問題を犠牲にする形で「記録的な利益を上げている」とし、「これは不道徳だ」と断罪した。

米国のエクソンモービルやシェブロン、英シェル、フランスのトタルエナジーズ4社は、4─6月期利益が合わせて前年同期のほぼ2倍の510億ドル近くに上っている。

バイデン米大統領も6月、消費者にとって燃料費が記録的に高騰している時にエクソンなどが途方もない利益を上げていると発言。英国は7月、北海油田の石油・ガス企業への25%の超過利潤課税を可決した。米議員も同様の課税構想を議論しているが、議会での見通しはまだ立っていない。【8月4日 ロイター】
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一昔前なら民間企業を「不道徳」呼ばわりしても資本主義社会では意味がない・・・といったところでしたが、持続可能性、SDGsが重視される社会となった今は、企業も一定に配慮する必要があるでしょう。

【「ノルドストリーム1」をめぐるロシアとドイツ・欧州の綱引き】
一方、欧州で問題となっているのは石油もさることながら、ロシア依存が高い天然ガス。
とりわけ、定期点検から再開したノルドストリームをめぐり、ロシア側が技術的問題による更なる供給削減をちらつかせるなど、ロシアとドイツなど欧州との綱引きが続いています。

****ノルドストリームのタービン受け取り、制裁で「不可能」に ガスプロム****
ロシア国営天然ガス企業ガスプロムは3日、欧州に天然ガスを供給するパイプライン「ノルドストリーム1」用のタービンについて、対ロシア制裁のためドイツからの納入が「不可能となっている」と主張した。

ガスプロムは「カナダと欧州連合、英国による制裁に加え、(タービンを製造した)独シーメンスとの契約義務関連の問題のため、タービンの納入が不可能となっている」と説明した。

欧州諸国は、ロシアはタービンの受け取りを遅らせ、欧州へのガス供給をさらに減らすための口実にしようとしているのではないかと疑っている。

アナレーナ・ベーアボック独外相は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が「駆け引き」を仕掛けてきているが、西側諸国が分断されることは「あり得ない」と述べた。

さらに「ロシアの安価なガスに依存しすぎたのは間違いだった」と認め、ドイツのエネルギー政策を刷新し、ロシア産ガスの利用を段階的に削減する必要があるとの認識を示した。

オラフ・ショルツ独首相も同日、ロシアがタービンの受け取りを阻止し、欧州へのガス供給を絞っていると非難。一方で、原子力発電所の運転を継続する可能性に言及していた。 【8月4日 AFP】
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問題になっている「ノルドストリーム1」用のタービンについては、カナダ政府は制裁を緩和し、修理を終えたタービンの返却を決めましたが、タービンは7月中旬以降、経由地のドイツにとどまっています。

****独首相、ガス供給減でロシア非難 「タービン、妨げるものない」****
ロシアがタービンの返却遅れを理由にドイツへの天然ガス供給を大幅に削減している問題で、ドイツのショルツ首相は3日、タービンが一時保管されている独西部ミュールハイムの工場を視察し、「(ロシアに)タービンを輸送し、設置することを妨げるものは何もない」とロシア側の対応を非難した。(中略)

ショルツ氏はロシア側が供給減の根拠とする技術的な理由は「すべて事実として理解できない」と指摘し、ロシア側が意図的に通関手続きを遅らせている可能性を示唆した。ロイター通信によると、ロシアのペスコフ大統領報道官は3日、輸送を妨げているのは書類の不備だと反論した。

一方、ロシアがウクライナ侵攻を開始した後もロシア企業の幹部にとどまり批判を浴びたドイツのシュレーダー元首相(78)は、先週モスクワでプーチン露大統領と会談したと明らかにし、ロシア政府がウクライナとの戦争について「交渉による解決を望んでいる」と述べた。複数の独メディアが3日、シュレーダー氏のインタビューを公開した。

シュレーダー氏はウクライナからの穀物輸出の再開が交渉によって合意されたことを踏まえ、「徐々に停戦へと発展させられるだろう」と述べた。ロシア産ガスの供給不足については、NSと並行する新パイプライン「ノルド・ストリーム2」を稼働させれば解決するとの持論を展開した。【8月4日 毎日】
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【ドイツにとって悩ましい「ノルドストリーム2」】
“「ノルド・ストリーム2」を稼働させれば解決する”というのはシュレーダー元首相の持論であると同時に、プーチン大統領の「悪魔のささやき」でもあるでしょう。

****プーチン氏「ノルドストリーム2でガス供給可能」、元独首相に説明****
ロシアのプーチン大統領は、シュレーダー元ドイツ首相と先週会談した際、ロシアの天然ガスを欧州に送るドイツに通じる2本目のパイプライン「ノルドストリーム2」が利用できる状態にあると説明した。ペスコフ大統領報道官が3日、明らかにした。

ペスコフ氏によると、プーチン氏は会談で、欧州向けの供給は、ポーランドを経由する「ヤマル・ヨーロッパ」パイプラインがポーランドの制裁下となったことや、ウクライナが経由パイプラインを止めた影響で日量1億6700万立法メートルから3000万立法メートル程度まで減少したと語った。【8月3日 ロイター】
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ドイツにとって、工事が終わり事業計画承認を待つだけの段階にあった「ノルドストリーム2」の利用停止を決定したことは重大な決断でした。アメリカから迫られた、ウクライナ支援・ロシアへの対決姿勢の本気度を示す「踏み絵」でもあったのでしょう。

天然ガス需要が多くない夏場はまだいいでしょうが、需要期の冬場になって供給不足・価格高騰が現実の問題になったとき、プーチン大統領の「いやいや、ノルドストリーム2があるじゃないか。ドイツが認めさえすれば、いつでもガス供給できるよ。」という誘いに抗うことができるのか・・・悩ましい問題です。

日本もロシア産ガスについては、サハリン2で揉めています。

****「サハリン2」新運営会社の設立決定 日本の輸入LNG約1割占め…出資企業は判断迫られることに****
ロシア政府は、日本の商社も出資している石油・天然ガス開発事業「サハリン2」について、新たな運営会社の設立を決めました。日本の商社は今後も事業に参加し続けるか、判断を迫られることになります。

サハリン2にはロシアのガスプロムや三井物産、三菱商事が出資していて、日本が輸入するLNG(=液化天然ガス)のおよそ1割を占めています。

ロシア政府の決定によりますと、新たな運営会社「サハリンエナジー合同会社」はサハリン州の州都ユジノサハリンスクに設立されます。

プーチン大統領はことし6月、非友好国への対応として、サハリン2の株式をすべて新たな運営会社に無償譲渡することを命じる大統領令に署名しています。出資企業には新会社設立から1か月以内に新会社の株式取得に同意するか通知するよう求めていて、三井物産と三菱商事は判断を迫られることになります。

新会社の設立決定を受け、萩生田経済産業大臣は「サハリン2は極めて重要で維持を続けることに基本的に変わりはない」とコメントしています。【8月4日 日テレNEWS】
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日本は輸入するLNG全体の8.8%(2021年)をロシアに依存しており、その大半がサハリン2で、発電用の燃料や都市ガスの原料に使われています。

一方ドイツの場合、“ガス輸入に占めるロシア産の割合がロシアによるウクライナ侵攻前は55%に上っていました。
侵攻を受けてドイツはロシア産の天然資源に依存しない「脱ロシア」を進めています。それでも、ことし4月時点でロシア産のガスが35%を占めるなど、短期間で代替の調達先を確保するのは非常に難しいのが現実です。”【7月15日 NHK】

ドイツにとってロシア産ガスは日本より遥かに大きな問題であり、「ノルドストリーム2」の停止は極めて困難な決断でした。それだけに、冬場になってもウクライナの戦況の「出口」が見えないという場合、どこまで耐えられるか・・・・という話にも。

プーチン大統領の「ノルドストリーム2」の話は、薬物依存症患者の耳元で「いつでも薬、手に入るよ」といった囁きのようにも。

なお、パイプラインを使うガスは石油と異なり簡単に輸出先を変えることが困難で、ロシアにとっても欧州という最大の顧客を失うことになれば宝の持ち腐れになってしまいますので、あまり強引なことも得策ではありません。

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ミャンマー  国軍と民主派の両方からにらまれないよう、口を閉ざして生きている住民

2022-08-03 23:08:23 | ミャンマー
(ミャンマーのマグウェ地方で、国軍の拠点を襲撃する民主派の武装組織=フェイスブックより【7月28日 西日本】 民主派の武装組織がどのような武器を有しているのか・・・この画像ではよくわかりません)

【非常事態宣言を半年延長 来年8月までに“民主派排除”の総選挙】
ミャンマー軍事政権が民主活動家の処刑を行ったことは7月26日ブログ“ミャンマー 民主派弾圧を強化する軍事政権、民主活動家4人を処刑 中国、ロシアとの関係強化”で取り上げました。

その軍事政権は非常事態宣言の2回目の半年延長(憲法既定ではこれが最後)を行い、来年8月までに軍がコントロールした形で総選挙を行う方針です。

****ミャンマー政変1年半 国軍、非常事態宣言を半年延長****
クーデターで実権を握ったミャンマー国軍は7月31日、昨年2月に発令した非常事態宣言を半年間延長することを決定した。今月1日でクーデターから1年半となったが、国軍が実権を手放す気配はなく、反発する民主派との間で対立が一層激化しそうだ。

国軍は昨年2月1日、大統領府相、外相、国家顧問を務めていたアウンサンスーチー氏らを拘束し、全土に非常事態宣言を発令した。憲法規定では非常事態宣言の期間は1年だが、半年ずつ2回まで延長できると定めており、今回が2回目の延長となる。

国営メディアは延長の理由を「総選挙実施に向けた準備のため」としている。国軍は来年8月までに総選挙を行う方針を示しているが、スーチー氏ら民主派は排除される見通しだ。

国軍トップのミンアウンフライン総司令官は1日の演説で、総選挙実施のために「平和と安定が欠かせない」と述べ、民主派が結成した「国民防衛隊」(PDF)などへの締め付けを強化する考えを示唆した。

同国の人権団体によると7月29日までに2138人が弾圧で死亡し、約1万5千人が拘束された。【8月1日 産経】
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【ASEAN さらなる民主派処刑なら和平計画見直しも】
ミャンマー国軍のミンアウンフライン最高司令官は1日、国営放送を通じて演説。
「暴力の即時停止」など東南アジア諸国連合(ASEAN)と合意した5項目について、市民の抵抗活動などを理由に「実現は難しかった」とし、「今年は可能な限り実現させる」と語りました。国内外で高まる国軍への批判をかわす狙いがあるとみられています。

上記のようにASEANに対し若干の歩み寄りの姿勢もにおわせていますが、5項目合意を無視され、特使派遣してもスー・チー氏など民主派とは会えず、更に民主活動家処刑ということで、ASEAN側は対応を硬化させています。

****ASEAN、ミャンマー和平計画見直しも さらに死刑執行なら****
東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議が3日、開幕した。議長国カンボジアのフン・セン首相は冒頭、ミャンマー軍事政権が囚人の死刑をさらに執行すれば、ASEANはミャンマーとの和平計画の再考を迫られると述べた。

ASEANはミャンマーに対し、昨年合意した5項目の和平計画を順守するよう求めており、ミャンマーの軍事政権が民主活動家4人の死刑を執行したことを非難している。

フン・セン首相は和平計画について、誰もが望む通りには進展していないものの、人道支援の提供などでは一定の前進があったとした。

だが、民主活動家の死刑執行を受けて状況は「劇的に変化」し、和平計画の合意前より悪化したとみることもできると指摘。

「判決見直しを求める私や他の人々の訴えにもかかわらず死刑が執行されたことに(ASEAN諸国は)深く失望している」と述べた。

ASEAN議長報道官が1日明らかにしたところによると、今週の会議にミャンマーの代表は出席しない。国軍以外の代表を送る案を軍政が拒否したという。【8月3日 ロイター】
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いつも言うようにASEAN内部ではミャンマー軍事政権への対応で温度差があります。
マレーシアやシンガポールは強硬姿勢ですが、もともと軍事政権からスタートしたタイ・プラユット政権やミャンマー軍部との関係を維持する中国の意向を反映するカンボジア・ラオスなどは宥和的な姿勢です。

その比較的宥和的な議長国カンボジアのフン・セン首相が上記のように述べるのですから、メンツを潰された形になって苛立っているのかも。

【武器供与やASEAN首脳会議への参加を求める民主派だが・・・】
国軍と武装闘争を行っている民主派の抵抗政府である「国民統一政府(NUG)」は国際社会に武器供与を求めています。

****ミャンマー民主派抵抗政府が武器供与を訴え ASEANへの承認要望も****
<ウクライナへの欧米の軍事供与を念頭に要望>
ミャンマーのミン・アウン・フライン国軍司令官をトップとする軍事政権に対抗するために組織された民主派の抵抗政府である「国民統一政府(NUG)」は7月28日に国際社会に対して軍装備品や武器弾薬の供与を求めた。

NUGは軍政が逮捕・訴追している民主政府指導者だったアウン・サン・スー・チー氏の側近だった民主派元国会議員と著名な民主活動家など4人の死刑確定囚への7月23日の死刑執行に対抗して、軍政との戦闘を強化するために武器供与は必要だとしている。

NUGのドゥア・ラシ・ラ大統領代行は「ファシスト軍政と戦うために命を犠牲にしているミャンマー人への技術支援、武器弾薬、資金援助を切実に要請する」と国際社会の協力を呼びかけた。

NUGはスー・チー氏の政権を支えた民主派政治家や少数民族代表により組織された抵抗政府。大統領代行はじめ主な閣僚やメンバーはミャンマー国内の少数民族武装組織の支配地域などに潜伏。あるいは国外に脱出して抵抗活動を続けている。

軍政はNUGをテロ組織としてメンバーの摘発に躍起となっているが、NUGはSNSや地下放送などで国内外から軍政批判と情報発信を継続している。

民主派政治犯への死刑執行に対してNUGは「4人の殉教者の犠牲は革命に大きな推進力を与えるだろう」と述べ、NUG傘下の武装市民抵抗組織「国民防衛軍(PDF)」に対し各地で軍との戦闘激化を指示している。

こうした武器供与要求の背景にはロシアが軍事侵攻したウクライナへの米国からの最新鋭の高度な誘導弾や精密砲弾などの武器提供があり、「国家同士の戦争と軍政と民主派組織の内戦という違いはあるが、多くの市民が戦闘や人権侵害で亡くなっている状況は同じ」との認識がNUGの根底にあるとされている。

対ASEANにNUGを認定要求
こうした武器供与の要求を国際社会に求めると同時にNUGはミャンマーも加盟する東南アジア諸国連合(ASEAN)に対してミャンマーを代表する政権としてNUGを認定し、ASEANが主宰する外相、財務相、国防相そして首脳会議にNUGの各閣僚、代表を参加できるように求めている。

8月3日に今年のASEAN議長国であるカンボジアで開催されるASEAN外相会議にもNUGは出席を求めている。同外相会議はミャンマー軍政の代表を招待しておらず、軍政代表欠席で主にミャンマー問題を協議する見通しとなっている。

このためNUGとしては「軍政代表がいない会議であればこそ我々NUG代表の参加を認めてほしい」としているが実現の見通しは暗い。

2021年2月1日のクーデターを受けて同年4月16日に樹立されたNUGは発足直後から「ミャンマーを代表する政権は軍政ではなくNUGである」として内外にアピールしているが、ASEAN内では意思統一ができずNUGにコンタクトしているのはマレーシアだけといわれている。

議長国カンボジアの思惑
ASEAN加盟国間ではミャンマー問題に関する温度差が存在するのも事実で、これが問題解決への道筋をつける「障害」になっているとNUGなどは指摘している。

クーデター後からミャンマー軍政に厳しい姿勢をとっているのはマレーシアとシンガポールだけに過ぎず、残る加盟国は「是々非々」というような曖昧な姿勢に終始している。

今年のASEAN議長国であるカンボジアはフンセン首相やASEAN特使であるカンボジアのプラク・ソコン外相らが何度もミャンマーを訪問しミン・アウン・フライン国軍司令官ら軍政幹部と会談しているが、実質的な事態の進展はないのが現状である。

カンボジアは議長国としての成果を追及してASEAN内での存在感を誇示しようとするばかりで、そのいい例が2022年6月にカンボジアで開催されたASEAN国防相会議にミャンマー軍政代表を招いたことだろう。ミャンマーを疎外させない方針で臨んだものの、他の加盟国からはコンセンサスを得ていないと反発を買ったのだった。

フンセン首相は「スタンドプレー」が好きだが、こうしたミャンマーを内に取り込んでの問題解決はミャンマーの後ろ盾である中国への配慮もあるとみられていた。カンボジアはラオスと並んでASEAN内の親中国派であることと無縁ではないことがマレーシアなどの反発の一因とされている。

何れにせよこのままでは11月に開催予定とされるASEAN首脳会議にミャンマーのミン・アウン・フライン国軍司令官を招待する見込みは薄い。

一方でマレーシアのサイフディン・アブドゥッラー外相が中心となってASEANのこれまでのミャンマー問題に対すアプローチを変えて、さらなる強硬姿勢を打ち出すべきだとの機運が高まっていると言われる。

果たして、NUGのドゥア・ラシ・ラ大統領代行やマン・ウィン・カイン・タン首相を「ミャンマーの首脳」として出席を求めることになるのか、ミャンマーの首脳欠席で開催するのか。ASEANはミャンマー問題で大きな岐路を迎えることになる可能性が高い。【8月1日 大塚智彦氏 Newsweek】
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現時点でASEANが首脳会議に民主派代表を招き、その主体性を発揮するようなことは100%ありえませんが、武器供与も同様に非現実的でしょう。そこまで民主派に肩入れしてミャンマー問題に深入りする国はないでしょう。

【国軍と民主派の板挟みになる住民 両方からにらまれないよう、口を閉ざして生きている】
そうした状況で国軍と民主派武装勢力の争いが続いていますが、現地住民は両者の板挟みになって苦しんでいるとも報じられています。

民主派が地元住民に紛れて国軍車両に地雷を仕掛けたり、待ち伏せ攻撃をしたりして、死傷者が出ているということで、国軍は見境なく村を襲撃。国軍兵士は住民が逃げ去った後、家々を物色し、テレビなど金目の物を奪い、家に火を放っていくとも。

また、村の若者は民主派との関係を疑われ国軍の尋問施設に送られます。

一方、民主派の拠点を村に置くと、民主派に協力しない者は国軍寄りとみなされ、民主派から攻撃を受けることも。

国民の多くは、国軍と民主派の両方からにらまれないよう、口を閉ざして生きているのが現実です。

【日本人ジャーナリスト拘束で起きる「自己責任論」】
日本に関係するところでは、7月30日、日本人ジャーナリストの久保田徹さんがデモ取材中に現地の治安当局に拘束されました。

****久保田徹さん ミャンマーで裁判へ 抗議デモ撮影“参加者とつながり”****
7月30日にミャンマーで拘束された久保田徹さん(26)が、今後、裁判を受ける見通しであることがわかった。

抗議デモを撮影中に、最大都市ヤンゴンで治安当局に拘束された久保田徹さんについて、国軍のゾーミントゥン報道官は2日、FNNの取材に対し、「取り調べは今も続いている」としたうえで、「彼はデモ参加者とのつながりについて認めたため、今後、裁判を受けることになる」と話した。

容疑の中身や、現時点で起訴されているかについて報道官は明かさなかったが、久保田さんは「観光ビザでミャンマーに入国した」という。【8月3日 FNNプライムオンライン】
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この種の問題が起きると、最近の日本では「自己責任論」が主張されることが多いようです。
ただ、それは紛争地域の取材報道を否定し、外の世界から目をそらし、今ある日本国内のささやかな安心・安全にしがみつこうとする内向き姿勢の表れのようにも思えます。

****「ジャーナリストではなくミャンマー国軍や警察を批判すべき」 日本人拘束でまた噴出する“自己責任論”****
(中略)これまでもミャンマーに限らず、海外で日本人が拘束されニュースになることは度々あった。そして、その度に浮上するのが「自己責任論」だ。今回もTwitterには、「これは自己責任としか言い様がない」「こういう人達が伝えてくれるから世界を知れる」と様々な声があがる。

■“リスクがある地域の取材”のあり方は
(中略)では、今回も噴出する「自己責任論」はどう考えるべきか。

まず元経産省のキャリア官僚で制度アナリストの宇佐美典也氏は「自己責任だと思う」との立場から、「どの国でも邦人が危機に晒されれば日本政府は全力を尽くすが、そもそもとれる手段があまりないから“リスクがある”と渡航勧告をしている。そのリスクを承知で行ったことに対して、責任が他の人にあるというのは理論として無理がある。ただ、彼が自身の決断で行ってリスクを承知で危機に遭っているというのが事実で、他の人がどうこう言うことではないと思う」との見方を示す。

(ロイター通信記者でNGOヒューマン・ライツ・ウォッチの)笠井氏は「いわゆる軍事国家で反軍デモを取材するというのは、それなりの危険が伴う行為だとは思う」とした上で、「ここではっきりさせないといけないのは、久保田さんとデモに参加していた人たちは、報道の自由や表現の自由、結社の自由など、すごく基本的な権利を行使していただけであって、その権利を侵害したのはミャンマーの国軍や警察だ。これは被害者を責めるのではなくて、そういった権利を侵害している側を批判すべきだと思う」とコメント。(中略)

久保田さんの拘束が「自己責任だとは思わない」というプロデューサーの陳暁夏代氏は、「興味本位や旅行で行く人は自業自得だと思うが、彼はジャーナリストであって、職業として向かっている。プロと素人の違いは、知識があるかどうかや、対策をとっているかどうか。その上で行くのであれば職業だと思うし、対策しても防げない拘束といったことが起こった時に、国がどう対応するのか、組織としてどう動くかも問われてくるとは思う」との意見を述べる。(後略)【8月3日 ABEMA Times】
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【死と隣り合わせの現地ジャーナリスト】
久保田さんの場合は外国人ということで、まだ一定に配慮されているところがありますが、現地のジャーナリストは文字通り命がけの活動になります。

****日本人ジャーナリストと同日に拘束された現地人カメラマン、その日のうちに死亡 尋問中に暴行死か***
<午前2時に突然の家宅捜査で連行され、10時間後には家族に死亡通知>
ミャンマーで取材活動を続けていたカメラマンが7月30日に治安当局の家宅捜索を受け身柄を拘束された。そしてその日のうちに残された家族のもとに病院から入った連絡は衝撃的な内容だった。
「死亡したので遺体を引き取りたければ渡す」
 
家族が引き取ったカメラマンの遺体には目立った外傷はなかったものの、胸と背中に打撲痕らしいアザ、そして胸部に拘束前はなかった縫合した痕跡が残されていたことから、尋問中に受けた暴行が死につながった可能性が高く治安当局への批判が強まっている。

このカメラマンは地元中心の報道写真家の組織に属し、これまで反軍政を掲げる民主派市民のデモなどを撮影し、おもにSNSにアップするなどで情報発信をしていた。これが治安当局に知られ拘束に繋がったとみられている。

死亡したカメラマンはアイ・チョー氏(48)で中部ザガイン地方域のザガイン市内にある自宅に7月30日の午前2時ごろ、軍用車両6台が駆けつけて兵士が家族に対して「門を開けないと射撃する」と脅して自宅内に入った。

その後アイ・チョー氏を武器の不法所持容疑で拘束し、自宅内で家宅捜索を行ったと米国系メディア「ラジオ・フリーアジア(RFA)」が8月1日に伝えた。

拘束10時間後に死亡連絡
(中略)関係者はRFAの取材に対し匿名を条件に、アイ・チョー氏の遺体に「胸部に検視の際のような縫合した後があった。これ以外には特に外傷もなく血や体液などの漏洩もなかった」ことを明らかにした。

またカメラマン仲間のひとりは匿名で「アイ・チョー氏の拘束中から兵士は自宅をくまなく捜索したが武器等不審なものは一切発見されなかった」と述べ、武器所持という容疑そのものが事実に基づかない「身柄拘束のための虚偽容疑」だった可能性も十分あるとみられている。

怯える市民、カメラマンたち
アイ・チョー氏は「アッパー・ミャンマー(ミャンマー上部=中部)写真協会」に所属しながら、ザガイン市内で「ハイマン写真スタジオ」を経営するなど、報道関係者の間で人気と人望がありつつ、地元では親しみやすい人柄で有名だったという。

2021年2月1日にミン・アウン・フライン国軍司令官をトップとする軍によるクーデターが発生後は、地元ザガイン地方を中心に取材活動を精力的に行い、主に反軍政を掲げる民主派市民のデモなどの活動をカメラに収め、SNSなどで発信していた。その写真は民主派政治家や地元メディアなどに多く共有、拡散されたという。

反軍政デモに参加したザガイン市民などをアイ・チョー氏と一緒に取材したカメラマン仲間や地元報道関係者たちは、アイ・チョー氏が拘束されその日のうちに死亡したことを受けて、同様のことが自らの身に起こるかもしれない、との恐怖に怯えているという。

RFAによるとアイ・チョー氏と一緒に取材したことがあるという報道関係者は「兵士が突然自宅などにやって来て気に入らないものを発見したら恣意的な逮捕、殺害となる。法律なんてものはなく法律は兵士の銃口にある。兵士は何でも自分たちが望むことを実行するので、兵士が近くに来るだけで死刑が執行された気持ちになる」とザガイン市民の胸中を代弁したという。

(中略)久保田氏、そしてミャンマー現地のカメラマンや報道関係者に軍政がどのような対応をするのか、世界が注視していくことが求められている。【8月3日 大塚智彦氏 Newsweek】
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アルカイダ指導者のザワヒリ容疑者を米軍がアフガニスタンで殺害

2022-08-02 23:45:48 | アフガン・パキスタン
(国際テロ組織アルカイダ指導者 ザワヒリ容疑者(右)と ビンラディン容疑者【8月2日 NHK】)

【米軍、ザワヒリ容疑者を殺害 アフガニスタン首都カブールで】
バイデン米大統領は1日、国際テロ組織アルカイダの最高指導者アイマン・ザワヒリ容疑者を殺害したと発表したと発表しました。アフガニスタンの首都カブールでドローンを使った攻撃で殺害したとのことです。

ザワヒリ容疑者はアルカイダの黎明期からビンラディン容疑者が全幅の信頼を置いた最高幹部で、長年ナンバー2の「副官」として組織拡大に貢献、ビンラディン容疑者が米軍に殺害された後は結束力が弱まったアルカイダのトップとして組織維持に務めてきました。

****米、ザワヒリ容疑者殺害=アルカイダ最高指導者―アフガンでドローン攻撃****
バイデン米大統領は1日、国際テロ組織アルカイダの最高指導者アイマン・ザワヒリ容疑者を殺害したと発表した。71歳だったとみられる。

ザワヒリ容疑者は2001年9月の米同時テロに深く関与し、11年5月の米軍特殊部隊によるビンラディン容疑者殺害後、アルカイダを率いてきた。アルカイダの一層の弱体化は必至で、壊滅的打撃を受けた可能性がある。

バイデン氏は国民向けのビデオ演説で「正義は下された。このテロリストはもうこの世にいない。世界中の人々はもうこれ以上恐れる必要はない」と表明。さらに「同時テロで奪われた罪のない人々の命を追悼し続ける」とも述べた。

米政府高官によると、米当局がアフガニスタンの首都カブールで現地時間7月31日午前6時18分(日本時間同日午前10時48分)ごろ、ザワヒリ容疑者が建物のバルコニーに出たところをドローン攻撃で殺害した。米メディアは「中央情報局(CIA)による殺害作戦」と報じている。高官は一般市民らにけがはなかったと強調した。

従来はパキスタンとアフガンの国境地帯に身を隠していると考えられていたザワヒリ容疑者がカブールに潜伏中という情報は今年に入って米政府が把握した。監視の結果は約3カ月前からバイデン氏にも逐一報告され、殺害作戦が本格化したのはここ1カ月の話だった。バイデン氏が作戦実行を最終承認したのは7月下旬という。(中略)

バイデン氏は昨年8月末、アフガンから米軍を撤退させた。イスラム主義組織タリバンの全土掌握による混乱で批判を招いたが、今回のザワヒリ容疑者殺害で「アフガンが今後、テロリストの安住の地になることはない」と強調した。【8月2日 時事】 
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映画・ドラマによれば、こういう場面ではホワイトハウス地下のシチュエーションルームに大統領以下の主だった関係者が集まり、モニター等で現地の状況を確認しながら作戦が実行される・・・ということのようですが・・・。

【テロが減少する直接効果はあまり期待できない】
アルカイダから分派したスンニ派過激組織「イスラム国」(IS)がイラクとシリアで台頭すると、アルカイダは求心力を失いましたが、未だイスラム過激派の“トップブランド”としての存在感はあり、独自の指揮系統でテロ活動を行う参加の組織にとってアルカイダの名前はそれなりの価値があると言えます。ヤクザ組織の代紋みたいなものでしょうか。

****米殺害のザワヒリ容疑者 若くして過激思想に傾倒****
米国が殺害を発表したアイマン・ザワヒリ容疑者はウサマ・ビンラーディン容疑者の死後、10年以上にわたり国際テロ組織アルカーイダを最高指導者として率いた。しかし、カリスマ性に欠け指導力を発揮できず、組織は弱体化。重病説も取り沙汰されていた。

エジプト・カイロ郊外で1951年に生まれたザワヒリ容疑者は、世界のイスラム過激思想に影響を与えた原理主義組織「ムスリム同胞団」に学生時代から傾倒した。過激思想に詳しいカイロ・アズハル大のアブドルバセット・ヘイカル教授は、欧米の中東支配に対する反発から「イスラム世界の過激な変化を志向した」と分析した。

ザワヒリ容疑者は74年にカイロ大医学部を卒業後、81年に起きたサダト大統領暗殺事件に関わったとして投獄された。その後、アフガニスタンで対ソ連ゲリラ戦に参加し、ビンラーディン容疑者に出会った。

2001年の米中枢同時テロのほか、1998年のケニアとタンザニアの米大使館爆破事件にも関与したとされ、米政府は懸賞金2500万ドル(約33億円)をかけて行方を追っていた。

2014年にはアルカーイダから分派したスンニ派過激組織「イスラム国」(IS)がイラクとシリアで台頭。求心力を失ったアルカーイダは、中枢が反米イデオロギーを鼓舞するメッセージを発信し、各地の傘下組織が独自の指揮系統でテロ活動を行っていたとの見方が有力だ。

欧米では近年、アルカーイダ本体の関与が明確な大規模テロは起きていない。しかし、中東やアフリカでは政情不安に付け入る形で傘下組織が活発に活動している。米議会調査局は今年5月、米国人らを狙う危険性があるアルカーイダ系組織として、イエメンの「アラビア半島のアルカーイダ」(AQAP)やソマリアの「アッシャバーブ」などを挙げた。【8月2日 産経】
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今回のザワヒリ容疑者殺害の影響は二つあります。
ひとつはアルカイダの組織活動が今後どうなるか? テロ減少につながるのか? という問題。

アルカイダ自身の求心力は更に低下し、組織は大きく揺らぐかと思われますが、上記記事にもあるように、すでにアルカイダが何か企てるというよりは、アルカイダネットワークに参加する各組織が独自活動においてアルカイダの名前を“箔付け”に利用するという感じが強くなっていましたので、ザワヒリ容疑者殺害によってテロが減少する直接効果はあまり期待できないように思えます。

【タリバンとアルカイダの関係が切れていなかったことが証明された】
もうひとつの問題は、殺害されたのがアフガニスタンだったこと。つまりアフガニスタン・タリバン政権が国際テロ組織アルカイダのトップをかくまっていたと推測されることです。

****タリバン、アルカイダ指導者保護でドーハ合意に違反=米国務長官****
米国がアフガニスタンで国際武装組織アルカイダの最高指導者、ザワヒリ容疑者を殺害したことについて、ブリンケン米国務長官は1日、イスラム主義組織タリバンが同容疑者をかくまっていたとし、ドーハでの合意に対する「重大な」違反だと非難した。

「タリバンに合意を守る意向もしくは能力がない中、われわれは揺るぎない人道支援でアフガンの人々を引き続き支え、特に女性や子どもの人権保護を提唱していく」と述べた。【8月2日 ロイター】
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このことが国際テロ組織との関係を断つとしていたアフガニスタンとアメリカ、国際社会との関係にどのような影響を及ぼすか・・・・という問題です。一方、アフガニスタンにしてみれば、自国内での米軍による殺害は主権の侵害という問題にもなります。

****カブール市民「何かの間違い」 ザワヒリ容疑者殺害、重い口****
米国がザワヒリ容疑者殺害を発表した直後の2日朝、アフガニスタンの首都カブールは、普段通り多くの人々が通りを歩いていた。タリバンの暫定政権は「米国によるドローン攻撃」を非難する一方で、死亡したのがザワヒリ容疑者だったことについては言及を避けている。

暫定政権、言及避ける
「どんな理由であったとしても、この攻撃を強く非難する」。暫定政権のムジャヒド報道官は2日昼前に発表した声明で米国を非難。カブール中心部にあるシェルプール地区の民家への空爆があり、米国のドローン攻撃だったことが判明したとした上で「こうした行動は米国、アフガン、そして地域の利益に反する」と述べた。アルカイダに関する言及はなかった。

地元テレビでは、2日朝の段階でザワヒリ容疑者の殺害について報じるニュースは少ない。中心部の検問所で警戒にあたっていたタリバン戦闘員にザワヒリ容疑者の殺害について聞くと、戦闘員は「空き家にロケット砲が着弾しただけで、けが人はいなかったはずだ」と不思議そうな顔で答えた。ザワヒリ容疑者がカブール市内に居住していたことについても「何かの間違いだ」と否定し、「アルカイダとタリバンは関係がない」と述べた。

カブール市内の警備は、アルカイダとのつながりが指摘されるタリバン内の強硬派「ハッカーニ・ネットワーク」の戦闘員が中心的に担っているとされ、市内のいたるところに銃を携えた戦闘員が配置されている。

タリバンを長年取材してきた毎日新聞助手は「アルカイダとの関係を認めてこなかったタリバンは、今回の米国の攻撃で面目をつぶされた形だ。タリバン内部でも動揺が広がる可能性があり、騒動に発展することを警戒して検問も厳しくなるはずだ」と警戒したが、記者(川上)と助手が30分ほど外出した間、検問で止められることはなかった。(中略)

一方、(攻撃の様子を語る住民に)アルカイダやザワヒリ容疑者について話を聞こうとすると、住民の口は一様に重くなった。両替商のアブドル・モヒーンさん(20)は、殺害されたのがザワヒリ容疑者だったことについて「ニュースを見ていないから知らないし、関心もない」と話した。別の男性は「そんなことを聞かないでほしい。ここは民主主義国じゃないんだ」と小声で訴えた。

ザワヒリ容疑者はタリバンの復権に伴い、パキスタンとアフガンの国境付近の潜伏先からカブールに移動した可能性も指摘される。ザワヒリ容疑者を首都で事実上かくまっていた疑いが浮上したことで、国際社会のタリバンへの対応が厳しくなるのは必至だ。【8月2日 毎日】
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****アフガン、なお「テロの温床」 ザワヒリ容疑者 政府機関近くに潜伏****
アフガニスタンの首都カブールで国際テロ組織アルカーイダの最高指導者、ザワヒリ容疑者が殺害されたことは、米軍撤収後のアフガンがいまだに「テロの温床」である実態を浮き彫りとした。

イスラム原理主義勢力タリバンが米国と合意した「国際テロ組織との関係遮断」を履行していない疑いは強い。カブール陥落1年を15日に控え、タリバン統治への不信感が高まる結果となった。

ザワヒリ容疑者が潜伏していた住宅はカブール中心部の高級住宅街シェルプール地区にあり、政府機関やタリバン幹部の自宅からもほど近い。タリバンはザワヒリ容疑者の居場所を把握していたとみられ、ロイター通信はタリバン関係者の話として、タリバンがザワヒリ容疑者に「最高レベルの警備」を与えていたと報じた。

タリバンと米国は2020年2月、カタールの首都ドーハで和平合意に署名した。合意では米軍がアフガンから撤収する一方、タリバンはアルカーイダなど国際テロ組織と関係を断ち、国土を活動拠点として利用させないことが盛り込まれた。

ただ、21年8月に米軍撤収は完了したものの、タリバンはアルカーイダとの関係を維持しているとの見方は根強かった。タリバンは1990年代、アルカーイダ指導者のウサマ・ビンラーディン容疑者を「賓客」として迎え入れて、原理主義化が進んだ経緯があり、両組織の縁は深い。

タリバン暫定政権のザビフラ・ムジャヒド報道官は2日、ツイッターでザワヒリ容疑者の死亡は触れず、米軍のドローン攻撃について「米軍の攻撃は国際的な原則に対する明らかな違反行為だ。米国、アフガン、地域の利益に反する」と反発した。【8月2日 産経】
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“タリバンは1990年代、アルカーイダ指導者のウサマ・ビンラーディン容疑者を「賓客」として迎え入れて・・・”ということですが、何もタリバンが招いた訳でもなく、他に行くあてもない国際的お尋ね者ビンラーディン容疑者が舞い込んできたというところで、また、当時の国際情勢に疎いタリバンはビンラーディン容疑者がどのような人物かもよくわからないまま、客はもてなすという部族の慣習に従って「まあ、おとなしくしているなら、いてもいい」と受け入れたということのようです。

受入れ後も、ビンラーディン容疑者の資金・アラブ世界からの戦闘員の提供を重宝しつつも、国際社会を敵に回すその勝手な活動に(基本的にアフガニスタン国外のことには関心がないオマル師・タリバンは)苛立ったりもしていましたが、「客を追放するのは習慣に反するので、できない」とそのまま置いていくうちに、当時の最高指導者オマル師以下のタリバンが次第に精神的にもアルカイダ思想に取り込まれていった・・・というように思えます。
(参考 高木徹著「大仏破壊」)

ザワヒリ容疑者についても、思想的に共鳴してかくまったというより、他に行くところがないと頼まれると追い出す訳にはいかなかったのかも。

もっとも、アルカイダとのつながりが指摘されるタリバン内の強硬派「ハッカーニ・ネットワーク」と他の勢力の間では、ザワヒリ容疑者への対応に温度差があったかも。

いずれにしても、ビンラーディン容疑者がパキスタンで殺害された際も、パキスタン国軍がかくまっていたと推測され、パキスタンとアメリカの関係がギクシャクすることにもなりました。

タリバンがアルカイダと切れていないというのは誰しも想像することではありましたが、想像することと、実際にザワヒリ容疑者がアフガンにいたということでは重みが違います。

【タリバンが更に国際社会に背を向ける可能性も】
今回事件を受けて、タリバン政権が求めていた国際的な国家承認は更に遠のくことになるでしょうが、そのことでタリバン政権が国際社会との関係を見限って、更に強硬な路線に進むということも懸念されます。

タリバン指導部は実権掌握時は国際社会にも配慮した宥和的姿勢も見せてはいましたが、それから1年、その凶暴な性格が明らかになりつつあります。

****刑、拷問、恣意的拘束…今も続くタリバンによる人権侵害の実態 アフガン実効支配から1年****
イスラム過激派組織タリバンがアフガニスタンで政権を奪取してから、まもなく1年が経つ。

当初、タリバンは自ら記者会見を開いて「我々は変わった」と積極的に発信したり、日本のメディアを含む外国メディアの取材にも応じて英語でインタビューに答えたりするなど、「我々は変わった」アピールに余念がなかったこともあり、日本でもタリバン新政権を楽観視する向きがあった。しかし現実は大きく異なる。

「裁判なしの処刑160件」人権侵害の実態は
国連アフガニスタン支援団(UNAMA)は7月20日、タリバン支配が開始された2021年8月15日以降10カ月間のアフガニスタンの人権状況をまとめた報告書を発表し、タリバンが今も人権侵害を続けている実態を明らかにした。

UNAMAはタリバンによる前政権や治安部隊の関係者に対する裁判なしの処刑(超法規的処刑)160件、恣意的な拘束178件、拷問や虐待56件について、極めて具体的に報告している。タリバンは政権奪取直後の2021年8月17日、前政権や治安部隊などの関係者を対象とした恩赦を発表したものの、「この恩赦は一貫して守られていないようだ」と指摘する。

こうした人権侵害の加害者に対し、タリバン当局が全く処罰していないだけでなく、タリバン当局の勧善懲悪省と諜報局という2つの組織が主体的にこれらの人権侵害を実行している実態について、UNAMAは強い懸念を表明している。

タリバンはジャーナリストの恣意的逮捕や報道機関に対する規制により報道の自由を抑圧しているだけでなく、抗議活動の参加者に暴力をふるったり拘束したりすることにより、反対意見を封殺しているともされる。タリバンによるメディア関係者に対する人権侵害は、163件が報告されている。

奪われる女性の権利、相次ぐ「イスラム国」の攻撃
タリバン支配の最も顕著な犠牲者は女性である。ブルカ(顔を含む全身を覆い隠す長衣)着用の義務付けや移動の制限、立ち入り場所の制限、教育や就業の制限など、タリバン当局が次々と発布する規制により、女性は公共の場から締め出され、社会に参加する権利を徐々に制限され、多くの場合完全に奪われてしまったと報告されている。

国連のアフガニスタン担当特別代表はこれについて、次のように述べた。
「女性と女児の教育および公的生活への参加は、いかなる近代社会にとっても基本的なことだ。女性と女子を家庭内に追いやることにより、アフガニスタンは彼女たちが提供する重要な貢献の恩恵を受けることができなくなる。あらゆる人のための教育は基本的人権であるだけでなく、国家の進歩と発展の鍵なのだ」。

治安に関しても、この10カ月間に「武器を用いた暴力」は大幅に減少したものの、民間人の死傷者は2000人を超え、その大半はイスラム過激派組織「イスラム国」の攻撃によるものとされる。

2021年8月以前は「武力を用いた暴力」を主に実行していたのはタリバンだったが、タリバンは今やそれを取り締まるべき立場にある。しかし「治安は回復した」「我々は『イスラム国』を封じ込めている」「米国は『イスラム国』の脅威をでっち上げている」といったタリバンの主張は、こうした報告書が突きつける事実の前に信憑性を失う。

タリバン政権誕生で状況悪化
タリバンによる政権奪取以降、アフガニスタン経済は崩壊状態にあり、タリバン当局がそれに対してほぼ無策であることが人権状況の悪化に拍車をかけている。

報告書によると、現在アフガニスタンの人口の少なくとも59%が人道支援を必要としており、その数は2021年初頭と比較して600万人増加した。

要するにタリバン政権誕生により、アフガニスタンの人々の状況は悪化したのだ。

UNAMAの報告書は国際社会に対し、アフガニスタンの人々への支援の継続を求めている。しかしいくら国際社会が人道支援をしようと、アフガニスタンを支配するタリバンが、すべてのアフガニスタン人の人権を保護・促進する義務を果たさない限り、根本的な問題解決にはならない。

タリバン当局は人権問題について西側諸国による再三の勧告を無視し、中国やロシアといった権威主義国家との関係を強化しつつある。問題解決への道は遥かに厳しく、そして遠い。【8月1日 イスラム思想研究者 飯山陽氏 FNNプライムオンライン】
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