家訓は「遊」

幸せの瞬間を見逃さない今昔事件簿

講師は ひろさちや氏

2014-10-05 07:58:14 | Weblog
仏教的な考え方の講演だ。

青色青光(ショウジキ ショウコウ)

黄色黄光(オウシキ オウコウ)

赤色赤光(シャクシキ シャッコウ)

白色白光(ビャクシキ ビャッコウ)

という言葉をホワイトボードに書かれた。

阿弥陀経の言葉で浄土を表しているということだ。

青は青春で黄色はジジイやババアと例える。

次の行の黄色と赤の場合の黄色は黄金の黄で赤は赤貧(貧乏)の赤。

赤と白の赤は健康白は病気。

それぞれに対比を見せる色。

浄土では、それがそれぞれ輝いているという。

ここ、娑婆(シャバ)では若いことが良くて老化は良くないこと。

金持ちが良くて貧乏が悪い。

健康が良くって老化はいけないこと。

この世はすべて縁(エン)だから自分より背の高い人と出会えば自分は背が低く、その逆もある。

劣等生がいるから優等生がいる。

それでいいじゃないか。

へんな物差しを捨ててしまうのだ。

縁で説明されると私も納得してしまう。

すんなり腑に落ちるのだ。

長い仏教の歴史が私の心にも深く入り込んでいることを確認する。

10年間引きこもりをしていた人の質問に「もう少し引きこもっていたらいかがですか」と言うとニコッと笑ったという。

笑った気持ちが、なんとなく分かる気がした。

引きこもっては、いけないものだと決めつけている私自身も発見した。

幸福だから努力すると言われた。

私は努力したから幸福が訪れると考えていた。

確かに、やはり幸福になることが先決だと思えてきた。

そのまんまというのだが怠惰に暮らせと言っているのではない。

浄土では綺麗な景色や美味しい食べ物だらけ。

シャバからの土産として最も良いのは美しい思い出だ。

苦のない浄土では出来ないこと。

つまりシャバでしか味わえない苦労である。

悲しみに耐えてきた苦労が浄土への土産だというのだ。

「ラム そのまんま ソノマンマ」と3回唱えた。

途中で会場に笑い声が増えたことに気がついた。

皆さん気が楽になって笑顔になってきたのだ。 

だが確信を語っているときには、水を打ったように静まり返る。

集中できる、それだけの説得力を感じた。

今のままで、そのまんまで輝けるように生活しようと決心した。