この開戦時のマレー沖開戦でのプリンス・オブ・ウェールズとㇾパルスの航空機による撃沈の話は子供の頃から知って誇りに思ってました。
しかし、最後の日本軍の敵に対する扱いの素晴らしさは全く知りませんでした。初めてねずさんが書いてくれたのを読んだときに日本軍の素晴らしさに感動したものです。
今回もそれを書いてくれていますが何度読んでも感動しかない。この武士道精神は誇れますが、それが敗因であることも間違いないでしょう。
何時ものように全文をリンク元で読んで下さい。
ねずさんの学ぼう日本より 2022/12/02
教科書にないマレー沖海戦の真実
・・・略
この戦いで、ウエールズ撃沈の報告を聞いた英国チャーチル首相は、
「あの艦が!」と絶句し、
「戦争全体で(その報告以外、)私に直接的な衝撃を与えたことはなかった」と著書の第二次世界大戦回顧録で語っています。
それだけ、チャーチルにしてみれば、自信満々の日本叩きのための「絶対沈まない船」のはずだったのです。
マレー沖海戦では、まず戦艦レパルズが沈みました。
次いでプリンス・オブ・ウェールズが、大破しました。
プリンス・オブ・ウェールズの艦長のトマス・フィリップス海軍大将は、日本の航空隊に向け、乗員を退艦させるので、30分時間をほしい、と打電しました。
日本の航空隊は、これをのみました。
おかげでウエールズの乗員たちは、巡視船エクスプレスに乗り移ることができたし、レパルスの乗員も捜索する時間が与えられ、エレクトラが571名、ヴァンパイアが、レパルスの艦長と従軍記者を含む225名を救助しています。
その間、日本の攻撃隊は空で待機しました。
英国軍の救助活動の間、いっさいの攻撃行動をしなかったのです。
当時の飛行機は、いまの時代にあるようなハイブリット・タイプでも省エネタイプでもありません。
空で待機していれば、燃料が減り、その減ったところに敵機が、援軍機で攻めて来たら、帰投するガソリンさえもないまま、撃ち落とされなければならなくなるかもしれないというリスクがあります。
それでも日本の航空隊は、待ちました。
ウエールズの乗員が全員退艦したあと、トマス司令官が、ひとりデッキに残ったのです。
彼は海の男です。
やはり、艦とともに死を選んだのです。
日本の航空隊は、それを見届けると、上空で全機整列し、一機ずつデッキ前を通過して、トマス艦長に航空機での最敬礼をして、敬意を払っています。
トマス艦長も、最敬礼で応答しています。
つまり、日本の航空機が空で待機したのは、まさに武士道そのものであったのです。
さらに、マレー沖海戦の翌日、一機の日本機が、戦闘のあった海域に再度飛来しています。
何をしにきたのでしょうか。
その機は、海面すれすれまで下降すると、現場海面に花束を投下して去って行ったのです。
敵となり、味方として死んで行った同じ海の男達の敢闘に、弔意を表したのです。
これが日本の示した武士道です。
敗因の一つとは言え、この精神は忘れず貫きたいものです。とは言え、世界がこれに追いついてくるまではその違いを理解して戦う覚悟は必要でしょう。
そんな時代は来るでしょうか。