イチローがマリナーズに残留することを決めてくれました。自分のことのように嬉しく感じます。
私が銀行を退職して、シアトルのワシントン大学留学をしたのが2001年。そう、この年こそ、イチローがマリナーズに移籍し、文字通り lead-off player として活躍、マリナーズは116勝という勝ち星を記録しました。
私が、留学先としてシアトルを選んだ理由の一つに、イチローの存在があります。自分のポリシーを押し通し、周りには特異に(idiosyncratically)に映っても、我を貫いてきたイチロー。その生き方が、当時の自分の姿と重なり、シアトルという街が私の中で大きくなっていったのです。
1年余りという短い期間ではあったものの、あのシアトルで過ごした1年がなければ、今の自分は考えられません。
イチローがシアトルに残ったことで、私とシアトルをつなぐ糸も繋がり続けるのです。
Thank you, Ichiro. And thank you, Seattle.
私が銀行を退職して、シアトルのワシントン大学留学をしたのが2001年。そう、この年こそ、イチローがマリナーズに移籍し、文字通り lead-off player として活躍、マリナーズは116勝という勝ち星を記録しました。
私が、留学先としてシアトルを選んだ理由の一つに、イチローの存在があります。自分のポリシーを押し通し、周りには特異に(idiosyncratically)に映っても、我を貫いてきたイチロー。その生き方が、当時の自分の姿と重なり、シアトルという街が私の中で大きくなっていったのです。
1年余りという短い期間ではあったものの、あのシアトルで過ごした1年がなければ、今の自分は考えられません。
イチローがシアトルに残ったことで、私とシアトルをつなぐ糸も繋がり続けるのです。
Thank you, Ichiro. And thank you, Seattle.