裁判員制度は法律自体の施行は来年(09年)5月1日からだが、実施はその2ヵ月後の7月下旬からだという。
最高裁が来年1年間の裁判員候補者約29万5千人に辞退の希望などを確認する調査票を11月28日に一斉に送付、該当する項目がない場合は返送する必要がないとしているのに対して4割に当たる約11万8500人から返送があったと「asahi.com」が12月20日伝えていた。
全部が「辞退希望」なのかどうかは年明けからの内訳の集計と2月下旬の整理を待って判明するらしい。
その多くが「辞退希望」のように思えるが、12月20日の「毎日jp」記事は見出しで≪裁判員制度:候補者の3人に1人「辞退したい」≫と早々に「辞退希望」に入れている。
いずれにしても回答しなかった17万6500人が裁判員を承諾したことになる。許される辞退理由は上記「asahi.com」記事が、<(1)病気や高齢など1年を通じて認められる辞退の理由があるか(2)1年間のうち特に忙しいため裁判員になることを避けたい月があるか>などとしている。
但しこの記事からは17万6500人の裁判員承諾者のうち、進んで承諾したのか、辞退できる理由を持たないために止むを得ず承諾としたのか、積極的参加者か消極的参加者かの比率は見えてこない。
06(平成18)年12月に内閣府が行った「裁判員制度に関する特別世論調査」による「裁判員制度における刑事裁判への参加意識」は次のようになっている。
●該当者数1795人
●「参加する」(小計)65.2%
「参加したい」5.6%
+
「参加してもよい」15.2%
+
「義務であるなら参加せざるを得ない」44.5%
●「義務であっても参加したくない」33.6%
●「わからない」1.2%
この調査に於ける積極的参加者は「参加したい」の5.6%+「参加してもよい」の準積極的参加者の15.2%を含めて20.8%のみで、この数値を最高裁が調査票を送付した総数29万5千人に当てはめてみると、6万人強で、消極的参加者である「義務であるなら参加せざるを得ない」の44.5%は約13万1千人。合計すると19万1千人と回答返送のあった約11万8500人を引いた未回答の裁判員承諾者17万6500人に近い数字を得ることができる。
「義務であっても参加したくない」の33.6%を調査票を送付した総数29万5千人に掛けてみると、9万9624人となって、回答返送のあった約11万8500人から引くと、その答の約1万8千人が辞退できる理由を持たないために止むを得ず承諾して、「参加せざるを得ない」方向に移動した――未回答を選択したということではないだろか。
整理すると、最高裁が調査票を送った29万5千人のうちの裁判員承諾の17万6500人の内訳は、積極的参加者が約6万人強のみで、仕方なしの消極的参加者が「義務であるなら参加せざるを得ない」の44.5%の約13万人と「義務であっても参加したくない」33.6%から辞退できる理由を持たないために止むを得ず承諾して「参加せざるを得ない」方向に移動した1万8千人を合計した14万8千人といったところではないだろうか(計算方法が間違えていたらゴメンナサイ)。
何という非積極性と言うべきか、評判の悪さと言うべきか、80%近い人間が裁判員アレルギーにあると言える。
これが戦前の出来事で「お国のためだ」と言われたなら、内心厭々でも、拒否する者は健康に問題がない限り一人として出てこないに違いない。健康に問題があって国の要請に応えられなかった者は「お国のために我が身を役立てることができなかった」と自らを恥じたかもしれない。中には自分を非国民と貶めたり、不特定の第三者からも非国民の謗りを受けた可能性も生じる。
だが、戦後、民主主義の世の中となった。国家権力による有無を言わせない強制力は排除された。とは言っても、会社勤めをしていて、経営者がワンマンで常々「国民の義務として喜んで引き受けるべきだ」と言っていたなら、私は断りますと正々堂々と宣言できる者がどれ程いるだろうか。
例え内心は引受けたくないと思っていても、多くが自己保身上ウケをよくするために経営者の意を迎えて「当然、積極的に引受けるべきです」と同調するのではないだろうか。例え民主主義の世の中になったといっても、権威主義的行動様式から完全に免れているわけではないから、心理的な強制が働いただけで自己判断を捨てて追従(ついじゅう)の方向への意識が働く。
マスコミが最高裁の調査票送付の回答状況を伝えたのは12月20日だが、翌12月21日の「asahi.com」記事≪裁判員候補3人、制度反対訴え実名会見「裁きたくない」≫が裁判員候補者に指名された3人の裁判員にはなりたくないとする記者会見を都内で開いたと報じている。
主催者は弁護士や学者らが呼びかけてできた団体「裁判員制度はいらない!大運動」で、3人はいずれも60代の男性、裁判員法は罰則規定はないものの裁判員やその候補者について名前や個人を特定する情報を公開してはならないと定めているが、それを敢えて侵す実名で記者会見に臨んだと言う。
3人の理由と「大運動」事務局長の佐藤和利弁護士の言い分を列記してみる。
会社員「人は裁かないという信条を持っており、裁判所から呼ばれても裁判員になることは拒否する」
元教員「通知はそのまま最高裁に送り返した。残りの人生はつつましく暮らしたいと思っており、いまさら人を裁いて嫌な気持ちを抱いてあの世に行きたくない」
ITコンサルタント「法律の目的も理解できず、国会で真剣に議論されたかも疑問だ」
佐藤和利弁護士「私たちは制度自体が違憲だと思っており、あえて候補者が実名で会見することで制度廃止を求める声を表に出したいと考えた」
3人のうちのITコンサルタントを除いた2人は自らの思想・信条に立った拒否となっている。
憲法で保障している思想・信条の自由ではあるが、精神的な自己利害が深く関係した2人の思想・信条であろう。元教員の「残りの人生はつつましく暮らしたいと思っており、いまさら人を裁いて嫌な気持ちを抱いてあの世に行きたくない」などというのはまさしく精神上の自己利害を前面に押し出した主張となっている。
完璧に正当な裁きというものは存在しないかもしれないが、犯罪者を裁くという行為は社会の秩序を維持する行為でもある。人に迷惑をかけるいたずらや悪いことを行った子供を叱るのも、広義に解釈するなら、裁く意味を伴った社会秩序維持行為であろう。
犯罪を構成することによって社会的な治安を乱した者を社会の秩序維持のために罰する“裁き”に自ら関わり、微力ながら秩序維持に協力することが、なぜ「嫌な気持ち」を誘うことになるのだろうか。
それとも人任せでいい、自分だけが秩序が維持された心穏やかな安全地帯に生活でき、嫌な気持ちを抱かずにあの世に行きたいということなのだろうか。
「人は裁かないという信条を持」ち続けることができる人生に恵まれた者は幸せである。凶悪な犯罪の被害に遭い、無残にも生命(いのち)を絶たれた者の家族――無謀な飲酒運転によって自動車事故に遭い、殺されていった者たちの親や性犯罪被害に遭い、無謀にも殺されてしまった幼い娘の親たちは自らが犯人を直接裁きたい強い怒りに駆られるに違いない。中には犯人に飛び掛って両手で首を絞めるシーンを想像する親もいるかもしれない。それが不可能であることの代償に「極刑に処して欲しい」という死刑への願いがある。
それが血のつながった家族のごく自然な精神的利害感情であろう。特に自分たちが設けて慈しみ育ててきた子供が理不尽な犯罪によって幼い生命(いのち)を奪われた場合は、親の怒り、憎しみは計り知れないものがあるに違いない。
理不尽な暴力的犯罪で身内を殺された者が肉親としての精神的な利害感情から離れて「私は死刑制度反対論者だから、自分の身内が無残に殺されたとしても、死刑反対の立場を変えるつもりはない」と言える人間はどれ程いるだろうか。
こう見てくると、「人を裁かない」という心情(思想・信条)は裁かなくて済む精神的利害・精神的環境を自らがものにしているからだと言えないだろうか。
2006年8月25日に福岡市東区の海の中道大橋で、飲酒運転をしていた福岡市職員今林大(ふとし・当時23歳)が会社員の乗用車に追突、追突された車は博多湾に転落し、同乗者の3児が死亡した事故の裁判で、一審福岡地裁判決は危険運転致死傷罪・懲役25年の検察側求刑に対してより刑の軽い業務上過失致死傷罪と道交法違反(酒気帯び運転、ひき逃げ)を適用、懲役7年6月の判決を言い渡したが、その量刑に対して罪が軽すぎると世論は沸騰した。
そのときの世論に組していた者は心理的には裁判に参加して裁判員となって、最も重い懲役25年の危険運転致死傷罪で裁いていなかったろうか。そう望んで裁判を見守っていただろうから。実際にも、「俺が裁判官だったなら、あんな奴は懲役25年にするな」と口に出して言った者も多くいたに違いない。
私自身は1人でも他人の命を奪った場合は原則的に自らの命で償うべきだとする生命代償論から死刑とすべきとブログに書いた。
「人は裁かないという信条を持っており、裁判所から呼ばれても裁判員になることは拒否する」とする会社員にしても、「通知はそのまま最高裁に送り返した。残りの人生はつつましく暮らしたいと思っており、いまさら人を裁いて嫌な気持ちを抱いてあの世に行きたくない」と主張する元教員にしても、心理的にも精神的にも一度も人を裁いたことがないに違いない。
幼い女の子を拉致・誘拐して暴行して殺してしまって逮捕されたといった残忍・理不尽な犯罪加害者の裁判で死刑の判決が出ても当然の判決だなとも思わず、どう裁かれようと、判決が何であろうと、何ら関心を払ったことがないのだろう。
もし強い関心を持って心理的あるいは精神的に裁判に臨んで多くの犯罪者を裁いて社会秩序維持意識を働かせていながら、そのことに反して実際の裁判では自らの思想・信条から裁きたくないと言うなら、それはキレイゴトの類に入る。精神的にも心理的にも人を裁いたことがない人間のみが“裁きたくない”とする思想・信条を発揮する資格を有すると思う。
つまりこういうことではないのか。生活が安定していて、世の中の矛盾にも怒りを感じない。どのような格差にも不公平を感じない。派遣切り・中途解雇にも不当性を抱かない。もし感じたなら、派遣切り・中途解雇を行った側に対してそれは不当行為だと心理的に、あるいは精神的に裁いたことになる。例え役に立たなくても。
そんなことは一切なく、世の中の矛盾、不公平に無関係の安全地帯に生活しいて “裁く”利害から無縁でいられた。
確かに裁判の場で実際に裁くことと裁判の土俵外で裁くこととは前者は責任が伴い、後者は責任とは無関係に振舞えることから心理的負担・精神的負担に大きな違いがあるだろうが、だからと言って、そのような負担を恐れて自分自身は裁くことから遠い場所にいたいと言うのはやはり利己主義的な自己利害からだと言われても仕方がないように思える。
社会秩序維持は警察官や裁判官のみが負う使命・役目ではなく、基本的には国民一人ひとりが負うべき使命・役目でもあるはずである。国民一人ひとりが犯罪を犯さず、社会のルールを破らずを守って社会の秩序は維持できる。社会の秩序を破った者に対しては国民が全員で裁くべきだろう。例え裁判の場に裁判員として立たなくても、裁判を注視することで心理的・精神的に裁きに加わることになる。勿論、判決に裏切られることもあるだろうが。
日本人は例え裁判員制度に参加しても権威主義を今以て色濃く行動様式としていることから、自分の考えで状況を把握するのでもなく、当然結論を自分の判断を力として、それを基本に導くといったことはせず、他人の判断や過去の判例に従うだけの自己判断決定しかできず、お互いに同調し合って無難な結論を出すことになるのではないだろうか。
お互いに無難な結論こそが責任を限りなく免れる最良の方法だからだ。
だが、他の裁判をも参考に試行錯誤を重ねることによって、他者に従う権威主義から少しは離れて、自分で事件を考え、相応の刑罰を自己判断する訓練になるのではないだろうか。そういった面で私は裁判員制度に賛成している。
「総合学習」の趣旨ではないが、自分で考え、自分で判断し、自分で決定するというプロセスの注入こそが権威主義の行動様式から脱する重要な要素だからだ。
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