少なくとも日朝双方共に無意識のうちにそう示し合わせているように思える
とすると、北朝鮮が日本の世論、特に「救う会」が納得するシナリオを如何に巧妙に捏造できるかにかかっている
1回目となる小泉・金正日日朝首脳会談が02年(H14)9月17日平壌で開催された。そこで北朝鮮側は日本人拉致疑惑問題に関して特殊機関の一部の者による妄動主義、英雄主義による事件だとして拉致を認め、5人の生存と8人の死亡を伝え、首脳会談の席上、金正日自身が小泉首相に謝罪、二度とこのような事案が発生しないようにすると約束。
これに対して我が小泉首相は首脳会談後の記者会見で、「これで日朝間の諸懸案が解決したわけではありません。重大な懸念は引き続き存在します。しかし、諸問題の包括的な促進が図られる目処がついたと判断しました。問題解決を確かなものとするためにも、正常化交渉を再開させることといたしました」(「首相官邸」HP)と述べて、首脳会談の結果、「諸問題の包括的な促進が図られる目処がついたと判断」したことを根拠に日朝国交正常化交渉の再開の決意を示している。
拉致被害者の日本の家族との再会や5人の帰国問題がどうなるのか、5人の生存者以外の8人の拉致以降から死亡にまで至る生活経緯等を確認しないうちからの、そのことを他協議に委ねて幕を降ろす国交正常化交渉再開意志の表明である。
北朝鮮側が拉致を認めることは事前交渉で確認し合っていた事柄であり、金正日自身の謝罪の可能性も含めて日朝首脳会談本番に前以てお膳立てされていたことだろうし、日本側の国交正常化交渉再開意志も北朝鮮側の行動に対する日本側の行動として相手方に前以て伝えてあった会談項目のはずだから、そのシナリオに則った小泉首相の国交正常化交渉再開意志表明だったのだろう。
かくして拉致問題を5人の今後の問題に収束させて幕を降ろし、国交正常化交渉着手、日朝国交締結、日朝国交を果たした日本の首相として歴史に名を刻むプロセスのみが小泉首相の頭を占めていたことだろう。いわば死亡したとする残る8人のことは頭になかった。
だが小泉帰国後、日本の世論が8人死亡に疑心暗鬼を掻き立て、怒り、政府をして「拉致問題の解決なくして国交正常化なし」の予想外の方向に向かわせた。
事前交渉で5人の生存を確認した時点で日本側は即刻5人の原状回復を求めて首脳会談での決定事項に載せることが最も常識的な生存に対する解決策のはずだが、腰が引けていたからなのか、首脳会談の約1ヵ月後に「一時帰国」という不可解な方法で2002年10月15日に帰国が実現。
だが「一時帰国」を条件としていながら、日本側が5人を北朝鮮に戻さなかったことから北朝鮮の「約束違反」という反発を買い、その後の交渉が中断。2004年5月22日の小泉首相の2度目の訪朝、首脳会談で、5月22日中に蓮池・地村夫妻の子供たちが帰国、曽我ひとみさんは2004年7月9日にインドネシアのジャカルタで家族と再会、7月18日に家族と共に帰国。
この家族帰国劇にしても、北朝鮮側のシナリオに添って紆余曲折を踏んだ結末であろう。蓮池・地村夫妻家族帰国前年の03年8月1日の『朝日』朝刊記事≪北朝鮮 拉致被害者家族の帰国打診 政府は慎重に検討≫が次のように伝えている。
内容は、北朝鮮が被害者5人の家族に限って帰国させる案を非公式に打診してきたが、政府は死亡8人とする拉致被害者及びその他の拉致可能性事案の全面的解決を要求している手前、この案では受入れられないとし、北朝鮮の一層の譲歩を求めているというもの。
北朝鮮側の打診そのものの内容は記事によると、
1.「金正日総書記の意思」として、既に帰国している5人の拉致被害者の家族を帰国させる。
2.拉致問題についてはそれで最終決着としてほしい。
この「打診」が北朝鮮側の拉致問題に関わる解決の着地点がどこにあるのか、すべてを物語っていることが分かる。北朝鮮の意志(=金正日の意志)が第1回日朝首脳会談前から拉致被害者5人とその家族の帰国(帰国の形式は予定外だったかもしれないが)のみにあったこと。
これまでの解決がこのことから一歩も出ていないことがそのことを何よりも明確に証明している。日本政府は死亡8人の真相とその他の拉致可能性事案の全面的解決を要求しいるものの、北朝鮮が当初設定した「5人生存で最終決着」のフィールド内にとどまったまま現在に至っている。
5人とその家族の帰国は「生存」のカードを切った以上、その付帯事項として想定していた事柄であったろう。
そして北朝鮮側の「最終決着」の目標は日朝国交正常化と正常化の恩恵として受け取る日本からの莫大な戦争補償と経済援助にあるのは断るまでもない。
二度目の小泉訪朝に於ける日本側の安否不明拉致被害者の消息確認要求に対する金正日の「白紙」に戻しての再調査の約束の、決して速やかとは言えない具体化である第3回日朝実務者協議での死亡したとする横田めぐみさんと松木薫さんの死亡証明となる遺骨の提出と横田めぐみさんの病院カルテの提出、その他の書類の提示も死亡確認の証拠は出すものの、生存者の証拠は何ら出さなかったのだから、「5人生存で最終決着」の線に添った措置に過ぎないことが分かる。しかもその遺骨は日本側の鑑定で別人のものと断定されている。横田めぐみさんのカルテにしても判読不可能の箇所が多々あったり、間違った年齢が記入されている箇所もあり、その信憑性が疑われている。
これらが捏造証拠だとすると、その捏造自体が北朝鮮の5人生存以外は何が何でも死亡証明をデッチ上げて幕を引こうとする「最終決着」意志の強さを物語っていると言える。
いずれにしても生存者の影すらも出てこなかったのだから、2004年5月22日の小泉首相の2度目の訪朝、首脳会談での金正日自身が自ら口にして約束した「白紙に戻して再調査」自体が「5人生存での最終決着」を意図したものだったのである。
日本政府が今回の合意をこれまでの調査を「白紙に戻して」「生存者を発見し帰国させるための再調査」と位置づけようが位置づけまいが、北朝鮮が頑固にワンポーズとしている「5人生存での最終決着」意志の強さを考えると、そこから出ない解決となる可能性は高い。
大体が「白紙に戻して」なる文言はマヤカシ以外の何ものでもない。北朝鮮の国家権力のどの部署が拉致しようが、拉致した者を自由に生活してくださいと北朝鮮社会に野放し状態で放免した場合、いつどこで拉致なる国家犯罪が市民に知れ、それが日本にまで知れる危険性を抱える爆弾になりかねないのだから、当然監視状態に置き、その生活を管理していなければならないはずで、秘密を守るために死人に口なしとしなければの条件付きとなるが、拉致被害者家族会の飯塚繁雄代表が「この短い期間にどれだけの事実が(再調査で)分かるか。調査なんかしなくたって向こう(=北朝鮮)では(拉致被害者は)全部管理されているから即刻帰せるはずだ」(TBS/08.8.14)と言っていることが正しく、中山恭子拉致問題担当相が日朝実務者協議で拉致被害者の再調査に合意したことについて「(小泉純一郎元首相が訪朝した)2002年9月17日の時点に戻る形で、被害者の生存を前提にして調査が行われるなら、新しい局面に入ると言える」(≪拉致進展へ検証重視 日本側、前進も成果不透明≫中日新聞/2008年8月13日)とするのは北朝鮮側が「5人生存での最終決着」の地点から一歩も出る意志がないことに気づかない認識不足を物語る的外れの評価と言わざるを得ない。
北朝鮮側が「5人の生存で最終決着」としなければならない理由が拉致命令者が金正日だからであることに日本側が気づいていないとしたら、余程のボンクラ・単細胞ということになり、気づいていないとは考えにくい。
「5人生存での最終決着」が日本から大枚のカネを得ることにつながる国交正常化交渉再開の阻害要件として金正日の眼前に横たわっているのは事実中の事実であり、その最大の理由が「5人生存」の場合は特殊機関の一部の者による妄動主義、英雄主義による事件とすることができたが、新たに生存者のカードを切った場合、そういった身代わり犯人とすることさえできない状況にあるからなのは想像に難くなく、北朝鮮で身代わり犯人に仕立てることができない唯一の人物は金正日以外に存在しないからだ。
拉致命令者が金正日だと気づいていて「白紙に戻して」「生存者を発見し帰国させるための再調査」で合意と言うことなら、日本側は日本国民と拉致被害者及びすべてのその家族が「5人の生存での最終決着」で納得する北朝鮮側の報告書の提出、こじつけたもっともらしげなシナリオの提示をイライラして待っているといったところではないだろうか。
早く提出してくれ、そしたら日朝国交正常化へ前進できるのにと。
少なくとも日朝双方共に無意識のうちにそう示し合わせているように思えてしかたがない。
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