現代の虚無僧一路の日記

現代の世を虚無僧で生きる一路の日記。歴史、社会、時事問題を考える

4/8に流されたTBSの謝罪

2008-04-09 07:41:19 | わが家のこと

郷土の誇りを踏みにじられた会津若松の憤り TBSが取るべき責任とは(ニュース畑) - goo ニュース

2月16日放送の「歴史王グランプリ2008 まさか!の
日本史雑学クイズ100連発!」において、
会津藩が降伏開城した理由をクイズ問題として取り上げ、
『糞尿が城内にたまり、その不衛生さから』が正解とされた
ことに、会津人から抗議の手が上がり、本日4/8、TBSが
謝罪のコメントを発表したそうな。

たしかに、5,000人が1ヶ月籠城したのである。「糞尿の処理
には大いに困った」という話は私も知っている。クイズの
制作者は、その部分に注目したのだろう。そして降伏開城の
理由が「糞尿に困り」となった。

しかしそれが第一の理由だったのか、理由はそれだけだった
のかが問題となる。明治期に書き残された書物では、一様に
「仙台、福島、米沢藩が次々に降伏し、奥羽列藩同盟が瓦解し、
死地回復の道無く、これは薩長との私闘、売られた喧嘩を買
ったまでだったが、仁和寺宮が錦旗を奉じて会津に入ると聞き、
朝廷に弓引く意志は毛頭なく」というのが降伏の理由とされて
いる。
やはりクイズの正解としては、「糞尿」はまずいか。そうした
冷静な意見とともに、会津人が「郷土の誇りを傷つけられた」
という感情論にも、批判めいた投書があった。「糞尿処理に
困った」のは事実であり、そのことが「誇りを傷つけられた
ことになるのか」と云うのだ。

もうひとつの論点は、TBSの姿勢。以前にも「福沢諭吉が
緒方洪庵塾で、フリチンで洪庵先生の奥様の前に飛び出した」
とか、私は知ってはいたが、どうでもいいことをことさら面白
おかしく取り上げるマスコミの姿勢に、私もウンザリ。
いつの頃からか、TVを全く見なくなった。




会津戦争

2008-04-09 07:41:05 | わが家のこと
明治元年の戊辰戦争で会津藩の戦死者は3,000人。
藩士3,000家であるから、“各家の主が全員戦死”
で“全滅”かと思える。ところが、城に立籠もって
いた将兵と家族は5,000人。開城後青森県の下北に
移住した人数は18,000人。13,000人が城外にいた
ことになる。
戦死者と生存者をたすと21,000人だから、3,000家
で割ると、一家平均7人という家族構成だ。家老の
西郷邸では婦人21人が自刃した。大所帯である。

我家でも、60歳の隠居はじめ、兄弟、叔父10数人
が戦いに参加し、内8人が戦死。一人函館まで行って、
行くへ不明となっている。明治に残ったのは、2家族
のみだった。


恨みは消えるか。

2008-04-09 07:40:31 | 虚無僧日記
明治元年の会津戦争で、当家でも60歳の隠居を
はじめその子供たち、甥子8人が戦死した。
その8名の墓は無い。官軍によって埋葬を禁じ
られたからだ。
今回のTBSの問題をきっかけに又また再燃し
た「会津と薩長の遺恨」問題。10代の女の子
までが「薩長への遺恨」をブログで語っている。
“孫子の代までの恨み”とはおそろしいものだ。
中国、韓国で反日感情が消えないのも理解できる。

一方、薩長びいきの人からは「もういい加減にして
ほしい」という声も寄せられている。戊辰から120年
を期に山口県から「和解」の手が差し伸べられたのに、
当時の会津若松市長高瀬喜左衛門(婦人が私の
従姉妹)が蹴って、会津人は皆溜飲を下げた。
その記憶もまだ新しいが、あれからさらに20年。
高瀬氏も亡くなり、戊辰140年を迎えて、私は「そろ
そろかな」という気がしている。

これも朝起きで「愛和」、真如苑で「和合」と教えら
れている成果だ。教育環境次第か。