■旧暦の七夕
七夕は旧暦ですと今の八月上旬になるのです。
祇園祭が一段落しまして、これは八坂神社の祭事でしたので7月28日に御輿あらいがおこなわれ、これでほぼ神事が終了したところとなりました。考えてみるとほぼほぼ一ヶ月、京都の中心部をそのまま祭事で占有するわけでして、これはすごいことなのだなあ。
祭事も、この2024年という年ではようやくCOVID-19前の水準まで戻っているのですけれども、結局のところCOVID-19の時代とを比べますと、緊急事態宣言が発令された直後にはさすがに出歩かなかったものですが、近所の方いわくこの界隈はやはり無人だったと。
八坂神社の歴史が祇園祭の歴史でもあるのですが、その祭事の願いは疾病祓いであり、もっとも、祈るほか無かった時代にあって感染対策とは真逆の、集まって一カ所で祈るという祭事、この祭事のかたちはCOVID-19のさなかには形而上だけのものに収斂します。
祭事の継承、有形無形の祭事にかんする様々な手続きやしきたりや準備というものは、これ、当初は数年途絶えることで継承が難しくなるとは言われていたのですが、実際のところはやはり、生きてこそ、ではないのですが人が生きていれば十分つなげるもの。
継承で困難となったのは逆に小さな行事や祭事のほうだともいわれましたので、祇園祭に関してはこうしたことは意識することもなく、これは当事者ではなくあくまで第三者出会ったためと言われるかもしれませんけれども、ほかの祭事でも重なるもので。
さくら祭、やすらい祭、競馬神事、これも全国の規模でみればかなり大規模な祭事になるのだ、と言われるところでなるほど傍目には比べる対象が大きいものですとそうなのかなあ、とおもいつつなのですが、こちらも祭事の中断を経ても継承できました。
七夕祭は、八坂神社にあまたある祭事の一つとなっていまして、これ、しょうしょう真夏の暑さにやられてしまった感のある笹に短冊を取り付けていまして、なるほどなあという定番の願い事からくすっと笑ってしまう願い事までが綺麗に本殿まえにならぶ。
短冊を眺めつつ、そう、こちらもひところの定番になりそうだったコロナ退散というような願いも、ようやく日常の願い事が、相殺するような、いわばコロナがウィズコロナになったのだなあ、そんな感慨深い気持ちで笹の短冊を眺めていました次第で。
COVID-19を冷静にその現状をみますと、最初の2年間よりも国内死者数はかなりの規模には上っているのですが、最初の2年間に危惧されたのは当初厚労省が想定した、一年間40万、という制御できなくなる状況であり、ワクチン開発によりこれは回避できた。
八坂神社は、考えるのは、前よりも増えたのではないか、ということです。そう、オーバーツーリズムの再来というところで、これは考えられたのだから建物規制のない南部のあたりや京都駅周辺再開発に際してもう少しホテルなどが必要なのだろうなあ。
2021年にくらべて2022年の人出は、と2年前に記述していることを写真とともに思い返しますと、やはりあの最初の三年間は異世界のような京都の静けさがありましたので、それもただ、意識して情景写真を撮るようになった2000年代はじめと比べてもこれは。
日常風景といいたいところなのですけれども、やはりオーバーツーリズムのほうをかなり意識しなければならない、市バスは混雑し人手不足で便数も減り、食事の際には価格高騰が顕著で、中心部は国際化が進みすぎて、というこれが、日常になったのですね。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ まや
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
七夕は旧暦ですと今の八月上旬になるのです。
祇園祭が一段落しまして、これは八坂神社の祭事でしたので7月28日に御輿あらいがおこなわれ、これでほぼ神事が終了したところとなりました。考えてみるとほぼほぼ一ヶ月、京都の中心部をそのまま祭事で占有するわけでして、これはすごいことなのだなあ。
祭事も、この2024年という年ではようやくCOVID-19前の水準まで戻っているのですけれども、結局のところCOVID-19の時代とを比べますと、緊急事態宣言が発令された直後にはさすがに出歩かなかったものですが、近所の方いわくこの界隈はやはり無人だったと。
八坂神社の歴史が祇園祭の歴史でもあるのですが、その祭事の願いは疾病祓いであり、もっとも、祈るほか無かった時代にあって感染対策とは真逆の、集まって一カ所で祈るという祭事、この祭事のかたちはCOVID-19のさなかには形而上だけのものに収斂します。
祭事の継承、有形無形の祭事にかんする様々な手続きやしきたりや準備というものは、これ、当初は数年途絶えることで継承が難しくなるとは言われていたのですが、実際のところはやはり、生きてこそ、ではないのですが人が生きていれば十分つなげるもの。
継承で困難となったのは逆に小さな行事や祭事のほうだともいわれましたので、祇園祭に関してはこうしたことは意識することもなく、これは当事者ではなくあくまで第三者出会ったためと言われるかもしれませんけれども、ほかの祭事でも重なるもので。
さくら祭、やすらい祭、競馬神事、これも全国の規模でみればかなり大規模な祭事になるのだ、と言われるところでなるほど傍目には比べる対象が大きいものですとそうなのかなあ、とおもいつつなのですが、こちらも祭事の中断を経ても継承できました。
七夕祭は、八坂神社にあまたある祭事の一つとなっていまして、これ、しょうしょう真夏の暑さにやられてしまった感のある笹に短冊を取り付けていまして、なるほどなあという定番の願い事からくすっと笑ってしまう願い事までが綺麗に本殿まえにならぶ。
短冊を眺めつつ、そう、こちらもひところの定番になりそうだったコロナ退散というような願いも、ようやく日常の願い事が、相殺するような、いわばコロナがウィズコロナになったのだなあ、そんな感慨深い気持ちで笹の短冊を眺めていました次第で。
COVID-19を冷静にその現状をみますと、最初の2年間よりも国内死者数はかなりの規模には上っているのですが、最初の2年間に危惧されたのは当初厚労省が想定した、一年間40万、という制御できなくなる状況であり、ワクチン開発によりこれは回避できた。
八坂神社は、考えるのは、前よりも増えたのではないか、ということです。そう、オーバーツーリズムの再来というところで、これは考えられたのだから建物規制のない南部のあたりや京都駅周辺再開発に際してもう少しホテルなどが必要なのだろうなあ。
2021年にくらべて2022年の人出は、と2年前に記述していることを写真とともに思い返しますと、やはりあの最初の三年間は異世界のような京都の静けさがありましたので、それもただ、意識して情景写真を撮るようになった2000年代はじめと比べてもこれは。
日常風景といいたいところなのですけれども、やはりオーバーツーリズムのほうをかなり意識しなければならない、市バスは混雑し人手不足で便数も減り、食事の際には価格高騰が顕著で、中心部は国際化が進みすぎて、というこれが、日常になったのですね。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ まや
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