■善通寺駐屯地祭模擬戦
第14旅団記念行事は観閲行進が完了し訓練展示へ、併せて当方も撮影地を訓練展示の攻撃部隊正面へ陣地変換しました。
訓練展示状況開始という事で第50連隊が前進開始しますと進路上に敵の仕掛けた地雷が/第14旅団は、第15普通科連隊、第50普通科連隊、第14特科隊、第14戦車中隊、第14偵察隊、第14高射特科中隊、第14施設隊、第14通信隊、第14特殊武器防護隊、第14後方支援隊、第14飛行隊、第14音楽隊、というものが2012年の編制となっている。
第14戦車中隊と協同し攻撃を試みるも敵の敷設した地雷原の幅は意外な程に厚いと判明/第14旅団、改編当時の編制では旅団司令部以下、第15普通科連隊、第50普通科連隊、第14特科隊、第14戦車中隊、第14偵察隊、第14高射特科中隊、第14施設中隊、第14通信中隊、第14化学防護隊、第14後方支援隊、第14飛行隊、第14音楽隊という編成です。
わが中隊長はOH-6D観測ヘリコプターによる航空偵察を以て陣地など敵情解明を命じる/第2混成団時代まで遡りますと、混成団本部、団本部中隊、第15普通科連隊、第2混成団戦車隊、第2混成団特科大隊、第2混成団施設隊、第2混成団後方支援中隊、第2混成団音楽隊、というものですので、混成団から旅団、実に立派に育ったというところでしょう。
74式戦車は機動力を活かして防御側面の突破を計ると共にレンジャーの投入が決定する/軽装甲機動車と高機動車を装備する普通科連隊に、戦車中隊は74式戦車と96式装輪装甲車を、特科隊はFH-70榴弾砲を装備し高射特科中隊は81式短距離地対空誘導弾と93式近距離地対空誘導弾を、対空レーダ装置に対砲レーダ装置まで一通りの装備を有しています。
第14特科隊のFH-70榴弾砲が展開を完了し把握した敵陣地への攻撃準備射撃が開始へ/普通科連隊は本部管理中隊に3個普通科中隊という編成で、本部管理中隊には重迫撃砲小隊が120mm重迫撃砲RTを装備、普通科中隊のうち一個は軽装甲機動車を装備している編成で、81mm迫撃砲と87式対戦車誘導弾も装備している旅団普通科連隊となっています。
UH-1J多用途ヘリコプターが進出し内一機が重機関銃にてレンジャー展開を支援する/旅団普通科連隊という編成は、本部管理中隊に三個普通科中隊を加えた編成です。実員は650名程度で、実質師団普通科連隊の半分強程度の人員を有するのみで、かつての自衛隊草創期における混成団普通科連隊の隷下に配置された普通科大隊と同程度の人員規模という。
12.7mm重機関銃を突出し発見した仮設敵の前哨陣地に対し空から猛烈な射撃を加える/普通科大隊ではなく普通科連隊となっているのは、本部管理中隊を有する事で通信や補給整備面で一つの独立作戦応力を有するという部分と共に、災害派遣などで隊区を有する為には連隊編成である必要が、と説明された事もあります、しかし人によっては違う回答も。
仮設敵部隊は前哨陣地から激しくAR-18/AK-89小銃を撃ってヘリコプターを牽制するが/第3戦車大隊は、今津駐屯地に駐屯する精鋭戦車部隊で、連隊ではありませんが滋賀県を防衛警備隊区、としています。滋賀県において災害は発生した際には滋賀県知事は最寄りの京都府福知山駐屯地の第7普通科連隊ではなく、第3戦車大隊長へ災害派遣要請を出す。
レンジャー隊員が空中機動により進入する事には仮設敵前哨陣地はほぼ制圧されている/普通科大隊であっても隊区を有する事が出来る事を示しているのですよね。普通科大隊では本部管理中隊を置けない、というのであれば普通科隊とする選択肢がある。偵察隊や特科隊と同じ隊編成です。もっとも、この場合は伝統の連隊旗が維持できなくなるのですが。
UH-1Jはレンジャー展開へ一挙に前進するが同時にOH-6Dが敵主陣地発見の一方が入る/旅団という作戦単位が自衛隊へ再整備されたのは意外と新しく1999年に第13師団が第13旅団へ改編された際の新編です。それ以前には戦車団や特科団と空挺団が事実上の旅団と扱われていましたし、機械化混成団についても事実上の旅団でしたが呼称は旅団ではない。
FH-70榴弾砲が効力射を開始し実際であれば30kmを隔てて行われる砲兵戦の始りをみた/旧陸軍には旅団という呼称が普通のように使われていまして、師団隷下に旅団を置いた事例もあれば群司令部直轄の独立混成旅団という作戦単位もありました。自衛隊も1962年の管区隊と混成団の師団改編の際に、可能性としては旅団単位があり得たかもしれなません。
OH-6D観測ヘリコプターは情報収集から本来任務たる着弾観測任務へ移行し砲弾を導く/機械化混成団は、しかし実際には1962年の師団創設改編において管区隊の一部を割譲し併合する形で増強改編が行われ、管区隊は15000名規模から9000名規模へ縮小し甲師団へ、混成団は4000名と6000名規模の編制から7000名編成へ拡充させ乙師団へとなりました。
発砲焔が眩しく刹那一瞬遅れて155mm榴弾砲の雷鳴のような稲妻のような響きが轟く/旅団普通科連隊という作戦単位が初めて導入されたのは正にこの時で、実は第13師団が旅団改編される数年間は識者の間でも編成概要が第13師団の3個普通科連隊編成が2個普通科連隊体制となり、連隊隷下の普通科中隊数が維持されるとか、大隊縮小等色々云われた。
弾着今の号令と共にはじける疑爆筒と舞い上がる白煙を前にこの撮影位置失敗かもと思う/都道府県知事の観点からは、やはり地元に普通科連隊が置かれている事の方が災害派遣要請の際に即座に対応できる、という実情があるようです。普通科連隊が置かれていない奈良県や富山県と福井県では実際に、自衛隊駐屯地誘致運動が行われている程ですから、ね。
UH-1J多用途ヘリコプターからレンジャーロープ降下による浸透が遂に開始されました/郷土部隊、という表現がありますが、地元の部隊というものはやはり大事にされるものです。本項冒頭に第2混成団から第14旅団となり、現在の即応機動旅団となった旅団までを立派に育った、と表現しましたが、逆に、地元に育てられた、といえるのかもしれません。
レンジャーの展開を若干航空火力としては限界のある12.7mm重機関銃で掩護する僚機が/高知県の第50普通科連隊、この第14旅団隷下部隊に関するお話を聞きますと、郷土部隊という位置づけの重要さを、具体的には県民や行政に愛される部隊というものを考えさせられます。これは前述しましたが、第50普通科連隊は高知移駐前に行事が行われたほど。
レンジャーは降着完了と共に徒歩の踏破力を最大限活かし錯綜地形を利用し前進してゆく/1200名規模の師団普通科連隊が配置されるならばそれに越した事ではないのでしょうが、高知県としては人員規模が小さくとも連隊旗を奉じて県内の防衛警備及び災害派遣に当る事が、特に南海トラフ巨大地震の脅威を突き付けられる最中では特に、重要なのでしょう。
74式戦車が盛んに105mm戦車砲射撃で探りを入れつつ中隊本部へ障害処理の要請を行う/千葉県習志野の第1空挺団、ここには空挺普通科大隊が3個置かれています。もともとは空挺普通科群という編成でしたが、増強改編の際に三個大隊編成へ転換したのですね。空挺普通科大隊の編制は340名基幹で3個空挺普通科中隊と大隊本部を基幹としています。
96式装輪装甲車が70式地雷原処理装置を搭載し敵の攻撃を受けにくい位置の処理へ進む/普通科大隊という編成はこのように、空挺団において再編成されているのですね。空挺団の増強改編は2004年に実施されていまして、空挺団は長年部隊待機態勢の関係上三単位編成へ転換を望んでいました。しかし、この普通科大隊、規模は旅団普通科連隊の半分ほど。
障害処理支援射撃の要請が第14特科隊のFH-70へ出され特科部隊は即座に射撃を開始へ/習志野の普通科大隊を視ていますと、やはり旅団隷下に普通科大隊、という呼称は無理があるようには見えるのですが。特に習志野に空挺団全てが駐屯していますので成り立っていますが、普通科大隊だけで駐屯地を維持しようとすると業務隊と不均衡が生じかねない。
地雷原は我が方へは障害ですが敵には防御陣地であり防御に向かう敵の攪乱へ特科が撃つ/大隊編成ですが、しかし、本特集で提示しました即応予備自衛官制度と併せて考えますと一つの選択肢となり得るのでしょうか。要するに、本部管理中隊と第一普通科大隊に第二普通科大隊という編成、第一普通科大隊が現役要員で第二普通科大隊を即応予備自衛官に。
一際大きな爆破の展示と共に巻き上がる白煙の向こうを画像補正で透き通るように試した/即応予備自衛官部隊は訓練日数が年間30日と、同じ予備役部隊でもアメリカ陸軍州兵の年間訓練日数50日と比較しても少ないのですが、駐屯地を出て防衛出動や災害派遣に展開する場合は第一大隊のみとし、第二大隊は即時召集し留守部隊として管区内の事態に備える。
74式戦車が障害処理完了を待ちつつ長大105mm戦車砲は躍動する車体と共に敵を睨む/日本本土決戦、という可能性は専守防衛政策を憲法上選択したのですから不可欠なのですが、実際は数千単位や万単位の犠牲者が生じる危機について、災害派遣のほうが現実として多く、この場合は機動運用するには不測の事態に備え、留守部隊を残す必要があります。
障害処理完了示す地雷誘爆の大きな爆発の展示はその向こうに96式装輪装甲車が見える/統合機動防衛力として自衛隊全体が機動運用を行うという政策を進める以上、警備隊区から離れて出動する場合に、留守部隊をどう維持し統合機動防衛力と両立するのかは、実は非常に大きな課題となります。これは日本全体で、考えてゆくべき視点といえるでしょう。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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第14旅団記念行事は観閲行進が完了し訓練展示へ、併せて当方も撮影地を訓練展示の攻撃部隊正面へ陣地変換しました。
訓練展示状況開始という事で第50連隊が前進開始しますと進路上に敵の仕掛けた地雷が/第14旅団は、第15普通科連隊、第50普通科連隊、第14特科隊、第14戦車中隊、第14偵察隊、第14高射特科中隊、第14施設隊、第14通信隊、第14特殊武器防護隊、第14後方支援隊、第14飛行隊、第14音楽隊、というものが2012年の編制となっている。
第14戦車中隊と協同し攻撃を試みるも敵の敷設した地雷原の幅は意外な程に厚いと判明/第14旅団、改編当時の編制では旅団司令部以下、第15普通科連隊、第50普通科連隊、第14特科隊、第14戦車中隊、第14偵察隊、第14高射特科中隊、第14施設中隊、第14通信中隊、第14化学防護隊、第14後方支援隊、第14飛行隊、第14音楽隊という編成です。
わが中隊長はOH-6D観測ヘリコプターによる航空偵察を以て陣地など敵情解明を命じる/第2混成団時代まで遡りますと、混成団本部、団本部中隊、第15普通科連隊、第2混成団戦車隊、第2混成団特科大隊、第2混成団施設隊、第2混成団後方支援中隊、第2混成団音楽隊、というものですので、混成団から旅団、実に立派に育ったというところでしょう。
74式戦車は機動力を活かして防御側面の突破を計ると共にレンジャーの投入が決定する/軽装甲機動車と高機動車を装備する普通科連隊に、戦車中隊は74式戦車と96式装輪装甲車を、特科隊はFH-70榴弾砲を装備し高射特科中隊は81式短距離地対空誘導弾と93式近距離地対空誘導弾を、対空レーダ装置に対砲レーダ装置まで一通りの装備を有しています。
第14特科隊のFH-70榴弾砲が展開を完了し把握した敵陣地への攻撃準備射撃が開始へ/普通科連隊は本部管理中隊に3個普通科中隊という編成で、本部管理中隊には重迫撃砲小隊が120mm重迫撃砲RTを装備、普通科中隊のうち一個は軽装甲機動車を装備している編成で、81mm迫撃砲と87式対戦車誘導弾も装備している旅団普通科連隊となっています。
UH-1J多用途ヘリコプターが進出し内一機が重機関銃にてレンジャー展開を支援する/旅団普通科連隊という編成は、本部管理中隊に三個普通科中隊を加えた編成です。実員は650名程度で、実質師団普通科連隊の半分強程度の人員を有するのみで、かつての自衛隊草創期における混成団普通科連隊の隷下に配置された普通科大隊と同程度の人員規模という。
12.7mm重機関銃を突出し発見した仮設敵の前哨陣地に対し空から猛烈な射撃を加える/普通科大隊ではなく普通科連隊となっているのは、本部管理中隊を有する事で通信や補給整備面で一つの独立作戦応力を有するという部分と共に、災害派遣などで隊区を有する為には連隊編成である必要が、と説明された事もあります、しかし人によっては違う回答も。
仮設敵部隊は前哨陣地から激しくAR-18/AK-89小銃を撃ってヘリコプターを牽制するが/第3戦車大隊は、今津駐屯地に駐屯する精鋭戦車部隊で、連隊ではありませんが滋賀県を防衛警備隊区、としています。滋賀県において災害は発生した際には滋賀県知事は最寄りの京都府福知山駐屯地の第7普通科連隊ではなく、第3戦車大隊長へ災害派遣要請を出す。
レンジャー隊員が空中機動により進入する事には仮設敵前哨陣地はほぼ制圧されている/普通科大隊であっても隊区を有する事が出来る事を示しているのですよね。普通科大隊では本部管理中隊を置けない、というのであれば普通科隊とする選択肢がある。偵察隊や特科隊と同じ隊編成です。もっとも、この場合は伝統の連隊旗が維持できなくなるのですが。
UH-1Jはレンジャー展開へ一挙に前進するが同時にOH-6Dが敵主陣地発見の一方が入る/旅団という作戦単位が自衛隊へ再整備されたのは意外と新しく1999年に第13師団が第13旅団へ改編された際の新編です。それ以前には戦車団や特科団と空挺団が事実上の旅団と扱われていましたし、機械化混成団についても事実上の旅団でしたが呼称は旅団ではない。
FH-70榴弾砲が効力射を開始し実際であれば30kmを隔てて行われる砲兵戦の始りをみた/旧陸軍には旅団という呼称が普通のように使われていまして、師団隷下に旅団を置いた事例もあれば群司令部直轄の独立混成旅団という作戦単位もありました。自衛隊も1962年の管区隊と混成団の師団改編の際に、可能性としては旅団単位があり得たかもしれなません。
OH-6D観測ヘリコプターは情報収集から本来任務たる着弾観測任務へ移行し砲弾を導く/機械化混成団は、しかし実際には1962年の師団創設改編において管区隊の一部を割譲し併合する形で増強改編が行われ、管区隊は15000名規模から9000名規模へ縮小し甲師団へ、混成団は4000名と6000名規模の編制から7000名編成へ拡充させ乙師団へとなりました。
発砲焔が眩しく刹那一瞬遅れて155mm榴弾砲の雷鳴のような稲妻のような響きが轟く/旅団普通科連隊という作戦単位が初めて導入されたのは正にこの時で、実は第13師団が旅団改編される数年間は識者の間でも編成概要が第13師団の3個普通科連隊編成が2個普通科連隊体制となり、連隊隷下の普通科中隊数が維持されるとか、大隊縮小等色々云われた。
弾着今の号令と共にはじける疑爆筒と舞い上がる白煙を前にこの撮影位置失敗かもと思う/都道府県知事の観点からは、やはり地元に普通科連隊が置かれている事の方が災害派遣要請の際に即座に対応できる、という実情があるようです。普通科連隊が置かれていない奈良県や富山県と福井県では実際に、自衛隊駐屯地誘致運動が行われている程ですから、ね。
UH-1J多用途ヘリコプターからレンジャーロープ降下による浸透が遂に開始されました/郷土部隊、という表現がありますが、地元の部隊というものはやはり大事にされるものです。本項冒頭に第2混成団から第14旅団となり、現在の即応機動旅団となった旅団までを立派に育った、と表現しましたが、逆に、地元に育てられた、といえるのかもしれません。
レンジャーの展開を若干航空火力としては限界のある12.7mm重機関銃で掩護する僚機が/高知県の第50普通科連隊、この第14旅団隷下部隊に関するお話を聞きますと、郷土部隊という位置づけの重要さを、具体的には県民や行政に愛される部隊というものを考えさせられます。これは前述しましたが、第50普通科連隊は高知移駐前に行事が行われたほど。
レンジャーは降着完了と共に徒歩の踏破力を最大限活かし錯綜地形を利用し前進してゆく/1200名規模の師団普通科連隊が配置されるならばそれに越した事ではないのでしょうが、高知県としては人員規模が小さくとも連隊旗を奉じて県内の防衛警備及び災害派遣に当る事が、特に南海トラフ巨大地震の脅威を突き付けられる最中では特に、重要なのでしょう。
74式戦車が盛んに105mm戦車砲射撃で探りを入れつつ中隊本部へ障害処理の要請を行う/千葉県習志野の第1空挺団、ここには空挺普通科大隊が3個置かれています。もともとは空挺普通科群という編成でしたが、増強改編の際に三個大隊編成へ転換したのですね。空挺普通科大隊の編制は340名基幹で3個空挺普通科中隊と大隊本部を基幹としています。
96式装輪装甲車が70式地雷原処理装置を搭載し敵の攻撃を受けにくい位置の処理へ進む/普通科大隊という編成はこのように、空挺団において再編成されているのですね。空挺団の増強改編は2004年に実施されていまして、空挺団は長年部隊待機態勢の関係上三単位編成へ転換を望んでいました。しかし、この普通科大隊、規模は旅団普通科連隊の半分ほど。
障害処理支援射撃の要請が第14特科隊のFH-70へ出され特科部隊は即座に射撃を開始へ/習志野の普通科大隊を視ていますと、やはり旅団隷下に普通科大隊、という呼称は無理があるようには見えるのですが。特に習志野に空挺団全てが駐屯していますので成り立っていますが、普通科大隊だけで駐屯地を維持しようとすると業務隊と不均衡が生じかねない。
地雷原は我が方へは障害ですが敵には防御陣地であり防御に向かう敵の攪乱へ特科が撃つ/大隊編成ですが、しかし、本特集で提示しました即応予備自衛官制度と併せて考えますと一つの選択肢となり得るのでしょうか。要するに、本部管理中隊と第一普通科大隊に第二普通科大隊という編成、第一普通科大隊が現役要員で第二普通科大隊を即応予備自衛官に。
一際大きな爆破の展示と共に巻き上がる白煙の向こうを画像補正で透き通るように試した/即応予備自衛官部隊は訓練日数が年間30日と、同じ予備役部隊でもアメリカ陸軍州兵の年間訓練日数50日と比較しても少ないのですが、駐屯地を出て防衛出動や災害派遣に展開する場合は第一大隊のみとし、第二大隊は即時召集し留守部隊として管区内の事態に備える。
74式戦車が障害処理完了を待ちつつ長大105mm戦車砲は躍動する車体と共に敵を睨む/日本本土決戦、という可能性は専守防衛政策を憲法上選択したのですから不可欠なのですが、実際は数千単位や万単位の犠牲者が生じる危機について、災害派遣のほうが現実として多く、この場合は機動運用するには不測の事態に備え、留守部隊を残す必要があります。
障害処理完了示す地雷誘爆の大きな爆発の展示はその向こうに96式装輪装甲車が見える/統合機動防衛力として自衛隊全体が機動運用を行うという政策を進める以上、警備隊区から離れて出動する場合に、留守部隊をどう維持し統合機動防衛力と両立するのかは、実は非常に大きな課題となります。これは日本全体で、考えてゆくべき視点といえるでしょう。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)