北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

陸海空自衛隊主要行事 六月期実施詳報

2007-05-31 23:02:15 | 北大路機関 広報

■駐屯地祭・基地祭・航空祭

■六月二日:奈良基地祭(航空自衛隊奈良基地・奈良県奈良市):0742-33-3951・・・航空自衛隊幹部候補生学校

■六月二日:下関基地ちびっこヤング大会(海上自衛隊下関基地・山口県下関市):0832-86-2323・・・下関基地隊本部・六連警備所

■六月三日:美幌駐屯地創立56周年記念行事(陸上自衛隊美幌駐屯地・北海道網走郡):01527-3-2114・・・第六普通科連隊・第一特科群一部部隊

■六月三日:第九師団創立45周年/青森駐屯地創設56周年記念行事(陸上自衛隊青森駐屯地・青森県青森市):017-781-0161・・・第九師団司令部・第五普通科連隊・第九通信大隊・第九後方支援連隊・第九化学防護隊

■六月三日:霞ヶ浦駐屯地創設54周年記念行事(陸上自衛隊霞ヶ浦駐屯地・茨城県土浦市):029-842-1211・・・関東補給処本処・航空学校霞ヶ浦分校

■六月三日:第一施設団創立46周年/古河駐屯地創設53周年記念行事(古河駐屯地・茨城県土浦市):0280-32-4141・・・第一施設団本部・関東補給処古河支処・第102施設直接支援大隊

■六月三日:大滝根分屯基地開庁51周年記念行事(航空自衛隊大滝根分屯基地:福島県双葉郡):0247-79-2277・・・第27警戒群

■六月三日:航空自衛隊防府航空祭(航空自衛隊防府北基地・山口県防府市):0835-22-1950・・・第12教育飛行団

■六月九日:滝川駐屯地創設52周年記念行事(陸上自衛隊滝川駐屯地・北海道滝川市):0125-22-2141・・・第十普通科連隊

■六月九日:大湊航空基地ちびっこヤング大会(海上自衛隊大湊航空基地・青森県むつ市):0175-24-1111・・・大湊航空隊

■六月十日:第二師団創立57周年/旭川駐屯地創設55周年記念行事(陸上自衛隊旭川駐屯地・北海道旭川市):0166-51-6111・・・第二師団司令部・第26普通科連隊一部中隊・第2特科連隊・第2高射特科大隊・第2施設大隊・第2通信大隊・第2化学防護隊・第2後方支援連隊・第2飛行隊

■六月十日:鹿追駐屯地創設50周年記念行事(陸上自衛隊鹿追駐屯地・北海道河東群):01566-6-2211・・・第五戦車隊

■六月十日:経ヶ岬分屯基地開庁50周年記念行事(航空自衛隊経ヶ岬分屯基地・京都府京丹後市):0772-76-0631・・・第35警戒隊

■六月十七日:上富良野駐屯地創設52周年記念行事(陸上自衛隊上富良野駐屯地・北海道空知郡):0167-45-3101・・・第4特科群・第2戦車連隊・第3地対艦ミサイル連隊・第103全般支援大隊

■六月十七日:第十一師団創立45周年・駐屯地創設53周年記念行事(陸上自衛隊真駒内駐屯地・北海道札幌市):011-581-3191・・・第十一師団司令部・第18普通科連隊・第11特科連隊・第11戦車大隊・第11偵察隊・第11施設大隊・第11後方支援連隊・冬季戦技教育隊・北部方面衛生隊・北部方面音楽隊・第102全般支援大隊

■六月十七日:岩手駐屯地創設50周年記念行事(陸上自衛隊岩手駐屯地・岩手県岩手市):019-688-4311・・・第9特科連隊・第9高射特科大隊・第9戦車大隊

■六月二十三日:車力分屯基地開庁記念行事(航空自衛隊車力分屯基地・青森県つがる市):0173-56-2531・・・第21高射隊・第22高射隊・第4移動通信隊

■六月二十三日:留萌駐屯地創設54周年記念行事(陸上自衛隊留萌駐屯地・北海道留萌市):0164-42-2655・・・第26普通科連隊

■六月二十四日:第二地対艦ミサイル連隊創立15周年/美唄駐屯地創立30周年記念行事(北海道美唄市):01266-2-7141・・・第二地対艦ミサイル連隊

■この他、6月3日、海上自衛隊横須賀基地、アメリカ海軍横須賀基地の一般公開が行われる。詳細は横須賀地方隊

■北大路機関

注意:本情報は私的に情報収集したものであり、北大路機関が実施を保証するものではなく、同時に全行事を網羅したものではない、更に実施や雨天中止情報などについては付記した各基地・駐屯地広報の方に自己責任において確認願いたい。情報には正確を期するが、以上に掲載された情報は天候、及び災害等各種情勢変化により変更される可能性がある。

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今津駐屯地祭装備品展示 渡河装備の74式戦車

2007-05-30 13:21:44 | 陸上自衛隊 駐屯地祭

■74式戦車の渡河装備

 琵琶湖岸の砲声と表現するのが相応しい今津駐屯地祭は、今津駐屯地創立54周年記念行事 2006年11月19日として既報だが、今回はその装備品展示において一番目立っていた74式戦車を特集したい。信太山、久居、白山、下志津、厚木、大津、大久保等等、詳報未掲載であるが、閑散期に掲載の予定だ。

Img_2748  写真は、第三戦車大隊の74式戦車で、装備品展示には、第十戦車大隊の式典参加と同じ通常装備の74式が展示されており、ここまで違うのか、という印象を与えた。現役の隊員にも珍しいとみえ、携帯電話のカメラ機能やコンデジを片手に隊員も記念撮影していたほどである。

Img_2227  第三戦車大隊は獅子が部隊マークであるが、紅白の目立つものの上からロービジの部隊マークが装着されている。また、砲身や砲塔には偽装網が巻かれている。砲身などの直線部分は自然界では目立ちやすく、この部分の偽装はわずかなものであれ大きな効果をもたらすとの事である。

Img_2237  砲塔の車長ハッチにはカニングタワーと呼ばれるものが装備されている。これは渡河において障害物や僚車との衝突を防ぐ目的で装備されており、またエンジン吸気用に後部にはシュノーケルが装備される。しかし、若干の車内への漏水はあるとのこと。フル装備というものは、戦車の展示に余裕のある戦車大隊駐屯地ならではのものであり、存在感を誇っていた。

HARUNA

(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)

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京都市消防局 消防ヘリコプター あたご

2007-05-29 18:51:41 | 写真

■あたごAS-365N2ATAGO撮影紀行

 “あたご”撮影に成功!と書くと、ああ、舞鶴行って来たのか、と思われる人も居ようが、本日掲載するのは、京都市消防局の防災ヘリコプター“あたご”の写真である。撮影場所はなんと東寺である。

Img_1652  SA365N2ドーファンⅡは、京都市消防局において1992年より運用が開始された消防ヘリコプターで、この他AS365NⅢドーファンⅡ“ひえい”が消防局には配備されており、森林火災消火や救急搬送、大規模災害における観測やレスキュー隊展開に用いられる。

Img_1650  “あたご”の配備から13年後に導入された“ひえい”は、救急救命装置、赤外線カメラ、GPS、衝突防止装置を新たに搭載し、機外カメラは従来よりも大きい44倍ズームレンズ型、さらにやはり大型の900?消火用タンクを搭載し、調達価格は12億5000万円とのこと。

Img_1651  “あたご”は、ホイスト、カーゴスリング、バケット、拡声器、リペリング装置、自動操縦装置、サーチライト、気象レーダー、エアコン、心電図伝送装置、500?消火用タンクを搭載しており、“ひえい”とともに、伏見区横大路のヘリポートに配備され、緊急時に備えている。

HARUNA

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京都東寺 五重塔の下に開かれる縁日の盛況

2007-05-28 21:33:29 | 写真

■京都の縁日

 御陰様で100000アクセスを27日0800時頃、突破したようだが、北大路機関はいつも通り、のんびりと更新してゆきたい。本日の特集は東寺、そして来月に行われる信長祭りのお知らせである。

Img_1636_1  さてさて、全訳途上にして大久保駐屯地に展開し、絶体絶命で準備を行ったプレゼンテーション、英語文献のはずがドイツ語フランス語が混じっており全訳は担当の章だけでも大苦戦、その“Why is There No International Theory?”(Martin Wight :1966)も無事発表を終わり、一安心。本日は先週、書籍調達のついでに立ち寄った東寺の特集である。撮影は21日。

Img_1635_1  京都駅からアヴァンティの書店にて所用を済ませ、丁度徒歩にて十五分ほどのところにある東寺に行こうと思い立った。五重塔で撮って帰ろうと何気なく立ち寄ったのだが、入ってみてビックリ、なんとその日は東寺縁日であったのだ!。

Img_1627_1  東寺に関する記事は、二月に東寺五重塔と京都タワー 古都の高層建築物や、京都タワー大展望台の夜景撮影 古都一望として既報であるが、縁日そのものに展開したのは初めてである。物凄い出店の数、あたかもアジアの市場のようだ!(日本もアジアですがな)。溢れているという形容そのものである。

Img_1638_1  なるほど、たこ焼きやヤキソバ、カキ氷、焼きとうもろこしにフランクフルトは定番であるが、蕨餅は判るとして、焼き筍、冷やしキュウリ、ううむ、教徒らしいというかなんというか、珍しいものが並んでいる。骨董品なども売られており、AK-47の銃剣15000円!というものまであった(いいのかな?)。

Img_1640_1  東寺の境内は結構広い部類に入るのだが、近鉄東寺駅からの沿道にも出店というか、ガレージセールのようなかたちで、茶碗や御煎餅、カメラにビールまで色々なものが出ていた。そして入ってみると見渡す限りの縁日出店であるから驚きである。

Img_1651_1  何か買う予定も、予算の余裕も無かった為、そのまま撮影を終え、共同研究室に戻ったものの、なるほど、平日というのに京都駅から近いからか、それとも国際観光都市の底力というか、かなりの人出であった。静寂という印象の寺院も良いが、こうした活気とはシンメトリーで良いものだ。

Img_1637  ここからは一種、広報的なもの。写真は、東寺展開前に撮影。ここは京都駅の反対側、書店も多い四条通である。寺社仏閣という印象が強い京都であるが、京阪神の一翼を担い、100万都市という大都市である。この真下には阪急地下道と阪急京都線が走り、京阪神との大動脈を構成している。

Img_1627  そんな京都市であるが、六月の二日三日と信長祭りが予定されているとの事である。信長最期の地である本能寺は、今は別の場所に構えているが、京都市役所の目の前、地下鉄東西線京都市役所駅を出てすぐのところにある。写真の向こう側が御池通で、写真の通路を進み右手にある。

Img_1633  写真は、四条に向かう寺町通。催しには、囲碁大会や縁日、法要にパレード、そして伊賀忍者集団黒党などによるアクションショーがあるとのことで、ここは一つ小生も原作の戦国自衛隊のように本能寺で(冗談ですよ)、武者パレードなどは織田信長、濃姫、森蘭丸、石田光成に豊臣秀吉、ルイスフロイスの装束で行われるとの事で3日1200時に本能寺から河原町通、三条通を歩くという。お時間のある方は是非足を運ばれてきては如何だろうか。

HARUNA

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大久保駐屯地 創立50周年記念行事速報

2007-05-27 21:48:33 | 陸上自衛隊 駐屯地祭

■第四施設団創設記念行事

 本日、京都府宇治市の陸上自衛隊大久保駐屯地において、大久保駐屯地創立50周年記念行事が行われた。50周年ということで特別な展示も行われ、多忙な中、実は昨夜(というか今朝0300時)までは展開できるかも未定であったのだが、なんとか見学することが出来た。

Img_2135_1  施設団とは、方面隊隷下にあって、師団や旅団の作戦支援や、後方支援部隊への支援能力の保持に必要な障害除去、通路再生などが任務であり、誤解を恐れずに述べれば師団施設大隊が戦闘部隊の前進に注力するのに対して、施設団は、その支援及びトラックなどの装輪車輌などが多い後方支援部隊追随の為の橋梁再生や再舗装などを行う。

Img_2261  第四施設団は、大久保駐屯地の第七施設群、豊川駐屯地の第六施設群、善通寺駐屯地の第八施設群より編成されており、施設団は、本部付隊、そして施設器材隊より成る。施設器材隊は架橋中隊、整備隊より成り、パネル橋など本格的な架橋装備を有する。他方で、施設群は、群本部、そして複数の施設中隊と施設器材中隊、ダンプ車輌中隊などから編成されている。

Img_2451  訓練展示における携帯放射器の射撃展示。写真は第37普通科連隊の隊員とのことだが、施設中隊も普通科部隊との協同任務にあたり、小銃による近接戦闘の能力を有している。地雷処理などでは、破壊筒や梱包爆薬の設置など、危険度の高い任務にもあたる。

Img_2477_1  第三特科隊のFH-70榴弾砲の射撃下、戦車が前進する。この第四施設団は、カンボジアPKOなど、陸上自衛隊国際協力任務において大きな功績と将来の期待を背負う部隊である。式典には、隊員約800名、車輌約100輌が参加し、観閲行進、訓練展示などを実施した。

Img_2535  訓練展示の最終段階、12.7㍉重機関銃を搭載した73式小型トラックの突撃。時間の関係もあり、訓練展示終了後、装備品展示などを見る余裕も無く撤収したが、特に昨今、東海、東南海、南海地震などが危惧される中、早い段階で施設復旧を担う部隊への需要は大きい。詳しい行事の内容や装備品については、後日詳報にてお伝えしたい。

HARUNA

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北大路機関100000アクセス到達間近

2007-05-26 14:32:59 | 海上自衛隊 催事

■長崎グラバー園からの眺望

 北大路機関は、おかげさまでアクセス解析開始から早くも100000アクセスに到達しつつある(本日1200時の時点で99260アクセス)。そうした中で、写真整理の狭間から発見した写真の掲載を行いたい。

Harunainnagasaki3  写真は1998年8月に撮影した、長崎グラバー園からの情景である。この遠征では、佐世保基地と現在の護衛艦隊旗艦“さわかぜ”艦内を見学したが、今回はあえて、佐世保基地ではなく、グラバー園より発見した珍しいものを掲載したい。

Harunainnagasaki2  三菱重工長崎造船所は、日本で最も古い造船所であり、敷地面積は59万3700平方メートル、建造用の375×56㍍の第一ドック、修繕用の324×56㍍の第二ドック、更に324×56㍍の船台が二つあり、写真には写っていないが長崎港外には100万重量トンの建造能力を有する990×100㍍ものドックを備えた162万平方メートルの香焼工場がある。

Harunainnagasaki  DDG173こんごう(左)とDDG168たちかぜ、先日、横須賀基地において退役した護衛艦“たちかぜ”は、このとき、護衛艦隊旗艦DD118“むらくも”に代わり、ミサイル護衛艦から護衛艦隊旗艦への改修中であり、後部の5インチ砲を取り外し、司令部施設を増備する最中の様子である。

Harunainnagasaki4  建造中のDD104“きりさめ”、1998年8月8日撮影であるが、“きりさめ”1999年3月18日竣工であり、文字通り建造途上である、が、である。よくよく見てみると手前の白い貨物船若しくはカーフェリー、なんと“はるな”と記されている!、これは昨日偶然写真整理をしている最中に発見したもので、なるほど珍しいと思い、100000アクセス記念として掲載した次第。案外コネタなのは御勘弁、お帰りはこちら。

HARUNA

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今津駐屯地創立54周年記念行事 2006年11月19日

2007-05-25 13:13:06 | 陸上自衛隊 駐屯地祭

■今津駐屯地祭詳報

 琵琶湖岸の北、滋賀県高島市にある陸上自衛隊今津駐屯地には、第三戦車大隊、第十戦車大隊という、中部方面隊作戦部隊打撃力の中枢というべき強力な機甲部隊が駐屯している。一週間がかりでまとめた詳報、今津駐屯地祭の様子を特集したい。

Img_2474  戦車の前に集結した部隊、並ぶ砲身が猛々しい。今津駐屯地の所在する滋賀県は第三師団の警備管区であるが、第三師団隷下の第三戦車大隊と共に饗庭野演習場と接していることもあり、第十師団隷下の第十戦車大隊も駐屯している。

Img_2198  京都駅より湖西線を利用し近江今津駅へ、シャトルバスを利用し0900時頃、今津駐屯地に到着した。2005年は自動車にて展開したが、広大な駐車場があり、駐車場から駐屯地までのシャトルバスも運行されていた。地面が濡れ、隊員がレインコートを着用していることからわかるように、天気予報は雨天であったが、式典の間は奇跡的に天気がもっていた。

Img_2494  1000時頃より入場が始まり、一旦戦車の前に整列して後、会場に入場した。部隊整列、手前の会計部隊は64式小銃を携行している。部隊は近代化が進んだようで、2005年には機甲科隊員の多くがM-3短機関銃を携行していたが、89式小銃に更新されていた。

Img_2496  中隊旗が高々と掲げられる。戦車帽を装着した旗手が四名、四振の戦車中隊旗が見える。奥には本部管理中隊の中隊旗がみえる。他方、師団改編により戦車大隊を縮小した第三戦車大隊は、戦車中隊旗は二振と本部管理中隊旗ということから、一個戦車中隊が廃止されたことがみてとれる。

Img_2517  1032時、部隊巡閲を行う第三戦車大隊長兼今津駐屯地司令の南清治2佐。2005年度末に実施された第三師団改編により、第三特科連隊が特科隊に縮小され、特科大隊を廃止、特科中隊を基幹とする編成に移行した為、今津に駐屯地していた四個中隊基幹の第五大隊も廃止されている。

Img_2522_1  今津駐屯地祭のポスターでは、第三戦車大隊に配備されたばかりの新装備である96式装輪装甲車が大きく掲載されていた。ちなみに五月に開催された千僧駐屯地における第三師団創設記念行事では73式装甲車が観閲行進に参加していた。

Img_2539_1  1101時、観閲行進準備の号令一下、隊員は戦車の前に整列する。74式戦車の乗員数は4名、第三戦車大隊と第十戦車大隊の計6個戦車中隊の各中隊から一個小隊規模の戦車が観閲行進に参加した。観閲行進も前年より若干規模が縮小したようだ。

Img_2562_1  整列していた機甲部隊が、轟々たるエンジン音を響かせ、待機位置へ移動する。空気が震え、大地が鳴動する。縦列に待機していた戦車が続々と動き出し、排気煙の彼方へ進んでゆく。今津駐屯地は、グラウンドを囲む東西南北の四辺の内、二辺が開放されており、撮影の自由度が高い。

Img_2574_1  1112時、第十戦車大隊の73式小型トラック、そして第三戦車大隊の車輌が先頭に観閲行進が開始される。その背後には待機位置に集結した車輌群が望見できる。続く車輌は重レッカー車、78式戦車回収車。位置によってはこのように望遠レンズの圧縮効果を最大限に活かした写真撮影が可能である。

Img_2260  第三後方支援連隊第二整備大隊の戦車直接支援中隊の78式戦車回収車。搭載するクレーンやデリックは、戦車のエンジン交換や砲塔の吊り上げに用いる。また、故障車輌を回収するためにウインチを搭載しており、部隊稼働率の維持や損耗からの復帰に重要な位置を占める車輌だ。

Img_2591  第三戦車大隊本部管理中隊が運用する96式装輪装甲車。後方には74式戦車が続いている。本部管理中隊は、中隊本部、指揮小隊、通信小隊、偵察小隊、補給小隊、整備小隊、衛生小隊より編成されている。また、中隊本部も装甲車などを保有している。

Img_2267  96式装輪装甲車は、1992年より開発が始められ、1994年に実用試験を開始、1996年に制式化された装輪式装甲車で、14.5㌧の車体に10名の隊員を収容し、最高時速は100km/h、路上航続距離は一般に500km以上あるとされている。40㍉自動擲弾銃もしくは12.7㍉重機関銃を搭載している。装備されているのは重機関銃である。仰角俯角で重機関銃の方が自由度が高く、戦車部隊を掩護する為と考えられる。

Img_2594  第三戦車大隊の74式戦車、部隊マークは獅子。74式戦車は873輌が量産された陸上自衛隊第二世代の主力戦車で、全備重量は38㌧、油気圧サスペンションを用いて前後左右に車体を傾け、地形を最大限に活かした運用が可能である。

Img_2603  第十戦車大隊の74式戦車、部隊マークは鯱である。戦車砲は105㍉ライフル砲で、APFSDS砲弾の採用により現在の脅威対象に対しても高い威力を有している。更に、レーザー測遠器と弾道コンピュータによる高い射撃精度を有している。採用時、この様式を用いていたのは74式だけであった。

Img_2280  第十戦車大隊本部管理中隊の73式装甲車。昨年までは60式装甲車を運用していた。全備重量は13.3㌧、アルミ製の車体は浮航装備により水上航行も可能である。車内から操作する12.7㍉機銃、そして車体銃として7.62㍉機銃を搭載しており、車内容積は60式の実質二倍となったため、装備品などの収容能力も向上している。

Img_2606  続く74式戦車。第三戦車大隊の二倍の戦車中隊を有する第十戦車大隊。写真の奥にも煌々たる戦車のライトが見て取れる。防御力は第二世代の趨勢として、避弾性を重視した砲塔形状に重点をおいて、装甲厚は同レベルの戦車砲の直撃に耐えるかは、文字通り運用により左右されるが、2000年9月に実験用として防弾装甲付戦車改修が8800万円で発注され、上富良野で試験された旨、月刊軍事研究に記載があったことを追記していきたい。

Img_2288_1  多くの戦車が観閲行進するため、流し撮に挑戦する機会もあった。射撃統制装置や暗視装置などで旧式化が指摘される74式戦車は、熱線暗視装置(89式装甲戦闘車のものではないかといわれる)、YAGレーザー測距器、レーザー検知器、サイドスカートを装着した試作車が開発されたが、90式戦車の生産が優先され、試作に終わっている。

Img_2620  84㍉無反動砲を手に、仮設敵陣地へ向かう隊員。1118時の観閲行進終了とともに、訓練展示準備に移る。諸般の事情で航空支援が無く、また、昨年は小銃のみを装備していた仮設敵が、今年度は対戦車装備を携帯している。仮設敵陣地は、会場右手の奥に二つの陣地を構え、模擬戦が展開される。

Img_2648  最初に、本部管理中隊偵察小隊が62式機関銃を搭載した73式小型トラックを用いて威力偵察、そして偵察オートバイとともに接近を試みた。しかし、数発発砲した後、仮設敵陣地より激しい反撃を受け、やむなく警戒しつつ後方に退避する。

Img_2677  仮設敵陣地より携帯対戦車装備であるパンツァーファウストⅢが向けられる。最大射程は300㍍、700㍉以上の装甲を貫徹するとされ、無誘導ながら侮れない貫徹力を有する。陸上自衛隊における正式名称は110㍉ロケット対戦車榴弾。

Img_2641  同軸機銃の空包を発射しつつ威力偵察を行う87式偵察警戒車。こちらは本部管理中隊偵察小隊の車輌ではなく、千僧駐屯地に駐屯する第三偵察隊の車輌である。射撃しているのは7.62㍉の74式車載機銃。快調に射撃を展示していた。

Img_2685  偵察隊、偵察小隊の情報を元に、姫路駐屯地より展開した第三特科隊のFH-70榴弾砲が射撃準備を行う。その目の前では、第三戦車大隊の74式戦車が自慢の油気圧式サスペンションを作動させ、姿勢変換の展示を行っているのが見える。これにより、斜面や家屋などの地形防御を活かす事が可能、装甲厚を補っている。

Img_2668  FH-70榴弾砲の射撃、砲焔が写っている。防衛モニターの方が軍事専門誌に投稿した内容を参考に記述すると、第三特科連隊は榴弾砲45門、人員1300名の編成であったが、第三特科隊に縮減が決定された時より徐々に人員の充足率を縮減し、人員500名、火砲20門の体制に移行したとのことである。

Img_2709  74式戦車の射撃。風が無かった為、雨雲の動向を抑制したことで、雨天とはならなかったものの、風がないという気象条件は、発砲時の硝煙や弾着を再現する擬爆筒の煙が流れず、濛々たる煙の向こう側に戦車が見えるという情景を醸しだしている。射撃しているのは増援に展開した第十戦車大隊の車輌。

Img_2747_1  訓練展示は一昼夜続き、消耗戦がようやく終わる頃、日の出の時間となった・・・、というのは大嘘で、珍しい砲焔の写真。特科の射撃です、大きな音がします、ご注意下さい!というアナウンスに応じてシャッターを切り続けた結果撮影できた写真。題名は“初日の出”。

Img_2756_1  訓練展示、特科火砲、戦車砲の射撃により無力化された仮設敵陣地へ、96式装輪装甲車が殺到する。装甲車群は仮設敵陣地の後方に回り込み、重機関銃を向ける、圧倒的な火力に包囲され、流石に仮設敵も抵抗の意思はなく、降車戦闘を行うことなく状況終了となった。

Img_2791  状況終了と共に後退する戦車。車長が身を乗り出し、後方の安全確認を行う。昨年は、今津に駐屯する第三特科連隊第五大隊が多数の火砲を展開させたのだが、機甲特科火砲縮減という趨勢の中、その解体は致し方ないと割り切らねばならないのだろうか。

Img_2803  この他、2005年は雨天により中止された戦車試乗が行われた。前年の、訓練展示終了と共に豪雨に見舞われたほどでは無いが、小雨から本降りに移りそうな雲行きを案じ、小生一行は戦車試乗の様子を開放されたテントの下より撮影し、装備品展示会場へ向かう。

Img_2564  装備品展示会場。駐車場を利用したもので、後ろの建物の裏側には模擬店が軒を連ねている。この他、FH-70や、饗庭野分屯基地より展開した航空自衛隊のペトリオットミサイルなども展示されたが、やはり新装備というだけあって、96式装輪装甲車には多くの見学者が集まっていた。

Img_2214_1  非常に珍しい渡河装備の74式戦車。砲塔と車体後部にはシュノーケルやカニングタワーが装備され、全体に偽装網、第三戦車大隊のマークもロービジの目立たないものが上から貼り付けられている。珍しいようで、陸自の隊員もデジカメや携帯電話で撮影を行っていた。

HARUNA

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技術研究本部 次期輸送機C-X,次期哨戒機P-X

2007-05-24 20:53:12 | 先端軍事テクノロジー

■ベールを脱いだ新航空機

 川崎重工岐阜工場に新型機現る、この情報を得て、Jウイング2004年7月号の投稿写真で見た岐阜基地全景の位置であれば撮影できるのではないかと考えた。名古屋方面での所用が午前中に終わった為、そのまま岐阜へ向かった。

Img_2097_1  名鉄線陸橋より撮影した次期輸送機C-X。白地の機体は試作機であることを示し、技術研究本部というロゴが機体に記されている。C-1はもちろん、C-130Hと比較しても、機体配置は合理的で、同時に近代的な印象を受ける。

Img_18771

 三井山城址より撮影した次期哨戒機P-X。距離が4000㍍近くある為、鮮明とは言い難いが、その特徴的な形状が見て取れる。また、望遠レンズによる圧縮効果もあろうが、背後の次期輸送機との大きさを比較することも出来る。

 陸橋付近は歩道が狭く交通量も多いので、撮影に赴かれる方は特にご注意を、また、頂上に公園のある三井山よりも基地寄りの山は基地敷地若しくは私有地であるので絶対に立ち入らないよう、マナーと安全に配慮して下さい。

HARUNA

(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)

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特急まいづる号 京都を縦貫する山陰線特急

2007-05-23 17:15:45 | コラム

■京都市から舞鶴へ向かう特急電車

 京都から山陰線を経て舞鶴に向かう際に、各駅停車の列車を幾度も乗り継ぐか、特急を利用するかという選択肢がある。時間に余裕があれば、車窓を楽しみつつ各駅停車を乗り継ぎ、景色の良いところで途中下車というのも楽しいが、舞鶴に向かうという確固たる目的がある場合は別である。

Img_1740  特急まいづる号は、京都駅より山陰本線から舞鶴線、そして東舞鶴駅や小浜駅を結ぶ特急電車で、快速の本数が非常に少ない山陰線では重要な地位を占めている。小生の場合、舞鶴基地見学に向かう場合の交通手段として重宝している。

Img_0771  JR二条駅より撮影。東舞鶴に向かう場合、二条駅から乗車した方が特急料金が安かったりする。写真は“たんば”というプレートが掲げられているが、これは、福知山駅に向かう“たんば”号と綾部駅までの間、連結運転される為である。その為、電光表示板などは“たんばまいづる号”と表記される。

Img_9153  亀岡駅にて停車中の情景。車内には自動販売機は無く、車内販売も実施されていない為、途中停車駅でお買い求め下さいという旨のアナウンスがあったが、途中停車駅でも売店は見当たらなかった(先頭車両付近にはあるのかもしれないが、発車すると困るので)。

Img_9157  車内の様子。自由席に乗車した。183系特急電車の車内である。舞鶴に行く前に、名古屋から出る“しらさぎ”に乗車したのだが、比べると新しい特急車輌の方が御手洗や自販機など、その世代差が実感できた。

Img_9158 車内のリクライニングシート。 リクライニングシートの背面部分は折畳式のテーブルとなっており、駅弁とお茶を楽しむことが出来るが、小生は二条駅周辺で調達したコンビニ弁当で代用。雰囲気は出たので良しとしたい。

Img_9161  切り離した後部の様子。京都駅から綾部駅までは120km/h高速運転に対応しているが、舞鶴線は95km/hの営業運転までしか対応していない。しかし、特急であれだけ時間が掛かったのだから、基地見学などで各駅停車を利用するとしたら、相当疲れるのかな?とも考えてしまう。

Img_9159_1  日曜日、0859時に発車する特急まいづる1号を利用した場合、東舞鶴到着時刻は1044時、運賃1890円に自由席特急料金1360円が加算されるが、所要時間は105分、しかし各駅停車を乗り継いだ場合0747時に京都駅を出発し、乗り換えを繰り返さねばならない(まあ、充分行けるけどね)。

Img_9453  東舞鶴駅。行き先表示板を見ると、その本数の少なさに驚かされるが、閑散区の実情とはこういうものなのだろうか。山陰線の複線化小路は園部までを中心に計画は進んでいるが、運転本数や終電の問題などをもう少し考慮しなければ、閑散区のままのような気がする。

Img_9456  183系電車は、1972年より運用が開始された特急電車で、1973年には鉄道友の会よりブルーリボン賞を受賞している。確かに、施設としては見劣りする部分は否めないが、リニアーモーターカーの新設など主要都市圏縦貫高速鉄道網が計画されている中、地方と都市部を結ぶ特急の一つとして、重要な役割を担っている一つである。

HARUNA

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JR西特急サンダーバード 西大津駅にて撮影

2007-05-22 21:03:54 | コラム

■大津駐屯地祭の帰路に

 大津駐屯地祭の帰路、西大津駅の列車待ち時間に撮影した写真を掲載したい。僅か10分ほどの間に撮影したものだが、681系非貫通車を良好なアングルで撮影した。時間もないので、本日はこの記事を特集する。

Img_1619  関西方面から北陸に向かう主力特急が、サンダーバード、そして雷鳥である。サンダーバードは、大阪駅を発し、京都を経て湖西線、敦賀から、鯖江、福井、小松などを経て金沢方面に至る。写真は前述の681系非貫通車であるが、後方に貫通車が連結している。

Img_1618  西大津の勾配が特急を引き立てる。写真の681系は、1992年より運用が開始され、この内、0番台の車輌は新潟県の北越急行ほくほく線にて160km/hの拘束営業運転を実施している。路線環境が良好であれば、こうした高速運行が可能な性能を有している。

Img_1526  JR湖西線の主力というべきクハ111形。あまり詳しくないので、稚拙な点はご容赦。国鉄113形系列電車の一つで、ボックスシート方式を用いている。座席の角度など、人間工学的には時代を感じる電車の一つといえるが、JR東日本、JR東海、JR四国、JR九州などで運用されている。

Img_1527  上の写真の車輌が発射する様子。後方には客室設備を改良したいわゆる体質改善40N施工車が続く。この車輌は、セミクロスシート方式の片側3扉車で、113形に限っても1963年から1982年にかけて約3000両(2900両?)もの数が量産された。このクハ111形は、トイレと、一部車輌に空気圧縮器を搭載した車輌である。

Img_1621  そうこうしている間に京都行きの車輌が到着する。新快速などに用いられる130km/h営業運転対応のクハ222形1000番台などがその勢力を増す中で、各駅停車など、閑散区を中心にまだまだ活躍の機会が残されている車輌といえる。

HARUNA

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